「杜人」254号(2017夏)は今年三月に亡くなった同誌の発行人「山河舞句追悼号」である。
舞句(マイク)という号からわかるように彼はプロのアナウンサーであり、赴任地の熊本で肥後狂句に興味をもち、松江で川柳をはじめたという。柳歴40年。1996年「杜人」同人、2007年(213号)から発行人。
私は山河とは二度会ったことがある。
一度目は「バックストロークin仙台」(2007年5月)のときだった。総合司会・山河舞句。
シンポジウムのテーマは「川柳にあらわれる『虚』について」で、司会・小池正博、パネラーは渡辺誠一郎・Sin・石田柊馬・樋口由紀子。
仙台開催ということで「小熊座」の渡辺誠一郎を招いて話を聞くことができた。パネラーが挙げた「虚の句5句選」に対して会場から渡辺隆夫が「川柳はこの程度の句で虚なのか。もっとすごいところへ行かないと虚とは言えないのではないか」と発言したのが印象に残っている。
二度目は「大友逸星・添田星人追悼句会」(2012年3月)のとき。
食事をしながらの句会で、山河舞句は穏やかな口調で開会挨拶をした。
この句会のことは本ブログでも紹介したことがある(2012年3月16日)。
「杜人」254号には山河舞句作品が掲載されている。
舞句には刊行された句集はなかったが、手作りの句集『無人駅の伝言板』『天に矢を』があり、あと「川柳大学合同句集」などから広瀬ちえみが抄出している。
残酷な嘘を知ってるボールペン
人間を修正液が消していく
二階から見送る支店長の首
海を見たくてタイムカードを押している
百枚の名刺を飛ばしさようなら
スサノオに遅れし人を父という
火葬場の前の花屋も春になる
堤防の裂目へ野菊また野菊
寝転んだ途端に蝿がやってくる
人文字のひとり反旗を翻す
『無人駅の伝言板』(平成5年7月)から。
最初の五句は組織の中に生きるサラリーマンの心情がうかがえて共感できる。
あとの五句は更に深まり、軽みのなかに川柳の眼が発揮されている。
ふんわりと新芽が覆う地雷原
万緑に伏せれば兵は皆みどり
エルサレム月は三方から見える
サラ金の看板邪魔だなあ月よ
森林浴あなたは腐りすぎている
『天に矢を』(平成14年~16年作品)から。
時事吟が含まれているが、社会的な題材を扱って常套的表現に陥らないのは至難のことだ。軽みと批評性を両立させているのは作者の手腕だろう。
怒怒怒怒怒 怒怒怒怒怒怒怒 怒怒と海
パソコンでは出ないが、中七の「怒」は七つとも反転して表記されている。
第二回高田寄生木賞大賞作品。東日本大震災を詠んだ句の中でも著名なもので、舞句の作品の中ではまずこれが思い浮かぶ。
水がめの底が乾いたので帰る
類似品注意と類似品が言う
うつ伏せを仰向けにして確かめる
銃を持つと約束を守らない
背後から国家に肩を叩かれる
こけしの首をきゅっと鳴らして春にする
「杜人」誌から広瀬ちえみが抄出した作品から。
「こけしの首をきゅっと鳴らして春にする」は今年の四月句会の高点句だそうだ。舞句の最後の作品なのだろう。
こうして改めて山河舞句の作品を読んでみると、生前に句集が出なかったことが惜しまれる。まとまった数の作品を並べることではじめて見えてくるものがあり、句の特質や多様性などが一冊の句集として読者に届けられるからだ。
「杜人」の発行人は都築裕孝へ。
今年11月4日、仙台ガーデンパレスで開催される「川柳杜人」創刊70周年記念句会は、同時に山河舞句追悼句会ということになる。
2017年7月7日金曜日
2017年7月2日日曜日
夏越の祓‐茅の輪くぐりの向こう側
NHKのラジオ講座「俳句の変革者たち」が最終回を迎えた。全13回の放送をすべて聴いたわけではないが、テキストは常に手元にあり、講師の青木亮人の語りに聴き入ることがたびたびあった。正岡子規から俳句甲子園まで、青木の話は常に現在の俳句実作者たちの実践と結びついており、しばしば若手俳人の作品が引用されていた。彼は机上の俳句研究者ではなく、現代俳人との交流のなかで「俳句」を考えている。このような心強い研究者が存在する俳句の世界を横からながめながら、私は一種の厭世観のようなものにとらわれた。青木が最終回で紹介したのは次の句。
秋燕の記憶薄れて空ばかり 生駒大祐
金原まさ子の訃報、衝撃だった。「川柳カード」を送っていたから、川柳も読んでいただいていたことと思う。句集『カルナヴァル』から一句挙げておく。
ヒトはケモノと菫は菫同士契れ 金原まさ子
川柳のフィールドでは柳本々々の活躍が目覚ましい。
「角川俳句」7月号では田島健一句集『ただならぬぽ』の書評を掲載しているし、ネットでは「およそ日刊『俳句新空間』」に「続フシギな短詩」を連載している。安福望との対談集(会話辞典)『きょうごめん行けないんだ』(食パンとペン)も好評のようだ。
以前にも紹介したことがあるが、「俳誌要覧」2017年版(東京四季出版、2017年3月発行)に柳本は「現代川柳を遠く離れて―任意のnとしての2016年」を書いている。彼は兵頭全郎句集『n≠0』や川合大祐句集『スロー・リバー』などを紹介したあと、「現代川柳にとって2016年は、川柳というジャンルの再吟味の年であった」と述べている。そして、野沢省悟「触光」の「高田寄生木賞」が評論・エッセイを対象とすることに触れ、「川柳というジャンルのなかでいろんな人間がそれぞれの場所からこれまでとは違った光を灯そうとしている」と評している。高田寄生木賞の大賞として高田寄生木を論じた「現代川柳の開拓者」が受賞したことには多少の疑問を感じるが、飯島章友「川柳ネタバレ論」、柳本々々「絵描きとしての時実新子」なども入選していて、今後、川柳批評に対する関心が高まってゆけばいいと思う。
2017年の半年が過ぎて、現代川柳はどのような状況になっているか。
私自身が関わっていた川柳誌のことになるが、「川柳カード」が14号で、「MANO」が20号で終刊した。現代川柳が短詩型の読者に広く注目されるようになった出発点は『現代川柳の精鋭たち』(北宋社・2000年7月)が一般書店で販売され、流通したことにあり、その翌年4月にはシンポジウム「川柳ジャンクション2001」が開催された。2003年「バックストローク」創刊、2011年に36号で終刊したあと、「川柳カード」がスタートした。『セレクション柳人』シリーズ(邑書林)も川柳句集の普及に大きな役割を果たした。これらは一連の流れのなかにあり、牽引してきたのは石部明と樋口由紀子である。2017年は「川柳ジャンクション」以来の現代川柳運動がいったん終焉した年だと私は受け止めている。
それでは、新たなスタートはどこにあるのか。
それぞれの川柳人がそれぞれの場で「これからの川柳」を準備していることだろうし、次第に形をとってくるはずだ。
私がしばしば思い浮かべる文章に入沢康夫の『詩的関係についての覚え書』(思潮社)がある。『詩の構造についての覚え書』から10年後に書かれた文章で、入沢はこんなふうに書いている。
「覚え書」を書く以前の私は《日本においては、作品絶対視の考へ方そのものが、きはめて少数派であり、ほとんどの詩論は、作者の生き方(伝記)や、作中に陳述されている思念によって作品を云々してゐるにすぎぬ》といふ認識を持ってゐた。そして、何よりも、作品を中心に据えた文学論が確立することが、急務であると考へてゐたのである。そして、この認識、この考へ方の正統性は、現在でも、一面において維持されてゐると思ふのだが(そのことは、現在でも多くの低劣な詩観・文学観がそこここに横行してゐることによって裏付けられる)、当時の状況では、なほのこと二正面作戦を強ひられる形になり、自己分裂に身をゆだねずには済まなかったやうである。作品絶対主義に疑問符を付けるたあめに、まづ作品絶対主義を標榜しなければならないといふ、春秋の筆法に似たやり口が要請されてゐたのだった。
そして入沢は「Aを倒すために、まづAを確立しなければならぬといふ種類の考へ方自体、政治の次元のものではあっても、文学の次元のものではない。私は詩におけるその種の政治家になる必要は毛頭ないのであった」と続けている。
確立したあと、その先に何があるのかは考えておかなければならないだろう。
私は川柳においても他ジャンルで行われているようなことはすべて実現されることを願っている。句集の発行、批評の必要性、句評会・批評会やシンポジウムの開催、他ジャンルとの交流、アンソロジーと文芸的な川柳書の発行、SNSを利用した川柳の発信、などなど。
かりにこれらの一部分でも実現されるとして、その先に何があるのか。
前掲の柳本々々の言葉を借りると次のようになるだろうか。
2016年は川柳というジャンルの再吟味の年
2017年は川柳というジャンルのなかでいろんな人間がそれぞれの場所からこれまでとは違った光を灯そうとしている年
6月30日、所用があって北信太の葛葉稲荷神社を訪れた。信太妻の伝説で有名な神社である。この近くの職場に勤務していた時期があって、神社の石狐を毎日見ていた。狐の顔は少しも変っていなかった。
この日は夏越の祓の日で、境内には茅の輪が設置されていた。私は作法通りに茅の輪くぐりをしながら、これからの半年のことなどをぼんやり考えていた。
秋燕の記憶薄れて空ばかり 生駒大祐
金原まさ子の訃報、衝撃だった。「川柳カード」を送っていたから、川柳も読んでいただいていたことと思う。句集『カルナヴァル』から一句挙げておく。
ヒトはケモノと菫は菫同士契れ 金原まさ子
川柳のフィールドでは柳本々々の活躍が目覚ましい。
「角川俳句」7月号では田島健一句集『ただならぬぽ』の書評を掲載しているし、ネットでは「およそ日刊『俳句新空間』」に「続フシギな短詩」を連載している。安福望との対談集(会話辞典)『きょうごめん行けないんだ』(食パンとペン)も好評のようだ。
以前にも紹介したことがあるが、「俳誌要覧」2017年版(東京四季出版、2017年3月発行)に柳本は「現代川柳を遠く離れて―任意のnとしての2016年」を書いている。彼は兵頭全郎句集『n≠0』や川合大祐句集『スロー・リバー』などを紹介したあと、「現代川柳にとって2016年は、川柳というジャンルの再吟味の年であった」と述べている。そして、野沢省悟「触光」の「高田寄生木賞」が評論・エッセイを対象とすることに触れ、「川柳というジャンルのなかでいろんな人間がそれぞれの場所からこれまでとは違った光を灯そうとしている」と評している。高田寄生木賞の大賞として高田寄生木を論じた「現代川柳の開拓者」が受賞したことには多少の疑問を感じるが、飯島章友「川柳ネタバレ論」、柳本々々「絵描きとしての時実新子」なども入選していて、今後、川柳批評に対する関心が高まってゆけばいいと思う。
2017年の半年が過ぎて、現代川柳はどのような状況になっているか。
私自身が関わっていた川柳誌のことになるが、「川柳カード」が14号で、「MANO」が20号で終刊した。現代川柳が短詩型の読者に広く注目されるようになった出発点は『現代川柳の精鋭たち』(北宋社・2000年7月)が一般書店で販売され、流通したことにあり、その翌年4月にはシンポジウム「川柳ジャンクション2001」が開催された。2003年「バックストローク」創刊、2011年に36号で終刊したあと、「川柳カード」がスタートした。『セレクション柳人』シリーズ(邑書林)も川柳句集の普及に大きな役割を果たした。これらは一連の流れのなかにあり、牽引してきたのは石部明と樋口由紀子である。2017年は「川柳ジャンクション」以来の現代川柳運動がいったん終焉した年だと私は受け止めている。
それでは、新たなスタートはどこにあるのか。
それぞれの川柳人がそれぞれの場で「これからの川柳」を準備していることだろうし、次第に形をとってくるはずだ。
私がしばしば思い浮かべる文章に入沢康夫の『詩的関係についての覚え書』(思潮社)がある。『詩の構造についての覚え書』から10年後に書かれた文章で、入沢はこんなふうに書いている。
「覚え書」を書く以前の私は《日本においては、作品絶対視の考へ方そのものが、きはめて少数派であり、ほとんどの詩論は、作者の生き方(伝記)や、作中に陳述されている思念によって作品を云々してゐるにすぎぬ》といふ認識を持ってゐた。そして、何よりも、作品を中心に据えた文学論が確立することが、急務であると考へてゐたのである。そして、この認識、この考へ方の正統性は、現在でも、一面において維持されてゐると思ふのだが(そのことは、現在でも多くの低劣な詩観・文学観がそこここに横行してゐることによって裏付けられる)、当時の状況では、なほのこと二正面作戦を強ひられる形になり、自己分裂に身をゆだねずには済まなかったやうである。作品絶対主義に疑問符を付けるたあめに、まづ作品絶対主義を標榜しなければならないといふ、春秋の筆法に似たやり口が要請されてゐたのだった。
そして入沢は「Aを倒すために、まづAを確立しなければならぬといふ種類の考へ方自体、政治の次元のものではあっても、文学の次元のものではない。私は詩におけるその種の政治家になる必要は毛頭ないのであった」と続けている。
確立したあと、その先に何があるのかは考えておかなければならないだろう。
私は川柳においても他ジャンルで行われているようなことはすべて実現されることを願っている。句集の発行、批評の必要性、句評会・批評会やシンポジウムの開催、他ジャンルとの交流、アンソロジーと文芸的な川柳書の発行、SNSを利用した川柳の発信、などなど。
かりにこれらの一部分でも実現されるとして、その先に何があるのか。
前掲の柳本々々の言葉を借りると次のようになるだろうか。
2016年は川柳というジャンルの再吟味の年
2017年は川柳というジャンルのなかでいろんな人間がそれぞれの場所からこれまでとは違った光を灯そうとしている年
6月30日、所用があって北信太の葛葉稲荷神社を訪れた。信太妻の伝説で有名な神社である。この近くの職場に勤務していた時期があって、神社の石狐を毎日見ていた。狐の顔は少しも変っていなかった。
この日は夏越の祓の日で、境内には茅の輪が設置されていた。私は作法通りに茅の輪くぐりをしながら、これからの半年のことなどをぼんやり考えていた。
2017年6月24日土曜日
女性川柳の現在―「カモミール」と「旬」
カモミール キク科の1種の耐寒性一年草。和名はカミツレ。
「川柳カモミール」第1号を送っていただいた。
八戸市で開催されている「川柳カモミール句会」の句会報として5月に発行された。
女性五人の作品が20句ずつ掲載されていて、清新な感じがする。
飯島章友が「川柳スープレックス」ですでに書いているが、巻頭の三浦潤子の作品は私もはじめて読むので、特に注目した。
膨らんだ餅からSMAPがぷしゅーつ 三浦潤子
首縦に振る度落ちてゆく鮮度
ネクタイをゆるめ雲の名ひとつ知る
織姫の364の詩
削除してサクジョしてさくじょして シーつ
時事的な話題を川柳としてどう詠むかはむずかしいところだろう。SMAPのファンにとっては他人事ではないだろうが、掲出句は第三者の立場から軽やかに詠んでいる。軽やかさは「ぷしゅーつ」とか「シーつ」というオノマトペにもよる。俳句でも「軽み」ということが言われるが、「軽み」は川柳の持ち味のひとつである。重い内容を重く表現するやり方もあれば、重い内容を軽く表現するやり方もある。重いとか軽いとかいうのは主観的な感じ方だが、かりに重くて深い主題であってもそれを表面に隠して軽みとして表現することもある。
「織姫の364の詩」では七夕の特別な一日ではなくて、それ以外の364日に川柳の眼をそそいでいる。しかも、7月7日に「詩」があるというのではなくて、364日の方に「詩」があるというのだから、その着想のアイロニーは相当なものだ。
だからって唐突に消えちゃった鈴 守田啓子
逆境に満月なんか出てこないで
ピーマンの振りして寄り添った振りして
考えるとこです ブックセンターを出て右手
醤油注ぎに醤油足せる日までのこと
これらの句は、句の前後にさまざまな状況を想像しながら読むことができる。
「だからって」というのは、前にどんなことがあったのか分からないが、省略された文脈の、その途中から作品が始まっている。
逆境に満月なんか出てきたら、いっそう腹の立つことは理解しやすいが、その逆境は仕事や恋愛やさまざまな人間関係の状況に当てはめることができる。
物語の一場面だけ読まされた読者は、断片であるからこそ逆にその前後に広がる大きな物語空間を感じとることができる。
発砲はしましたが戦闘ではありません 滋野さち
スーダンへ桜前線を送り出す
真っ先に「戦争はイヤ」と書く軍手
ペラペラのナルトの下のがん細胞
本名を知らない人と会う四月
滋野さちの作品は川柳の批評性を手放さない。常に現実の社会と対峙したところで書かれている。社会性川柳を書く人が少なくなった現在、滋野の作品はますます貴重なものとなるだろう。
いうまでもなく、風刺は芸術のひとつの方法である。川柳はことばの芸術でもあるから、川柳のことばと批評性を両立させるのは、とても困難なことだと思う。
灰汁抜きも面取りもした鳥にする 横沢あや子
ほっといて女子力男子の種袋
葉月の葉いちまいずつの人の声
もんしろ蝶つれて八月の帽子屋
柿だもの淋しがらせてあげましょう
横沢あや子の作品を久しぶりに読んだ。
「鳥」「葉」「蝶」「柿」などをの日常語を使って、それを川柳の言葉・詩の言葉にまで高めている。これらの語は自然物ではなくて、人間との関係のなかで使われているから生活詩となる。
女性を果物にたとえると何になるのだろう。五句目の作中主体は「柿」だといっている。林檎とか蜜柑とか梨ではないのだ。柿が淋しいのではなくて、柿は誰かを淋しがらせるような存在だというのだ。
縁取りをすればどうにかなるでしょう 笹田かなえ
通り過ぎて欲しいところで待ってしまう
マッチ擦るいつもそこから始まった
北海道のコーナーにある志賀直哉
泥絵具 三千世界を塗りましょう
笹田かなえの「はじめに」によると、「カモミール」は「川柳を書いて読んで合評するという形の勉強会」である。各地で試みられている「川柳の読み」に時間をかける句会のひとつのようだ。吟行会も行っているらしい。
たまたまかもしれないが、女性川柳人が五人集まっていることにも新鮮さが感じられる。
女性川柳誌としては、かつて飯尾麻佐子の「魚」があった。田口麦彦が編集した『現代女流川柳鑑賞事典』(三省堂)も労作である(「女流」という現在は使われなくなっている言葉を用いている点は気になる)。「男性優位社会」はそれぞれの地域・フィールドでまだ残っているだろうが、風通しのよい川柳の場がどんどん増えてゆけばいいと思う。
伊那から発行されている「川柳の仲間 旬」は今までも紹介したことがあるが、5月に211号が発行された。ここでは千春と樹萄らきの句を紹介する。
雷を育て上げては龍にする 千春
ひめごとはおひるにするとやわらかい
生きるんだそうと決めれば鳥かなあ
現代の川柳は言葉から出発することが多いが、作者の実存から出発する川柳もある。
誰でもいろいろな困難を抱えながら生きているから、川柳を読んだり書いたりすることで前に進めることもある。
傷つきやすさとかナイーヴなものを失わずに、それを川柳の言葉として鍛えあげていくことが大切だろう。
まいったねえ右も左も寸足らず 樹萄らき
おまえさん脛にキズもつお人好し
未来は過去の延長じゃない…けどさ
淡々と…淡々なんていかねーよ
樹萄らきの句には語り口のおもしろさがある。威勢のいいお姉さんの口調である。
近ごろは作者と作中主体を分けて読むのがふつうだが、この作者の場合は重ねて読んでもおかしくはない。作品を通じて読者は樹萄らきのイメージを何となく思い浮かべることができる。それが本当のこの作者の姿なのかどうかは知らない。作品を通じて浮かび上がってくる作者像である。キャラクターという言葉を使うとすれば、「姉御キャラ」というような感じだ。
今回の作品で、威勢のよさが途中で口ごもっているのは、「…」の使い方による。そこに川柳的屈折があるのだ。
「川柳カモミール」第1号を送っていただいた。
八戸市で開催されている「川柳カモミール句会」の句会報として5月に発行された。
女性五人の作品が20句ずつ掲載されていて、清新な感じがする。
飯島章友が「川柳スープレックス」ですでに書いているが、巻頭の三浦潤子の作品は私もはじめて読むので、特に注目した。
膨らんだ餅からSMAPがぷしゅーつ 三浦潤子
首縦に振る度落ちてゆく鮮度
ネクタイをゆるめ雲の名ひとつ知る
織姫の364の詩
削除してサクジョしてさくじょして シーつ
時事的な話題を川柳としてどう詠むかはむずかしいところだろう。SMAPのファンにとっては他人事ではないだろうが、掲出句は第三者の立場から軽やかに詠んでいる。軽やかさは「ぷしゅーつ」とか「シーつ」というオノマトペにもよる。俳句でも「軽み」ということが言われるが、「軽み」は川柳の持ち味のひとつである。重い内容を重く表現するやり方もあれば、重い内容を軽く表現するやり方もある。重いとか軽いとかいうのは主観的な感じ方だが、かりに重くて深い主題であってもそれを表面に隠して軽みとして表現することもある。
「織姫の364の詩」では七夕の特別な一日ではなくて、それ以外の364日に川柳の眼をそそいでいる。しかも、7月7日に「詩」があるというのではなくて、364日の方に「詩」があるというのだから、その着想のアイロニーは相当なものだ。
だからって唐突に消えちゃった鈴 守田啓子
逆境に満月なんか出てこないで
ピーマンの振りして寄り添った振りして
考えるとこです ブックセンターを出て右手
醤油注ぎに醤油足せる日までのこと
これらの句は、句の前後にさまざまな状況を想像しながら読むことができる。
「だからって」というのは、前にどんなことがあったのか分からないが、省略された文脈の、その途中から作品が始まっている。
逆境に満月なんか出てきたら、いっそう腹の立つことは理解しやすいが、その逆境は仕事や恋愛やさまざまな人間関係の状況に当てはめることができる。
物語の一場面だけ読まされた読者は、断片であるからこそ逆にその前後に広がる大きな物語空間を感じとることができる。
発砲はしましたが戦闘ではありません 滋野さち
スーダンへ桜前線を送り出す
真っ先に「戦争はイヤ」と書く軍手
ペラペラのナルトの下のがん細胞
本名を知らない人と会う四月
滋野さちの作品は川柳の批評性を手放さない。常に現実の社会と対峙したところで書かれている。社会性川柳を書く人が少なくなった現在、滋野の作品はますます貴重なものとなるだろう。
いうまでもなく、風刺は芸術のひとつの方法である。川柳はことばの芸術でもあるから、川柳のことばと批評性を両立させるのは、とても困難なことだと思う。
灰汁抜きも面取りもした鳥にする 横沢あや子
ほっといて女子力男子の種袋
葉月の葉いちまいずつの人の声
もんしろ蝶つれて八月の帽子屋
柿だもの淋しがらせてあげましょう
横沢あや子の作品を久しぶりに読んだ。
「鳥」「葉」「蝶」「柿」などをの日常語を使って、それを川柳の言葉・詩の言葉にまで高めている。これらの語は自然物ではなくて、人間との関係のなかで使われているから生活詩となる。
女性を果物にたとえると何になるのだろう。五句目の作中主体は「柿」だといっている。林檎とか蜜柑とか梨ではないのだ。柿が淋しいのではなくて、柿は誰かを淋しがらせるような存在だというのだ。
縁取りをすればどうにかなるでしょう 笹田かなえ
通り過ぎて欲しいところで待ってしまう
マッチ擦るいつもそこから始まった
北海道のコーナーにある志賀直哉
泥絵具 三千世界を塗りましょう
笹田かなえの「はじめに」によると、「カモミール」は「川柳を書いて読んで合評するという形の勉強会」である。各地で試みられている「川柳の読み」に時間をかける句会のひとつのようだ。吟行会も行っているらしい。
たまたまかもしれないが、女性川柳人が五人集まっていることにも新鮮さが感じられる。
女性川柳誌としては、かつて飯尾麻佐子の「魚」があった。田口麦彦が編集した『現代女流川柳鑑賞事典』(三省堂)も労作である(「女流」という現在は使われなくなっている言葉を用いている点は気になる)。「男性優位社会」はそれぞれの地域・フィールドでまだ残っているだろうが、風通しのよい川柳の場がどんどん増えてゆけばいいと思う。
伊那から発行されている「川柳の仲間 旬」は今までも紹介したことがあるが、5月に211号が発行された。ここでは千春と樹萄らきの句を紹介する。
雷を育て上げては龍にする 千春
ひめごとはおひるにするとやわらかい
生きるんだそうと決めれば鳥かなあ
現代の川柳は言葉から出発することが多いが、作者の実存から出発する川柳もある。
誰でもいろいろな困難を抱えながら生きているから、川柳を読んだり書いたりすることで前に進めることもある。
傷つきやすさとかナイーヴなものを失わずに、それを川柳の言葉として鍛えあげていくことが大切だろう。
まいったねえ右も左も寸足らず 樹萄らき
おまえさん脛にキズもつお人好し
未来は過去の延長じゃない…けどさ
淡々と…淡々なんていかねーよ
樹萄らきの句には語り口のおもしろさがある。威勢のいいお姉さんの口調である。
近ごろは作者と作中主体を分けて読むのがふつうだが、この作者の場合は重ねて読んでもおかしくはない。作品を通じて読者は樹萄らきのイメージを何となく思い浮かべることができる。それが本当のこの作者の姿なのかどうかは知らない。作品を通じて浮かび上がってくる作者像である。キャラクターという言葉を使うとすれば、「姉御キャラ」というような感じだ。
今回の作品で、威勢のよさが途中で口ごもっているのは、「…」の使い方による。そこに川柳的屈折があるのだ。
2017年6月9日金曜日
煮えたぎる鍋
今年は石部明没後五年に当たる。
一昨年から八上桐子と小池正博の二人で「THANATOS」というフリーペーパーを発行している。石部明の作品を毎回50句ずつ紹介し、石部明論と石部明語録を付けている。年一回発行で現在第二号まで。六月に入って、今年の第三号の作成に取りかかりはじめた。
第三号で取り扱うのは、1996年~2002年の時期。明、57歳から63歳。
「川柳大学」「MANO」『現代川柳の精鋭たち』『遊魔系』と油の乗った時期である。
ちなみに「MANO」創刊が1998年5月。『現代川柳の精鋭たち』が2000年7月。句集『遊魔系』発行が2002年2月。
この時期の作品を初出から調べてゆく作業をしていると発見もある。たとえば
嗄れた咳して死者のいる都 石部明
という句。「MANO」『遊魔系』では上掲のかたちなのに、『セレクション柳人・石部明集』では「嗄れた声」になっている。川柳では本文校異がされたことがなかった。
まだ先のことだが、「THANATOS」3号は9月18日の「文学フリマ大阪」で配付の予定である。
「里」6月号に天宮風牙が5月6日の「川柳トーク」のことを書いている(「もう一つの俳の句」)。天宮は「里」に俳諧論を連載しているが、俳諧の観点から川柳にも関心をもちイベントに参加したようだ。
「今話題の瀬戸夏子氏とその鋭い論考で俳壇でも注目の柳本々々氏の参加ということで観客には多くの歌人、俳人の姿が見られた。連句人の浅沼璞氏の姿もあり短歌、俳諧(連句)、川柳、俳句と所謂短詩系文芸人が一堂に会する席であったことが何よりも興味深い」
しかし、シンポジウムの内容そのものは天宮の俳諧論に直接寄与するものではなかったらしくて、彼はこんなふうに書いている。
「結論から言うと、一句独立の確立した現代俳句をもって俳諧を論ずることが困難であるように、現代川柳から俳諧を論ずることもまた困難であるように思う。但し、俳人としては実に実りの多いシンポジウムであった」
私は連句人でもあるから、天宮の言いたいことはよく分かる。拙著『蕩尽の文芸』の帯文に私はこんなふうに書いている。
「他者の言葉に自分の言葉を付ける共同制作である連句と、一句独立の川柳の実作のあいだに矛盾を感じることもあったが、今は矛盾が大きいほどおもしろいと思っている。連句と川柳―焦点が二つあることによって大きな楕円を描きたいのだ」
これは私の初心であったはずだが、まだ大きな楕円が描けていない。
「川柳トーク」と「文フリ東京」以後も短詩型の世界は目まぐるしく動いている。
5月21日、コープイン京都で「句集を読み合う 岡村知昭×中村安伸」というイベントが行われた(関西現俳協青年部・勉強会)。
東京でも開催された四句集(小津夜景『フラワーズ・カンフー』、田島健一『ただならぬぽ』、岡村知昭『然るべく』、中村安伸『虎の夜食』の読みのうち、関西にゆかりのある岡村と中村の句集を読むもので、岡村の句集を中村と久留島元が、中村の句集を岡村と仲田陽子が読むというものだった。仲田が中村の句集のBL読みを行ったのが印象的だった。
春立ちぬ鱗あろうとなかろうと 岡村知昭
黙祷のあとにふらつくのが仕事
雨音や斜塔を妻といたしたく
はたらくのこはくて泣いた夏帽子 中村安伸
馬は夏野を十五ページも走つたか
水は水に欲情したる涼しさよ
瀬戸夏子と平岡直子が発行している「SH」もすでに四冊目となる。
歌人である瀬戸と平岡が川柳の実作を試みていて、毎回ゲストが参加する。
「SH4」から。
作戦名…忘れたすぐに楽になる 山中千瀬
かわいいを集めたデッキで勝ち進む
友だちになろう飛行機にも乗ろう
必ず暗くなるので夜を名乗らせて 我妻俊樹
セックスの中で醤油を買いにゆく
昼過ぎまで有料だった水たまり
さくらの最良の子ども 瀬戸夏子
石鹼の裾上げ見つめ
よわい梅から耳朶を選ぶ
月蝕のような美貌が欠けている 平岡直子
ペンギンの群れを避けつつ一周す
絶滅も指名手配も断った
瀬戸は「川柳トーク」でも「川柳は長い」と発言していて、今回は短律作品を書いている。短歌が二つのパーツからできていると仮定すれば、川柳を書くときも二つのパーツの組み合わせなら短律や七七句の方が書きやすいということなのだろう。
かつて川柳と短詩の交流があった時期に(短詩が川柳に流入した時期と言った方がいいか)、短詩が長律派と短律派に分かれ、分裂していったことを思い出した。
短歌研究誌「美志」19号を送っていただいた。
特集は〈井上法子歌集『永遠でないほうの火』を読む〉。
編集後記に〈昨年は「わからない」歌について歌壇ではやりとりがあった。論争にからむよりも「読み」の実質を作っていきたい〉とある。
私は川柳と短歌の違いを考えるときに、ときどき次の二つの作品を並べてみることがある。
煮えたぎる鍋 方法は二つある 倉本朝世
煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火 井上法子
倉本の作品には省略があって「方法は二つある」と言われると何と何だろうと考えてしまう。読者に預ける書き方である。「火を消す」のと「鍋の湯をぶちまける」の二つだろうな、と私は思うが、井上の短歌を読んだときに「じっと見すえる」ということもあるのだなと思った。大丈夫、これは永遠に続くのではないと自分に言い聞かせながら。
1月の「文フリ京都」では合同句集『川柳サイドSpiral Wave』を販売したが、9月の「文フリ大阪」では『川柳サイドSpiral Wave』第2号を発行・販売する予定である。今回の参加者は、飯島章友・川合大祐・小池正博・酒井かがり・樹萄らき・兵頭全郎・柳本々々の7名。
さまざまなことを形にしていくには、まだ暑い夏を越さなくてはならない。
一昨年から八上桐子と小池正博の二人で「THANATOS」というフリーペーパーを発行している。石部明の作品を毎回50句ずつ紹介し、石部明論と石部明語録を付けている。年一回発行で現在第二号まで。六月に入って、今年の第三号の作成に取りかかりはじめた。
第三号で取り扱うのは、1996年~2002年の時期。明、57歳から63歳。
「川柳大学」「MANO」『現代川柳の精鋭たち』『遊魔系』と油の乗った時期である。
ちなみに「MANO」創刊が1998年5月。『現代川柳の精鋭たち』が2000年7月。句集『遊魔系』発行が2002年2月。
この時期の作品を初出から調べてゆく作業をしていると発見もある。たとえば
嗄れた咳して死者のいる都 石部明
という句。「MANO」『遊魔系』では上掲のかたちなのに、『セレクション柳人・石部明集』では「嗄れた声」になっている。川柳では本文校異がされたことがなかった。
まだ先のことだが、「THANATOS」3号は9月18日の「文学フリマ大阪」で配付の予定である。
「里」6月号に天宮風牙が5月6日の「川柳トーク」のことを書いている(「もう一つの俳の句」)。天宮は「里」に俳諧論を連載しているが、俳諧の観点から川柳にも関心をもちイベントに参加したようだ。
「今話題の瀬戸夏子氏とその鋭い論考で俳壇でも注目の柳本々々氏の参加ということで観客には多くの歌人、俳人の姿が見られた。連句人の浅沼璞氏の姿もあり短歌、俳諧(連句)、川柳、俳句と所謂短詩系文芸人が一堂に会する席であったことが何よりも興味深い」
しかし、シンポジウムの内容そのものは天宮の俳諧論に直接寄与するものではなかったらしくて、彼はこんなふうに書いている。
「結論から言うと、一句独立の確立した現代俳句をもって俳諧を論ずることが困難であるように、現代川柳から俳諧を論ずることもまた困難であるように思う。但し、俳人としては実に実りの多いシンポジウムであった」
私は連句人でもあるから、天宮の言いたいことはよく分かる。拙著『蕩尽の文芸』の帯文に私はこんなふうに書いている。
「他者の言葉に自分の言葉を付ける共同制作である連句と、一句独立の川柳の実作のあいだに矛盾を感じることもあったが、今は矛盾が大きいほどおもしろいと思っている。連句と川柳―焦点が二つあることによって大きな楕円を描きたいのだ」
これは私の初心であったはずだが、まだ大きな楕円が描けていない。
「川柳トーク」と「文フリ東京」以後も短詩型の世界は目まぐるしく動いている。
5月21日、コープイン京都で「句集を読み合う 岡村知昭×中村安伸」というイベントが行われた(関西現俳協青年部・勉強会)。
東京でも開催された四句集(小津夜景『フラワーズ・カンフー』、田島健一『ただならぬぽ』、岡村知昭『然るべく』、中村安伸『虎の夜食』の読みのうち、関西にゆかりのある岡村と中村の句集を読むもので、岡村の句集を中村と久留島元が、中村の句集を岡村と仲田陽子が読むというものだった。仲田が中村の句集のBL読みを行ったのが印象的だった。
春立ちぬ鱗あろうとなかろうと 岡村知昭
黙祷のあとにふらつくのが仕事
雨音や斜塔を妻といたしたく
はたらくのこはくて泣いた夏帽子 中村安伸
馬は夏野を十五ページも走つたか
水は水に欲情したる涼しさよ
瀬戸夏子と平岡直子が発行している「SH」もすでに四冊目となる。
歌人である瀬戸と平岡が川柳の実作を試みていて、毎回ゲストが参加する。
「SH4」から。
作戦名…忘れたすぐに楽になる 山中千瀬
かわいいを集めたデッキで勝ち進む
友だちになろう飛行機にも乗ろう
必ず暗くなるので夜を名乗らせて 我妻俊樹
セックスの中で醤油を買いにゆく
昼過ぎまで有料だった水たまり
さくらの最良の子ども 瀬戸夏子
石鹼の裾上げ見つめ
よわい梅から耳朶を選ぶ
月蝕のような美貌が欠けている 平岡直子
ペンギンの群れを避けつつ一周す
絶滅も指名手配も断った
瀬戸は「川柳トーク」でも「川柳は長い」と発言していて、今回は短律作品を書いている。短歌が二つのパーツからできていると仮定すれば、川柳を書くときも二つのパーツの組み合わせなら短律や七七句の方が書きやすいということなのだろう。
かつて川柳と短詩の交流があった時期に(短詩が川柳に流入した時期と言った方がいいか)、短詩が長律派と短律派に分かれ、分裂していったことを思い出した。
短歌研究誌「美志」19号を送っていただいた。
特集は〈井上法子歌集『永遠でないほうの火』を読む〉。
編集後記に〈昨年は「わからない」歌について歌壇ではやりとりがあった。論争にからむよりも「読み」の実質を作っていきたい〉とある。
私は川柳と短歌の違いを考えるときに、ときどき次の二つの作品を並べてみることがある。
煮えたぎる鍋 方法は二つある 倉本朝世
煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火 井上法子
倉本の作品には省略があって「方法は二つある」と言われると何と何だろうと考えてしまう。読者に預ける書き方である。「火を消す」のと「鍋の湯をぶちまける」の二つだろうな、と私は思うが、井上の短歌を読んだときに「じっと見すえる」ということもあるのだなと思った。大丈夫、これは永遠に続くのではないと自分に言い聞かせながら。
1月の「文フリ京都」では合同句集『川柳サイドSpiral Wave』を販売したが、9月の「文フリ大阪」では『川柳サイドSpiral Wave』第2号を発行・販売する予定である。今回の参加者は、飯島章友・川合大祐・小池正博・酒井かがり・樹萄らき・兵頭全郎・柳本々々の7名。
さまざまなことを形にしていくには、まだ暑い夏を越さなくてはならない。
2017年6月3日土曜日
渡辺隆夫とキャラクター川柳
1「人間は油断をすると、すぐ真面目になってしまう」(渡辺隆夫)
「バックストロークin東京」(2005年5月)のシンポジウム「軽薄について」における渡辺隆夫の発言から。
隆夫さんが亡くなったことを3月に聞いたが、この時評では何も書かなかった。隆夫さんとは「バックストローク」同人として交流があったし、彼の句集『魚命魚辞』と拙句集『水牛の余波』をセットにして句評会を開催したこともあった(2011年7月)。
いま渡辺隆夫について真っ先に思い出すのはこの言葉である。
2私性の抹殺
句評会で私は『魚命魚辞』について次のように語った。
〈私はこれまで渡辺隆夫の川柳を「私性の抹殺」「諷刺対象の創出」「キャラクター川柳」という視点から読んできましたが、本句集を読んでキーワードは「昭和」だと思いました。隆夫さんの「昭和」に対する落とし前のつけ方として読んだわけです。
川柳は本来第三者性の立場から詠まれてきたので、「私性」が問題になるのは近代川柳以後です。隆夫さんは近代川柳の行き詰まりの打開を川柳本来の第三者性に求めていると考えられますが、その際の風刺対象をどう作るか。その最大の手法を私は「キャラクター川柳」と考えています〉
「私性の抹殺」「諷刺対象の創出」「キャラクター川柳」―あのとき私は何を言いたかったのだろう。改めて考えてみたい。
3さまざまな一人称
脱ぐときの妻は横目で僕は伏目 (『宅配の馬』)
ちょっと見てよ死体(わたし)の焼け具合 (『都鳥』)
しばらくね私蛇姫すっぽんぽん (『亀れおん』)
この三句について一人称の使い方を比べてみたい。
一句目の「僕」は作者自身とも読めるが、二句目では「死体」に「わたし」というルビが付いている。死者の視点で詠まれており、語っているのは死者自身ということになる。三句目の「私」は「蛇姫」というキャラクターが語っている。虚構の度合いがエスカレートしているのだ。「作品=作者の自己表現」だとか「作中主体=作者」とかいう前提はまったく見られず、「私性」というようなものは最初から否定されている。だから、私は隆夫の作品を「私性の抹殺」という捉え方をしたのだった。
隆夫作品は川柳の第三者性をもっともよく体現している。
川柳は本来、自己表現や私性の表現ではなく、第三者の立場から人間や社会を揶揄するものであった。第三者だからこそ無責任=自由にカラリと明るい句を詠めるのだと彼は考えたのだろう。隆夫作品に対しては「私情開陳のカモフラージュ」(石田柊馬)という見方もあるし、たとえば「お別れにお金ほしいわ夏木立」というような句に対して、「エンターティメントとしての一人称」(古俣麻子)と言われることもあった。
人称に関して「飛行機のように電車も突っ込んだ」という句について荻原裕幸は、作家個人でもない世間一般の声でもない「非人称」の声がひびいていると評した。一人称は作者の「内面」や「思い」を表現しやすいが、絶望的な題材を前に、もはや人称の枠のなかでは語りきれない声が、作者を離れた、「非人称」の話法になったというのだ。
この句はJR福知山線の脱線事故を詠んだ時事句である。このような句作の中に隆夫の第三者性が典型的に表れている。荻原の評に対して、渡辺隆夫は「『非人称』という文字を見たとき、私は『非人情』と読んでハッとした。私の句が、しばしば、被災者や遺族への配慮を欠き、弱者に対する同情が足りない、と人情第一主義者に嫌われていたからだ」(「人称へのこだわり」)と述べている。被害者や犠牲者に感情移入してしまえば、このような句を書くことは不可能になる。「私」とは無関係であるからこそ、テロも事故も書くことができるのだろう。
4諷刺対象の創出
渡辺隆夫の句集では、三句または四句がセットになっていることが多い。章ごとにテーマ設定がされていることもある。これは諷刺対象を意識的に作り出すための方法である。たとえば、『魚命魚辞』第五章では「魚の国」が設定されている。
乙姫社の魚語辞典はまだ出ぬか
シーラカンスは魚気の多い編集長
「魚の国」があって、魚の出版社「乙姫社」がある。編集長はシーラカンス。まず、この漫画的乗りをおもしろいと思わない人にはこの句集は無縁だろう。人間なら「ヤマ気」が多いのだろうが、魚だから「魚気」が多い。出そうとしている本は『魚語辞典』。このようにして一句一句を積み上げることによって、隆夫はひとつのセカイを創り上げてゆく。何のためにセカイを創り上げるか。そのセカイを風刺対象にするためだ。風刺対象がなければ風刺することができない。
5キャラクター川柳
アニメや漫画を作るときに、女の子に猫の耳を付けようとか、この主人公に剣を持たせようなど、キャラクターが重要な役割を果たしている。ミッキーマウスやドラえもん、キティちゃんなどはだれでも知っているキャラクターである。そのような「キャラクター川柳」として、たとえば渡辺隆夫の「ベランダマン」が思い浮かぶ。
雨夜のラマダン月夜のベランダマン
屋上のベランダマンは人畜無害
シリウスも凍るベランダ喫煙所
ベランダマンをパンパン叩く隣の嫁
句集『黄泉蛙』の作品である。スーパーマンやスパイダーマンのようなかっこいいキャラではなく、ベランダマンはベランダでこっそり煙草を吸っている人畜無害で卑小な存在である。ベランダマンはいかにも川柳的なキャラクターであろう。
6「現代における一般的な読みとはマンガ的読みだ」(渡辺隆夫)
アニメやマンガのキャラクターを直接の素材として作句するのは今ではよく見られる方法である。隆夫の川柳にもマンガ・アニメのキャラクターを用いたものがある。
原子力銭湯へ行っておいでバカボン
テポドンに紅の豚ぶちかまし
「キャラクター川柳」は作者と作品を切り離すための方法として有効である。
「作品=作者の自己表現」だとか「作中主体=作者」という近代的な文芸観の行き詰まりを打開するために、隆夫は「キャラクター川柳」に到達したのだと私は思っていた。
7「なんでもありの五七五」(渡辺隆夫)
けれども、渡辺隆夫がやろうとしていたのは、私が隆夫作品にめんどうな回路を通ってアプローチしたようなことではなくて、もっとストレートな何かであったかもしれない。
還暦の男に初潮小豆めし
老妻に教わる月々の処置
TOTOに坐る牡丹となりにけり
芍薬は立ってTOTOしていたり
渡辺隆夫の句集の中で最も顰蹙を買った(と思われる)句集『亀れおん』から。「性転換」というタイトルが付いている。
還暦の男になぜ初潮があるのか、と考えるような人には意味が分からない作品である。とにかく、還暦の男に初潮があった。お目出度いといって「小豆めし」を炊いてもらったのである。毎月生理があるという体験ははじめてだから、妻にどうすればいいか教えてもらうことになる。TOTOは便器だろう。立てば芍薬、座れば牡丹。
隆夫は生物学者だったから、昆虫などの雌雄同体とか性の転換とかいうことを見慣れていたことだろう。それを人間に適用すればどうなるか。
キャラクター川柳どころではない。隆夫は性差を超越させてしまった。いや、超越というのではなくて、女性の性の具体を男性に川柳のなかで体験させてしまった。
「なんでもありの五七五」とは渡辺隆夫の川柳定義である。「なんでもあり」だから定義にはならないのだが、考えてみるとこれはおそろしい定義である。「それは川柳ではない」という類の枠組み設定や排除の論理が通用しなくなるからだ。私たちは渡辺隆夫のように「なんでもあり」と言い切る勇気があるだろうか。
8「川柳には、引き継ぎ・引き渡す程のスンバラシイ伝統なんか、なーんもない」(渡辺隆夫)
「バックストローク」15号の「現代川柳の切り口」で「川柳の伝統とは何か」を取り上げたときに、隆夫は「なーんもない」と書いてきた。
私は何もないところに何かを作りあげようという立場であるが、最近になって何もないことの風通しのよさということもまたあるのかなと思うようになった。
9「悪意というのは、人の心の内側に向かって深く静かに潜行していくというイメージがあります。一方、軽薄は、外側に向かっているエネルギーといいますか、発散していくベクトルを持っておりまして、無責任とか無節操とか、無思想とか、とにかく無茶苦茶に無作法そのものが軽薄と考えます」(渡辺隆夫)
「バックストロークin東京」、「軽薄について」から。
最後に隆夫の言葉として私が切実に思い出すのは次のことである。
10「川柳は外向的でないと生きてゆけないのである」(渡辺隆夫)
「バックストロークin東京」(2005年5月)のシンポジウム「軽薄について」における渡辺隆夫の発言から。
隆夫さんが亡くなったことを3月に聞いたが、この時評では何も書かなかった。隆夫さんとは「バックストローク」同人として交流があったし、彼の句集『魚命魚辞』と拙句集『水牛の余波』をセットにして句評会を開催したこともあった(2011年7月)。
いま渡辺隆夫について真っ先に思い出すのはこの言葉である。
2私性の抹殺
句評会で私は『魚命魚辞』について次のように語った。
〈私はこれまで渡辺隆夫の川柳を「私性の抹殺」「諷刺対象の創出」「キャラクター川柳」という視点から読んできましたが、本句集を読んでキーワードは「昭和」だと思いました。隆夫さんの「昭和」に対する落とし前のつけ方として読んだわけです。
川柳は本来第三者性の立場から詠まれてきたので、「私性」が問題になるのは近代川柳以後です。隆夫さんは近代川柳の行き詰まりの打開を川柳本来の第三者性に求めていると考えられますが、その際の風刺対象をどう作るか。その最大の手法を私は「キャラクター川柳」と考えています〉
「私性の抹殺」「諷刺対象の創出」「キャラクター川柳」―あのとき私は何を言いたかったのだろう。改めて考えてみたい。
3さまざまな一人称
脱ぐときの妻は横目で僕は伏目 (『宅配の馬』)
ちょっと見てよ死体(わたし)の焼け具合 (『都鳥』)
しばらくね私蛇姫すっぽんぽん (『亀れおん』)
この三句について一人称の使い方を比べてみたい。
一句目の「僕」は作者自身とも読めるが、二句目では「死体」に「わたし」というルビが付いている。死者の視点で詠まれており、語っているのは死者自身ということになる。三句目の「私」は「蛇姫」というキャラクターが語っている。虚構の度合いがエスカレートしているのだ。「作品=作者の自己表現」だとか「作中主体=作者」とかいう前提はまったく見られず、「私性」というようなものは最初から否定されている。だから、私は隆夫の作品を「私性の抹殺」という捉え方をしたのだった。
隆夫作品は川柳の第三者性をもっともよく体現している。
川柳は本来、自己表現や私性の表現ではなく、第三者の立場から人間や社会を揶揄するものであった。第三者だからこそ無責任=自由にカラリと明るい句を詠めるのだと彼は考えたのだろう。隆夫作品に対しては「私情開陳のカモフラージュ」(石田柊馬)という見方もあるし、たとえば「お別れにお金ほしいわ夏木立」というような句に対して、「エンターティメントとしての一人称」(古俣麻子)と言われることもあった。
人称に関して「飛行機のように電車も突っ込んだ」という句について荻原裕幸は、作家個人でもない世間一般の声でもない「非人称」の声がひびいていると評した。一人称は作者の「内面」や「思い」を表現しやすいが、絶望的な題材を前に、もはや人称の枠のなかでは語りきれない声が、作者を離れた、「非人称」の話法になったというのだ。
この句はJR福知山線の脱線事故を詠んだ時事句である。このような句作の中に隆夫の第三者性が典型的に表れている。荻原の評に対して、渡辺隆夫は「『非人称』という文字を見たとき、私は『非人情』と読んでハッとした。私の句が、しばしば、被災者や遺族への配慮を欠き、弱者に対する同情が足りない、と人情第一主義者に嫌われていたからだ」(「人称へのこだわり」)と述べている。被害者や犠牲者に感情移入してしまえば、このような句を書くことは不可能になる。「私」とは無関係であるからこそ、テロも事故も書くことができるのだろう。
4諷刺対象の創出
渡辺隆夫の句集では、三句または四句がセットになっていることが多い。章ごとにテーマ設定がされていることもある。これは諷刺対象を意識的に作り出すための方法である。たとえば、『魚命魚辞』第五章では「魚の国」が設定されている。
乙姫社の魚語辞典はまだ出ぬか
シーラカンスは魚気の多い編集長
「魚の国」があって、魚の出版社「乙姫社」がある。編集長はシーラカンス。まず、この漫画的乗りをおもしろいと思わない人にはこの句集は無縁だろう。人間なら「ヤマ気」が多いのだろうが、魚だから「魚気」が多い。出そうとしている本は『魚語辞典』。このようにして一句一句を積み上げることによって、隆夫はひとつのセカイを創り上げてゆく。何のためにセカイを創り上げるか。そのセカイを風刺対象にするためだ。風刺対象がなければ風刺することができない。
5キャラクター川柳
アニメや漫画を作るときに、女の子に猫の耳を付けようとか、この主人公に剣を持たせようなど、キャラクターが重要な役割を果たしている。ミッキーマウスやドラえもん、キティちゃんなどはだれでも知っているキャラクターである。そのような「キャラクター川柳」として、たとえば渡辺隆夫の「ベランダマン」が思い浮かぶ。
雨夜のラマダン月夜のベランダマン
屋上のベランダマンは人畜無害
シリウスも凍るベランダ喫煙所
ベランダマンをパンパン叩く隣の嫁
句集『黄泉蛙』の作品である。スーパーマンやスパイダーマンのようなかっこいいキャラではなく、ベランダマンはベランダでこっそり煙草を吸っている人畜無害で卑小な存在である。ベランダマンはいかにも川柳的なキャラクターであろう。
6「現代における一般的な読みとはマンガ的読みだ」(渡辺隆夫)
アニメやマンガのキャラクターを直接の素材として作句するのは今ではよく見られる方法である。隆夫の川柳にもマンガ・アニメのキャラクターを用いたものがある。
原子力銭湯へ行っておいでバカボン
テポドンに紅の豚ぶちかまし
「キャラクター川柳」は作者と作品を切り離すための方法として有効である。
「作品=作者の自己表現」だとか「作中主体=作者」という近代的な文芸観の行き詰まりを打開するために、隆夫は「キャラクター川柳」に到達したのだと私は思っていた。
7「なんでもありの五七五」(渡辺隆夫)
けれども、渡辺隆夫がやろうとしていたのは、私が隆夫作品にめんどうな回路を通ってアプローチしたようなことではなくて、もっとストレートな何かであったかもしれない。
還暦の男に初潮小豆めし
老妻に教わる月々の処置
TOTOに坐る牡丹となりにけり
芍薬は立ってTOTOしていたり
渡辺隆夫の句集の中で最も顰蹙を買った(と思われる)句集『亀れおん』から。「性転換」というタイトルが付いている。
還暦の男になぜ初潮があるのか、と考えるような人には意味が分からない作品である。とにかく、還暦の男に初潮があった。お目出度いといって「小豆めし」を炊いてもらったのである。毎月生理があるという体験ははじめてだから、妻にどうすればいいか教えてもらうことになる。TOTOは便器だろう。立てば芍薬、座れば牡丹。
隆夫は生物学者だったから、昆虫などの雌雄同体とか性の転換とかいうことを見慣れていたことだろう。それを人間に適用すればどうなるか。
キャラクター川柳どころではない。隆夫は性差を超越させてしまった。いや、超越というのではなくて、女性の性の具体を男性に川柳のなかで体験させてしまった。
「なんでもありの五七五」とは渡辺隆夫の川柳定義である。「なんでもあり」だから定義にはならないのだが、考えてみるとこれはおそろしい定義である。「それは川柳ではない」という類の枠組み設定や排除の論理が通用しなくなるからだ。私たちは渡辺隆夫のように「なんでもあり」と言い切る勇気があるだろうか。
8「川柳には、引き継ぎ・引き渡す程のスンバラシイ伝統なんか、なーんもない」(渡辺隆夫)
「バックストローク」15号の「現代川柳の切り口」で「川柳の伝統とは何か」を取り上げたときに、隆夫は「なーんもない」と書いてきた。
私は何もないところに何かを作りあげようという立場であるが、最近になって何もないことの風通しのよさということもまたあるのかなと思うようになった。
9「悪意というのは、人の心の内側に向かって深く静かに潜行していくというイメージがあります。一方、軽薄は、外側に向かっているエネルギーといいますか、発散していくベクトルを持っておりまして、無責任とか無節操とか、無思想とか、とにかく無茶苦茶に無作法そのものが軽薄と考えます」(渡辺隆夫)
「バックストロークin東京」、「軽薄について」から。
最後に隆夫の言葉として私が切実に思い出すのは次のことである。
10「川柳は外向的でないと生きてゆけないのである」(渡辺隆夫)
2017年5月20日土曜日
「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」についての感想(続き)
「レジュメに載せてある作品から作者の名前を隠してください。これは断言してもいいんですが、短歌に比べると川柳では、作者名を隠すと男女差がわからなくなると思います」(瀬戸夏子)
前回の続きで「川柳トーク」について書くが、今回は柳本々々についての感想である。
このイベントの二週間前に現俳協の勉強会があって、柳本はパネリストとして話をした。彼の話をもっと聞きたくて「川柳トーク」に参加した方もあったようである。
柳本は俳句の読みを通じて、そもそも「読むこと」とは何だろう、と痛切に感じたようだ。彼はこれまでにも、川柳だけではなくて短歌や俳句の読みを書いて来たはずだが、「俳句」という他ジャンルのフィールドの中で「読み」の問題が改めて問い直されるのだろう。
今回も「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」というイベント名をテーマとして正面から受け止めたのが柳本だった。インパクトの強いキャッチ・コピーとしてではなく、テーマとして内面化したのだ。柳本が挙げたのは次の10句である。10句に通底するテーマは【世界の終わりと任意の世界】だとされている。
みんな去って 全身に降る味の素 中村冨二
頷いてここは確かに壇の浦 小池正博
ファイティングポーズ豆腐が立っている 岩田多佳子
オルガンとすすきになって殴りあう 石部明
妖精は酢豚に似ている絶対似ている 石田柊馬
人差し指で回し続ける私小説 樋口由紀子
中八がそんなに憎いかさあ殺せ 川合大祐
おはようございます ※個人の感想です 兵頭全郎
毎度おなじみ主体交換でございます 飯島章友
菜の花菜の花子供でも産もうかな 時実新子
これらの句を通じて、彼は川柳の「任意性」を論じた。「任意性」とは兵頭全郎の句集『n≠0 PROTOTYPE』から抽出されたものである。「川柳カード」14号でも柳本は全郎の句集について、次のように書いている。
全郎の句集はタイトルにも「n≠0」と、「n」になにかを代入するやいなや、それが〈違うかもしれない可能性〉が暗示されていたが、句にも〈内〉と〈外〉が定まらない〈任意〉の世界が描かれている。この句集は真顔でこう言っているようだ。《構造とは実は任意なのだ》と。もっと大きく言えば、川柳というジャンルは、〈任意〉なのだ。と。
この考えを柳本は瀬戸夏子の仕事につなげてとらえた。
瀬戸夏子がやっている仕事は、ある任意の方向性を変えようとするものと思われる。短歌である読み方が因習的・支配的であるときに、瀬戸夏子がそういう読みかたはどうなのだろうと疑問を投げかけ「任意」のものにする。この日のタイトル、本当は「川柳が瀬戸夏子のなかで荒れる、荒ぶることができるか」ということだと柳本は言う。
第一部で小池が歴史的な縦軸を通して川柳作品を読んだのに対して、瀬戸はそれとは別のテクストとしての「読みの枠組み」を提示した。「おれのひつぎは おれがくぎうつ」(河野春三)の句を、瀬戸は「分裂する私」「生成変化する私」ととらえたが、柳本は「任意の私」ととらえたいと言う。
「毎度おなじみ主体交換でございます」では「主体交換」がとても川柳的。日常会話では使わない思想的・哲学的な言葉を「毎度おなじみ~」という卑俗な言説に落とし込んでゆく。
「おはようございます ※個人の感想です」では、「おはようございます」という疑いようのない言説に「※個人の感想です」という通販番組的言説が付くことによって、絶対的なはずの挨拶に任意性がもたらされることになる。
柳本は10句を順に説明してゆくのではなくて、9句目→8句目→10句目→7句目、というように適宜ピックアップしながら話を進めていった。次はどの句に話が結びつくのだろうと考えるとスリリングであった。特に驚かされたのは時実新子の読みについてである。
菜の花菜の花子供でも産もうかな 時実新子
時実新子は川柳で女の情念を表現したといわれているが、それにはあやしいところがある。句集を読んでいると新子には変な句、情念句というとらえかたにはおさまりきれない句が出てくる。「産みたい」とか「産めない」「産まなければならない」ではなく、「産もうかな」という任意的な言い方だと柳本は述べた。
春三の句について小池がマッチョな言説だとしたのに対して、瀬戸は「おれ」「おれ」と繰り返すことによって「私の分裂」を提示した。
作者がこう書こうとしたはずなのに、後から読者が読んだときに別の読み方が引っ張り出されてしまうことがある。
柳本はこれを「テクスト論的逸脱」として説明した。新子が川柳を書き続けているうちに「川柳の任意性」に汚染されて、「テクスト論的逸脱」をして、それが現在の柳本によって引っ張りだされたという。
柳本は「神戸新聞」(2017年1月7日)の「新子を読む 新子へ詠む 時実新子没後10年」でこんなふうに言っている。
「私」を書く川柳で知られる作家だけれど、僕が惹かれたのは、そんな人間的率直さよりも文体の形式性。現代川柳とは言語の芸術なのだから、新子句も伝記的背景を離れ、もっと言語的面から読み直されるべきだと思う。
さらに、柳本はジェンダー論にまで踏み込んだ。
近代になってジャンルが固定されることで、「任意性」が消えた。これは「男」「女」の固定制にもつながってゆく。
川柳が「任意性」の文芸だとすれば、川柳はジェンダーに敏感だったかもしれない。それなのに、川柳では今までジェンダー批評がおこなわれなかった。川柳が瀬戸夏子に出会うことによってジェンダーを自覚するかもしれない、と言うのだ。
ひょっとして、この柳本の発言は現代川柳がジェンダー論の視点からまともに語られた最初になるかもしれない。
瀬戸夏子は川柳に惹かれる理由を、近代的自我にとらわれない自由さにあると述べた。柳本は「任意性」「テクスト論的逸脱」から現代川柳のさまざまな可能性について語った。
いずれも、今まで川柳の世界の内部からはあまり聞くことのなかった捉え方である。
私は、かつて花田清輝が「前近代を否定的媒介にして近代を超克する」と繰り返し書いていたことを思い出した。レンキスト・浅沼璞の「可能性としての連句」にならって言えば、「可能性としての川柳」ということになるだろうか。
これからも現代川柳が作品や批評の分野で、さまざまな可能性を開拓してゆくことを期待したい。
(付)「触光」52号(編集・発行、野沢省悟)に「第7回高田寄生木賞」が発表されている。佐藤岳俊「現代川柳の開拓者」が受賞。入選は飯島章友「川柳ネタバレ論」小池正博「難解の起源」柳本々々「絵描きとしての時実新子」濱山哲也「川柳珍味 鳴海賢治商店」。次回(2018年1月末締切)も「川柳に関する論文・エッセイ」を募集している。
前回の続きで「川柳トーク」について書くが、今回は柳本々々についての感想である。
このイベントの二週間前に現俳協の勉強会があって、柳本はパネリストとして話をした。彼の話をもっと聞きたくて「川柳トーク」に参加した方もあったようである。
柳本は俳句の読みを通じて、そもそも「読むこと」とは何だろう、と痛切に感じたようだ。彼はこれまでにも、川柳だけではなくて短歌や俳句の読みを書いて来たはずだが、「俳句」という他ジャンルのフィールドの中で「読み」の問題が改めて問い直されるのだろう。
今回も「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」というイベント名をテーマとして正面から受け止めたのが柳本だった。インパクトの強いキャッチ・コピーとしてではなく、テーマとして内面化したのだ。柳本が挙げたのは次の10句である。10句に通底するテーマは【世界の終わりと任意の世界】だとされている。
みんな去って 全身に降る味の素 中村冨二
頷いてここは確かに壇の浦 小池正博
ファイティングポーズ豆腐が立っている 岩田多佳子
オルガンとすすきになって殴りあう 石部明
妖精は酢豚に似ている絶対似ている 石田柊馬
人差し指で回し続ける私小説 樋口由紀子
中八がそんなに憎いかさあ殺せ 川合大祐
おはようございます ※個人の感想です 兵頭全郎
毎度おなじみ主体交換でございます 飯島章友
菜の花菜の花子供でも産もうかな 時実新子
これらの句を通じて、彼は川柳の「任意性」を論じた。「任意性」とは兵頭全郎の句集『n≠0 PROTOTYPE』から抽出されたものである。「川柳カード」14号でも柳本は全郎の句集について、次のように書いている。
全郎の句集はタイトルにも「n≠0」と、「n」になにかを代入するやいなや、それが〈違うかもしれない可能性〉が暗示されていたが、句にも〈内〉と〈外〉が定まらない〈任意〉の世界が描かれている。この句集は真顔でこう言っているようだ。《構造とは実は任意なのだ》と。もっと大きく言えば、川柳というジャンルは、〈任意〉なのだ。と。
この考えを柳本は瀬戸夏子の仕事につなげてとらえた。
瀬戸夏子がやっている仕事は、ある任意の方向性を変えようとするものと思われる。短歌である読み方が因習的・支配的であるときに、瀬戸夏子がそういう読みかたはどうなのだろうと疑問を投げかけ「任意」のものにする。この日のタイトル、本当は「川柳が瀬戸夏子のなかで荒れる、荒ぶることができるか」ということだと柳本は言う。
第一部で小池が歴史的な縦軸を通して川柳作品を読んだのに対して、瀬戸はそれとは別のテクストとしての「読みの枠組み」を提示した。「おれのひつぎは おれがくぎうつ」(河野春三)の句を、瀬戸は「分裂する私」「生成変化する私」ととらえたが、柳本は「任意の私」ととらえたいと言う。
「毎度おなじみ主体交換でございます」では「主体交換」がとても川柳的。日常会話では使わない思想的・哲学的な言葉を「毎度おなじみ~」という卑俗な言説に落とし込んでゆく。
「おはようございます ※個人の感想です」では、「おはようございます」という疑いようのない言説に「※個人の感想です」という通販番組的言説が付くことによって、絶対的なはずの挨拶に任意性がもたらされることになる。
柳本は10句を順に説明してゆくのではなくて、9句目→8句目→10句目→7句目、というように適宜ピックアップしながら話を進めていった。次はどの句に話が結びつくのだろうと考えるとスリリングであった。特に驚かされたのは時実新子の読みについてである。
菜の花菜の花子供でも産もうかな 時実新子
時実新子は川柳で女の情念を表現したといわれているが、それにはあやしいところがある。句集を読んでいると新子には変な句、情念句というとらえかたにはおさまりきれない句が出てくる。「産みたい」とか「産めない」「産まなければならない」ではなく、「産もうかな」という任意的な言い方だと柳本は述べた。
春三の句について小池がマッチョな言説だとしたのに対して、瀬戸は「おれ」「おれ」と繰り返すことによって「私の分裂」を提示した。
作者がこう書こうとしたはずなのに、後から読者が読んだときに別の読み方が引っ張り出されてしまうことがある。
柳本はこれを「テクスト論的逸脱」として説明した。新子が川柳を書き続けているうちに「川柳の任意性」に汚染されて、「テクスト論的逸脱」をして、それが現在の柳本によって引っ張りだされたという。
柳本は「神戸新聞」(2017年1月7日)の「新子を読む 新子へ詠む 時実新子没後10年」でこんなふうに言っている。
「私」を書く川柳で知られる作家だけれど、僕が惹かれたのは、そんな人間的率直さよりも文体の形式性。現代川柳とは言語の芸術なのだから、新子句も伝記的背景を離れ、もっと言語的面から読み直されるべきだと思う。
さらに、柳本はジェンダー論にまで踏み込んだ。
近代になってジャンルが固定されることで、「任意性」が消えた。これは「男」「女」の固定制にもつながってゆく。
川柳が「任意性」の文芸だとすれば、川柳はジェンダーに敏感だったかもしれない。それなのに、川柳では今までジェンダー批評がおこなわれなかった。川柳が瀬戸夏子に出会うことによってジェンダーを自覚するかもしれない、と言うのだ。
ひょっとして、この柳本の発言は現代川柳がジェンダー論の視点からまともに語られた最初になるかもしれない。
瀬戸夏子は川柳に惹かれる理由を、近代的自我にとらわれない自由さにあると述べた。柳本は「任意性」「テクスト論的逸脱」から現代川柳のさまざまな可能性について語った。
いずれも、今まで川柳の世界の内部からはあまり聞くことのなかった捉え方である。
私は、かつて花田清輝が「前近代を否定的媒介にして近代を超克する」と繰り返し書いていたことを思い出した。レンキスト・浅沼璞の「可能性としての連句」にならって言えば、「可能性としての川柳」ということになるだろうか。
これからも現代川柳が作品や批評の分野で、さまざまな可能性を開拓してゆくことを期待したい。
(付)「触光」52号(編集・発行、野沢省悟)に「第7回高田寄生木賞」が発表されている。佐藤岳俊「現代川柳の開拓者」が受賞。入選は飯島章友「川柳ネタバレ論」小池正博「難解の起源」柳本々々「絵描きとしての時実新子」濱山哲也「川柳珍味 鳴海賢治商店」。次回(2018年1月末締切)も「川柳に関する論文・エッセイ」を募集している。
2017年5月14日日曜日
「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」についての感想
「川柳トーク」のイベントにかかりきりで、このブログを更新できないでいるうちに、短詩型文学の世界はどんどん進行している。
まず、小津夜景が「第8回田中裕明賞」を受賞した。
句集『フラワーズ・カンフー』については私も触れたことがあるし、あちらこちらで評判になった句集である。連句の世界では句集の上梓を記念して連句作品を巻くことがある。たとえば、「オルガン」9号では田島健一『ただならぬぽ』を記念して、オン座六句(浅沼璞捌き)を掲載している。今年に入って、小津夜景の句を発句として歌仙「たぶららさ」の巻を掲示板「浪速の芭蕉祭」に掲載した。『フラワーズ・カンフー』の発刊記念のつもりだったが、受賞を予祝するものとなったわけである。
また、現俳協主催の勉強会「ただならぬ虎と然るべくカンフー」が4月22日に開催され、小津夜景『フラワーズ・カンフー』、岡村知昭『然るべく』、中村安伸『虎の夜食』、田島健一『ただならぬぽ』の4つの句集について1日をかけて読み合ったようだ。さらに4月29日には船団の会のシンポジウム「口語の可能性」があり、神野紗希・秋月祐一・久留島元などが登壇した。
そういうイベントを横目に見ながら、ツイッターで「#瀬戸夏子は川柳を荒らすな」のイベント案内を流し続けた。
5月6日、中野サンプラザの研修室で「川柳トーク・瀬戸夏子は川柳を荒らすな」が開催され、歌人・俳人・川柳人など61名の参加があった。このイベントは私と瀬戸が半年くらい前から計画していたものである。従来、川柳の大会にゲストとして俳人や歌人を招くことはあった。また、俳句などのイベントに川柳人が招かれることもないわけではなかった。けれども、今回のイベントは瀬戸と小池の共同主催であり、従来の枠組を超えて広く川柳の存在と魅力を発信しようとする企画であった。広報は主としてツイッターを通じて発信され、ふだん川柳のイベントに来ることのない不特定多数の短詩型愛好者に参加してほしいというねらいがあった。幸い「知られざる現代川柳の世界」に関心をもっていただくことができたようである。
私は他ジャンルの人が川柳に対してとる態度を次の4点に整理した。
①俳人・歌人が「川柳って何ですか」と問いかけてくる(川柳の定義)
②川柳を読みたくても句集・アンソロジーが手に入らない(川柳の発信力の弱さ)
③川柳が文学になろうとすると俳句に負ける(「サラ川」的なものを追求すべき)
④文学的川柳をなぜ自信をもって追及しないのか(川柳は卑屈)
では、瀬戸夏子は現代川柳をどのようにとらえているのか、川柳のどこに魅力を感じているのだろうか。
私は瀬戸が現代川柳に関心をもつのは現代短歌と通じるところがあるからだと思っていた。けれども、話を聞いていると、逆に現代短歌にはない点が現代川柳にあり、そこに惹かれて現代川柳を読んでいることがわかった。どういうことだろうか。
瀬戸が選んだのは次の10句である。
私のうしろで わたしが鳴った 定金冬二
おれのひつぎは おれがくぎうつ 河野春三
明るさは退却戦のせいだろう 小池正博
ゆうれいの 仮説に惚れて逢いに来い 中村冨二
母さんも金魚にもどる時間だよ 渡辺隆夫
いもうとは水になるため化粧する 石部明
月光になりましたのでご安心を 広瀬ちえみ
くちびるの意識がもどる薮の中 樋口由紀子
裏声をあげて満月通ります なかはられいこ
キャラクターだから支流も本流も 石田柊馬
まず、話の前提として瀬戸が語ったのは、明治になって西洋の「近代的自我」が入ってきたときに、詩・短歌・俳句のそれぞれのジャンルが生き延びてゆくために分業制を行っていったということ。短歌は「私性」というものを打ち出して成功したが、川柳には強い「近代的自我」があまり感じられないと瀬戸は言う。
たとえば、一句目「私のうしろで わたしが鳴った」というのは「私」のうしろにもうひとりの「わたし」がいるということで、「私」が遊離している状態。二句目「おれのひつぎは おれがくぎうつ」という二人の「おれ」の分裂状態も軽やかである。それが他のいろいろな川柳にもヴァリエーションとしてあらわれているのではないか。渡辺隆夫・石部明の場合もずっしりした肉体があるのではなくて、軽やかに「変身」し「生成変化」している。五句目、金魚に戻るというような表現を短歌でした場合には、背景にどういう感情があって金魚に戻るのか、六句目、月光になったのでご安心をというのも、月光になることによって誰がどういうふうに安心するのかという背景の文脈が読みとれるように書くことが要求される。いったん自分の肉体のなかに世界を取り込んだ上で、肉体のなかにカオスを作り出すというのが斎藤茂吉以来の短歌の「私」だと瀬戸は言う。最後の石田の句で、支流も本流も「自我」ではなくて「キャラクター」だととらえているのも川柳の軽やかさだと思う。そんなふうに瀬戸は語った。
瀬戸の話を聞きながら、特に河野春三の句を「軽やか」と受け止めていることに衝撃を受けた。春三の句は「重い」「重くれ」の句だと思っていたからである。
私は「河野春三伝説」(「MANO」19号)で次のように書いている。
「春三、六十代前半の句である。現代川柳の革新者として自他ともに認める『作者』のイメージが前提としてまず存在する。その春三の川柳人生を振り返っての決意を一句にしているのだから感動的でないはずはない。逆に言えば、春三のことを何も知らない読者にとって、この句はそれほど訴えかけてくるものではない。そんなにカッコつけなくても…と思ってしまうのである。『おれの』『おれが』と繰り返すのも何だか押し付けがましい」
春三は「川柳に私が導入されたときに詩がはじまった」と言ったという。
歴史的な意味があるとはいえ、私にとっては愚にもつかない、乗り越えるべき対象でしかない春三の句を、二人の「おれ」の分裂として「軽やかさ」を瀬戸が読み取ったということは、短歌における「私性」がそれだけ強固で息苦しいものだということなのだろう。おもしろかったのは、瀬戸が「私性」の説明をするときに、常に「私は嫌なんですけど」と断りながら短歌の本流としての「私性」を語ったことだ。そこに現代短歌界における瀬戸の位置があり、彼女の短歌観から見て現代川柳に可能性を感じていることがよくわかった。
逆に言えば、私が今まで川柳に導入されたと思っていた「私」は短歌から見ると「軽やか=ゆるい」私性でしかなかったことになる。
そういえば、斉藤斎藤は「オルガン」9号の座談会で突然「川柳」に触れ、「短歌の『私』とは違って、なかの人がいない着ぐるみみたいに見える」と述べている。短歌の人から見ると川柳の「私」はそんなふうに見えるのだろう。
渡辺隆夫は「重くれと軽み」について言っていたし、荻原裕幸は渡辺隆夫の句について「非人称」と言っていたことを、あとから思い出した。
瀬戸は現代川柳の歴史もある程度知ったうえで、あえて現在の目からテクストとして見た川柳の可能性を語ったのだろう。私は河野春三から時実新子に至るラインを現代川柳の行き詰まりと見て、その乗り越えとしてポストモダン川柳を考えていたが、そのような面倒な手続きをしなくても、テクストとして読まれた現代川柳が直接、心惹かれるものと受け止められ、認知されるようになってきたのは嬉しいことである。
瀬戸夏子の発言は「川柳を荒らした」かどうかはわからないが、少なくとも私の川柳観を荒らし修正を求めるものだった。さらに私の川柳概念を荒らしていったのが柳本々々である。(この項続く)
まず、小津夜景が「第8回田中裕明賞」を受賞した。
句集『フラワーズ・カンフー』については私も触れたことがあるし、あちらこちらで評判になった句集である。連句の世界では句集の上梓を記念して連句作品を巻くことがある。たとえば、「オルガン」9号では田島健一『ただならぬぽ』を記念して、オン座六句(浅沼璞捌き)を掲載している。今年に入って、小津夜景の句を発句として歌仙「たぶららさ」の巻を掲示板「浪速の芭蕉祭」に掲載した。『フラワーズ・カンフー』の発刊記念のつもりだったが、受賞を予祝するものとなったわけである。
また、現俳協主催の勉強会「ただならぬ虎と然るべくカンフー」が4月22日に開催され、小津夜景『フラワーズ・カンフー』、岡村知昭『然るべく』、中村安伸『虎の夜食』、田島健一『ただならぬぽ』の4つの句集について1日をかけて読み合ったようだ。さらに4月29日には船団の会のシンポジウム「口語の可能性」があり、神野紗希・秋月祐一・久留島元などが登壇した。
そういうイベントを横目に見ながら、ツイッターで「#瀬戸夏子は川柳を荒らすな」のイベント案内を流し続けた。
5月6日、中野サンプラザの研修室で「川柳トーク・瀬戸夏子は川柳を荒らすな」が開催され、歌人・俳人・川柳人など61名の参加があった。このイベントは私と瀬戸が半年くらい前から計画していたものである。従来、川柳の大会にゲストとして俳人や歌人を招くことはあった。また、俳句などのイベントに川柳人が招かれることもないわけではなかった。けれども、今回のイベントは瀬戸と小池の共同主催であり、従来の枠組を超えて広く川柳の存在と魅力を発信しようとする企画であった。広報は主としてツイッターを通じて発信され、ふだん川柳のイベントに来ることのない不特定多数の短詩型愛好者に参加してほしいというねらいがあった。幸い「知られざる現代川柳の世界」に関心をもっていただくことができたようである。
私は他ジャンルの人が川柳に対してとる態度を次の4点に整理した。
①俳人・歌人が「川柳って何ですか」と問いかけてくる(川柳の定義)
②川柳を読みたくても句集・アンソロジーが手に入らない(川柳の発信力の弱さ)
③川柳が文学になろうとすると俳句に負ける(「サラ川」的なものを追求すべき)
④文学的川柳をなぜ自信をもって追及しないのか(川柳は卑屈)
では、瀬戸夏子は現代川柳をどのようにとらえているのか、川柳のどこに魅力を感じているのだろうか。
私は瀬戸が現代川柳に関心をもつのは現代短歌と通じるところがあるからだと思っていた。けれども、話を聞いていると、逆に現代短歌にはない点が現代川柳にあり、そこに惹かれて現代川柳を読んでいることがわかった。どういうことだろうか。
瀬戸が選んだのは次の10句である。
私のうしろで わたしが鳴った 定金冬二
おれのひつぎは おれがくぎうつ 河野春三
明るさは退却戦のせいだろう 小池正博
ゆうれいの 仮説に惚れて逢いに来い 中村冨二
母さんも金魚にもどる時間だよ 渡辺隆夫
いもうとは水になるため化粧する 石部明
月光になりましたのでご安心を 広瀬ちえみ
くちびるの意識がもどる薮の中 樋口由紀子
裏声をあげて満月通ります なかはられいこ
キャラクターだから支流も本流も 石田柊馬
まず、話の前提として瀬戸が語ったのは、明治になって西洋の「近代的自我」が入ってきたときに、詩・短歌・俳句のそれぞれのジャンルが生き延びてゆくために分業制を行っていったということ。短歌は「私性」というものを打ち出して成功したが、川柳には強い「近代的自我」があまり感じられないと瀬戸は言う。
たとえば、一句目「私のうしろで わたしが鳴った」というのは「私」のうしろにもうひとりの「わたし」がいるということで、「私」が遊離している状態。二句目「おれのひつぎは おれがくぎうつ」という二人の「おれ」の分裂状態も軽やかである。それが他のいろいろな川柳にもヴァリエーションとしてあらわれているのではないか。渡辺隆夫・石部明の場合もずっしりした肉体があるのではなくて、軽やかに「変身」し「生成変化」している。五句目、金魚に戻るというような表現を短歌でした場合には、背景にどういう感情があって金魚に戻るのか、六句目、月光になったのでご安心をというのも、月光になることによって誰がどういうふうに安心するのかという背景の文脈が読みとれるように書くことが要求される。いったん自分の肉体のなかに世界を取り込んだ上で、肉体のなかにカオスを作り出すというのが斎藤茂吉以来の短歌の「私」だと瀬戸は言う。最後の石田の句で、支流も本流も「自我」ではなくて「キャラクター」だととらえているのも川柳の軽やかさだと思う。そんなふうに瀬戸は語った。
瀬戸の話を聞きながら、特に河野春三の句を「軽やか」と受け止めていることに衝撃を受けた。春三の句は「重い」「重くれ」の句だと思っていたからである。
私は「河野春三伝説」(「MANO」19号)で次のように書いている。
「春三、六十代前半の句である。現代川柳の革新者として自他ともに認める『作者』のイメージが前提としてまず存在する。その春三の川柳人生を振り返っての決意を一句にしているのだから感動的でないはずはない。逆に言えば、春三のことを何も知らない読者にとって、この句はそれほど訴えかけてくるものではない。そんなにカッコつけなくても…と思ってしまうのである。『おれの』『おれが』と繰り返すのも何だか押し付けがましい」
春三は「川柳に私が導入されたときに詩がはじまった」と言ったという。
歴史的な意味があるとはいえ、私にとっては愚にもつかない、乗り越えるべき対象でしかない春三の句を、二人の「おれ」の分裂として「軽やかさ」を瀬戸が読み取ったということは、短歌における「私性」がそれだけ強固で息苦しいものだということなのだろう。おもしろかったのは、瀬戸が「私性」の説明をするときに、常に「私は嫌なんですけど」と断りながら短歌の本流としての「私性」を語ったことだ。そこに現代短歌界における瀬戸の位置があり、彼女の短歌観から見て現代川柳に可能性を感じていることがよくわかった。
逆に言えば、私が今まで川柳に導入されたと思っていた「私」は短歌から見ると「軽やか=ゆるい」私性でしかなかったことになる。
そういえば、斉藤斎藤は「オルガン」9号の座談会で突然「川柳」に触れ、「短歌の『私』とは違って、なかの人がいない着ぐるみみたいに見える」と述べている。短歌の人から見ると川柳の「私」はそんなふうに見えるのだろう。
渡辺隆夫は「重くれと軽み」について言っていたし、荻原裕幸は渡辺隆夫の句について「非人称」と言っていたことを、あとから思い出した。
瀬戸は現代川柳の歴史もある程度知ったうえで、あえて現在の目からテクストとして見た川柳の可能性を語ったのだろう。私は河野春三から時実新子に至るラインを現代川柳の行き詰まりと見て、その乗り越えとしてポストモダン川柳を考えていたが、そのような面倒な手続きをしなくても、テクストとして読まれた現代川柳が直接、心惹かれるものと受け止められ、認知されるようになってきたのは嬉しいことである。
瀬戸夏子の発言は「川柳を荒らした」かどうかはわからないが、少なくとも私の川柳観を荒らし修正を求めるものだった。さらに私の川柳概念を荒らしていったのが柳本々々である。(この項続く)
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