2018年12月29日土曜日

2018年の川柳作品を振り返って

今年もあとわずか。例年、印象に残った川柳作品を取り上げて一年を振り返ることにしている。いろいろな出来事があり、おびただしい作品が書かれたことと思うが、川柳の世界全体を見渡すものではなく、極私的なものであることをお断りしておく。

いけにえにフリルがあって恥ずかしい  暮田真名 (「川柳スパイラル」2号)

暮田真名は今年川柳のフィールドに登場した若い作者である。「学生短歌」「学生俳句」に比べて「学生川柳人」というものはあまり存在しないが、暮田は東京の大学生。私は掲出句を読んで驚いたという読者を何人か知っている。
彼女は「川柳スパイラル」だけではなく、ネットプリント「当たり」(暮田の川柳と大村咲希の短歌を掲載する二人誌)でも川柳を発表。「恐ろしくないかヒトデを縦にして」「見晴らしが良くて余罪が増えてゆく」「万力を抱いて眠った七日間」(「当たりvol.5」)「どうしてもエレベーターが顔に出る」「職業柄生き返ってもいいですか」(「当たりvol.6」)などの作品を書いている。
暮田は評論も書いていて、「川柳スパイラル」4号に「吉田奈津論」を発表。暮田の出発点は短歌である。吉田奈津は学生短歌で注目すべき歌人の一人。
ブリ振って投げて走ってOh,yes!Amanohashidate!転がり落ちる  吉田奈津
夢の草原ではタイのみなさんと踊ってちょっと気が遠くなる
従来、短歌的感性の表現者が川柳に入ってくるときに「私性」の安易な持ち込み傾向が見られたが、暮田の作品はそういうものとは違う。来年は活動の場がさらに広がることと思うが、「川柳」の垢に染まらず清新な作品を書き続けてほしいものだ。

そうか川もしずかな獣だったのか    八上桐子(句集『hibi』)

八上桐子の第一句集『hibi』(港の人)が今年の一月に発行され話題になった。
句集は書店にも並べられ、初版はすでに完売して手に入らないというから、川柳句集の流通の仕方としては豪勢な話である。
従来の川柳句集は作品を載せさえすればよいというものが多く、一冊の本として簡素なものが大部分だった。八上は装丁やタイポグラフィにもこだわりがあり、「美しい句集」に仕上がっている。本人は内容より先に装丁を褒められることに不満かもしれないが、これは川柳句集として画期的なことなのだ。
この句集を手にとった人は、作品の静謐なポエジーに惹かれてゆくだろう。従来の川柳は「思いを吐く」というような「私性」の強いものが多く、強烈なアクを存在意義としている傾向があった。八上の川柳はそういうものとは異なる。
けれども八上も川柳人である以上、強い「個」を内に秘めているだろう。それが作品の背後にちらちらと顔をのぞかせる。掲出句の「しずかな獣」という表現は的確だと思う。

壁の染みあるいは逆立ちの蜥蜴     芳賀博子(句集『髷を切る』)

芳賀博子の第二句集『髷を切る』(青磁社)から。
第一句集『移動遊園地』から15年ぶりの句集だという。
芳賀は時実新子に師事して川柳をはじめた。現在、俳誌「船団」に「今日の川柳」を連載。ホームページ「芳賀博子の川柳模様」のうち「はがろぐ」でも川柳作品を紹介するなど、現代川柳の発信につとめている。
句集のタイトル『髷を切る』は一歩先へ踏み出そうという意志表示と受け取れる。それがどの句に端的にあらわれているだろうと考えたときに、私は掲出句を選んでみた。
この句は芳賀の書き方の中では新しいのではないか。「思い」とか「私性」とかいうものとは無縁で、そこには「壁の染み」があるだけである。それが「逆立ちの蜥蜴」に変容するのだ。

なにもない部屋に卵を置いてくる   樋口由紀子(句集『めるくまーる』)

こちらは樋口由紀子の19年ぶりの第三句集。
句集を出すにはエネルギーと決意が必要となる。
句集の「あとがき」に「『めるくまーる』は【作樋口由紀子・演出野間幸恵】で出来上がったものです」と書いてある。装丁はともかく、選句と句の配列についてどの程度、野間の意志が働いているのだろうか。
句集の内容については「週刊川柳時評」の12月14日ですでに紹介している。

じんべい鮫泳ぐ半分はけむり 普川素床(川柳作家ベストコレクション『普川素床』)

新葉館から川柳作家シリーズがたくさん出ているが、その中の一冊として普川素床の句集を選んだ。
普川の川柳歴は長い。「川柳公論」で活躍したほか、「連衆」や「ぶるうまりん」などの俳誌・短詩型文学誌も発表の舞台としている。この句集でも「川柳の部」「短詩型作品の部」「俳句の部」の三章に分かれていて、川柳が短詩との交流が深かった時代があったことを改めて思い出させてくれる。
「楽しみは意味から音へパンの耳」「短詩が一本のマッチだった頃」のように「川柳」「短詩」そのものをテーマにした句もある。「AはAならず煮凝りの中から声」「梅雨の蝶は感覚の束だ」など、作風は多彩である。

沿線のところどころにある気絶    我妻俊樹(『眩しすぎる星を減らしてくれ』)

我妻俊樹は歌人として知られていて、たとえば「率」10号では我妻の誌上歌集『足の踏み場、象の墓場』が特集されている。「歌葉」新人賞からは時が流れたが、たとえば平岡直子の「日々のクオリア」(2018年12月26日)でも我妻の「水の泡たち」という連作から次の短歌が紹介されている。
「先生、吉田君が風船です」椅子の背中にむすばれている
今年の5月の「川柳スパイラル」東京句会では我妻をゲストに瀬戸夏子と私で鼎談を実施した。それに合わせて、我妻には川柳作品集をまとめてもらい、「眩しすぎる星を減らしてくれ」という冊子を当日の参加者に配布した。掲出句はその中の一句。他に「くす玉のあるところまで引き返す」「弟と別れて苔の中華街」「おにいさん絶滅前に光ろうか」など、「歌人が書いた川柳」というのではなく、正真正銘の川柳になっている。「短歌も引き返すし、俳句も引き返すけれど、川柳は引き返さないで通り抜ける」という我妻の発言も印象的である。

迎えに行くよ梨よりあたたかい身体  服部真里子(「川柳スープレックス」2月1日)

服部真里子の第二歌集『遠くの敵や硝子を』(書肆侃侃房)が上梓されたが、服部も現代川柳に関心をもつ歌人のひとりだ。掲出句は「川柳スープレックス」に掲載されたものだが、川柳作品としての完成度は高い。
掲出句は「レモンと可能性」というタイトルの8句から。身体性の表現は短歌でも川柳でも見られるが、「梨よりあたたかい身体」という表現は魅力的だ。
「蝶よりもペーパードライバーだった」「個人的水鳥を個人的に呼ぶ」「驚いて君のレモンが灰になる」など。
「川柳スープレックス」は掲載された作品について後日メンバーの誰かが句評を掲載するのが通例で、服部の作品に対して柳本々々は「レモンの可能性ではなく、レモンと可能性。ここにちゅういをしてみたいとおもう」と述べている。

湯葉すくう「ほら概念は襲うだろ」  清水かおり (「川柳スパイラル」2号)

「湯葉をすくう」という日常性と「概念は襲う」という抽象的思考が一句のなかで結びついている。人は衣食住の日常生活だけで生きているわけではない。存在の意味を問い、心の深部のざわめきに耳を傾けながら生活とのバランスをとっているのだ。「概念」がやってくる。それも突然に。「概念が浮かぶ」のではなく、「概念は襲う」のだ。この一句を川柳として成立させているものは、「 」の使用という技巧だろう。
寒くない?プレパラートは革命残渣 (『川柳サイドSpiral Wave』3号)
清水にはこんな句もある。今どき「革命」などという言葉を使う川柳人はいないが、清水はあえて使っている。「残渣(ざんさ)」は濾過したあとの残りかす。
川柳がポエジカルなサタイアだとすれば、清水かおりはポエジーとサタイア(諷刺)をあわせもつ少数の川柳人である。

では、よいお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いします。

2018年12月24日月曜日

表現者たち―上野遊馬・髙山れおな・大本義幸

12月7日、東京・王子の北とぴあで開催された時雨忌に参加した。いろいろ刺激を受けたが、上野遊馬の捌きの席で行われた「短詩行」という形式に注目した。
上野の説明によると「短詩行」とは〈大岡信らの詩人たちが連句に刺激されて「連詩」を楽しんでいることを知り、それでは逆に連句を式目から解放し、もっと自由に言語空間で遊べるようにしたい〉というものらしい。
『連句年鑑 平成十七年版』(日本連句協会)に山路春眠子が「僕たちのささやかな実験」という文章を書いていて、その中で上野遊馬の実験について触れている。
「ところが、ここに一人、ヘソマガリが登場する。上野遊馬氏。俳人でもあるが、普通の連句では面白くないと、連句から式目を外してみよう、という破天荒なことを思いついた。長句短句の区別なし。口語散文で新仮名遣い。要するに自由詩風で、前句を受けたり外したりする面白さを徹底的に狙おう、というもの」
時雨忌が終わって大阪に帰ってから調べてみると、連句集『草門帖』には上野捌きの「短詩行」がときどき掲載されている。第4集の「雪という劇」、第6集に「齧られた月」、第7集に「耳鳴りのする夜」。そこでは次のような注が付いている。

「短詩行」は五七五の定型の枠を外し、口語散文の短詩を重ねて詩的連想の付け味を楽しむ形式。それぞれの連に春(桜)夏(恋)秋(月)冬(雪)の景物・モチーフを詠む。

一連は4~6句でよいらしい。先日の時雨忌での作品は「日本連句協会報」2019年4月号に掲載される予定なので、ここでは『草門帖6』から「齧られた月」の第一連を紹介しておく。

目が合って重心が動く       清水風子
つっかけサンダルのさびしい昼だ  小池舞
むいてもむいても辣韮は辣韮にしかならない 坂根慶子 
鳥が来た!尺玉を用意しろ!    高松霞
トルネード・旅          村松定史

今年は髙山れおなが「朝日俳壇」の選者に就任したことが話題となったが、このほど髙山の第四句集『冬の旅、夏の夢』(朔出版)が上梓された。『ウルトラ』『荒東雑詩』『俳諧曾我』に続くもので、二章に分かれ、Ⅰには旅行吟、Ⅱにはそれ以外の作品を収めている。「二十代の頃は、俳句作品は言葉のみで自立してゐるべきだと考へ、生活や人生を作品の中に持ち込まない主義だつた」(後記)というが、髙山は職業上旅行をすることが多く、今回はその産物としての作品をまとめたのだろう。それはそれで興味深いが、ここではⅡに収録されている作品、特に加藤郁乎関連の句に触れてみたい。
加藤郁乎は2012年5月に逝去した。「豈」54号(2013年1月)で追悼特集が組まれたが、髙山も作品を掲載している。

野分雲夜を啼きわたる煙草火や
月並のはらわた孵る月白や
イクヤーヌスの双面笑ふ息白し
思考なき博識よけれ花のワルツ
両の眼の花の三角で殺すのね
穢土俳諧歳時記全て憶ひ出なり曝す

双面の神ヤヌスとイクヤを掛けてイクヤーヌスとし、「花より三角へ!」(『球體感覺』初版後記)を引用しながら作句している。
さて、第四句集刊行記念の冊子「僕はこんなふうに句集を作ってきた」で高山は次のように書いている。「俳句を作ることが無闇に楽しかったのはもうだいぶ昔の話だ。しかし、今でも句集を作ることはたいへん好きで、もしかすると日本で一番好きかもしれない」
第四句集については「この句集はまずもって旅の句集といっていいだろう」と述べ、旅吟は「一人称性」の薄い作者が「一人称性」を確保するための方法と書いているのは興味深い。

10月に大本義幸が亡くなった。
大本は「豈」の創刊同人で、攝津幸彦の盟友だった。
私は柳俳合同句会の「北の句会」で何度か大本と会ったことがあるが、大本には川柳を評価しない気配があったので、それほど親しみはなかったけれど、「豈」の先輩として敬意はもっていた。大本の句集『硝子器に春の影みち』(沖積舎・2008年10月)から何句か紹介しておこう。

月へ向かう姿勢で射たれた鴨落ちる
蛾の翔ちてあじさいの首太るらむ
爪切って爪のかたちに暮れにけり
さくらちるそのはかなさを春といい
兄嫁に激しく沸くは夏の雲
雨の日はみじかくてよいのだ自由律
硝子器に春の影さすような人
朝顔にありがとうを云う朝であった。

2018年12月14日金曜日

樋口由紀子におけるニヒリズムの克服(『めるくまーる』について)

樋口由紀子の第三句集『めるくまーる』(ふらんす堂)が発行された。
「あとがき」には次のように書かれている。
「第一句集『ゆうるりと』(1991年刊)第二句集『容顔』(1999年刊)から十九年ぶりの川柳句集です。句集を出したいと思いながらもなぜかぐずぐずしていました」
19年の歳月は生半可なものではない。
セレクション柳人『樋口由紀子集』には『ゆうるりと』『容顔』以後の作品が若干収録されているが、まとまったものとしてはそれ以来となる。その間、何が変化し何が変わらなかったのか。

なにもない部屋に卵を置いてくる

『めるくまーる』のなかでも多くの読者の印象に残る句だろう。
「なにもない部屋」がある。「虚無」と言ってもよい。そこには本当に何もないのだ。「卵」はものを生み出す根源的なもの、などと比喩的に読まない方がいい。ただそこに卵をそっと置いてくるという能動的な意志がある。
高校生のころアンドレ・マルローの小説を読んで「行動的ニヒリズム」というものに憧れたことがある。卵を置いたからといって何が変わるものでもない。「握りこぶしのなかにあるように見せた夢」(中島みゆき「歌姫」)のようなものである。けれども何もしないよりは卵を置く方がたぶんいいのだ。梶井基次郎は丸善に檸檬を置いてきた。「檸檬」は爆弾であり詩であるが、「卵」は生活感から離れない。
こんなふうにして樋口由紀子の「ことば」が生まれる。

あの松を金曜日と呼ぶために
嬉しくて軍手のことを考える
勝ち負けでいうなら月は赤いはず
靴下をはかない方が実の父

どの句にも樋口の作句法が顕著に見られる。
「あの竹を木曜日と呼ぶために」「哀しくて手袋のこと考える」「勝ち負けでいうなら月は青いはず」「靴下をはいているのは偽の父」など、いくらでもヴァリエーションが考えられるが、樋口はさまざまな言葉の組み合わせのなかで掲出句のような形を選んだ。それが最も彼女の言葉の生理にかなうからである。
樋口の句が一種の「言葉探し」の印象を与える理由がここにある。
「言葉派」という言い方は俳句にもあるのかも知れないが、樋口由紀子は川柳における「言葉派」である。「思い」ではなく「言葉」から出発する書き方を彼女は切り開いた。

懸垂をしているときは忘れてね
鋸を使っていたらバスが来た
もういいわブルドーザーで決めるから

けれども、言葉から出発するといっても、作者の主体、あるいは作品のなかにあらわれる作者の主体は否応なく表現されてしまうものである。言葉だけでは人は感動しない。句の内実と言葉とがばっちりと一致したときに樋口の句は強い力を発揮する。
たとえば「懸垂」の句を恋句だと受け取ってみる。懸垂をしているときはそれに集中しているから、他のことは忘れている。しかし、懸垂をしていないときは恋人のことを思い出してほしいと言っているようだ。ここにはアイロニーがあるが、恋でなくても楽しい瞬間もあれば悩みが生じる瞬間もあるだろう。身体を動かすことによって心の悩みを忘れるというのはひとつの叡知かもしれない。
バスがやってきた。何で鋸なんて使っているんだろう。樋口の句では日常的な文脈が日常性をたもったまま歪んでゆく。
決められることなんて何もないのだけれど、生活のなかではどう行動するか決めなければならない。ブルドーザーで決めるというのはどんな決め方なのかわからないが、おもしろいことはおもしろい。
樋口の句には難解な言葉は使われていないが、語の組み合わせや文脈が日常言語とは違う次元にずらされている。このズレによって日常語は「川柳のことば」になる。

空腹でなければ秋とわからない
生醤油を舐めてわかったふりをする

この二句は反対のことを言っているように見えるが、同じことを反対の言い方をしている。川柳ではよくあるペアの思想である。

新宿に呼ばれています黒大豆
オランダはまだ出てこない記憶力
むささびが先に京都に着くという

地名を使った句である。地名は喚起力が強いので印象に残りやすい。

ちょうど来た鯛 ちょうど来る正月

生きていることは別に楽しいことではないのだ。鯛が手に入ったからといって、正月が来るからといって、そのことには別に意味はないのだ。
だからと言って、投げやりな生活をするというのではない。ちょうど来た鯛を賑やかに華やかに扱って、正月をきちんと飾り立てる。それは一種の「ふり」であり、演技でもある。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と言ったのは高杉晋作だったか。
こうして樋口由紀子においてニヒリズムは克服されたのである。

2018年12月1日土曜日

関係性の文学―俳句・短歌・連句―

第86回独立展が大阪市立美術館(天王寺)で開催されているので見に行った。
斎藤吾朗の絵を見るためである。斎藤さんは連句人としても知られ、ずいぶん以前になるが、大阪高島屋で開催された画廊連句のときに知り合った。これは絵の展示会場で来訪者が付句を付けるというものである。彼はルーブル美術館で日本人としてはじめて「モナ・リザ」の模写を許された画家。彼の絵にときどきモナ・リザが出てくるのはそのためである。赤を基調とする画風なので「三河の赤絵」(愛知県在住)と呼ばれている。
今回の絵は「描く!刷る!東京駅物語」というタイトルで、中央の大きな画面と上段・下段のいくつにも区切られた小さな画面から構成され、小画面には版画の刷りのような過程が描かれている。中央の大きな区画はいつのもように赤を基調として、東京駅に集うさまざまな人物が描き込まれている。時間は過去から現在までが混在していて、浦島太郎や明治の人々、少年ジェットなどおびただしい人物が描かれている。その一人一人を確かめてゆく面白さがある。乗り物というテーマで、浦島は亀に乗っているし、少年ジェットはオートバイに、その他、人力車・自転車・自動車などさまざまな乗り物がある。彼の絵には俳諧性があるのだ。
同美術館で「阿部房次郎と中国書画」展も開催されていた。中国絵画では有数のコレクション。私は華嵒というひとの「秋声賦意図」が好きで、見ているとほくほくする。

岡田一実の第三句集『記憶における沼とその他の在処』(青磁舎)が好評である。この時評でも触れたことがあるが(10月21日)、繰り返し読む機会があったので、改めて取り上げてみたい。句の内容や句集全体の世界についてはすでにいろいろ言われているので、表現についての感想を少し書いてみる。

火蛾は火に裸婦は素描に影となる     岡田一実
蟻の上をのぼりて蟻や百合の中
暗渠より開渠へ落葉浮き届く
母と海もしくは梅を夜毎見る
椿落つ傷みつつ且つ喰はれつつ
鷹は首をねぢりきつたるとき鳩に

ペアの思想と言えばいいのか、言葉が対になって使われている。
巻頭句は「火蛾は火に影となる」「裸婦は素描に影となる」という二つの文脈が合わされている。「火蛾と火」の関係と「裸婦と素描」の関係に少し屈折があるのがおもしろさだろう。「蟻」という同字の繰り返し、「暗渠」と「開渠」の対義など言葉の組み合わせはさまざまだ。「母」「海」「梅」「毎」のつなぎ方はやりすぎのようにも感じるが、三好達治の「海の中には母がある」というフレーズを思い出させる。「椿」の句は川柳でもよく詠まれるが、「傷みつつ且つ喰はれつつ」という表現には驚かされる。「つつ」という動作の平行だけではなくて「つ」の字が六字も使われているのは意図的だろう。「鷹」の句は「鷹鳩と化す」(仲春)という季語をおもしろい形で使用している。
内容の重たさにもかかわらず、表現には遊びの要素も見られるところに、一種の俳諧性を感じた。

歌集では服部真里子の第二歌集『遠くの敵や硝子を』(書肆侃侃房)が好評である
よくわからない歌も多いが、退屈な歌というものはない。

誰を呼んでもカラスアゲハが来てしまうようなあなたの声が聴きたい  服部真里子
うすべにの湯呑ふたつを重ねおく君のにせもの来そうな日暮れ
黄昏は引きずるほどに長い耳持つ生き物としてわれに来る
夜の雨 人の心を折るときは百合の花首ほど深く折る
黒つぐみ来ても去ってもわたくしは髪をすすいでいるだけだから
図書館の窓の並びを眼にうつし私こそ街 人に会いにゆく

印象に残った作品を書き写してみた。
この歌集では「あなた」「君」などの二人称が多用されている。全体の一割程度で使われているのではないか。短歌は一人称の文学だと思っていたが、二人称の文学とも言えるのかもしれない。「あなた」を通して「わたし」を表現するとすれば、両者の関係性が主題となる。「あなた」は歌によって章によって誰のことか変わってゆくのだろうが、読者との関係性も少しは意識されているようだ。カラスアゲハや「君のにせもの」や「長い耳持つ生き物」などいろいろなものがやって来る。待っている私から出かけていく私への変容はいいなと思う。
人を意気阻喪させるのは他者との関係性だし、人を勇気づけるのも関係性である。歌集の最初の章は「愛には自己愛しかない」というタイトルが付いている。

わたくしが復讐と呼ぶきらめきが通り雨くぐり抜けて翡翠
海鳴り そして日の近づいた君がふたたび出会う翡翠

この章の冒頭の歌と最後の歌が対応している。ここでも「わたくし」と「君」。きらめきながら飛んでゆく翡翠のイメージは鮮烈である。
歌集名は「遠くの敵は近くの味方より愛しやすい」という言葉から取ったということだ。

「第33回国民文化祭おおいた2018」が開催された。私は参加できなかったが、『連句の祭典』入選作品集(大分県連句協会発行)が手に入ったので、少し感想を述べてみたい。
募吟の形式は二十韻である。二十韻は懐紙形式で、オモテ四句、ウラ六句、名残りのオモテ六句、名残りのウラ四句。歌仙を簡略化した新形式で東明雅の創案。国文祭では2012年の徳島大会、2017年の奈良大会に続き三度目で、連句形式としての普及が進んできたようだ。
文部科学大臣賞は「河馬の目と耳」の巻(捌・大月西女)。

水面に河馬の目と耳日脚伸ぶ   大月西女
四温の園に挙がる歓声     名本敦子
クレヨンの青と黄色が足りなくて 上甲彰
厨の笊に野菜いろいろ    寺岡美千穂

連句の選の基準についてはいろいろ議論のあるところだろうが、今回の入選作品集で興味深かったのは選者の選評である。
「長句(五七五)と短句(七七)が交互に並んでいるだけでは連句になりません。よい連句作品を作るには転じが大切だと言い出したのはダレでしょうか。前句のどこに付けて、その発想が生まれたのかを考えるのが捌きの仕事です。例えば、二十韻の場合では四、五カ所付け味の分らない句があれば作品はズタズタに切り裂かれ、もはや連句と言えなくなります」(青木秀樹)
「三句の渡りから二十韻の特徴である表の短さを長所として、付き具合は親句というよりも疎句で付け進めることにより、展開の速さでもって読者を惹きつけることに成功しており、それは脇句・第三の安定感が、発句の取合せの情動感を受け止めることによって、表四句が引き締まり、そこから醸し出された躍動感が、その後の挙句まで保たれている点に魅せられたということです」(梅村光明)
「おそらく、同じ結社か否かを問わず、どういう連句をよしとするかという『考え方』については選者八人とも大きくかけ離れてはいないと思う。だが、『考え方』で判断できるのは粗選びの段階までで、そこから先、最終的な選に絞り込み、さらに上位作品を選び出すという、後の段階になるほど、どのような事柄や措辞、また前後の句の関係や一巻の展開に詩情を見出すか、という『感じ方』の比重が大きくならざるをえない。そして『感じ方』は、選者によってかなり違っていて当然だと思う。作るにも選ぶにも詩歌とはそういうものではないだろうか」(鈴木了斎)
「次に、新しい表現への意欲に眼をとめました。用いられている語彙や表現への工夫から、文芸に対する前向きの姿勢が読み取れないかどうか判断いたしました。使い古された内容を類型的な表現で繋ぎ合わせていく作品には創造性が希薄だと思われます。新しいものへ挑戦しようとする姿勢を、たとえぎこちない箇所があったとしても、その意欲を重く受け止めました」(東條士郎)
選者八人の選評のうち四人だけ紹介したが、それぞれの考え方がよく表れている。
連句は「付けと転じ」が生命線だと言われているが、「付け」に重きをおくか、「転じ」を重要視するかによって方向性が異なってくる。両者がバランスよく配されて一巻が仕上がるのが理想だろうが、そう上手くはいかない。付句一句のおもしろさが式目と矛盾する場合があり、捌き手や選者が悩むところである。前句から飛躍する付句はおもしろいが、飛躍しすぎると連句が解体してしまう。一句立てと付け合い文芸としての連句の矛盾は近世俳諧史のなかでも生じて、そこから俳句や川柳が独立していった歴史がある。そういう矛盾に現代連句も直面しているのかもしれず、逆に新しい現代連句作品が生まれる契機となるかもしれない。そういう意味で、国文祭の選評はたいへん興味深いものと思われる。