2020年2月15日土曜日

暮田真名『補遺』批評会のことなど

2月9日、三鷹の「かたらいの道市民スペース」で暮田真名の第一句集『補遺』の批評会が開催された。昨年10月に開催されるはずだったのが、台風のため延期になっていた集まりである。
三鷹には何度か行ったことがあるが、いつも水中書店のある北口方面なので、今回は南口を探検してみた。「太宰治文学サロン」が出来ていたので覗いてみる。「トカトントン」の展示があった。太宰の墓がある禅林寺には数十年前に行ったことがあるので、今回は行くつもりはなかったが、批評会までにまだ時間があるので歩いてゆくことにした。以前とはずいぶん変わって立派な斎場になっている。墓地は昔のままで森鷗外の墓と太宰治の墓が向かい合わせになっている。太宰の墓の写真をとる人が向かいの鷗外のところから撮影するので、鷗外墓の方が荒らされるという話を聞いた覚えがあるが、今はどちらも人気がなく静かであった。
昨年は新潟で「坂口安吾風の館」に行ったので、無頼派ゆかりの地に縁がある。「戦後」という時代も遙か過去になった感じがする。
さて、批評会の方だが、主催「川柳スープレックス」で、報告者は平岡直子と柳本々々。
平岡は「短歌にとって川柳とはなにか」「川柳にとって寿司とはなにか」「言葉にとってかわいいとはなにか」という三つのテーマで語った。興味深かったのは導入で平岡が語った部分。平岡は川柳との交流ができて5年になるが、歌人であるゆえに川柳を誤解しているのではないかという不安を感じるという。川柳の句集の批評はむずかしい。歌集の批評は作者の品評会だが、川柳句集は作者を再構成する部品として機能しない。句集を出しても作者が得をするようにはなっていない。蜃気楼のように作者を突き抜けて作品に手が届く。ざっと、そのような話だったと思う。
柳本は「わたしはどこにも行きたくない、ここにいたい」というタイトルで、暮田の「OD寿司」、石田柊馬の「もなか」、兵頭全郎のポテトチップス(「開封後は早めにお召し上がり下さい」)の三つの食べ物を題材とした連作を引いて現代川柳の特質を語った。キャラクターとキャラの違い、川柳は「交換芸術」、それまで世界で起こらなかったことが、言葉によって世界のルールを試してゆく、いろんな世界の可能性を試してゆく、など。
「推し句バトル」のコーナー、それぞれの推し句は次の通り。

川合大祐の推し句 そろばんを囲んだ そんな夏はない
平岡直子の推し句 かなしみと枯山水がこみ上げる
笹川諒の推し句  ダイヤモンドダストにえさをやらなくちゃ
小池正博の推し句 良い寿司は関節がよく曲がるんだ

プレゼンと質疑のあと会場の挙手によって、平岡が勝利。
「OD寿司」の「OD」は「オーバードーズ」(薬の過剰摂取)という意味らしい。
この日の参加者は歌人が多く、歌人が川柳をどう見ているかを改めて意識させられた。

批評会に来ていた山口勲さんから「て、わたし」7号をいただいた。彼には「川柳スパイラル」5号に「語り手の声が聞こえる詩」を書いていただいたことがある。
「て、わたし」7号の特集はアメリカ合衆国の韓国系の詩人で社会活動家のフラニー・チョイ。ヤリタミサコ、西山敦子、堀田季何、山口勲の四人が訳している。
山口の解説によると、収録されているうちの三つの詩は実際のできごとをきっかけに書かれた作品だということだ。
白人男性が自分の作品に注目を集めるためだけにアジア人のペンネームを使って詩を投稿したことに対する怒りから書かれた「チェ・ジョンミン」。
女性へのストリートハラストメントを描いた「『俺、豚肉が好きなんだぜ』と通りで私にわめいた男へ」。
アジア系の警察官が黒人を誤射殺害した事件をめぐる「ピーター・リャンへ」。
山口は「川柳スパイラル」5号掲載の文章で同性愛の黒人女性の詩やロヒンギャについての詩を紹介したあと、こんなふうに書いている。
「私が今回紹介したものは必ずしも『詩的』ではないのかもしれません。作品と人を切り離すべきだという考えから外れた前近代的な捉え方かもしれません。けれども、様々な怒りを通過した作品は近代日本が経験した言文一致とも通じ、声を通すことで社会や自分自身の生活と深く結びつく二十一世紀の文学だと信じています」

「俳壇」3月号に新鋭俳人として中山奈々が紹介されている。中山の俳句とエッセイに松本てふこの中山奈々論が付いている。松本の句集『汗の果実』(邑書林)のことは先月触れたが、もう一冊、宮本佳世乃の第二句集『三〇一号室』(港の人)が好評だ。梅田蔦屋書店ではこの二冊が並んで置かれている。
宮本佳世乃の句は「豆の木」や「オルガン」で読んでいたし、第一句集『鳥飛ぶ仕組み』(現代俳句協会新鋭シリーズ)も手元にある。いつごろから宮本のことを知るようになったのか、もう覚えていないが、俳句のイベントに行くと受付で見かけることがあったりして、自然と挨拶をかわすようになったのだろう。
『鳥飛ぶ仕組み』から次の二句を並べて抜き出してみよう。

二人ゐて一人は冬の耳となる
郭公の森にふたりとなりにけり

「二人と一人」ということが意識されている。「一人」ではなくて「二人のうちの一人」という意識である。二人でいるということが孤独を忘れさせる場合もあれば、二人でいることによって孤独感が深まる場合もある。二人のうちの一人が「冬の耳」となったのなら、もう一人はどうなったのだろう。二人でいるためには「郭公の森」でなければならなかった。それはなぜなんだろう。分かるような気もするし、本当のところは分からないような気もする。この二句にマークを入れたということは、そのときの私の気分に響くところがあったのだろう。
『鳥飛ぶ仕組み』の帯文で石寒太はこんなふうに書いている。
「彼女は『俳句をつくっている時間は、どこか別の場所に行っているように心地いいのだ』という。本当にはじめて会った時に直感した通りの、まさに« 俳句人間 »なのである」

私は川柳フィールドにいるので、俳句の文体にはなじめないところがある。だから、宮本の句のうちでも文末が「~にけり」とか「~たる」となっているものに対しては、「ああ俳句だな」と思うだけだ。『三〇一号室』の中で私がおもしろいと思うのはいかにも俳句らしい句ではなくて、次のような句。(三〇一号室というのだから、三階のいちばん端の部屋だろうか。)

かなかなに血の集まってゐるばかり
こどもつぎつぎ胡桃の谷へ入りゆく
素数から冬の書店に辿りつく
空港に歩いてゆける勾玉屋
掌が枇杷となるまで触れてゐる
白蝶のただ追ひたれば職質され

最期にネットプリント「MITASASA」第12号から三田三郎の短歌を紹介しておこう。

気を付けろ俺は真顔のふりをしてマスクの下で笑っているぞ   三田三郎

2020年1月31日金曜日

眞鍋呉夫の俳句と連句‐『眞鍋呉夫全句集』(書肆子午線)

『眞鍋呉夫全句集』(書肆子午線)を送っていただいた。
眞鍋呉夫は小説家・俳人であるだけではなく連句人でもあるので、かねてから関心をもっていた。私の手元にあるのは『眞鍋呉夫句集 定本雪女』(邑書林句集文庫)、『眞鍋呉夫句集』(芸林21世紀文庫)、『夢みる力 わが詞華感愛抄』(ふらんす堂文庫)の三冊だが、今回全句集のかたちで読めるのは嬉しい。

眞鍋の三冊の句集のなかでまず読むべきなのは、やはり第二句集の『雪女』だろう。
雪月花の句を引用しておこう。

雪女見しより瘧をさまらず
口紅のあるかなきかに雪女

月天心まだ首だけがみつからず
われ鯱となりて鯨を追ふ月夜

唇吸へば花は光を曳いて墜ち
花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく

全句集の跋に高橋睦郎は「雪月花の人」という文章を書いている。
眞鍋呉夫の第二句集『雪女』、第三句『月魄』、第一句集『花火』。
「三つの句集名の上一字づつ取れば俳諧にいわゆる竪題の雪月花、ここから俳人眞鍋呉夫を名付けるなら、雪月花の人ということになろうか。これを別の言葉でいえば生涯かけて俳諧の骨を探りつづけた人ということだ」
さすがに高橋睦郎は俳諧(連句)の美意識について理解がゆき届いている。
それにしても、なぜ「雪女」なのか。
雪女の句にリアリティがあるのは、眞鍋が雪女を単なる昔話としてではなく、その存在を感得しているからだろう。『定本 雪女』(邑書林句集文庫)の後記で眞鍋は「雪女」「鎌鼬」「竈猫」などの季語について過去の事象として忘れられかけていることを述べたあとこんなふうに書いている。
「しかし、だからといって、これらの季語を生みだすに至ったより根源的な契機が、われわれの生命の母胎としての自然への畏敬にほかならなかったことを見おとすならば、その眼は節穴にひとしい、と言われても仕方があるまい。」「即ち、そういう本質的な意味では、『雪女』や『鎌鼬』や『竈猫』などは、時代錯誤的であるどころか、むしろ、最も未来的な可能性を孕んだ季語中の季語だ、といっても過言ではない」(「『雪女』の問題」)
「わが国の昔話や俳諧などによって伝承されてきたいわゆる『雪女』は、前近代の豪雪地帯における雪の猛威から生まれた幻想だという。しかし、私をして忌憚なく言わしむれば、この種の妖怪の本質は、新しい詩と宗教と科学に分化する以前の混沌とした、それだけにきわめて創造的なエネルギーのかたまりのようなものであろうと思う」(「『雪女』再考」)
鈴木牧之の『北越雪譜』や柳田国男の『妖怪談義』に通じる世界である。
句集『雪女』は歴程賞と読売文学賞を受賞している。俳句の賞ではなく、主として詩集に与えられる歴程賞を受賞したということは、眞鍋の俳句が詩的イメージの強い一行の詩として読まれたということだろう。
なお、邑書林版の『雪女』の解説は連句人(レンキスト)浅沼璞が書いている。「物のひかり」というタイトルで、浅沼の『中層連句宣言』に収録されている。

眞鍋の第一句集『花火』は芸林書房の『眞鍋呉夫句集』に14句だけ抄出されていたが、今回その全貌を知ることができた。

秋空に人も花火も打ち上げよ
ひとりぼつち雲から垂れたぶらんこに
恥毛剃る音まで青き夜の深み
聲出して哭くまい魚も孤獨なる
わがひとの不幸のほくろやみでもみえる

序詩を矢山哲治が書いている。

小さな唇もとを忍び、花火は胸うちに埋まつた。菊花を燭し、勲章のやうに吊つてある。やがて夜葦の戦ぎに紛れて、ひそかに鳴り始むるだらう。

矢山を中心に阿川弘之、島尾敏雄、那珂太郎などと同人誌「こをろ」が発行されていた。眞鍋の青春時代。『花火』は昭和16年発行、眞鍋21歳であった。
昭和18年、矢山哲治は西鉄の踏切で轢死した。自殺か事故死かは不明だという。

第三句集『月魄』(つきしろ)は2010年、邑書林から刊行されている。このとき作者は90歳。第44回蛇笏賞を受賞。

初夢は死ぬなと泣きしところまで
ひと食ひし淵より螢湧きいづる
雪を来て戀の軀となりにけり
この世より突き出し釘よ去年今年
吹雪く夜の無垢な二人となりにけり

最後に眞鍋呉夫の連句人としての面に触れておこう。
連句界で彼は眞鍋天魚の名で知られていた。全句集の年譜から、彼がかかわった主なものを抜き出しておく。

1974年 林富士馬の手引きにより東京義仲寺連句会の連衆となる。
1977年、俳諧誌「杏花村」創刊 高藤武馬、山地春眠子、八木壮一、わだとしお、村松定史など
1982年、「魚の会」佐々木基一(大魚)、野田真吉(魚々)、那珂太郎(黙魚)
1995年、「雹の会」那珂太郎、寺田博、司修、豊田健次、石川紀子など
2002年、「紫薇」に参加

『連句年鑑』に掲載の拙稿「橋閒石と非懐紙をめぐる八章」で、私は「野分」の巻(「紫薇」26号)を紹介したことがあるが、ここに再録しておきたい。澁谷道との両吟である。

雨漏りをよけてまた寝る野分かな   眞鍋天魚
榠樝匂へる板の間の闇       澁谷 道
幻が時計の捻子を巻きにくる        魚
議長ひとりが席に着きをり        道
鬨の声怒濤のごとく押し寄せて       魚
国の境は目にみえぬもの         道
「虚空もと色なし」といふ言やよし     魚
菫の束に結び文して           道
朧夜の微かにふるへゆるむ衣        道
擁けば泪のにじむ眥           魚
葬の日の螺旋階段垂直に          道
視野をかすめて都鳥翔ぶ         魚
熱燗に兜煮の味なつかしく         道
三センチほど長き右腕          魚
たれも居ぬテニスコートに球の音      道
鬚根のはえしドラム罐見よ        魚

2020年1月24日金曜日

「文フリ京都」と「川柳スパイラル」大阪句会

1月19日(日)に「文フリ京都」が「みやこめっせ」で開催され、「川柳スパイラル」からも出店した。当初「毎週WEB句会」も出店の予定で、隣接配置を楽しみにしていたが、森山文切が超多忙のため出店をとりやめたので、今回も短歌のブースに挟まれての開店となった。毎週WEB句会に川柳を出句しているという人や、暮田真名の『補遺』を読んで川柳に興味をもったという人の来店もあって、コスパはよくないものの、文フリへの参加はそれなりの意味があるようだ。主催者発表では参加者2110名で、出店者が約660名だから、残りが一般来場者ということになる。会場の「みやこめっせ」は京都の文化ゾーンである岡﨑公園の一角にあり、京都国立近代美術館や京都市美術館も近い。数十年以前、中学生の私が「邪馬台国展」を見に行った京都市美術館も今や京セラ美術館にかわり、茫々とした時の流れを感じる。

「文フリ京都」の前日、「川柳スパイラル」大阪句会を「たかつガーデン」で開催した。ゲストに瀬戸夏子を招き、近況を話してもらった。ネットで「日本のヤバい女たち、集まりました」という記事を見つけたときは驚いたが、はらだ有彩の『日本のヤバい女の子』にちなむものだったらしい。瀬戸はすでに柏書房のwebマガジンに「大西民子と北沢郁子」を発表している。
「川柳スパイラル」7号の合評会で同人や会員の出席者の作品を中心に話しあったあと、互選句会を行った。句会の結果はすでに「川柳スパイラル」の掲示板に上げてあるが、高得点句を書き留めておこう。

金柑の中の王都を煮詰めよう     笹川諒
霊魂にも植物園の住み心地      櫻井周太
半々の々を選んでもう出口      兵頭全郎
半分は犬で残りの半分も犬      楢崎進弘

今回の7号の特集は「短歌と詩の交わるところ」で、『子実体日記』の彦坂美喜子と『揺れる水のカノン』の金川宏に寄稿してもらっている。あまり短歌の特集ばかりに傾いてもいけないので、次号8号には中村冨二論と渡辺隆夫論を取り上げ、バランスをとる予定。8号は3月下旬発行、5月6日の「文フリ東京」に持っていこうと思っている。また、「文フリ東京」の前日の5月5日には「川柳スパイラル」創刊3周年大会を「北とぴあ」で開催するつもりで、いまプランを練っているところである。

「川柳北田辺」第110号が届いた。
昨年まで毎月発行だったが、今号から隔月発行となっている。その分、句会報が充実し、桂屯所句会と北田辺句会の両方が収録されている。「残された時間と、残された体力を考えて見ると、今、しなければ何も変わらない」(くんじろう)

卍という字はささがきから作る    井上一筒
出て行けと言ったあとの顔が梢    榊陽子
眠ったら死ぬかもしれぬベビーカー  中山奈々
パルチザンを分母にカフェ「ナチス」 山口ろっぱ
ひくいところでくちびるをなめる   川合千春
ミッキーはだから浮気ができないの  中山奈々

昨年送っていただいたのに、きちんと読めないまま年を越してしまった句集に松本てふこの『汗の果実』(邑書林)がある。彼女の句は『俳コレ』以来ある程度読んでいる気がしていたが、今度読んでおもしろいと思った句を引用しておく。

ごみとなるまでしばらくは落椿   松本てふこ
花は葉にまたねとうまく笑はねば
だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる
凩のこれは水辺のなまぐささ
料峭の逢へばよそよそしき人よ
くちづけのあと春泥につきとばす

土岐友浩の短歌時評『サーキュレーターズ』も昨年送っていただいて、読めないままになっていたが、その第8回「夕暮れについて」で我妻俊樹歌集『足の踏み場、象の墓場』に言及されている。「率」10号に掲載された歌集だが、我妻さんには2018年5月の「川柳スパイラル」東京句会にゲストとして来ていただいて、彼の川柳作品100句を収録した冊子「眩しすぎる星を減らしてくれ」も作ったのだが、そのときの話をきちんとテープ起こしして記録しておけばよかったと今にして思う。

ネットプリント「ウマとヒマワリ7」が手元にあり、我妻俊樹と平岡直子の対談「短歌は無意味なのか?」が掲載されている。これがなかなかおもしろい。Aが我妻、Hが平岡である。

A Hさんは最近俳句を作るそうだけど、俳句を作ると短歌を作れなくなったりしない?
H しますね。アカウントの切り替えをしなきゃいけない感じ。川柳だったら短歌とは別ファイルではありつつ同じアカウント内で作れるけど、俳句は無理。俳句も慣れてくると短歌と平行して作ることはできるけど、それは単に切り替えが早くなるだけで、同一アカウントとして作れるようになる日は来ないと思う。

こんな調子で続き、「A 短歌と川柳は近いというか、近いものとして扱いたい」「H 俳句を作ってると、おー、自分の身体を捨てて鉄のねじになってこの星を動かすんだー、って思う」「A 歌会はあくまで評のライブであって、歌のライブじゃないことに若干納得のいかなさがある」など興味深い発言がある。
短歌の歌会と川柳句会との違いは先日「川柳スパイラル」句会に参加した複数の歌人からも感想として聞くことができた。
以前と比べると、実作を通じてのジャンル相互の交流が進んできており、そのことが結果的に自己のジャンルの深化につながってゆくはずだ。

2020年1月17日金曜日

2020年代がはじまった

2020年がはじまった。
いささか時機を失した感があるが、「歳旦三つ物」の拙吟を。

俳諧の裾野広がれ初山河
鼠算式ふえる年玉
密使来て石の上にも三年と

鼠の川柳を探してみたが、これというものが見つからないので、柴田宵曲の『俳諧博物誌』(岩波文庫)から鼠の俳句をご紹介。

西寺のさくら告げ来よ老鼠  暁台
春風や鼠のなめる角田川   一茶
鼠にもやがてなじまん冬籠  其角
しぐるるや鼠のわたる琴の上 蕪村
皿を踏む鼠の音のさむさかな 蕪村

ルナールの『博物誌』に対して柴田宵曲は動植物の俳句を渉猟している。
「鼠」以外では「兎」の章がおもしろかった。

猿どのゝ夜寒訪ひゆく兎かな   蕪村

其角の「句兄弟」にも触れている。

つくづくと画図の兎や冬の月   仙化
つくづくと壁の兎や冬籠     其角

前者は冬の月の面に兎のかたちを認めたもの、後者は壁にかけた兎の絵とも読めるが、自分の影法師が壁にうつっているのが兎の形に見えると読んだ方がおもしろいという。

連句と川柳について、昨年から今年に向けての展望を改めて述べておきたい。
連句(俳諧)については総合誌的なものが存在しない現状なので、日本連句協会が発行している「連句」(隔月刊)のほか、各地で開催される大会の作品集を集めるしかない。私の手元にあるのは次のようなものである。昨年の大会開催日をあわせてご紹介。

『2019えひめ俵口全国連句大会入選作品集』(2019年4月開催)
『第二回あつたの杜連句まつり』(2019年5月開催)
『第十三回宮城県連句大会作品集』(20019年6月開催)
『第43回国民文化祭・にいがた2019、連句の祭典入選作品集』(2019年11月開催)
鹿児島県連句協会では設立三周年を記念して形式自由の募吟を行い、『全国連句大会応募作品集』(2019年12月開催)を発行。

日本連句協会では年鑑を発行しているほか、「連句」の広報・拡散のためにYouTubeを作成している。初回が小島ケイタニーラブ、第二回が文月悠光。第三回は女性講談師の日向ひまわり。現在ここまで公開されているが、第四回のSHINGО☆西成。第五回のミュシュランガイド掲載の料理人、今村正輝出演の分も近日公開されると思う。「#ミーツ連句」で検索していただくと、どなたでもご覧いただける。

連句でも「発信」「拡散」という発想がようやく出てきた感があるが、川柳でも森山文切のように「川柳の営業をやる」と公言する川柳人が出てきた。

昨年末に届いた「川柳杜人」264号(2019年冬)に「終刊のあいさつ」が掲載された。発行人の都築裕孝による文章で、昭和22年10月創刊で72年になること、同人は創刊以来いつも10人前後の少数で活動してきたこと、同人の高齢化により「杜人」の発行・維持が困難になってきたことなどが書かれている。ただし今すぐ終刊になるのではなく、2020年冬発行の268号が最終号になるという。「杜人」についてはこの時評でも何度か取り上げてきたし、私自身この川柳誌から多くのことを学んできた。最近では若手川柳人の原稿を掲載するなど、誌面の活性化がはかられていたのに残念だ。あと4号、大切に読みたい。
同人作品から。

琴線にいたずらするの御法度よ   広瀬ちえみ
さよならが言えない鳥を飼っている 大和田八千代
犯人はワタシだったの紅葉狩    佐藤みさ子
お久し振りねだけど今年の雪虫ね  浮千草

2020年代に入り、終わってゆくものと新しく生まれてゆくものがある。
時間の流れとはそういうものだろう。
21世紀に入ってからすでに20年が経過した。この20年の間に川柳ではどのようなことがあったのか。振り返ってみる作業が必要だし、そこから新たに出発することも必要だろう。
昨年末に発行された『石部明の川柳と挑発』(新葉館ブックス、堺利彦監修)を読むと、この20年の川柳活動が歴史になりつつあることを感じる。
墨作二郎・石部明・渡辺隆夫・海地大破・筒井祥文はすでにいない。
「川柳スパイラル」誌も創刊から足かけ三年目に入る。1月19日(日)に開催される「文フリ京都」に出店するが、かつて「バックストローク」に掲載した「新・現代川柳の切り口」を冊子にまとめたものを販売する。「川柳における身体性」「ゼロ年代の川柳表現」「『私性』と『批評性』」「『柳多留』にかえれとは誰も言わない」「川柳における感情表現」「川柳とイロニー」の六章を収録し、タイトルを『ゼロ年代の川柳表現』とした。お立ちよりの機会があれば、手に取ってご覧いただければ幸いである。

2019年12月28日土曜日

2019年回顧(川柳篇)

瀬戸夏子著『現実のクリストファー・ロビン』(書肆子午線、2019年3月)のことから話をはじめよう。この本は瀬戸が書いた2009年から2017年までの文章と作品が収められている。短歌の話題が主だが、現代川柳のことも取り上げられている。

「私がすごく川柳に惹かれたのは、言葉の使い方が俳句とも短歌とも現代詩とも違うんですよね。それがすごく新 鮮だった。とくに短歌を読みなれていると、ぎょっとすると 思う。これは他では絶対に使えない言葉とか、この用法は絶対ないな、俳句にもないなという語法や用法。」
「言葉をどう光らせるか、陰影を作るか、言葉をどう浮かせるか、目立たせるか。それで、私は川柳に触れたことがほとんどなかったので、同じ定型詩なのに言葉の浮かせ方や使い方がこれまで読んできた定型詩とは全く違ったのがすごく新鮮だった。なので、読者としてすごく夢中になって、今の時点で言うと、単純に読者としてすごく刺激を得られるのが大きい」(「瀬戸夏子ロングインタビュー」)

瀬戸夏子を入り口として短歌フィールドの表現者たちが現代川柳の世界に入ってくるようになった。暮田真名はそんな一人である。
暮田真名句集『補遺』(2019年5月)の巻頭に置かれた次の句は暮田がはじめて作った川柳作品らしい。

印鑑の自壊 眠れば十二月  暮田真名

昨年10月に予定されていた『補遺』の句評会は台風のため延期となったが、来年の2月9日に改めて開催されることになっている。川柳をはじめて2年で句集を出し、句評会を開催するという、従来の川柳人とはまったく異なる動き方をする若手作者が登場してきた。

八上桐子の『hibi』(港の人)が刊行されたのは昨年だが、今年5月に句評会が東京・王子の「北とぴあ」で開催された。報告者は牛隆佑・飯島章友の二人。参加者がそれぞれ句集の感想を語り合ったので、句評会というよりは句集の読書会のようなものになった。
その後、八上はフクロウ会議の『蕪のなかの夜に』に参加。フクロウ会議は、八上桐子(川柳)、牛隆佑(短歌)、櫻井周太(詩)のユニットである。内向きの川柳人が多いなかで、彼女は他ジャンルとも交流しながら作品を作ってゆく。これも従来の川柳人にはあまり見られなかった動きである。八上は9月28日に梅田・蔦屋書店で開催された「現代川柳と現代短歌の交差点」でも岡野大嗣・平岡直子・なかはられいこと並んでパネラーをつとめた。

もえて燃えきってひかりにふれる白    八上桐子
しろい夜のどこかで蕪が甘くなる

句集の刊行として注目されるのは、柳本々々の『バームクーヘンでわたしは眠った』(春陽堂書店、2019年8月)である。川柳日記というかたちで、春陽堂のホームページに連載したものを一書にまとめている。イラストは安福望。

年賀状がだせなくてもまだ続いてく世界  柳本々々

その柳本との対談を収録している竹井紫乙句集『菫橋』(港の人、2019年10月)。

川原君は駄菓子で出来ているね  竹井紫乙

新家完司川柳句集(七)『令和元年』(新葉館出版)。
完司は五年ごとに句集をまとめ発行している。この持続力は見上げたものである。

大胆に行こうこの世は肝試し    新家完司
悪口は言わずノートに書いている

昨年亡くなった筒井祥文の遺句集『座る祥文・立つ祥文』(筒井祥文句集発行委員会)が12月に上梓された。「座る祥文」はセレクション柳人『筒井祥文』から、「立つ祥文」はそれ以後の句が収録されている。

あり余る時間が亀を亀にした    筒井祥文
何となく疲れて海に腰かける

今年もこれで終わりだと思っていると、年末になり『石部明の川柳と挑発』(葉文館ブックス、2019年12月25日)が発行されたので驚いた。堺利彦・監修。石部明の若くて元気だったころの写真も掲載されている。石部の作品は比較的よく知られていると思うが、「冬の犬以後」の章から何句か紹介する。

肉体のどこ抱けばいい桜餅   石部明
あぶな絵のちらちらちらと雪もよい
黄昏を降りるあるぜんちん一座

こうして振り返ってみると、以前に比べて今年はずいぶんたくさんの句集・川柳本が発行されたものだ。
最初に短歌フィールドにいる表現者たちの川柳への関心について述べたが、短歌フィールドの表現者である三田三郎や笹川諒も最近は川柳に傾斜してきている。「ぱんたれい」vol.1から笹川諒の作品。

みずぎわ、とあなたの声で川が呼ぶ   笹川諒
ゆっくりと燃えないパフェを食べている 
風鈴を非営利で鳴らしています

もはや川柳界の内部とか外部とか言っている場合ではない。作品としての川柳に関心を持ち、川柳のテクストから刺激を受け取っている作者や読者が徐々に増えてきているのであり、その傾向は来年も続くだろう。

2019年12月22日日曜日

2019年回顧(連句篇)

雑事に追われて更新がままならないうちに年末を迎えてしまった。
大急ぎで今年の回顧だけは書いておきたい。今回が連句篇で、次回が川柳篇の予定。

まず各地の連句大会の入賞作品を見て行こう。管見に入ったものに限られるのはご了解いただきたい。
『2019えひめ俵口全国連句大会入選作品集』から、愛媛県知事賞、歌仙「冬欅」の巻(捌き・西條裕子)。この作品集は選者の講評が充実している。

調律を終へしピアノや冬欅    西條 裕子
 一陽来復願ふ額の字      東條 士郎
忘れゐし応募作品入賞し     三輪  和
 蹲踞の水ふふみ鳥発つ     二橋 満璃
慕ひくるもの慈しむ月まどか      士郎
 夜なべの戸口風の訪ふ        裕子

『第十三回宮城県連句大会作品集』から、半歌仙「花篝」の巻(捌・川野蓼艸)。

花篝結ふては開きまた結ふよ   川野 蓼艸
 蜃気楼より来たと告げる児   瀬間 文乃
春帽子フランスパンを横抱きに  小池  舞
 ロボット犬の沙汰待ちの脚       舞
いづくかに金鈴を振る虫のゐて     蓼艸
 書庫閉ぢかねて拾ふ合歓の実     文乃

「第43回国民文化祭・にいがた2019」、連句の祭典の入選作品集から。募吟の形式は二十韻で、555巻の応募があった。文部科学大臣賞は二十韻「冬林檎」の巻(奈良県、捌・ 松本奈里子)。オモテの四句を紹介する。

逡巡を知らぬ二十歳や冬林檎   松本奈里子
 スノーボードに幾つかの傷   谷澤 節
段ボール箱より猫の覗き居て   平良 孝子
 宅配便は時間指定に        奈里子

国文祭の大会前日には新潟大学附属新潟中学校で中学生との正式俳諧(一般公開)が行われた。
大会当日には実作会の前に、金森敦子の講演「芭蕉は鼠ケ関を越えたのか」があった。
金森には『江戸の俳諧師「奥の細道」を行く―諸九尼の生涯』『お葉というモデルがいた』などの著書があり、かつて愛読したことがある。お葉は竹久夢二のモデル・恋人として知られ、諸九尼は芭蕉の後をたどって『奥の細道』の旅をした女性(『秋かぜの記』)

宮城野や行きくらしても萩がもと  諸九尼

講演では関所と番所の違いや手形などについて当時の旅の詳細が説明され、「尿前の関で難渋したのは何故か?」「芭蕉と曽良は何故中山越を選んだのか」「芭蕉は鼠ケ関を越えることができたか?」など興味深いお話が続く。『奥の細道』には「鼠の関を越ゆれば、越後の地に歩みを改めて」と書かれているが、庄内藩の番所規定や道路状況などに基づいて推理していく過程はスリリングだった。

鹿児島県連句協会では設立三周年を記念して形式自由の募吟を行い、『全国連句大会応募作品集』が発行されている。
狩野康子選の大賞は非懐紙「時の余白」の巻(捌・静寿美子)。最初の四句を紹介する。

青葉風時の余白にたはむるる    静寿寿美子
 絵筆で計る初夏の山       鵜飼桜千子
豆パンの限定百個売り切れて      寿美子
 招待券は三階の席          桜千子

日本連句協会では「連句」の広報・拡散のためにYouTubeを作成している。初回が小島ケイタニーラブ(みんなの歌に楽曲を提供しているミュージシャン)、第二回が中原中也賞受賞者の詩人・文月悠光。第三回は女性講談師の日向ひまわり。第四回がラッパーのSHINGО☆西成。第五回はミュシュランガイド掲載の料理人、今村正輝が出演している。全五本のうち、現在第三回まで公開されている。「#ミーツ連句」で検索していただきたい。
この企画を推進しているのが、日本連句協会の広報担当・山中たけをである。連句にもこういうノウハウをもった人が現れてきた。

次に今年創刊された連句誌をふたつご紹介。
連句誌「みしみし」が4月に創刊され、現在3号まで出ている。三島ゆかりは2009年からネット上で歌仙を巻いていたが、紙の印刷物として発行したもの。3号では歌仙三巻と三島による評釈のほか、参加者による短歌・俳句・川柳作品が掲載されている。「あとがき」によると、なかはられいこ・倉富洋子の川柳誌「We Are!」の影響を受けたという。
日大芸術学部出身の二三川練は歌人としても活躍しているが、このほど連句誌「カクテル」を創刊。形式はオン座六句で、三巻収録されている。継続して発行されることを期待している。
連句誌に連句作品が掲載されるだけではなくて、最近では俳句同人誌にもちらほら連句が掲載されるようになった。「オルガン」19号ではオン座六句「しやつくり」が掲載されている。これは雑の発句ではじまっている。

オン座六句の創始者、浅沼璞は今年句集『塗中録』(左右社)を上梓した。
「あとがき」によると、これまで浅沼が句集を編まなかったのは、編集主体が立ち上がってこないという根本的な難問があったからだという。
「一句詠むごとに主体(みたいなもの)はどんどん変わっていく。一句一句ですらそうなのだから、句集を編むともなれば、かなり複雑な話になってくる」
編集主体とは「連句の捌き手」のような役割だと浅沼は言う。

御田植や神と君との道の者   西鶴
 核を手挟む畦の薫風      璞

文月や六日も常の夜には似ず  芭蕉
 露をおきたるサラダ記念日   璞

亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄   茅舎
 手足の生えて動きだす月    璞

最後に別所真紀子の新作を紹介しよう。
江戸時代の女性俳諧師について、別所真紀子の仕事はよく知られている。
『芭蕉にひらかれた俳諧の女性史』をはじめ『「言葉」を手にした市井の女たち』などで別所は江戸時代の女性俳諧師たちを研究・紹介した。『雪はことしも』で歴史文学賞を受賞したあとは、芭蕉をはじめとする俳諧師を主人公とする小説を次々と発表している。
別所は俳諧小説の第一人者なのである。彼女が取り上げたヒロインが五十嵐浜藻だ。『つらつら椿』『残る蛍』は浜藻歌仙帖シリーズとなっている。そして、このほど『浜藻崎陽歌仙帖』(幻戯書房)が刊行された。「﨑陽」は長崎のこと。五十嵐浜藻と父の梅夫との長崎でのできごとをフィクションで描いている。連句実作の機微を小説化できるのはこの作者だけだろう。ご一読をお薦めする。

2019年11月30日土曜日

暗く明るい11月・連句の日々

11月2日
「第24回国民文化祭にいがた2019」に出席のため、伊丹空港から新潟へ飛ぶ。
新潟ははじめてゆく土地であるが、私にとって新潟は坂口安吾の誕生地として一度は訪れたい場所だった。安吾の『吹雪物語』は観念的で読みにくく、何度も途中で放棄したことがあるが、今回は旅行の前に最後まで読み通した。
「暗さは退屈だ」(『吹雪物語』)
安吾碑「故郷は語ることなし」を見たあと、「安吾風の館」に行く。檀一雄は新潟に来るたび安吾碑を訪れたという。安吾が屹立して日本海を眺めているような碑である。
翌日11月3日は新潟大学教育学部付属新潟中学で連句大会。
発句「鵯や安吾の石碑越えて飛ぶ」で二十韻を巻く。
さらにもう一泊して4日には『吹雪物語』に出てくるイタリア軒に行く。ただし、小説ではイスパニア軒になっている。
この3日間、新潟は天候に恵まれ明るかった。砂丘館では「明るい絵」という展示会があった。曇天の新潟と日本海を思い描いていた私のイメージとは少し異なっていた。

11月9日
日本連句協会の理事会に出席のため、東京へ。
前日の8日に東京入りし、柴又の帝釈天を訪れる。
本堂の外壁は彫刻ギャラリーになっていて、テレビの美術番組で紹介されているのを見て以来、訪れたいと思っていた。予想以上の作品群だった。
夜は渋谷のスクランブルスクエアへ。渋谷スカイがオープンしていて夜景を見る。
(平岡直子が文学界12月号のエッセイで渋谷のことを書いていて、これは後から読んだ。)
翌日9日は渋谷の会議室で理事会。2021年に和歌山県で開催される国民文化祭について報告する。現在、和歌山市の県民文化会館で「連句とぴあ和歌山」という連句会を二ヶ月に一度開催している。来年1月からは西牟婁郡上富田町で連句会を開催する予定。

11月16日
「奈良県大芸術祭」連句の祭典に出席のため奈良へ。会場は近鉄奈良近くの奈良県文化会館。狭川青史・東大寺長老の発句「わが前の月光佛や雪明り」をいただいて、半歌仙を巻く。

11月22日
斎藤悟朗氏の絵を見るため、天王寺の大阪市立美術館で独立展に行く。
斎藤さんの画風は「三河の赤絵」として知られている。
ルーブル美術館で日本人としてはじめてモナ・リザの模写を許可されたことでも有名。
彼は連句人でもあって、以前は画廊連句をときどき開催していた。個展の会場にノートを置いておいて、来場者に句を付けてもらうのである。
氏の絵には古今東西の様々な人物が描き込まれていて、ディテールを読む楽しさがある。今回も芭蕉と曽良がちゃんと描かれているのだった。
夜は中崎町で連句会。最近、若手歌人で川柳や連句に興味をもつひとが増えている。ほぼ同じメンバーで10月に巻いた半歌仙があるので、続きを付けて歌仙にして巻き上げる。はじめての方には連句の共同制作のやり方が新鮮だったようだ。
連句会が終った後、葉ね文庫に「川柳スパイラル」7号を納品する。

11月24日
「新宮で歌仙を巻く」というイベントが新宮ユーアイホテルであり、特急くろしおに乗って新宮へ。辻原登・永田和宏・長谷川櫂の三人で『歌仙はすごい』(中公新書)が今年出版され、人気が高いようだ。新宮の佐藤春夫記念館が創立30周年を迎え、その記念イベントとして「歌仙を巻く」という企画が実現されたという。
私は往復はがきで申し込んだが、すぐに定員締切となったものの、幸い整理券を手に入れることができた。出席者130名。当日は、歌仙の名残りの表までが呈示され、最後の名残りの裏六句を会場の参加者に出してもらったあと、パネラー3人の作品を公開するというやり方だった。新宮の参加者はとても熱心に付け句を出していた。
イベントがはじまる前に速玉大社と佐藤春夫記念館を訪れた。佐藤春夫記念館は東京にあった春夫の自宅を移築したもの。佐藤春夫好みの世界を実現した空間と言われ、特に二階の狭い部屋で原稿を書いていたのは印象的だった。その狭い空間に置いてある机の前にしばらく坐って、佐藤春夫の世界を追体験した。


別所真紀子の連句小説『浜藻崎陽歌仙帖』(幻戯書房)、浅沼璞の句集『塗中録』(左右社)などそれぞれの表現者が着実に仕事を進めている。
安吾で始まった11月ももう終わりになってしまった。
太宰治の小説の一節が何となく思い出される。
「明るさは滅びの姿であろうか」(『右大臣実朝』)