2022年7月1日金曜日

Z世代の川柳と短歌―暮田真名と初谷むい

暮田真名の『ふりょの星』と平岡直子の『Ladies and』が左右社から発行され、現代川柳の季節がやって来たという感じがする。これまでも先人たちの努力によって川柳は継承・発信されてきたのだが、従来の川柳界の枠を越えて現代川柳が盛り上がりを見せている。その直接的な転機となったのは2017年5月に中野サンプラザで開催されたイベント「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」かもしれない。このときの句会で私ははじめて暮田真名に出合ったのだが、参加者の中には初谷むいもいた。

東京ははんこにどと会えないのかな  初谷むい
印鑑の自壊 眠れば十二月      暮田真名

兼題は「印」。小池正博と瀬戸夏子の共選で、上掲の二句は選者二人ともに選ばれている。暮田はこの少し前に現代川柳に関心をもったようだが、このイベントに参加したときのことを次のように書いている。
「そんな折、タイミング良く瀬戸夏子と小池正博の『川柳トーク 瀬戸夏子は川柳を荒らすな』が開催された。後半は瀬戸、小池に加え兵頭全郎、柳本々々という四名のパネリストが、各々の選んだ現代川柳の十句をもとに現代川柳の可能性を探るという内容だった。ここで川柳の鑑賞が扱われていたことは、川柳への抵抗を軽減させてくれた。特に柳本々々のスリリングな語りに惹きつけられたことを記憶している。また、このときミニ句会のために初めて川柳を作った。ビギナーズラックというべきか、その句が瀬戸、小池の両氏に抜かれ、調子に乗って句作を続けている」(「川柳人口を増やすには」、「杜人」263号、2019年9月)
その後の暮田真名の活躍はネットや雑誌などでよく知られている。暮田の句集『ふりょの星』はZ世代の川柳句集と言われているが、それでは暮田真名のどこが新しかったのだろうか。Z世代とは1990年代半ばから2000年代はじめにかけて生まれた世代をさすようで、ネットを駆使した情報収集・発信を得意とすると言われている。暮田は川柳をはじめてから二年後の2019年に句集『補遺』(私家版)をだしているし、ネットプリント「当たり」の発行、「こんとん句会」の参加者をネットで募るなど、従来の川柳人とは異質な発信の仕方をしている。それだけに句会を主戦場とする川柳人にはまだ十分認知されていないが、『ふりょの星』がベテランの川柳人たちによってどう評価されるかは、今後のことになるだろう。
今回はそういう発信の仕方についてではなくて、暮田の作品が従来の川柳と比べてどこが新しいのかを問うことにしたい。作品の新しさにもいろいろあって、川柳とは無関係の世界からいきなり川柳の世界に登場して作品を書き出すような表現者の新しさもあれば、川柳の遺産を知悉したうえで新しい作品領域を切り開いていくような表現者もある。ここではいささか恣意的ではあるが、暮田の作品と先行世代の川柳作品とを比べてみることにしたい。

ぎゅっと押しつけて大阪のかたち 久保田紺
県道のかたちになった犬がくる  暮田真名

「かたち」を詠んだ二句。久保田紺の「大阪のかたち」は具体的には表現されていないが、「大阪のかたち」からたとえば大阪寿司のイメージを思い浮かべることができる。暮田の「県道のかたち」は具体的な像を結ばないし、ましてその犬がどんな姿をしているのか分からない。言葉だけで成立しているナンセンスな世界なのだ。

多目的ホールを嫌う地霊なり     石田柊馬
本棚におさまるような歌手じゃない  暮田真名

この二句は発想が似ている。柊馬の句には強烈なメッセージ性があり、どんな目的にでもこだわりなく対応できるような存在に対する嫌悪感が顕わである。暮田の作品ではそのような自己主張は薄められている。

さびしくはないか味方に囲まれて  佐藤みさ子
恐ろしくないかヒトデを縦にして  暮田真名

発想ではなく文体が似ている。佐藤の作品には箴言に似た普遍性を感じるのだが、暮田の句からは感覚の独自性を感じる。本来ヒトデは横なのかどうかも定かではないが、それを縦にすることが楽しいか、それとも恐ろしいか。そんなことを考えた人は今までいなかっただろう。

都鳥男は京に長居せず       渡辺隆夫
京都ではくびのほきょうを忘れずに 暮田真名

暮田の作品にはめずらしく批評性を感じる句である。渡辺隆夫は句集『都鳥』で京都を諷刺対象にしたあと、さっさと関東に帰っていった。この場合は首の補強の方が嫌味の度合いはきついかもしれない。
恣意的に二句を並べてみただけなので確かなことは言えないのだが、暮田が先行する川柳作品を読み込んでいることが感じられる。「OD寿司」は石田柊馬の「もなか」連作と比較されるだろうが、その止めの句(最後の句)は次のようになっている。

山の向こうにやさしいもなかが待っている 石田柊馬
もし寿司と虹の彼方へ行けたなら     暮田真名

連作の最後をオプティムズムでしめくくりたいという気持ちはよくわかる。けれども、「虹の彼方」は暮田にしては甘すぎる。もし、この止めの句が柊馬の句のパロディであり、そこまで意識して詠まれているとすれば相当なものだ。

初谷むいの方に話を移そう。「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」のあと、初谷は「川柳スパイラル」4号のゲスト作品に川柳10句を発表しているが、ここでは「ねむらない樹」6号に掲載された作品(川柳5句・短歌5首)のなかから二組紹介しておこう。

終末論うさぎに噛まれた跡がある
うさぎ屋さんがめっきり開店しなくなる 終末のうわさを信じてる

会いたくなるからおれは人には戻らない
変だよ 手紙も電話も手話も花火も会いたくなるからだめなんて変

初谷は川柳も書けるが、やはり歌人なのだなと思う。突き放した断言よりも「私性」の表現の方が彼女の本領なのだろう。掲出の二首は歌集『わたしの嫌いな桃源郷』では「終末概論」の章に収録されている。別の章にはこんな歌がある。

知らない町でパン屋を探すなきゃないでよかったけれどパン屋はあった 初谷むい

探しているパン屋はないならないでかまわない。けれども、あるならそれはちょっと嬉しいことだ。絶対的なものはすでになく、希望が実現することも特に期待されていない。桃源郷といえば陶淵明の「桃花源記」が有名で、李白の「桃李園」などが思い浮かぶ。文人たちは文芸の理想の場を求めたが、そのような場所は言葉の世界においても構築することがむずかしい。ユートピアとはどこにもない場所という意味だそうだ。

「川柳スパイラル」次号15号(7月25日発行予定)では暮田真名と平岡直子について特集する。『ふりょの星』句集評は我妻俊樹が執筆、一句鑑賞は柳本々々・榊原紘・笹川諒・湊圭伍・三田三郎・大塚凱・瀬戸夏子・中山奈々の8人が書いている。また、「川柳スパイラル」創刊5周年の集い(8月6日、東京・北とぴあ)では暮田と平岡の対談のほか、飯島章友・川合大祐・湊圭伍の座談会が予定されている。

2022年6月17日金曜日

初谷むい『わたしの嫌いな桃源郷』のことなど

初谷むいの第二歌集『わたしの嫌いな桃源郷』(書肆侃侃房)が5月に刊行された。初谷のことを最初に意識したのはツイッター名の「む犬」が記憶に残ったからだったか、それとも短歌の友人から若手歌人では初谷むいが面白いと聞いたからだっただろうか。2017年の「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」にも彼女は来ていたはずだし、「川柳スパイラル」も毎号送っている。第一歌集の『花は泡、そこにいたって会いたいよ』は話題をあつめ、収録されている短歌はいろいろなかたちで引用された。
今度の歌集のタイトル『わたしの嫌いな桃源郷』とはずいぶん反語的である。帯の「不完全なぼくらの、完全な世界へのわるぐち」というキャッチ・コピーも二律背反的だ。巻頭には次の歌が掲載されている。

それはたとえば、百年育てて咲く花を信じられるかみたいな話?

百年育てれば咲く花というものがあるのか、ないのか。ペシミスティックなこの世界でそのような花の存在を信じるのは、すでに自分がいなくなった世界に希望が持てるかどうかという「信」のレベルの話になる。「それはたとえば」と言っているから、この歌の前に省略されているものがある。また、最後に疑問符がついていて、相手に対する問いかけになっている。意識されているのは相手との関係性なのだろう。

だから世界を愛しているよ 花器として余談の日々をうつくしくゆく
この世界に出口などないたそがれがみえるあたしは変わらずここにいる

生きづらい世界がこのようなものとしてとらえられている。出口のない世界と変わらない「私」。けれども、「私」は世界を愛しているし、美しいものと思おうとしている。花を飾るのは現実が酷薄であるからだ。

ぼくたちは海を見ながら飽きていく貝を拾ってすべてを捨てて

海を見ながらの感想。相手との関係性はやがて飽きられ、貝殻のように拾ったり捨てたりする。やがて終わるものであるからこそ、いまは完全でありたいのだ。 この歌集には「わたし」「ぼく」「あなた」「きみ」などの人称代名詞が頻出する。良くも悪くも短歌なのだなあと思う。他者との関係性は恋愛の場面に典型的にあらわれるから、恋歌が多くなるのは当然なのだろう。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』でシャルロッテはウェルテルにとって世界そのものが凝縮したような存在であって、失恋は世界との断絶を意味してしまう。人間関係は行きづまると息苦しいので、すこし別の題材に目を転じたくなる。初谷の第一歌集で私が気に入っているのは「全自動わんこ」だが、第二歌集では「二次元の女の子」が登場する。

よろしくねあたし二次元の女の子おなかは空かないけどここにいる
あたし二次元の女の子この世界に生まれたきもちくらいわかるよ

短歌の話題を続けよう。
内山晶太・染野太朗・花山周子・平岡直子の四人による同人誌「外出」は評価が高いが、すでに7号まで発行されている。今号では花山周子が63首発表しているのが注目される。

くちびるは煙草の灰を量産しなお燃え残る唯一のもの     内山晶太
はなびらのほうから触れにくる時期は遠さがふいに親しさを増す

赤ちゃんは自分のサイズがわからずにスマホのなかへ送られてくる  平岡直子
勝手に泡が出てくる勝手に泡が出てくるこれ鬱なのかなあ

怒りとは自己憐憫なりあじさいの若葉が指にざらついている  染野太朗
切る人の独占欲の表れだそうだよ髪を切られる夢は

新しくしたカーテンが生活になじむ速度が鬱だと思う     花山周子
机の下に乾電池拾うこのなかに電気は残っているのだろうか

紀野恵編集の「七曜」204号。紀野の歌集『遣唐使のものがたり』については以前紹介したが、本誌では白居易の漢詩からインスピレーションを得た二次創作「楽天生活」が連載されている。

暮讀一巻書 會意如嘉話   ゆふべ読むふみ こころにひびく
しろねこも世かいをおもふぼくだつて生きていくこと大切なんだ  紀野恵

藤原龍一郎『寺山修司の百首』(ふらんす堂)が発行された。藤原の『赤尾兜子の百句』をこのコーナーで取り上げたことがあるが、今回は寺山修司の短歌である。寺山については改めて説明する必要もないだろうが、藤原は解説で次のように書いている。
「かつて寺山修司はサブカルチャー・シーンのスーパースターであった。いや、サブカルチャーというより、正確にはカウンター・カルチャー・シーンといった方がよいだろう。寺山修司の表現行為は、すべてのジャンルのメインストリームに対する明確で意志的なカウンターであった」
よく知られている歌ばかりだが、何首か引用しておきたい。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ
間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭

「マッチ擦る」について藤原は「この一首は極めつけのカッコよさだ。日活アクション映画の石原裕次郎や小林旭を連想しても差し支えない。寺山修司は通俗性もやさしく包み込んでいるのだから」と書いている。藤原の解説も本書の魅力である。ちなみに寺山は川柳界では「川柳は便所の落書きになれ」という発言で有名。

私は「写生」という方法には興味がないから、アララギ派の短歌は無縁だと思っていた。けれども藤沢周平の『白埴の瓶』という長塚節を主人公とする小説を読んで、アララギの短歌に少し触れる機会があった。子規の没後に「馬酔木」そして「アララギ」を作ったのは伊藤左千夫と長塚節である。

牛飼いが歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる     伊藤左千夫
人の住む国辺を出でて白波が大地両分けしはてに来にけり

馬追虫の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし  長塚節
白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり

この程度の歌は私でも暗誦している。この二人を並べて論じているのが土屋文明である。文明の『短歌入門』のなかの「短歌小径」では子規・左千夫・節の三者の短歌を比較しながら、特に左千夫と節の変遷を克明にたどっている。左千夫の初期の作品に「森」の題詠がある。

かつしかや市川あたり松を多み松の林のなかに寺あり  伊藤左千夫
かつしかの田中にいくつ神の森の松を少み宮居さぶしも
森中のあやしき寺の笑ひ声夜の木霊にひびきて寂し

手許にある『伊藤左千夫歌集』ではこの三首のうち前の二首が収録されていて、三首目は掲載されていない。三首目は子規の写生概念からはみ出すのだろう。土屋文明は「写生」と「趣向」という言葉を用いている。三首目は趣向の強い歌ということになる。ところが、私は三首目の方がおもしろいように感じる。俳句では「景気」と「趣向」という言い方をする。私が蕪村を好きなのは、景気の句の背後に趣向が隠されているという二重性が楽しめるからである。
左千夫の歌集を読んでみて驚いたのは晩年の恋歌である。『野菊の墓』の作者だから純情な恋かと思っていたら、そうではない。一方の長塚節にも恋歌がある。アララギ派では断然、茂吉がおもしろいと思っていたが、先入観をはずせば、左千夫や節の作品もそれなりにおもしろい。あと、永井佑が「近代の短歌を完成させてその後のあらゆる変革を呑み込み、短歌の外側にいる人の頭に?マークを浮かばせる特有の磁場を作り上げた人、現在まで通用している短歌のOSを書いた人間、それがどうも土屋文明みたいなのだ。短歌の秘密のかぎは土屋文明が持っている」(「土屋文明『山下水』のこと」、「率」5号)と書いているのを読んでから土屋文明のことが気になっていたが、『短歌入門』を読むと、そういうこともあるかなとも思った。

2022年6月3日金曜日

江田浩司歌集『メランコリック・エンブリオ』

江田浩司の第一歌集『メランコリック・エンブリオ』が現代短歌社から文庫版で発行された。本書は1996年、北冬社より刊行されたもので、そのときの栞(岡井隆・谷岡亜紀・藤原龍一郎)も収録され、文庫版解説(神山睦美)、江田浩司自筆略年譜、文庫版あとがきが付いている。歌集名のメランコリック・エンブリオは「憂鬱なる胎児」という意味で、次のような歌が詠まれている。

やさしさは海鳴りの時期 エンブリオ翼の生えたメランコリック   江田浩司

「時期」には「とき」というルビがふられている。「憂鬱な胎児」については後で触れるとして、私が江田の名を意識したのは山中千恵子論の書き手としてであった。あと、同人誌「ES」は19号から終刊の30号まで手元にあって、江田浩司、加藤英彦、谷村はるか、山田消児などの名前は読者の私にとって親しいものだった。 ちょうど、短歌の「私性」をめぐる議論を山田消児が展開していて、それは山田の『短歌が人を騙すとき』(彩流社)にまとめられている。この評論集に収録されている「『私』に関する三つの小感」で山田は現代川柳について触れている。山田が引用している川柳作品は次のような作品だ。

弟が銀の燭台狙いおる      石田柊馬
赤ん坊と視線が合わぬように産む 佐藤みさ子
月光に臥すいちまいの花かるた  石部明
町ふたつ越えて決闘しに行くの  広瀬ちえみ

あと、文中には『セレクション柳論』(邑書林)についても言及されている。のちに「現代川柳ヒストリア(川柳フリマ)」(2016年5月)のイベントを開いたときに山田をゲストに招いた。このときの対談「短歌の虚構・川柳の虚構」は「川柳カード」12号(2016年7月)に掲載されている。
また、江田は万来舎のウェブサイト「短歌の庫」に評論を掲載していて、第171回「小池正博句集『水牛の余波』を読んで思ったこと」では現代川柳について触れている(『緑の闇に拓く言葉』2013年、万来舎)。
「ES」26号(2013年11月)は「妖怪」という特集で私は「逗子物語」20句を寄稿している。

物の怪の棲む寺だから夢精する    小池正博
かの人はおのれの舌に火をのせて言葉の井戸を覗きこみたり 江田浩司

では本題の江田の歌集に戻ろう。第一歌集だけあって作者の初心や時代性が刻印されている。本書の歌は六部に分けられているが、その第一部から何首か引用してみよう。

憎しみの翼ひろげて打ち振れば少年の雨期しずかにめぐる
人生のオルガスムスに鰭を振る冷たき楕円浮かびくるなり
ちぐはぐな羽打ち振りて首一つキャベツ畑を越えてゆくなり
どのように傷つけたらば楽しからんわたしの中に眠るわたしを
さかしらに君の詩想をなめているわが舌にふる刺のあまさよ
われはまた観念の豚まろびつつ知の脱糞を拝みており
なんという詩型か俺の狂気さえ小間物店にならぶ言の葉

「憎しみの翼」は巻頭歌。憎しみの翼をもつ少年を詠んで、文学的出発を告げる歌になっている。二首目は自足した円的世界ではなくて、楕円を詠んでいることが注目される。中心がひとつである円に対して、焦点が二つある楕円の世界である。現実との異和をかかえる心性にとっては一元論的な円より二元論的な楕円のイメージがふさわしい。三首目の羽は現実を越えてゆくことへの希求だろう。永遠に守ろうとする日常的現実を永遠に越えてゆこうとするのだが、山崎方代の「そこだけが黄昏れていて一本の指が歩いてゆくではないか」が「一本の指」なのに対して、江田が「首一つ」と詠んでいるのは興味深い。歌集にには巻末エッセイ「他者の声」という文章が収録されていて、作者が他者と出会うことによって自己を意識化するに至った経緯が述べられている。それでめでたしめでたしならば話は簡単だが、自意識と他者との関係性は痛みを伴うもので、上掲の四首目から七首目までは内部の「私」に対する二律背反的な思いと短歌という詩形に対する自嘲がテーマとなっている。
巻末の自筆年譜によると、この作者の青春は70年代後半から80年代にかけてのようだが、歌集からその時代の雰囲気がうかがわれ、現在の青春の姿とはずいぶん違う。個人的にはATG(アート・シアター・ギルド)の映画や小川徹が編集していた「映画芸術」などを思い出す。
さて、歌集の第三部には「メランコリック・エンブリオ」の章があり、最初に紹介した歌のほかに次のような作品が詠まれている。

夜明は股を開き鏡を見てささやくくちびるの傷—雨が
パゾリーニの恋人にならん死を生みて少女は濡れるまで闇が好き
落ちる君の手 瞳の中の七つの鐘は七つの封印
無数の翼よポプラは郵便配達に三度詩を語る
わが内に卵の孵る所あり 昏きあけぼのを予言しており

映画のイメージが点在するし、セックスの欲望もベースに感じられる。「メランコリック・エンブリオ」(憂鬱なる胎児)というタイトルそのものがフロイトと結びつけて論じられやすいが、ここには母胎から苦に満ちた世界への誕生にうめくような作品の姿がある。生まれ出た幼児は自己中心性をもっているが、独我論や根源的な自己中心性を越えてゆくためには他者との出会いが必要となる。他者によって意識化された「私」は再び他者の視点によって「私」を相対化しなければならない。第二部にマヤコフスキー、ローザ・ルクセンブルク、ツェランなどの名が出てくるが、特に重要だと思われるのは俳諧との出会いだろう。第三部の「思考する卵」の章では俳句と短歌がセットで掲載されている。

  父の髪を梳けば卵が転がりぬ
その先は測定不能らんらんと転がってゆくずぶ濡れ卵
  混血の卵は北へ転がりぬ
自裁するコトバは無量の鏡かな泥にまみれて卵は笑う
  思考の枠をメタメタメタと寒卵
ヘテロエッグに抒情をすこし擦り付けて国境線で酔っぱらってさ

江田は大学で村松知次に俳諧を学んでいる。村松友次は俳句・連句の世界では村松紅花として知られている。江田の歌集『逝きし者のやうに』には村松知次を追悼する歌が収められている。

紅花とふ俳号を虚子に賜りて風花のごとき俳句をなしぬ

『メランコリック・エンブリオ』には903首の短歌と33句の俳句が収録されていて、さまざまな読み方ができると思う。作者の原点、出発点が第一歌集としてきちんとまとめられているのはしあわせなことだ。歌集にはこんな歌もある。

ガス室に入る間際に犬を撫でほほえみているユダヤの子供

2022年5月13日金曜日

紀野恵歌集『遣唐使のものがたり』

紀野恵の歌集『遣唐使のものがたり』(砂子屋書房)が上梓された。天平時代の遣唐使のことを素材にして一巻を編んでいる。歴史と文学が好きな者にとっては興味深い試みだ。
発端の最初の歌。

なつかしき曾祖母触りし文箱より崩れさうなる紙の束出づ

祖先から伝わる物語の記憶という導入だろう。紀氏のうちでは紀貫之が有名だが、紀文足(きのふみたり)は遣唐使の通訳として渡唐している。貫之が土佐の国まで瀬戸内海を渡ったのに対して、文足は唐に渡ったのだから、よりスケールが大きい。しかも彼は帰国のときにたいへんな困難に遭遇している。文足の祖父も唐に行っているが、父は行ったことがない。そんな文足の父が思いを述べた歌。

大海をわが子は越えよ(とは思へど)吾が往かざりし長安を見よ(とは思へど)

遣唐使のひとり、秦朝元(はたのちょうげん)は唐で生れている。彼の父の弁正法師も唐に赴き、唐で息子・朝元をもうけた。父は唐で死んだが、朝元は日本に帰国。のちに遣唐使の一員として入唐。父・弁正が碁の相手をしていた李隆基は皇帝・玄宗となっていた。朝元は父の縁で皇帝から厚遇される。

皇上となる秋天に我が父と碁を打ちたまひ 碁石のつめたさ

このように物語の人物に成り代わって歌が詠まれている。遣唐使の物語がそれぞれの人物によって多視点から構成される仕組みである。 遣唐使を描いた歴史小説といえば、井上靖の『天平の甍』が有名だが、その冒頭には次のように書かれている。
「朝廷で第九次遣唐使発遣のことが議せられたのは聖武天皇の天平四年で、その年の八月十七日に、従四位上多治比広成が大使に、従五位下中臣名代が副使に任命され、そのほか大使、副使とともに遣唐使の四官と呼ばれている判官、録事が選出された。判官は秦朝元以下四名、録事も四名である。そして翌九月には近江、丹波、播磨、安芸の四カ国に使節が派せられ、それぞれ一艘ずつの大船の建造が命じられた」
歌集『遣唐使のものがたり』が扱っているのもこのときのことで、鑑真を日本に招聘するために派遣された栄叡と普昭もこの船に乗っているが、それはまた別の話。

往路の航海は心配されたようなこともなく、無事に唐に到着する。

文足  恐ろしと思ひし我が身や早や昔 なんだなんだなんだ着いたり

Intermezzo「長安の日本人」の章が挿入されている。井真成(せいしんせい・いのまなり)は入唐留学生で長安に暮らしている。

己れには何かが足りぬ日に夜を夜に日を継ぎ書籍学べども    真成
葉つぱとんとん葉つぱとんとん葉つぱだけ旦那様には滋養必要  真成宅のばあや

この真成は長安で客死するのだが、2004年に墓誌が発見されて研究者のあいだで話題になった。ばあやの歌など、俳諧性もあって読者を飽きさせない。
大唐の様子は本書を読んでいただくことにして、復路に話を進めたい。復路はそれぞれの船が困難をきわめ、四船のうち一船はどうなったか消息不明である。 大使・多治比広成の第一船は種子島に着いている。中臣名代の第二船はいったん南海に漂着したが、一行は洛陽に戻り、再度出航・帰国することができた。『天平の甍』には次のように書かれている。「ちょうどこの名代らが洛陽を去る直前に、こんどは判官平群広成の第三船の消息が広州都督によって報ぜられた。広成らは遠く林邑国に流され、その大部分は土人に殺され、生存者はわずか広成ら四人であるということであった。玄宗はすぐ安南都督に生存者を救うことを命じた」
『遣唐使のものがたり』の後半は広成・紀文足たち四人が苦心のすえ日本に帰るまでを追いかけている。この船は難破して崑崙に漂着し、百余名のうち四人が生き残った。安南都護府を経て唐に戻り、渤海から日本へと帰還することになる。

崑崙王   名月はたひらかに照る大国のちからの傘も透明にして
安倍仲麻呂 帰るため来るのだ 吾は帰すためゐるのだ唐の絹に馴染んで

みんな去つていくのだ 地の上海のうへ探してもさがしてもゐないのだ
これがその物語である後の世のわが言を継ぐ者へ置くべし

作者の直接的な自己表現ではなく、物語の登場人物を通して歌が表現される。役割、キャラクターの詩であり、劇詩ともいえる。物語はポリフォニックであり、他視点的に構成されているから、単調にはならず、中にはユーモアや批評性を感じさせる歌もある。現代の視点から詠まれている歌も混ぜられている。短歌表現の可能性を広げる試みだと思った。
(付録)の部分。阿倍中麻呂が日本に帰るというので王維が詠んだ送別の漢詩は有名である。その一節「魚眼射波紅」の二次創作として、紀野は次のように詠んでいる。

(魚の眼になみだ)私は中心にゐるのだ世界見渡せるのだ
波を射てみつめつづけて紅となりて眼はなほ東看る

2022年5月7日土曜日

発信と着信

「短歌ヴァーサス」10号(2006年12月)のコラム・ヴァーサスで私は次のように書いた。「川柳はこれまで短詩型文学の中でも微弱な電波しか発信してこなかった。よほど感度の高いアンテナを出していなければ、川柳作品をカバーすることは困難であった。ところが、近年、川柳作品のテクストが句集の形として一般読書界にも目に触れる機会が多くなってきた」(「着信アリ」)
あれから15年あまり、現代川柳は発信を続け、ようやく読書界から注目されるようになってきた。私たちはずっとそこにいたのだが、現代川柳が存在することに気づく人びとが増えてきたのだ。発信しなければ受信も着信もない。ただ、発信の仕方は時代によって変化していくのだろう。句会・大会中心の川柳も捨てがたいが、それとは別の多様な表現ツールが生まれている。

さまざまな表現者が発信を続けていて、そのすべてを受信することはできないが、このコーナーで今まで取り上げてきた書物や雑誌について、その後の展開について補足的に触れておきたい。
堀田季何の『人類の午後』は邑書林から出版されているが、「里」198号(3月号)で島田牙城が堀田に受賞インタビューをしている。芸術選奨文部科学大臣新人賞は他ジャンルもまじえての賞で、俳人で受賞するのは四人目だという。受賞の感想を堀田はこんなふうに述べている。
「俳句限定でない賞だというのは大きいです。評論以外の文学全般、概ね五十歳以下の作家の全作品が対象ですから、様々な小説や歌集や詩集と競った上で頂けたわけです。私は、専門俳人や俳句愛好者などでなく、一般の文学全般が好きな人たちを含めた範囲を読者として想定していますので、今回の受賞は嬉しかったです」
また、ロシアのウクライナ侵攻などの問題が噴出している中での受賞について、「『人類の午後』は、そういった人類の性、そして人間が棲む世界の現実を、日常の時も非日常の時も、様々な視点と技術で描いています」と語っている。今後の活動としては英語句集や歌集を考えていて、活動の範囲も海外に広げたいという。

さらに「里」199号(4月号)では上田信治の『成分表』を特集している。高橋睦郎、大塚凱、瀬戸正洋、雨宮慶子が寄稿しているが、高橋睦郎の手書き原稿がそのまま印刷・掲載されているのに驚かされる。「成分表」は163回を数え、今後も続いてゆくのが楽しみだ。

『成分表』に続いて素粒社から出版された小津夜景『なしのたわむれ』についてはすでに取りあげたが、「スケザネ図書館」で小津夜景と須藤岳史の対談が4月30日に公開され、両人の話を聞くことができた。YouTubeで見ることができるので便利だ。連句の話も出るかと思っていたが、連句については別テイクで公開されるようだから、そちらを待つことにする。

川柳誌については、まず「川柳木馬」172号。巻頭の招待作家は樋口由紀子。

自転車で轢くにはちょうどいい椿  樋口由紀子
今家に卵は何個あるでしょう

会員作品も紹介しておく。鑑賞を江口ちかるが書いている。大野美恵は第46回高知県短詩型文学賞・佳作を受賞。

反論も罪のひとつと竈馬       畑山弘
雨は本降り愛しいものは変化する   岡林裕子
よければ聞いてくれ ため息だけでも 高橋由美
オリエント急行からの空手形     田久保亜蘭
シナリオにないが今日から影になる  立花末美
フェイントをかけて振り向く世界像  小野善江
これにてと虎口で消える案内人    内田万貴
髭を剃る辺境論に飽いたので     古谷恭一
暮れるまで潜っていたい花図鑑    萩原良子
うつむいただけでYESになっていた  山下和代
卵管をひらく一瞬にして罰      大野美恵
書を捨ててまた三日月を呑み込むか  清水かおり

「What’s」2号(編集発行・広瀬ちえみ)、招待作家・なかはられいこ。

明け方の夢が外気に触れるまで    なかはられいこ
だれか思ってだれかになった猫といる

「里」の叶裕が論作に存在感を示す。佐藤みさ子と柳本々々の往復書簡も掲載されている。

安吾忌に吹くでたらめなハーモニカ  叶裕
肺魚のように眠る木漏れ日がまう   妹尾凛
さあせんそうよけんぽう9じょうよ  佐藤みさ子
待ち受け画面にときどきでるおばけ  加藤久子
帰ったらまずうんざりを片付けて   広瀬ちえみ

2022年4月30日土曜日

川柳誌あれこれ

暮田真名句集『ふりょの星』(左右社)、4月28日発売になり、大阪では梅田蔦屋書店でサイン本が平積みされている。フェア「はじめての詩歌」もはじまっていて、川柳人からは暮田のほか、なかはられいこも参加している。『ふりょの星』については反響を見てから、改めて触れる機会があると思う。
今回は川柳誌を中心に管見に入った冊子を取りあげることにする。
「湖」は浅利猪一郎の編集発行で秋田県仙北市から出ているが、4月発行の14号には第14回「ふるさと川柳」(誌上句会)の結果が掲載されている。課題は「無」。全国から533名、1310句の投句があった。12人の選者により、入選1点、佳作2点、秀句3点を配点し、合計点で順位を決定する。上位5句を挙げておく。

9点 無になれば跳び越せそうな鉤括弧  梶田隆男
8点 どうしても無職と書かすアンケート 二藤閑歩
7点 埴輪から一度聴きたい無駄話    加納起代子
7点   不愛想な大工多弁な鉋屑      植田のりとし
7点  僕は無名何を焦っていたのだろ   石澤はる子

どの選者がどの句を選んでいるかが興味のあるところで、佳作・秀句で点数をかせぐ句もあれば、まんべんなく入選をとって高得点になる場合もある。ここでは丸山進選と小池正博選の秀句を見ておこう。

秀句(丸山進選)
友がきも兎小鮒も居ぬ故郷   近藤圭介
無愛想な大工多弁な鉋屑    植田のりとし
埴輪から一度聴きたい無駄話  加納起代子

秀句(小池正博選)
埴輪から一度聴きたい無駄話  加納起代子
点景になって舞台の袖に立つ  越智学哲
無作為の美だろう釉薬の流れ  藤子あられ

選者によって取る句が重なったり違ったりするのが共選のおもしろさである。句会は「題」という共通の土俵のなかで競い合うもので、否定論者もいるが川柳の特質のひとつだ。

2005年、丸山進を講師に迎えて発足した「おもしろ川柳会」が17年・200回を数え、記念誌『おもしろ川柳200回記念合同句集』が発行された。「200回分のドラマ」で青砥和子はこんなふうに書いている。「川柳は、人間の喜怒哀楽や森羅万象を自由に詠めるのですから、恐れず、自分の思いを五七五の十七音にしたためてみることです。ただここで気を付けることがあります。それは、人目を気にして、句が美談やスローガンになってしまうこと」

黙食はずっとしている倦怠期    浅見和彦
落ちていた一円硬貨あざだらけ   佐藤克己
焼き鳥の煙魔界に入ります     中川喜代子
なぜ戦うこんなきれいな星なのに  金原朱美子
今ならば竜馬は月へ行ったはず   真理猫子
グーを出す引き下がらないように出す 青砥和子
性格はアルカリ性の友ばかり    丸山進

巻末に丸山進の「思い出の川柳」という文章が収録されている。
「1996・8月 仕事は現役のシステム屋で、全国あちこちの顧客へ出張が多かった。新幹線の中、週刊誌(文春)をよく読んだ。川柳コーナーがあり、初めて入選したのが時実新子選の『いい人は悲劇の種を抱いている』だった。これで病みつきとなり、投稿を続け何度か入選した」
定年退職後、公民館や体育館で夜勤の業務を行うようになり、公民館の職員から川柳講座を依頼される。2005年5月、川柳講座「おもしろ川柳」のスタート。
川柳への入り口と川柳人のひとつの軌跡を示しているので、丸山進の場合を紹介してみた。

もう一誌、丸山進が関わっているのがフェニックス川柳会(瀬戸)。この4月で10年の節目を迎えるという。「川柳フェニックス」17号から。

コロナがハブでワクチンがマングース  北原おさ虫
輪廻待つ列にうっかり並んだの     長岡みゆき
透明になってやりたいことはない    稲垣康江
うっかりと三角なのに丸くなり     三好光明
梨・葡萄元のサイズに戻りたい     安藤なみ
獣だけ欲しがる土地は持っている    高橋ひろこ
月光を飲んで治した夢遊病       丸山進

数年前の句集だが、最近読む機会があった青田煙眉(青田川柳)の『牛のマンドリン』(2018年、あざみエージェント)から。

蟻一匹 美しい本だった 上った  青田川柳
蝶蝶の春 空気の布団が濡れる
馬が算盤をはじいて戦後の荷を下す
コーヒーの中で少女の時計が射たれた
一つの寝袋に黙って森が入ってます
牛のマンドリンを聞く騎兵―秋の胃
橋がかり少年螢になったまま
目が咲いた一生かけて咲きました

山村祐は「牛のマンドリン」の句をシュールレアリスムの現代川柳として評価した。
川柳新書「青田煙眉集」(1958年11月)で彼は「新しい実験を試みること、川柳を通して現代の危機を描くこと、この二つは私自身にとっても創作上大切なことなのです」と書いている。
根岸川柳は「連唱」という形式を発案し、青田はそれを普及させようとした。連唱は連句とは異なり、約束ごとにとらわれず、発句から挙句までほのかな連鎖をもって自由に展開したものだという。句数は決まっていないようである。次に挙げるのは青田煙眉作品で、「川柳新書」掲載の連唱「時計の裏」、19句のうち最初の6句である。

洗面器濡れない雲を摑まえる
 鼻の奥から古いフイルム
生生流転、犬好きの犬だった
 胎児を嗅げば金網がある
東条の掛算に両手でイコール
 棒の孤独は―影が冬です

2022年4月22日金曜日

「幻想の短歌」―「文學界」5月号

今月の短詩型界隈で最も話題になったのは、たぶん「文學界」5月号の特集「幻想の短歌」だろう。巻頭表現、我妻俊樹の「小鳥が読む文章」10首が掲載されている。

セロファンの春画の朝凪にのまれていなくなろうとしてたのかしら 我妻俊樹

堂園昌彦による幻想短歌アンソロジー80首、10人による短歌7首、批評やエッセイ、座談会など盛沢山な内容だが、大森静佳・川野芽生・平岡直子の座談会「幻想はあらがう」に注目した。この三人は『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房)の「栞」に文章を書いている。葛原妙子は「幻視の歌人」と呼ばれているが、川野が「幻視者の瞼」という捉え方をしているのに対して、平岡が見慣れた景色(言葉)を見慣れない景色(言葉)に再構成することが葛原の「写生」であり、「幻視、といわれたら半分悔しいと思う」と書いていたのが気になっていた。今回の対談では文脈は異なるが、「この三人の中で、いちばん『幻想的』と言われるのは私だと思うんですけど、意外と私、幻想的ではないんですね」と川野が言っているのがおもしろかった。現実よりファンタジー・異界の方がリアルだというのが川野のスタンスだとすれば、現実に対する批評性もそこから生れてくるだろう。一方で、リアルな世界に対して独自な見方をすることで結果的に幻想につながっていく(読者にとって)のが平岡の短歌なのかなと思った。
平岡の紹介に初の川柳句集『Ladies and』(左右社)が5月下旬に刊行予定とある。また特集では暮田真名が我妻俊樹の短歌について書いている。暮田の句集『ふりょの星』も近日発行されることになっている。

前回紹介した『なしのたわむれ』だが、須藤岳史がヴィオラ・ダ・ガンバについて語っているところが興味深かったので書き留めておく。この楽器は18世紀の後半に姿を消してしまったのだが、20世紀になってから再発見された。忘れ去られたのはこの楽器が王や貴族に愛されていたので、フランス革命のときにアンシャン・レジームの象徴とみなされたことと、音楽の場が宮殿や貴族の邸宅からコンサートホールに移ったため、楽器が広い会場でもよく聞こえるものに改造されていったからだという。変化を続ける社会への対応を拒んで消えて行った楽器を、須藤は「敗者」ではなく「無冠の王のような楽器」と書いている。あとコロナ禍で演奏会がキャンセルになる状況について、演奏会がなくても音楽家は練習をするが、やはり本番がないと下手になるというところ。また、良い音は文脈のなかで決定されるというところ。文芸においてもいろいろな意味で関係性が重要な契機になるのだろう。

「川柳スパイラル」14号の特集「今井鴨平と現川連の時代」で「川柳現代」の11号・14号が手元にないと書いたところ、野沢省悟に送っていただいたので、両号に掲載されている作品を紹介しておく。牛尾絋二の柳俳誌時評にも注目した。

石と寝て石の奇蹟を五色に睡むる     横山三星子
銀の壺奴隷の卑屈さを耐える       定金冬二
〈私〉を綴じ込んで脹らんでゆくカルテ  柴崎柴舟
生きてきて 生きていて 屈辱の膝がしら 時実新子
波が空缶を洗いバカンスに嘔吐する    中島正行
防人歌虫の滅びて地の憂ひ        篠崎堅太郎

岡山の詩誌「ネビューラ」の代表・壺阪輝代はセレクション柳人『石部明集』(邑書林)で石部明論を書いている。同誌80号「ふるさとの在り処」で壺阪は石部の次の句に触れている。

空瓶の転がりゆくはわが故郷   石部明

この句について「石部明論」では次のように書かれていた。
「年を経るごとに、詰まっていたものが減っていき、ついに空っぽになっていくという現実。その虚しさに気づいた時、故郷が靄の中から浮かび上がってくる。そこへ向かって転がっていく空瓶は、作者自身に他ならない。この故郷は、生まれ育った故郷というよりも、生まれる前に棲んでいた故郷のように私には思える」
これに付け加えて壺阪は今号の「ネビューラ」で「この句に出会った時、私は自分の内面を見透かされているような衝撃を覚えた。『作者自身』の箇所を『私自身』に置きかえれば、この感想は、私自身に向かって言っている言葉なのだ」と言う。
壺阪が『石部明集』で取り上げていた他の句も紹介しておこう。

傘濡れて家霊のごとく畳まれる   石部明
折鶴のほどかれてゆく深夜かな
手を入れて水の形を整える
死顔の布をめくればまた吹雪

石部明について繰り返し語ることが必要だ。