2020年7月10日金曜日

井上信子と女性川柳(新興川柳ノートⅡ)

瀬戸夏子が柏書房のwebマガジンに連載している「そしてあなたたちはいなくなった」からは多くの刺激を受けているが、特に「女人短歌」の創刊をめぐって、北見志保子と川上小夜子について書かれた文章は興味深かった。

「彼女たちはなんども試みた。当然のようにそれは厳しい戦いだった。彼女たちの最後の賭けが『女人短歌』だった」

こういう文章が瀬戸の魅力だが、ひるがえって川柳における女性作家、女流川柳はどうだったかと考えたときに、まず思い浮かぶのは井上信子の存在である。
信子は井上剣花坊の妻であり、剣花坊の没後「川柳人」を復活させ、鶴彬を庇護したことでも知られている。

国境を知らぬ草の実こぼれ合い  井上信子

この句は信子の代表作であり、昭和に詠まれた名吟のひとつである。
さて、新興川柳運動の渦中に組織された女性作家集団に「川柳女性の会」がある。
「川柳人」昭和5年1月号に掲載された「川柳女性の会」のメンバーは15名であるが、翌年2名を加えて17名となる。そのうち人物と作品が比較的分かっている7名について紹介しておく。

市来てる子
井上信子
井上鶴子
吉田茂子
近藤十四子
三笠しず子
片岡ひろ子

市来てる子は消費組合運動の活動家で、階級意識をもったプロレタリア川柳家。

どつと出た赤い血だ犬にぶつかけろ  市来てる子
阿片だよ社会政策に眩まされるな

井上信子の作品は後回しに。井上鶴子は剣花坊と信子の次女。結婚後は大石鶴子の名で知られている。

さつくりとほうれん草の青い音   井上鶴子(大石鶴子)
ギュッと捻る水道栓の決断
閑寂の庭に小鳥の尾のリズム
絶対の否定空いっぱいに立つ
巣立たんとして大空の持つ魅力

吉田茂子は山口県萩の生まれで、井上剣花坊とは同郷。柳尊寺句会に出席したのがきっかけで、川柳をはじめる。浄土真宗の信者で、のちに「川柳人」から遠のく。

持てるもの皆奪はれて冬木立   吉田茂子
淋しさを抱いて取り残されてゐる
ぢつと見る目路に仏陀の笑みがある
ゆれ動く秤の上に立つこころ
抱き合つた刹那仮面をぬいでゐる

近藤十四子(こんどう・としこ)は最年少の川柳少女で、号から推定されるように、参加当時は十四歳だったようだ。ただ、二、三年後には「川柳人」への投句を止めてしまったのが残念だ。『「死への準備」日記』で有名な千葉敦子は近藤十四子の娘である。

底の無い悩みを神に責めたてゝ   近藤十四子
知ることの寂しさ今日も本を読み
水水とひでりにあえぐ草の声
あえぎつゝたどり着けば断崖
稲妻となつて雲間を突つぱしる

三笠しず子は「大正川柳」「川柳人」「氷原」「影像」などに作品を発表し、井上信子とともに新興川柳の女性作家の双璧である。

軟らかに抱いた兎の息づかい   三笠しず子
これ以上人形らしくなり切れず
ひそやかに触れてはならぬものに触れ
いろいろな女の息を吸ふ鏡
ぐるりと変な猫の眼男の眼

片岡ひろ子は岡山県津山市の生まれ。津山における近代川柳史に名を残し、「岡山の明星」と言われた。

添乳する女房は腮で返事をし  片岡ひろ子
霜天に満ちて蠣船火を落とし
蜂の巣のやうな心の日が続き
オレンジの木立へ帰る夕鴉
いつそもう蛇の心になつてやれ

次に、「女人芸術」の川柳欄について、まとめておこう。
長谷川時雨の「女人芸術」は昭和3年(1928)から昭和7年(1932)まで全48冊を発行。女性を中心とした文芸誌として社会的役割を果たした。昭和5年7月号から井上信子の作品が川柳欄に掲載され、昭和6年7月号からは「新興川柳壇」が登場、選者は井上信子。誌面では二、三ページだったようだが、翌7年6月の「女人芸術」終刊まで丸一年続いた。
私は雑誌のバックナンバーを見ていないので、日本プロレタリア文学全集40『プロレタリア短歌・俳句・川柳』(新日本出版社)から掲載句を抜き出しておく。
まず、井上信子の作品から。

明快な渦で世相は新まり    1930年7月号
飢えた眼の底に賢さ燃え上り
青空へ枝が伸びゆく生(せい)の首
官服の案山子となって餌を貰い 1931年7月号
暴圧へむく感情の弾道

信子には芸術派とプロレタリア派の両要素があるが、ここではプロレタリア文学の傾向が前面に出ている。
次は信子の娘の井上鶴子の作品。

横列も縦列も一つ心臓       1931年6月
それぞれの着物にデモのありったけ
青空と地獄を結ぶ煙突

あとは任意に抜き出しておく。

口紅を拭いて明日へ立ち上り     小池梅子  1931年7月
そちこちに踏まれた草が伸びている  小出弘子  1931年7月
真裸で働けば涼しいとは何んだ    小出弘子  1931年7月
ブラ下がる児をサイレンにもぎとられ 岡本光恵  1931年7月
暴圧の中にひそひそ咲いた恋     岡本光恵  1931年7月
黙々と恥心を包む握り飯       日浦澄子  1931年8月
軽々と五尺の玩具弄び        近藤十四子 1931年10月
血みどろの手がアジビラを撒いてゆく 近藤十四子 1931年10月
公然の秘密人間屠殺業        近藤十四子 1931年11月
断末の双手が太陽をヒン摑んだ    新谷輝子  1932年3月
メーデーへつばめも気勢上げて飛び  伊藤好子  1932年5月
横列縦列ガッチリとして隙もなし   銭村葉子  1932年6月
女工の眼父のたよりへうずく胸    疋田栄   1932年6月
凱旋の兵士ヒッソリカンといる    疋田栄   1932年6月

近藤十四子は「女人芸術」にも投句していたようだ。十四子は非合法の労働運動に携わり、検挙されて拷問を受けたこともあるという。彼女以外はほとんど無名の作者である。
最後に井上信子の文章と川柳作品を紹介しておく。

「永い間、殆んど男子の手に握られて居た柳壇に、女性と云へば暁天の星よりも、なほ微々たるものであった。それが近頃、新興川柳の本質を理解し、これこそ時代の詩であることに企望を抱いて、女性の作家が、私達の毎月催す女性の會へ一回毎に数を増すやうになったことは心から嬉しい。たとひ微々たるまどひにせよ、この繊細な足には弾力が秘められて居る。堅実な一歩一歩は、お互ひに呼び交はされて進むであらう。私達の努力が報ひられて、やがて次ぎの時代の川柳詩人の間に多数の女性を見出すことの出来るのを、こひねがってゐる」(「新入の女性作家を得て」、「川柳人」217号、昭和5年11月)

一ぱいの力で咲けばすぐ剪られ   井上信子
よく光るさても冷めたい長廊下
踏まれても地下へはびこるあざみの根
一人去り 二人去り 佛と二人 (剣花坊追悼吟)
民権のレッテルの代りにヱプロンをかけさせ
燃えながら冷えながら冬を灯して明日を待つ
貞操のむくひは同じ墓の中
詩に痩せぬ友の集り風は初夏
悪政をもみくちやにして詩が生れ
国境を知らぬ草の実こぼれ合い

女性川柳人の活躍する現在とくらべると今昔の感があるが、現在の隆盛は井上信子たちが先駆的に切り開いた道だ。女性連句については別所真紀子の仕事があるけれど、女性川柳についてはまだ研究の余地がありそうだ。

参考文献
谷口絹枝『蒼空の人・井上信子‐近代女性川柳家の誕生』(葉文館出版)
平宗星『繚乱女性川柳』(緑書房)
日本プロレタリア文学全集40『プロレタリア短歌・俳句・川柳』(新日本出版社)
坂本幸四郎『新興川柳運動の光芒』(朝日イブニングニュース社)
一叩人編『新興川柳選集』(たいまつ社)

2020年7月3日金曜日

曲線立歩句集『目ん玉』(新興川柳ノートⅠ)

コロナで何もできず、先へ進めないので、過去の川柳遺産を振り返ることが多くなってしまう。書架を整理していると、曲線立歩の句集『目ん玉』(2003年)が出てきた。曲線立歩(きょくせん・りっぽ、1910年~2003年)は新興川柳期に川柳をはじめ、長い柳歴をもっている。今日はこの川柳人を紹介したい。

曲線立歩は本名・前田忠次。明治43年、北海道の斜里町に生れる。大正14年、小樽新聞の川柳欄に投句、翌15年に川柳氷原社に参加した。このころ小樽には田中五呂八がいて新興川柳運動のメッカであった。小樽新聞の選者は五呂八。立歩が投句をはじめたのは14歳のときだった。「氷原」に投句するようになってから句会にも出席し、五呂八に可愛がられたようだ。
田中五呂八の『新興川柳論』に次のような一節がある。
「人間が、ただ単に喜怒哀楽のままに動いている間はまだ、自然の配下にある受動的な通俗生活に過ぎないのである。そうした受動的な他律生活から一歩踏み出して、能動的に人生を統一し、自然を理想化するのには、どうしても吾々は、自律的な思想を持たねばならないのである。そこに、思想の深さは自己の深さとなり、思想ににじみ出した感情の深さが詩の深さであり、それがやがて自然の深さであり宇宙の深さでもある。自然も人生も畢竟芸術家にとっては、自己の深さのままに改造し得る相対的な自己創造の対象に過ぎないのである。
私達新興川柳家は、この信条の上に個々の思想を深化する事によって、最も近代的な日本の自由短詩を創造しなくてはならない」(「新興川柳への序曲」大正14年4月)
曲線立歩はこのような五呂八の川柳観に大きな影響を受けたことだろう。新興短歌、新興俳句に先駆けて起こった新興川柳運動の真っただ中から、曲線立歩の川柳は始まったということになる。
句集『目ん玉』の「鋭光」の章には昭和3年~昭和12年の句が収録されている。これがほぼ新興川柳期の作品だろう。

十字架を のぼる泥人形の 笛の音  
変らない眼だうっかりと乗せられる
車輪また車輪を追うてゆくばかり
人間でない気で休む午前二時
響かんとすれど地盤のたよりなく
境遇の水平線に生きている
幻想を衝いて摑めば無光星
北ばかり指して磁石の死に切れず
弓絃を切る人冬のあわてよう
天才の猫老いたれど夜を歩く

小樽文学館には一度行ったことがあるが、伊藤整などとともに田中五呂八の展示があって、文学都市という印象を受けた。大正末年から昭和初年にかけては新興川柳運動の大きなうねりがあって、小樽はその発信地だった。曲線立歩にとっては時代の青春と個人の青春が一致したことは幸運だった。
句集の二つ目の章は「花の首」(昭和13年~昭和50年)である。

雪また雪 神話が嘘になっている
滝壷の飛沫モーゼは恋をした
乳房喰い破って青い蝶の羽化
洪水の石の男女が流れている
火を吐くまで海の深部の侵略
一族の吹雪のなかの ぬくい母系
花の首死の直前をせめぎあう

彼が曲線立歩の号を用いたのは昭和5年からである。「氷原」では星寂子という雅号だったようだ。「氷原」は昭和12年で終刊になったから、上掲の作品は「氷原」以降の句ということになる。立歩は昭和23年に東京川柳人の同人になっているから、「川柳人」に発表した句なのかもしれない。
句集の三番目の章は「垂天」(昭和25年~平成6年)。

草笛吹く 片眼の顔を 忘れて吹く
大麦の粒 がくぜんと 一つあり
洞窟を拡大する海が地上で 痺れるまで
不快指数の 穴から民族が氾濫する
濃縮ジュース 吐く炎天に灼けた 蟻の仮眠

一字あけを多用する表記から見ると、戦後の現代川柳の時代に書かれた作品のようだ。
次は「自筆の墓碑」(昭和47年~平成8年)。

鯨骨の杖に叩かれ舌たらず
滝壷の飛沫は夢の傀儡師
ふところで歩く失明のピラミッド
神の手のながさで足の爪を剪る
地球が重なろうとする敵である
天才の獏が童話を聞いていた
連綿の血を吸う虫の一匹たり

最後に「青炎抄」(平成8年~平成13年)から。

五呂八の 風は微妙な哲学者
遺伝子の首の枯木が水を呼ぶ
全道の少年少女一人ずつ
海底の巻貝しだいに血を浴びる
飛沫の芯を歩いている

晩年、田中五呂八を思うことがあったのだろう。「人間を摑めば風が手に残り」は五呂八の代表句である。
曲線立歩は「点鐘」にも投句していたし、句集『目ん玉』は墨作二郎を通じて手に入れることができた。北海道における新興川柳の作家が平成まで現役で活躍していたことを改めて思う。句碑が空知野に建立されているという。

噫々尊し 自然の土に霊祈る

2020年6月26日金曜日

真夏の夜の匂いがする

しばらく更新できなかったので、この間のことを日記風にまとめておく。

5月×日
広瀬ちえみ句集『雨曜日』(文学の森)が届く。
句集を出すという話は聞いていたので、楽しみにしていた。
今年はこれまで長いあいだ川柳と向き合ってきた川柳人が成果をまとめる年なのかも知れない。樋口由紀子『金曜日の川柳』、そして広瀬ちえみ『雨曜日』。
あとがきで広瀬は、「かつて『広瀬ちえみ』を評する言葉をたくさんいただきました」と書いている。
 ニヒリスト
 ナルシスト
 迷路の少女
 沼のちえみ
 穴のちえみ
いろいろ言われているんだな。
「ちえみ個人をニヒリストというのではない。何か自分のこころを動かすことがあれば、いつも、その虚無が首をもたげる、いわば人間全体の抱えている解決不能の問題」「いわばニヒリズムをスプリングボードとしての現実肯定であり生の肯定」(石田柊馬「百万円のおとしだま」、「川柳木馬」76号)
「手ごわい日常の一つ一つこそ歓迎すべきである。それは迷路のちえみの日用品となり玩具となる」(大沼正明「迷路の愉悦」、セレクション柳人『広瀬ちえみ集』解説)
「もうひとり落ちてくるまで穴はたいくつ」(広瀬ちえみ)
『雨曜日』第一章のタイトルは「もう一度沼で逢いましょう」になっている。
過去の評価はさておいて、この句集は読んでいて川柳のおもしろさを堪能させてくれる。きちんと川柳に向き合ってきた人のすることはすごいなと思う。

 遅刻するみんな毛虫になっていた   広瀬ちえみ
 梅雨に入るからだが沼の匂いして
 逢うために右と左に別れましょう
 夜行性だから夜行性に会う
 咲くときはすこしチクッとしますから
 春の野の自分はお持ち帰りください
 うっかりと生まれてしまう雨曜日

6月×日
「船団」125号。終刊号だが、「散在」という言い方をしている。
特集は「俳句はどのような詩か」。
芳賀博子の連載「今日の川柳」もちょうど50回で終了。 「魔法の言葉」というタイトルで、これまでの取材のことや、「川柳塔」の電子化事業のこと、十年前の『超新撰21』に清水かおり作品が収録されたことと堺谷真人の解説などについて書いている。
 迷ったら海の匂いのする方へ  芳賀博子
会員作品から三句だけ。
 そろそろ蝿も簡単に死んでいく   らふあざみ
 月の夜や駱駝毛布のふっと哀愁   若森京子
 白菜は立派それほどでもないぼくら 小西昭夫
「船団」会員では、おおさわほてる『気配』(創風社出版)もいただいている。俳句とエッセー。
 人間のすることなんて青葉木菟   おおさわほてる
 あっ僕はあやまらないぞあおばずく
 カタツムリ合わせる顔がないんです
 春の月千年ぶりに吼えてみる
 蝉がついたままです鼻の下
あと、「猫町」1号(発行人・三宅やよい)が届いた。「散在」のひとつのかたちだろう。
 春かすみ猫はきちんと溶けてゆく 赤石忍
 蝶々蝶々容疑者に肉親      近江文代
 ラッパーが金子兜太の弓放つ   ねじめ正一
楽団のひとりが消える百千鳥   三宅やよい

6月×日
ネットプリント「ウマとヒマワリ9」。
平岡直子の川柳連作「水中ソーシャルディスタンス」20句と我妻俊樹の掌編小説「蚊柱」。
これはオフレコなんだけど、5月5日に予定していてコロナ禍で中止になったイベント「現代川柳のこれから・川柳スパイラル創刊3周年記念大会」では平岡さんに句会の選者をお願いしていた。ネットプリントのかたちで彼女の川柳が読めるのは嬉しい。

 鳥かごを大々的に留守にする    平岡直子
 耳のなか暗いねこれはお祝いね

「鳥かご」の句は川柳ではよく見かけるが、「大々的に留守」が新鮮である。「耳のなか」は20句のなかで一番好きな句。
我妻俊樹とは一度しか会ったことはなくて、2018年5月に瀬戸夏子と対談してもらった。そのときのことは「川柳スパイラル」3号に柳本々々が書いている。
あれからもう2年経つのかと思うと夢のようだ。

6月×日
柏書房のwebマガジンで瀬戸夏子の「そしてあなたたちはいなくなった」を読む。
「女人短歌」の創刊をめぐって、北見志保子と川上小夜子について。
北見志保子はともかく川上小夜子については短歌大事典でも開かなければ載っていないので、知らないことが多かった。

「彼女たちはなんども試みた。当然のようにそれは厳しい戦いだった。
彼女たちの最後の賭けが『女人短歌』だった」

 短日の陽のうつろひに散りこぼす光よ風よ冬青き樫   川上小夜子『光る樹木』

瀬戸のこの連載も佳境に入ってきた。

6月×日
「かばん」6月号が届く。
私が「かばん関西」と交流があったのは2004年~2005年ごろ。手元にある243号(2004年6月号)の特集は「かばん」20周年で20年のあゆみが表になっている。もうひとつの特集は「かばんの新しい風」で、イソカツミ『カツミズリズム』、伴風花『イチゴフェア』などが取り上げられている。
現在に戻ると、2020年6月号は通巻435になるらしい。特集「短歌とBL」。
もんちほしの表紙絵にインパクトがある。表紙のことばとして寺山修司の次の歌が挙げられている。

 はこべらはいまだに母を避けながらわが合掌の暗闇に咲く  寺山修司

特集チーフの高村七子によると、短歌は「私」の文学だが、BL短歌の多くは「彼」の文学だという。朝吹真理子と小佐野彈の対談、桝野浩一の「BL短歌と私」、松野志保の短歌など、充実した誌面になっている。

 トーキョーは雨だと知っているけれど君がどうしてるかは知らない(芳野悧子)
 月曜はしょげてる蜘蛛が来てくれる(佐藤智子)

6月×日
鈴木千惠子著『杞憂に終わる連句入門』(文学通信)が届く。
鈴木は日本連句協会の理事で、連句結社「猫蓑会」の主要メンバー。著者は連句の式目に精通している。
Ⅰ連句に関する覚書、Ⅱ連句作品、Ⅲエッセイ、の三部から構成されている。
「さて、おそらく世の中には他にも、過ぎてみれば杞憂であったということは転がっている。連句の実作もその一つではないだろうか」ということだが、鈴木には次のような付句もある。

 わかってるでもうれしいな君の嘘 倉本路子
  杞憂に終はる佳人薄命    鈴木千惠子

Ⅰのうち「与奪とは何か」が私には勉強になった。
Ⅱのうち「連句に挑戦」の部分には歌仙を巻くプロセスが順を追って説明されている。
連句の初心者から経験者まで楽しめる本になっている。

2020年5月9日土曜日

森山文切川柳句集『せつえい』のことなど

4月×日
ダニエル・デフォーの『ペスト』を読む。
1665年、ロンドン、ペスト流行。死者約7万人だったという。
デフォーは統計的な数字を克明に記述している。
記録文学だと思っていたら、ペスト流行時、デフォーは5歳だった。ルポではなくて小説なのだった。
ある意味でカミュの『ペスト』より凄いかもしれない。

5月×日
「川柳木馬」164号が届く。
「作家群像」は内田真理子。
 てのひらでなじませてからなしくずし  内田真理子
 物申す物申す そこな捩り花
 梟に耳はなかった紀元前
一句目は川柳性の強い句。二句目はこの作者お得意の花との取り合わせ。三句目は紀元前にまで遡る時間感覚。作家論はきゅういちと八上桐子が執筆している。
同人作品では大野美恵の次の作品に注目した。
 ストローの首折り曲げて吸う秘密 大野美恵
 羊羹に矯正危惧のある歯形
「蝶」234号も届いた。たむらちせい追悼(3)。
 戸の狂ひ叩いて開ける山桜    たむらちせい
 焼き畑の春の日取りをことづかる 
 申すまでもなくわが出自烏瓜
 さてと立ち上がり水母と別れたる

5月×日
森山文切川柳句集『せつえい』を読む。
森山とは二度会ったことがある。
一度目は2017年12月、「川柳スパイラル」東京句会(北とぴあ)。初対面だったが、句会の感想を同誌2号に書いてもらった。
二度目は2019年1月、「川柳スパイラル」大阪句会(スピンオフ)。このときは昼の句会がすんだあと、森山はWEB句会のメンバーと夜にもうひとつ句会をするというので別れた。翌日はさらに別の句会に彼は参加したようだ。
文学フリマで「川柳スパイラル」と「毎週web句会」の隣接配置で出店しようという話もあったが、森山が超多忙のため実現しなかった。
WEB上の森山の活躍はよく知られていて、芳賀博子が「船団」122号の「今日の川柳」で「古代ギリシャ柳人パチョピスコス」を書いている。パチョピスコスは森山のこと。芳賀の文章はこの時評(2019年9月13日)でも紹介したことがある。
森山は「僕は川柳の営業をやります」と言っていたが、このたび句集を上梓し作者としての全貌を現わした。『せつえい』(2020年3月29日発行、発行所・毎週web句会)。
【webでの発表句から】
花がない方が自然である花瓶
目を覆うための両手に成り下がる
喋ってはいるが会話はしていない
唇に星をかじった跡がある
【web以外(柳誌、新聞、ラジオなど)から】
混浴に少年がいた十二月
線よりも左は僕が動かせる
迷うなぁどっちのタマネギも軽い
かたたたきけんのうらがわナショナリティ

5月×日
藤原龍一郎歌集『202X』との関連でオーウェルの『1984年』を読むことに。
オーウェルはけっこう読んだつもりだったが、ほとんど忘れてしまっていた。
「自由とは人の嫌がることを言う権利である」というようなことを彼は書いていたような気がする(うろ覚えです)。
『1984年』には「自由とは二足す二が四になると言える自由だ」という言葉が出てくる。
ディストピア小説としてオルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』も読んでみたい。

5月5日
コロナ禍がなかったら「川柳スパイラル」創刊3周年記念大会を開催していたはずだが、今は自重するしかない。
川柳も連句も社交文芸の一面があるので、句会・大会のかたちで集まれないのは辛いものがある。オンライン句会なども試みられているようだが、ZoomとかSkypeとか使ったことのないものにはハードルが高い。
連句では6月の宮城県連句大会(仙台)や7月の連句フェスタ宗祇水(郡上八幡)も中止になった。10月の浪速の芭蕉祭は開催できるだろうか。

2020年5月1日金曜日

藤原龍一郎歌集『202X』

5月に入った。
行動変容を強いられ、体力維持のために散歩などしている。歩いてゆける距離に観音寺山遺跡(和泉市)がある。弥生時代後期の高地性集落で、小高い丘になっている。竪穴式住居跡の穴がいくつか残っているだけで、特に見るものはない。高地性集落はかつて「倭国大乱」と関係づけられ、戦乱に対応するため高地に作られたと言われたが、いまはあまり関係がないとされているようだ。
さて、前回は鳥のことを書いたので、今回は植物の話を少し。
植物についてはあまり得意ではなかったが、春の公園を歩いていると黄色い花々が目につく。今まで区別がつかなかったが、ノゲシ・オニタビラコ・サワオグルマなどの違いがだんだん分かるようになってきた。手元には『野草ハンドブック1春の花』があり、植物写真で有名な冨成忠夫の写真が掲載されているので役にたつ。ちなみに、かつて勤務していた職場で冨成忠夫の弟さんと同僚であって、この人からは歌舞伎のことをいろいろ教えてもらったことを思い出す。
あと、「コシャマイン記」で芥川賞をとった鶴田知也の本で『画文草木帖』『草木図誌』の二冊をときどき開いている。いくつか面白いと思ったことをメモしておく。
「春の七草」といえば「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」だが、私は「ごぎょう」と覚えているが「おぎょう」とも言い、牧野富太郎は「おぎょう」が正しいと言っているらしい。いずれにしても「おぎょう(ごぎょう)」の実体は「ははこぐさ」である。ハハコグサなんて食べられるのか?と思うが、甘粕幸子の『野草の料理』によると「ある時、雪の多い山村で、この天ぷらを食べたら、とてもおいしかったので驚いてしまいました。都市化し、土地もやせた環境では、ただのアクの強い草ですが、昔の気候条件の中では、おいしい草だったのかもしれません」ということだ。
「ほとけのざ」は「さんがいぐさ」の別称で、春の七草の「ほとけのざ」はこの草ではなく、「たびらこ」のことだという。しかもこの「たびらこ」は「こおにたびらこ」のことで、「おにたびらこ」とは別というから話がややこしい。
「はこべら」はハコベだが、なぜ「ら」が付いているのか分からない。
オオイヌノフグリはどこにでも生えている雑草だと思っていたが、明治時代に日本に入ってきた外来種だそうだ。鶴田の本には半世紀以上前に「ベロニカ」という草花の種子を注文したことが書いてある。これがオオイヌノフグリで、園芸品種として珍重された時代もあったのだ。明治20年春、牧野富太郎はお茶の水に植物採集にでかけたとき、まだ見たことのないコバルト色の花を見つけた。牧野は「ええのがあったぞ、こりゃええ」と土佐弁で叫んだという。発見記事が植物学雑誌に載った時代である。
最後に「どくだみ」について。前川文夫『日本人と植物』から。
「十文字になるはずの総苞片は、一枚だけが大きくて残りの三枚をかかえこんでいる。これをさらに押しひろげると、次の二枚が向きあって立ち、もう一つ、その中に残りの一枚だけが、花々の集まりをつつんでいる―いかにも一つ節から四枚がでているかのようなふりをしているのである」
どくだみは我家の裏庭にもいっぱい生えているから、花が咲いたら確かめてみようと思っている。

閑話休題。
現代と正面から対峙した歌集として、藤原龍一郎の『202X』(六花書房)を紹介しておきたい。
ベースにあるのはジョージ・オーウェルの『1984年』。
1947年に書かれたオーウェルの反ユートピア小説である。私は1984年当時、この小説が話題になったときに読んだ覚えがあるが、藤原の歌集の「あとがき」では次のように紹介されている。「ビッグ・ブラザーという全能の人工頭脳に支配された未来社会。すべての市民の言動は監視され、密告が奨励されて、言論も統制されている究極のディストピアである」
小説の最初の方を読み返しているが、テレスクリーンで体操をする場面など印象的だ。スクリーンを通じて体操をする姿も監視されているのだ。

夜は千の目をもち千の目に監視されて生き継ぐ昨日から今日 藤原龍一郎
明日あれば明日とはいえど密告者街に潜みて潜みて溢れ
さなきだに無敵モードは成立しパノプティコンは呪文にあらず
あの頃の未来としての今日明日や赤茄子腐れたる今日明日や
愛国をネットに書けばあらわれる病み蒼ざめた首なしの騎士

ミシェル・フーコーは『監獄の誕生』でパノプティコン(監視システム)について述べている。監獄だけの話ではなくて、権力によって監視される現代社会について、この言葉はよく用いられる。
藤原は『1984』に描かれたような監視社会を現代の日本に重ねあわせている。

赤紙の来る明日こそ身の誉れ敷島の ゆきゆきて、壇蜜
「オカルトとナチスが好きなゴスロリの愛国少女ですDM希望」
スマホ操る君の行為はすでにしてビッグ・ブラザーに監視されている

歌集には梶芽衣子の「女囚さそり」と「怨み節」など昭和史の記憶をたどる歌も収録されている。
『古事記』や『日本書紀』には「童謡」(わざうた)というものが出てくる。社会的事件を予言・諷刺する時事的な歌である。『202X』も一種の「わざうた」かと思ったが、時代の現実と対峙する作品が川柳ではなくて短歌から生れていることに何だか残念な感じがする。

亀の子のしっぽよ二千六百年   木村半半文銭

2020年4月10日金曜日

「MITASASA」14号のことなど

植物図鑑が売れているそうだ。
コロナで街に行けないから、公園を散歩していると名前を知らない野草が目につく。ちょっと調べてみようという気になるのだろう。この機会に博物学者になってみるのも一興である。
コロナ対応で自粛したが、4月4日に開催するはずだった大阪連句懇話会では「俳諧博物誌」と題して俳諧に詠まれる動植物について考えてみるつもりだった。鳥の話だけ少ししておくと、手元に『野鳥歳時記』(山谷春潮)という本がある。著者は水原秋桜子の門下。秋桜子は中西悟堂と交流があり、「馬酔木探鳥会」というのを行っていたから、秋桜子も鳥には詳しい。『野鳥歳時記』からおもしろいと思ったポイントをいくつか挙げておく。

1 鳥の囀りは全部「囀り」(春)の一語になるが、個々の鳥について見ると、鶯の囀りは春、駒鳥の囀りは夏である。頬白は従来の歳時記では秋だが、現在では春。「高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも」(島木赤彦)の影響か。留鳥でも囀りや鳴きを主眼とするものは春または夏。
2 留鳥・漂鳥・夏鳥・冬鳥・旅鳥の区別と季語の関係。たとえば山から里へ移動する鳥のどの時点をとらえて季語とするかという問題である。この著者は、留鳥・漂鳥で一定の季節に決定できないものは無季としている。
3 渡り鳥は秋の季語。渡りを考えると秋だが、平地に降りるときは冬になっている。旅鳥は秋と春の二度通過する。俳句ではどっちなのか。
4 同じ燕の仲間でも、燕・腰赤燕は春、岩燕は夏。雉子は留鳥で春。千鳥は普通は渡り鳥(冬)だが、小千鳥・白千鳥・イカルチドリは留鳥で「夏千鳥」となる。ややこしいことだが、ナチュラリストの目で俳諧を見直すことも必要だろう。

閑話休題。川柳の話に移ろう。
ネットプリント「MITASASA」14号は川柳号で、三田三郎・笹川諒・暮田真名の三人による川柳作品10句がそれぞれ掲載されている。三田と笹川は歌人だが、最近は川柳の実作も発表している。この三人の組み合わせは注目されるが、今回の暮田の参加は今年2月の『補遺』批評会を契機とするのかもしれない。
まだネプリが配信中なので、ここでは各1句だけ紹介する。

玉手箱の軍事利用が止まらない   三田三郎

「玉手箱」といえば「浦島太郎」である。乙姫さまからもらった玉手箱は開けることを禁じられたもの。ここではお伽話を軍事利用に転じている。開けないことが軍事利用になるのだろうが、開けてしまったらカタストロフになる。「端的に亀が悪いと思います」

金柑の中の王都を煮詰めよう     笹川諒

金柑はビタミンCが豊富だから、煮たものをヨーグルトなどに入れて食べたりする。「金柑を煮詰める」というのは日常の風景だが、そこに「王都」という言葉を入れると情景が一変する。金柑の中に別世界がある。その王都を破壊しようと言っているのではなくて、煮詰めて抽出しようとしているのだろう。現実に重なってもうひとつの世界が立ち上がってくる。

街はもうこども裁判所の様相に    暮田真名

「ごっこ遊び」というものがある。こどもが裁判長や検事になって、模擬裁判をする。ロールプレイをすることによってこどもが社会の仕組みを学んでゆく。しかし、ふと気づくと街中がこども裁判所になっていたのだ。風刺が前面に出ている。

笹川諒は「川柳スパイラル」8号のゲスト作品にも「トワイライト」10句を発表している。

世界痛がひどくて今日は休みます   笹川諒
意味上の主語と一夜を共にする

短歌フィールドの表現者が川柳形式で作品を書くというケースが増えてきた。
たとえば我妻俊樹はすでに川柳作品を多く発表しているが、noteに川柳連作「音楽は黙っていてくれる」(30句)を公開している。

マッチ箱の中でも蝶は飛んでいる   我妻俊樹
109から110に生え替わる

これらの作品は歌人が片手間に書いた川柳というようなものではなく、良質の川柳作品として通用するものとなっている。
「川柳スパイラル」8号から、もうひとり沢茱萸の作品を紹介する。

妄想の間に鹿をかわいがる      沢茱萸
紙媒体。ふたごの面倒よろしくね  

「間」には「あわい」とルビがふられている。沢は「かばん」の会員。この2年、川柳句会にも参加している。

川柳「湖」10号(浅利猪一郎川柳事務所)に第10回「ふるさと川柳」の結果が掲載されている。課題「風」。私のオシは「クモの巣に」の句。

もう少し風化してから逢いましょう 齋藤泰子 (最優秀句)
通帳にときどき風を入れてやる   赤石ゆう (優秀句一席)
真っ直ぐな風です 結婚しませんか 平井美智子(優秀句二席)
クモの巣にかかった風のやわらかさ 石田一郎 (優秀句三席)
新作の風のカタログです かしこ  柴田比呂志(優秀句三席)

「水脈」54号より。
マーラーはもう聴こえない水瓶座  一戸涼子
バッキューン酔いどれ天使のねらい撃ち 麒麟
なりゆきで必死にたまご抱いている 落合魯忠
行間のしめりを埋めていく桜    酒井麗水
明日までに標本箱へ帰ります    浪越靖政

俳句についても二誌紹介しておこう。
久保純夫の俳句個人誌「儒艮」31号。おもしろい句が並んでいる。

男黴女黴なる議事堂へ      久保純夫
南朝の途絶えしところ青芒
茹でられし蛸の定型噛んでおり
恙なく帚木として暮らしけり
いつまでのふたりで見たる蟻地獄
端居するところはいつも楕円かな
木耳の口の中から鳴いており
決めかねてすり寄ってくる李かな
はんざきを開いてみれば吾妹かな
わたくしは琥珀の色の麦茶です

「翔臨」97号から。

寝てすぐに三連水車雪漕ぐ夢   竹中宏
積雪に獣糞時は満ち足れり
山頂にだれかが遊んだ雪の洞
和魂舌のまはりの芹のくづ
啓蟄の二蛇踊り場でゆきちがふ
大工の子で外科医となつて花粉症
匍ひ出ては目貼り剥ぎとつたが一期

それぞれの表現者がそれぞれの形式で発信を続けている。

2020年3月27日金曜日

「井泉」と「杜人」

短歌誌「井泉」92号、巻頭の招待作品に飯島章友の川柳が掲載されている。「井泉」はこれまでにもときどき川柳作品を招待している。たとえば、昨年の87号の松永千秋。
今号の飯島の作品は「おぼろどうふ」と題した15句。

ひさかたのひかりがすべてお説教  飯島章友

「ひさかたの」は「ひかり」にかかる枕詞。「ひさかたのひかりのどけき春の日にしず心なく花の散るらん」(紀貫之)を踏まえているだろう。川柳ではふつう枕詞は使わないのに、このような書き方をしているのは、短歌誌に対する挨拶だろう。川柳史に即していえば、雑排のなかに小倉付があり、百人一首の上五を使ってパロディにしている。

春過ぎて  蚊帳が戻れば夜着が留守
あけぬれば 悪女に恋の俄かさめ

「散る花」にゆかずに「お説教」にズリ落とすのは川柳的テクニックである。

広義では臓器にあたる砂時計    飯島章友

砂時計は広義では臓器に相当するという。意味不明だが、では狭義では砂時計は砂時計なのだろうか。ある種の川柳には「ペアの思想」があり、右といえば左を、嫌いなといえば好きなというように、反対を考える習性がある。臓器と砂時計のイメージが重なってくるとも読める。

選びなさいギムナジウムか白昼夢  飯島章友

AとBのどちらかを選べ、という出題形式だが、実は正解というものはない。「ギムナジウム」と「白昼夢」という次元の異なるものの二者択一を迫られるが、両者に共通するのは「ム」という語の脚韻だけだ。読者はこの問いの前で宙吊りにされている。

かなかなの声の彼方のカルロス・ゴーン  飯島章友

飯島は時事句も混ぜて書いている。
川柳ではゴーンの句はすでに数多書かれているだろう。「消える川柳」と呼ばれる時事川柳を泡のように消えてしまうことから救い出すにはどうすればよいか。そのために「かなかな」「声」「彼方」「カルロス」の語頭韻の響きが使われている。ここでも川柳的テクニックが有効である。
飯島はけっこうテクニシャンなのだが、今回の作品のベースにあるのは、少年の成長物語かもしれない。隠された抒情性。次の句の「十三歳」には「じゅうさん」のルビが付けられている。

十三歳のおぼろどうふな帰り道   飯島章友

次に「杜人」265号をご紹介。「杜人」は一年後に終刊となり、今号は残り4号のうちの1冊目となる。

堂々と間違うための寒卵     加藤久子
反社会的な猫来て膝にのってくる

「堂々と間違う」とはなかなか言えない。「反社会的な猫」を膝にのせるには許容力が必要だ。どうでもいいことはどうでもいい。大切なことは別にあるのだ。

ビー玉のぶつかりあって別の道  広瀬ちえみ
春が来てかわいい嘘が増えており

「かわいい嘘」という表現が「春」に響きあって楽しい気分にさせてくれる。反語とか皮肉の意味にも取れないことはないが、そうではなくて、素直に罪のない嘘と読んでおきたい。世の中は悪意のある嘘に満ちているから。

家族写真に切手を貼って投函す  佐藤みさ子
いつまでも生きる別れがめんどうで

一句目は当たり前のことをふつうに詠んでいるようだが、なぜかドキッとする。誰に対して投函するのか。差出人と受取人はそれぞれ別の世界にいるのではないか。

最後に「杜人集」のコーナーから何句か引用しておこう。

サ行からセム語ひろがる水彩画  野間幸恵
セーターの交換会をする獣    竹井紫乙
かたちをかえる夕暮れの小鳥たち 妹尾凛
こともなく終ってみたい黄金虫  小野善江