2018年9月22日土曜日

第六回文フリ大阪のことなど

9月9日に「第六回文学フリマ大阪」が開催された。
前回まで中百舌鳥の産業振興センターで行われたが、今回から会場が変わり、天満橋のOMMビル・会議室で開催された。会場が広くなったせいか、例年より参加者がまばらのように見えたが、実際には1794名の参加者があり大阪開催史上最大だったそうだ。
「川柳スパイラル」は唯一の川柳ブースとして出店し、「川柳スパイラル」1~3号、『川柳サイドSpiral Wave』2・3号、「THANATOS」4号などを店頭に並べた。川柳人の姿はほとんどなく、他ジャンルの実作者や読者が来店。文フリに出店する意味が歌人・俳人に川柳作品を発信することに限定されてきたようだ。
「THANATOS」は石部明を顕彰するフリペとして発行してきたが、今回の4号で終了となる。50句の選定と石部語録を八上桐子が担当し、石部論を小池正博が担当。装丁は宮沢青。

黄昏を降りるあるぜんちん一座    石部明
諏訪湖とは昨日の夕御飯である
鳥籠に鳥がもどってきた気配

また、当日は榊陽子がフリペ「虫だった。③」を作成。新作18句と自句をプリントした栞をおまけとして配布した。この栞の裏には虫が這っている絵が描かれていて、おもしろいというより気持ちが悪い。

モーリタニア産のタコと今から出奔す  榊陽子
鉛筆を集め楽しい性教育
紙の犬ならば舐めても問題ない

当日、購入したものをいくつか紹介しておきたい。
まず歌集『ベランダでオセロ』。御殿山みなみ・佐伯紺・橋爪志保・水沼朔太郎の四人による合同歌集。各百句収録。

よくはねてジョニーと呼べばまたはねて典型的な寝ぐせですなあ  御殿山みなみ
負けたてのオセロに枠を付け足してその枠が敷物になるまで    佐伯紺
三月があなたを連れ去ってゆくなら花びらまみれになってたたかう 橋爪志保
母親に彼氏ができる 母親が結婚をする 父親ができる      水沼朔太郎

「うたつかい」のブースで「うたつかい」31号と「短歌の本音」をゲット。最近、短歌の人と会う機会が増えてきたので「うたつかい」の参加歌人一覧は便利だ。牛隆介が文フリなどの「コミュニケーション疲れ」について、「もうあらゆる短歌の場は次のフェーズに移行できるのではないか」「コミュニケーションを持ちながらも、その関係に縛られず、買いたいものを買い、読みたいものを読むという態度」「文学フリマのブースに遊びに来てくれるのは嬉しいが、同人誌は買わなくてもいい」「謹呈する側に立った時も読んでもらいたい人に送ればよく、付き合いで謹呈する必要はない。そしてその上でコミュニケーションは揺るがない」と書いているのに納得した。
最後に、谷じゃこと鈴木晴香の『鯨と路地裏』から。

二十年そこらではまだ美化されず公衆電話の台だけ残る   谷じゃこ
バス停でバスを待つほど透明な人間に成り果ててしまって  鈴木晴香

「川柳スパイラル」関係で9月はいそがしく、9月1日に東京句会、9月16日に大阪句会を開催した。
東京句会は「北とぴあ」で実施。
初参加の人が何人かいて、新鮮な感じで話し合いができた。ツイッターや文フリを通じて知り合った人たちと句会の場でごいっしょできるのは嬉しいことである。
前半は「川柳スパイラル」3号の合評会で、特集「現代川柳にアクセスしよう」について感想を聞く。この特集は成功したのかコケたのか。
自由律俳句「海紅」の方の参加もあって、韻律の話も少し出た。
「川柳スパイラル」の会員欄に七七句を投句している本間かもせりは自由律俳句の作者でもある。七七句(十四字)は自由律ではなく七七定型だが、山頭火などの自由律俳人にもこの形式が見られる。七七句(短句)で四三のリズムが嫌われるのは連句の慣習で、一部川柳人のなかにも四三の禁を言う者がある。短歌の下の句における四三については、斎藤茂吉が四三の禁を過去のものとして論破してから何ら問題にはならない。
七七句は連句の短句に相当するので、本間かもせりが連句へと関心を広げてゆくのは当然の道筋だろう。
大阪句会は「たかつガーデン」で開催。今年五月の東京句会で知り合った鳥居大嗣が参加。鳥居は「AIR age」VOL.1の「コトバ、ことわり、コミュニケーション」で瀬戸夏子論を書いている。

8月25日に「第24回大阪連句懇話会」で「漢詩と連句」の話をして、小津夜景著『カモメの日の読書』を紹介した。その後二座に分かれて連句を巻いた。
10月6日に大阪天満宮で開催される「第12回浪速の芭蕉祭」では高松霞を招いて「連句ゆるり」の話などを聞くことになっている。
翌日の10月7日には「連句ゆるりin大阪」が開催されるという。その会場となる「Spin off」は岡野大嗣が運営するスペース。東京では書店B&Bとかブックカフェとかが増えているそうだが、大阪でも人が集まって文学の話ができるスペースがいろいろできればいいと思う。
私は川柳と連句の二足の草鞋をはいていて、これまではこの二つを分けて活動してきたが、最近では川柳と連句の人脈が混ざってきて相互刺激的な交流が生まれはじめている。

「現代短歌」9月号の特集は「歌人の俳句」。
「なぜかそれは短詩だった」(田中惣一郎)、「子規の俳句」(福田若之)、座談会「二足のわらじは履けないのか?」(神野紗希・東直子・藤原龍一郎・小林恭二)など。
そういえば、第6回現代短歌社賞は、門脇篤史「風に舞ふ付箋紙」に決定したそうである。

2018年8月31日金曜日

現代川柳にアクセスしよう

「川柳スパイラル」3号では「現代川柳にアクセスしよう」という特集を組んでいる。
現代川柳に関心のある人は潜在的に多いと思われるが、従来の川柳入門書ではカバーしきれない部分がある。特に結社に所属していない人、川柳以外のジャンルの実作者で川柳にも興味のある人、SNSを通じて川柳に触れてみたい人などにアクセスの入り口を呈示することには緊急性があるのではないかと思った。
飯島章友の「現代川柳発見」は「川柳グループに入るメリット」「川柳グループを選ぶ際の基準」「各種川柳文献の紹介」「便利なウェブサイトの紹介」など、丁寧に説明・紹介している。
川合大祐の「『二次の彼方に―前提を超えて』は対話形式で、二次創作についてだけではなく、世界を認識することは「型を与えたいという欲望」に裏打ちされている、という川柳の本質論にまで及んでいる。
柳本々々と安福望との対談「川柳を描く。となんかいいことあんですか?」は川柳と絵を描くことをめぐって多彩な話題が展開されている。紙数の関係で安福のイラストが掲載できなかったのが残念だが、安福ファンの方は連載「おしまい日記」の方のイラストをご覧いただきたい。
小池正博「五つの現代川柳」は「サラリーマン川柳」「時事川柳」「伝統川柳」「私性川柳」「過渡の時代の川柳」の五つの川柳が同時並行的に存在している現状を、現代川柳史の観点から整理したもの。川柳用語と句会のやり方についても説明している。

現代川柳にアクセスする方法はいろいろあってよいと思うが、ここではネット川柳の動きのいくつかを紹介しておきたい。
まず、飯島も紹介している「毎週web句会」は川柳塔の森山文切が運営しているウェブサイト。ネット句会は今までにもあったが、毎週更新というのはすごい。「川柳スパイラル」3号、飯島の連載「小遊星」でも対談者として森山が登場している。そこで森山は次のように語っている。

「私が運営している【毎週web句会】では、30万アクセス記念句会において没句も含めて全投句を公開し、なぜ入選か、なぜ没かを選者同士で議論する企画を実施しました。賛否両論いただきましたが、私が今後行いたいことはこのような議論ができる仕組みをwebで提供することです。議論が「川柳」を活性化すると思います」

このweb句会では川柳人だけでなく、川柳に関心のある歌人の投句も増えてきているようだ。ハンドルネームが多いので誰だかわからないところもあるが、webではまず歌人が川柳に関心を示す傾向があり、そこからオフ句会でも短歌と川柳の交流が進展してゆけばおもしろいと思う。
最近、ツイッターでよく見かけるものに「いちごつみ」がある。前の人の句から「一語」とって自分の句に入れて作り、これを一定の句数繰り返すというもの。短歌で流行っていたものを川柳でもやってみようということらしい。おもしろそうだと思えばジャンルを越えて流行してゆくのだろう。最近話題になった、森山文切と川合大祐の「いちごつみ川柳」から。

中指を般若の口に入れている     文切
入れているふしぎの海のナディア像  大祐

掲出句は私の好みで雑排の「笠段々付」に似たものを引用したが、「一語」は前の句の下五ではなくどの語をとってもよく、次の句のどこに入れてもよい。ただし、一語の摘み方には細かいルールがあるらしい。

Botというものもある。作品を打ち込んでおけば、一定間隔で自動的にツイートしてくれる。自分の作品だけをBotで配信する人もあるが、「現代川柳Bot」(くらげただよう)は現代川柳のさまざまな作品を発信している。
短歌のBotは以前からあり、川柳はどうかと検索してみたが「古川柳Bot」しかなく、がっかりしたことがあるが、いつのまにか「現代川柳Bot」が出来てびっくりした。今ではすっかり定着したようで、くらげただようの功績は大きい。短歌とは違って、句集やアンソロジーが広く流通しているわけではないので、作品の収集が大変だろう。

SNSではないが、ネットプリントという発信手段もある。
最近おもしろかったのは「当たり」vol.5の暮田真名の作品。

恐ろしくないかヒトデを縦にして   暮田真名

「恐ろしくないか~して」という文体は川柳では既視感がある。でも、ヒトデを縦にしたのには驚いた。恐ろしくもあり、おかしくもある。

ネット空間にはさまざまな作品が飛び交っている。そのすべてに可能性があるわけではないが、自分が気に入ったものにアクセスしてみるのは楽しいことだろう。たとえば、川柳や自由律の一形式に七七句があり、これに五七五をつければ前句付や連句になってゆく。
「ネット川柳」と「紙媒体の川柳」のリサイクル・リユースが求められているように思う。

2018年8月4日土曜日

ギリシアの連歌と中国の連句

毎日暑い日が続くので、想像のなかで涼しい場所を探し求めていると、古代ギリシアのイリソス川のほとりに思い当たった。プラトンの対話篇『パイドロス』の舞台になった場所である。

パイドロス ほらあそこに、ひときわ背の高いプラタナスの樹が見えますね。
ソクラテス うむ。見えるとも。
パイドロス あそこは日陰もあり、風もほどよく吹いています。それに、草が生えていて坐ることもできるし、あるいはなんでしたら寝ころぶこともできます。
ソクラテス では、そこへ連れて行ってもらおうか。

『パイドロス』のテーマは美について。数十年前に見たヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」はドイツの作家、グスタフ・アッシェンバッハがヴェニスで美少年に出あう物語。トーマス・マンの原作ではプラトンを引用したこんなセリフがある。

なぜなら美は、わがパイドロスよ、ただ美だけが愛すべきものであると同時に眼にも見えるものなのだ。よいかね、美はわれわれが感官によって堪えることのできる唯一の、精神的なものの形式なのだ。

ついでにラフマニノフのピアノ協奏曲の二番をかけて「ヴェニスに死す」の雰囲気にひたってみた。(中学生のときの私の理想は、ヘッセの小説に倦んだ目をセザンヌの画集に走らせ、ブラームスの音楽に耳を傾ける、というものだった。今にして思えば、それこそが俗物性だったのだ。)
さて、古代ギリシアには連歌に似たものがあった。
ギリシア語の「スコリオン」(歌)は、酒席の後で余興に歌われたものらしい。最初の人がある主題についてミルトの枝を手にしながら一句を作って歌うと、その枝を次の人に手渡す。次の人は前の句に合せて次の句を作り歌う。このようにして次々に回すことによって全体の歌が作られてゆく。
アリストパネスの『蜂』のなかに次の一節がある。

プデリュクレオン (歌って)「アテナイの市(まち)にはいまだかつて」
ピロクレオン 「汝のごとき悪徳の盗賊はなかりき」

訳が五七五→七七になっていないのが残念だ。
「アテナイの市にはいまだかつてなし」「汝のごとき悪徳の賊」とでもすれば連歌になる。
もうひとつ続けて引用すると

プデリュクレオン 「友よ、アドメトスの譚より、よき人々を愛するを学べ」
 と歌ったらなんと後をつけますか。
ピロクレオン おれはな、まあ抒情詩風に
 「狐の真似ごと役には立たぬ。
 二股がけの日和見もまた」ってね。

踏まえている話がよくわからないので、どこが抒情詩風かも理解しがたいが、人間に対する諷刺が感じとれる。アドメトスはギリシアの英雄だが、死期を迎えたとき、運命の女神モイラは誰かが身代わりになれば死をのがれることができるとした。だが、彼の恩を受けたもので誰一人身代わりになろうというものはいなかったという。

小津夜景著『カモメの日の読書』(東京四季出版)を読んだあと、漢詩の翻訳に興味が湧いた。まず佐藤春夫の『車塵集』は古典的なもの。タイトルは「美人の香骨、化して車塵となる」という句による。『車塵集』の中から子夜の詩の訳を紹介したい。

恋愛天文学

われは北斗の星にして
千年ゆるがぬものなるを
君が心の天つ日や
あしたはひがし暮は西

鈴木漠著『連句茶話』(編集工房ノア)によれば、紀元前116年、漢の武帝の時代に長安に建立された楼閣・柏梁台の竣工祝いに対話詩「柏梁詩」が詠まれたということだ。第一句目は武帝が詠んでいる。

日月星辰四時を和す    漢 武帝

これに群臣たちが一句ずつ唱和している。この詩形は以後「柏梁体」と呼ばれ、後世の詩人たちに受け継がれる。
たとえば、李賀には柏梁体の詩が二編ある。「悩公」と「昌谷詩」だが、ここでは「悩公」(悩ましい人)の方を原田憲雄訳で紹介しよう。プレイボーイと遊女との対話になっている。

男 ぼくは宋玉 恋にやつれて
女 あたしは嬌嬈 紅お白粉で
  歌ごえは春草の露

というような調子で、100句で構成されている。「昌谷詩」の方は李賀とお供の侍童との対話である。ともに独吟の連句に相当する。
鈴木漠が短歌誌「六甲」に連載している「翻訳詩逍遥」は興味深い文章で、鈴木の個人誌「おたくさ」にも転載されている。その中に、井伏鱒二訳〈「サヨナラ」ダケガ人生ダ〉(原詩「人生足別離」)をめぐって、おやっと思うことが書かれている。井伏の随筆「因島半歳記」には次のような記述があるという(高島俊男『お言葉ですが…漢字語源の筋ちがい』からの孫引きという断りがある)。

やがて島に左様ならして帰るとき、林さんを見送る人や私を見送る人が十人たらず岸壁に来て、その人たちは船が出発の汽笛を鳴らすと「左様なら左様なら」と手を振った。林さんも頻りに手を振ってゐたが、いきなり船室に駆けこんで、「人生は左様ならだけね」と云ふと同時に泣き伏した。そのせりふと云ひ挙動と云ひ、見てゐて照れくさくなつて来た。何とも嫌だと思つた。しかし後になつて私は于武陵の「飲酒」といふ漢詩を訳す際、「人生足別離」を「サヨナラダケガ人生ダ」と和訳した。無論、林さんのせりふを意識してゐたわけである。

林さんとは林芙美子のこと。昭和四年、林芙美子と井伏は尾道方面へ講演旅行をしたらしい。「何ごとも十年です。あとは余生といってよい」「二十にして心已に朽ちたり」「さよならだけが人生だ」などのフレーズはかつて文学青年たちにとっての決め科白であったが、この話が本当だとすると、「さよならだけが人生だ」という一節には屈折したニュアンスが生まれてくることになる。

(8月10日、17日は夏休みをいただいて、この時評はお休みさせていただきます。)

2018年7月28日土曜日

はじまりとおわり―諸誌逍遥

7月×日
八戸から「川柳カモミール」2号(発行人・笹田かなえ)が届く。
1号がでたときにこの欄でも紹介したことがあるが(2017年6月24日)、「カモミール」は女性五人の作品を中心とした川柳集団で(別に女性しか入れないというわけではないようだが)、今回は横澤あや子が抜けて細川静が参加している。

髭つけて 猫を休んだことはない   三浦潤子
性懲りもなくまた冬芽つけちゃった  守田啓子
タオル振り回して九月の未来形    細川静
エプロンは24時間裁量性       滋野さち
ICBM愛死美絵夢エルサレム      笹田かなえ

くんじろうと小瀬川喜井の鑑賞が付いているほか、吟行や句会の記録が掲載されている。1号よりパワーアップした誌面になっている。

7月×日
名古屋から「川柳 緑」670号(発行・川柳みどり会、主宰・渡辺和尾)が届く。
渡辺の終刊のあいさつが添えてあって驚く。渡辺和尾は「緑」208号から主宰をつとめ、「センリュウ・トーク」をはじめさまざまなイベントを開催してきた。「川柳みどり会」も閉会ということで、川柳誌には必ず終わりがくるということを改めて実感させられる。
手元の渡辺和尾川柳集『風の中』から何句か紹介しておく。

くちづけのさんねんさきをみているか   渡辺和尾
落雷よ君はいつでも胸のガラス
これが檻だよぼくたちがいるんだよ
怨念のノートは鳩の絵で埋まる
人恋しそれほど憎きひとばかり
脳天に珈琲が来て妥協する
あじさいの青よりも濃く君を斬る

7月×日
小津夜景『カモメの日の読書』を読んで以来、漢詩の翻訳詩に興味が湧いてきて、佐藤春夫の『車塵集』を拾い読みしている。井伏鱒二『厄除け詩集』には「さよならだけが人生だ(人生足別離)」というフレーズもあったな。日夏耿之介『唐山感情集』(講談社文芸文庫)が出たので、思わず買ってしまった。8月25日の「大阪連句懇話会」では「漢詩と連句」について考えてみるつもり。

7月×日
「川柳スパイラル」3号の校正刷が届く。
発行予定が遅れているのは大阪北部地震の影響で、制作所のパソコンのルーターが落下して壊れるなどパソコン・トラブルによるものだ。読者にはご迷惑をかけることになるが、発送は8月に入ってからになりそう。特集「現代川柳にアクセスしよう」の内容予告。
現代川柳発見(飯島章友)
二次の彼方に―前提を超えて(川合大祐)
川柳を描く。と何かいいことあんですか?(柳本々々×安福望)
五つの現代川柳(小池正博)

7月21日
関西現俳協青年部勉強会に参加。
「オルガン」の5人が関西に来て「句集について」語るイベント。五人のほかに話題提供者として八上桐子、野口裕、牛隆介が登壇。予定されていた岡田一実が大雨による交通機関の影響で来られなかったのが残念だった。司会は久留島元。
当日の内容は参加者のブログなどでレポートがでることだろう。話を聞きながら川柳にはまだまだ整備されないといけない部分が多いことを改めて感じた。作者、編集者、プロデューサーの分担もできていないし、句集を出したあとの批評会や販路の拡大などは手つかずの状態だろう。
帰宅すると「オルガン」14号が届いていた。俳句作品のほかに、大井恒行・浅沼璞・宮﨑莉々香の鼎談、柳本々々の書簡などが掲載されている。

7月×日
俳誌「面」123号(発行人・高橋龍)が届く。
後記に「七月八日は高柳重信三十九回忌である」として重信のことが書かれている。
「二十代に二千冊の本を読んだ者でなければ僕の前に坐るな」と言ったという伝説があるが、実は心のやさしい人であったことがいろいろ書かれている。「(重信は)僕の死んだ後俳壇はこうなると話された。(たしかにまさにまことにまさしく言はれたような状況になった)」と高橋は書いている。

方舟にのりそこねたる子猫かな     島一木
ルナールの「蛇」には負ける長さかな  

早乙女の股のぬくもりサドルにも    高橋龍
円卓にだれのももでもない桃を

7月×日
俳誌「塵風」(発行人・斉田仁)7号届く。特集「映画館」。
東京の映画館と映画のことがいろいろ書かれている。
私が映画をよく見ていたのは80年代の大阪・難波でだが、小川徹の発行していた「映画芸術」を愛読していた。そのころのことを思い出した。

アネモネの癖に元気を出しなさい   小林苑を
戦争がぐっと近づくあっぱっぱ    斉田仁
かたまりてなにやら謀反めく菫    佐山哲郎
金魚よりしづかに着せかへられてをり 振り子

7月×日
HPF実行委員会・大阪府高等学校演劇連盟主催の「Highschool Play Festlval 2018」開催。大阪の高校演劇部30校が三か所の会場に分かれて連日上演する。
心斎橋のウイングフィールドで堺東高校の「ビー玉たちの夜」(作・つむぎ日向)を見る。突然とまったエレベーターのなかで6人の男女がそれぞれの仕事や人生について語りあう。エレベーターと仮面の演出が興味深い。
高校生の演劇部員が小劇場で公演できるというのは幸せなことだ。

7月×日
石部明の川柳作品を顕彰するためのフリーペーパー「THANATOS」(発行、小池正博・八上桐子)はすでに3号まで出しているが、4号をいま準備中。このフリペも今回で最後となり、9月9日の文フリ大阪で配付できることと思う。「バックストローク」「BSおかやま句会」の時期の石部明について改めて考えてみたい。

2018年7月13日金曜日

仙台連句紀行

短歌誌「井泉」82号(2017年7月)の招待作品として広瀬ちえみの川柳15句が掲載されている。広瀬が「井泉」に寄稿するのは17号(2007年9月)に続いて二度目である。今回の作品から4句紹介する。

たまたまもまたまたもあり鳥墜ちる     広瀬ちえみ
土砂降りを贈ってしまうこちらから
あちらからどうぞともらう雨上がり
咲くときは少しチクッとしますから

6月24日、第12回宮城県連句大会に参加するために仙台へ行った。
大会の前日に仙台入りをして、宮城県連句協会の狩野康子、永渕丹ご両人の案内で仙台周辺を回った。
まず、荒浜小学校に連れて行ってもらった。東日本大震災のときに地域住民が避難した小学校で、現在は震災遺構として公開されている。震災前は海岸に松林が広がり、茸採りなどもできたというが、松の多くは流され立ち枯れていた。校舎4階の教室は展示のほか写真や映像で災害の様子を知ることができる。職員や自治会の方の証言が生々しく伝わってくる。屋上にあがるといまはおだやかな海岸の様子が見渡せる。震災のときはこの屋上に数百人が避難したのだ。

仙台は島崎藤村が一年ほど暮らしていた街である。
藤村に「潮音」という詩がある。「わきてながるる/やほじほの/そこにいざよふ/うみの琴/しらべもふかし/ももかはの/よろずのなみを/よびあつめ/ときみちくれば/うららかに/とほくきこゆる/はるのしほのね」
のちに藤村はこんなふうに書いている。
「仙台の名掛町というところに三浦屋という古い旅人宿と下宿を兼ねた宿がありました。その裏二階の静かなところが一年間の私の隠れ家でした。『若菜集』にある詩の大部分はあの二階で書いたものです。あの裏二階へは、遠く荒浜の方から海の鳴る音がよく聞こえてきました。『若菜集』にある数々の旅情の詩は、あの海の音を聞きながら書いたものです」(『市井にありて』)
いま仙台駅東口に「藤村広場」が整備されていて、「潮音」や「草枕」の詩碑が建っている。藤村が向き合った荒浜と震災の荒浜、その落差に衝撃を感じる。

小学校をあとにし、芭蕉の足跡をたどって、「二木(ふたき)の松」(武隈の松)に行った。
『奥の細道』には次のように書かれている。

「武隈の松にこそ目さむる心地はすれ。根は土際より二木にわかれて、昔の姿うしなはずとしらる。先、能因法師思ひ出づ」

桜より松は二木を三月越し    芭蕉

「松」と「待つ」の掛詞、「二」と「三」の数、「三月(みつき)」に「見」を掛けている。
松はすでに代替わりしていて、私が見たのは芭蕉が見た松そのものではないが、雰囲気は味わうことができた。

そのあと笠島道祖神へ。
藤原実方がこの道祖神の前を馬に乗ったまま通ったので、神罰を受けて落馬、死亡したという伝説があり、その近くに実方の墓と伝えられるものもある。
芭蕉は笠嶋には行けなかった。五月雨で道が悪かったからである。

笠島はいづこ五月のぬかり道   芭蕉

芭蕉が笠島に行けなかったのも俳諧であり、私が行けたのも俳諧だろう。

翌日は連句大会の当日である。
54巻の応募作品があり、狩野康子氏と私がそれぞれ五巻ずつ選んだ。
選評で私は「半歌仙の可能性」について話した。
この募吟は半歌仙という形式だが、従来、半歌仙は歌仙の半分の形式、時間の制約などで歌仙が巻けないときに半分でとどめておくというような、中途半端な形式であると言われてきた。歌仙では一の折、二の折の変化のおもしろさが読みどころだが、半歌仙には表・裏しかなく、恋も一か所で、一花二月、十分な変化や展開をおこなう余地がないというわけである。けれども、今回、選者をさせていただくに当たって、歌仙の半端ものとして半歌仙をとらえるのではなく、半歌仙の独自の可能性は考えられないかと思った。
私が選んだ作品のうち、二巻の発句と脇だけ紹介しておく。なお、応募作品54巻は「第十二回宮城県連句大会作品集」としてまとめられている。

暮遅し韻を踏んだとほ乳類  (「Deadline」の巻)
 ジャズの譜面の如く金縷梅

あがりこは紅葉す夜のかくれんぼ (「あがりこは」の巻)
 かぼちゃの馬車でやってくる月

最後に狩野康子の句集『原始楽器』(2017年2月、文學の森)から10句紹介しておく。狩野は著名な連句人であるが、俳句では「海程」に所属している。

水温む今日の輪廻はひとり分    狩野康子
菜の花と鳩の鈍感楽しめり
まむし草原始楽器のごと叩く
口中の海胆に針あり宿敵なり
冷蔵庫に己が鋳型がありそうな
冥いとは先頭の鵜のつぶやき
満月の暗部縫合せんと思う
誤読する自由りんごを丸齧り
冬の蔵に入る流体となるために
無一物鷹を名告れば鷹となる

2018年7月7日土曜日

「オルガン」の五人が大阪にやって来る

すでにイベント情報が公開されているが、俳誌「オルガン」の宮本佳世乃・鴇田智哉・田島健一・福田若之・宮﨑莉々香の五人が大阪にやってくる。
7月21日(土)に関西現俳協青年部勉強会「句集はどこへ行くのか」、22日(日)には梅田蔦屋書店で公開句会が開催される。
21日の勉強会では句集についての話が中心になるようなので、手元の句集を読み直している。句集の話は東京ではすでに語られていることだろうが、関西では新鮮だろう。「オルガン」のメンバーのほかに久留島元や牛隆介、岡田一実、川柳人の八上桐子、五七五作家の野口裕が話題提供者として参加するのも興味深いところだ。八上は『hibi』、野口は『のほほんと』という句集を出している。

鴇田智哉の『こゑふたつ』(2005年8月、木の山文庫)『凧と円柱』(2014年9月、ふらんす堂)の二冊の句集から、それぞれ三句ずつ抜き出してみる。

凍蝶の模様が水の面になりぬ     鴇田智哉『こゑふたつ』
こゑふたつ同じこゑなる竹の秋
をどりゐるものの瞳の深みかな

春めくと枝にあたつてから気づく   鴇田智哉『凧と円柱』
人参を並べておけば分かるなり    
円柱の蟬のきこえる側にゐる

蝶の模様が水面に変容する。二つの声の同一性。踊る人の瞳。
客観が主観にかわる、その間のようなものをとらえようとしているのだろう。
いかにも俳句フィールドで書かれている作品だと思う。「竹の秋」は春の季語、「竹の春」は秋の季語とは連句初心のころに習ったが、なぜ「竹の秋」なのか。川柳人ならここに別の言葉を置くだろう。
『凧と円柱』の三句は季語に違和感なく読める。「人参」の句の省略感は川柳人にも親しいものだと思う。

宮本佳世乃は平成29年度の現俳協新人賞を受賞している。彼女の句集『鳥飛ぶ仕組み』(2012年12月、現俳協新鋭シリーズ)を読み直してみて、ひとりでいることと、二人でいることについて改めて考えた。

二人ゐて一人は冬の耳となる    宮本佳世乃『鳥飛ぶ仕組み』
郭公の森に二人となりにけり

一人が「冬の耳」となったのなら、もう一人は何になったのだろう。
郭公の森で二人となったのなら、その前はどうだったのだろう。
物語を作ってはいけないのだろうけれど、書かれていない部分を読む楽しみがある。

田島健一『ただならぬぽ』(2017年1月、ふらんす堂)については昨年話題になったし、シンポジウムも行われた。私もこのブログ(2017年1月27日)で取り上げたことがある。

蛇衣を脱ぐ心臓は持ってゆく    田島健一
骨は拾うな煙の方がぼくなんだ   海堀酔月

こう並べてみると発想の共通点と同時に俳句と川柳の手ざわりの違いが何となく分かる。

ふくろうの軸足にいる女の子    田島健一『ただならぬぽ』
鶴が見たいぞ泥になるまで人間は
見えているものみな鏡なる鯨
雉子ここに何か伝えにきて沈む
なにもない雪のみなみへつれてゆく

福田若之『自生地』(2017年8月、東京四季出版)も昨年評判になった句集である。句の前に散文の詞書がついていて、作品と同時に句集を編みつつある作者の姿が書かれている。work in progressのような感じで、作品が書かれた時点と作品を編集している時点との時間の差が意識される斬新な句集だ。だから、本当は一句立てで引用するのはむつかしいのだけれど、五句挙げておく。

さくら、ひら つながりのよわいぼくたち  福田若之『自生地』
ヒヤシンスしあわせがどうしてもいる    
突堤で五歳で蟹に挟まれる
ひきがえるありとあらゆらない君だ
てのひらにかかしのいないわかれみち

宮﨑莉々香にはまだ句集がないので、「オルガン」から次の二句を挙げておきたい。

かもめすぐ春になりきれないからだ     宮﨑莉々香(「オルガン」9号)
ほたるかごみえないものがすべてこゑ         (「オルガン」10号)

ここまで「オルガン」の五人の句を挙げてきたが、よくわからない句も多い。句を読むときに、わかるとかわからないとかいうことが、そんなに大切なのだろうか、という気もする。

2018年6月29日金曜日

小津夜景『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』

小津夜景『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)が好評だ。
昨年、田中裕明賞を受賞した小津の句集『フラワーズ・カンフー』には李賀の漢詩と取り合わせた俳句が掲載されているし、ブログ「フラワーズ・カンフー」にもときどき漢詩にふれた文章がアップされているので、彼女が漢詩についてなみなみならぬ造詣の持ち主だということがうかがえる。漢詩をめぐるエッセイで一書を刊行するという広告を見たときには、なぜ俳句ではなくて漢詩なのかということが、いまひとつピンとこなかったが、本書を読んで小津が半端ではない漢詩読みなのだということがわかった。
本書の「はじめに」には編集者との次のような対話(架空対話?)が書かれている。

「あの、漢詩の翻訳をやってみませんか?」
「無理です。漢詩、よく知らないですし」
「あ、それはたいへん好都合です。さいきんは漢詩を読むひとがめっきり減ったでしょう?あれはふだんの生活と漢詩とのあいだの接点が、みなさん摑めないからなんですよ」
「あなたのような専門家ではないふつうの一読者が、日々の暮らしの中でどんなふうに漢詩とつきあっているのかを語ることにこそ、今とても意味があると思うのです」

これが本書のスタンスであり、漢詩それ自体のことだけを語るのではなくて、著者の暮らしや短歌、俳句、連句などの文芸のことから語りはじめるという書き方になっている。たとえば、冒頭の「カモメの日の読書」という章では、杜甫の詩の一節「天地一沙鷗」のあと、こんな文章が添えられている。

トレンチコートの襟を立てて、風よけのサングラスをかけ、ポケットに文庫本をつっこんで、わたしたち夫婦は日あたりのよい海ぞいを散歩する。
「かわいい。カモメ」
「うん」
「三橋敏雄に〈かもめ来よ天金の書をひらくたび〉という俳句があってね」わたしは言う「これ、本をひらいたときのかたちが白い鳥に似ていることの意味を重ねているんだって。天金をほどこした重厚な本をひらくたびにあらわれる、純白のカモメ。なんだか胸が高鳴らない?」

本書は漢詩を入り口としているが短詩型文学全体に目配りのきいたエッセイなのだった。だから、兵頭全郎の川柳「あやとりを手放すときのつむじ風」も出てくるし、大畑等の俳句「なんと気持ちのいい朝だろうああのるどしゅわるつねっがあ」についての柳本々々のコメント(「あとがき全集」)も引用される。
「DJとしての漢詩人」の章では「過去の漢詩のフレーズを一行ごとにカットアップし、まったく新しい一篇の作品として再構築する手法」として「集句」のことが出てくる。カットアップやサンプリングは連句の分野でもおこなわれていて、浅沼璞が『中層連句宣言』(北宋社)や『俳句・連句REMIX』(東京四季出版)で論じているが、漢詩でも王安石が試みていたのはおもしろい。
高啓「尋胡隠君」についての章では、謎彦による連句風の超約が紹介され、さらに紀野恵の短歌連作「君を尋ぬる歌」が引用されている。ちなみに、紀野は連句の心得もある現代歌人のひとりだ。
そういえば、「連句」という言葉は漢詩でも使われている。
鈴木漠『連句茶話』(編集工房ノア)によれば、対話形式の漢詩に「聯句(連句)」があるという。漢の武帝の時代に始まる「柏梁体」である。また、李賀にも柏梁体の漢詩が二編残されている。これは一人で詠む独吟だが、「悩公」はプレイボーイ・宋玉と遊女の対話、「昌谷詩」は李賀自身と侍童との対話である。
また、漢詩と連句のコラボレーションとして「和漢連句」という形式があり、現代でも連句人の一部で実作されている。
『カモメの日の読書』に話を戻すと、本書には漢詩をめぐる翻訳とエッセイ40編と付録二篇が収録されている。漢詩の翻訳は読みやすく清新なもの。付録1「恋は深くも浅くもある」は〈わたしはどのように漢詩文とおつきあいしてきたか〉について、小津の俳句と漢詩との関わりが語られている。付録2「ロマンティックな手榴弾」は〈「悪い俳句」とはいったい何か?〉について、小津の俳句観が述べられている。それぞれ興味深い文章なので、本書を読まれたい。
『カモメの日の読書』は小津夜景のファンだけでなく、短詩型文学に関心のある読者にとって刺激的で魅力あるものに仕上がっている。漢詩も楽しいものだと改めて思った。