2021年2月12日金曜日

吉松澄子と杉野十佐一賞

第25回杉野十佐一賞の大賞を吉松澄子が受賞した(「おかじょうき川柳社」ホームページ)。受賞作は

風船がハーイと言えば空ですね  吉松澄子

題は  (^O^)/  という絵文字である。応募者は作句にとまどったようだが、この絵文字は「ハーイ」という意味らしい。吉松は巧みに句に詠み込んでいる。
なかはられいこの選評を紹介する。
〈特選に推した作品である。風船と空では付きすぎだという意見があるかもしれない。だけど、そこを割り引いても、この句の持つ解放感と爽快感に、そして「ハーイ」という底抜けの明るさに、心を動かされた。だれかの手を離れて青空の奥へ奥へと昇ってゆく風船の映像もくっきりと見えるし、なにより「言えば空」という不思議な決めつけ方にも惹かれる。今年、すべての人が味わった閉塞感を少しのあいだ忘れさせてくれる作品だった〉

吉松の受賞は二度目となる。前回は第23回で、そのときの題は「黒」。

別室の黒羊羹はどうなるの    吉松澄子

吉松は松山の川柳グループ「GOKEN」のメンバー。『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房)の中西軒わのページで、私は「GOKEN」について次のように解説している。

〈松山は「俳都」と言われ、正岡子規の出身地であるだけでなく、近年は「俳句甲子園」で盛り上がっているが、実は川柳も盛んな都市なのだ。前田五健という人がいる。伊予鉄道につとめていたが、野球拳の創始者としても知られている。彼は高名な川柳人であった。
  なんぼでもあるぞと滝の水は落ち  前田五健
この五建の名をとった「GOKEN」という川柳グループが松山にある。代表は原田否可立。吉松澄子や高橋こう子、中野千秋・井上せい子など、個性的な川柳人たちが集まっている。中西軒わもその一人だ〉

杉野十佐一は昭和26年に「おかじょうき川柳社」を設立。昭和54年に没するまで初代代表をつとめた。杉野十佐一賞という川柳界のなかで注目を集める賞で、二度も受賞したことは吉松澄子の実力をはっきりと示している。
「川柳スパイラル」掲載作品から吉松の句を抜き出しておく。

さりげないその言葉こそ常套手段    吉松澄子
誰のものですか鎖骨がうつくしい
正統派キャラメル識別番号は
あっそれはむかしのわたしわれもこう
きれいごと並べて遊びたいような
知っていたはずを解凍されちゃった
黒鍵のエチュード ぬけぬけと冬へ
こじらせるそんなつもりはない再会
心中をしようかなんてソーダ水
ぐれなくてよかった一房の葡萄

次に近刊の雑誌からいくつか紹介しておく。
「みしみし」8号(編集・三島ゆかり)は連句誌だが、連衆の短歌・俳句・川柳作品も掲載されている。川柳からは八上桐子が参加。

検査機のなかの気球ときた岬   八上桐子
桔梗切る鋏が夜も切ってしまう

三島ゆかりが〈八上桐子『hibi』を読む〉を書いている。三島は「私は俳人なので川柳の読み方を知っている訳ではない。丸腰で頭から読む」と書いているが、読者としては正当な読み方である。先入観なしに、一行の詩として川柳を読んでもらえばいいと思う。
あと田中槐が「岡井隆の俳句へのヴァリエ―ション」として短歌を書いているのに注目した。

絵の家に寒燈二ついや三つ   岡井隆
「三つ」だとわかつてゐるが「二つ」だと、否、一つだに見ようとはせず 田中槐

最後に「川柳ねじまき」7号から。

琉球硝子の気泡たちにも明日はある   なかはられいこ
きょねんからことしを引いて残るもの
朝がきて空が青くて、なんか、ごめん

なかはらが前向きな句を書いているのが、こんな時代だから救われる。日常に対する愛着。

傘の骨透けてあざらしのまなざし   八上桐子
コロナ来る扁桃腺を乗り継いで    丸山進
古書店の奥まぼろしになる日常    青砥和子
よし今日から君は、だ、になれ    猫田千恵子
留守続くことまぶたをはぐくむこと  二村典子
待っている二月みたいな顔をして   瀧村小奈生

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