2020年12月23日水曜日

田中雅秀句集『再来年の約束』

私は田中雅子とは連句人として交流があるが、彼女は俳人としては田中雅秀(たなかまさほ)の名で金子兜太に師事し、「海程」に所属。現在は「海原」同人である。このたび第一句集『再来年の約束』(ふらんす堂)が上梓された。

再来年の約束だなんて雨蛙   田中雅秀

句集の中には文語の句もあるが、おおむね口語作品である。句集のタイトルになっている句だが、連句人の癖として私は勝手に次のような付合いに変換してしまいたくなる。

再来年の約束だなんて言わないで
 葉の裏側で待つ雨蛙

句集を読んでいると、けっこう私性の強い句が多いという気がした。

ほうほたる弱い私を覚えてて
桐の花本音はいつまでも言えず
私ではない私の日常鉄線花
ブロッケン現象私の影に棘がある
クローバー私の秘密隠される

「物」そのものを詠むというよりは、「私」そのものがモチーフとなっている。もう一つのキーワードは「秘密」である。生活者の「私」が隠している「秘密」は表現者として言葉を発するモチベーションとなる。彼女がよく使う言葉でいえば「妄想」である。

わあ虹!と伝えたいのにひとりきり
タイミングが合わない回転ドアと夏
君と会う理由を探す春の果
麦の秋青いザリガニ胸に飼い
冬の虹くぐる・くぐれぬ・くぐりたし

軽やかさのなかにふっとかすめる孤独感。現実とのかすかな違和感。だれにでもあるそういう瞬間を雅秀は言いとめている。

猪は去り人は耕す花冷えに     金子兜太
猪の去りたちまち迷子なりわれは  田中雅秀

前者は田中が会津に移住したときに兜太が彼女に贈った句であり、後者は本書に収められている追悼句である。
田中は会津に移住したあと、猪苗代兼載の顕彰に取りくんだ。猪苗代兼載は連歌七賢のひとりで、猪苗代湖畔の小平潟(こびらがた)の生まれ。京都の北野天満宮の連歌所の宗匠をつとめた。『新撰菟玖波集』から兼載の付句を紹介する。

  うづみ火きえてふくる夜の床
 人はこでほたるばかりの影もうし  (巻十 恋下)

2009年は兼載五百年忌に当たり、小平潟天神社において記念祭が挙行された。その後も田中の呼びかけで「兼載忌」が開催された。

雪虫の話を仮設の少女とす
冬木立フクシマの月串刺しに

東日本大震災のあと、フクシマの浜通りから会津に移住してくる人もいた。田中は教員の仕事をしているので、そういう子どもたちと直接接していたのだろう。句集の第二章には現実と向き合った作品が収録されている。
会津には白鳥が飛来するようだし、これからは雪の季節になるだろう。田中雅秀の軽やかな妄想はこれからどんな言葉になって飛翔してゆくのだろうか。

冬の虹あしたは犀を見に行こう   田中雅秀

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