橋爪志保のネットプリント「千柳」vol.3「ねこ川柳botの軌跡」が発行された(配信はすでに終了)。Vol.1「憂鬱の姫君」、vol.2「ドラムロールの肖像画」につづく三作目で、各100句ずつ発表され、10巻1000句を目標としているので「千柳」と洒落ているらしい。
ネットプリントというツールは短歌でよく利用されていて、「かばん」6月号では「短歌とネットプリント」を特集している。「電子(デジタル)で配信、紙(アナログ)で出力」という切り口で、「令和の現在、電子でのやりとりが増え電子書籍がシェアを拡大しても、平安から続く紙でのやりとりは失われていない。デジタルの利便性を活かしつつ、それでも紙で読みたい・読ませたい私達のニーズに、ネットプリント(ネプリ)はちょうど良くフィットする」と特集の扉に書かれている。
「短歌ネプリの今」という文章がネプリの成り立ちと現状を要領よくまとめていて参考になる。ネプリはインターネット経由で登録した文書ファイルをコンビニのコピー機に登録し、予約番号を入力すればだれでも印刷できるというサービス。富士フイルムビジネスイノベーションがセブンイレブンにこのサービスを提供して開始したのが2003年。その後シャープがファミマ・ローソンに提供にするようになった。コンビニによって予約番号が数字だったり記号だったりして不便だと思っていたが、提供している企業が異なっているのだった。当初、ビジネス文書や写真などを旅先で印刷できるサービスだったのが、クリエーターたちの作品発表の場としても使われるようになったということだ。
「ネプリが、短歌の総合誌や結社誌以外の雑誌で紹介されるまでに認知されてきたのは、歌集を出版している歌人や結社に所属している歌人のみならず、SNSを主な活動の場として日々作品を発表している歌人の活動のおかげであろう」
川柳でもネプリを使った発信が行われるようになって、最近では成瀬悠がツイッターで募集した「Twitter現代川柳アンソロ」が注目される。短歌ではよくあるが、川柳ではパイオニア的な試み。この時評の6月14日でも取り上げている。
橋爪志保の話に戻ると、橋爪は2020年に第2回笹井宏之賞内の永井祐賞を受賞、2021年に第一歌集『地上絵』(書肆侃侃房)を上梓。また2022年3月に川柳のネットプリントvol.1「鬱転の姫君」を発行した。歌集『地上絵』から3首引用しておく。
淀川は広いな鴨川とは全然ちがうなほとんど琵琶湖じゃないか
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
僕たちの時代は来ない 置いたけど届かなかった脚立のように
歌人として嘱望される橋爪がなぜ川柳実作に興味をもったのだろうか。「川柳スパイラル」15号の飯島章友との対談で、橋爪はそのきっかけについて、次のように語っている。
〈「ゆにここカルチャースクール」の暮田真名さんの川柳講座「あなたが誰でもかまわない川柳入門」がきっかけです。それまでも川柳は細々と何かの機会があるごとに作ってはいたのですが、講座をきっかけにモチベーションが上がり、いきなり作る量が増えた、という感じです。ちょうど短歌の新しい連作を作っていたときで、その連作は自分の身を切ったような重い作風のものだったんです。作る楽しみと同時にしんどさがありました。そのしんどさを救ってくれたのが川柳でした。川柳の(短歌よりも比較的)「私」から解放されているという特性に惹かれます〉
千柳vol.1「鬱転の姫君」から5句引用する。
巧妙に電話相手を食べ尽くす
アイコンが似ても嘔吐はいちどきり
蛍より蛍の歴史重すぎる
「嫌なこと次々思い出しマーチ」
ゆびとゆびの間のテキストボックスよ
飯島との対談で橋爪はこんなふうに言っている。
〈「千柳」が結構多くの方にプリントアウトしてもらえたのはやっぱり大きかったですね。こんなに読んでもらえるのだな、と気付けたことは本当にありがたかった。句会はまだ参加したことがないのですが、川柳でやりたいこと・やれることがもう少しわかってきたら、挑戦してみたいです〉
その後、彼女は「川柳スパイラル」大阪句会にも参加したことがあるが、vol.2の発行予定を尋ねたところ100句をそろえるには時間がかかると言っていた。そしてVol.2が2022年9月に、vol.3が2023年7月に発行された。それぞれ5句ずつ紹介する。
vol.2「ドラムロールの肖像画」より。
ドラちゃんはドラムロールの肖像画
ブリリアントな眩暈楽しむ
先方がほしがる星の扇風機
消える手を試した何回も試した
みがわりは無限に入るキャビネット
vol.3「ねこ川柳botの軌跡」より。
ねこたちが電解液に溶ける夜
完璧なねこの額でクロールを
ねこの恋 コミュニケーションぜんぶ傷
くろねこの対義語が盛り塩だろう
転がったねこは明るき羅針盤
「ねこ」の題詠で100句揃えるには作者の力量を必要とするが、世間に流通している「猫川柳」とはまったく異なった世界が成立している。
「川柳スパイラル」18号のゲスト作品にも彼女は10句発表している。川柳実作への意欲が並々ではないことが感じられて心強い。
機器ひとつ生むならきっと水電話 橋爪志保