2020年6月26日金曜日

真夏の夜の匂いがする

しばらく更新できなかったので、この間のことを日記風にまとめておく。

5月×日
広瀬ちえみ句集『雨曜日』(文学の森)が届く。
句集を出すという話は聞いていたので、楽しみにしていた。
今年はこれまで長いあいだ川柳と向き合ってきた川柳人が成果をまとめる年なのかも知れない。樋口由紀子『金曜日の川柳』、そして広瀬ちえみ『雨曜日』。
あとがきで広瀬は、「かつて『広瀬ちえみ』を評する言葉をたくさんいただきました」と書いている。
 ニヒリスト
 ナルシスト
 迷路の少女
 沼のちえみ
 穴のちえみ
いろいろ言われているんだな。
「ちえみ個人をニヒリストというのではない。何か自分のこころを動かすことがあれば、いつも、その虚無が首をもたげる、いわば人間全体の抱えている解決不能の問題」「いわばニヒリズムをスプリングボードとしての現実肯定であり生の肯定」(石田柊馬「百万円のおとしだま」、「川柳木馬」76号)
「手ごわい日常の一つ一つこそ歓迎すべきである。それは迷路のちえみの日用品となり玩具となる」(大沼正明「迷路の愉悦」、セレクション柳人『広瀬ちえみ集』解説)
「もうひとり落ちてくるまで穴はたいくつ」(広瀬ちえみ)
『雨曜日』第一章のタイトルは「もう一度沼で逢いましょう」になっている。
過去の評価はさておいて、この句集は読んでいて川柳のおもしろさを堪能させてくれる。きちんと川柳に向き合ってきた人のすることはすごいなと思う。

 遅刻するみんな毛虫になっていた   広瀬ちえみ
 梅雨に入るからだが沼の匂いして
 逢うために右と左に別れましょう
 夜行性だから夜行性に会う
 咲くときはすこしチクッとしますから
 春の野の自分はお持ち帰りください
 うっかりと生まれてしまう雨曜日

6月×日
「船団」125号。終刊号だが、「散在」という言い方をしている。
特集は「俳句はどのような詩か」。
芳賀博子の連載「今日の川柳」もちょうど50回で終了。 「魔法の言葉」というタイトルで、これまでの取材のことや、「川柳塔」の電子化事業のこと、十年前の『超新撰21』に清水かおり作品が収録されたことと堺谷真人の解説などについて書いている。
 迷ったら海の匂いのする方へ  芳賀博子
会員作品から三句だけ。
 そろそろ蝿も簡単に死んでいく   らふあざみ
 月の夜や駱駝毛布のふっと哀愁   若森京子
 白菜は立派それほどでもないぼくら 小西昭夫
「船団」会員では、おおさわほてる『気配』(創風社出版)もいただいている。俳句とエッセー。
 人間のすることなんて青葉木菟   おおさわほてる
 あっ僕はあやまらないぞあおばずく
 カタツムリ合わせる顔がないんです
 春の月千年ぶりに吼えてみる
 蝉がついたままです鼻の下
あと、「猫町」1号(発行人・三宅やよい)が届いた。「散在」のひとつのかたちだろう。
 春かすみ猫はきちんと溶けてゆく 赤石忍
 蝶々蝶々容疑者に肉親      近江文代
 ラッパーが金子兜太の弓放つ   ねじめ正一
楽団のひとりが消える百千鳥   三宅やよい

6月×日
ネットプリント「ウマとヒマワリ9」。
平岡直子の川柳連作「水中ソーシャルディスタンス」20句と我妻俊樹の掌編小説「蚊柱」。
これはオフレコなんだけど、5月5日に予定していてコロナ禍で中止になったイベント「現代川柳のこれから・川柳スパイラル創刊3周年記念大会」では平岡さんに句会の選者をお願いしていた。ネットプリントのかたちで彼女の川柳が読めるのは嬉しい。

 鳥かごを大々的に留守にする    平岡直子
 耳のなか暗いねこれはお祝いね

「鳥かご」の句は川柳ではよく見かけるが、「大々的に留守」が新鮮である。「耳のなか」は20句のなかで一番好きな句。
我妻俊樹とは一度しか会ったことはなくて、2018年5月に瀬戸夏子と対談してもらった。そのときのことは「川柳スパイラル」3号に柳本々々が書いている。
あれからもう2年経つのかと思うと夢のようだ。

6月×日
柏書房のwebマガジンで瀬戸夏子の「そしてあなたたちはいなくなった」を読む。
「女人短歌」の創刊をめぐって、北見志保子と川上小夜子について。
北見志保子はともかく川上小夜子については短歌大事典でも開かなければ載っていないので、知らないことが多かった。

「彼女たちはなんども試みた。当然のようにそれは厳しい戦いだった。
彼女たちの最後の賭けが『女人短歌』だった」

 短日の陽のうつろひに散りこぼす光よ風よ冬青き樫   川上小夜子『光る樹木』

瀬戸のこの連載も佳境に入ってきた。

6月×日
「かばん」6月号が届く。
私が「かばん関西」と交流があったのは2004年~2005年ごろ。手元にある243号(2004年6月号)の特集は「かばん」20周年で20年のあゆみが表になっている。もうひとつの特集は「かばんの新しい風」で、イソカツミ『カツミズリズム』、伴風花『イチゴフェア』などが取り上げられている。
現在に戻ると、2020年6月号は通巻435になるらしい。特集「短歌とBL」。
もんちほしの表紙絵にインパクトがある。表紙のことばとして寺山修司の次の歌が挙げられている。

 はこべらはいまだに母を避けながらわが合掌の暗闇に咲く  寺山修司

特集チーフの高村七子によると、短歌は「私」の文学だが、BL短歌の多くは「彼」の文学だという。朝吹真理子と小佐野彈の対談、桝野浩一の「BL短歌と私」、松野志保の短歌など、充実した誌面になっている。

 トーキョーは雨だと知っているけれど君がどうしてるかは知らない(芳野悧子)
 月曜はしょげてる蜘蛛が来てくれる(佐藤智子)

6月×日
鈴木千惠子著『杞憂に終わる連句入門』(文学通信)が届く。
鈴木は日本連句協会の理事で、連句結社「猫蓑会」の主要メンバー。著者は連句の式目に精通している。
Ⅰ連句に関する覚書、Ⅱ連句作品、Ⅲエッセイ、の三部から構成されている。
「さて、おそらく世の中には他にも、過ぎてみれば杞憂であったということは転がっている。連句の実作もその一つではないだろうか」ということだが、鈴木には次のような付句もある。

 わかってるでもうれしいな君の嘘 倉本路子
  杞憂に終はる佳人薄命    鈴木千惠子

Ⅰのうち「与奪とは何か」が私には勉強になった。
Ⅱのうち「連句に挑戦」の部分には歌仙を巻くプロセスが順を追って説明されている。
連句の初心者から経験者まで楽しめる本になっている。

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