2020年4月10日金曜日

「MITASASA」14号のことなど

植物図鑑が売れているそうだ。
コロナで街に行けないから、公園を散歩していると名前を知らない野草が目につく。ちょっと調べてみようという気になるのだろう。この機会に博物学者になってみるのも一興である。
コロナ対応で自粛したが、4月4日に開催するはずだった大阪連句懇話会では「俳諧博物誌」と題して俳諧に詠まれる動植物について考えてみるつもりだった。鳥の話だけ少ししておくと、手元に『野鳥歳時記』(山谷春潮)という本がある。著者は水原秋桜子の門下。秋桜子は中西悟堂と交流があり、「馬酔木探鳥会」というのを行っていたから、秋桜子も鳥には詳しい。『野鳥歳時記』からおもしろいと思ったポイントをいくつか挙げておく。

1 鳥の囀りは全部「囀り」(春)の一語になるが、個々の鳥について見ると、鶯の囀りは春、駒鳥の囀りは夏である。頬白は従来の歳時記では秋だが、現在では春。「高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも」(島木赤彦)の影響か。留鳥でも囀りや鳴きを主眼とするものは春または夏。
2 留鳥・漂鳥・夏鳥・冬鳥・旅鳥の区別と季語の関係。たとえば山から里へ移動する鳥のどの時点をとらえて季語とするかという問題である。この著者は、留鳥・漂鳥で一定の季節に決定できないものは無季としている。
3 渡り鳥は秋の季語。渡りを考えると秋だが、平地に降りるときは冬になっている。旅鳥は秋と春の二度通過する。俳句ではどっちなのか。
4 同じ燕の仲間でも、燕・腰赤燕は春、岩燕は夏。雉子は留鳥で春。千鳥は普通は渡り鳥(冬)だが、小千鳥・白千鳥・イカルチドリは留鳥で「夏千鳥」となる。ややこしいことだが、ナチュラリストの目で俳諧を見直すことも必要だろう。

閑話休題。川柳の話に移ろう。
ネットプリント「MITASASA」14号は川柳号で、三田三郎・笹川諒・暮田真名の三人による川柳作品10句がそれぞれ掲載されている。三田と笹川は歌人だが、最近は川柳の実作も発表している。この三人の組み合わせは注目されるが、今回の暮田の参加は今年2月の『補遺』批評会を契機とするのかもしれない。
まだネプリが配信中なので、ここでは各1句だけ紹介する。

玉手箱の軍事利用が止まらない   三田三郎

「玉手箱」といえば「浦島太郎」である。乙姫さまからもらった玉手箱は開けることを禁じられたもの。ここではお伽話を軍事利用に転じている。開けないことが軍事利用になるのだろうが、開けてしまったらカタストロフになる。「端的に亀が悪いと思います」

金柑の中の王都を煮詰めよう     笹川諒

金柑はビタミンCが豊富だから、煮たものをヨーグルトなどに入れて食べたりする。「金柑を煮詰める」というのは日常の風景だが、そこに「王都」という言葉を入れると情景が一変する。金柑の中に別世界がある。その王都を破壊しようと言っているのではなくて、煮詰めて抽出しようとしているのだろう。現実に重なってもうひとつの世界が立ち上がってくる。

街はもうこども裁判所の様相に    暮田真名

「ごっこ遊び」というものがある。こどもが裁判長や検事になって、模擬裁判をする。ロールプレイをすることによってこどもが社会の仕組みを学んでゆく。しかし、ふと気づくと街中がこども裁判所になっていたのだ。風刺が前面に出ている。

笹川諒は「川柳スパイラル」8号のゲスト作品にも「トワイライト」10句を発表している。

世界痛がひどくて今日は休みます   笹川諒
意味上の主語と一夜を共にする

短歌フィールドの表現者が川柳形式で作品を書くというケースが増えてきた。
たとえば我妻俊樹はすでに川柳作品を多く発表しているが、noteに川柳連作「音楽は黙っていてくれる」(30句)を公開している。

マッチ箱の中でも蝶は飛んでいる   我妻俊樹
109から110に生え替わる

これらの作品は歌人が片手間に書いた川柳というようなものではなく、良質の川柳作品として通用するものとなっている。
「川柳スパイラル」8号から、もうひとり沢茱萸の作品を紹介する。

妄想の間に鹿をかわいがる      沢茱萸
紙媒体。ふたごの面倒よろしくね  

「間」には「あわい」とルビがふられている。沢は「かばん」の会員。この2年、川柳句会にも参加している。

川柳「湖」10号(浅利猪一郎川柳事務所)に第10回「ふるさと川柳」の結果が掲載されている。課題「風」。私のオシは「クモの巣に」の句。

もう少し風化してから逢いましょう 齋藤泰子 (最優秀句)
通帳にときどき風を入れてやる   赤石ゆう (優秀句一席)
真っ直ぐな風です 結婚しませんか 平井美智子(優秀句二席)
クモの巣にかかった風のやわらかさ 石田一郎 (優秀句三席)
新作の風のカタログです かしこ  柴田比呂志(優秀句三席)

「水脈」54号より。
マーラーはもう聴こえない水瓶座  一戸涼子
バッキューン酔いどれ天使のねらい撃ち 麒麟
なりゆきで必死にたまご抱いている 落合魯忠
行間のしめりを埋めていく桜    酒井麗水
明日までに標本箱へ帰ります    浪越靖政

俳句についても二誌紹介しておこう。
久保純夫の俳句個人誌「儒艮」31号。おもしろい句が並んでいる。

男黴女黴なる議事堂へ      久保純夫
南朝の途絶えしところ青芒
茹でられし蛸の定型噛んでおり
恙なく帚木として暮らしけり
いつまでのふたりで見たる蟻地獄
端居するところはいつも楕円かな
木耳の口の中から鳴いており
決めかねてすり寄ってくる李かな
はんざきを開いてみれば吾妹かな
わたくしは琥珀の色の麦茶です

「翔臨」97号から。

寝てすぐに三連水車雪漕ぐ夢   竹中宏
積雪に獣糞時は満ち足れり
山頂にだれかが遊んだ雪の洞
和魂舌のまはりの芹のくづ
啓蟄の二蛇踊り場でゆきちがふ
大工の子で外科医となつて花粉症
匍ひ出ては目貼り剥ぎとつたが一期

それぞれの表現者がそれぞれの形式で発信を続けている。

0 件のコメント:

コメントを投稿