2020年1月31日金曜日

眞鍋呉夫の俳句と連句‐『眞鍋呉夫全句集』(書肆子午線)

『眞鍋呉夫全句集』(書肆子午線)を送っていただいた。
眞鍋呉夫は小説家・俳人であるだけではなく連句人でもあるので、かねてから関心をもっていた。私の手元にあるのは『眞鍋呉夫句集 定本雪女』(邑書林句集文庫)、『眞鍋呉夫句集』(芸林21世紀文庫)、『夢みる力 わが詞華感愛抄』(ふらんす堂文庫)の三冊だが、今回全句集のかたちで読めるのは嬉しい。

眞鍋の三冊の句集のなかでまず読むべきなのは、やはり第二句集の『雪女』だろう。
雪月花の句を引用しておこう。

雪女見しより瘧をさまらず
口紅のあるかなきかに雪女

月天心まだ首だけがみつからず
われ鯱となりて鯨を追ふ月夜

唇吸へば花は光を曳いて墜ち
花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく

全句集の跋に高橋睦郎は「雪月花の人」という文章を書いている。
眞鍋呉夫の第二句集『雪女』、第三句『月魄』、第一句集『花火』。
「三つの句集名の上一字づつ取れば俳諧にいわゆる竪題の雪月花、ここから俳人眞鍋呉夫を名付けるなら、雪月花の人ということになろうか。これを別の言葉でいえば生涯かけて俳諧の骨を探りつづけた人ということだ」
さすがに高橋睦郎は俳諧(連句)の美意識について理解がゆき届いている。
それにしても、なぜ「雪女」なのか。
雪女の句にリアリティがあるのは、眞鍋が雪女を単なる昔話としてではなく、その存在を感得しているからだろう。『定本 雪女』(邑書林句集文庫)の後記で眞鍋は「雪女」「鎌鼬」「竈猫」などの季語について過去の事象として忘れられかけていることを述べたあとこんなふうに書いている。
「しかし、だからといって、これらの季語を生みだすに至ったより根源的な契機が、われわれの生命の母胎としての自然への畏敬にほかならなかったことを見おとすならば、その眼は節穴にひとしい、と言われても仕方があるまい。」「即ち、そういう本質的な意味では、『雪女』や『鎌鼬』や『竈猫』などは、時代錯誤的であるどころか、むしろ、最も未来的な可能性を孕んだ季語中の季語だ、といっても過言ではない」(「『雪女』の問題」)
「わが国の昔話や俳諧などによって伝承されてきたいわゆる『雪女』は、前近代の豪雪地帯における雪の猛威から生まれた幻想だという。しかし、私をして忌憚なく言わしむれば、この種の妖怪の本質は、新しい詩と宗教と科学に分化する以前の混沌とした、それだけにきわめて創造的なエネルギーのかたまりのようなものであろうと思う」(「『雪女』再考」)
鈴木牧之の『北越雪譜』や柳田国男の『妖怪談義』に通じる世界である。
句集『雪女』は歴程賞と読売文学賞を受賞している。俳句の賞ではなく、主として詩集に与えられる歴程賞を受賞したということは、眞鍋の俳句が詩的イメージの強い一行の詩として読まれたということだろう。
なお、邑書林版の『雪女』の解説は連句人(レンキスト)浅沼璞が書いている。「物のひかり」というタイトルで、浅沼の『中層連句宣言』に収録されている。

眞鍋の第一句集『花火』は芸林書房の『眞鍋呉夫句集』に14句だけ抄出されていたが、今回その全貌を知ることができた。

秋空に人も花火も打ち上げよ
ひとりぼつち雲から垂れたぶらんこに
恥毛剃る音まで青き夜の深み
聲出して哭くまい魚も孤獨なる
わがひとの不幸のほくろやみでもみえる

序詩を矢山哲治が書いている。

小さな唇もとを忍び、花火は胸うちに埋まつた。菊花を燭し、勲章のやうに吊つてある。やがて夜葦の戦ぎに紛れて、ひそかに鳴り始むるだらう。

矢山を中心に阿川弘之、島尾敏雄、那珂太郎などと同人誌「こをろ」が発行されていた。眞鍋の青春時代。『花火』は昭和16年発行、眞鍋21歳であった。
昭和18年、矢山哲治は西鉄の踏切で轢死した。自殺か事故死かは不明だという。

第三句集『月魄』(つきしろ)は2010年、邑書林から刊行されている。このとき作者は90歳。第44回蛇笏賞を受賞。

初夢は死ぬなと泣きしところまで
ひと食ひし淵より螢湧きいづる
雪を来て戀の軀となりにけり
この世より突き出し釘よ去年今年
吹雪く夜の無垢な二人となりにけり

最後に眞鍋呉夫の連句人としての面に触れておこう。
連句界で彼は眞鍋天魚の名で知られていた。全句集の年譜から、彼がかかわった主なものを抜き出しておく。

1974年 林富士馬の手引きにより東京義仲寺連句会の連衆となる。
1977年、俳諧誌「杏花村」創刊 高藤武馬、山地春眠子、八木壮一、わだとしお、村松定史など
1982年、「魚の会」佐々木基一(大魚)、野田真吉(魚々)、那珂太郎(黙魚)
1995年、「雹の会」那珂太郎、寺田博、司修、豊田健次、石川紀子など
2002年、「紫薇」に参加

『連句年鑑』に掲載の拙稿「橋閒石と非懐紙をめぐる八章」で、私は「野分」の巻(「紫薇」26号)を紹介したことがあるが、ここに再録しておきたい。澁谷道との両吟である。

雨漏りをよけてまた寝る野分かな   眞鍋天魚
榠樝匂へる板の間の闇       澁谷 道
幻が時計の捻子を巻きにくる        魚
議長ひとりが席に着きをり        道
鬨の声怒濤のごとく押し寄せて       魚
国の境は目にみえぬもの         道
「虚空もと色なし」といふ言やよし     魚
菫の束に結び文して           道
朧夜の微かにふるへゆるむ衣        道
擁けば泪のにじむ眥           魚
葬の日の螺旋階段垂直に          道
視野をかすめて都鳥翔ぶ         魚
熱燗に兜煮の味なつかしく         道
三センチほど長き右腕          魚
たれも居ぬテニスコートに球の音      道
鬚根のはえしドラム罐見よ        魚

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