2018年2月16日金曜日

二冊の句集―浪越靖政と猫田千恵子

新葉館出版から川柳作家ベストコレクションというシリーズが発行されている。本日はその中から浪越靖政と猫田千恵子の二冊の句集を紹介したい。

浪越靖政は北海道・江別市在住の川柳人。北海道は大正末年に田中五呂八が小樽で新興川柳運動を起こして以来、独自の風土と歴史をもっている。関西にいると北海道の川柳界のことはよく分からないが、浪越の編集する「水脈」を通じて様子が伝わってくる。
たとえば、「水脈」47号(2017年12月)には次のような作品が掲載されている。

足りないものばかり探している鎖骨   酒井麗水
胸像のあるヘヤ酸欠の思考       中島かよ
海馬から見放されたよドレミのド    平井詔子
月はいま点字ブロック通過中      岩渕比呂子
パピルスを剥がせば紀元前の貌     落合魯忠
切り抜きは読まずに捨てる猫のひげ   一戸涼子
未だ手放せぬ村田式銃 のようなもの  浪越靖政

浪越の句集に話を戻すが、「あとがき」によると、浪越が川柳をはじめたのは1973年、30歳のとき。小樽川柳社「こなゆき」への投句のあと、釧路川柳社・札幌川柳社・旭川源流川柳社などに所属。1996年に飯尾麻佐子を中心とする「あんぐる」創刊同人、同誌が廃刊のあと2002年に「水脈」創刊、その編集人となる。
ちなみに、飯尾麻佐子は女性川柳にとって重要な存在である。「魚」を創刊して女性川柳人に発表の場を提供した。「魚」から「あんぐる」を経て「水脈」で活躍している女性川柳人に一戸涼子がいる。
さて、浪越の句集は第一章「V字回復」、第二章「日没を待って」に分かれ、第一章は「川柳さっぽろ」掲載作品、第二章は「水脈」「短詩サロン」「バックストローク」「川柳カード」「触光」などの掲載作品だという。

旧姓で呼ぶと振り向くキタキツネ
妄想が前頭葉を占拠する
蝶と目が合って彼岸へ誘われる
Vサインしたまま雪に埋もれてく
旧石器時代の愛し方もある (以上、第一章から)

日没を待ってダミーと入れ替わる
杏仁豆腐の気持ちはどうも分からない
うっかりと見せるカラスの後頭部
三日月になっても尾行続けてる
時により入口役もする出口
自動消去まで十年を切っている (以上、第二章から)

川柳人は発表誌によって作風を使い分ける場合があり、第一章は「気楽に読んでもらえる作品」、第二章は「もう一人の自分が詠んだ作品」だという。川上三太郎の二刀流を思い出すが、読者はそんな区別を気にせずに好きな作品を読んでゆけばいいと思う。

猫田千恵子は愛知県半田市在住の川柳人。
句集の略歴によると、2009年「川柳きぬうらクラブ」に入会、2015年「ねじまき句会」に参加とある。なかはられいこが発行している「川柳ねじまき」には第3号から作品を掲載している。最新号の「川柳ねじまき」4号(2018年1月)には次のような句が掲載されている。

轢いた時ペットボトルがちぇっと鳴る   猫田千恵子
落ちちゃった少うし跳ねただけなのに
端っこの席に聞きたいことがある
頬骨のカーブが同じ顔二つ

さて、句集の方は第一章「海」、第二章「空」の二部構成。
「私の内面に向かって書いた句」を「海」、「外へ向かっていった句」を「空」としてまとめたという。私は半田市には新見南吉記念館や南吉生家を見に訪れたことがある。

全身に海沸き立ってくる 好きだ
一体は裸で眠る花の下
純粋な興味で押してみたボタン
同意する間もなく鍋に入れられる
終わったようだぞろぞろ出てきたよ
中心に立つと不安になってくる (以上、第一章)

秋の気配は肉球の温かさ
世界など何度もここで滅ぼした
人間が乗る一枚の磁気カード
連なった鳥居の奥は猫屋敷
朝になる普通の人が起きてくる (以上、第二章)

第一章には川柳性のある句が多く、第二章はそこから先に進んで冒険する句を集めているのかなと思った。そのことは、たとえば次の二句の書き方の違いに表れている。

シャツ一枚だけ北向きに干している
果てしない時空に白いシャツを干す

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