飯田良祐が亡くなったのは2006年7月のことだった。
没後10年の今年7月30日(土)に「飯田良祐句集を読む集い」を大阪上本町・たかつガーデンで開催する。ゲストには歌人の岡野大嗣氏を迎えることになっている。
飯田良祐の句集『実朝の首』は2015年1月に川柳カード叢書の一冊として刊行されたが、この句集を評価してくださったのが岡野さんだった。
あてどない春を炒めるゆりかもめ 飯田良祐
岡野さんが特に取り上げて紹介したのがこの句だったが、実はこの句は句集に未収録である。句集を編集するときに私が見落としたのだ。
良祐は、くんじろう、銀次と三人で「柳色」という読み句会(勉強会)を行っていて、その五回目に次の三句が発表されている。これは「柳色」のホームページでも読むことができる。
あてどない春を炒めるゆりかもめ
人物画が苦手な公園の銀杏
何ですかという虫を食べている 良祐
岡野さんが飯田良祐の句に眼をとめたのは純粋に作品を通してであることがわかる。「集い」の案内に岡野さんはこんなコメントを寄せている。
「飯田さんのことは、イラストレーターの安福望さんに教えてもらって知りました。飯田さんの句が孕んでいる、早朝の帰路にガラ空きの電車から見る夕焼けのような痛みに強く惹かれます」
今回の集いは友人だけの内輪の集まりにはしたくない。そういう集いならば酒を飲みながら思い出話にふければいいだけのことだ。良祐の作品は10年を経てどのように読まれるのだろうか。作品を通じて良祐に向かい合いたいと思っている。
飯田良祐は1943年生まれ。広告制作会社を経営していて、川柳をはじめたのは2000年ごろ。「川柳倶楽部パーセント」「バックストローク」などに作品を発表したが、特に晩年の二年間は個性的な句を書いた。
『実朝の首』を編集するときに、収録句のそれぞれについて鑑賞文を付けようとしたことがある。その企画は途中で放棄したのだが、そのうち三つばかり書きぬいてみる。
親族の記帳のあとの磨りガラス
「親族の記帳」だから、会計簿や預金通帳の記帳ではないだろう。
親族が集まるのは結婚式なのか、葬式なのか。
現代では法事などの機会以外に、親族が一堂に集まることはめったにない。
従兄弟・従姉妹などになるともう名前も曖昧である。
親族の記帳が終わったあと、思い出話になるのだろうか。それとも、もう何も話すことはないのだろうか。
「磨りガラス」は意味性の強い言葉である。見えないように隠すものには違いないが、何から何を隠すのだろうか。家の内部を家の外部から隠すのだろうか。見たくない外部を見えなくするためのものだろうか。どちらでも同じなのだろうか。
記帳する行為と磨りガラスとの間に良祐は関連性を嗅ぎ取っている。
存在していても見えないもの、見せたくないものがある。そういうものを見せてしまうと、人間関係が壊れたり、平穏な市民生活を送ることが困難になったりする。
けれども、表面的な平穏を剥ぎ取って、真実をあばいてみたい。そういうところから川柳ははじまるのかもしれない。
鼻柱だけで済ませている交尾
鼻柱で交尾できたら、おもしろいかも知れない。
と、まず無責任に言っておく。
DNAを残すために動物は交尾する。
体内受精、体外受精、雌雄同体、いろいろある。
しかし、鼻柱で交尾するという話は聞かない。
「鼻柱が強い」というフレーズがある。
一句発想の出発点がどこにあるのか分からないが、言葉から出発しているのかも知れない。
あるいは、きちんと交尾するのが面倒なのか。
なにやら投げやりな雰囲気である。
アンニュイが漂っている。
セックスの途中で寝てしまう、というほどひどくはないが、鼻柱だけで済ませるというのは悪意のある諧謔である。
仕方なく隣家の舌と旅に出る
旅の道づれということがある。
人はいろいろな事情で道づれになることだろう。
ときには気がすすまないのに、仕方なく行かねばならない場合もあるだろう。
隣家というのも微妙だ。隣同士だから、互いの内情が何となく分かっている。やりにくいだろう。
その上、隣家の「舌」である。黄色い舌かも知れないし、二枚舌かもしれない。
舌を比喩的に読むと、何やら意味ありげだが、本物の舌と読んでもかまわない。
ゴーゴリに「鼻」という小説がある。
「鼻」はペテルブルクのネフスキー大通りをうろうろしている。
良祐の句もゴーゴリ風の諷刺かと身構えるのだが、そうでもなくて軽い冗談のようなものかも知れない。
とりあえず旅は始まった。
先が思いやられることである。
あまりおもしろい鑑賞にならないのでもうやめにするが、次の句などは鑑賞文を書きあぐねている。
殻つきのまま落下する私生児
壊死を待つ桃色ジュゴン絵師二人
心療内科へ行く花鳥諷詠
句集に未収録の作品もまだまだあるようだ。
四国八十八カ所ハンドルは二本 良祐
丸干しが並ぶ異母兄弟のまま
委細面談 一乗寺下り松
天国へいいえ二階へ行くのです
目に青葉常識的な線を引く
「飯田良祐句集を読む集い」は7月30日(土)、午後1時開場で、岡野大嗣さんのお話は午後2時から。たかつガーデン、2階ガーベラにて。30人程度の小部屋なので、ご参加ご希望の方は早めにご連絡をお願いする。
経済産業省へ実朝の首持参する 飯田良祐
実朝の首を持参するくらいでは追いつかないほど、時代はさらに厳しくなっている。
渋滞のテールランプが汚くて綺麗でそこに今から混じる 岡野大嗣
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