2015年5月9日土曜日

楢崎進弘の川柳ワールド

「逸」35号に楢崎進弘(ならざき・のぶひろ)が書き下ろし作品300句を掲載している。タイトルは「地図を読む」。
楢崎といえば、『現代川柳の精鋭たち』(北宋社、2000年)に掲載された「わけあってバナナの皮を持ち歩く」は強烈な印象を残している。それ以後、楢崎の句をまとまって読む機会がなかったが、今回は彼の句を取り上げてみたい。

苦しくていとこんにゃくを身にまとう
わたくしの死後もうどんを煮てください
人参ハ常ニ戦闘態勢にアリ
小松菜も天皇制もむずむずする
茄子っ!投げて届かぬ手榴弾

「食べ物」を素材とする句から。
川柳では食べ物を詠むことが多いが、それは日常性を詠むことが川柳のひとつの方向でもあるからだ。ここでは、日常性・私性から次第に飛躍してゆく様々なレベルの食べ物の詠み方が見られ、思いが次第にエスカレートしてゆくように感じられる。
300句は句集一冊に相当する分量である。「蒟蒻」「かつ丼」「天丼」「茄子」「うどん」など同一素材の繰り返しや同じ発想の句も見られるが、そんなことにはおかまいなく、むしろバリエーションを楽しみながら、ぐいぐい押してゆく力業がここにはある。
次に「人名」を使った句から。

それならば犬飼現八課長補佐
いつまでが胡瓜クラウス・キンスキー
かつて岩崎宏美の前髪のせつなさ
もう少し寒くなったら笠智衆
ミレーヌと呼んでみたらし団子かな

人名は強いイメージを喚起する。
たとえば、クラウス・キンスキーは怪奇映画やドラキュラ役者として活躍し、彼の娘のナスターシャ・キンスキーも女優として著名である。ここでは人名と食べ物のダブルになっている。
次に「地名」を用いた句。

種子島あたりで力つきてしまう
腰つきも何が何だか南禅寺
カレーうどんの汁も飛び散る淡路島
神戸かな何をいまさらアスピリン
通天閣の方から風が吹いてくる

続いて「犬」の句から。

残業がないので犬の爪を切る
犬の影 犬のかたちをして歩く
寝屋川の犬のうんこを手で摑む
疥癬や犬の晩年牡蠣フライ
睾丸の袋と犬を持て余す

「犬」には川柳的喩を込めやすい。
たとえば、ここに「父」のイメージを重ねることができる。
スカトロジーと結びつけることもできて、引用はしないが楢崎のスカトロジックな句は十分楽しめる。
分類から離れて印象に残った句から。

寝不足や鮫の一族みな滅ぶ
病院の廊下で転ぶ「十代の性典」
たいむかあどや魚の眼の裏返し
その辺に転がっている副所長
粘膜やすでにこの世のことならず

楢崎の300句を読んで感じるのは強い表現衝動であり、私自身はすでに忘れてしまったルサンチマンである。
最後にもう一度「食べ物」の句を紹介して締めくくろう。

たこやきのたこになったりならなかったり
すでに手遅れの大根を洗っている
あきらかに鯖の味噌煮の肝試し
人参の首から下が改革派
蒟蒻を食べてもいいがへらへらするな

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