2012年6月29日金曜日

段駄羅の話

阿刀田高の『おとこ坂おんな坂』には12話の短編小説が収録されているが、言葉遊びの好きな著者だけに作中にさまざまな短詩型文芸が登場する。第一話「独りぼっち」では、バーにやって来る客の一人が回文に凝っている。「名作ができてねえ。ママに褒めてもらおうと思って」という彼が作った作品は

濡らしては初夜ははやよし果て知らぬ

という回文である。「(上から読んでも下から読んでも)世の中馬鹿なのよ」と歌ったのは日吉ミミだったが、私が最近耳にした風刺的回文に「保安院全員あほ」というのがある。怒る人があるかも知れないが、目くじらを立てることもないだろう。
第九話「恋の行方」では輪島塗の職人たちに広まっていた「段駄羅」という言葉遊びが重要な役割を果たしている。次に挙げる実例は段駄羅の代表的作品で、阿刀田の小説にも出てくる。

甘党は 羊羹が得手
      よう考えて  置く碁石     島谷吾六

中七の部分を掛け言葉にすることによって二重の意味をもたせ下五に続けていく文芸で、雑俳の分類で言えば「もじり」の一種と考えられる。
第二話「爪のあと」では万葉集の狭野弟上娘子の短歌をストーリー展開にうまく使うなど、短詩型文学作品を恋愛の機微に結びつけているのは心にくい。小説に上手に取り込むことで、読者が短詩型に興味をもつきっかけになったりする。

『ことば遊びの楽しみ』(岩波新書)でも阿刀田は段駄羅のことを次のように紹介している。
「段駄羅を知っていますか。
能登の輪島地方に伝わる充分に精緻なことば遊びなのに、一般にはあまり知られていない。大きな国語辞典にも載っていない。なぜなのだろうか。
私自身は木村功著『不思議な日本語・段駄羅』(鞜青社)で初めて知った」

この段駄羅研究家・木村功氏(大阪府堺市在住)をお招きして、先日6月24日に大阪・上本町の「たかつガーデン」で「第2回大阪連句懇話会」が開催され、「雑俳の話」をしていただいた。関西の連句人を中心とした集まりであるが、参加者の中には阿刀田高の小説を読んで段駄羅に興味をもった人もいたようである。
当日のレジュメは15ページに及ぶもので、雑俳・前句付から始まって段駄羅まで興味深い話の連続であった。その中から、いくつかの点をピックアップして紹介してみたい。

「一つの句に二つの季節を詠んでもOKの段駄羅」ということ。レジュメには次のようにある。
「俳句は季節感を大切にしますが、一句のうちに二つ以上の季語が入ることを『季重なり』と言って、一方が主であることが明白な場合などを除いて、『季重なり』を嫌います。これに対して、雑俳の一種である段駄羅は、中七の『転換の妙』の追求が第一義ですので、季語の有無にはまったくこだわりません。中には、一句の前・後半に、二つの季節が意図的に詠まれる場合もあります」
例として次の句が挙げられている。

春の野辺 蝶、飛びまわり
       ちょうど向日葵 燃える夏   夢岡樽蔵

夢岡樽蔵(ゆめおか・たるぞう=夢を語るぞう)は段駄羅作者・木村功のペンネーム。阿刀田の小説にもこの名で紹介されている。掲出句は上五が春、下五が夏になっている。連句の「季移り」の場合を考えあわせると、たいへん興味深い。

段駄羅連句というものもあり、笠段々付のように前の句の下五を次の句の上五に用いてつなげてゆくものである。

昼寝酒 今日だけのこと
      京、竹の子と  夏は鱧    徳野喜一郎

夏は鱧 湯引き理想ね
      指切りそうね 子の刃物    坂本信夫

子の刃物 用途を違い
       酔うとお互い 泣き上戸   宮下三郎

こんなふうに続いていく。
昼寝酒→夏は鱧→子の刃物というように世界が変化していくところは連句と同じである。
では、次の句はどうだろう。

すがしがし 元旦の雪
        寒暖の行き めぐる四季   山田二男

段駄羅は「中七の転換の妙」を生命とするから上五と下五はまったく別の世界になることが評価される。この点は連句の三句の渡りと同じで、連句では「観音開き」といって元に戻ることが嫌われる。
ところが別の考え方があって、阿刀田高は『おとこ坂おんな坂』で次のように書いている。作中人物の会話である。

「上の五と下の五との関係がないほうがいいらしいの。それが正統派だって。今の例なら『甘党は羊羹が得手』と、『よう考えて置く碁石』と、意味がべつべつで関係がないじゃない。甘党と碁石と関係がなければないほど、いいって」
「よくわかんない」
「でも先生はそれはおかしいって。七のところをかけ言葉にして二つの意味を持たせて、どっちの道を通っても全体がまとまりのある二句になるほうが、ずっと創るのがむつかしいし、おもしろいって」
「新しい流派を創るわけ?」

転じを生命とし、元に戻ることを否定する連句的価値観とは異なる部分もあるが、当日の木村氏のお話の中で最も興味深い問題提起であった。

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