今年もあと数日を残すのみとなった。
今年はどのような川柳作品が書かれ発表されたのか。
印象にのこった10句を挙げてみる。例年通り極私的なものであることをお断りしておく。
ソマリアのだあれも座れない食卓 滋野さち
川柳杜人創刊70周年記念句会(2017年11月4日開催)から。「川柳杜人」256号、宿題「席」(高橋かづき選)に掲載。
内戦・難民・海賊などソマリアについての断片的なニュースは入ってくるが、日本のテレビはアフリカ諸国の紛争についてあまり取り上げることがない。部族対立や周辺国との関係、国連の介入の不成功など、さまざまな経緯があって現在も混乱状態が続いているようだ。
食卓は人間生活にとって欠かせないものである。そこに人が集まり、食事をする。食べるものが食べられるということが平和の第一歩なのである。
掲出句は食卓に焦点をしぼり、そこに「だあれも座れない」現実を見据えている。川柳で時事句はたくさん書かれているが、批評性と文芸性を兼ね備えた作品を書くことはむつかしい。掲出句は今年の秀句の第一に挙げたい。
愛咬の顎は地上に出られない 清水かおり
「川柳木馬」154号(2017年11月)掲載。
「愛咬」の語、川柳では「愛咬やはるかはるかにさくら散る」(時実新子)が有名。清水かおりがこの語を使ったのがまずおもしろいと思った。
もちろん清水の場合は情念句ではない。「愛咬」→「顎」のア音によって一句が成立していて、「愛咬」は「顎」を導き出すための枕詞的な働きをしている。意味の中心は「顎は地上に出られない」にあるだろう。一種の閉塞感である。
「川柳木馬」は9月に亡くなった海地大破の追悼号になっている。
黙ってな声に出したら消されるよ 樹萄らき
「川柳サイドSpiral Wave」2号(2017年9月)掲載。
樹萄らきは伊那在住の川柳人。その気っぷのよい作風にはファンが多い。
川柳誌「旬」「裸木」などに作品を発表しているが、「川柳サイドSpiral Wave」2号で30句まとめて読むことができる。
「おばさんはカッコイイのさ 認めろ」「小童め傷つかぬよう必死だな」などの句もおもしろいが、掲出句は特に諷刺や皮肉が効いている。
女性たちが声をあげるようになってきた現状、まだまだ声をあげにくい現状がせめぎあっている。
モハでキハでキンコンカン兄貴 酒井かがり
「川柳サイドSpiral Wave」2号(2017年9月)掲載。
酒井かがりは今年関西で活躍の目立った川柳人のひとりだ。
家族をテーマにした連作のなかの一句で、兄については「煙たなびく月刊兄貴」「強剪定の果ての棒っきれ兄貴」「勝手口で待つノック式兄貴」などがあるが、掲出句は意味がわからないけれど何だかおもしろくて記憶に残る。
必ず暗くなるので夜を名乗らせて 我妻俊樹
「SH4」(2017年5月)掲載。
我妻俊樹は歌人で怪談作家としても活躍。「率」10号には誌上歌集『足の踏み場、象の墓場』を掲載。最近ではネットプリントで小説「天才歌人ヤマダ・ワタル」を発表して短歌界を諷刺している。「SH」は瀬戸夏子と平岡直子が発行している川柳作品集で4号は5月の文フリ東京で発売された。掲出句は「迷子たちのためのチャリティ」30句から。
「路線図を塗り分けたのち虹となる」「見るからにキャラメルだけがきみの過去」など飛躍感と言葉の斡旋の仕方や言語感覚が心地よい。
他ジャンルの表現者が川柳作品を書く機会が徐々に増えてゆくことと思われるが、川柳側もそれを受けとめるアンテナを常に出しておきたい。
そりゃあ君丹波橋なら韮卵 くんじろう
「川柳カード」14号(2017年3月)掲載。
丹波橋は近鉄線・京阪線の駅名。固有名詞(地名)を用いた川柳である。
ただ、この地名は和歌における歌枕のような具体的なイメージを喚起しない。
しかも、いっそうわかりにくくしているのが「韮卵」との関連性である。
「そりゃあ君」と言われても挨拶に困るのだ。
けれども、この句のおもしろさはそこにある。「丹波橋」と「韮卵」がこの句のなかで一回的に結びついた、その断言の魅力といったらよいだろうか。
掲出誌では入交佐妃がこの句に柵の上にとまっている小鳥の後ろ姿の写真を添えていて、コラボのおもしろさが生まれる。
たぶん彼女はスパイだけれどプードル 兵頭全郎
「川柳スパイラル」創刊号(2017年11月)掲載。
タイトルは〈『悲しみのスパイ』小林麻美MVより〉となっている。
小林麻美はある世代より上の年齢の読者にはよく知られている名前だ。
「雨音はショパンの調べ」とか巷に流れていた。
兵頭全郎は作句の触媒となるものをまず設定して、そこから作品を書くことが多いから、連作のかたちをとる。「悲しみのスパイ」が題(前句)となるのだ。
固有名詞はイメージを喚起しやすいが、このタイトルを外して読んでもさまざま自由な読みが可能だろう。タイトルにひっぱられ過ぎない方がおもしろいかもしれない。
電あ波い脳す波る波こ長と血 川合大祐
「川柳スパイラル」創刊号掲載。
表現の前衛性の背後にメッセージがこめられている。
「波」のつく熟語を並べているのだが、その間にはさまれている平仮名に意味がこめられているようだ。
あいすること電波脳波波長と血。
毎度おなじみ主体交換でございます 飯島章友
「川柳サイドSpiral Wave」1号(2017年1月)掲載。
廃品回収のパロディだが、一句の眼目は「主体交換」にある。
従来川柳は自己表出だと思われてきたが、その表出すべき「主体」が簡単に交換されてしまうようなものだとすれば、表現の根拠は崩壊してしまう。即ち「主体」こそ不安定きわまりないものなのだ。
そのような現代の状況を「重くれ」ではなく「軽み」で表現している。「猫の道魔の道(然れば通る) だれ」の方が作品としてはおもしろいかもしれないが、あえて掲出句を選んでおく。
ほんとうに、ほんとうに、ながいたたかいに、なる 柳本々々
「川柳の仲間 旬」212号(2017年7月)掲載。
「本当に本当に長い戦いになる」は散文だが、全部平仮名にして読点を打つことによって作品にしている。散文と川柳の関係はとても微妙だ。
私の世代は「言葉」から川柳を書く傾向が強くて、それは次の世代にもある程度受け継がれていると思うが、柳本の作品にはメッセージ性というか、何か人生論的なものを感じる。
「たたかい」と言うならば、何とたたかっているかというと、虚無とたたかっているのである。
では、よいお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いします。
2017年12月29日金曜日
2017年12月22日金曜日
諸誌逍遥(2) ― 11月・12月の川柳・短歌・俳句
ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
「WE ARE!」第3号(2001年12月)に掲載された作品である。当時も話題になったが、いまこの句が再び評価されている。
「俳句界」12月号の特集「平成俳句検証」で「平成を代表する句」として筑紫磐井と橋本直の二人が取り上げているのだ。
〈9.11テロをこんな美しく衝撃的に詠んだ句はないだろう。この状況は現在も続いている。(作者は川柳作家)〉(筑紫磐井)
〈具体的には「9.11」の映像を喚起させつつ、当の言語表現をふくめ様々なものの壊れる時代そのものをあらわしているように見える〉(橋本直)
すぐれた作品は時間を超えて語り継がれるということは心強い。
「豈」60号は先週紹介したが、第4回攝津幸彦記念賞は最優秀賞なしとなったようだ。優秀賞8名と若手推薦賞3名が選ばれている。詳細は「豈」次号61号で発表される。
句集の書評もたくさん掲載されている。中村安伸『虎の餌食』を倉坂鬼一郎が、岡村知昭『然るべく』を堺谷真人が書いていて、5月にこの二冊の句評会に行ったことを思い出した。
あと、北川美美が「吉村毬子に捧げる鎮魂」の句を発表している。吉村は今年7月に急逝した。吉村の句と北側の追悼句を並べておく。
金襴緞子解くやうに河からあがる 吉村鞠子
毬の中土の嗚咽を聴いてゐた
水鳥の和音に還る手毬唄
脱ぎなさい金襴緞子重いなら 北川美美
バスを待つ鞠子がそこにゐたやうな
茅ヶ崎の方より驟雨空無限
上田真治句集『リボン』(邑書林)が刊行されて話題になっている。
中くらゐの町に一日雪降ること 上田真治
水道の鳴るほど柿の照る日かな
紅葉山から蠅が来て部屋に入る
絨毯に文鳥のゐてまだ午前
夢のやうなバナナの当り年と聞く
海鼠には心がないと想像せよ
上のとんぼ下のとんぼと入れかはる
栞は中田剛・柳本々々、依光陽子が書いている。中田は上田のリボンの句から波多野爽波の句を思い浮かべている。
リボン美しあふれるやうにほどけゆく 上田真治
冬ざるるリボンかければ贈り物 波多野爽波
柳本は「今走つてゐること夕立来さうなこと」を挙げて上田俳句を「走る俳句」ととらえている。依光は「変わらないものを変えてゆく何か」というタイトルで「世界がこんなにも予定調和から遠く豊かだったかと驚愕する」と述べている。
「里」に連載されている「成分表」は私も愛読している。日常の出来事に対する独自の見方のあとに一句が添えられていて毎回新鮮だ。
『りぼん』の「あとがき」で彼はこんなふうに書いている。
〈さいきん、俳句は「待ち合わせ」だと思っていて。
言葉があって対象があって、待ち合わせ場所は、その先だ。〉
〈いつもの店で、と言っておいてじつはぜんぜん違う店で。
あとは、ただ、感じよくだけしていたい。〉
今年の角川短歌賞は睦月都の「十七月の娘たち」が受賞した。
朝日新聞の「うたをよむ」(12月4日)の欄で服部真里子は睦月の次の歌をとりあげて、「言葉を短歌の形にするのは、宝石にカットを施すようなものだと思う」と書いている。
悲傷なきこの水曜のお終ひにクレジットカードで買ふ魚と薔薇 睦月都
きららかに下着の群れは吊るされて夢の中へも虹架かるかな
文芸別人誌「扉のない鍵」(編集人・江田浩司、北冬舎)が発行されている。同人誌ではなくて、別人誌である。江田の創刊挨拶に曰く。
「本誌は同人誌とは異質なコンセプトで集まった、[別人]三十人によって創刊された雑誌です。別人各自にジャンルの壁はありません。それは、創作の面においても同様です。また、別人同士の関係性も考慮しておりません。別人誌というコンセプトに賛同した者が集まり、相互の力を結集して作り上げる文芸誌です」
掲載作品には短歌が多いようだが、現代詩・小説・エッセイ・評論と多彩だ。特集「扉、または鍵」というテーマらしきものはあるが、それぞれ別々に好むところで表現しているのだろう。
まだ解けないままに残されなければならないように汝へ降る問い 小林久美子
當らうか 一點透視のホームへと電車擴大してくる咄嗟 堀田季何
指といふ鍵を世界に可視化せよ 蜂の巣といふ鍵穴深く 玲はる名
今年もあと残り少なくなった。
「触光」(編集発行・野沢省悟)55号、「第8回高田寄生木賞」を募集している。前回に続き「川柳に関する論文・エッセイ」について選考する。川柳界では唯一の評論賞といえる。締切は2018年1月31日。多数の応募があれば川柳の活性化につながると思う。
「WE ARE!」第3号(2001年12月)に掲載された作品である。当時も話題になったが、いまこの句が再び評価されている。
「俳句界」12月号の特集「平成俳句検証」で「平成を代表する句」として筑紫磐井と橋本直の二人が取り上げているのだ。
〈9.11テロをこんな美しく衝撃的に詠んだ句はないだろう。この状況は現在も続いている。(作者は川柳作家)〉(筑紫磐井)
〈具体的には「9.11」の映像を喚起させつつ、当の言語表現をふくめ様々なものの壊れる時代そのものをあらわしているように見える〉(橋本直)
すぐれた作品は時間を超えて語り継がれるということは心強い。
「豈」60号は先週紹介したが、第4回攝津幸彦記念賞は最優秀賞なしとなったようだ。優秀賞8名と若手推薦賞3名が選ばれている。詳細は「豈」次号61号で発表される。
句集の書評もたくさん掲載されている。中村安伸『虎の餌食』を倉坂鬼一郎が、岡村知昭『然るべく』を堺谷真人が書いていて、5月にこの二冊の句評会に行ったことを思い出した。
あと、北川美美が「吉村毬子に捧げる鎮魂」の句を発表している。吉村は今年7月に急逝した。吉村の句と北側の追悼句を並べておく。
金襴緞子解くやうに河からあがる 吉村鞠子
毬の中土の嗚咽を聴いてゐた
水鳥の和音に還る手毬唄
脱ぎなさい金襴緞子重いなら 北川美美
バスを待つ鞠子がそこにゐたやうな
茅ヶ崎の方より驟雨空無限
上田真治句集『リボン』(邑書林)が刊行されて話題になっている。
中くらゐの町に一日雪降ること 上田真治
水道の鳴るほど柿の照る日かな
紅葉山から蠅が来て部屋に入る
絨毯に文鳥のゐてまだ午前
夢のやうなバナナの当り年と聞く
海鼠には心がないと想像せよ
上のとんぼ下のとんぼと入れかはる
栞は中田剛・柳本々々、依光陽子が書いている。中田は上田のリボンの句から波多野爽波の句を思い浮かべている。
リボン美しあふれるやうにほどけゆく 上田真治
冬ざるるリボンかければ贈り物 波多野爽波
柳本は「今走つてゐること夕立来さうなこと」を挙げて上田俳句を「走る俳句」ととらえている。依光は「変わらないものを変えてゆく何か」というタイトルで「世界がこんなにも予定調和から遠く豊かだったかと驚愕する」と述べている。
「里」に連載されている「成分表」は私も愛読している。日常の出来事に対する独自の見方のあとに一句が添えられていて毎回新鮮だ。
『りぼん』の「あとがき」で彼はこんなふうに書いている。
〈さいきん、俳句は「待ち合わせ」だと思っていて。
言葉があって対象があって、待ち合わせ場所は、その先だ。〉
〈いつもの店で、と言っておいてじつはぜんぜん違う店で。
あとは、ただ、感じよくだけしていたい。〉
今年の角川短歌賞は睦月都の「十七月の娘たち」が受賞した。
朝日新聞の「うたをよむ」(12月4日)の欄で服部真里子は睦月の次の歌をとりあげて、「言葉を短歌の形にするのは、宝石にカットを施すようなものだと思う」と書いている。
悲傷なきこの水曜のお終ひにクレジットカードで買ふ魚と薔薇 睦月都
きららかに下着の群れは吊るされて夢の中へも虹架かるかな
文芸別人誌「扉のない鍵」(編集人・江田浩司、北冬舎)が発行されている。同人誌ではなくて、別人誌である。江田の創刊挨拶に曰く。
「本誌は同人誌とは異質なコンセプトで集まった、[別人]三十人によって創刊された雑誌です。別人各自にジャンルの壁はありません。それは、創作の面においても同様です。また、別人同士の関係性も考慮しておりません。別人誌というコンセプトに賛同した者が集まり、相互の力を結集して作り上げる文芸誌です」
掲載作品には短歌が多いようだが、現代詩・小説・エッセイ・評論と多彩だ。特集「扉、または鍵」というテーマらしきものはあるが、それぞれ別々に好むところで表現しているのだろう。
まだ解けないままに残されなければならないように汝へ降る問い 小林久美子
當らうか 一點透視のホームへと電車擴大してくる咄嗟 堀田季何
指といふ鍵を世界に可視化せよ 蜂の巣といふ鍵穴深く 玲はる名
今年もあと残り少なくなった。
「触光」(編集発行・野沢省悟)55号、「第8回高田寄生木賞」を募集している。前回に続き「川柳に関する論文・エッセイ」について選考する。川柳界では唯一の評論賞といえる。締切は2018年1月31日。多数の応募があれば川柳の活性化につながると思う。
2017年12月15日金曜日
諸誌逍遥 ―11月・12月の川柳・短歌・俳句
時評をしばらく休んでいるうちに、相手取るべき雑誌や句集がたまってきた。
川柳はそれほどでもないが、俳句や短歌は活発に動いていて多岐にわたるので、駆け足で見ていこう。
「川柳木馬」145号は今年9月12日に亡くなった海地大破を追悼している。
清水かおりの巻頭言、古谷恭一の「海地大破・追想~人と作品~」のほか、海地大破作品集として154句を収録している。
蝉の殻半身麻痺のてのひらに 海地大破
たましいが木の上にあり木に登る
短命の家系をよぎる猫の影
とても眠くて楽譜一枚書き漏らす
夜桜に点々と血をこぼしけり
大破は「木馬」の精神的支柱であるだけではなく、全国の多くの川柳人にとっても心の支えだったと思う。
彼のあとを継承する「木馬」同人の作品から。
熟れ過ぎてここには翼つけられぬ 岡林裕子
ほんとうに求めるときは手動です 内田万貴
ここに来てここに座って木霊きく 大野美恵
愛咬の顎は地上に出られない 清水かおり
ゼラニューム手のかからない娘であった 川添郁子
11月の文フリ東京には行けなかったが、共有結晶別冊『萬解』を送っていただいた。
「俳句百合読み鑑賞バトル」「短歌鑑賞」から構成されている。BL読みがあるなら百合読み(GL読み)もあればおもしろいということらしい。短歌では山中千瀬や瀬戸夏子の作品が取り上げられている。
恋というほかにないなら恋でいい燃やした薔薇の灰の王国 山中千瀬
スプーンのかがやきそれにしたって裸であったことなどあったか君にも僕にも 瀬戸夏子
穂崎円は瀬戸の作品を次のように鑑賞している。
「感傷の甘ったるさや後悔の苦さはない。ただ今、スプーンの光に目を奪われ呆然としている僕がいるばかりだ。一度不在に気付いてしまったら、そうではなかった頃の自分に二度と戻れはしない」
「かばん」12月号は谷川電話歌集『恋人不死身説』の特集。
真夜中に職務質問受けていて自分が誰か教えてもらう 谷川電話
会いたいと何度祈ったことだろう 電車の窓にだれかのあぶら
恋人は不死身だろうな目覚めると必ず先に目覚めてるし
歌集評を木下龍也・初谷むい・佐藤弓生・柳本々々、山田航が書いている。
初谷むいは「すべて変わっていくこの世界の中であなただけが不死身であるということ」で、この歌集の「恋人のいる世界①」→「恋人のいない世界」→「恋人のいる世界②」という変遷をていねいに論じている。
柳本々々の「水の移動説」は「恋愛とは水の移動である」という説をとなえるが、これは「川柳スパイラル」創刊号における柳本の「竹井紫乙と干からびた好き」と表裏をなしている。谷川の短歌の水と竹井紫乙の川柳「干からびた君が好きだよ連れてゆく」を対照的にとらえているのだ。
「豈」60号の特集「平成29年の俳句界」。平成生まれの川嶋健佑が挙げているのは次の作品である。
青林檎からしりとりの始まりぬ 小鳥遊栄樹
遠足の終はりの橋の濡れており 黒岩徳将
会いたいな会いたくないなセロリ食う 天野大
春愁は三角座り、君が好き 山本たくや
一方、大井恒行は特集「29歳の攝津幸彦」で平成29年の29歳の俳人を「俳句年鑑」で調べたところ次の三人が見つかったという(「現在の29歳の俳人たち」)。
遠足の列に呑まれているスーツ 進藤剛士
朝焼けの象と少年泣きやめよ 山本たくや
蟬しぐれ自傷のごとく髪を染め ローストビーフ
その上で大井は29歳のころの攝津幸彦たちの世代について振り返っているのだが、なかなか興味深い。
他にも紹介したいものがあるが、今回はこのへんで。
川柳はそれほどでもないが、俳句や短歌は活発に動いていて多岐にわたるので、駆け足で見ていこう。
「川柳木馬」145号は今年9月12日に亡くなった海地大破を追悼している。
清水かおりの巻頭言、古谷恭一の「海地大破・追想~人と作品~」のほか、海地大破作品集として154句を収録している。
蝉の殻半身麻痺のてのひらに 海地大破
たましいが木の上にあり木に登る
短命の家系をよぎる猫の影
とても眠くて楽譜一枚書き漏らす
夜桜に点々と血をこぼしけり
大破は「木馬」の精神的支柱であるだけではなく、全国の多くの川柳人にとっても心の支えだったと思う。
彼のあとを継承する「木馬」同人の作品から。
熟れ過ぎてここには翼つけられぬ 岡林裕子
ほんとうに求めるときは手動です 内田万貴
ここに来てここに座って木霊きく 大野美恵
愛咬の顎は地上に出られない 清水かおり
ゼラニューム手のかからない娘であった 川添郁子
11月の文フリ東京には行けなかったが、共有結晶別冊『萬解』を送っていただいた。
「俳句百合読み鑑賞バトル」「短歌鑑賞」から構成されている。BL読みがあるなら百合読み(GL読み)もあればおもしろいということらしい。短歌では山中千瀬や瀬戸夏子の作品が取り上げられている。
恋というほかにないなら恋でいい燃やした薔薇の灰の王国 山中千瀬
スプーンのかがやきそれにしたって裸であったことなどあったか君にも僕にも 瀬戸夏子
穂崎円は瀬戸の作品を次のように鑑賞している。
「感傷の甘ったるさや後悔の苦さはない。ただ今、スプーンの光に目を奪われ呆然としている僕がいるばかりだ。一度不在に気付いてしまったら、そうではなかった頃の自分に二度と戻れはしない」
「かばん」12月号は谷川電話歌集『恋人不死身説』の特集。
真夜中に職務質問受けていて自分が誰か教えてもらう 谷川電話
会いたいと何度祈ったことだろう 電車の窓にだれかのあぶら
恋人は不死身だろうな目覚めると必ず先に目覚めてるし
歌集評を木下龍也・初谷むい・佐藤弓生・柳本々々、山田航が書いている。
初谷むいは「すべて変わっていくこの世界の中であなただけが不死身であるということ」で、この歌集の「恋人のいる世界①」→「恋人のいない世界」→「恋人のいる世界②」という変遷をていねいに論じている。
柳本々々の「水の移動説」は「恋愛とは水の移動である」という説をとなえるが、これは「川柳スパイラル」創刊号における柳本の「竹井紫乙と干からびた好き」と表裏をなしている。谷川の短歌の水と竹井紫乙の川柳「干からびた君が好きだよ連れてゆく」を対照的にとらえているのだ。
「豈」60号の特集「平成29年の俳句界」。平成生まれの川嶋健佑が挙げているのは次の作品である。
青林檎からしりとりの始まりぬ 小鳥遊栄樹
遠足の終はりの橋の濡れており 黒岩徳将
会いたいな会いたくないなセロリ食う 天野大
春愁は三角座り、君が好き 山本たくや
一方、大井恒行は特集「29歳の攝津幸彦」で平成29年の29歳の俳人を「俳句年鑑」で調べたところ次の三人が見つかったという(「現在の29歳の俳人たち」)。
遠足の列に呑まれているスーツ 進藤剛士
朝焼けの象と少年泣きやめよ 山本たくや
蟬しぐれ自傷のごとく髪を染め ローストビーフ
その上で大井は29歳のころの攝津幸彦たちの世代について振り返っているのだが、なかなか興味深い。
他にも紹介したいものがあるが、今回はこのへんで。
2017年10月27日金曜日
THANATOS ― 石部明没後5年
石部明は2012年10月27日に亡くなったから、本日はちょうど没後5年に当たる。
川柳人の作品は作者がいなくなると同時に風化し、忘れ去られてゆくのが常であるが、石部の作品は没後も読み継がれ、語り継がれるだけの内実をもっている。
石部の作品を読み直すひとつの契機として、八上桐子と私で「THANATOS」というフリーペーパーを発行している。第一号が2015年9月、第二号が2016年9月、第三号が2017年9月にそれぞれ発行されている。石部明の作品50句選と石部語録、あと石部論が二本という簡便なものだが、けっこう準備には手間がかかっている。年一回発行で次の四期に分けて石部明の川柳を読み解こうとしている。
第一期 1977年~1986年(38歳~47歳) 「マスカット」「展望」
第二期 1987年~1995年(48歳~56歳) 「川柳塾」「新思潮」『賑やかな箱』
第三期 1996年~2002年(57歳~63歳) 「川柳大学」「MANO」『現代川柳の精鋭たち』『遊魔系』
第四期 2003年~2012年(64歳~73歳) 「バックストローク」「Field」
資料収集については、たとえば「THANATOS 1/4」(第一期)の「マスカット」は小池が、「展望」については八上が担当し、雑誌掲載作品を調べたうえで、50句を選出している。「マスカット」「川柳塾」の資料は前田一石に提供を仰ぎ、石部の自伝「私の歩んだ道」(「ぜんけんそうれん」連載)については石田柊馬からコピーをいただいた。
雑誌に発表された初出の句を読んでいると、句集における完成形とはまた違った姿を垣間見ることができ、石部の作句のプロセスが納得されたり、いろいろな発見がある。詳しいことは「THANATOS」を読んでいただきたい。
石部明が「死」をモチーフにしたのはなぜだろうと以前から考えていたが、彼に影響を与えた川柳人が存在するように思われる。「THANATOS 1/4」で私は平野みさと行本みなみの名を挙げておいた。最近になって、石部に影響を与えた川柳人として、海地大破の存在が大きいのではないかと思うようになった。大破の川柳に「死」のモチーフが頻出することは、このブログの10月6日の文章で触れておいた。
さて、石部明の川柳活動は作品の発表だけではなくて、川柳をさまざまなイベントと連動させているところが特徴的である。「シンポジウム+大会」という形態は今では特に珍しくはないだろうが、「バックストローク」時代に彼が強力に推し進めたものであり、「バックストロークin ~」と銘打って各地で開催されたのであった。「THANATOS 2/4」では「おかやまの風・6」について、「THANATOS 3/4」では「川柳ジャンクション」について触れている。
「THANATOS 3/4」は「バックストローク」創刊の手前で終っている。来年の「THANATOS 4/4」では石部明をどのようにとらえたらよいだろうか。こういうささやかなフリーペーパーであっても、回を重ねるにつれて書くのが苦しくなる。同じことばかり繰り返しても仕方がないからだ。石部明のことを偲びつつ、ゆっくり考えていきたいと思っている。
最後に石部明の句を30句載せておく。忘れないことが大切だ。
琵琶湖などもってのほかと却下する
チベットへ行くうつくしく髪を結い
月光に臥すいちまいの花かるた
アドリブよ確かに妻をころせたか
バスが来るまでのぼんやりした殺意
穴掘りの名人が来て穴を掘る
梯子にも轢死体にもなれる春
水掻きのある手がふっと春の空
神の国馬の陣痛始りぬ
雑踏のひとり振り向き滝を吐く
軍艦の変なところが濡れている
国境は切手二枚で封鎖せよ
かげろうのなかのいもうと失禁す
性愛はうっすら鳥の匂いせり
男娼にしばらく逢わぬ眼の模型
栓抜きを探しにいって帰らない
鏡から花粉まみれの父帰る
ボクシングジムへ卵を生みにゆく
息絶えて野に強靭な顎一個
舌が出て鏡の舌と見つめあう
オルガンとすすきになって殴りあう
死者の髭すこうし伸びて雪催い
鳥かごを出れば太古の空があり
死ぬということうつくしい連結器
一族が揃って鳥を解体す
どの家も薄目で眠る鶏の村
わが喉を激しく人の出入りせり
轟音はけらくとなりぬ春の駅
入り口のすぐ真後ろがもう出口
縊死の木か猫かしばらくわからない
川柳人の作品は作者がいなくなると同時に風化し、忘れ去られてゆくのが常であるが、石部の作品は没後も読み継がれ、語り継がれるだけの内実をもっている。
石部の作品を読み直すひとつの契機として、八上桐子と私で「THANATOS」というフリーペーパーを発行している。第一号が2015年9月、第二号が2016年9月、第三号が2017年9月にそれぞれ発行されている。石部明の作品50句選と石部語録、あと石部論が二本という簡便なものだが、けっこう準備には手間がかかっている。年一回発行で次の四期に分けて石部明の川柳を読み解こうとしている。
第一期 1977年~1986年(38歳~47歳) 「マスカット」「展望」
第二期 1987年~1995年(48歳~56歳) 「川柳塾」「新思潮」『賑やかな箱』
第三期 1996年~2002年(57歳~63歳) 「川柳大学」「MANO」『現代川柳の精鋭たち』『遊魔系』
第四期 2003年~2012年(64歳~73歳) 「バックストローク」「Field」
資料収集については、たとえば「THANATOS 1/4」(第一期)の「マスカット」は小池が、「展望」については八上が担当し、雑誌掲載作品を調べたうえで、50句を選出している。「マスカット」「川柳塾」の資料は前田一石に提供を仰ぎ、石部の自伝「私の歩んだ道」(「ぜんけんそうれん」連載)については石田柊馬からコピーをいただいた。
雑誌に発表された初出の句を読んでいると、句集における完成形とはまた違った姿を垣間見ることができ、石部の作句のプロセスが納得されたり、いろいろな発見がある。詳しいことは「THANATOS」を読んでいただきたい。
石部明が「死」をモチーフにしたのはなぜだろうと以前から考えていたが、彼に影響を与えた川柳人が存在するように思われる。「THANATOS 1/4」で私は平野みさと行本みなみの名を挙げておいた。最近になって、石部に影響を与えた川柳人として、海地大破の存在が大きいのではないかと思うようになった。大破の川柳に「死」のモチーフが頻出することは、このブログの10月6日の文章で触れておいた。
さて、石部明の川柳活動は作品の発表だけではなくて、川柳をさまざまなイベントと連動させているところが特徴的である。「シンポジウム+大会」という形態は今では特に珍しくはないだろうが、「バックストローク」時代に彼が強力に推し進めたものであり、「バックストロークin ~」と銘打って各地で開催されたのであった。「THANATOS 2/4」では「おかやまの風・6」について、「THANATOS 3/4」では「川柳ジャンクション」について触れている。
「THANATOS 3/4」は「バックストローク」創刊の手前で終っている。来年の「THANATOS 4/4」では石部明をどのようにとらえたらよいだろうか。こういうささやかなフリーペーパーであっても、回を重ねるにつれて書くのが苦しくなる。同じことばかり繰り返しても仕方がないからだ。石部明のことを偲びつつ、ゆっくり考えていきたいと思っている。
最後に石部明の句を30句載せておく。忘れないことが大切だ。
琵琶湖などもってのほかと却下する
チベットへ行くうつくしく髪を結い
月光に臥すいちまいの花かるた
アドリブよ確かに妻をころせたか
バスが来るまでのぼんやりした殺意
穴掘りの名人が来て穴を掘る
梯子にも轢死体にもなれる春
水掻きのある手がふっと春の空
神の国馬の陣痛始りぬ
雑踏のひとり振り向き滝を吐く
軍艦の変なところが濡れている
国境は切手二枚で封鎖せよ
かげろうのなかのいもうと失禁す
性愛はうっすら鳥の匂いせり
男娼にしばらく逢わぬ眼の模型
栓抜きを探しにいって帰らない
鏡から花粉まみれの父帰る
ボクシングジムへ卵を生みにゆく
息絶えて野に強靭な顎一個
舌が出て鏡の舌と見つめあう
オルガンとすすきになって殴りあう
死者の髭すこうし伸びて雪催い
鳥かごを出れば太古の空があり
死ぬということうつくしい連結器
一族が揃って鳥を解体す
どの家も薄目で眠る鶏の村
わが喉を激しく人の出入りせり
轟音はけらくとなりぬ春の駅
入り口のすぐ真後ろがもう出口
縊死の木か猫かしばらくわからない
2017年10月20日金曜日
『天の川銀河発電所』のことなど
「里」175号の特集「天の川銀河は銀色なのか」は『天の川銀河発電所』について、「里」の同人を中心に取り上げている。
青山ゆりえの総論のあと、「里」の同人で『天の川』に入集している佐藤文香(論者・田中惣一郎)・中山奈々(論者・喪字男)・堀下翔(論者・小鳥遊栄樹)の三人についての作家論が続く。たとえば田中はこんなふうに書いている。
「第一句集出版以後の佐藤の活動は多様であった。現代短歌の、主に同世代の作品に親しみ、その頃は短歌界隈のシンポジウムなどにも観客として、時に登壇者としてしばしば参加していた。また写真表現にも目を向け、写真家との交流も一時は深くあった。そんな日々の中で、なぜ、俳句なのだろうか、と自問しなかったはずはないだろう」
『天の川』の関連イベントはいろいろあるようだが、10月7日、梅田のルクアイーレの蔦屋書店で開催された「トークイベント&サイン会」に出かけた。ゲストの正岡豊の話を聞くのが楽しみだった。
佐藤は以前「里」で「ハイクラブ」という選句欄を担当している(2013年)。その8月号で彼女は正岡の句を選んでいる。
夜よさてみずうみと入れ替わろうか 正岡豊
トークイベントの当日、佐藤が配った「ハイクラブ」のコメントがおもしろいので、紹介してみる。
「前回のつづきのようですが、自分のいいと思う俳句が説明できてしまうことを恐れています。というか、『いい!』と思うものについて、簡単に説明しきれてしまうようなら、それは自分の想定の範囲内のいい句、と思うのです。選評を書くとき、書きやすい句というのがあります。それは単にいいところを指摘しやすい句のことです。でも、自分が上手に言いたいがために、自分の思うすごい句をないがしろにするのは、言うまでもありませんが本末転倒です。自分を超えたところにある驚きに、少しでも自分が近づくために、噛み砕いていくようなことをしていきたいと思っています」(「里」2013年8月号)
正岡は歌集『四月の魚』(まろうど社)で知られているが、この歌集はもう手に入りにくく、「短歌ヴァーサス」6号(2004年12月)に掲載された増補版で読んでいる方も多いだろう。その正岡が第二歌集を準備しているということで、当日〈『白い箱』ショート・エディット〉というプリントが配られた。
一瞬ののちに失われるものがわたしとあなたの間にあった 正岡豊
恋やこの高尾清滝あの鳥はわたしよりあたたかいかも知れない
オオアリクイ ひどいじゃないかわたくしの風穴ごしに餌を取るとは
会場には『天の川』の入集俳人のうち、曾根毅・中山奈々・藤田哲史・中村安伸の姿も見られ、トークでもその作品が取り上げられていた。書店の中のコーナーでこういうイベントができるのはいいものだなと思った。対談終了後、私はサイン会の列に並んで佐藤文香のサインをもらったのだった。
「里」175号に話を戻すと、堀下翔が「俳句雑誌管見」のコーナーで、「そんなふうにして書いているうちに気付いたのは、現俳壇の諸作家の出立にあたる戦後の俳句史、とりわけ1970年代以降の歴史がほとんど記述されておらず、調べものに不便だということであった」と書いている。資料が豊富と思われる俳句においてもそうなのか。対象を限定した俳句著述はあるものの、1970年代以降の包括的な俳句史記述としてはNHKラジオ放送のテキスト『俳句の変革者たち』(青木亮人)くらいだという。
時評というものはむつかしいものである。気になったので、堀下が挙げている筑紫磐井の『21世紀俳句時評』(俳句四季文庫)を開いてみた。平成15年1月から平成25年1月までの10年間にわたる時評である(現在も進行中)。そこにこんなことが書いてある。
「さて、初めの十五年を眺めて、二十一世紀のこれからをどのように予想したらよいか。やはり俳人はつぎつぎに更新されて行く必要があり、新しい世代を呼び込めない文芸ジャンルは滅ぶしかない。その意味で前述のように新しい世代が登場していることは俳句にとって希望である」
何だかギクリとさせられる。
最後に、『天の川銀河発電所』から引用したい句はいくつもあるが、ここでは宮﨑莉々香の作品を書き留めておくことにする。
ひきだしに鈴トナカイのその冬の 宮﨑莉々香
桜蕊降る再生がとどこほる
あばらからみはらし花野へのつながり
からくりの手がうきくさの影になる
しんじてもかぜはさくらを書きくだす
青山ゆりえの総論のあと、「里」の同人で『天の川』に入集している佐藤文香(論者・田中惣一郎)・中山奈々(論者・喪字男)・堀下翔(論者・小鳥遊栄樹)の三人についての作家論が続く。たとえば田中はこんなふうに書いている。
「第一句集出版以後の佐藤の活動は多様であった。現代短歌の、主に同世代の作品に親しみ、その頃は短歌界隈のシンポジウムなどにも観客として、時に登壇者としてしばしば参加していた。また写真表現にも目を向け、写真家との交流も一時は深くあった。そんな日々の中で、なぜ、俳句なのだろうか、と自問しなかったはずはないだろう」
『天の川』の関連イベントはいろいろあるようだが、10月7日、梅田のルクアイーレの蔦屋書店で開催された「トークイベント&サイン会」に出かけた。ゲストの正岡豊の話を聞くのが楽しみだった。
佐藤は以前「里」で「ハイクラブ」という選句欄を担当している(2013年)。その8月号で彼女は正岡の句を選んでいる。
夜よさてみずうみと入れ替わろうか 正岡豊
トークイベントの当日、佐藤が配った「ハイクラブ」のコメントがおもしろいので、紹介してみる。
「前回のつづきのようですが、自分のいいと思う俳句が説明できてしまうことを恐れています。というか、『いい!』と思うものについて、簡単に説明しきれてしまうようなら、それは自分の想定の範囲内のいい句、と思うのです。選評を書くとき、書きやすい句というのがあります。それは単にいいところを指摘しやすい句のことです。でも、自分が上手に言いたいがために、自分の思うすごい句をないがしろにするのは、言うまでもありませんが本末転倒です。自分を超えたところにある驚きに、少しでも自分が近づくために、噛み砕いていくようなことをしていきたいと思っています」(「里」2013年8月号)
正岡は歌集『四月の魚』(まろうど社)で知られているが、この歌集はもう手に入りにくく、「短歌ヴァーサス」6号(2004年12月)に掲載された増補版で読んでいる方も多いだろう。その正岡が第二歌集を準備しているということで、当日〈『白い箱』ショート・エディット〉というプリントが配られた。
一瞬ののちに失われるものがわたしとあなたの間にあった 正岡豊
恋やこの高尾清滝あの鳥はわたしよりあたたかいかも知れない
オオアリクイ ひどいじゃないかわたくしの風穴ごしに餌を取るとは
会場には『天の川』の入集俳人のうち、曾根毅・中山奈々・藤田哲史・中村安伸の姿も見られ、トークでもその作品が取り上げられていた。書店の中のコーナーでこういうイベントができるのはいいものだなと思った。対談終了後、私はサイン会の列に並んで佐藤文香のサインをもらったのだった。
「里」175号に話を戻すと、堀下翔が「俳句雑誌管見」のコーナーで、「そんなふうにして書いているうちに気付いたのは、現俳壇の諸作家の出立にあたる戦後の俳句史、とりわけ1970年代以降の歴史がほとんど記述されておらず、調べものに不便だということであった」と書いている。資料が豊富と思われる俳句においてもそうなのか。対象を限定した俳句著述はあるものの、1970年代以降の包括的な俳句史記述としてはNHKラジオ放送のテキスト『俳句の変革者たち』(青木亮人)くらいだという。
時評というものはむつかしいものである。気になったので、堀下が挙げている筑紫磐井の『21世紀俳句時評』(俳句四季文庫)を開いてみた。平成15年1月から平成25年1月までの10年間にわたる時評である(現在も進行中)。そこにこんなことが書いてある。
「さて、初めの十五年を眺めて、二十一世紀のこれからをどのように予想したらよいか。やはり俳人はつぎつぎに更新されて行く必要があり、新しい世代を呼び込めない文芸ジャンルは滅ぶしかない。その意味で前述のように新しい世代が登場していることは俳句にとって希望である」
何だかギクリとさせられる。
最後に、『天の川銀河発電所』から引用したい句はいくつもあるが、ここでは宮﨑莉々香の作品を書き留めておくことにする。
ひきだしに鈴トナカイのその冬の 宮﨑莉々香
桜蕊降る再生がとどこほる
あばらからみはらし花野へのつながり
からくりの手がうきくさの影になる
しんじてもかぜはさくらを書きくだす
2017年10月6日金曜日
海地大破伝
海地大破(うみじ・たいは)は昭和11年5月22日、福岡県戸畑市(現北九州市)に生れた。本名、力(つとむ)。高知で生まれたのかと思っていたが、出生地は北九州市である。小学生のとき戦争の激化に伴って土佐市へ疎開。両親が高知県の出身で、大破は森沢家の三男として生まれたが、母の姓である海地家を継ぐ予定だった次男が幼少で死亡したため、大破が海地姓を名乗ることになった。独身のころ大破には放浪癖があったというが、北村泰章によると「生地に身を置くことの出来ない放浪という宿命が、すでにこのとき生じていたと思われる。何度か職を変え、転々とするなかで安住できるようになったのは、妻となる女性とめぐり遇い、公務員という職を得たときからである」。(「海地大破の人と作品」、「川柳木馬」80号)。
昭和29年12月、川柳に入門。入江川柳会に入会。高知新聞柳壇、「帆傘」へ投句を始める。高知には帆傘船というものがあり、大型の蛇の目傘のようなものを船に取り付けて、帆の代りにしたり、日よけにしたりしたらしい。「帆傘」は戦前から発行されていたようだが、昭和24年7月に復刊した。
昭和40年「ふあうすと」同人。「帆傘」の同人にもなるが、こちらは昭和49年に退会。
昭和47年1月に大破のほか小笠原望・古谷恭一・北村泰章の四人が「百句会」という集まりをもったそうである。その夜のうちに百句つくらなければ寝てはいけないというルールである。大破は三時間ほどで百句を作った。
大破の多作ぶりは有名であるが、彼がしばしば語ったエピソードに「川柳の鬼」といわれた定金冬二の思い出がある。冬二と大原美術館に行ったとき、大破は手帳に何かを書き込んでいる冬二の姿を見た。あとで同室になったとき、冬二に見せてもらった手帳には百句あまりの川柳がびっしりと書き込まれていたという。
昭和50年「川柳展望」創立会員。
昭和54年「木馬ぐるーぷ」創立。会誌「川柳木馬」は発行人・海地大破、編集人・北村泰章。創立同人は他に古谷恭一・西川富恵・村長虹子・土井富美子。
若手川柳人のグループ「四季の会」を母胎とし、高知を訪れた田中好啓・橘高薫風の「高知から新しい柳誌を出してはどうか」という勧めに応じて創刊されたという。
昭和56年、「川柳展望」38号に大破の川柳作品100句が発表される。
火の中にまどろんでいる涅槃かな
老残を晒す男の岸づたい
産み継いで地上に残る魚の骨
雨が来て隊伍崩れる壜の中
縄抜けの縄がいっぽん灰になる
平成元年、句集『満月の猫』が上梓される。
第五回川柳Z賞を受賞したあと、「かもしか川柳文庫」の一冊として発行されたものである。
「あとがき」にはこんなことが書いてある。
「句業三十年。現在に至るも納得のいく作品を書けない自分に不満を感じている」
「今までに書き溜めてきた作品を、一冊の句集にまとめることは、うれしいというよりも侘しいという思いが先行する。自分の努力の結果が、質量ともに今一歩という作品に直面すると、自分の非力さに打ちのめされる思いがするからである」
太鼓打つ血の繋がりを意識して
箸を作らんと一本の樹を削る
八月の怒りで魚の内臓を抜く
ふるさとへゆるりゆるりと腸が伸び
衰弱のはじまる縄が横たわる
猫消えた日から残尿感がある
真剣な顔で詐欺師が木を植える
しいたけ村の曇天をゆく老婆たち
つぎつぎと女が消える一揆の村
満月の猫はひらりとあの世まで
月を引くかたちで骨になっている
平成11年4月の「川柳木馬」80号「昭和2桁生れの作家群像」に60句が掲載。
作家論を堀本吟と北村泰章が書いている。
大破は師系として西森青雨の名を挙げ、愛誦句として青雨の「子よりなお妻はわがもの共に老ゆ」を挙げている。青雨について大破はかつて次のように語ったことがある。
「私は20年余、断続的に川柳をやってきたが、県柳界では真の作品批評がなかった。それは、人間の和を尊重するあまり、作品を批評することに遠慮があったように思われる。私の場合は、青雨さんからワンツーマンで厳しい指導を仰ぐことができたので、現在の自分があると感謝している」「私は、青雨さんの指導を仰いだが、青雨さんを踏襲しようとは考えていない。むしろ違ったものを志向している。それが個性ではないか。青雨さんから学びたいのは、批評精神や作品に打ち込む真摯な姿勢である。そこに青雨さんの偉大さを感じる。青雨作品を模倣せよというのではなく、心を学べと言いたい。そして、先達を乗り越えていく気概を持たなければ川柳の明日はない」(「川柳木馬」5号「座談会」)
「昭和2桁生れの作家群像」の「作者のことば」では病気について触れている。
「私は、子供の頃から病弱であった。中学三年のとき、健康診断で、身体に十分注意しないと三十歳までのいのちだと医師から宣告された。それからの私は、胃潰瘍、心臓病、脳梗塞、その他の病気で、毎年、入退院を繰り返してきた。従って、私は『生と死』のこの不可思議なテーマと永遠に向かい合うようになったが、未だ完成された作品に恵まれず忸怩たる思いにかられている」
改めて発表作品を読み直してみると、石部明の作品ともつながるような「死」のテーマが詠まれていることに気づく。
木が消えて風のむこうのかたつむり
累々と死に果て青い産卵期
一族が逃げ込んでゆく埴輪の目
死ぬときのジョークが未だ决まらない
女系家族の明るく魚の首をはね
表札に蝶が止まっている祭り
音楽が降る鳥籠に鳥の糞
さらに『現代川柳の精鋭たち』(平成12年)に大破は「喪失感」というタイトルで100句を発表。
鞄のなかの笑劇場を開演す
作り話がとても上手な鴉たち
夜桜に点々と血をこぼしけり
抱き締めた女が放つ魚臭かな
行き過ぎてあれは確かに鳥の顔
鏡のなかが賑やかすぎて眠れない
休戦のタオルを投げたのは男
蔑みの目がいつまでも壁にある
ゆっくりと紐をほどいて放浪へ
恐ろしい幻想がある消火栓
大破は「川柳定年説」を唱えたことがある。
「私のような凡人は五十歳に達したら川柳の第一線から身を退いて、新鮮で若い世代の人達にその場を譲りたいと考え続けてきましたが、その五十歳が目の前にぶらさがって来た現在も、この考えに変わりはありません」
「才能は好むと好まざるとにかかわらず必ず衰えていくものなのです。衰えと気づいたときには、スムーズに世代交替を図っていくことが川柳の発展に繋っていくのではないでしょうか」(「創」14号、昭和61年3月)
大破はこの言葉通り後進に道を譲り、木馬グループの次世代川柳人を育てることに力を注いだ。
2017年9月12日、海地大破、逝去。
大破のようなカリスマ的な川柳人が少なくなったいま、残された私たちは次のステージに進んでいかなければならないだろう。
昭和29年12月、川柳に入門。入江川柳会に入会。高知新聞柳壇、「帆傘」へ投句を始める。高知には帆傘船というものがあり、大型の蛇の目傘のようなものを船に取り付けて、帆の代りにしたり、日よけにしたりしたらしい。「帆傘」は戦前から発行されていたようだが、昭和24年7月に復刊した。
昭和40年「ふあうすと」同人。「帆傘」の同人にもなるが、こちらは昭和49年に退会。
昭和47年1月に大破のほか小笠原望・古谷恭一・北村泰章の四人が「百句会」という集まりをもったそうである。その夜のうちに百句つくらなければ寝てはいけないというルールである。大破は三時間ほどで百句を作った。
大破の多作ぶりは有名であるが、彼がしばしば語ったエピソードに「川柳の鬼」といわれた定金冬二の思い出がある。冬二と大原美術館に行ったとき、大破は手帳に何かを書き込んでいる冬二の姿を見た。あとで同室になったとき、冬二に見せてもらった手帳には百句あまりの川柳がびっしりと書き込まれていたという。
昭和50年「川柳展望」創立会員。
昭和54年「木馬ぐるーぷ」創立。会誌「川柳木馬」は発行人・海地大破、編集人・北村泰章。創立同人は他に古谷恭一・西川富恵・村長虹子・土井富美子。
若手川柳人のグループ「四季の会」を母胎とし、高知を訪れた田中好啓・橘高薫風の「高知から新しい柳誌を出してはどうか」という勧めに応じて創刊されたという。
昭和56年、「川柳展望」38号に大破の川柳作品100句が発表される。
火の中にまどろんでいる涅槃かな
老残を晒す男の岸づたい
産み継いで地上に残る魚の骨
雨が来て隊伍崩れる壜の中
縄抜けの縄がいっぽん灰になる
平成元年、句集『満月の猫』が上梓される。
第五回川柳Z賞を受賞したあと、「かもしか川柳文庫」の一冊として発行されたものである。
「あとがき」にはこんなことが書いてある。
「句業三十年。現在に至るも納得のいく作品を書けない自分に不満を感じている」
「今までに書き溜めてきた作品を、一冊の句集にまとめることは、うれしいというよりも侘しいという思いが先行する。自分の努力の結果が、質量ともに今一歩という作品に直面すると、自分の非力さに打ちのめされる思いがするからである」
太鼓打つ血の繋がりを意識して
箸を作らんと一本の樹を削る
八月の怒りで魚の内臓を抜く
ふるさとへゆるりゆるりと腸が伸び
衰弱のはじまる縄が横たわる
猫消えた日から残尿感がある
真剣な顔で詐欺師が木を植える
しいたけ村の曇天をゆく老婆たち
つぎつぎと女が消える一揆の村
満月の猫はひらりとあの世まで
月を引くかたちで骨になっている
平成11年4月の「川柳木馬」80号「昭和2桁生れの作家群像」に60句が掲載。
作家論を堀本吟と北村泰章が書いている。
大破は師系として西森青雨の名を挙げ、愛誦句として青雨の「子よりなお妻はわがもの共に老ゆ」を挙げている。青雨について大破はかつて次のように語ったことがある。
「私は20年余、断続的に川柳をやってきたが、県柳界では真の作品批評がなかった。それは、人間の和を尊重するあまり、作品を批評することに遠慮があったように思われる。私の場合は、青雨さんからワンツーマンで厳しい指導を仰ぐことができたので、現在の自分があると感謝している」「私は、青雨さんの指導を仰いだが、青雨さんを踏襲しようとは考えていない。むしろ違ったものを志向している。それが個性ではないか。青雨さんから学びたいのは、批評精神や作品に打ち込む真摯な姿勢である。そこに青雨さんの偉大さを感じる。青雨作品を模倣せよというのではなく、心を学べと言いたい。そして、先達を乗り越えていく気概を持たなければ川柳の明日はない」(「川柳木馬」5号「座談会」)
「昭和2桁生れの作家群像」の「作者のことば」では病気について触れている。
「私は、子供の頃から病弱であった。中学三年のとき、健康診断で、身体に十分注意しないと三十歳までのいのちだと医師から宣告された。それからの私は、胃潰瘍、心臓病、脳梗塞、その他の病気で、毎年、入退院を繰り返してきた。従って、私は『生と死』のこの不可思議なテーマと永遠に向かい合うようになったが、未だ完成された作品に恵まれず忸怩たる思いにかられている」
改めて発表作品を読み直してみると、石部明の作品ともつながるような「死」のテーマが詠まれていることに気づく。
木が消えて風のむこうのかたつむり
累々と死に果て青い産卵期
一族が逃げ込んでゆく埴輪の目
死ぬときのジョークが未だ决まらない
女系家族の明るく魚の首をはね
表札に蝶が止まっている祭り
音楽が降る鳥籠に鳥の糞
さらに『現代川柳の精鋭たち』(平成12年)に大破は「喪失感」というタイトルで100句を発表。
鞄のなかの笑劇場を開演す
作り話がとても上手な鴉たち
夜桜に点々と血をこぼしけり
抱き締めた女が放つ魚臭かな
行き過ぎてあれは確かに鳥の顔
鏡のなかが賑やかすぎて眠れない
休戦のタオルを投げたのは男
蔑みの目がいつまでも壁にある
ゆっくりと紐をほどいて放浪へ
恐ろしい幻想がある消火栓
大破は「川柳定年説」を唱えたことがある。
「私のような凡人は五十歳に達したら川柳の第一線から身を退いて、新鮮で若い世代の人達にその場を譲りたいと考え続けてきましたが、その五十歳が目の前にぶらさがって来た現在も、この考えに変わりはありません」
「才能は好むと好まざるとにかかわらず必ず衰えていくものなのです。衰えと気づいたときには、スムーズに世代交替を図っていくことが川柳の発展に繋っていくのではないでしょうか」(「創」14号、昭和61年3月)
大破はこの言葉通り後進に道を譲り、木馬グループの次世代川柳人を育てることに力を注いだ。
2017年9月12日、海地大破、逝去。
大破のようなカリスマ的な川柳人が少なくなったいま、残された私たちは次のステージに進んでいかなければならないだろう。
2017年9月29日金曜日
早稲田文学増刊・女性号
ジム・ジャームッシュ監督の映画「パターソン」を見た。
「現代詩手帖」9月号に映画評が出ていたし、ちょうど梅田で上映していたので、見に行った。
パターソンという町に住むパターソンという男が主人公。彼はバスの運転手をしながらノートに詩を書いている。その一週間のできごとが描かれている。
双子(twins)が繰り返し出てきたり、飼い犬の表情がおもしろかったりして細部も楽しめた。
10歳くらいの女の子が詩を書いている。主人公と話をしたあと、去ってゆくときに彼女が
Do you like Emily Dickinson?
というシーン、一瞬胸がつまった。
「早稲田文学増刊・女性号」を購入する。
発売前から話題になっていて、すでにネットに掲載されていた川上未映子の巻頭言は読んでいた。この巻頭言を身近にいる女性(私に「女の子は作られる」ということを教えてくれたひと)に見せると、「こんなのは当り前のことで、どんな作品を集めるかが問題」と言う。女性にとって当然の視点でも、私には新鮮で共感できたのは私が川柳という誤解されやすいジャンルに関わってきたことが一つの理由かもしれない。
「どうせそんなものだろう」、そう言ってあなたに蓋をしようとする人たちに、そして「まだそんなことを言っているのか」と笑いながら、あなたから背を向ける人たちに、どうか「これは一度きりのわたしの人生の、ほんとうの問題なのだ」と表明する勇気を。(川上未映子)
80人近い執筆者で、ジャンルも小説・現代詩・短歌・俳句と多岐に渡っている。
俳句から池田澄子・佐藤文香・中山奈々が参加している。
佐藤文香の「神戸市西区学園東町」は幼児から自分がどう呼ばれてきたかという呼称の変遷を記した短文と俳句をセットにして興味深い。たとえば、こんな具合に。
私ははじめ、あやかちゃんだったはずだ。少なくとも幼稚園のときにはあやかちゃんだった。しかし小学校に入ったら、知らない子たちから「さとうさん」と呼ばれるようになってしまった。これではいけないと思った。
アベリア来とうわさっきのアレ緑の蜂
佐藤は松山だと思っていたが、神戸で育ったらしい。「来とうわ」は「来てるわ」の神戸弁。大阪人は「来とう」とは言わない。多和田葉子の「空っぽの瓶」にも書かれているように、自分をどう呼ぶか、人にどう呼ばれるかは微妙で重要な問題である。
中山奈々は「O-157」15句を発表している。
初潮なり干からびし蚯蚓を摘み
O-157の年より生理南風
「初潮」「生理」が詠まれている。こういう句を読むと、「還暦の男に初潮小豆めし」(渡辺隆夫)などはやはり男性視点で書かれていたのだなと思う。中山は自己の呼称として「ぼく」をよく使う。
短歌からは今橋愛・東直子・井上法子・盛田志保子・早坂類・雪舟えま・野口あや子など比較的多数の歌人が参加している。
今橋愛は40才の自分を多行短歌で対象化しているが、『O脚の膝』で登場したときの印象が強いので、時間の経過を感じる。野口あや子の「エラクトラ・ハレーション」から二首引用しておこう。
森鷗外、森茉莉、
森鷗外が茉莉にふれたるおやゆびの葉巻のかおるような満月
アナイス・ニン
日毎夜毎ニンを犯してほのあおき梅を目のようにみひらいている
何しろ本書は550頁という厚さなので、まだ十分に読みきれていない。難点は重いので持ち運びできないことだろう。読んだことのない小説、知らなかった作家の作品も多い。書斎に置いて少しずつ読んでいるが、韓国のアーティスト、イ・ランの「韓国大衆音楽賞 トロフィー直売女」がおもしろいというより切実で印象的だった。中島みゆきでは「私たちは春の中で」「木曜の夜」「ファイト!」の三つが収録されているが、「ファイト!」の次のフレーズは私も心の中でいつも呟いている。
ファイト!闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
「現代詩手帖」9月号に映画評が出ていたし、ちょうど梅田で上映していたので、見に行った。
パターソンという町に住むパターソンという男が主人公。彼はバスの運転手をしながらノートに詩を書いている。その一週間のできごとが描かれている。
双子(twins)が繰り返し出てきたり、飼い犬の表情がおもしろかったりして細部も楽しめた。
10歳くらいの女の子が詩を書いている。主人公と話をしたあと、去ってゆくときに彼女が
Do you like Emily Dickinson?
というシーン、一瞬胸がつまった。
「早稲田文学増刊・女性号」を購入する。
発売前から話題になっていて、すでにネットに掲載されていた川上未映子の巻頭言は読んでいた。この巻頭言を身近にいる女性(私に「女の子は作られる」ということを教えてくれたひと)に見せると、「こんなのは当り前のことで、どんな作品を集めるかが問題」と言う。女性にとって当然の視点でも、私には新鮮で共感できたのは私が川柳という誤解されやすいジャンルに関わってきたことが一つの理由かもしれない。
「どうせそんなものだろう」、そう言ってあなたに蓋をしようとする人たちに、そして「まだそんなことを言っているのか」と笑いながら、あなたから背を向ける人たちに、どうか「これは一度きりのわたしの人生の、ほんとうの問題なのだ」と表明する勇気を。(川上未映子)
80人近い執筆者で、ジャンルも小説・現代詩・短歌・俳句と多岐に渡っている。
俳句から池田澄子・佐藤文香・中山奈々が参加している。
佐藤文香の「神戸市西区学園東町」は幼児から自分がどう呼ばれてきたかという呼称の変遷を記した短文と俳句をセットにして興味深い。たとえば、こんな具合に。
私ははじめ、あやかちゃんだったはずだ。少なくとも幼稚園のときにはあやかちゃんだった。しかし小学校に入ったら、知らない子たちから「さとうさん」と呼ばれるようになってしまった。これではいけないと思った。
アベリア来とうわさっきのアレ緑の蜂
佐藤は松山だと思っていたが、神戸で育ったらしい。「来とうわ」は「来てるわ」の神戸弁。大阪人は「来とう」とは言わない。多和田葉子の「空っぽの瓶」にも書かれているように、自分をどう呼ぶか、人にどう呼ばれるかは微妙で重要な問題である。
中山奈々は「O-157」15句を発表している。
初潮なり干からびし蚯蚓を摘み
O-157の年より生理南風
「初潮」「生理」が詠まれている。こういう句を読むと、「還暦の男に初潮小豆めし」(渡辺隆夫)などはやはり男性視点で書かれていたのだなと思う。中山は自己の呼称として「ぼく」をよく使う。
短歌からは今橋愛・東直子・井上法子・盛田志保子・早坂類・雪舟えま・野口あや子など比較的多数の歌人が参加している。
今橋愛は40才の自分を多行短歌で対象化しているが、『O脚の膝』で登場したときの印象が強いので、時間の経過を感じる。野口あや子の「エラクトラ・ハレーション」から二首引用しておこう。
森鷗外、森茉莉、
森鷗外が茉莉にふれたるおやゆびの葉巻のかおるような満月
アナイス・ニン
日毎夜毎ニンを犯してほのあおき梅を目のようにみひらいている
何しろ本書は550頁という厚さなので、まだ十分に読みきれていない。難点は重いので持ち運びできないことだろう。読んだことのない小説、知らなかった作家の作品も多い。書斎に置いて少しずつ読んでいるが、韓国のアーティスト、イ・ランの「韓国大衆音楽賞 トロフィー直売女」がおもしろいというより切実で印象的だった。中島みゆきでは「私たちは春の中で」「木曜の夜」「ファイト!」の三つが収録されているが、「ファイト!」の次のフレーズは私も心の中でいつも呟いている。
ファイト!闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
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