北田惟圭(きただ・ただよし)は大阪の川柳人。
句文集に『四角四面』(2011年)があるが、今回は今年3月に上梓された句集『残り火』を紹介したい。
この句集には2010年から2016年までの作品が収録されているが、この間、日本では東日本大震災や福島の原発事故、安保関連法の成立などの様々な出来事があった。この句集ではそれらの出来事と正面から取り組んでいる。
巻頭に置かれているのは次の句である。
蝶が舞う新月でしたあの日です 北田惟圭
「あの日」とはいつだろう。
新月だから月の出ていない夜である。夜飛ぶのは蛾であって、蝶が舞うのは幻想的な風景と受け取れる。とにかく「あの日」何かが起こった。
恋句とも読めるし、社会的な事件を詠んでいるようにも思える。
私は最初「フクシマ」のことかなと思ったが、2010年の作品として収録されているから、時が合わない。けれども、あとの句を読んでゆくと、福島の作品が多いから、この巻頭句は予言的なものとしてここに置かれているような気がした。
国ざかい消したはずですエラスムス
エラスムスは宗教改革期の人文学者で、『愚神礼賛』『平和の訴え』などで知られている。国際的な知識人だった。
2011年作品から。
メルトダウンに煮え滾る腸
咲き初めにひらひらひらと舞う核種
良くご存知ですね犠牲のシステム
巣作りの鳥が取り込む核のごみ
フクシマの灰次々と化けている
姉弟待つピアノは堪えて朽ちるまで
原発事故をテーマとした作品は現代詩や短歌・俳句で繰り返し創られているが、川柳で記憶に残るような作品は案外少ない。表層的な事件として詠まれることはあっても、自己のテーマとして正面から引き受けた作品が少ないのである。また、時事句として詠まれるだけで、作品が文芸的にも優れたものになることは簡単ではない。北田は社会的な素材と文芸性とのあいだで苦闘しながら、この大きなテーマと取り組んでいることがうかがえる。しかも、それは一過性の営為ではなく、持続的なものだった。
次にあげるのは2012年の作品である。
すべて木が騙されていて深みどり
花が咲く核種を吸って喜びの彩
幾万年の覚悟があるかと盧舎那仏
ウランが光る蟻塚の闇
被曝に嘘はないムラサキツユクサ
三万年 目覚めの悪い眠り姫
一本の柱だったか炉心だったか
北田は自らの川柳技術を駆使して、原発の主題に向かい合っている。
ここでは原発の時間的・空間的影響に視線が広がっている。風刺や反語、七七というリズム(五七五よりも圧縮されて引き締まった表現にすることができる)などが使われている。
さらに、2013年の作品を見ていこう。
廃炉の蔕に蛆がうじゃうじゃ
蟹のいた小島の磯や再稼働
事後処理として複式呼吸する
2号炉の抗がん剤はないのです
トーデンのデスクに廃炉の絵巻物
怒りは直接的になったり深化されたりする。
次は2014年の作品。
阿修羅には凍てた吐息の布告状
春の海核弾頭を隠し持ち
紫蘭ふたたび陣地ひろげる
何気なく置かれたものが化けている
もっともっと光を 過去を掘り返す
軍神が削除キー押す第九条
ウランがはしゃぐ君のポケット
首塚の位置がずれてる 再稼働
ここではもう一つのテーマ、安保法案の問題があらわれてくる。戦後の日本人が共通認識として持っていた戦争放棄の理念が揺らぎつつある。
続いて2015年。
銃を手にしたら外せなくなる的
輪唱の途中で重くなる廃炉
みかえりの阿弥陀如来が念を押す
原発の電気は使いたくないのです
情報に上手にハサミ入れたがる
シュート回転しないピストルの弾
喃語にて力説してる平和論
北田惟圭の句集『残り火』は社会詠に正面から取り組んだ、今どき珍しい川柳句集である。川柳は諷刺を得意とするものの、批評性と文芸性を兼ね備えることは至難の業である。ひとつの主題を持続的に取り上げ、深化させていくという姿勢も貴重なものだ。
最後に2016年作品から次の句を挙げて終わりたい。
黄蝶舞う一基一基と急き立てて 北田惟圭
2016年7月15日金曜日
2016年7月9日土曜日
「川柳の仲間 旬」
伊那で発行されている川柳誌「旬」。
創刊はけっこう古くて1992年3月、この7月で206号を数える。
代表・丸山健三、編集・樹萄らき。
私自身はしばらく交流が途絶えていたが、昨年の「川柳カード」大会や今年の「川柳フリマ」などで「旬」のバックナンバーが配布され、関西でも読者が増えつつあるようだ。
さて、「旬」7月号を紹介すると、まず表紙裏に「相乗りをお願いされる観覧車」「知りあいらしい人と乗るジェットコースター」(大川博幸)の句がそれぞれ観覧車とジェットコースターのイラストに重なるかたちで描かれている。毎回、前号作品からピックアップしたものをイラスト入りで紹介されている。
続いて「せせらぎ」の欄で前号からの推奨句がピックアップされている。
同人作品は各10句。
特技などない方がいいかまわない 池上とき子
数ミリのズレに気づかぬふり二人 桑沢ひろみ
ひと呼吸ほうら世界とつながった 千春
唐突に首狩りに出て帰る道 川合大祐
音質を変えたいために風邪をひく 柳本々々
ようカラス君等の歴史強いねえ 樹萄らき
鳥もまた横切っている空のもと 小池孝一
病院はビジネスの顔しています 竹内美千代
本能のままに生きたいけれど眠い 大川博幸
愛の手を避けてあさがお伸びてゆく 丸山健三
千春の作品には「再生」の主題があり、回復のあと再び「世界」とつながってゆく喜びが感じられる。
川合大祐には作者の実体験とは次元の異なる「言語作品」を作りあげようという意識が顕著だ。「泳いだかトリケラトプスだった夏」など異なった時間・空間を一句のなかで重ねあわせる書き方がある一方、「檻がある町のラーメン屋の格子」など「檻」という川合のこだわり続けているテーマが詠まれてもいる。「川柳カード」11号に飯島章友が「ドラえもんは来なかった世代」として川合大祐論を書いているなど、川合はいま注目されている若手川柳人である。句集を出す予定があるそうだから、上梓が楽しみだ。
柳本々々はこのところ「啄木忌」「ベーダ―忌」など「忌日シリーズ」を続けている。今回は「カフカ忌」。俳句では忌日は季語となるが、川柳で季語ではない忌日を詠むとどうなるか、興味深い試みだ。忌日と何かの取り合わせというのではなくて、「カフカ」からの連想で自由に作品を作っている。「グリーンのよしだ・よしおが止まらない」という句もあって、カフカならぬ「よしだ・よしお」(誰なんだ?)という人名が使われていたりする。川合大祐は「旬」5月号で、柳本が柳俳混合のそしりを受けるリスクを冒してまで、なぜ「忌」にこだわるのか、という問題提起をしたうえで、意味のない(逆に言えば「無限に意味の可能性を秘めた」)言葉を起点とすることによって、「無限」へと解放すると述べている(このときの柳本作品のタイトルは「コンビニ忌」という偽季語だった)。
樹萄らきは啖呵を切るようなスタイルでフアンが多い。「杜人」250号誌上句会には「いま朝を連れてくるから待ってろよ」という句が掲載されていた。
丸山健三は10句の頭文字をつなげると一つの意味になる仕掛けになっていて、今回は「あさがおとなつのかぜ」。掲出句、「愛」と「あさがお」という言葉の出自はここから。折句ではないが、いろいろな作句法があるものだ。
同人作品以外に、6コマ漫画やエッセーなど、バラエティに富んだ誌面構成になっている。
最後に、今年の5月に伊那公民館のロビーに展示された「旬」の作品の写真が掲載。この展示は「川柳の仲間 旬」のブログにも写真が掲載されているので、検索すればご覧になることができる。
「旬」は同人作品の掲載と相互の交流を主として、地域に川柳を根付かせようという姿勢もうかがえる。川柳作品の読みについては、前号掲載作品を例会や次号で丁寧に読んでゆくというスタイルのようで、「私の一句推薦」や「ストリーム」の欄が充実している。川柳を楽しんでいることが誌面から伝わってきて、クローズドではないがオープンでもない、中間的な同人誌の在り方なのかなと思った。同人の中では川合大祐と柳本々々が「川柳スープレックス」に参加している。また、川合と樹萄は「裸木」(発行・いわさき楊子)で作品を見かける。伊那という地域に根ざしつつ、元気に川柳発信を続けているグループである。
創刊はけっこう古くて1992年3月、この7月で206号を数える。
代表・丸山健三、編集・樹萄らき。
私自身はしばらく交流が途絶えていたが、昨年の「川柳カード」大会や今年の「川柳フリマ」などで「旬」のバックナンバーが配布され、関西でも読者が増えつつあるようだ。
さて、「旬」7月号を紹介すると、まず表紙裏に「相乗りをお願いされる観覧車」「知りあいらしい人と乗るジェットコースター」(大川博幸)の句がそれぞれ観覧車とジェットコースターのイラストに重なるかたちで描かれている。毎回、前号作品からピックアップしたものをイラスト入りで紹介されている。
続いて「せせらぎ」の欄で前号からの推奨句がピックアップされている。
同人作品は各10句。
特技などない方がいいかまわない 池上とき子
数ミリのズレに気づかぬふり二人 桑沢ひろみ
ひと呼吸ほうら世界とつながった 千春
唐突に首狩りに出て帰る道 川合大祐
音質を変えたいために風邪をひく 柳本々々
ようカラス君等の歴史強いねえ 樹萄らき
鳥もまた横切っている空のもと 小池孝一
病院はビジネスの顔しています 竹内美千代
本能のままに生きたいけれど眠い 大川博幸
愛の手を避けてあさがお伸びてゆく 丸山健三
千春の作品には「再生」の主題があり、回復のあと再び「世界」とつながってゆく喜びが感じられる。
川合大祐には作者の実体験とは次元の異なる「言語作品」を作りあげようという意識が顕著だ。「泳いだかトリケラトプスだった夏」など異なった時間・空間を一句のなかで重ねあわせる書き方がある一方、「檻がある町のラーメン屋の格子」など「檻」という川合のこだわり続けているテーマが詠まれてもいる。「川柳カード」11号に飯島章友が「ドラえもんは来なかった世代」として川合大祐論を書いているなど、川合はいま注目されている若手川柳人である。句集を出す予定があるそうだから、上梓が楽しみだ。
柳本々々はこのところ「啄木忌」「ベーダ―忌」など「忌日シリーズ」を続けている。今回は「カフカ忌」。俳句では忌日は季語となるが、川柳で季語ではない忌日を詠むとどうなるか、興味深い試みだ。忌日と何かの取り合わせというのではなくて、「カフカ」からの連想で自由に作品を作っている。「グリーンのよしだ・よしおが止まらない」という句もあって、カフカならぬ「よしだ・よしお」(誰なんだ?)という人名が使われていたりする。川合大祐は「旬」5月号で、柳本が柳俳混合のそしりを受けるリスクを冒してまで、なぜ「忌」にこだわるのか、という問題提起をしたうえで、意味のない(逆に言えば「無限に意味の可能性を秘めた」)言葉を起点とすることによって、「無限」へと解放すると述べている(このときの柳本作品のタイトルは「コンビニ忌」という偽季語だった)。
樹萄らきは啖呵を切るようなスタイルでフアンが多い。「杜人」250号誌上句会には「いま朝を連れてくるから待ってろよ」という句が掲載されていた。
丸山健三は10句の頭文字をつなげると一つの意味になる仕掛けになっていて、今回は「あさがおとなつのかぜ」。掲出句、「愛」と「あさがお」という言葉の出自はここから。折句ではないが、いろいろな作句法があるものだ。
同人作品以外に、6コマ漫画やエッセーなど、バラエティに富んだ誌面構成になっている。
最後に、今年の5月に伊那公民館のロビーに展示された「旬」の作品の写真が掲載。この展示は「川柳の仲間 旬」のブログにも写真が掲載されているので、検索すればご覧になることができる。
「旬」は同人作品の掲載と相互の交流を主として、地域に川柳を根付かせようという姿勢もうかがえる。川柳作品の読みについては、前号掲載作品を例会や次号で丁寧に読んでゆくというスタイルのようで、「私の一句推薦」や「ストリーム」の欄が充実している。川柳を楽しんでいることが誌面から伝わってきて、クローズドではないがオープンでもない、中間的な同人誌の在り方なのかなと思った。同人の中では川合大祐と柳本々々が「川柳スープレックス」に参加している。また、川合と樹萄は「裸木」(発行・いわさき楊子)で作品を見かける。伊那という地域に根ざしつつ、元気に川柳発信を続けているグループである。
2016年7月1日金曜日
「杜人」創刊250号
仙台で発行されている川柳誌「杜人」の創刊250号(2016年夏号)が先日発行された。巻頭の「ごあいさつ」で発行人の山河舞句は次のように述べている。
〈 杜人社の創立は昭和22年10月です。スタート時の同人はわずかに4名。いずれも、娯楽の少ない戦後の混乱期に、ラジオ文芸や新聞柳壇に惹かれて川柳を始めた二十歳前後の若者でした。
昭和22年、月刊誌から始まった「川柳杜人」は、顧問として川上三太郎、前田雀郎、大谷五花村を迎え、句会の選者や川柳講演をしてもらったり、また「番傘」の岸本水府や「ふあうすと」の椙元紋太、福島の白石朝太郎、川柳非詩論で知られた石原青龍刀などにも評論を書いてもらうなど、全国的に注目されるようになりました。 〉
「杜人」の歩みについては私もこの時評(2011年5月20日)で書いたことがあるが、簡単に振り返っておこう。
「杜人」は昭和22年(1947)10月、新田川草(にった・せんそう)によって創刊された。創刊同人4人とは、川草のほかに渡辺巷雨、庄司恒青、菊田花流面(かるめん)。杜人の句会は川草の経営するパン屋の2階でやっていたという。
その後、添田星人と大友逸星の星・星コンビが加わったほか、田畑伯史、今野空白など著名な川柳人を輩出した。新田川草は、深酒の果てに昭和47年(1972)死去。
「杜人」の指向するところを山河舞句は次のように書いている。
〈 「川柳杜人」は、伝統的に勝手気儘な自由なグループです。一人ひとりの個性がはっきりしている集団です。画一的ではないスタイルをそれぞれが指向しています。 〉
創刊250号を記念して誌上川柳句会が行われ、その結果が発表されている。
兼題は「朝」「着」で、それぞれ三人の選者による共選。各選者の特選を選者名とあわせて紹介しておこう。
仏壇はあるしドラマは始まるし 木暮健一 (野沢省悟選)
一匹になった金魚に朝が来る 福力明 (八上桐子選)
朝を待つ象の鎖骨にふれながら 瀧村小奈生 (佐藤みさ子選)
かたぐるま真っ赤な夕陽着て帰る 黒木せつよ (藤富保男選)
蕗の薹母は生涯木綿着て 松岡玲子 (𠮷田健治選)
ゴム草履が流れ着いたらもう無敵 樋口由紀子 (広瀬ちえみ選)
「朝」の方には「仏壇」「一匹になった金魚」「象の鎖骨」に対するそれぞれの選者の思い入れの深さがうかがえる。「着」の方は、藤富と吉田が「取り合わせ」の句を選んでいるのに対して、広瀬が「切れのない句」を選んでいるのがおもしろいと思った。各選者による選評が付いているので、ご興味のある方は本誌をお読みになっていただきたい。
以下、アットランダムにピックアップしておく。
朝礼の途中で一人二人孵化 芳賀博子
口開けて朝日七秒いただいた 深谷江利子
ニンゲンに戻ろう朝が来る前に 浮千草
思いだし笑いが朝になりました 赤松ますみ
向こう岸を少しのぞいてから起きる 山田ゆみ葉
平等に朝が来るとはかぎらない 鈴木逸志
土中から出てくるここは朝ですか 広瀬ちえみ
いま朝を連れてくるから待ってろよ 樹萄らき
瓶詰の朝を大さじ1と1/2 楢崎進弘
朝礼のみんな卵を産みたいの きゅういち
不時着のトマトを愛とまちがえる 吉岡とみえ
着くまではさやえんどうでおりますね 丸山あずさ
たどり着かないようにあなたを迂回する 瀧村小奈生
試着室なかなか妻が出てこない 鈴木逸志
存在を着崩している排卵日 きゅういち
船着場までは真っ赤な服でいく いわさき楊子
カンガルーキック着払いで届く 森田律子
着々と太郎は森になってゆく 江口ちかる
絢爛とかぶく僧千人の大法会 松永千秋
傘ないねんと計画的不時着 岡谷樹
192名の投句者があり、一人二句だから各題384句の選となる。さまざまな傾向の句が集まり、共通のベースは何もないから選はたいへんだっただろうが、「画一的でないスタイル」を指向する「杜人」にふさわしく多様な作品が集まったようだ。現時点での現代川柳の幅を展望するのに有効だと思われる。
それにしても、250号とは息の長い営為である。来年は創立70年を迎えるという。これからも「開かれた杜人」の誌面と活躍を期待したい。
〈 杜人社の創立は昭和22年10月です。スタート時の同人はわずかに4名。いずれも、娯楽の少ない戦後の混乱期に、ラジオ文芸や新聞柳壇に惹かれて川柳を始めた二十歳前後の若者でした。
昭和22年、月刊誌から始まった「川柳杜人」は、顧問として川上三太郎、前田雀郎、大谷五花村を迎え、句会の選者や川柳講演をしてもらったり、また「番傘」の岸本水府や「ふあうすと」の椙元紋太、福島の白石朝太郎、川柳非詩論で知られた石原青龍刀などにも評論を書いてもらうなど、全国的に注目されるようになりました。 〉
「杜人」の歩みについては私もこの時評(2011年5月20日)で書いたことがあるが、簡単に振り返っておこう。
「杜人」は昭和22年(1947)10月、新田川草(にった・せんそう)によって創刊された。創刊同人4人とは、川草のほかに渡辺巷雨、庄司恒青、菊田花流面(かるめん)。杜人の句会は川草の経営するパン屋の2階でやっていたという。
その後、添田星人と大友逸星の星・星コンビが加わったほか、田畑伯史、今野空白など著名な川柳人を輩出した。新田川草は、深酒の果てに昭和47年(1972)死去。
「杜人」の指向するところを山河舞句は次のように書いている。
〈 「川柳杜人」は、伝統的に勝手気儘な自由なグループです。一人ひとりの個性がはっきりしている集団です。画一的ではないスタイルをそれぞれが指向しています。 〉
創刊250号を記念して誌上川柳句会が行われ、その結果が発表されている。
兼題は「朝」「着」で、それぞれ三人の選者による共選。各選者の特選を選者名とあわせて紹介しておこう。
仏壇はあるしドラマは始まるし 木暮健一 (野沢省悟選)
一匹になった金魚に朝が来る 福力明 (八上桐子選)
朝を待つ象の鎖骨にふれながら 瀧村小奈生 (佐藤みさ子選)
かたぐるま真っ赤な夕陽着て帰る 黒木せつよ (藤富保男選)
蕗の薹母は生涯木綿着て 松岡玲子 (𠮷田健治選)
ゴム草履が流れ着いたらもう無敵 樋口由紀子 (広瀬ちえみ選)
「朝」の方には「仏壇」「一匹になった金魚」「象の鎖骨」に対するそれぞれの選者の思い入れの深さがうかがえる。「着」の方は、藤富と吉田が「取り合わせ」の句を選んでいるのに対して、広瀬が「切れのない句」を選んでいるのがおもしろいと思った。各選者による選評が付いているので、ご興味のある方は本誌をお読みになっていただきたい。
以下、アットランダムにピックアップしておく。
朝礼の途中で一人二人孵化 芳賀博子
口開けて朝日七秒いただいた 深谷江利子
ニンゲンに戻ろう朝が来る前に 浮千草
思いだし笑いが朝になりました 赤松ますみ
向こう岸を少しのぞいてから起きる 山田ゆみ葉
平等に朝が来るとはかぎらない 鈴木逸志
土中から出てくるここは朝ですか 広瀬ちえみ
いま朝を連れてくるから待ってろよ 樹萄らき
瓶詰の朝を大さじ1と1/2 楢崎進弘
朝礼のみんな卵を産みたいの きゅういち
不時着のトマトを愛とまちがえる 吉岡とみえ
着くまではさやえんどうでおりますね 丸山あずさ
たどり着かないようにあなたを迂回する 瀧村小奈生
試着室なかなか妻が出てこない 鈴木逸志
存在を着崩している排卵日 きゅういち
船着場までは真っ赤な服でいく いわさき楊子
カンガルーキック着払いで届く 森田律子
着々と太郎は森になってゆく 江口ちかる
絢爛とかぶく僧千人の大法会 松永千秋
傘ないねんと計画的不時着 岡谷樹
192名の投句者があり、一人二句だから各題384句の選となる。さまざまな傾向の句が集まり、共通のベースは何もないから選はたいへんだっただろうが、「画一的でないスタイル」を指向する「杜人」にふさわしく多様な作品が集まったようだ。現時点での現代川柳の幅を展望するのに有効だと思われる。
それにしても、250号とは息の長い営為である。来年は創立70年を迎えるという。これからも「開かれた杜人」の誌面と活躍を期待したい。
2016年6月24日金曜日
振り返れば飯田良祐
飯田良祐が亡くなったのは2006年7月のことだった。
没後10年の今年7月30日(土)に「飯田良祐句集を読む集い」を大阪上本町・たかつガーデンで開催する。ゲストには歌人の岡野大嗣氏を迎えることになっている。
飯田良祐の句集『実朝の首』は2015年1月に川柳カード叢書の一冊として刊行されたが、この句集を評価してくださったのが岡野さんだった。
あてどない春を炒めるゆりかもめ 飯田良祐
岡野さんが特に取り上げて紹介したのがこの句だったが、実はこの句は句集に未収録である。句集を編集するときに私が見落としたのだ。
良祐は、くんじろう、銀次と三人で「柳色」という読み句会(勉強会)を行っていて、その五回目に次の三句が発表されている。これは「柳色」のホームページでも読むことができる。
あてどない春を炒めるゆりかもめ
人物画が苦手な公園の銀杏
何ですかという虫を食べている 良祐
岡野さんが飯田良祐の句に眼をとめたのは純粋に作品を通してであることがわかる。「集い」の案内に岡野さんはこんなコメントを寄せている。
「飯田さんのことは、イラストレーターの安福望さんに教えてもらって知りました。飯田さんの句が孕んでいる、早朝の帰路にガラ空きの電車から見る夕焼けのような痛みに強く惹かれます」
今回の集いは友人だけの内輪の集まりにはしたくない。そういう集いならば酒を飲みながら思い出話にふければいいだけのことだ。良祐の作品は10年を経てどのように読まれるのだろうか。作品を通じて良祐に向かい合いたいと思っている。
飯田良祐は1943年生まれ。広告制作会社を経営していて、川柳をはじめたのは2000年ごろ。「川柳倶楽部パーセント」「バックストローク」などに作品を発表したが、特に晩年の二年間は個性的な句を書いた。
『実朝の首』を編集するときに、収録句のそれぞれについて鑑賞文を付けようとしたことがある。その企画は途中で放棄したのだが、そのうち三つばかり書きぬいてみる。
親族の記帳のあとの磨りガラス
「親族の記帳」だから、会計簿や預金通帳の記帳ではないだろう。
親族が集まるのは結婚式なのか、葬式なのか。
現代では法事などの機会以外に、親族が一堂に集まることはめったにない。
従兄弟・従姉妹などになるともう名前も曖昧である。
親族の記帳が終わったあと、思い出話になるのだろうか。それとも、もう何も話すことはないのだろうか。
「磨りガラス」は意味性の強い言葉である。見えないように隠すものには違いないが、何から何を隠すのだろうか。家の内部を家の外部から隠すのだろうか。見たくない外部を見えなくするためのものだろうか。どちらでも同じなのだろうか。
記帳する行為と磨りガラスとの間に良祐は関連性を嗅ぎ取っている。
存在していても見えないもの、見せたくないものがある。そういうものを見せてしまうと、人間関係が壊れたり、平穏な市民生活を送ることが困難になったりする。
けれども、表面的な平穏を剥ぎ取って、真実をあばいてみたい。そういうところから川柳ははじまるのかもしれない。
鼻柱だけで済ませている交尾
鼻柱で交尾できたら、おもしろいかも知れない。
と、まず無責任に言っておく。
DNAを残すために動物は交尾する。
体内受精、体外受精、雌雄同体、いろいろある。
しかし、鼻柱で交尾するという話は聞かない。
「鼻柱が強い」というフレーズがある。
一句発想の出発点がどこにあるのか分からないが、言葉から出発しているのかも知れない。
あるいは、きちんと交尾するのが面倒なのか。
なにやら投げやりな雰囲気である。
アンニュイが漂っている。
セックスの途中で寝てしまう、というほどひどくはないが、鼻柱だけで済ませるというのは悪意のある諧謔である。
仕方なく隣家の舌と旅に出る
旅の道づれということがある。
人はいろいろな事情で道づれになることだろう。
ときには気がすすまないのに、仕方なく行かねばならない場合もあるだろう。
隣家というのも微妙だ。隣同士だから、互いの内情が何となく分かっている。やりにくいだろう。
その上、隣家の「舌」である。黄色い舌かも知れないし、二枚舌かもしれない。
舌を比喩的に読むと、何やら意味ありげだが、本物の舌と読んでもかまわない。
ゴーゴリに「鼻」という小説がある。
「鼻」はペテルブルクのネフスキー大通りをうろうろしている。
良祐の句もゴーゴリ風の諷刺かと身構えるのだが、そうでもなくて軽い冗談のようなものかも知れない。
とりあえず旅は始まった。
先が思いやられることである。
あまりおもしろい鑑賞にならないのでもうやめにするが、次の句などは鑑賞文を書きあぐねている。
殻つきのまま落下する私生児
壊死を待つ桃色ジュゴン絵師二人
心療内科へ行く花鳥諷詠
句集に未収録の作品もまだまだあるようだ。
四国八十八カ所ハンドルは二本 良祐
丸干しが並ぶ異母兄弟のまま
委細面談 一乗寺下り松
天国へいいえ二階へ行くのです
目に青葉常識的な線を引く
「飯田良祐句集を読む集い」は7月30日(土)、午後1時開場で、岡野大嗣さんのお話は午後2時から。たかつガーデン、2階ガーベラにて。30人程度の小部屋なので、ご参加ご希望の方は早めにご連絡をお願いする。
経済産業省へ実朝の首持参する 飯田良祐
実朝の首を持参するくらいでは追いつかないほど、時代はさらに厳しくなっている。
渋滞のテールランプが汚くて綺麗でそこに今から混じる 岡野大嗣
没後10年の今年7月30日(土)に「飯田良祐句集を読む集い」を大阪上本町・たかつガーデンで開催する。ゲストには歌人の岡野大嗣氏を迎えることになっている。
飯田良祐の句集『実朝の首』は2015年1月に川柳カード叢書の一冊として刊行されたが、この句集を評価してくださったのが岡野さんだった。
あてどない春を炒めるゆりかもめ 飯田良祐
岡野さんが特に取り上げて紹介したのがこの句だったが、実はこの句は句集に未収録である。句集を編集するときに私が見落としたのだ。
良祐は、くんじろう、銀次と三人で「柳色」という読み句会(勉強会)を行っていて、その五回目に次の三句が発表されている。これは「柳色」のホームページでも読むことができる。
あてどない春を炒めるゆりかもめ
人物画が苦手な公園の銀杏
何ですかという虫を食べている 良祐
岡野さんが飯田良祐の句に眼をとめたのは純粋に作品を通してであることがわかる。「集い」の案内に岡野さんはこんなコメントを寄せている。
「飯田さんのことは、イラストレーターの安福望さんに教えてもらって知りました。飯田さんの句が孕んでいる、早朝の帰路にガラ空きの電車から見る夕焼けのような痛みに強く惹かれます」
今回の集いは友人だけの内輪の集まりにはしたくない。そういう集いならば酒を飲みながら思い出話にふければいいだけのことだ。良祐の作品は10年を経てどのように読まれるのだろうか。作品を通じて良祐に向かい合いたいと思っている。
飯田良祐は1943年生まれ。広告制作会社を経営していて、川柳をはじめたのは2000年ごろ。「川柳倶楽部パーセント」「バックストローク」などに作品を発表したが、特に晩年の二年間は個性的な句を書いた。
『実朝の首』を編集するときに、収録句のそれぞれについて鑑賞文を付けようとしたことがある。その企画は途中で放棄したのだが、そのうち三つばかり書きぬいてみる。
親族の記帳のあとの磨りガラス
「親族の記帳」だから、会計簿や預金通帳の記帳ではないだろう。
親族が集まるのは結婚式なのか、葬式なのか。
現代では法事などの機会以外に、親族が一堂に集まることはめったにない。
従兄弟・従姉妹などになるともう名前も曖昧である。
親族の記帳が終わったあと、思い出話になるのだろうか。それとも、もう何も話すことはないのだろうか。
「磨りガラス」は意味性の強い言葉である。見えないように隠すものには違いないが、何から何を隠すのだろうか。家の内部を家の外部から隠すのだろうか。見たくない外部を見えなくするためのものだろうか。どちらでも同じなのだろうか。
記帳する行為と磨りガラスとの間に良祐は関連性を嗅ぎ取っている。
存在していても見えないもの、見せたくないものがある。そういうものを見せてしまうと、人間関係が壊れたり、平穏な市民生活を送ることが困難になったりする。
けれども、表面的な平穏を剥ぎ取って、真実をあばいてみたい。そういうところから川柳ははじまるのかもしれない。
鼻柱だけで済ませている交尾
鼻柱で交尾できたら、おもしろいかも知れない。
と、まず無責任に言っておく。
DNAを残すために動物は交尾する。
体内受精、体外受精、雌雄同体、いろいろある。
しかし、鼻柱で交尾するという話は聞かない。
「鼻柱が強い」というフレーズがある。
一句発想の出発点がどこにあるのか分からないが、言葉から出発しているのかも知れない。
あるいは、きちんと交尾するのが面倒なのか。
なにやら投げやりな雰囲気である。
アンニュイが漂っている。
セックスの途中で寝てしまう、というほどひどくはないが、鼻柱だけで済ませるというのは悪意のある諧謔である。
仕方なく隣家の舌と旅に出る
旅の道づれということがある。
人はいろいろな事情で道づれになることだろう。
ときには気がすすまないのに、仕方なく行かねばならない場合もあるだろう。
隣家というのも微妙だ。隣同士だから、互いの内情が何となく分かっている。やりにくいだろう。
その上、隣家の「舌」である。黄色い舌かも知れないし、二枚舌かもしれない。
舌を比喩的に読むと、何やら意味ありげだが、本物の舌と読んでもかまわない。
ゴーゴリに「鼻」という小説がある。
「鼻」はペテルブルクのネフスキー大通りをうろうろしている。
良祐の句もゴーゴリ風の諷刺かと身構えるのだが、そうでもなくて軽い冗談のようなものかも知れない。
とりあえず旅は始まった。
先が思いやられることである。
あまりおもしろい鑑賞にならないのでもうやめにするが、次の句などは鑑賞文を書きあぐねている。
殻つきのまま落下する私生児
壊死を待つ桃色ジュゴン絵師二人
心療内科へ行く花鳥諷詠
句集に未収録の作品もまだまだあるようだ。
四国八十八カ所ハンドルは二本 良祐
丸干しが並ぶ異母兄弟のまま
委細面談 一乗寺下り松
天国へいいえ二階へ行くのです
目に青葉常識的な線を引く
「飯田良祐句集を読む集い」は7月30日(土)、午後1時開場で、岡野大嗣さんのお話は午後2時から。たかつガーデン、2階ガーベラにて。30人程度の小部屋なので、ご参加ご希望の方は早めにご連絡をお願いする。
経済産業省へ実朝の首持参する 飯田良祐
実朝の首を持参するくらいでは追いつかないほど、時代はさらに厳しくなっている。
渋滞のテールランプが汚くて綺麗でそこに今から混じる 岡野大嗣
2016年6月17日金曜日
定金冬二句集『無双』のことなど
5月22日の「第二回現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」では手持ちの川柳句集を展示し、石田柊馬に句集解説をしてもらった。そのとき彼が紹介したなかに『無双』の次の句があった。
橋が長いのでおんなが憎くなる 定金冬二
『無双』では昭和30~39年の章に収められている。
石田はこの句について「おんなは作中主体といっしょに橋を渡っている」「おんなは橋の向うにいる」の二通りの読みが可能で、当時の読者も二つの読みに分かれたことを述べた。(もうひとつ「おんなは橋の手前、作中主体の背後にいる」という可能性もあるが、これはすぐには思いつかないとも)。冬二にどちらかと質問すると、冬二はふふんと笑って答えなかったという。石田は現代川柳にフィクションが導入された時期の句としてこの作品を挙げている。
現代川柳史を考えるときに分かりにくいのは、その作品がいつごろのものかということが、後発の世代には特定するのが困難なことである。特に句会作品となると、資料を探すのは大変だし、句集に収録されている場合でも、句集が発行されるのはかなり後になってからのことが多いので、作品制作の時期とはズレが生じる。
さらに、「昭和30年代」などの区切り方と「1960年代」などの区切り方による混乱もあり、60年代、70年代、80年代…という区切り方でものを考えている私などには時代の雰囲気が分かりづらいところがある。
幸い冬二の句は昭和30年代ということが分かる。昭和30年は1955年、昭和35年が1960年である。ただし、フィクションの導入といっても、従来の書き方と混在しているのであって、たとえば上掲句と同じ時期の冬二の「おんな」の句にはこんなのもある。
おんなとは哀しいときも何か提げ 定金冬二
この時代、買い物は女性の役割だった。哀しいときも大根や人参を入れた買い物かごを提げて歩いてゆくのである。ここには男性の視点でとらえられた「おんな」の姿があり、女性川柳人によって書かれる「私川柳」「情念川柳」にもつながってゆく。
石田柊馬は「私川柳」流行の皮切りとして、時実新子の『新子』(昭和38年、1963年)を挙げている。この時期あたりから、現代川柳は私的感慨や感情表現の比べ合いに表現の中心が置かれるようになり、イメージやフィクション、技法的には暗喩(メタファー)が多用されるようになるというのだ。
「現代川柳ヒストリア」に展示した句集で言えば、福島真澄の『指人形』(昭和40年)には昭和30年代後半(1960年代前半)の作品が収録されている。特に次の句は昭和39年、40年に書かれている。
指人形に静寂(しじま)を吹かせ夫がゐない 福島真澄
風吹けば 失った推体の 山鳩よ啼け
明治以降の近代川柳に「私」が導入されたのは、明治40年代の「主観句」の主張あたりからだと言われている。このとき、若き川上三太郎は客観から主観へ舵を切った一人だったのだが、昭和30年代においても三太郎は「私川柳」の流行に一定の役割を果たした。新子も真澄も三太郎に師事したのである。
その後の1960年代の現代川柳史、特に女性川柳史について私はあまり句集を持っていないし、具体的なことがよく分からない。私が川柳をはじめた1990年代には「川柳の意味性」や「隠喩」についてはすでに疑問も出はじめていて、1970年代・1980年代の現代川柳の遺産をそのまま継承することに行き詰まりも見えていた。私が「時実新子論」に手を出さない理由もそこにある。
現代川柳における「私」の導入の仕方に問題があったとすれば、むしろ批判されるべき対象は河野春三だろうと私は思っていて、「河野春三伝説」(「MANO」19号)を書いた。乗り越えるべき相手は一番高いレベルの相手でないと意味がないからである。
石田柊馬は現代川柳史における「私川柳」は大きな「迂回」だったと言うが、半ば同意しつつも、それは「批判的継承」の対象ではないかと私は思っている。
橋が長いのでおんなが憎くなる 定金冬二
『無双』では昭和30~39年の章に収められている。
石田はこの句について「おんなは作中主体といっしょに橋を渡っている」「おんなは橋の向うにいる」の二通りの読みが可能で、当時の読者も二つの読みに分かれたことを述べた。(もうひとつ「おんなは橋の手前、作中主体の背後にいる」という可能性もあるが、これはすぐには思いつかないとも)。冬二にどちらかと質問すると、冬二はふふんと笑って答えなかったという。石田は現代川柳にフィクションが導入された時期の句としてこの作品を挙げている。
現代川柳史を考えるときに分かりにくいのは、その作品がいつごろのものかということが、後発の世代には特定するのが困難なことである。特に句会作品となると、資料を探すのは大変だし、句集に収録されている場合でも、句集が発行されるのはかなり後になってからのことが多いので、作品制作の時期とはズレが生じる。
さらに、「昭和30年代」などの区切り方と「1960年代」などの区切り方による混乱もあり、60年代、70年代、80年代…という区切り方でものを考えている私などには時代の雰囲気が分かりづらいところがある。
幸い冬二の句は昭和30年代ということが分かる。昭和30年は1955年、昭和35年が1960年である。ただし、フィクションの導入といっても、従来の書き方と混在しているのであって、たとえば上掲句と同じ時期の冬二の「おんな」の句にはこんなのもある。
おんなとは哀しいときも何か提げ 定金冬二
この時代、買い物は女性の役割だった。哀しいときも大根や人参を入れた買い物かごを提げて歩いてゆくのである。ここには男性の視点でとらえられた「おんな」の姿があり、女性川柳人によって書かれる「私川柳」「情念川柳」にもつながってゆく。
石田柊馬は「私川柳」流行の皮切りとして、時実新子の『新子』(昭和38年、1963年)を挙げている。この時期あたりから、現代川柳は私的感慨や感情表現の比べ合いに表現の中心が置かれるようになり、イメージやフィクション、技法的には暗喩(メタファー)が多用されるようになるというのだ。
「現代川柳ヒストリア」に展示した句集で言えば、福島真澄の『指人形』(昭和40年)には昭和30年代後半(1960年代前半)の作品が収録されている。特に次の句は昭和39年、40年に書かれている。
指人形に静寂(しじま)を吹かせ夫がゐない 福島真澄
風吹けば 失った推体の 山鳩よ啼け
明治以降の近代川柳に「私」が導入されたのは、明治40年代の「主観句」の主張あたりからだと言われている。このとき、若き川上三太郎は客観から主観へ舵を切った一人だったのだが、昭和30年代においても三太郎は「私川柳」の流行に一定の役割を果たした。新子も真澄も三太郎に師事したのである。
その後の1960年代の現代川柳史、特に女性川柳史について私はあまり句集を持っていないし、具体的なことがよく分からない。私が川柳をはじめた1990年代には「川柳の意味性」や「隠喩」についてはすでに疑問も出はじめていて、1970年代・1980年代の現代川柳の遺産をそのまま継承することに行き詰まりも見えていた。私が「時実新子論」に手を出さない理由もそこにある。
現代川柳における「私」の導入の仕方に問題があったとすれば、むしろ批判されるべき対象は河野春三だろうと私は思っていて、「河野春三伝説」(「MANO」19号)を書いた。乗り越えるべき相手は一番高いレベルの相手でないと意味がないからである。
石田柊馬は現代川柳史における「私川柳」は大きな「迂回」だったと言うが、半ば同意しつつも、それは「批判的継承」の対象ではないかと私は思っている。
2016年6月10日金曜日
水無月・川柳連句日記
6月某日
映画「ちはやふる」の「上の句」「下の句」を一気に見る。
原作のコミックはすでに30巻以上出ていて、現在もコミック誌「BE LOVE」に連載中である。百人一首の競技カルタの話で、小学生のときカルタと出会った主人公が高校に入ってカルタ部を作り、大会で勝ち抜いてゆく。このパターンは「俳句甲子園」を描いたコミック「ぼくらの17‐ON」でも同じ。俳句甲子園の映画では「恋は五七五」というのがあった。
「ちはやふる」を見にいったのは、6月の「大阪連句懇話会」で百人一首の話をする準備のためである。短歌では百人一首、俳句では俳句甲子園。川柳や連句でも普及のためのツールを何か考えられないだろうか。映画に出てくる競技カルタの聖地・近江神宮は「関西連句を楽しむ会」で訪れたことがある。
6月某日
「川柳フリマ」が終わったあと、反応・感想をツイッターなどでフォローしている。
いろいろ思うところがある。イベントをやった当事者にしか見えてこない光景があるものだ。
「川柳フリマ」には川柳人・歌人・俳人に参加していただいたが、連句の存在が影ほどもなかったのは今後の課題だと思った。
「川柳フリマ」のコンテンツを拡大して、連句本や連句誌を含めて会場に並べてみたらどうだろう。
全国にはさまざまな連句結社・グループがあるが、その活動が一般に知られることは川柳以上に少ない。
6月某日
昨年、八上桐子と「THANATOS」VOL.1を製作したが、今年はそのVOL.2を準備中。
「川柳 塾」のバックナンバーは調べ終わったが、「新思潮」「ふあうすと」「新京都」「川柳展望」などの資料が八上さんから送られてくる。
生資料を読むといろいろ発見がある。句集に収録されている一句の背後におびただしい同想句があったりする。今年は石部明没後四年目。来年は没後五年。
6月某日
10月9日(日)に大阪天満宮で開催する「浪速の芭蕉祭」、募吟を募集中だが、連句作品(形式自由)がぼつぼつ送られてきている。前句付・川柳の募集もあり、こちらは無料、葉書で応募できる。
当日は大阪天満宮の本殿参拝もあり、昨年は松山の青木亮人さんをゲストに招いて、本殿にも上っていただいた。
その翌日10月10日(月・祝)に関連行事として「短詩型文学の集い」を計画中で、上本町「たかつガーデン」で開催する。
午前中はフリマ、午後は対談とワークショップの時間にしたい。
このところイベントのゲストとして歌人を招くことが多いので、今度は俳人で連句にも理解のある方をゲストに迎えるつもり。内諾をもらっているので、いずれ時期がくれば詳細を案内・宣伝したい。おもしろいものにできればいいが。
6月某日
「第7回兼載忌記念連句会」に出席のため、会津若松へ向かう。
私は一昨年、昨年に続き三回目の出席で、以前この時評にもレポートを書いたことがある。
室町時代の連歌師で連歌七賢のひとり猪苗代兼載にちなむ連句会である。
ホテルが野口英世青春広場にあり、毎年、英世の銅像をながめて時間を過ごす。
会津にはレトロ喫茶と居酒屋が多く、それも楽しみのひとつである。
今年は居酒屋の名店「籠太」に行った。毎年、これぞと思うお店を制覇してゆくつもり。
6月某日
小平潟天満宮の社務所で連句会。六座に分かれて連句を巻く。
すぐ前が猪苗代湖である。
いつも静かな場所なのだが、この日はキャンプをする人でけっこう車が多い。
連句の座では昨年出会った高校生と今年も同じ座になった。
連句の座というのは心理的な葛藤があって、むつかしいところがある。
私も本当のことを言うと座が苦手なのだ。
けれども、一年というのはそれなりの変化をもたらすだけの時間である。
彼女も私も成長したのだ。
6月某日
「第四回文学フリマ大阪」に出店申し込み、出店料を振り込んだが、正式に受付メールが届いた。これで今年も文フリ大阪に出店が確定。9月18日。堺市産業振興センター。
ほかにも川柳の出店があればいいのにね。
6月某日
山田消児さんとの対談のテープ起こしに取り組み中。
聞こうと思っていて聞きのがしたことが幾つもある。
しかし、一番の問題は私自身が冒険しなかったことだ。
自分でよく知っている範囲のテーマ設定と予定調和的な私自身の発言はテープを聞いていると明らかである。
できることをこなしてゆくのは当たり前のことだが、できそうもないことに挑戦するのはどうか。それはそれで危険なことだろうな。
映画「ちはやふる」の「上の句」「下の句」を一気に見る。
原作のコミックはすでに30巻以上出ていて、現在もコミック誌「BE LOVE」に連載中である。百人一首の競技カルタの話で、小学生のときカルタと出会った主人公が高校に入ってカルタ部を作り、大会で勝ち抜いてゆく。このパターンは「俳句甲子園」を描いたコミック「ぼくらの17‐ON」でも同じ。俳句甲子園の映画では「恋は五七五」というのがあった。
「ちはやふる」を見にいったのは、6月の「大阪連句懇話会」で百人一首の話をする準備のためである。短歌では百人一首、俳句では俳句甲子園。川柳や連句でも普及のためのツールを何か考えられないだろうか。映画に出てくる競技カルタの聖地・近江神宮は「関西連句を楽しむ会」で訪れたことがある。
6月某日
「川柳フリマ」が終わったあと、反応・感想をツイッターなどでフォローしている。
いろいろ思うところがある。イベントをやった当事者にしか見えてこない光景があるものだ。
「川柳フリマ」には川柳人・歌人・俳人に参加していただいたが、連句の存在が影ほどもなかったのは今後の課題だと思った。
「川柳フリマ」のコンテンツを拡大して、連句本や連句誌を含めて会場に並べてみたらどうだろう。
全国にはさまざまな連句結社・グループがあるが、その活動が一般に知られることは川柳以上に少ない。
6月某日
昨年、八上桐子と「THANATOS」VOL.1を製作したが、今年はそのVOL.2を準備中。
「川柳 塾」のバックナンバーは調べ終わったが、「新思潮」「ふあうすと」「新京都」「川柳展望」などの資料が八上さんから送られてくる。
生資料を読むといろいろ発見がある。句集に収録されている一句の背後におびただしい同想句があったりする。今年は石部明没後四年目。来年は没後五年。
6月某日
10月9日(日)に大阪天満宮で開催する「浪速の芭蕉祭」、募吟を募集中だが、連句作品(形式自由)がぼつぼつ送られてきている。前句付・川柳の募集もあり、こちらは無料、葉書で応募できる。
当日は大阪天満宮の本殿参拝もあり、昨年は松山の青木亮人さんをゲストに招いて、本殿にも上っていただいた。
その翌日10月10日(月・祝)に関連行事として「短詩型文学の集い」を計画中で、上本町「たかつガーデン」で開催する。
午前中はフリマ、午後は対談とワークショップの時間にしたい。
このところイベントのゲストとして歌人を招くことが多いので、今度は俳人で連句にも理解のある方をゲストに迎えるつもり。内諾をもらっているので、いずれ時期がくれば詳細を案内・宣伝したい。おもしろいものにできればいいが。
6月某日
「第7回兼載忌記念連句会」に出席のため、会津若松へ向かう。
私は一昨年、昨年に続き三回目の出席で、以前この時評にもレポートを書いたことがある。
室町時代の連歌師で連歌七賢のひとり猪苗代兼載にちなむ連句会である。
ホテルが野口英世青春広場にあり、毎年、英世の銅像をながめて時間を過ごす。
会津にはレトロ喫茶と居酒屋が多く、それも楽しみのひとつである。
今年は居酒屋の名店「籠太」に行った。毎年、これぞと思うお店を制覇してゆくつもり。
6月某日
小平潟天満宮の社務所で連句会。六座に分かれて連句を巻く。
すぐ前が猪苗代湖である。
いつも静かな場所なのだが、この日はキャンプをする人でけっこう車が多い。
連句の座では昨年出会った高校生と今年も同じ座になった。
連句の座というのは心理的な葛藤があって、むつかしいところがある。
私も本当のことを言うと座が苦手なのだ。
けれども、一年というのはそれなりの変化をもたらすだけの時間である。
彼女も私も成長したのだ。
6月某日
「第四回文学フリマ大阪」に出店申し込み、出店料を振り込んだが、正式に受付メールが届いた。これで今年も文フリ大阪に出店が確定。9月18日。堺市産業振興センター。
ほかにも川柳の出店があればいいのにね。
6月某日
山田消児さんとの対談のテープ起こしに取り組み中。
聞こうと思っていて聞きのがしたことが幾つもある。
しかし、一番の問題は私自身が冒険しなかったことだ。
自分でよく知っている範囲のテーマ設定と予定調和的な私自身の発言はテープを聞いていると明らかである。
できることをこなしてゆくのは当たり前のことだが、できそうもないことに挑戦するのはどうか。それはそれで危険なことだろうな。
2016年6月3日金曜日
川柳はグローバル
「熊本日日新聞」の読者文芸のページに田口麦彦が「川柳はグローバル」を連載している。田口は震災のあった熊本市在住の川柳人である。連載19回目の5月23日には、冒頭で次の句が引用されている。
テレビはどれも地震の話 熊本城崩れ 墨作二郎
「現代川柳・点鐘」176号から。墨作二郎は阪神大震災の際にも「春を待つ鬼を 瓦礫に探さねば」をはじめとする震災句を詠んでいる。
また、田口の川柳の原点にあるのは昭和28年6月の熊本大水害である。そのとき田口はこんな句を詠んだ。
水引いて誰を憎もう泥流す 田口麦彦
熊本日日新聞に田口麦彦は次のように書いている。
「こちら熊本は、いまもまだ揺れ続く。清正公さんの頑丈な石垣も崩れ、阿蘇大橋も消えてなくなった。それでもすこしずつライフラインも復活。温かい全国のボランティアの人たちに助けられている。ありがとう」「生きて生き抜いて、その証しの句を作ろう」
関西俳句会「ふらここ」の作品集が発行された。
上田拓史の書いている文章によると、「ふらここ」のはじまりは次のようなことだった。
黒岩徳将「今年から、本気で俳句やありたいんです。拓史さんもやりましょう」
上田拓史「関西にも学生だけで集まる団体があってもいいのにね、俳句甲子園出身者の受け皿みたいなのがさ」
黒岩「だったら僕たちでやりましょう!」
「ふらここ」は大学ごとの俳句サークルではなくて、関西の若手俳人のコミュニティという位置づけのようだ。作品集から何句か紹介する。
ぼんやりとカナブンになってゆく孤独 山本たくや
心臓はあげるよ月を僕にくれ 寺田人
どうせまた降るから零余子飯どうぞ 仮屋賢一
花曇り世を変えるには狭き庭 野住朋可
また誰か倒れたそうで冷奴 栢原悠樹
湖に溶け明るさだけとなる花火 下楠絵里
「触光」47号に第6回高田寄生木賞が発表されている。大賞は次の作品。
スリッパが全部こっちを向いている こうだひでお
作者は京都の川柳人で「川柳 凛」の同人。
詳細は「触光」誌をご覧いただきたいが、私がおもしろいと思った句を引用しておく。
Wはそして海溝まで沈む 猫田千恵子
二足歩行余った手には銃がある 落合洋人
はっとして魚の形考える 星井五郎
そのことに触れずりんごを剥いている 嶋澤喜八郎
おとうとの三割はこうそくどうろ 柳本々々
サ・カモト・ド・リ・ヨーマ否定食 中西号
ゴーヤのつぶつぶになったはらわた語 森田律子
次回の「第7回高田寄生木賞」は作品ではなくて、川柳に関する論文・エッセイを募集するという。その趣旨は次のように書かれている。
「現在、川柳界では多数の作品賞はあるが、論文や文章の賞はほとんどみられない。このままだと量的に作品は増えても、その作品の検証や作家の論評がなされなければ、文芸として質的に低下するのではないかと思った。ささやかな一灯ではあるが、皆様のご協力を乞うものである」
川柳の評論賞!思い切ったことをするものだ。締め切りは2017年1月末。未発表、4000字以内。送り先は野沢省悟まで。
ちょっとたのしみである。
テレビはどれも地震の話 熊本城崩れ 墨作二郎
「現代川柳・点鐘」176号から。墨作二郎は阪神大震災の際にも「春を待つ鬼を 瓦礫に探さねば」をはじめとする震災句を詠んでいる。
また、田口の川柳の原点にあるのは昭和28年6月の熊本大水害である。そのとき田口はこんな句を詠んだ。
水引いて誰を憎もう泥流す 田口麦彦
熊本日日新聞に田口麦彦は次のように書いている。
「こちら熊本は、いまもまだ揺れ続く。清正公さんの頑丈な石垣も崩れ、阿蘇大橋も消えてなくなった。それでもすこしずつライフラインも復活。温かい全国のボランティアの人たちに助けられている。ありがとう」「生きて生き抜いて、その証しの句を作ろう」
関西俳句会「ふらここ」の作品集が発行された。
上田拓史の書いている文章によると、「ふらここ」のはじまりは次のようなことだった。
黒岩徳将「今年から、本気で俳句やありたいんです。拓史さんもやりましょう」
上田拓史「関西にも学生だけで集まる団体があってもいいのにね、俳句甲子園出身者の受け皿みたいなのがさ」
黒岩「だったら僕たちでやりましょう!」
「ふらここ」は大学ごとの俳句サークルではなくて、関西の若手俳人のコミュニティという位置づけのようだ。作品集から何句か紹介する。
ぼんやりとカナブンになってゆく孤独 山本たくや
心臓はあげるよ月を僕にくれ 寺田人
どうせまた降るから零余子飯どうぞ 仮屋賢一
花曇り世を変えるには狭き庭 野住朋可
また誰か倒れたそうで冷奴 栢原悠樹
湖に溶け明るさだけとなる花火 下楠絵里
「触光」47号に第6回高田寄生木賞が発表されている。大賞は次の作品。
スリッパが全部こっちを向いている こうだひでお
作者は京都の川柳人で「川柳 凛」の同人。
詳細は「触光」誌をご覧いただきたいが、私がおもしろいと思った句を引用しておく。
Wはそして海溝まで沈む 猫田千恵子
二足歩行余った手には銃がある 落合洋人
はっとして魚の形考える 星井五郎
そのことに触れずりんごを剥いている 嶋澤喜八郎
おとうとの三割はこうそくどうろ 柳本々々
サ・カモト・ド・リ・ヨーマ否定食 中西号
ゴーヤのつぶつぶになったはらわた語 森田律子
次回の「第7回高田寄生木賞」は作品ではなくて、川柳に関する論文・エッセイを募集するという。その趣旨は次のように書かれている。
「現在、川柳界では多数の作品賞はあるが、論文や文章の賞はほとんどみられない。このままだと量的に作品は増えても、その作品の検証や作家の論評がなされなければ、文芸として質的に低下するのではないかと思った。ささやかな一灯ではあるが、皆様のご協力を乞うものである」
川柳の評論賞!思い切ったことをするものだ。締め切りは2017年1月末。未発表、4000字以内。送り先は野沢省悟まで。
ちょっとたのしみである。
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