2025年8月15日金曜日

「水脈」終刊号

「水脈」が70号で終刊した(2025年8月)。現代川柳の同人誌がまたひとつなくなったことになる。
浪越靖政が69号・70号に「『水脈』終刊にあたって-70号を振り返る-」を書いているので、それに従ってまとめてみよう。
浪越も書いているように、「水脈」のルーツは飯尾麻佐子の「魚」である。女性川柳誌として出発した「魚」は時代を先取りした理念をもっていた。浪越は次のように書いている。「1978年11月創刊の機関誌で参加は女性のみであった。男性優先の川柳界にあって、女性みずからの視点で創作活動を目指すというのが発行理念で、のちに男性川柳人も加わり、活発に活動し発信して存在感があった。しかし、その後『魚』は麻佐子の体調不良もあって95年8月発行のNo.63で終刊を迎える」
私は飯尾麻佐子の「魚」を高く評価しているし、紹介する文章も書いているが(「女性川柳」とはもう言わない、「川柳スパイラル」12号)、残念なのは、創刊号に掲載された作品募集には「女性に限ります」とあるのに、やがて男性川柳人の文章と作品も掲載されるようになったことだ。女性だけの川柳誌を維持するのは困難だったのだろう。
その後、飯尾麻佐子は1997年7月に「あんぐる」を創刊し、一戸涼子、酒井麗水、佐々木久枝、岡崎守、浪越靖政などが参加した。「あんぐる」は2002年2月に終刊となり、新たに「水脈」が創刊された。川柳誌の系譜としては、「魚」「あんぐる」「水脈」と受け継がれてきたのである。
さて、2002年8月に編集人・浪越靖政、事務局・一戸涼子でスタートした。第1号の同人作品を紹介する。

苗移植してほうら性善説という   明星敦子
新緑に囲まれ埴輪が声を出す    一戸涼子
ペン先の陰にこぼれた花の種    伊藤ひかり
ビルがふるえている いのちの尻尾 岡崎守
水脈の受胎へ愛のほとばしり    酒井麗水
K点の水脈を君は知るや      佐々木久枝
何に飢え喉乾干涸びる列島潮干   沢出こうさく
触れないで魚が泳いでいる背中   城村美津枝
立ち上がったところに時計が置いてある 田村あすか
温暖化のシナリオ 消えた尾骶骨  浪越靖政
母の小指へ流れる糸に癒される   平井詔子
汚辱/包む/サランラップ      松原ゆきえ
あなたかも私かもパブロフの犬   鈴木厚子
渾身の微笑(ギャグ)を魔王の宮殿で 西田順治
仮面を剥ぐと無機質な男たち    濱下光男

「水脈」では創連、川原という連詩的方法の試みやイメージ吟、合評会など、さまざまな実験が行われた。70号(終刊号)には野沢省悟が作品評「熱い水脈」を書いていて、こんなふうに言っている。「おそらく水脈が終刊することによって、残念ながら北海道における田中五呂八以来の川柳革新の流れは、跡絶える状況になるような気がする」
一方で野沢は「インターネットの出現によって、若い人達が、川柳という文芸の可能性に気づきはじめてきた。革新川柳(新たな川柳)をめざす若い人達も出てきた」と述べているから、今後生まれる川柳の熱い水脈の流れに期待しているようだ。
あと「水脈」関係の句集から、二冊紹介しておく。まず、西田順治『空の魚』から。

家族日誌吹雪の夜に繙かれ  西田順治
闇を出てまた闇に棲む獣かな
乾電池ごろり 無用の犬ごろり
目を閉じて半魚はさらに深海へ
少年に戻りたそうな空の魚
おはようと死んでこんばんはと生まれ

もう一冊、落合魯忠『オンコリンカス』から。

躊躇する旅立つ雑魚と行き来して  落合魯忠
納得のいくはずのない沖に出る
吹きすさぶ月下の海の鼻曲がり
海一枚めむれば裸婦の深呼吸
モナリザの右手はきっとサイボーグ

浪越靖政は「『水脈』終刊にあたって」で次のように述べている。
「飯尾麻佐子の『魚』から始まり、『あんぐる』、そして『水脈』と続いてきた一つの流れが終焉を迎えるのは残念なことだが、終刊予告で書いたとおり、編集人をはじめ同人の高齢化が進んでいるのは明白で、第1号を発行したのが2002年4月、本年8月で23年を経過して、それだけ年齢を重ねたということなのだ。次世代へのバトンタッチを考えたが、川柳誌の発行形態もウェブ化の進展等により様変わりしてきており、幕引きを決断した」「『水脈』は終刊すっるが、我々の活動の場は多いので、ともにがんばっていきたいと思う」
最後に「出発点としての終刊」の一戸涼子の句を挙げておく。

千年も経てばまたぞろ詩を書きに  一戸涼子

2025年8月9日土曜日

「川柳スパイラル」24号 句集の時代

「川柳スパイラル」24号の特集は「句集の時代」である。
かつて石田柊馬は「読みの時代」の次に「句集の時代」「アンソロジーの時代」が来ると言った。予言的な発言で、近年、現代川柳の句集が続々と発行されている。 石田柊馬作品集『LPの森/道化師からの伝言』ではこんなふうに書かれている。
「個人の句集、あるいは集団の合同句集がいま続々と発刊されている。これはただ印刷器機などの簡易化だけが要因ではない。その上に立った消費行動のひとつではあるが、消費活動としてその中に自己を自己として確認できるなにか、なのである。新しく買った衣服を身につけた鏡の中に、自分の存在を見るように。川柳は句集の時代に入ったのかもしれない」
2000年4月に「オール川柳」に発表された文章である。樋口由紀子の『容顔』が1999年4月に発行され、2000年7月にはアンソロジー『現代川柳の精鋭たち』が出ている。書店にまとまったかたちで現代川柳の句集が並ぶようになったのは、2005年のセレクション柳人シリーズの刊行あたりからだろう。「句集は墓碑銘」と言われた時代に比べると、川柳句集の発行はずいぶんハードルが低くなった。
さて、「川柳スパイラル」の特集では、兵頭全郎『白騎士』について雨月茄子春が、川合大祐『ザ・ブック・オブ・ザ・リバー』について柳本々々が、『川柳EXPO2025』については編者・まつりぺきん、『LPの森/道化師からの伝言』について小池正博がそれぞれ書いている。
兵頭全郎の第二句集『白騎士』は今年1月に発行された。評者の雨月茄子春はこんなふうに書いている。
「季語や七七を持たないうえに前句を失ってしまった川柳は、必然的にその読みの手がかりを読み手の想像によって補わせる。結果として、僕たちは川柳を真相からかけ離れたところで恣意的に推理し、推理それ自体をゲーム化して楽しんでいる。意味ありげで、文脈を読み取れそうなふてぶてしい態度をしている全郎の句は、読みのゲーム愛好家たちにとって絶好の推理披露会場だろう。しかし、そこ広げられる推理は全くの見当違いだ。なぜならそこには意味も文脈も存在しないからである。そこには徹底してロジックがない。犯人が示されたあとも推理は続く。全郎は空転する読みのゲームを、『意味や文脈を持たない前句の復元』という形でさらに混沌化させ、現代川柳にテロルを引き起こした」(「兵頭全郎のテロル))
川合大祐の第三句集『ザ・ブック・オブ・ザ・リバー』の刊行は今年5月。句集を編むのに協力した柳本々々は「ぼくがかわいさんから教えてもらっているのは、定型っていうのは生きることにいつも巻き込まれている。でもその巻き込まれ方もふくめてあなたにてがみとしてとどく。それが定型詩であり川柳なんだよ、と」(「しんだりいきたり」)と述べている。
『川柳EXPO2025』上下2冊は4月発行。まつりぺきんは「三年目の『川柳EXPO』」で「裾野の広がり」「他ジャンルへの影響」「様々な川柳の交流」の三項目をあげて、「少なくとも「川柳の連作を投稿する」行為へのハードルが下がり、裾野が広がってきていることは感じられます」「技術の進歩により、「どのように」表現するかというツールはどんどん充実してきています。誰でも表現者になれる時代です。その中で「何を」表現するのか、だと思います」「川柳観、川柳歴、年齢層、作品の発表方法といった垣根が取り払われつつある印象を、個人的には受けています」などと述べている。
『LPの森/道化師からの伝言』(石田柊馬作品集)については編者の小池正博が紹介している。前半が川柳句集、後半は川柳評論。柊馬の川柳評論は多くの人に読んでほしいが、ここでは句集から4句挙げておく。

高齢者と呼ばれナスカの地上絵よ  石田柊馬
少年もコンビニも美しい突起
キャラクターだから支流も本流も
その森にLP廻っておりますか

同人のエッセイでは「作らないことをやめる、まで」(小沢史)、「句集」(宮井いずみ)、「ハイブリッド系のひとりごと」(石川聡)がそれぞれ川柳との向き合い方がうかがえて興味深い。
ゲスト作品は俳人の相田えぬと若手川柳人のnes。相田は現俳協の会員で、連句にも関心をもち5月の「関西連句を楽しむ会」にもゲストとして参加した。nes はネットで川柳句会アイリスを主宰しているが、リアルの句会でもときどき顔をあわせることがある。

冷房をつけて世界は横たわる  相田えぬ
VRChatの毛蟹 病んでいるの? nes

あと同人作品からも紹介しておこう。

展翅する揚羽紋白十二指腸  小沢史
隕石落ちる恐竜絶えるごめん  猫田千恵子
コカ・コーラ旅団壊れ明るい部屋  川合大祐
吐き出せぬ語から夜毎に冬虫夏草  石川聡
いつも絵を捨てる知らない駐車場  西脇祥貴
表紙には雪に寝転ぶ棄民の子  まつりぺきん
徴兵を終えオナニーの手が余る  湊圭伍
ヤバイっすそうすちわっすコイントス  宮井いずみ
倦怠期知性改善しませんか   小池正博 
中指の一人歩きの午前二時   浪越靖政
「きっと」も「しっぽ」も「もっと」もひとりぼっち 畑美樹
現身と影が重なるその瞬間  悠とし子
葉桜が濃いというならるすにする  兵頭全郎
夏近しあなたの荒れを見て過ごす  清水かおり
落雷にシュガー滅びゆくまで    林やは

9月14日に文学フリマ大阪が開催され、「川柳スパイラル」もブースをだして、川柳と連句の本と冊子を販売する。翌日の9月15日は「川柳スパイラル」大阪句会。お目にかかれれば嬉しい。