1月22日
朝日新聞朝刊「短歌時評」に山田航の「いま、ネット短歌史」が掲載されている。同人誌「かばん」12月号の特集「ネット短歌の歩き方」について触れているが、「かばん」の特集については本時評の12月25日でも言及したことがある。山田は「ネットはもはや社会的インフラである。ネット短歌も死後になった現在だからこそ、あらためてネット短歌史を振り返ろうという企画だろう」「ネットメディアと短歌の関係の研究は、まだ始まったばかりだ」と述べている。
現代川柳の場合はネット句会がまだ始まったばかりで、2022年に顕在化した感がある。今後どのように展開してゆくのか未知数の部分もあるが、チェックしておく必要がありそうだ。
1月×日
温泉が好きである。
昨年は連句集『現代連句集Ⅳ』(日本連句協会)の編集と私の第三句集『海亀のテント』(書肆侃侃房)の発行にエネルギーを費やした。疲労回復には温泉につかるのが一番だ。
草津温泉と伊香保温泉に行くことにした。テレビでよく取り上げられる草津温泉の湯畑の夜間ライトアップと昼間の雪景色を堪能。温泉が「湯水のように」という形容さながら湧き出ている。裏草津と西の河原公園も散策して、次は伊香保石段街へ。ここには伊香保を愛した徳冨蘆花記念文学館がある。蘆花の『順礼紀行』(中公文庫)から。
「今年三月の初め、或る日伊香保の山に雪を踏みて赤城の夕ばえを眺めし時、ふと基督の足跡を聖地に踏みてみたく、かつトルストイ翁の顔見たくなり、山を下りて用意もそこそこ順礼の途に上りぬ」
この旅で蘆花はエルサレムを訪れ、ヤスナヤ・ポリヤーナでトルストイに会っている。もう一冊、蘆花の『謀叛論』(岩波文庫)から引用しておこう。
「諸君、我々は生きねばならぬ、生きるためには常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して」
1月×日
別所真紀子の作品集『風曜日』(深夜叢書社)を読む。「句詩付合」「二行詩による半歌仙の試み」「俳句」「連句」の四章から成る多面的な付合文芸の作品集である。
まず「二行詩」から紹介する。俳諧研究誌「解纜」に掲載された作品で、俳句と別所の詩とのコラボレーションになっている。たとえば「筑摩川」という作品。
筑摩川春行水や鮫の髄 其角
断ち割られた頭蓋骨を
おんなは籠に入れていた
まっかに泡だつ半分の口がうたう
ころしたのね ころしたのね
そうよ お酒で煮てあげるわ
おんなはうっとりつぶやいた
其角には「草の戸に我は蓼くふほたる哉」「詩あきんど年を貪る酒債哉」「いなづまやきのふは東けふは西」「切られたる夢は誠か蚤の跡」「十五から酒を呑み出てけふの月」などの有名句があるが、掲出の「筑摩川春行(く)水や鮫の髄」は信濃の筑摩川(千曲川)一帯の地形を鮫にたとえて、そのなかを流れる春の雪解け水を鮫の髄と表現した、いわゆる「見立て」の句。別所はこの句の「鮫の髄」からまったく別のイメージを展開させている。
別所真紀子は詩人・連句人であると同時に『芭蕉にひらかれた俳諧の女性史』『江戸おんな歳時記』などの俳諧女性史の第一人者で、五十嵐浜藻を主人公にした歴史小説の書き手でもある。其角については『詩あきんど其角』という小説も書いている。
現代連句の世界では眞鍋天魚(呉夫)、村野夏生、別所真紀子などの東京義仲寺連句会のメンバーの作品がひとつのエポックを画するもので、本書の「連句」の章から別所・村野の両吟歌仙「鈴玲瓏」のウラの部分を紹介しておく。
いるか定食くらふ流亡の民われは 夏生
サマルカンドの月凍るなり 真紀
青無限ハッブル膨張宇宙論
蜂の巣見つけたる一大事
あどけなき老女を捨てに花の奥
湖のおぼろに魂鎮まれる
『風曜日』というタイトルは画家で詩人の佐伯義郎による。佐伯には詩集『風曜日』(1980年)がある。「句詩付合」からもう一篇「蝶飛ぶや」を引用して、本書の紹介を終わりたい。
蝶飛ぶや此世に望みないやうに 一茶
はる という初々しい名の少女は
地平の天際をかろやかに駈けて消えた
青いスカアトをひろげて ひるがえして
アナクシビア・モルフォ 密林の美神
きらめく青いスカアトのような鱗翅を
展げて 展げたまま 永遠に 刺されて
1月×日
「川柳北田辺」128号。巻頭の「放蕩言」で、くんじろうが次のように書いている。
「昔、筒井祥文と『川柳倶楽部・パーセント』を立ち上げたとき、密に『川柳の梁山泊』を目指そう、大勢の漫画家が集った『ときわ荘』にしたいと酒を飲みながら語り合ったものだ」
カンガルーを追う中華鍋振りながら 井上一筒
6Bの雲丹をどなたか貸してくれ くんじろう
鉛筆と消しゴムほどの仲でなし 森茂俊
仙洞御所とは長い廊下で繋がれる 笠嶋恵美子
阿弖流為の叫びシベリア寒気団 宮井いずみ
乱世でござるキティちゃん見え隠れ 酒井かがり
「らくだ忌」第2回川柳大会が3月18日にラボール京都で開催される。兼題と選者は次の通り。「泡立つ」(湊圭伍)、「二周半」(暮田真名)、「生い立ち」(真島久美子)、「無い袖」(八上桐子)、「ぶらり」(新家完司)、「雑詠」(くんじろう)。SNSやネット句会もあれば、座の文芸としてのリアルな句会にこだわっているところもある。それぞれの場が活性化してゆくことが望まれる。
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