2021年11月19日金曜日

川柳の入門書

今回は手元にある川柳入門書を紹介してみたい。現在書店では手に入らないものが多いが、古本や通販などで流通していると思う。
私が初心のころによく利用したのは尾藤三柳著『川柳の基礎知識』『川柳作句教室』(雄山閣カルチャーブックス)の二書である。前者は「川柳の成り立ち」(川柳史)にはじまって「川柳の構造」「川柳の技法」と続き、「川柳創作の実際」では句会の概略まで詳細に説明している。後者は作句のための実践的な内容で、「入門編」では「ことばのトレーニング」「課題による作句」などにはじまり用語・形式・比喩にいたるまで説明、「応用編」では印象吟・嘱目吟・慶弔吟・時事吟などに分けて例句を挙げている。川柳史をより詳しく知りたいという向きには、同じく尾藤三柳の『川柳入門‐歴史と鑑賞—』(雄山閣、1989年)がお勧め。歴史篇では江戸期、明治期、大正期、昭和前期、昭和後期に分けて展望が示され、鑑賞篇では古典期(江戸)、新川柳期(明治以降)の作品が鑑賞されている。
最近では川柳入門書を開くこともなくなったが、今回手元にある川柳書を改めて眺めてみて、よくできていると思ったのが、野谷竹路(のや・たけじ)の『川柳の作り方』(成美堂出版、1994年)。「川柳のルーツ」では「川柳も俳句も俳諧から生れた」ということが強調されている。「川柳は俳諧の付句を学ぶ方法として考えられた前句付から生れた文芸なので、俳諧に至るまでは、現在の俳句の成り立ちと同じです。ですから、俳句と川柳は俳諧という文芸から生れた同根の文芸と言ってよいと思います」
俳諧というのは連句のこと。六大家のなかで俳諧(連句)と川柳の関係を正確にとらえていたのは前田雀郎であったが、川柳史をひもとけば両者の関係がよく分かる。また、川柳と雑俳との関係も知っておく必要がある。
野谷の本に戻ると、「鑑賞教室」の章では六大家のほか「現代のおもな作家と作品」が取り上げられている。

遊びではない旅に出る十二月    越郷黙朗
雨の避け逢いたい人はみな遠し   斎藤大雄
百万の味方コップの中にいる    神田仙之助
意識してからの両手の置きどころ  佐藤正敏
手品師を消してしまった弱気な鳩  尾藤三柳
そうだったのか若き日の花言葉   渡邊蓮夫
蟹の目に二つの冬の海がある    大野風柳
捜すなと無理なこと書く置手紙   山田良行
売った絵をいまさら惜しむ春のうつ 磯野いさむ
名を捨ててひとりの机ひとつの書  去来川巨城
二階から一日おりず詩人とか    西尾栞
蝶になる前を語れば嫌われる    吉岡龍城
恋人の膝は檸檬の丸さかな     橘高薫風
宰相の帽子は鳩も鷹も出る     田口麦彦
ここで動けばレッテルを貼られそう 小松原爽介
もう幕にしろと傍観者の欠伸    寺尾俊平

「番傘」系の入門書も紹介しておこう。岸本水府の『川柳讀本』はさておいて、近江砂人に『川柳実作入門』(大泉書店)がある。「現代川柳と古川柳」の章で川柳史を通観したあと、「川柳の表現と着想」に及び「川柳の作り方と考え方」を解説している。「前進もよいが、本来の川柳の姿を見失っては、元も子もなくなるので、私はその行き過ぎを警戒しなければならないと思う」「特に川柳で注意したいのは、人の意表をつくために着想を伸ばしてゆくのはいいのですが、一歩誤ると、暗い面、不吉な面へ足を入れます」などの伝統派(本格川柳)の川柳観が見られる。砂人が挙げている「革新川柳」とは次のような作品で、彼の「革新」に対するイメージがうかがえて、それなりに興味深い。

火燃やす胸の暗転広場をさがして歩く  俊介
別れてからの泪はひろわない黒い鳩   芙巳代
妻病む一家が渡ると丸木橋喋る     一吠
終わった旅のベッドルームにある告示  冬二
風の列車を全部発たせた胸に寝つく   淳夫

番傘川柳本社創立85周年を記念して出版された川柳書に『川柳 その作り方・味わい方』(創元社、1993年)がある。「川柳の歴史」「川柳の基礎知識」「川柳の作り方」のほか「添削と選評」「作家とその作品鑑賞」「句会の心得と楽しみ方」という実践的な内容が掲載されている。執筆者のひとりである亀山恭太が本書の刊行と同時期に亡くなったことが強く印象に残っている。

他にも川柳入門書は山ほどあるが、入門書の一般的なパターンとしては、まず川柳史を概観し(歴史)、川柳の構造と発想(本質論)を解説、実践的な作句法(技術論)に及んだあと、その結社やグループの作品を掲載する(アンソロジー)というものが多い。川柳史を語る場合でも俳諧(連句)や雑排にまで目配りしているものもあり、古川柳から現代川柳までどのような比重で語るかに著者の見識があらわれる。「俳句と川柳の違い」が川柳史に即して説明される場合もあるし、構造と発想に関連してとりあげられることもある。実践的な技法としては比喩、省略などが話題になるが、たとえば何を省略ととらえるかについて、あげられている例句に疑問を感じる場合も見られる。アンソロジーの部分はその時代に活躍した作者の句を断片的に知ることができるが、それぞれの著者の川柳観が反映されているから、現在の目から見て限界もあるだろう。とくに「女性川柳人」にスポットを当てているものもある。
川柳入門書は初心のうちは便利なものだが、結局自分の思うように川柳作品を書いてゆくほかはないということだろう。

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