2021年8月20日金曜日

ポスト現代川柳の動向―個の時代へ

『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房)の第四章「ポスト現代川柳」には10名の川柳人が収録されている。「ポスト現代川柳」という区分の仕方や収録メンバーの人選には異論もあるだろうが、句集の有無や実績だけでなく、ジャンルの外部への発信力や今後の可能性も含めて選ばれている。彼らの現在の動きについて見ていきたい。
『はじめまして現代川柳』の出版にいち早く反応したのが川合大祐である。川合の第二句集『リバー・ワールド』は2021年4月に発行されている。2019年から2020年初夏にかけて書かれた1001句が収録されている。部厚くて饒舌な句集である。川柳句集に適正サイズがあるのかどうか分からないが、ふつう300句から500句くらいだろう。それ以上になると同想句・類似句が多くなり、読んでいて飽きてくることが多い。けれども、『リバー・ワールド』は退屈ではなく、次々に繰り出される句の連続に圧倒されるというタイプの句集だ。柳本々々はこの量の多さが必要だったのだと言っている。川合は「あとがき」で「エゴイズムの膨張」と書いているが、このエゴイズムは作者のプライベートな体験の表現というようなものではなくて、作者の好きな言葉の組み合わせを読者に押し付けてくるという意味のエゴイズムである。それはある意味で文芸の基本かもしれない。
表現者がそれぞれ持っている言葉のプール(辞書)があるとすれば、それは無意識のなかに大量に保存されている。無意識を開放したときに立ち現れてくる言葉を次々に書き留めてゆけば句は量産することができるが、それはカオスのなかで自爆してしまう危険な作業でもある。そこで支えとなるのが川柳技術。川合には20年を超える川柳歴があり、これまで見聞きしてきたさまざまな川柳作品が支えとなっているはずだ。私は『リバー・ワールド』という句集は実験的であると同時に現代川柳の血脈につながるものだと思っている。
あと、この句集は編集協力者である柳本々々の眼が入ることによって完成度の高いものとなっている。これまでの川柳句集に足りなかったのは編集者の存在である。川柳にも編集者が必要だということを改めて感じる。

エスパーが社史を編纂しない初夏  川合大祐
道長をあまりシベリアだと言うな
文集に埼の字がない養成所

川合に続いて湊圭伍の句集『そら耳のつづきを』(書肆侃侃房)が5月に発行された。湊圭史は『はじめまして現代川柳』の刊行後、筆名を湊圭伍に変えた。改名は気分一新して川柳に向き合うという気持ちの表れかも知れない。彼は2010年4月の「バックストローク」30号から同人になっているから、川柳歴は12年ほど。ようやく第一句集が刊行された。ちょうど飯島章友が「川柳スープレックス」http://senryusuplex.seesaa.net/(2021年08月16日)に「湊圭伍著・現代川柳句集『そら耳のつづきを』を読む」を掲載しているので、そちらの方もご覧いただきたい。

そら耳のつづきを散っていくガラス  湊圭伍
漱石のちょっと発熱ちょっと死後
助手席でカバンのなかを拭いている

さらに飯島章友の第一句集『成長痛の月』(素粒社)が9月に発行される予定だという。飯島は歌人でもあるが、「かばん」の編集を担当していたときに同誌に川柳のコーナーを設けて歌人を川柳実作へと誘う役割を果たした。彼は伝統川柳の世界もよく知っているから、川柳全体の現状を知悉しているし、「川柳スープレックス」を立ち上げるなどの行動力もある。「確かにこの世のことのようで、でもなんだかそんなことはどうでもよいように思えてくる」「永遠の興味津々と平熱の茶目っ気が句の中に閉じ込められた。」(東直子の帯文より)
どんな第一句集になるのか、楽しみだ。

ある日来た痛み 初歩だよワトスン君  飯島章友
Re: がつづく奥に埋もれている遺体
くちびるは天地をむすぶ雲かしら

かつて「セレクション柳人」(邑書林)シリーズが一般の読者に現代川柳を届ける役割を果たしたが、アンソロジーに続いて川柳の個人句集が読者の目に触れる機会が多くなれば嬉しいことだ。
コロナ禍で川柳句会の開催がままならない状況だが、誌上句会・大会への切り替えだけではなく、さまざまな模索が続いている。芳賀博子は「ゆに」というウェブ句会を立ち上げている(https://uni575.com/)。次のような案内が公開されている。
「ゆには、川柳を中心にことばの魅力をウェブで楽しむ新しい会です。
作品発表も句会もイベントもすべてウェブ。
だから世界のどこからでも、参加自由。」
句会だけではなく、講演なども行われるようだ。

迷ったら海の匂いのする方へ    芳賀博子
手のひらのえさも手のひらもあげる
放電の終わったあとの蝸牛

ネット句会では夏雲システムがよく利用されているようだが、暮田真名はGoogleスプレッドシートを使って「ぺら句会」を開催した(投句締切済み)。夏雲システムでは投句を自動的に処理するので、主催者・管理者も誰が投句したか分からない。選句が済んだ後で作者名が分かるようになっている。ただし、参加者は管理者に事前登録しておくことが必要で、参加者以外には公開されない。「ぺら句会」の場合は一般に公募するので、選者である暮田にも作者名が分からないようにスプレッドシートを利用したようだ。シートに書き込んでゆくので、あとから投句した人は前の投句者が書いた句を読むことができる。おもしろい試みだ。
ちょうど8月21日(土)、22日(日)に「家具でも分かる暮田真名展」が開催される。第二句集『ぺら』の展示・販売もあるという。『ぺら』はB1一枚に200句掲載してある。

県道のかたちになった犬がくる  暮田真名
家具でも分かる手品でしょうか
みんなはぼくの替え歌でした

暮田は現代俳句協会青年部のHPに「川柳はなぜ奇行に及ぶのか」を発表するなど、アウェイの場でも発信を続けている。http://kangempai.jp/seinenbu/index.html

以上取り上げた方々以外にも、それぞれの川柳人が独自の活動を続けているが、今回は紹介しきれない。従来、川柳では結社の主催による句会・大会が中心で、伝統的結社の大会には数百人が集まることもあったが、コロナや高齢化などの状況の変化によって集団の力が衰退しつつあるようだ。川柳や文芸に対する考え方も多様化しており、それぞれのバックグラウンドは異なっている。均一の川柳観をもった人々が共通の場に集まるというより、少数のグループや個人によって川柳が発信されるケースが今後増えてゆくのだろう。個人の資質や発信力が問われ、ひとつの企画に共感した人々がそのつど参加するというかたちになってゆくのだと思われる。

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