2017年1月6日金曜日

八上桐子の世界 ―「凜」68号

京都から出ている川柳誌「凜」68号の巻頭言に、発行人・桑原伸吉が「川柳平安」について書いている。

「かつて京都に存在した『川柳平安』誌の二十年は、川柳界に確かな足跡を残してきたが、そういえば良くも悪くも〈平安調〉なる言葉はそこから生まれた。足腰の定かでなかった私などは難解作品に四苦八苦、作家のもつ川柳観に振り回されていたのも思えば懐かしい」

戦前の京都には京都川柳社があって「京」という川柳誌を発行していたらしい。40年続いた京都川柳社を発展的解消して、1957年京都川柳界の大同団結をはかったのが「平安川柳社」。機関誌「平安」は20年続いたあと、1977年に突然解散する。その後、「京かがみ」(福永清造・伊藤入仙など)、「都大路」(田中秀果・西沢青二など)、「新京都」(北川絢一郎など)の三誌が誕生した。北川絢一郎の逝去にともない、「新京都」は終刊、「川柳黎明」と「凜」ができた。「黎明」は昨年解散。一方、「都大路」にいた筒井祥文は「川柳倶楽部%」を立ち上げ、現在の「ふらすこてん」へと続いてゆく。「都大路」は終刊したあと、後継誌として「草原」が発行されている。
以上、変転する京都川柳界の歴史をたどったが、そのなかで大きな存在だったのが北川絢一郎である。いま手元に北川絢一郎句集『泰山木』(1995年)があるので、何句か抜き出してみよう。

百冊の本をまたいでなお飢えに   北川絢一郎
庶民かな同心円をぬけられぬ
どの糸からもマリオネットは血を貰う
草いきれ一揆の性をもっている
川の向こうの影がときどき討ちにくる
灯を消せばきっと溺れるさかなたち

さて、「凜」68号に話を戻すと、今号には招待作品として兵頭全郎と八上桐子の川柳作品がそれぞれ16句ずつ掲載されている。ここでは八上桐子の方を取り上げることにする。
八上桐子といえば、昨年、葉ね文庫の壁に飾られた「有馬湯女」が評判になった。ハリガネ画の升田学とのコラボであるが、八上の句はこんなふうに書かれていた。

ね、雨もお湯の匂いがするでしょう
するでしょうあふれる水も息継ぎを
息継ぎを惜しんで呼べば鳥の頸
鳥の頸ちいさい橋を渡るとき
渡るとき縦に伸縮する時間 (後略)

今回の「凜」の作品は「その岬の、春の」というタイトルだが、「水」の世界を基調とし、キイ・イメージにも「有馬湯女」と共通するところが多い。

青がまた深まる画素の粗い海
ぬれてかわいてぬれてかわいて岬まで
舟底のカーブなつかしい口もと

海でありながら、デジタルの海が重ねあわされている。
画素が粗いと美しい像にならないはずだが、そのぶん見る者の想像力を刺激して色が深まるのかもしれない。
風景というものが人間の身体と重ねあわされていて、たとえば舟の曲線と誰かの口元の曲線が連想で結びついている。

てのひらにあまりにあっけなく消えて
一体を棄てるかすかな水の音
うっとりとひとりの泡を聴いている

八上は風景にうっすらと人情を重ねあわせながら、抒情的な世界を構築している。
ここには書かずに省略されているものがある。氷山の水面に出ている部分はわずかであって、水面下には見えない実体が潜んでいる。それは、あるいは喪失感であったり孤独であったり人間の実存であったりするのだろうが、八上はそれを直接表現しようとはしない。人間のドロドロした思いをつかみだして明るみに見せるやり方ではないのだ。
かつて私は人間がひとりも出てこない川柳を夢想したことがあった。あまりにも人間臭の濃い従来の川柳作品に辟易したからだ。
人間の匂いを消しながら、しかし川柳が人間を詠むとすれば、八上のような書き方はひとつの方向性かもしれない。

くるうほど凪いで一枚のガラス

「くるうほど凪いで」というのは矛盾する表現である。静かな風景の底には凶暴なものが隠されている。二律背反的なのだ。
ノイズは美しい水の世界から少しだけ姿をのぞかせている。
ノイズそのものをもっと直接的に書く川柳というものはありうるだろうし、読者によってはもっと力闘的な人間関係や現実を読みたいと思う向きもあるだろうが、そういう激化・劇化から少し距離を置いたところで作品が書かれている。「一体を棄てるかすかな水の音」というのは何を棄てたのだろう。これらの作品は微妙なバランスのうえに成り立っている。八上桐子の現在位置だろう。

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