2016年8月20日土曜日

川合大祐句集『スロー・リバー』

「明後日、句集が届くことになっているんですよ」
8月はじめ、伊那駅前の喫茶店で話しているときに、川合大祐がそう言った。川合の第一句集『スロー・リバ―』(あざみエージェント)が発行されることは聞いていたが、伊那行に間に合わなかったのが残念でもあり、句集が発行されるまでの数日がいっそう待ち遠しいことでもあった。
その後届いた句集を開くと、期待を裏切らない清新な句集に仕上がっていた。ネットに書きこまれたいくつかの感想を読んでも好評のようだ。「Ⅰ.猫のゆりかご」「Ⅱ.まだ人間じゃない」「Ⅲ.幼年期の終わり」の三章に分かれていて、特に実験的なのは第Ⅰ章である。
実験的でチャレンジ精神にあふれているといっても、それがどのように実験的なのかが問われなければならない。
句集のなかにはこれまで評判になった句もちらほら見られる。たとえば次の句。

中八がそんなに憎いかさあ殺せ   川合大祐

川柳入門書にはよく「五七五の真ん中の七音(中七)が八音(中八)になってはいけない」と書かれている。上五は字余りになっても許容されるが、中七は厳密に守らないといけないというのだ。それは韻律上の理由だろうが、必ずしも明確な根拠が示されているわけではない。川合は「中八の禁」に対して川柳作品のかたちで疑義を提出しているのだ。しかも「そんなに憎いか」と意識的に中八を使っている。ここでは一句が川柳論そのものになっていて、「中八」を語るときにはよく引き合いに出される作品である。

…早送り…二人は…豚になり終
(目を)(ひらけ)(世界は)たぶん(うつくしい)

「川柳カード」誌上大会(「川柳カード」7号、2014年11月)に投句された作品である。前者の兼題は「早い」、後者の兼題は「世界」。
前者はビデオの早送りの画像を表現した句のようだ。映像的であり、スピード感があるなかに皮肉もすこし混ざっていて批評性がある。
後者は(   )を多用している。この(   )にどのような意味があるかは一概に言えないが、たとえば(   )に任意の言葉を代入していると考えてみよう。

(   )(    )(    )たぶん(     )

確定しているのは「たぶん」という語だけであり、 (世界は)という部分は兼題だから置き換えは難しいけれど、他の部分はどのような言葉でも嵌め込むことができる。とくに最後の(うつくしい)という部分は、たとえば(おそろしい)などとすることもできるかもしれないが、これを(うつくしい)としたのは世界に対する肯定的な感覚が作者にあるからだ。その場合でも「たぶん」という保留付きとなる。「目を開け世界はたぶんうつくしい」というある意味で陳腐な言述を(  )を付けて揺さぶることによって一句が成立している。
そもそも、第一章のaには「…は…の…を見るか?」というタイトルが付けられていて、私などはフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を代入して読んでしまう。

「雪に名を与えて言いたかったのは

こうやって宇宙をひとつ閉じてゆく」

第Ⅰ章のc「檻=容器」から。この作品は「週刊俳句」(2016年2月7日)に掲載されたもの。10句連作で、カッコにはじまってカッコで終っている。この二句に挟まれた8句にもそれぞれカッコが使用されている。
ここではカッコ記号として「   」が使われている。「  」が「檻」に見立てられているのだ。「定型」を「檻」と見ることは、単なる機知的表現ではなくて、この作者の実存から来るものだと思う。ルーティンや定型は有用なものである半面、一種の桎梏でもあるからだ。
句集『スロー・リバー』の第Ⅰ章が実験的な印象を与えるのは、句のかたちで「川柳とは何か」を問うものとなっているからだ。「メタ川柳」といっていいかもしれない。

第Ⅱ章に移ろう。ここでは主として固有名詞を使った句が集められている。
中でも「ドラえもん」の句はこれまでも注目されてきた。

二億年後の夕焼けに立つのび太
ドラえもん右半身が青色の

「川柳カード」11号に飯島章友は「川合大祐を読む―ドラえもんは来なかった世代の句―」という文章を書いている。飯島は川合大祐を「第二次ベビーブーム世代」ととらえ「この世代は『ドラえもんは必ず来る』と大人たちから言われ続けたにもかかわらず、『ドラえもんは来なかった』世代なのである」と述べている。
川柳にはドラえもんを詠んだ句がときどき出てくるが、特に川合の場合はキイ・イメージとして読み取ることができる。

さて、句集の第Ⅲ章は「幼年期の終わり」。
おやおや、今度はアーサー・C・クラークなのか。
引用はもうやめておくが、川合大祐句集『スロー・リバー』は新しい世代の川柳を提示しようとする意欲的な句集である。川柳にもようやくニュー・ウェイブがあらわれたのだ。

気をつけろ奴は単なる意味だった   川合大祐

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