前回とりあげた歌人の我妻俊樹が今度は川柳を書いている。
「SH3」に「ストロボ」のタイトルで発表された102句である。
多作であることにも驚くが、「歌人がつくった川柳」という印象はまるでなくて、現代川柳作品として読んで何の違和感もないことにびっくりする。
土踏まずだけがきれいな夜景です 我妻俊樹
少しずつ思い出してる右の県
白菜を割って登場してもいい
住むだけで家が柘榴になっていく
割れたならバスターミナルだって皿
右の月と左の月の継ぎ目です
むこうへと七里ケ浜を追い返す
敵味方なく雪柄のシャツを着る
前世の話はよせよ照れるから
飛び魚の味を合図に一時解雇
「SH」は瀬戸夏子・平岡直子の編集発行。三冊目となる「SH3」は先日の「川柳フリマ」で販売された。我妻以外のゲスト作品を含めて紹介しておく。
助けてね逃げてねカラオケの先生 宝川踊
火と刃物 お料理は死にちかくてヤ 山中千瀬
名古屋まで逃げてきたのに顔がある 吉岡太朗
天使ひとりになるまで他天使皆殺し 瀬戸夏子
母と子の決闘が母子像になる 平岡直子
さて、5月22日、大阪・上本町の「たかつガーデン」で「第二回現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」が開催された。川柳を中心としたフリーマーケットに13グループが出店し、71名の来場者があった。そのうち川柳人が約半数、歌人が約20名、俳人が約10名であった。
このイベントは昨年に続き二回目であるが、文学フリマや2014年7月に開催された「大阪短歌チョップ」などから影響を受けている。「ヒストリア+フリマ」というコンテンツで、ヒストリアの部分では今回、石田柊馬が現代川柳句集の解説をした。
『中村冨二・千句集』をはじめ『難破船』(松本芳味)『山彦』(石曽根民郎)『熊野』(岡橋宣介)『無双』(定金冬二)『痩せた虹』(柴田午朗)『月の子』(時実新子)『指人形』(福島真澄)などを展示。石田は展示されていた川柳句集の時代を「暗喩やイメージやフィクションが準備されていた時代」ととらえ、「私川柳」のスタートとしての『新子』(昭和38年)、昭和30年~40年ごろの女性川柳の時代など、現代川柳史を駆け足で語った。
橋が長いのでおんなが憎くなる 定金冬二
対談の部では、山田消児と小池正博が「短歌の虚構・川柳の虚構」について語り合った。
山田が「虚構の短歌」の例に挙げたのは次の五首。
照準つけしままの姿勢に息絶えし少年もありき敵陣の中に 渡辺直己
奪われてしまうものならはじめからいらないたとえば祖国朝鮮 野樹かずみ
降り出した粉雪ながめ帰れずにあたしいつまで万引き少女 河野麻沙希
父危篤の報受けし宵缶ビール一本分の速度違反を 石井僚一
食べ損ねたる手足を想ひ山姥が涙の沼を作つた話 石川美南
渡辺直己は戦前の「アララギ」で前線歌人として有名だったが、この歌は実際の戦闘ではなく、映画を見て詠んだ歌だという説がある。私がこの歌人のことをはじめて知ったのは、藤原龍一郎の本からだったが、藤原は「ギミック」という言葉を使っていた。レスラーが覆面をかぶるように、「前線歌人」も一種の覆面のようなものという捉え方である。
野樹かずみは在日朝鮮人ではなくて日本人、河野麻沙希は女性ではなくて男性、石井僚一の父は亡くなっていなかった。石川美南の『物語集』は歌の最後がすべて「~話」で終っている。
山田消児はそれぞれのケースについて丁寧に説明した。
石井僚一については2014年の短歌研究新人賞をめぐる議論が記憶に新しいだろう。ちなみに、石井はそのときの「正しい選考」とは何かという疑問から自ら「石井僚一短歌賞」を創設したという記事を新聞で読んだ。新人が自分で短歌賞を創設するという話には仰天する。
続いて、川柳の虚構について、小池は次の五句を例に挙げた。
人殺しして来て細い糞をする 中村冨二
雑踏のひとり振り向き滝を吐く 石部明
流れ着くワカメ、コンブを巻きつけて 広瀬ちえみ
ヒトラーユーゲントの脛毛にチャコはすがりつく 山田ゆみ葉
乳飲み子と歩調があえば船は出る 兵頭全郎
対談の詳細はテープ起こしをして、「川柳カード」12号に掲載の予定。
川柳の虚構については「バックストロークin仙台」(2007年5月)での〈川柳にあらわれる「虚」について〉、「バックストロークin大阪」(2009年9月)での〈「私」のいる川柳/「私」のいない川柳〉で議論されたが、その後あまり取り上げられることのないテーマである。ある意味で、川柳における虚構は当然の前提として広がっているのかも知れない。だから、山田ゆみ葉がブログで、いまごろなぜこんなテーマを取り上げるのかと疑義を呈したのは痛いところを突いているのである。ただ、川柳の先端部分はさておき、おおかたの川柳人の中では「虚構」「私性」「実感句」などの問題はまだきちんと整理されていないように思われるので、山田消児を迎えて短歌の場合はどうなのかを聞いてみたかったのである。
川柳フリマではいろいろな同人誌やフリーペーパーを手にすることができた。
たとえば「並列」は谷じゃこが「川柳を作ってみよう」と歌人に声をかけてできたフリーペーパー。
霜柱たちスタンディングオベーション 嶋田さくらこ
ほとんどの家にカーテンがあります 魚住蓮奈
返事がないただの水たまりのようだ 尼崎武
夏が来てシュークリームが降りそそぐ 月丘ナイル
内臓を見せながらパンを食う真鯉 ユキノ進
箱庭にモンシロチョウはお断り 谷じゃこ
今回初参加の「かばん関西」はガチャガチャや豆本などのユニークな企画で目をひいたが、飾りつけの面でもいろいろ準備してきたようで注目された。『川柳×短歌 月めくり』から。
カミサマはなんにも禁止してないね ミカヅキカゲリ
封を切る君の覚悟はよろしいか 文屋亮
新しい病いをひとつ月を食む とみいえひろこ
他ジャンルの、たとえば歌人が実際に川柳を作ってフリマに参加してくれるのは、抽象的議論よりよほど実りのあることだと思う。実作を通じて理解し合うことが大切だろう。
俳句関係では関西俳句会「ふらここ」作品集が販売されていて、関西の若い俳人の作品を読むことができた。
「川柳フリマ」は川柳人だけではなくてジャンルを超えたオープンな集いになればいいなと思っている。参加者相互の顔が見えるイベントとしては80人程度の参加者が適正かもしれない。今回、ご参加・ご協力いただいたみなさまに感謝する。
事前投句作品(欠席投句あり)について、当日の参加者に好きな句を投票していただいた。おひとり三句選。高得点句を最後に紹介しておく。5点句以下は「現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」のホームページに追って発表されるので、そちらをご覧いただきたい。
8点 月光をさえぎるためのおろし金 森田律子
8点 寝ている水に声をかけてはいけません 岩田多佳子
7点 祭きて紋白蝶は炊き上がる とみやまやよい
7点 とりどりの手押し車が沖へ出る 川田由紀子
6点 触れてみて冷たい方が五月です 嶋澤喜八郎
6点 あほやなあ あほやあほやと抱いてやる 本多洋子
6点 計算の出来ないものを着て街へ 筒井祥文
6点 領海の外で天ぷら揚げている 中村幸彦
6点 唇は桐の小箱に入れておく 竹井紫乙
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