2010年11月19日金曜日

川柳における「宛名」の問題

近頃よく目にする批評用語に「宛名」がある。誰に宛てて作品を書くか、というほどの意味で使われているのだろう。
「現代詩手帖」11月号の「俳句逍遥」で田中亜美は「宛先と宛名」と題して俳誌「傘」の創刊を取り上げている。田中は次のように書いている。

「俳句の宛先はどこへ設定されるのか。その宛名はどこに記されているのか」「作者として俳句を作るとき、読者として俳句を読むとき、宛先と宛名をめぐる消息について、ふと疑念に囚われることがある。〈私〉は誰に向けてそれを発信するのか、それは本当に〈私〉へと送信されたメッセージなのか」

「傘〔karakasa〕」は越智友亮と藤田哲史が創刊し、第1号では佐藤文香の特集を行っている。彼らがウェブではなくて「雑誌」というツールを選んだのはなぜか。それはメッセージを「《効率よく》ではなく、《確かに》伝えたい。そういう気持ちをつきつめた結果、雑誌という形態に拘らざるをえなかった」からだという。
このような「傘」の発行意図について、田中はこんなふうに述べている。

「もしかしたら、それは無限の匿名性と潜在性の海に『一斉表示』するのではなく、作者の〈手〉から、読者の〈手〉へと漂流し漂着するというプライベートなメッセージの伝達のありようが、もう一度見直されている証左なのかもしれない」

たぶん田中の脳裏にはアドルノのいう「投壜通信」のイメージがあるだろう。
「アウシュビッツ以降になおも詩を書くことは野蛮である」とはドイツの哲学者アドルノの有名な言葉である。現代の商業主義に毒された社会の中で、詩の言葉は「投壜通信」のようにどこへ漂着するか分からない。誰かに届くかどうかすら分からないのだ。発信された言葉は誰かに届かなければ意味がないという考え方もあるだろう。だから性急な若者たちは言葉を届けようと必死になる。けれども、いまこの時点で届かなくても、まだ見ぬ誰かが未来において言葉を受け取ることがあるかもしれない。「投壜通信」にはそういう絶望と希望の二重のイメージがこめられている。

「宛名」で思い浮かぶのは、10月16日に東京で開催された「詩歌梁山泊シンポジウム」の第2部「宛名、機会詩、自然」である。報告者・筑紫磐井の論旨はおよそ次のようなものであったようだ(引用は「俳句樹」3号、筑紫の「私的報告」による)。
筑紫は宮澤賢治の短歌と手紙を比較して、賢治の短歌が詩とはつながらないのに対して、手紙の一部分は立派な詩に見えると述べている。「賢治の詩は若いころから熱心にやっていた短歌から生まれたものではなく、手紙を書き連ねる中でほとばしり出た文章の影響を強く受けていた」というのである。そこから筑紫は次のような結論を導きだしている。

①賢治の詩の発生は、2人称を宛名とする言説(いってみれば手紙)を契機に発生したものと考えるのがふさわしい。
②短歌の発生は1人称複数(=We)を宛名とする歌謡
③俳句の発生は宛名のない文学・つぶやき

このような筑紫の問題提起には反論もあったようだが、この「宛名」という考え方を川柳に適用するとどうなるか、というのが今回のテーマである。

川柳において「宛名」の問題はこれまで考えられてこなかった。それは自明のことであり、問題視されることはなかったのだろう。
句会・大会では、その場に集まった人々に対して作品が書かれる。もっと正確に言えば、選者に向けて作品が書かれる。宛名は選者ひとりなのである。選者はよしとする作品を句会・大会の場で披講する。選者を通して作品は間接的に参加者に届けられる。作品は共感あるいは反発をもって迎えられる。選者という2人称(You)を通過することによって作品は1人称複数(We)に共有される。
同人誌においても価値観を共有する同人・会員に宛てて作品が書かれる。広く一般読書界に流通することはないから、不特定多数の読者に対する「投壜通信」という感覚はあまりない。
このようにして川柳では、誰に宛てて書くか、どのように届けるか、という問題に意識的になる必要はなかった。宛先人は目に見える範囲に限られていたからである。
けれども、川柳においても自立した作品・テクストが書かれるようになると、それを誰に読んでもらうかという問題が浮上してくる。「どのように書くか」とともに「どのように届けるか」が重要な問題として浮かび上がってくるようになったのである。

ここで観点を少し変えて、「差出人」「宛先人」について考えてみることにしよう。
細馬宏通著『絵はがきの時代』(青土社、2006年)は、誰の目にもふれてしまう姿をしながら個人的なメッセージでもある絵はがきについて興味深い論考を展開している。特に「わたしのいない場所」の章では、差出人と宛先人との関係をめぐってこんなふうに書かれている。

「たとえば、手紙を書いているときに、たまたま宛先人であるあなたが近づいてくる。と、わたしはあわてて手紙を隠そうとする。それは明らかに近づいてくるあなたに向けて書かれているにもかかわらず、わたしはまるで、密会の現場をあやうく見つかりそうになったかのように、必死に手紙を脇にやるだろう。すっかり書き終えてからでなければ、そしてわたしのいないところでなければ、手紙をあなたに読ませるわけにはいかない」

「書くという行為は宛先人の不在によって成立する」というのが細馬のテーゼである。「宛先人に見つめられると、エクリチュールは鈍る。そして、その視線が消えるや、エクリチュールは走り出す。あたかも、宛先人の不在に力を得るように」
では、書くという行為はなぜ宛先人の不在を必要とするのだろう、と細馬は問う。

「差出人は贈り物を用意することによって、贈り物に、自分の存在と相手の不在を刻印してしまう。「差出人(わたし)のいる場所に宛先人(あなた)はいない」。それが、差出人の差し出す謎である」
「書くという行為は、単に既知のできごとを表わすためにここまで多様な形に広がったのではない。それはおそらく、贈与の行為として人々のあいだに広まったのである。でなければ、書くという行為が、なぜ執拗に宛先人の不在を必要とするのかを説明することができない。そしてエクリチュールこそは、謎をかけるのにもっとも適した贈り物だった」

これはたいへん魅力的な考え方のように私には思える。
「わたしのいない場所」「宛先人の不在」という考え方に「座の文芸」という視点を放り込んでみるとどのような事態が生じるだろうか。「座の文芸」では「宛先人の不在」どころではない。宛先人は目の前にいるのだ。けれども、川柳においても「宛先人」の問題は改めて考えられなければならないだろう。
差出人(作者)は誰に宛てて書いているか。それは仲間うちだけにしか通用しない言葉で書かれているのではないのか。また、宛先人(読者)は自分に宛てて書かれたかどうかも定かではない作品を読みかねているのではないのか。
川柳は「投壜通信」から出発しなおさなければならない。

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