2023年11月29日水曜日

『起きられない朝のための短歌入門』

「川柳は外向的でなければ生きてゆけないのである」とは渡辺隆夫の言葉だ。川柳は自分たちの世界に閉じこもっているだけでは刺激もないし発展性もない。同時代の短詩型諸ジャンルで起きていることには常にアンテナを出しておくことが必要となる。川柳に入門書がないわけではないが、評論や読みの分野が弱いので、かつては穂村弘や藤原龍一郎などの歌人の評論集から学ぶことが多かった。最近は歌人の書いたものを読む機会が減ったが、入門書というかたちの短歌実作論として『起きられない朝のための短歌入門』(書肆侃々房)は見逃せない。
本書は我妻俊樹と平岡直子の対談形式で、「つくる」「よむ」「ふたたび、つくる」の三部に分かれている。二人とも現代川柳と交流があり、初心者というより何年も実作を続けている表現者にとって刺激的な内容になっている。
「最初の一首をつくるのは難しくはない。次の一首をつくるのも難しくないかもしれない。難しいのは、自分の短歌を物足りなく感じはじめたときだ」(「はじめに」平岡)
「自分でつくりはじめると、他人の歌にある程度興味が湧いてきて、歌集を読んだりする場合も多いでしょう。いっぱい読めば読むほどつくるほうはスピードダウンするはず。自分のつくろうとしている歌に類想歌があるのがわかるとそれはよけようとするわけだし、知っている歌の数が増えるほど道が狭くなっていく」(平岡)
創作を続けている表現者にとっては誰でも思い当たることだし、切実な問題でもある。
歌会について我妻はこんなふうに語っている。
「歌会もディベートみたいなもので、必ずしも本当にいいと思う歌を推すわけじゃないですよね。その場では一首なり何首なり選ぶ決まりだから、仮にこの歌がいいということにして、その前提で評を組み立てるわけです。だからこそ評の練習になるんだけど、それって半分嘘の評でしょとも思う。そこがわりと歌人の世界の弱さというのかな、半分嘘でも褒められたらうれしいわけだし、人をうれしがらせてしまった評のことは、言った側もどこか信じてしまうんじゃないか」
私は歌会には参加したことがないが、俳句や川柳の句会でも同じようなことはあるだろう。我妻は「短歌の評をする人はほとんど実作者だから、技術論の解説みたいな読み方はだいたい得意だと思うんですよ。でも作品のおもしろいところって、ジャンル内の共有財産みたいなテクニックからはみ出たところにあるものでしょう」とも言っている。評を書く者にとってはコワイことを言う人だ。
詩的飛躍について平岡はこんなふうに言っている。
「詩的飛躍がうまくいっている歌を読むと、『そうだったのか!』って思うもんね。『この言葉とこの言葉にはこういう関係があったのが、いままで意識したことはなかったけど、たしかにそうだ、わたしも心のどこかでは知っていた気がする』みたいな」
11月19日に東京・王子で「川柳を見つけて」というイベントが開催された。暮田真名『ふりょの星』とササキリユウイチ『馬場にオムライス』の合同句評会だったが、パネラーの平岡は暮田の句の言葉の見せ方について、「何の根拠もない組み合わせではなく、言葉と言葉との間に社会的文脈とは異なるつながりがある」「自分の都合より言葉の都合をきくことが優先されている」というようなことを語った。私は暮田の句がなぜおもしろいのか、今までうまく言語化できずにいたが、平岡の説明を聞いて少し納得できるように思った。同時に私が平岡の短歌を読んだときに感じる心地よさの理由もわかったような気がした。
平岡も我妻も独自の短歌観をもっている表現者だ。
(平岡)「わたしの説ではね、歌人のほとんどは『人生派』=自分の人生に準拠した歌をつくっていて、そのなかで『人生―人生派』と『人生―言葉派』に分かれるんです。歌のなかに具体的に『人生』のことが書かれていなくても、歌の外側にある人生情報と照らし合わせることで完成するタイプの歌は広義の『人生派』だと思う」
平岡の「人生―人生派」「人生―言葉派」「言葉―人生派」「言葉―言葉派」という分類は以前にもどこかで読んだことがあるが、「言葉―言葉派」の作品として挙げられているのは次の歌。

才能で電車を降りる 才能でマフラーを巻く おかしな光  瀬口真司

我妻「私は短歌の二部構成って、上下句でかたちが違うことも含めて〈行って帰ってくる〉形式だと思っている」「〈行って帰ってくる〉形式の中にも、〈行ったきり帰ってこない〉とか〈行って帰って、また行く〉みたいなべつの動きの可能性は含まれてるはずなんですよね」
以前、我妻の話を聞いたときにも、「短歌は行って戻ってくる。川柳は引き返さずに通り抜ける」というとらえ方だったことが印象に残っている。
その他、実作のヒントになるような発言が満載だ。本書のタイトルについては対談の最後の方で語られている。

短歌の入門書が立て続けに出版されていて、榊原紘の『推し短歌入門』(左右社)も好評。タイトルの表層的な印象とは異なって、充実した短歌入門書となっている。若い世代の感覚もうかがえ、第二部の短歌の技法では「言葉の欠片を拾ってきて、それを繋ぎ合わせる感覚」「下の句を切り取って別の歌の上の句とくっつけるなど、合成獣(キメラ)のような歌も多いです」と書かれている。これは若い世代の川柳作品からも感じ取れることだ。短歌を読むことについては「特に自分の考えていることなど既にやり尽くされているとか、他の人の作品を読むと自分が作れるものなどない気がしてつらいとか、そんなことを思うかもしれません。しかし、他の人の作品を読むことは、自分自身のことを掘り下げる大きな力になります」と前向きである。
川柳の入門書としては暮田真名の『宇宙人のためのせんりゅう入門』(左右社)が12月下旬に発売が予定されている。

2023年9月22日金曜日

現代連句の40年

日本連句協会の前身である連句懇話会が創立されたのは1981年のことだった。私の連句歴は約30年で、創立時のことは直接知らないが、昨年『現代連句集Ⅳ』の編集に関わって、現代連句史を振り返る機会を得た。
最近、山地春眠子さんから「杏花村」のコピーをいただいた。「杏花村」は、わだとしお(村野夏生)が1977年に創刊した月刊俳諧誌で、1985年に100号で終刊するまで続いた。いわゆる「連句復興期」における東京義仲寺連句会の活動がよく分かるので紹介しておきたい。まず前提となる話になるが、1960年代以降の連句復興は伊勢派の俳諧師・根津芦丈をルーツとする。芦丈を中心として清水瓢左、野村牛耳、東明雅などの連句人が連句の普及につとめた。年譜のかたちで整理しておこう。

1959年 「都心連句会」創立
1961年 「信州大学連句会」創立。根津芦丈指導(東明雅・高橋玄一郎・小出きよみ・宮坂静生・池田魚魯)
1965年 都心連句会第一連句集『艸上の虹』
1966年 義仲寺史蹟保存会設立認可(境内に「昭和再建碑」保田与重郎)。1967年、機関紙「義仲寺」創刊 
1969年 都心連句会第二連句集『むれ鯨』
1971年 東京義仲寺連句会、第一回俳諧時雨忌(10月10日)を機に野村牛耳・林空花・高島南方子・わだとしお・星野石雀・真鍋天魚・珍田弥一郎などが参加
1972年 東明雅『夏の日』(角川書店)
1978年 東明雅『連句入門』(中公新書)。山地春眠子『現代連句入門』(杏花村叢書。1987年再版・沖積舎)
1981年 連句懇話会結成、12月会報第1号発行。阿片瓢郎(連句研究)・大林杣平(都心連句会)・岡本春人(連句かつらぎ)を求心力とし、代表幹事に上記三名のほか、わだとしお(杏花村)が加わる。幹事は宇咲冬男・城戸崎丹花・国島十雨・見学学・伴野渓水・土屋実郎・永田黙泉・松村武雄・宮下太郎・山地春眠子。

東明雅は信州大学連句会で連句を修得し、『夏の日』はその成果。『連句入門』はさらに体系化された連句入門書となる。東は1982年に「猫蓑」を結成。(戦後の関西連句は橋閒石の「白燕」創刊にはじまり、東京の動きとも連動しつつ、独自の展開を見せるがここでは触れない。)
さて、「杏花村」に戻るが、東京義仲寺連句会は自由人の集まりだった。俳諧の伝統を継承しつつ、参加者には詩人や作家もいて、先進的な試みをしている。「杏花村」は、わだとしおの発行になっており、現代連句に果たした彼の功績は大きい。山地春眠子の『現代連句入門』の第六章「連句を読む」に収録されている作品は、「杏花村」の昭和52年・53年に掲載されているもので、この本が東京義仲寺連句会の熱気を背景に生まれたものであることが改めてわかる。どういうメンバーがいたのか、作品名と捌を挙げておく。歌仙「紫陽花の庭」(星野石雀捌)・脇起り歌仙「絵のしま」(高藤馬山人捌)・第三起こり胡蝶「蟬時雨」(林空花捌)・胡蝶「蕉庵余寒」(眞鍋天魚捌)・歌仙「幻戯興行」(山地春眠子捌)・歌仙「巷地獄」(中津川洪捌)・歌仙「トランプの城」(わだとしお捌)・歌仙「花菜漬」(星野石雀捌)・歌仙「八衢の星」(水野隆捌)・ソネット「夢較べ」(珍田弥一郎捌)・ソネット「寒紅」(珍田弥一郎捌)・六行四連「雪雲の時間」(山地春眠子捌)。 ここでは『現代連句集』に収録されていない作品を「杏花村」からいくつか紹介しておく。

歌仙「鷺の蓑毛」  馬山人捌

  木で眠る鷺の蓑毛も冴えかへり  天魚
   危き夢を紡ぐ朝東風      洪
  蛙鳴く遠音にハープ搔き立てて  洪
   波止場通りでコーヒーを飲む  素女
  月光の斜めにさして印度貴石   浩子
  レモンの匂ふ少年の街     石雀
ウ 翼竜の骨掘る岡のうそ寒く    春眠子
   透明族のふえしキャンパス   徒司
  排気筒(マフラー)の音高らかにはためきて  欣二
   皺手振りつつ道にたたずむ   以登
  大伴旅人の大臣(うし)の笑みかへり   馬山人
   二重廻しに秘めし恋の香    浩子
  ふるへつつ下る最上の雪見船   徒司
   地下の酒場で似顔絵を描く   石雀
  金太郎飴切る音のあざやかに   天魚
   寝覚めの床にうぐひすの声   以登
  はるばると花神訪ねて月の宿   徒司
   和布刈(めかり)神社の春のことぶき   欣二

長くなるので歌仙の後半は省略。馬山人・高藤武馬は国文学者・俳人。著書に『奥の細道歌仙評釈』『芭蕉連句鑑賞』『桃青俳諧談義』などがある。天魚・真鍋呉夫は小説家・俳人。句集『雪女』など。
「杏花村」昭和53年5月号は〈高橋玄一郎追悼〉の号になっている。玄一郎と野村牛耳の文音両吟歌仙が掲載されているので、その表六句だけ紹介する。

プルシャンブルー黙示の傾斜草紅葉  玄一郎 
 三日月からむ送電の塔       牛耳
銃身を磨く射程は夜寒して      玄一郎
 古稀のあるじのいまだ俊足     牛耳
声秘めてうのはなくだし窓明り    玄一郎
 罷りて候蟾蹲る          牛耳

この歌仙は『落落抄』(高橋玄一郎文学全集第一巻)にも収録されているが、「定型を」「変型し」「異端へ」のうち、「異端へ」の部に分類されているのは興味深い。同号には東明雅の追悼文も掲載されていて、こんなふうに書かれている。

「―先生、黒色火薬はどうしましたね。爆発しますかね?」、これは高橋玄一郎さんが、時折私をからかった言葉である。黒色火薬とは新しい俳諧〈連句〉とその理論のことであった。私どもはこれを作りあげ、行きづまっている現代文学を一挙に粉砕しようと考えて来たのである。

私は高橋玄一郎についてかねてから関心をもっているので、別の機会に改めて取り上げてみたい。また、野村牛耳の連句観についてもいつか詳しく調べてみたいと思っている。
1985年、東京義仲寺連句会は「風信子の会」(村野夏生・別所真紀子)、「馬山人の会」(高藤馬山人・川野蓼艸)、「水分会」(真鍋天魚)などに分離。「風信子」はのちに「あゝの会」(村野)と「解纜」(別所)に分かれる。「水分会」からは浅沼璞が育った。
10月8日に大阪天満宮で開催される「第17回浪速の芭蕉祭」では「連句ブームの行方―現代連句の40年」というタイトルの講演と実作会を行う。資料に基づいたお話ができることと思っている。

2023年9月15日金曜日

『川柳EXPO』と文フリ大阪

しばらく時評を休んでいるあいだに、ネット川柳の動きが加速している。
7月に発行した「川柳スパイラル」18号では「ネット川柳の歩き方」を特集した。この分野に詳しい西脇祥貴による労作で、Twitter(現在はXになっているが)、オンライン句会、オンライン講座、スペース、ツイキャス、川柳ユニットなどに渡って、目配りの効いたものになっている。
18号の編集後記には「伝統的な作品と新しい傾向の作品をお風呂を混ぜるように混ぜる」「上層の熱い湯と下層の冷たい水。別に混ぜる必要もないのだが、現代川柳においても従来の川柳と2020年代の川柳を交差させてみたい」というようなことが書かれている。よく考えてみると、このような発想自体がすでに時代遅れのもので、今のお風呂は給湯器から均質な温度のお湯が自動的に出てくるのだ。
8月に入って、まつりぺきんによって『川柳EXPO』が発行された。これは投稿連作川柳アンソロジーの企画で、「何人かが集まり、句単体ではない連作(あるいは群作)という形で、しかも参加費無料で参加できるアンソロジー誌という場で、世に問うてみる」というものだ。5月末にネットで募集され、締切までの1か月間で投句者51名、各20句だから1020句の川柳作品が集まった。ぺきん自身の作品もプラスされて52名のアンソロジーとなっている。参加者にはネットを主な発表舞台としている表現者だけではなく、ベテラン・中堅の川柳人も混じっており、ネット川柳というだけではなく、偏りはあるものの現代川柳を展望するのに便利な一冊となっている。
9月10日に「文学フリマ大阪11」が開催され、『川柳EXPO』のブースが出店。買い求める人も多く、『川柳EXPO』の企画が作者・読者のニーズにかなったものだったことがうかがえる。ネットでの反響もnoteやツイキャスなどで出ている。この勢いはしばらく続きそうだ。
さて、文フリ大阪で手に入れた本と冊子を紹介しておきたい。
まず、牛隆佑の歌集『鳥の跡、洞の音』。彼は結社・同人誌に所属せずに活動を続けているが、それにもかかわらず存在感を発揮している稀有の歌人だ。その第一歌集。

蛇口から落ちずに残る水滴が少し膨らむ ここで叫べよ    牛隆佑
鮫が鮫をやがて人間が人間を食べたのだろう いろとりどりの
心を持つ生卵なら割れながらすみませんもうしわけありません
一番が二番を二番が三番を組み伏せて世界は昼下がり
ありがとう水が流れてきてくれて多目的用小さな海に
とりにくはこんなに寒い冷蔵庫で風邪をひいたりしないのだろう
かなしみの券売機なら一万円紙幣をやろう吐き出せばいい

私が牛隆佑の存在を意識したのは2014年の「大阪短歌チョップ」のときだったが、「ふくろう会議」や「葉ねかべ」の活動でも注目される。文フリで会えばいつも挨拶してくれるので、明るい人かと思っていたが、歌集のあとがきを読むと別の面が見えてくる。表現者であるかぎり、誰でも心の深層にいろいろな思いをもっているものだ。八上桐子、門脇篤史、西尾勝彦が「栞」を書いている。
『川柳EXPO』にも参加している林やは。文フリにも出店していて、詩集『春はひかり』を手に入れる。詩の部分的引用は意味がないかもしれないが、印象に残ったところをいくつかご紹介する。

分子が結合するよりさきに、ぼくたちの概念が、美しいものをしって、ふくれる。どうか眠りから醒めてしまっても、これをはじけないように、神聖としてしまえる、しゅんかんに、とじこめてしまいたい。だって、失いたいさ。失いたい、ものが、あるのだ、もの。(「ルア・ルーナ」)

水面にあこがれていただけで、すばらしいといわれた。あなたは、それだけで、必要とされていた。ここで、あなたは、だれよりも守られて、あたたかくしていて、いつかはひとりになる。意味もなく、産まれてきて、はずかしいよ、もう、産むしかない。(「羊水の詩」)

可憐であればあるほど、肉質で、
きみの、春は、現世、(「羊水の春」)

現代詩を書く人で川柳にも関心のある人が、栫伸太郎や水城鉄茶など、ちらほらと現れてきている。
多賀盛剛の第一歌集『幸せな日々』。第二回「ナナロク社 あたらしい歌集選考会」で岡野大嗣に選ばれたのを機に同社から発行された。多賀の短歌は「MITASASA」のゲスト作品で読んだことがあるし、「川柳スパイラル」15号に川柳を寄稿してもらっている。また連句でも何度か同座したことがある。多賀の作品はひらかな表記の口語短歌でと関西弁の使用が特徴だ。句読点の表記は元歌のまま。

めのまえに、にじいろのしんごうきがあって、いろのかずだけずっとまってた、 多賀盛剛
うちゅうからは、どこみてもうちゅうで、ゆめからはどこみてもゆめやった、
あんごうかしたことばを、そのままこえにだして、そのときのうごきが、あたらしいいみになった、
あめの ひは あしもとが すべるので あめを たくさん のんで みんな おもくなりました
このまちはおもたくて、ここからずっとうごかないから、わたしはずっとこのまちにいる。

さて、9月23日に「川柳スパイラル」大阪句会が上本町・たかつガーデンで開催される。ゲストに橋爪志保を迎えて彼女の短歌と川柳について、また「川柳スパイラル」18号の特集「ネット短歌の歩き方」と『川柳EXPO』の作者と作品についてなど、ホットな話題で意見交換ができることと思う。

淀川は広いな鴨川とは全然ちがうなほとんど琵琶湖じゃないか  橋爪志保『地上絵』
くろねこの対義語は盛り塩だろう  橋爪志保「ねこ川柳botの軌跡」(ネットプリント)

「文学界」10月号の巻頭に暮田真名の10句が掲載されたり、「アンソロジスト」vol.6(田畑書店)の特集《川柳アンソロジー みずうみ》(監修・永山裕美、川柳作品各20句・なかはられいこ・芳賀博子・八上桐子・北村幸子・佐藤みさ子、解説・樋口由紀子)など、現代川柳の動きを目にする機会が増えてきている。

2023年8月4日金曜日

橋爪志保のネットプリント「千柳」

橋爪志保のネットプリント「千柳」vol.3「ねこ川柳botの軌跡」が発行された(配信はすでに終了)。Vol.1「憂鬱の姫君」、vol.2「ドラムロールの肖像画」につづく三作目で、各100句ずつ発表され、10巻1000句を目標としているので「千柳」と洒落ているらしい。
ネットプリントというツールは短歌でよく利用されていて、「かばん」6月号では「短歌とネットプリント」を特集している。「電子(デジタル)で配信、紙(アナログ)で出力」という切り口で、「令和の現在、電子でのやりとりが増え電子書籍がシェアを拡大しても、平安から続く紙でのやりとりは失われていない。デジタルの利便性を活かしつつ、それでも紙で読みたい・読ませたい私達のニーズに、ネットプリント(ネプリ)はちょうど良くフィットする」と特集の扉に書かれている。
「短歌ネプリの今」という文章がネプリの成り立ちと現状を要領よくまとめていて参考になる。ネプリはインターネット経由で登録した文書ファイルをコンビニのコピー機に登録し、予約番号を入力すればだれでも印刷できるというサービス。富士フイルムビジネスイノベーションがセブンイレブンにこのサービスを提供して開始したのが2003年。その後シャープがファミマ・ローソンに提供にするようになった。コンビニによって予約番号が数字だったり記号だったりして不便だと思っていたが、提供している企業が異なっているのだった。当初、ビジネス文書や写真などを旅先で印刷できるサービスだったのが、クリエーターたちの作品発表の場としても使われるようになったということだ。
「ネプリが、短歌の総合誌や結社誌以外の雑誌で紹介されるまでに認知されてきたのは、歌集を出版している歌人や結社に所属している歌人のみならず、SNSを主な活動の場として日々作品を発表している歌人の活動のおかげであろう」

川柳でもネプリを使った発信が行われるようになって、最近では成瀬悠がツイッターで募集した「Twitter現代川柳アンソロ」が注目される。短歌ではよくあるが、川柳ではパイオニア的な試み。この時評の6月14日でも取り上げている。
橋爪志保の話に戻ると、橋爪は2020年に第2回笹井宏之賞内の永井祐賞を受賞、2021年に第一歌集『地上絵』(書肆侃侃房)を上梓。また2022年3月に川柳のネットプリントvol.1「鬱転の姫君」を発行した。歌集『地上絵』から3首引用しておく。

淀川は広いな鴨川とは全然ちがうなほとんど琵琶湖じゃないか
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
僕たちの時代は来ない 置いたけど届かなかった脚立のように

歌人として嘱望される橋爪がなぜ川柳実作に興味をもったのだろうか。「川柳スパイラル」15号の飯島章友との対談で、橋爪はそのきっかけについて、次のように語っている。
〈「ゆにここカルチャースクール」の暮田真名さんの川柳講座「あなたが誰でもかまわない川柳入門」がきっかけです。それまでも川柳は細々と何かの機会があるごとに作ってはいたのですが、講座をきっかけにモチベーションが上がり、いきなり作る量が増えた、という感じです。ちょうど短歌の新しい連作を作っていたときで、その連作は自分の身を切ったような重い作風のものだったんです。作る楽しみと同時にしんどさがありました。そのしんどさを救ってくれたのが川柳でした。川柳の(短歌よりも比較的)「私」から解放されているという特性に惹かれます〉
千柳vol.1「鬱転の姫君」から5句引用する。

巧妙に電話相手を食べ尽くす
アイコンが似ても嘔吐はいちどきり
蛍より蛍の歴史重すぎる
「嫌なこと次々思い出しマーチ」
ゆびとゆびの間のテキストボックスよ

飯島との対談で橋爪はこんなふうに言っている。
〈「千柳」が結構多くの方にプリントアウトしてもらえたのはやっぱり大きかったですね。こんなに読んでもらえるのだな、と気付けたことは本当にありがたかった。句会はまだ参加したことがないのですが、川柳でやりたいこと・やれることがもう少しわかってきたら、挑戦してみたいです〉
その後、彼女は「川柳スパイラル」大阪句会にも参加したことがあるが、vol.2の発行予定を尋ねたところ100句をそろえるには時間がかかると言っていた。そしてVol.2が2022年9月に、vol.3が2023年7月に発行された。それぞれ5句ずつ紹介する。

vol.2「ドラムロールの肖像画」より。
ドラちゃんはドラムロールの肖像画
ブリリアントな眩暈楽しむ
先方がほしがる星の扇風機
消える手を試した何回も試した
みがわりは無限に入るキャビネット

vol.3「ねこ川柳botの軌跡」より。
ねこたちが電解液に溶ける夜
完璧なねこの額でクロールを
ねこの恋 コミュニケーションぜんぶ傷
くろねこの対義語が盛り塩だろう
転がったねこは明るき羅針盤

「ねこ」の題詠で100句揃えるには作者の力量を必要とするが、世間に流通している「猫川柳」とはまったく異なった世界が成立している。
「川柳スパイラル」18号のゲスト作品にも彼女は10句発表している。川柳実作への意欲が並々ではないことが感じられて心強い。

機器ひとつ生むならきっと水電話    橋爪志保

2023年7月28日金曜日

あたかも俳諧師のように

時評を更新できないまま、一か月が過ぎてしまった。週刊ではなくて月刊になりつつある。この間のことを日記風に書き留めておく。

6月〇日
「解纜連句会」に出席のため東京へ。会場は高円寺の庚申会館。別所真紀子さんの捌きでソネット二巻を巻く。関西では鈴木漠さんの方式でソネットが巻かれることが多く、脚韻を踏む。韻は抱擁韻・交叉韻・平坦韻の三種類がある。この日は抱擁韻と交叉韻の二巻。ソネットは四連の十四行詩だから、抱擁韻の場合はabba/cddc/eff/eggとなる(交叉韻の説明は省略)。「解纜」33号から別所さんの説明を引用しておく。
「連句でソネット形式を始められたのは杏花村塾時代の珍田弥一郎氏であったが、押韻はしなかった。連句の場合、五七五、七七の音数律があり、かつ日本語は頭韻が音楽性を持つので当初脚韻は踏まなかったようだった」「詩人の鈴木漠氏は活字表現としての押韻を唱えられていて、現在の連句界では漠氏に従っている。それもひとつの在り方であろう」
高円寺界隈ははじめてだったので、商店街を探訪。昼食にはベトナム料理のフォーを注文。連句会終了後、数人で居酒屋に行き、さらにひとりでお酒も飲める異色の古書店に入る。なかなかおもしろい街だ。

6月〇日
「草門会」に出席。山地春眠子さんの捌きでソネットを巻く。この日は珍田弥一郎方式で韻は踏まない。珍田弥一郎によるソネットの説明を紹介しておく。
「ソネット俳諧を試みて何回目かになるが、ひとつはっきりしてきたことがある。十四行四章は四面の鏡からなる部屋だということだ。これが円形の鏡・円形の部屋にならないためには、各面のつなぎ目が明確に切れていなければならない。切れの強さが次の鏡を立てさせる。そして四面それぞれが同じ色彩・同じ動きであってはならぬこと」(山地春眠子『現代連句入門』による)
ソネットといっても、それぞれのルーツがあり、創作イメージが異なっている。春眠子さんには現代連句の歴史についていろいろ質問したが、『草門帖・7』に「東京義仲寺連句会~草門会」の年譜がまとめてあり、参考になる。

6月〇日
日本連句協会の主催でリモート連句大会。コロナ禍でリアル句会の開催がむずかしくなったときにZoomを使ったリモート連句大会がはじまった。今年はその三回目。8座36名の参加があり、私の担当した座は5名。半歌仙を巻く。リモート連句は遠方の連句人とも一座できるというプラス面がある。リアルの座に比べて雑談などのコミュニケーションがとりにくいところもあるが、一巡したあとは膝送りにしたので、順番が回ってこない人といろいろ話をすることができた。

6月〇日
明石の林崎海岸にあるカレー・ハウス「Babbulkund(バブルクンド)」で連句会。会名は「連句海岸」で主催者は門野優。店名は稲垣足穂の小説「黄漠奇聞」にちなむ。前に海水浴場があり、海開きはまだだが、泳いでいる人もいる。連句会は捌きの私と主催者を除いて定員六名。半歌仙を巻く。連句会終了後、海辺の散策と懇親会。夕陽が美しい海岸だということだが、この日は雲が出ていてはっきり見えなかった。

7月〇日
和歌山県民文化会館で「第9回わかやま連句会」を開催。参加者11名。毎回、連句実作の前に和歌山県にちなんだ文芸の話をしている。南方熊楠・佐藤春夫・小栗判官と熊野古道などを取り上げてきたが、この日は中上健次と熊野大学の話をする。紀州熊野サーガについては『岬』『枯木灘』を中心に登場人物の系図をもとに紹介。熊野大学については、茨木和生や谷口智行など熊野大学俳句部・「運河」などにも触れた。国民文化祭わかやまを契機にはじまった「わかやま連句会」だが、会を重ねるごとに和歌山の文芸に対する理解が深まってゆく。

7月15日
かねて行きたいと思っていた関の弁慶庵を訪ねる。美濃太田から長良川鉄道で関へ。駅から徒歩数分のところに惟然にゆかりの弁慶庵があり、惟然記念館になっている。惟然は芭蕉の弟子で口語俳句の祖と言われる。私は惟然のはじめた風羅念仏に興味があったので、記念館でテープをかけてもらった。

古池やかはづ飛びこむ水の音 なもうだなもうだ
 鐘は上野か浅草か     なもうだなもうだ
 京なつかしやほととぎす  なもうだなもうだ

こんな調子で芭蕉の発句を和讃形式にしたもので、十二番まであるが、一番から六番までが惟然の作、七番以降は寺崎方堂作だという。弁慶庵ではすでに伝承が絶え、義仲寺のほうに保存会があるという。 弁慶庵をあとにして、郡上八幡へ向かう。この夜はおどり発祥祭で旧庁舎記念館前で郡上踊りの輪に参加した。

7月16日
第36回連句フェスタ宗祇水。朝、宗祇水の前で発句奉納。「かわさき」「春駒」「三百」の座のそれぞれの発句が披露される。そのあと会場に移動して歌仙を巻く。座名は郡上踊りにちなんだもので、私は「三百」の座に参加。夕方までに巻き上がったあと、再び宗祇水に集合して、巻き上がった歌仙を読み上げるかたちで奉納する。

7月17日
朝、ひとりで宗祇水に行き清流の河鹿蛙の鳴き声を聞きながら缶珈琲を飲む。これで郡上ともお別れだ。高速バスに乗って岐阜へ。郡上八幡になじんだ感覚が岐阜の大都会の雰囲気を受けつけなくなっている。すぐに大垣へ向かった。
水門川沿いの句碑を見ながら「奥の細道むすびの地記念館」へ。芭蕉が大垣を四度訪れていることや谷木因のことなど認識を新たにした。日本連句協会の「会報 連句」6月号の巻頭に紹介されている「はやう咲九日も近し菊の宿」を発句とする歌仙のうち最初の十二句までを刻んだ連句碑も確認できた。

7月〇日
「江古田文学」113号が届く。特集・連句入門。特別講座篇・座談会篇の佐藤勝明は大垣の「むすびの地記念館」の展示の監修者でもある。座談会は日芸江古田キャンパスで行われて、佐藤氏のほかに浅沼璞・高橋実里・日比谷虚俊が参加している。連句界からは佛淵健悟〈「一茶連句入門書」入門〉、小池正博〈「現代連句入門書」入門〉、二上貴夫〈虚栗集「詩あきんど」の巻〉などが掲載。連句人必読の一冊となっている。

2023年6月14日水曜日

川柳誌とネットプリント

「触光」78号に第13回高田寄生木賞が発表されている。受賞は木本朱夏「白椿のひと―森中惠美子小論」、入賞は滋野さち「社会詠として時事を詠む」、北村克郎「川柳が今、おもしろい」、原田隆子「隆子流『江戸川柳』考」。
高田寄生木賞は川柳に関する論文・エッセイを募集する川柳界で唯一の賞である。今回の受賞作、木本朱夏は「川柳界には二人のエミコがいる」という書き出しで、時実新子(旧姓・森恵美子)と森中惠美子を対照的に取り上げている。

墓の下の男の下にねむりたや  時実新子
子を産まぬ約束で逢う雪しきり 森中惠美子

入賞作の中では滋野さちの「社会詠として時事を詠む」に注目した。「時事吟は消え物か」「時事川柳は男性のものか」「時事をどう書くか」「批判をどう書くか」など体験に基づいた滋野の考えが語られている。
「触光」には時事川柳のコーナーがあり、濱山哲也が選をしている。何句か紹介しよう。

WBCわたしのよるのトピックス   勝又明城
鯨幕見ても涙のパンダロス     津田暹
政治家の公平さんの肩をもつ    まつりぺきん
産めよ増やせよタイムスリップしたみたい 鈴木節子
外野席から必勝しゃもじ振っている 滋野さち

「川柳木馬」176号。「木馬座の作家」として内田万貴と大野美恵が取り上げられている。

又してもバベルの塔が築かれる   内田万貴
体幹を支えていたのはゼリー質
差し色に清少納言の悪意など
木っ端仏に見入っていたら口説かれる
こんな時に届くワルツの沈殿物

仮の世の裏でカルマの耳打ちが   大野美恵
禁固刑でしょうか無菌室ですか
竹林に隠士の集う蝮草
空席に耳の形を置いてくる
二周目はない缶切りの潔さ

昭和54年(1979年)7月創刊の「川柳木馬」は高知県の若手グループ「四季の会」を母胎とする。誌名の由来は次の句によるという。

目覚めは哀しい曲で始まる回転木馬  渡部可奈子

「長尾鶏」「どろめ」「軍鶏」「土佐犬」などの案があったが、海地大破が掲出の可奈子の句を口づさんで誌名が決定したという。
同人作品からご紹介。

天使・悪魔それぞれの手に紙袋   湊圭伍
視界ゼロどこかで鈴が鳴っている  古谷恭一
器では二度目の味変が始まっている 山本三香子
スローモーションで君の時計を隠したんだ 高橋由美
木が燃える約束通りゆらめいて   清水かおり
月や星について行ってはだめですよ 山下和代

紙媒体の川柳誌二誌を紹介したが、このところネット川柳が元気だ。
6月に入って、成瀬悠によるネットプリント「Twitter現代川柳アンソロ」が発行された。短歌や俳句ではよく見かけるネプリだが、川柳でも試みてみようということで、成瀬の呼びかけに応じて63名126句が集まった(一人2句)。参加者一覧も掲載されているので、ネット川柳の現在を知るのに便利だ。何人かの作品を紹介しておく。

泣いていたから車幅灯だとわかる  Ryu_sen
押入れの口内炎が治らない     優木ごまヲ
ベランダで半分行方不明です    石畑由紀子
大丈夫じゃないと言えば良かったな 伊藤聖子
ブロックを嵌めたら夜の完成です  雨月茄子春
栞がない 湾岸で挟む       嘔吐彗星
息継ぎする度襲名しちゃう     栫伸太郎
ヘイトから届くゆるふわ母子手帳  西脇祥貴

ネットプリントの打ち出し期間はもう済んでいるが、秋には第二弾が予定されているという。
もうひとつ、まつりぺきんによる投稿連作川柳アンソロジー「川柳EXPO」が作品募集中。誰でも投稿できるが、ネット上の投稿ページからに限る。投稿作品は未発表の20句からなる川柳連作・群作(タイトルを付ける)。単発作品ではなくて20句セットなので、作者・作品の資質・特性が立ち上がってくることになりそうだ。募集は6月30日まで。
先日の朝日新聞「うたをよむ」(6月11日朝刊)の欄で染野太朗が「文学フリマ」の熱気について書いていた。5月21日の文学フリマ東京では出店者・来場者合わせて1万人を超えた。「文学フリマのたびに膨大な数の短歌が発表されるが、それが読まれる場はいまだにほぼSNSに限られているように思う。分断を越えて読みの場の拡大を、などと『べき』を掲げるつもりはないが、参加した一人として少しでも鑑賞や批評を残していきたいと思った」と染野は書いている。
川柳では文学フリマでの作品発表はほとんどないが、ネットでの作品発表は出始めている。読まれ語り継がれる作品と消えてゆく作品があるのは紙媒体でも同じだが、量産されるネット作品を整理・可視化する試みがいくつか出てきたのは、貴重な情報源となりそうだ。

2023年6月2日金曜日

現代川柳の歴史を振り返る

4月からNHK文化センター梅田教室で「はじめまして現代川柳」の講座を開いている。月1回第四土曜日の夜で、第1回「現代川柳とはどういうものか」、第2回「現代川柳の歴史を振り返る」まで終了。ここでは第2回の内容を簡単に述べておきたい。

現代川柳の出発点について定説はないが、戦後の現代川柳の出発は関東では中村冨二、関西では河野春三からはじまったというのが私の考えである。
まず中村冨二の方から話をはじめると、『はじめまして現代川柳』の冨二の解説で私はこんなふうに書いている。
「1948年(昭和23年)の暮れ、まだ闇市の雰囲気の残る川崎駅前で中村冨二はバラック造りの古本屋「なかとみ書房」を開いていた。二坪ほどの仮店舗で、雨が降ると土間には水たまりができた。ある日、ビールの空き箱を逆さにして雑誌を読んでいた冨二の目の前が急に暗くなって、佇んだ一人の青年がいた。この青年・松本芳味と中村冨二の出会いから関東における戦後川柳は始まった」
読者に興味をもってもらえるようにこの部分は物語的に書いている。実際に見てきたわけではないが、いちおう当時の証言にもとづいている。
1950年、冨二は「川柳鴉組」を結成。梅田教室では合同句集『鴉』(1957年)を展示して参加者の手に取ってもらった。冨二のほか星野光一、片柳哲郎、金子勘九郎、山村祐、松本芳味などの作品が収録されている。
『中村冨二・千句集』から5句だけ紹介しておく。

人殺しして來て細い糞をする
セロファンを買いに出掛ける蝶夫妻
たちあがると、鬼である
パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い
美少年 ゼリーのように裸だね

次に河野春三について。春三は1948年3月に川柳誌「私」を発行。1956年12月に「天馬」創刊。「私」は個人誌だったが、「天馬」は同人誌である。「現代川柳」という呼称が定着したのはこの頃である。
「我々の作品を今後、現代川柳という呼称に統一したい」(「天馬」二号・1957年2月の座談会)
春三の作品を紹介しておく。

水栓のもるる枯野を故郷とす  
母系につながる一本の高い細い桐の木
死蝶 私を降りてゆく 無限階段の縄
濁流は太古に発し流木の刑
おれの ひつぎは おれがくぎうつ

「水栓」の句について、『はじめまして現代川柳』では次のように解説している。
「一面の焼野原と化した戦後の情景である。焼け残った水道の蛇口から水がポタポタ滴り落ちている」「終戦後、春三は堺市でバラック小屋に住み、自炊生活をしていた。泥棒に二回も入られたが、警察に捕まった泥棒に「お前のうちはとるものが少なかった」と言われたそうだ。関西における戦後川柳の出発点であり、それが水栓のもれる故郷の原風景と重ねあわされている」
その後、紆余曲折があるのだが、1966年8月に「川柳ジャーナル」が創刊される。「海図」「鷹」「不死鳥」「流木」「馬」の各誌を統合するかたちである。教室ではこれらの雑誌の実物を展示。当時の雰囲気を実感するには川柳誌の実物を手にとるのが一番であるが、「川柳ジャーナル」といっても40ページ足らずの薄い冊子なので、逆に幻滅するかもしれない。しかし、「川柳ジャーナル」の時代には現代川柳の多方向に向かう傾向が共存していたので、さまざまな可能性があった。

神さまに聞える声で ごはんだよ ごはんだよ   山村祐
これはたたみか                松本芳味
芒が原か
父かえせ
母かえせ
風が掛けた鍵 開けて逝く誰か         細田洋二
サルビヤ登る 天の階段 から こぼれ
夜の藻を九官鳥でかいくぐる

山村祐は川柳を一行詩ととらえ、川柳を現代詩に解消しようとした。松本芳味は多行川柳の代表的作者。細田洋二は言葉の復権を唱え川柳における言葉派のルーツとなった。

さて、大正末年から昭和初年にかけて新興川柳運動が起こったが、戦前の新興川柳と戦後の現代川柳とはどのような関係にあるのだろうか。両者は無関係で現代川柳は新興川柳の継承者ではないという立場もあるが、私は継承関係はあるという立場であるし、また新興川柳の遺産を継承しなければならないと思っている。そういう意味で『はじめまして現代川柳』の第三章に川上日車、木村半文銭、河野春三、中村冨二、細田洋二の作品を収録している。

人間を摑めば風が手に残り     田中五呂八
人間を取ればおしゃれな地球なり  白石維想樓
竝べ見る宇宙一つはアメーバの   渡辺尺蠖
錫  鉛     銀       川上日車
元前二世紀ごろの咳もする     木村半文銭

あと、講座では実践編として「第55回玉野市民川柳大会」(平成16年7月)のときの兼題「妖精」の入選句を資料として配布した。石田柊馬の「妖精は酢豚に似ている絶対似ている」が詠まれた大会である。
次回6月24日の教室では「現代川柳をどう読むか」というテーマで、『はじめまして現代川柳』の第一章・第二章に収録されている作者を中心に取り上げる予定である。