2019年12月28日土曜日

2019年回顧(川柳篇)

瀬戸夏子著『現実のクリストファー・ロビン』(書肆子午線、2019年3月)のことから話をはじめよう。この本は瀬戸が書いた2009年から2017年までの文章と作品が収められている。短歌の話題が主だが、現代川柳のことも取り上げられている。

「私がすごく川柳に惹かれたのは、言葉の使い方が俳句とも短歌とも現代詩とも違うんですよね。それがすごく新 鮮だった。とくに短歌を読みなれていると、ぎょっとすると 思う。これは他では絶対に使えない言葉とか、この用法は絶対ないな、俳句にもないなという語法や用法。」
「言葉をどう光らせるか、陰影を作るか、言葉をどう浮かせるか、目立たせるか。それで、私は川柳に触れたことがほとんどなかったので、同じ定型詩なのに言葉の浮かせ方や使い方がこれまで読んできた定型詩とは全く違ったのがすごく新鮮だった。なので、読者としてすごく夢中になって、今の時点で言うと、単純に読者としてすごく刺激を得られるのが大きい」(「瀬戸夏子ロングインタビュー」)

瀬戸夏子を入り口として短歌フィールドの表現者たちが現代川柳の世界に入ってくるようになった。暮田真名はそんな一人である。
暮田真名句集『補遺』(2019年5月)の巻頭に置かれた次の句は暮田がはじめて作った川柳作品らしい。

印鑑の自壊 眠れば十二月  暮田真名

昨年10月に予定されていた『補遺』の句評会は台風のため延期となったが、来年の2月9日に改めて開催されることになっている。川柳をはじめて2年で句集を出し、句評会を開催するという、従来の川柳人とはまったく異なる動き方をする若手作者が登場してきた。

八上桐子の『hibi』(港の人)が刊行されたのは昨年だが、今年5月に句評会が東京・王子の「北とぴあ」で開催された。報告者は牛隆佑・飯島章友の二人。参加者がそれぞれ句集の感想を語り合ったので、句評会というよりは句集の読書会のようなものになった。
その後、八上はフクロウ会議の『蕪のなかの夜に』に参加。フクロウ会議は、八上桐子(川柳)、牛隆佑(短歌)、櫻井周太(詩)のユニットである。内向きの川柳人が多いなかで、彼女は他ジャンルとも交流しながら作品を作ってゆく。これも従来の川柳人にはあまり見られなかった動きである。八上は9月28日に梅田・蔦屋書店で開催された「現代川柳と現代短歌の交差点」でも岡野大嗣・平岡直子・なかはられいこと並んでパネラーをつとめた。

もえて燃えきってひかりにふれる白    八上桐子
しろい夜のどこかで蕪が甘くなる

句集の刊行として注目されるのは、柳本々々の『バームクーヘンでわたしは眠った』(春陽堂書店、2019年8月)である。川柳日記というかたちで、春陽堂のホームページに連載したものを一書にまとめている。イラストは安福望。

年賀状がだせなくてもまだ続いてく世界  柳本々々

その柳本との対談を収録している竹井紫乙句集『菫橋』(港の人、2019年10月)。

川原君は駄菓子で出来ているね  竹井紫乙

新家完司川柳句集(七)『令和元年』(新葉館出版)。
完司は五年ごとに句集をまとめ発行している。この持続力は見上げたものである。

大胆に行こうこの世は肝試し    新家完司
悪口は言わずノートに書いている

昨年亡くなった筒井祥文の遺句集『座る祥文・立つ祥文』(筒井祥文句集発行委員会)が12月に上梓された。「座る祥文」はセレクション柳人『筒井祥文』から、「立つ祥文」はそれ以後の句が収録されている。

あり余る時間が亀を亀にした    筒井祥文
何となく疲れて海に腰かける

今年もこれで終わりだと思っていると、年末になり『石部明の川柳と挑発』(葉文館ブックス、2019年12月25日)が発行されたので驚いた。堺利彦・監修。石部明の若くて元気だったころの写真も掲載されている。石部の作品は比較的よく知られていると思うが、「冬の犬以後」の章から何句か紹介する。

肉体のどこ抱けばいい桜餅   石部明
あぶな絵のちらちらちらと雪もよい
黄昏を降りるあるぜんちん一座

こうして振り返ってみると、以前に比べて今年はずいぶんたくさんの句集・川柳本が発行されたものだ。
最初に短歌フィールドにいる表現者たちの川柳への関心について述べたが、短歌フィールドの表現者である三田三郎や笹川諒も最近は川柳に傾斜してきている。「ぱんたれい」vol.1から笹川諒の作品。

みずぎわ、とあなたの声で川が呼ぶ   笹川諒
ゆっくりと燃えないパフェを食べている 
風鈴を非営利で鳴らしています

もはや川柳界の内部とか外部とか言っている場合ではない。作品としての川柳に関心を持ち、川柳のテクストから刺激を受け取っている作者や読者が徐々に増えてきているのであり、その傾向は来年も続くだろう。

2019年12月22日日曜日

2019年回顧(連句篇)

雑事に追われて更新がままならないうちに年末を迎えてしまった。
大急ぎで今年の回顧だけは書いておきたい。今回が連句篇で、次回が川柳篇の予定。

まず各地の連句大会の入賞作品を見て行こう。管見に入ったものに限られるのはご了解いただきたい。
『2019えひめ俵口全国連句大会入選作品集』から、愛媛県知事賞、歌仙「冬欅」の巻(捌き・西條裕子)。この作品集は選者の講評が充実している。

調律を終へしピアノや冬欅    西條 裕子
 一陽来復願ふ額の字      東條 士郎
忘れゐし応募作品入賞し     三輪  和
 蹲踞の水ふふみ鳥発つ     二橋 満璃
慕ひくるもの慈しむ月まどか      士郎
 夜なべの戸口風の訪ふ        裕子

『第十三回宮城県連句大会作品集』から、半歌仙「花篝」の巻(捌・川野蓼艸)。

花篝結ふては開きまた結ふよ   川野 蓼艸
 蜃気楼より来たと告げる児   瀬間 文乃
春帽子フランスパンを横抱きに  小池  舞
 ロボット犬の沙汰待ちの脚       舞
いづくかに金鈴を振る虫のゐて     蓼艸
 書庫閉ぢかねて拾ふ合歓の実     文乃

「第43回国民文化祭・にいがた2019」、連句の祭典の入選作品集から。募吟の形式は二十韻で、555巻の応募があった。文部科学大臣賞は二十韻「冬林檎」の巻(奈良県、捌・ 松本奈里子)。オモテの四句を紹介する。

逡巡を知らぬ二十歳や冬林檎   松本奈里子
 スノーボードに幾つかの傷   谷澤 節
段ボール箱より猫の覗き居て   平良 孝子
 宅配便は時間指定に        奈里子

国文祭の大会前日には新潟大学附属新潟中学校で中学生との正式俳諧(一般公開)が行われた。
大会当日には実作会の前に、金森敦子の講演「芭蕉は鼠ケ関を越えたのか」があった。
金森には『江戸の俳諧師「奥の細道」を行く―諸九尼の生涯』『お葉というモデルがいた』などの著書があり、かつて愛読したことがある。お葉は竹久夢二のモデル・恋人として知られ、諸九尼は芭蕉の後をたどって『奥の細道』の旅をした女性(『秋かぜの記』)

宮城野や行きくらしても萩がもと  諸九尼

講演では関所と番所の違いや手形などについて当時の旅の詳細が説明され、「尿前の関で難渋したのは何故か?」「芭蕉と曽良は何故中山越を選んだのか」「芭蕉は鼠ケ関を越えることができたか?」など興味深いお話が続く。『奥の細道』には「鼠の関を越ゆれば、越後の地に歩みを改めて」と書かれているが、庄内藩の番所規定や道路状況などに基づいて推理していく過程はスリリングだった。

鹿児島県連句協会では設立三周年を記念して形式自由の募吟を行い、『全国連句大会応募作品集』が発行されている。
狩野康子選の大賞は非懐紙「時の余白」の巻(捌・静寿美子)。最初の四句を紹介する。

青葉風時の余白にたはむるる    静寿寿美子
 絵筆で計る初夏の山       鵜飼桜千子
豆パンの限定百個売り切れて      寿美子
 招待券は三階の席          桜千子

日本連句協会では「連句」の広報・拡散のためにYouTubeを作成している。初回が小島ケイタニーラブ(みんなの歌に楽曲を提供しているミュージシャン)、第二回が中原中也賞受賞者の詩人・文月悠光。第三回は女性講談師の日向ひまわり。第四回がラッパーのSHINGО☆西成。第五回はミュシュランガイド掲載の料理人、今村正輝が出演している。全五本のうち、現在第三回まで公開されている。「#ミーツ連句」で検索していただきたい。
この企画を推進しているのが、日本連句協会の広報担当・山中たけをである。連句にもこういうノウハウをもった人が現れてきた。

次に今年創刊された連句誌をふたつご紹介。
連句誌「みしみし」が4月に創刊され、現在3号まで出ている。三島ゆかりは2009年からネット上で歌仙を巻いていたが、紙の印刷物として発行したもの。3号では歌仙三巻と三島による評釈のほか、参加者による短歌・俳句・川柳作品が掲載されている。「あとがき」によると、なかはられいこ・倉富洋子の川柳誌「We Are!」の影響を受けたという。
日大芸術学部出身の二三川練は歌人としても活躍しているが、このほど連句誌「カクテル」を創刊。形式はオン座六句で、三巻収録されている。継続して発行されることを期待している。
連句誌に連句作品が掲載されるだけではなくて、最近では俳句同人誌にもちらほら連句が掲載されるようになった。「オルガン」19号ではオン座六句「しやつくり」が掲載されている。これは雑の発句ではじまっている。

オン座六句の創始者、浅沼璞は今年句集『塗中録』(左右社)を上梓した。
「あとがき」によると、これまで浅沼が句集を編まなかったのは、編集主体が立ち上がってこないという根本的な難問があったからだという。
「一句詠むごとに主体(みたいなもの)はどんどん変わっていく。一句一句ですらそうなのだから、句集を編むともなれば、かなり複雑な話になってくる」
編集主体とは「連句の捌き手」のような役割だと浅沼は言う。

御田植や神と君との道の者   西鶴
 核を手挟む畦の薫風      璞

文月や六日も常の夜には似ず  芭蕉
 露をおきたるサラダ記念日   璞

亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄   茅舎
 手足の生えて動きだす月    璞

最後に別所真紀子の新作を紹介しよう。
江戸時代の女性俳諧師について、別所真紀子の仕事はよく知られている。
『芭蕉にひらかれた俳諧の女性史』をはじめ『「言葉」を手にした市井の女たち』などで別所は江戸時代の女性俳諧師たちを研究・紹介した。『雪はことしも』で歴史文学賞を受賞したあとは、芭蕉をはじめとする俳諧師を主人公とする小説を次々と発表している。
別所は俳諧小説の第一人者なのである。彼女が取り上げたヒロインが五十嵐浜藻だ。『つらつら椿』『残る蛍』は浜藻歌仙帖シリーズとなっている。そして、このほど『浜藻崎陽歌仙帖』(幻戯書房)が刊行された。「﨑陽」は長崎のこと。五十嵐浜藻と父の梅夫との長崎でのできごとをフィクションで描いている。連句実作の機微を小説化できるのはこの作者だけだろう。ご一読をお薦めする。

2019年11月30日土曜日

暗く明るい11月・連句の日々

11月2日
「第24回国民文化祭にいがた2019」に出席のため、伊丹空港から新潟へ飛ぶ。
新潟ははじめてゆく土地であるが、私にとって新潟は坂口安吾の誕生地として一度は訪れたい場所だった。安吾の『吹雪物語』は観念的で読みにくく、何度も途中で放棄したことがあるが、今回は旅行の前に最後まで読み通した。
「暗さは退屈だ」(『吹雪物語』)
安吾碑「故郷は語ることなし」を見たあと、「安吾風の館」に行く。檀一雄は新潟に来るたび安吾碑を訪れたという。安吾が屹立して日本海を眺めているような碑である。
翌日11月3日は新潟大学教育学部付属新潟中学で連句大会。
発句「鵯や安吾の石碑越えて飛ぶ」で二十韻を巻く。
さらにもう一泊して4日には『吹雪物語』に出てくるイタリア軒に行く。ただし、小説ではイスパニア軒になっている。
この3日間、新潟は天候に恵まれ明るかった。砂丘館では「明るい絵」という展示会があった。曇天の新潟と日本海を思い描いていた私のイメージとは少し異なっていた。

11月9日
日本連句協会の理事会に出席のため、東京へ。
前日の8日に東京入りし、柴又の帝釈天を訪れる。
本堂の外壁は彫刻ギャラリーになっていて、テレビの美術番組で紹介されているのを見て以来、訪れたいと思っていた。予想以上の作品群だった。
夜は渋谷のスクランブルスクエアへ。渋谷スカイがオープンしていて夜景を見る。
(平岡直子が文学界12月号のエッセイで渋谷のことを書いていて、これは後から読んだ。)
翌日9日は渋谷の会議室で理事会。2021年に和歌山県で開催される国民文化祭について報告する。現在、和歌山市の県民文化会館で「連句とぴあ和歌山」という連句会を二ヶ月に一度開催している。来年1月からは西牟婁郡上富田町で連句会を開催する予定。

11月16日
「奈良県大芸術祭」連句の祭典に出席のため奈良へ。会場は近鉄奈良近くの奈良県文化会館。狭川青史・東大寺長老の発句「わが前の月光佛や雪明り」をいただいて、半歌仙を巻く。

11月22日
斎藤悟朗氏の絵を見るため、天王寺の大阪市立美術館で独立展に行く。
斎藤さんの画風は「三河の赤絵」として知られている。
ルーブル美術館で日本人としてはじめてモナ・リザの模写を許可されたことでも有名。
彼は連句人でもあって、以前は画廊連句をときどき開催していた。個展の会場にノートを置いておいて、来場者に句を付けてもらうのである。
氏の絵には古今東西の様々な人物が描き込まれていて、ディテールを読む楽しさがある。今回も芭蕉と曽良がちゃんと描かれているのだった。
夜は中崎町で連句会。最近、若手歌人で川柳や連句に興味をもつひとが増えている。ほぼ同じメンバーで10月に巻いた半歌仙があるので、続きを付けて歌仙にして巻き上げる。はじめての方には連句の共同制作のやり方が新鮮だったようだ。
連句会が終った後、葉ね文庫に「川柳スパイラル」7号を納品する。

11月24日
「新宮で歌仙を巻く」というイベントが新宮ユーアイホテルであり、特急くろしおに乗って新宮へ。辻原登・永田和宏・長谷川櫂の三人で『歌仙はすごい』(中公新書)が今年出版され、人気が高いようだ。新宮の佐藤春夫記念館が創立30周年を迎え、その記念イベントとして「歌仙を巻く」という企画が実現されたという。
私は往復はがきで申し込んだが、すぐに定員締切となったものの、幸い整理券を手に入れることができた。出席者130名。当日は、歌仙の名残りの表までが呈示され、最後の名残りの裏六句を会場の参加者に出してもらったあと、パネラー3人の作品を公開するというやり方だった。新宮の参加者はとても熱心に付け句を出していた。
イベントがはじまる前に速玉大社と佐藤春夫記念館を訪れた。佐藤春夫記念館は東京にあった春夫の自宅を移築したもの。佐藤春夫好みの世界を実現した空間と言われ、特に二階の狭い部屋で原稿を書いていたのは印象的だった。その狭い空間に置いてある机の前にしばらく坐って、佐藤春夫の世界を追体験した。


別所真紀子の連句小説『浜藻崎陽歌仙帖』(幻戯書房)、浅沼璞の句集『塗中録』(左右社)などそれぞれの表現者が着実に仕事を進めている。
安吾で始まった11月ももう終わりになってしまった。
太宰治の小説の一節が何となく思い出される。
「明るさは滅びの姿であろうか」(『右大臣実朝』)

2019年10月25日金曜日

暮田真名の二年間

10月13日に予定されていた暮田真名『補遺』の句評会が台風の影響で中止となった。
レポーターに平岡直子・柳本々々・武田穂佳を迎え、参加申込みも多かったように聞いている。「推し句」のプレゼンバトルではレポーターたちが句集から推薦句を述べたあと、どの句が一番よいか、勝敗を来場者の投票で決めるという企画もあった。特に若い世代の参加者との交流を期待していたので、中止は残念なことだったが、改めて開催を望む声も多いので次の機会を待ちたい。

「川柳 杜人」263号に暮田は「川柳人口を増やすには」という文章を書いていて、次のように言っている。
「はじめに、私が川柳と出会った経緯を述べる。個人的な話で恐縮だが、当時学生短歌会、俳句研究会に所属する大学2年生だった私が川柳と出会った経緯を記すことは、若年層の川柳への入り口を考える際の一つのサンプルになるだろう」
暮田の川柳との出会いは瀬戸夏子経由だったようだ。新宿紀伊国屋で行われた「瀬戸夏子をつくった10冊」というブック・フェアで、暮田ははじめて川柳句集を手にとったという。さらに、2017年5月に開催された「川柳トーク 瀬戸夏子は川柳を荒らすな」に暮田は参加している。私がはじめて彼女に会ったのもそのときで、句会では暮田の川柳を私と瀬戸のふたりとも抜いている。

印鑑の自壊 眠れば十二月   

「私」が壊れているとは言っていない。印鑑が自ら壊れるのだという。そして、眠ればすでに十二月になっている。全体は十七音だが、8音+9音の取り合わせと一字開けは充分に効果的だ。これが暮田の最初の川柳作品で、『補遺』では巻頭に置かれている。
二か月後の「川柳スパイラル」東京句会(2017年7月23日)にも暮田は参加。このときも好成績だった。

狩人とばかなダンスを考えた  
分度器の森の小鳩は狩りません
真昼間の音楽室の渦づくし

「川柳スパイラル」2号から彼女は会員になり、4号では「吉田奈津論」を書いている。
2号の会員作品欄の冒頭に暮田の句が掲載されている。次の二句は『補遺』にも収録されているので、比較的知られている作品である。

常夏の棘だドレスだ常冬だ       
いけにえにフリルがあって恥ずかしい

この句について同号の「ビオトープ」で私は次のように書いた。
「衣裳の句だが、『棘』『いけにえ』によって川柳にしている。『いけにえ』というのだから危機的な状況にあるはずだが、そんな時にも女の子は羞恥心を失わないのだ。この句は深刻な状況というより、コミックの一場面として軽くとらえるのが正解かもしれない。恥ずかしがっているのが、いけにえにされる方ではなく、いけにえにする方だと読めば無気味さが出てくる」
この感想の当否は別として、暮田の句の新鮮な感性には驚いた。
このころ、私は暮田のことを歌人と思っていて、若くて才能があるのなら短歌フィールドで活躍するべきだと考えていた。「川柳は何も支えない」というのがそのころの私の思いだったし、一時的に川柳に関心をもつ人がやがて川柳から離れていくのをそれまで経験していたからである。だから、このころの私は暮田の本気に対して必ずしも正面から向き合っていなかったかもしれない。
しかし、暮田は「川柳スパイラル」に投句するだけではなくて、ネットプリント「当たり」を創刊(2017年11月)、大村咲希の短歌とペアで自らの川柳作品の発表を続けた。また飯田章友らのブログ「川柳スープレックス」にも参加。川柳フィールドで意欲的に活動をはじめた。「当たり」から何句か引用しておこう。

シジミチョウなぐさめようとして初犯 
恐ろしくないかヒトデを縦にして 
見晴らしが良くて余罪が増えてゆく
どうしてもエレベーターが顔に出る
職業柄生き返ってもいいですか
恍惚の高野豆腐を贈りあう
こんばんは天地無用の子供たち

今年5月の文学フリマ東京にあわせて暮田は第一句集『補遺』を発行した。ネットプリントを一冊にまとめた『当たりvol.1‐vol.10』も同時発行。
暮田がはじめて川柳を作ったのが2017年5月だから、句集発行までちょうど2年である。『補遺』の表紙にも2017‐2019 と明記されている。新しく登場した川柳人が句集一冊を世に問うという姿勢は従来あまり見られなかったことである。今でこそ川柳句集が数多く出るようになったが、生涯に一冊の句集が作者の死後に上梓されるなどということが以前はよくあった。山村祐が「句集は墓碑銘ではない」と書いたのは1957年のことである。
『補遺』によって暮田は川柳にデビューした。もはや暮田の本気を疑うものはいない。補遺から逆に、暮田真名の川柳の第一章、第二章が続いてゆくことだろう。

2019年9月20日金曜日

『蕪のなかの夜に』と『ぱんたれい』

9月8日(日)、「第7回文フリ大阪」がOMMビルで開催された。
第三回以降、毎回出店していたが、今回は申し込むのを忘れて出店できなかったのは残念である。そのかわりに、会場近くのエル大阪で「川柳スパイラル」大阪句会を開催し、句会を早めに切り上げて文フリに行くことにしたが、これがまた失敗だったようで、文フリだけでなく他の川柳句会ともバッティングして、参加者がいつもより少なかった。ただし、少人数の句会にも良い点があって、突っ込んだ議論ができる面もある。
さて、今回は文フリで手に入れたものの中から二冊紹介しよう。

まず、フクロウ会議の『蕪のなかの夜に』。
ツイッターによると「フクロウ会議とは、八上桐子、牛隆佑、櫻井周太による川柳と短歌と詩の3ピースユニット。無所属の3人が無所属のまま集まって何かをしてみよう、とかそういうもの」ということで、今春結成された。
まず、八上桐子の川柳作品「はぐれる鳥」から。

もえて燃えきってひかりにふれる白    八上桐子
夢の川シーツのしわの深い流れ
逢うまでの記憶らしき水、日射し
とくべつな骨ははぐれてしまう鳥
しろい夜のどこかで蕪が甘くなる

「白」「夢」「水」「鳥」などのキイ・イメージが使われ、句集『hibi』につながるような世界が表現されている。作品の最後に「もう夢に逢うのとおなじだけ眩し」(小津夜景『フラワーズ・カンフー』)が挙げられているので、おや?と思った。エピグラフは普通巻頭に置かれるが、最後にさりげなく示されている。
『フラワーズ・カンフー』は旧かな使用だから、小津の元句は「もう夢に逢ふのとおなじだけ眩し」。「西瓜糖の墓」の章にあり、ブローティガンの『西瓜糖の日々』をモチーフにした句群である。
小津の句は八上の好む眩しい夢の世界のイメージで、八上はさらにそれを自らの作品に多彩に変容させていったのだろう。現実生活から川柳を作るのではなくて、文学的イメージから川柳作品を作るやり方である。
八上はまた「うすい家」の章で短句にも挑戦している。

一度逆らうストローの首
名付けるまでをサミダレと呼ぶ
よく似た骨を抱き上げる骨

短句(十四字)は十七音とは別のもうひとつの川柳の一体として従来から書かれてきたが、最近ネットなどで流行してきている。
第一句集『hibi』を出したあとも、八上の活躍はめざましい。句集を出すとそこでしばらく休止してしまい、次に進むエネルギーが枯渇してしまうことが多いのだが、それは彼女には無縁のようだ。
櫻井周太は良質の抒情詩を書いている。引用するスペースがないが、回文詩も収録されていて、長編の回文になっているのが驚かされる。ご一読いただきたい。
牛隆佑の短歌「たぶんせぶんいれぶん」から。

離島のようなさみしさがあり橋をゆく最終バスでそこへ渡った  牛隆佑
工事中だからまだ分からないけれど煉瓦調だからたぶんせぶんいれぶん
秋であるそしてなおかつ雨である 大人になってしまったとしても
真夜中のシンクに落ちる水滴の 谷間の水はささやいている
コンビニのドアは硝子で自動だしドアの自覚が足りないのでは

最後に「フクロウ会議の会議」が収録されていて、これは2019年4月7日の合評会の記録。「蕪のなかの夜に」をテーマに歌人・詩人・俳人・川柳人たちが集まった。参加者は同人三名のほか池田彩乃・江口ちかる・江戸雪・小池正博・曾根毅・中山奈々・疋田龍之介・木曜何某。

もう一冊、笹川諒と三田三郎による同人誌「ぱんたれい」vol.1をご紹介。
この二人は今までネットプリント「MITASASA」を発信してきたが、今回冊子としての活動をはじめた。パンタ・レイは古代ギリシアの哲学者・ヘラクレイトスの万物流転の思想だが、そんな意味とは別に、音のおもしろさでタイトルにしたらしい。表紙にパンダなどの動物のイラストが使われているところに俳諧性がある(短歌で俳諧性というのも変だが)。
最初に同人作品として二人の作品が10首ずつ掲載されている。

それがもし地球であれば雨の降るさなかにあなたはこころを持った   笹川諒
そうやって天気予報の言いなりになるならもっと派手に降れ雨     三田三郎

たまたま「雨」を素材とする二首を並べてみた。この二首だけで両者の資質を云々することはできないが、笹川の方が抒情的であり、宇宙論的な視点が見られる。三田の方は諷刺的・批評的であり、日常的な自己から離れていない。三田は「特急よ直進だけじゃ飽きるだろうたまには空へ向かっていいぞ」(「MITASASA」2号)、「今日は社会の状態が不安定なため所により怒号が降るでしょう」(「MITASASA」3号)などの歌も詠んでいて、川柳にも通じるような諷刺的視点が見られる。
ゲストとして、石松佳、西村曜、法橋ひらくの作品が掲載されている。

春の日のふりした夏日僕たちは嗜みとして深爪をする     西村曜
そういうの嫌なんだよな連休が明けるたんびに何してた?って 法橋ひらく

石松佳の「ZOO」は動物園の猿を素材とした詩だが部分的な引用はひかえておく。
「MITASASA」のバックナンバーが収録されているのも便利である。
三田の方が川柳的と述べたが、意外なことにで笹井諒の方が川柳作品を発表しているのに注目した(「MITASASA」4号)。この人は川柳も書ける資質をもっている。

みずぎわ、とあなたの声で川が呼ぶ     笹川諒
ゆっくりと燃えないパフェを食べている
幾たびも起死回生の鍋つかみ
風鈴を非営利で鳴らしています
雨雲にどこかヒッタイトの気配
Y字路のどれも動物園に着く
未来ではリンゴ飴だけ同じ味
搾りきることのできない月でした

三田三郎には歌集『もうちょっと生きる』(発行・諷詠社、発売・星雲社)があり、今回の編集後記で三田は歌集を出した経緯について触れている。
葉ね文庫の池上規公子が創刊にあたってのメッセージを寄せている。葉ね文庫での笹川と三田の様子がスケッチされていて、この二人の資質がシンクロしたことがうかがえる。
最後に三田の歌集から引用しておこう。

人類の二足歩行は偉大だと膝から崩れ落ちて気付いた   三田三郎
転ぶのは一つの自己というよりも七十億の他者たる私
ほろ酔いで窓辺に行くと危ないが素面で行くともっと危ない
水道を出しっぱなしにすることは反抗とすら呼べないだろう

2019年9月13日金曜日

古代ギリシャ柳人 パチョピスコス

「触光」63号(編集発行・野沢省悟)が届いた。
同誌62号に発表された第9回高田寄生木賞のことが話題になっている。
五十嵐進の前号鑑賞は〈「パチョピスコス」や「らいら」の存在を教示された前号だった〉ではじまり、芳賀博子の「おしゃべりタイム」では〈第9回高田寄生木賞受賞作は、森山文切さんの「古代ギリシャ柳人 パチョピスコス」。そのタイトルを見てびっくりしました。実は発表誌が届くちょうどひと月前のこと。他誌の連載でパチョピスコス氏こと森山文切さんに電話取材し、同タイトルの一文を書いたところだったからです〉とある。

芳賀の同タイトルの文章はまだ読んでいないなと思っているところへ、「船団」122号が届いた。(「船団」前号で坪内稔典が「散在(解散)」を宣言して世間をアッと驚かせたのは記憶に新しい。)芳賀の連載「今日の川柳」は47回目になるが、そのタイトルが「古代ギリシャ柳人パチョピスコス」。芳賀はこんなふうに書いている。

ここはアポロンの神託書。ある日、古代ギリシャ柳人パチョピスコスは神託を授かった。
「川柳を広めよ」
その瞬間「ピカ―みたいな、フワーみたいな」感覚に見舞われるも、神からの具体的な指示はない。そこで、
「取り急ぎTwitterなるものを始める。川柳に関する疑問は #教えてパチョピスコス で我に質問せよ」

パチョピスコスというネーミングの由来だが、川柳は難しくものではなく「パッとやってチョッとやってピッでできる」ということらしい。そういえば以前「川柳は紙と鉛筆があればできる」なんて言われていましたね。
芳賀が紹介している「僕は川柳の営業をやります」という発言は、私もその場にいて聞いていたが、確かに川柳には営業(流通)が欠けている。作品(商品)はあっても、それを売る人がいないのだ。森山は自ら営業マンを買って出た。
「川柳スパイラル」3号の「小遊星」のコーナーでは飯島章友が森山文切と対談している。森山が運営している【毎週web句会】の発信力は半端ではなく、川柳に関心をもつ層がずいぶん広がった。飯島と森山の対談の一部を紹介すると―。

飯島 さて【川柳塔】webサイトを拝見すると、「若手同人ミニエッセイ」の欄があるし、「同人・誌友ミニ句集」の欄では若い人の作品も閲覧できます。このあたり、やっぱり川柳塔としては意識的に行っているんですか?
森山 そうですね。意識的に行っています。おっしゃるように若手を押し出すことで活性化になると思います。人材育成の観点からも若手に積極的に参加してもらっています。若手同人エッセイの担当者はいわゆるアラフォーで、世間一般では中年です。この層がバリバリの若手というのが川柳界の厳しい現状です。私たちより下の世代がもっと増えてくるといいのですが、そのためにも結社内の若手を集めた企画の実施を通して、コアを固めておくことが重要と考えています。

「触光」62号に掲載された「古代ギリシャ柳人 パチョピスコス ―インターネットによる川柳の普及―」を改めて読み直してみると、「教えてパチョピスコス」に寄せられた川柳に関する疑問には次のようなものがあるという。

・結社に入るメリットとデメリットは?
・初心者が句会に出るための心構えは?
・選者制と互選の違いは?
・誌上句会とは何か?

川柳の句会がどういうものか一般にはあまり知られていないようだし、はじめての人が川柳句会に参加するのはけっこうハードルが高いと思われているのかもしれない。
森山の【毎週web句会】は平成28年4月にスタートし、投句者は6人。以下、二回目11人、三回目22人と増えていった。投句者の8割以上は結社に所属するなどの川柳人だったという。
転機は平成30年8月にやってくる。「いちごつみ」を実施したのだ。
前の人の句から一語選んで自分の句に使い、次の人も同じことを繰り返してつないでゆく。尻取りとは違うので、前の句のどの語を選ぶかは自由である。
「いちごつみ」はもともと短歌の界隈で流行っていたので、短歌をしている層の目にとまり、投句者が50名前後に増えたという。
以上のような経験から、森山は川柳の普及に必要な事項を三点挙げている。

・サイトやSNSなどネットなどネットによるアピールは有効である。
・活動を継続すること。
・きっかけを掴むこと。

句会に自足するのではなく、森山のように川柳の発信について戦略的に考える川柳人が現れてきたことは心強い。来年1月19日に開催される「文学フリマ京都」では、「川柳スパイラル」と「毎週web句会」のブースが隣接配置されることになっている。文フリへの川柳の出店がはじめて複数になるが、そのことによって川柳の存在感を少しでもアピールできればいいと思っている。

2019年8月17日土曜日

現代川柳と現代短歌の交差点

9月28日(土)15:00~17:00、梅田蔦屋書店で「現代川柳と現代短歌の交差点」というイベントが開催される。歌人2名と川柳人2名によるトークに簡単な川柳句会とサイン会が付く。岡野大嗣・なかはられいこ・平岡直子・八上桐子という珍しい顔ぶれで、司会は小池正博。梅田蔦屋書店ではこれまでもさまざまなトーク・イベントが実施されてきたが、川柳が加わっての開催ははじめてとなる。

すでに旧聞に属するが、6月25日~7月7日に東京・高円寺で『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(ナナロク社)の展覧会があった。
私は連句協会理事会に出席のため7月5・6日に東京にいたが、時間の都合がつかずに会場へ行くことができなかったのは残念だった。ネット情報では、歌集に掲載された全217首とともに、詩人・谷川俊太郎の詩、小説家・舞城王太郎による小説、マンガ家・藤岡拓太郎によるマンガなど、コラボ作品が展示されたということだ。
この歌集は木下龍也と岡野大嗣がそれぞれ男子高校生に成り代わって、7日間を短歌で描いた、役割詩による物語だが、興味深いのはその7日間が7月1日~7日であって、展覧会の開催と重なることである。
よく知られている歌集だが、二人の作品を何首か引用しておこう。

まだ味があるのにガムを吐かされてくちびるを奪われた風の日    木下龍也
この夏を正しい水で満たされるプールの底を雨は打てない
ぼくはまたひかりのほうへ走りだすあのかみなりに当たりたくって

近づいて来ているように見えていた人が離れていく人だった     岡野大嗣
本当に言いたいことがひとつだけあるような気があると思います
自販機で何か一匹出てきました持ち帰ったら犯罪ですか

岡野は現代川柳にも理解のある歌人のひとりである。
特に飯田良祐の川柳作品を評価して、ネットで推していただいたことがある。それで2016年7月に「飯田良祐句集を読む集い」を開催したときに、岡野をゲストに招いて話をしてもらった。そのとき岡野が挙げた飯田良祐作品は次のようなものである。

下駄箱に死因AとBがある   飯田良祐
バスルーム玄孫もいつか水死体
ポイントを貯めて桜の枝を折る
母の字は斜体 草餅干からびる
吊り下げてみると大きな父である

「飯田さんのことは、イラストレーターの安福望さんに教えてもらって知りました。飯田さんの句が孕んでいる、早退の帰路にガラ空きの電車から見る夕焼けのような痛みに強く惹かれます」と岡野は語っている。

なかはられいこ句集『脱衣場のアリス』(北冬舎)はもう手にはいらないのかと聞かれることがあるが、もう一冊も余分がないそうで、古本とかアマゾンで買うしかない。
この句集は2001年4月発行で、『現代川柳の精鋭たち』(北宋社、2000年7月)とともに現代川柳が話題になる契機となった。「WE ARE!」3号(2001年12月)に掲載された「ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ」という句は現在でもしばしば取り上げられている。
『脱衣場のアリス』の巻末対談「なかはられいこと川柳の現在」には石田柊馬・倉本朝世・穂村弘・荻原裕幸が参加していて、この時点における短歌と川柳の相互認識を浮き彫りにするものとなっている。特に「えんぴつは書きたい鳥は生まれたい」というなかはらの句に対する短歌側と川柳側の評価の違いは両ジャンルの考え方の差を如実にあらわしていたと記憶している。
その後、なかはらは「ねじまき」句会を発足させ、現在「川柳ねじまき」は5号まで刊行されている。また、『15歳の短歌・俳句・川柳』(ゆまに書房)の編集もなかはらの大きな仕事である。

あいさつの終わりにちょっとつける雪  なかはられいこ
おい森田、そこが夏だよ振りぬけよ
サボテンに赤い花咲くそうきたか

平岡直子は「率」の活動のほか『桜前線開架宣言』(左右社)の収録作品でも注目された。
彼女の批評の冴えは昨年連載の「日々のクオリア」(砂子屋書房)で認められ、最近では短歌同人誌「外出」に参加している。
平岡も現代川柳と交流のある歌人のひとりで、「川柳スパイラル」東京句会にも何度か参加し、実際の句会・実作を通じて交流がある。「川柳とは何か」という抽象的な議論ではなくて、実作を通じて川柳の手ざわりや特性を語り合うことのできる段階にきているのだ。瀬戸夏子と平岡直子、我妻俊樹などの川柳作品集『SH』は文フリでも販売され、川柳としてクオリティの高いものになっている。

蟻の巣に蟻のサクセス・ストーリー  平岡直子
口答えするのはシンクおまえだけ
さかさまの壺が母系にふさわしい
魔女のおふたりご唱和ください
いいだろうぼくは僅差でぼくの影
すぐ来て、と水道水を呼んでいる 
雪で貼る切手のようにわたしたち
星の数ほど指輪のいやらしい用途

八上桐子句集『hibi』についてはこの欄で何度も紹介したが、句集を発行したあと八上はさらに活動領域を広げている。八上桐子、牛隆佑、櫻井周太による川柳と短歌と詩のユニット、フクロウ会議が結成され、最初の作品集『蕪のなかの夜に』が8月末には発行されるという。葉ねかべには現在、八上と升田学のコラボが展示中である。
句集『hibi』は広く話題になり、増刷もされたので、周知のことだろうが、何句か掲載しておく。

そうか川もしずかな獣だったのか   八上桐子
くちびると闇の間がいいんだよ
ふくろうの眼に詰めるだけ詰めて
向こうも夜で雨なのかしらヴェポラップ
歩いたことないリカちゃんのふくらはぎ
その手がしなかったかもしれないこと
藤という燃え方が残されている
からだしかなくて鯨の夜になる

以上四人の表現者たちが短歌・川柳について語り合うことになる。どういうことになるかは当日のお楽しみ。第一部はトーク、第二部は短時間だが川柳句会も行われる。事前投句作品をパネラーが選句して講評する予定。
参加申し込みは梅田蔦屋書店のホームページから。9月28日までにイベントがいろいろあるので、すぐには該当ページが出てこないかもしれないが、9月の分をクリックすればこのイベントが出て来るはず。申し込みのときに、よろしければ雑詠一句を投句してください。念のため、蔦屋書店のアドレスは次の通り。

https://store.tsite.jp/umeda/event/humanities/7751-1431560626.html