2021年12月3日金曜日

天使の腋臭―川柳・俳句・短歌逍遥

12月に入った。今年も残り少なくなってきたが、短詩型の諸ジャンルでは途切れることなく活発な表現活動が続いている。その全てに目配りすることなどはとてもできないが、管見に入ったものについて川柳、俳句、短歌の順に触れてゆくことにしよう。

日本現代詩歌文学館主催の「第7回現代川柳の集い」は9月19日開催の予定だったが、コロナ禍で中止になった。事前募集の入賞作品が「詩歌の森」(館報93号)に掲載されているので紹介する。

抱いているいつか壊れるものなのに  守田啓子
挽歌弾く一本松のヴァイオリン    菊地正宏
哀しみの海を分け合う慰霊祭     荻原鹿声

「触光」72号(編集発行・野沢省悟)では第12回高田寄生木賞を募集している。川柳に関する論文・エッセイで、締切が2022年2月28日。「触光」掲載作品から。

三叉路は雪の匂いがする方へ   滋野さち
蜘蛛の糸昇って着いたのも地獄  津田暹
この薔薇を剪るその傷を残しおく 小野善江

「川柳北田辺」121号(編集発行・竹下勲二朗)から。

油滴天目茶碗で彼を泡立てる    笠嶋恵美子
眠っている窓のとなりに窓を描き  湊圭伍
マンモスをペリリュー島へ派遣した 井上一筒
ツンドラの検温 熱帯の検温    きゅういち
右肩あたりに一人称サナダムシ   山口ろっぱ
指差した爪の先にて蝶が舞う    酒井かがり

佐藤智子句集『ぜんぶ残して湖へ』(左右社)。佐藤文香の帯文に「現代を生きる主体と現代語の文体が抱き合うダイナミズムを感じるにふさわしい、2020年代を象徴する一冊」とある。佐藤智子は『天の川銀河発電所』の公募作家としてデビューした。同書で佐藤文香は「〈じゃんけんで負けて蛍に生れたの〉の池田澄子が、かつての日常口語俳句を開拓したとして、佐藤智子は現在の口語の人だ。短歌でいえば永井祐か」と書いている。川柳は江戸時代からずっと口語なのだが、俳句や短歌では文語か口語かということとジャンル内のエコールの変遷がからみあっているようだ。山田航は「現代詩手帖」10月号の鼎談「俳句・短歌の十年とこれから」で短歌の歴史をリアリズム(写実)と反リアリズム(幻想)の繰り返しととらえ、次のように発言している。「それまではリアリズムは文語で、反リアリズムはそれに対抗するために口語でやるものだという図式があった。しかしそれは単なる思いこみに過ぎず、口語を使うリアリズムも可能だという方法を、2000年代に永井祐が鮮やかに打ちだして見せました」―この見方の当否はともかく、短歌における文語・口語の角逐と平行するようなかたちで佐藤文香が現代俳句史をとらえていることが想像できる。

明けない夜だよ伊予柑の香がやたら  佐藤智子
炒り卵ぜんぶ残して湖へ
新蕎麦や全部全部嘘じゃないよ南無

短歌誌「ぬばたま」6号の特集は大橋なぎ咲。巻頭作品「ミューズ」から。

話したいときは女子校だと告げるわかってもらいやすくなるから   大橋なぎ咲
みーちゃんのカレシと聞いてチェックした硬式テニス部の人たらし
全員で顧問に謝罪したらしいJを試合に連れていくため

「ぬばたま」は大橋のほか乾遥香、初谷むいなど1996年生まれの歌人が集まった同人誌。今号には大橋なぎ咲、瀬戸夏子、乾遥香の鼎談「オタクである私の話」も掲載されている。

『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房)、「ねむらない樹」7号の特集で高橋睦郎が葛原のことを語っているインタビューがおもしろかったので取り寄せた。栞を大森静佳、川野芽生、平岡直子が書いていて、三人ともおもしろい。見ることが世界に乗り移ることになるという大森、真実を視るためには目を閉じなくてはならない(幻視)という川野、見慣れた景色と言葉を見慣れないものとして再構成することが葛原にとっての写生だという平岡。それぞれのアプローチが刺激的である。

水かぎろひしづかに立てば依らむものこの世にひとつなしと知るべし 葛原妙子
寺院シャルトルの薔薇窓をみて死にたきはこころ虔しきためにはあらず
水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき
この子供に絵を描くを禁ぜよ大き紙にただふかしぎの星を描くゆゑ
天使まざと鳥の羽搏きするなればふと腋臭のごときは漂ふ

2021年11月26日金曜日

ポスト現代川柳―「川柳スパイラル」13号

「文学界」12月号、巻頭のグラビアページに平岡直子の短歌10首が掲載されている。「パラパラ漫画」というタイトルで、岡田舞子の写真とのコラボになっている。

花ひとつひとつの裏に小さな装置 踏切を待つあいだだけ  平岡直子
努力家を自称する全方向に全方向に落ち葉が降るの

平岡は『短い髪も長い髪も炎』(本阿弥書店)を上梓して今もっとも注目される歌人のひとりだが、彼女の短歌はすでに第一歌集以後の新たな展開を見せつつあるようだ。

ネットプリント「当たり」21号から、大橋なぎ咲の短歌。

混沌と出会ってはじまる私たちただの同級生じゃなくなる  大橋なぎ咲
姫といない知らない間の王子 女学校で王子が王子に恋をすること

女子校の感覚は私にはわからないところもあるが、「混沌」は『荘子』の有名な一節であるし、暮田真名が新たに立ち上げたネット句会の名でもある。先日発行された「ぬばたま」6号は大橋なぎ咲の特集。また大橋は「川柳スパイラル」13号に〈暮田真名と「当たり」の裏話〉を執筆している。「当たり」21号の暮田真名の川柳から。

万難を排してさびれだす港   暮田真名
眼福がつまって墨が流れない
町おこしに使った舌は草むらへ

「川柳スパイラル」13号の特集は「ポスト現代川柳の作者たち」。特集の前にゲスト作品を紹介しておこう。

捻子吹いて踏みだせ下戸のファランクス  しまもと莱浮

しまもと莱浮は熊本在住の若手川柳人。Zone川柳句会を運営している。「連れんこらるばい早よほー洗わんば」という方言作品や「瞑っていよう(註)で埋めて」のような句もあり、多彩な表現になっている。掲出句の「ファランクス」は古代ギリシアの歩兵などが槍をもって進撃する密集隊形。トロイ戦争などの映画のシーンで見かけることがある。下戸が隊形を組んで進んでゆくというのもおもしろい。

吐瀉物を舐める地球のデトックス    二三川練

二三川連は短歌では『惑星ジンタ』(新鋭短歌シリーズ、書肆侃侃房)の作者。

うつくしい島とほろびた島それをつなぐ白くて小さいカヌー 二三川練

連句の心得もあり、川柳も書く人なので、今回ゲスト作品を依頼した。掲出句の「デトックス」は有害物質を排出する解毒。ほかに「一万の眼鏡に落ちてくる宇宙」「花冷の犬の卵を茹でておく」など。

次に同人作品から各1句ご紹介。浪越靖政は今号お休み。

今ここを封じた雪が手に溶ける  飯島章友
拒めば拒むほど皮膚を産むはず  湊圭伍
妄想の雀が蓋をしていない    川合大祐
木菟とやたら目が合う観覧車   一戸涼子
完璧に病んで模様になってます   石田柊馬
追いかけて島のかたちになっている 畑美樹
言霊をスプーン一杯静かに湯   悠とし子
構造上夜霧は店になりません   兵頭全郎
言いさしのまばゆさあるいはただの人 清水かおり

さて特集の「ポスト現代川柳の作者たち」では、川合大祐、湊圭伍、飯島章友、暮田真名の四人を取りあげている。
『はじめまして現代川柳』のあと、川合大祐の動きは早く、今年の4月には句集『リバー・ワールド』(書肆侃侃房)を出している。「川柳スパイラル」では柳本々々、畑美樹の文章のほか、「小遊星」のコーナーに飯島章友と川合の対談が掲載されている。
柳本は『リバー・ワールド』の編集にも協力していて、まずこの句集の「圧倒的な過剰さ」に注目している。「この過剰さは、ソフト面、内容面だけではありません。大事なのは、かたち、ハードとしても現れているということです」と柳本は述べている。1001句収録のぶ厚い句集なのだ。「ことばをとおして何かを語る、のではなくて、ことばをとおしてことばそのものを語る、のが川柳なのではないか」など、柳本の川柳観も語られている。また、畑美樹は「川柳の仲間 旬」の初期から川合のことを知っていて、〈予見〉というキーワードを使って川合の川柳を語っている。川合と飯島の対談は、まあ読んでみてください。
湊圭伍『そら耳のつづきを』(書肆侃侃房)については、正岡豊が寄稿している。「勾玉のつづきを」というタイトルで、〈私は「そら耳」に対して「勾玉」を思ってみたりした〉〈短詩型の一作品というのは、ひとによっては「御守り」のようなものとして抱きかかえられるように愛されることがある〉という一節は句集の書評を越えて魅力的。石部明、石田柊馬以降をどう書くか、なお「以降」を書いていかなければばらない、というのも現代川柳についてよく知っている正岡ならではの視点だ。
飯島章友『成長痛の月』(素粒社)については「かばん」の久真八志が「上向きの蛇口の空を渡る」を書いている。飯島の作品は多彩で、いろいろな方向性をもっているが、飯島の作家性について、久真が飯島の川柳と次の短歌を並べて引用しているのは興味深い。

上向きにすれば蛇口は夏の季語  飯島章友
しろがねの洗眼蛇口を全開にして夏の空あらふ少年 光森裕樹
水飲み場の蛇口をすべて上向きにしたまま空が濡れるのを待つ 山田航

暮田真名については、この時評でもその都度取り上げてきたし、現在いろいろな試みをしている最中なので、暮田の表現活動がまとまったかたちをとったときに改めて論じてみたい。

瀬戸夏子編『はつなつみずうみ分光器』(左右社)は「現代短歌クロニクル」の副題にある通り、2000年以降の歌集のアンソロジーで、ゼロ年代とテン年代の短歌シーンが分かるようになっている。またコラムの欄で瀬戸は「ニューウェーブ」と「ポストニューウェーブ」について書いている。川柳では残念ながら短歌のようなエコールの明確な展開は見られないが、現代川柳の新しい展開を感じさせる作品がぼつぼつ生まれてきているようだ。

2021年11月19日金曜日

川柳の入門書

今回は手元にある川柳入門書を紹介してみたい。現在書店では手に入らないものが多いが、古本や通販などで流通していると思う。
私が初心のころによく利用したのは尾藤三柳著『川柳の基礎知識』『川柳作句教室』(雄山閣カルチャーブックス)の二書である。前者は「川柳の成り立ち」(川柳史)にはじまって「川柳の構造」「川柳の技法」と続き、「川柳創作の実際」では句会の概略まで詳細に説明している。後者は作句のための実践的な内容で、「入門編」では「ことばのトレーニング」「課題による作句」などにはじまり用語・形式・比喩にいたるまで説明、「応用編」では印象吟・嘱目吟・慶弔吟・時事吟などに分けて例句を挙げている。川柳史をより詳しく知りたいという向きには、同じく尾藤三柳の『川柳入門‐歴史と鑑賞—』(雄山閣、1989年)がお勧め。歴史篇では江戸期、明治期、大正期、昭和前期、昭和後期に分けて展望が示され、鑑賞篇では古典期(江戸)、新川柳期(明治以降)の作品が鑑賞されている。
最近では川柳入門書を開くこともなくなったが、今回手元にある川柳書を改めて眺めてみて、よくできていると思ったのが、野谷竹路(のや・たけじ)の『川柳の作り方』(成美堂出版、1994年)。「川柳のルーツ」では「川柳も俳句も俳諧から生れた」ということが強調されている。「川柳は俳諧の付句を学ぶ方法として考えられた前句付から生れた文芸なので、俳諧に至るまでは、現在の俳句の成り立ちと同じです。ですから、俳句と川柳は俳諧という文芸から生れた同根の文芸と言ってよいと思います」
俳諧というのは連句のこと。六大家のなかで俳諧(連句)と川柳の関係を正確にとらえていたのは前田雀郎であったが、川柳史をひもとけば両者の関係がよく分かる。また、川柳と雑俳との関係も知っておく必要がある。
野谷の本に戻ると、「鑑賞教室」の章では六大家のほか「現代のおもな作家と作品」が取り上げられている。

遊びではない旅に出る十二月    越郷黙朗
雨の避け逢いたい人はみな遠し   斎藤大雄
百万の味方コップの中にいる    神田仙之助
意識してからの両手の置きどころ  佐藤正敏
手品師を消してしまった弱気な鳩  尾藤三柳
そうだったのか若き日の花言葉   渡邊蓮夫
蟹の目に二つの冬の海がある    大野風柳
捜すなと無理なこと書く置手紙   山田良行
売った絵をいまさら惜しむ春のうつ 磯野いさむ
名を捨ててひとりの机ひとつの書  去来川巨城
二階から一日おりず詩人とか    西尾栞
蝶になる前を語れば嫌われる    吉岡龍城
恋人の膝は檸檬の丸さかな     橘高薫風
宰相の帽子は鳩も鷹も出る     田口麦彦
ここで動けばレッテルを貼られそう 小松原爽介
もう幕にしろと傍観者の欠伸    寺尾俊平

「番傘」系の入門書も紹介しておこう。岸本水府の『川柳讀本』はさておいて、近江砂人に『川柳実作入門』(大泉書店)がある。「現代川柳と古川柳」の章で川柳史を通観したあと、「川柳の表現と着想」に及び「川柳の作り方と考え方」を解説している。「前進もよいが、本来の川柳の姿を見失っては、元も子もなくなるので、私はその行き過ぎを警戒しなければならないと思う」「特に川柳で注意したいのは、人の意表をつくために着想を伸ばしてゆくのはいいのですが、一歩誤ると、暗い面、不吉な面へ足を入れます」などの伝統派(本格川柳)の川柳観が見られる。砂人が挙げている「革新川柳」とは次のような作品で、彼の「革新」に対するイメージがうかがえて、それなりに興味深い。

火燃やす胸の暗転広場をさがして歩く  俊介
別れてからの泪はひろわない黒い鳩   芙巳代
妻病む一家が渡ると丸木橋喋る     一吠
終わった旅のベッドルームにある告示  冬二
風の列車を全部発たせた胸に寝つく   淳夫

番傘川柳本社創立85周年を記念して出版された川柳書に『川柳 その作り方・味わい方』(創元社、1993年)がある。「川柳の歴史」「川柳の基礎知識」「川柳の作り方」のほか「添削と選評」「作家とその作品鑑賞」「句会の心得と楽しみ方」という実践的な内容が掲載されている。執筆者のひとりである亀山恭太が本書の刊行と同時期に亡くなったことが強く印象に残っている。

他にも川柳入門書は山ほどあるが、入門書の一般的なパターンとしては、まず川柳史を概観し(歴史)、川柳の構造と発想(本質論)を解説、実践的な作句法(技術論)に及んだあと、その結社やグループの作品を掲載する(アンソロジー)というものが多い。川柳史を語る場合でも俳諧(連句)や雑排にまで目配りしているものもあり、古川柳から現代川柳までどのような比重で語るかに著者の見識があらわれる。「俳句と川柳の違い」が川柳史に即して説明される場合もあるし、構造と発想に関連してとりあげられることもある。実践的な技法としては比喩、省略などが話題になるが、たとえば何を省略ととらえるかについて、あげられている例句に疑問を感じる場合も見られる。アンソロジーの部分はその時代に活躍した作者の句を断片的に知ることができるが、それぞれの著者の川柳観が反映されているから、現在の目から見て限界もあるだろう。とくに「女性川柳人」にスポットを当てているものもある。
川柳入門書は初心のうちは便利なものだが、結局自分の思うように川柳作品を書いてゆくほかはないということだろう。

2021年11月12日金曜日

こんな顔ではなかったかい?

とりあえず今はダチョウに乗ってゆけ   樹萄らき

「あざみエージェント」(冨上朝世)が発行しているオリジナルカレンダーの2022年版1月の掲載句。応募作35名の中から6人の選者が佳作・準特選・特選を選び、さらにその中からカレンダーに載せる12句が選ばれている。掲出句は柳本々々選の佳作から。
樹萄らきは川柳の仲間「旬」所属。啖呵の効いた威勢のいい句を書く人だ。「とりあえず」だから、いろいろ面倒なことがあり他に手段があるかもしれないが、とにかく出発しようということだろう。それも電車や車ではなくて、ダチョウに乗るのだという。ダチョウは時速60キロのスピードで走るから、乗り心地はともかくけっこう遠くまでゆけるかもしれない。高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」をはじめ、ダチョウには私たちにさまざまな連想を誘うイメージがある。ダチョウに乗る人のほかに、「乗ってゆけ」と言っているもう一人の人がいるのだと考えると、出発する人と送り出す人の姿も浮かんでくる。ダチョウになど乗れない現実のなかで、一瞬の爽快感が生まれる。
そろそろ来年の手帳を買うことにしよう。

ふつうです特殊ケースのほとんどは  佐藤みさ子

10月に創刊された川柳誌「What`s」vol.1(編集発行人・広瀬ちえみ)から。
佐藤みさ子は箴言(アフォリズム)のような句をいくつも書いている。「正確に立つと私は曲がっている」などはその代表的な作品だが、掲出句も「ふつう」と「特殊」の関係を独自の川柳眼で言い当てている。世間で特殊だと言われていることも当人にとっては「ふつう」なのであって、それを「特殊」だと言う世間の方が実はふつうではない。「ふつう」と「特殊」の関係が逆転し、問い直される。ベースにあるのは、人間はひとりひとり違うのであり、違いのなかに譲れない大切なものがあるという認識である。
ほかにも佐藤は「死ぬはずはないさ生まれていないもの」「空気には音があるのよねむれない」などの句を書いている。

体のなかの音組み立ててから起きる   加藤久子

同じく「What`s」vol.1から。この雑誌には終刊になった「杜人」のメンバーが多く参加している。加齢や低血圧、心身の不調などさまざまな事情で起きられないことがある。そんなとき体内で不安定に鳴っている音を組み立ててから、さあ起きるぞと自分を奮い立たせて起き上がる。「体のなかの音」という表現が魅力的で、考えてみれば体内には血液やリンパ液などが流れているのだし、それぞれの器官が動いている。そういう体内感覚と同時にデリケートな心の働きもある。この句では目覚めのときの感覚をまず音としてとらえている。「海岸線おいしい音をたてている」「雪の日の椅子に積もってゆくバッハ」などの句も掲載されている。

コロナ振り向く「こんな顔ではなかったかい?」  小野善江

「川柳木馬」170号から。小泉八雲の「むじな」の話を踏まえている。
コロナ禍の生活もほぼ二年に及ぶ。川柳でもコロナを詠んだ句はいろいろあるが、まとまった形で読む手立てがない。短歌誌「井泉」102号の〈リレー小論〉のテーマは「日常の歌を考える―コロナ禍に何をみるか」で、今井恵子と彦坂美喜子が執筆している。両人が取り上げているのは現代歌人協会が編集した『二〇二〇年コロナ禍歌集』という冊子。引用されているのは次のような歌である。

リモートの会話はどこかぎこちなく中の一人の画面が消える 佐藤よしみ
扉を開けてしばしためらうマスク越し判然としないあなたはどなた 松山馨
「手指酒精消毒液」が染み込んであなたに触れた事実も消える 松村正直
自粛ポリスとふ新語おそろし過剰なる監視者となる普通の人が 結城千賀子
陽性者は恥じよ恥じよと迫りくる舌を持たざる声群がりて  吉川宏志

「オンライン会議やリモート授業、またZoom歌会などが、一年のうちに、ごく当たり前のようにわたしたちの日常のなかに取り込まれていった」「遠隔地に接続できるので、物理的な距離を解消し、少ない労力で多くの情報が得られる便利さはある。人的交流が苦手の人にとっては楽に感じられるかもしれない」(今井恵子「これからの暮しと言葉」)しかし、やむをえずオンラインに切り替えた多くの人たちは不安定感をかかえているのであり、対面する会話の言葉との質的な違いは、よく覚えておきたい体感だと今井は言う。
川柳ではオンラインへの切り替えが限定的で対応のスピードも鈍いが、夏雲システムやZoomを利用した句会も徐々に現れてきている。川柳は時事や時代の反映を得意とするはずなので、まとまった形でコロナ禍の生活と向き合った句集があればいいのにと思う。小野善江の掲出句はCOVID‐19を擬人化して、のっぺらぼうのような無気味さを感じさせている。

家出するには古本が多すぎる   古谷恭一

同じく「川柳木馬」170号から。家出できない理由は古本が多いからというのは、本の置き場に困っている者には実感としてよく分かる。すべて捨ててしまえば出発できるのだろうが、本に対する愛着が強いのだ。
本誌の巻頭言で古谷恭一はこんなふうに書いている。「コロナ禍で、土佐では、二年続けてよさこい祭りが中止になった。よさこい祭りが無いと、高知の町もひっそりである。それに加えて、八月は長雨が続き、はりまや橋もさみしく濡れそぼっていた」そして恭一は北村泰章の句を引用している。

 朱に染めてはりまや橋に雨が降り  北村泰章

北村泰章没後14年。時代の変化のなかで、それぞれの土地で川柳活動が続けられている。

ねえ似てるんだけど、ではじまる手紙   柳本々々

「川柳木馬」170号の「作家群像」は柳本々々篇である。真島久美子と川合大祐が作家論を執筆している。
掲出句は「ねえ」という呼びかけで始まっている。誰に対して呼びかけているのか。「ねえ似てるんだけど」が手紙の書きだしだから、手紙を送る相手なのだろう。そもそも何が似ているのかも書かれていない。書き手と相手との共通性だとすると、何か話が通じあい共感できるところがあるという関係性。たとえば、リチャード・ブローティガンが好きだとか、フギュアを集めるのが趣味だとか、お互いが同じタイプの人間であるというところから交流がはじまる。友情であれ恋愛であれ、異なったタイプ、正反対の性格だからうまくいくという場合もあるが、ここでは「似ている」ということが大切になっている。あるいは、そういうことではなくて、手紙の書き手が自分とそっくりな第三者と出会ったという報告かもしれない。自分と外見が似ているが正体不明の人物が不意にやってくる。そういう状況だとミステリーの発端になる。
柳本の句のなかでよく知られているものに「ねえ、夢で、醤油借りたの俺ですか?」があって、同じように「ねえ」で呼びかけられていてもこの句の場合は句意が読みとりやすい。掲出の手紙の句は読みの範囲が限定されずに、読者に放恣な想像を誘うところがある。誰に呼びかけているのかというのは「宛名」の問題である。この手紙はいったい誰に宛てて書かれているのか。宛名は手紙の相手というより、架空の誰かかも知れないし、川柳の読者なのかも知れない。
川合大祐は作品論で「川柳とは『誰』に向けられた発話なのだろうか」「柳本は『誰』に向けて作句しているのだろう?」(「伝道の書に捧げる薔薇、あるいは柳本々々氏の〈語り〉を〈読む〉ということ」)と書いている。今月末に発行される「川柳スパイラル」13号では逆に柳本々々が川合大祐の『スロー・リバー』について書いているので、あわせて読めば興味深いと思われる。

2021年11月5日金曜日

連句の大会と川柳の大会

10月30日
「紀の国わかやま文化祭2021」の「連句の祭典」吟行会のため白浜へ。JR白浜駅からバスツアーで、まず稲葉根王子へ向かう。熊野古道を本宮大社まで行くツアーで、ガイドさんも同行している。次の滝尻王子では熊野古道館の展示によって熊野古道の全体像が少し理解できた。古道館の横の細い道に「この道は熊野古道ではありません」という立札があるのがおもしろかった(その後、このような表示に何度も出会うことになる)。
滝尻王子のあとは一直線に本宮大社へ。本宮には来たことがあるので、私が行きたかったのは大斎原(おおゆのはら)である。ここに元の熊野本宮大社があったのだ。本来の聖地だから、何かアニミズムやスピリチュアルな雰囲気を感じることができるかと思って、感覚を開放して何かが降りてくるのを待ってみたが、都会生活者の私には聖域の感覚はそれほど得られなかった。同行の人々から少し離れたところに佇んでいたのは一種のポーズで、見苦しいことである。
本宮は一遍が参籠したときに夢に熊野権現が現れて阿弥陀信仰に導いたところだ。本宮の主祭神の本地仏は阿弥陀如来である。熊野と松山(一遍の誕生地)がつながる。

10月31日
「連句の祭典」当日。上富田文化会館で開催。
午前の部は開会式。表彰のあと記念公演「市ノ瀬夢芝居」と続く。当日配布された入選作品集から、まず一般の部・文部科学大臣賞受賞の二十韻「指先の」の巻(捌・名本敦子)のオモテ四句を紹介する。

指先の傷にはじまる春うれひ
 籠にこんもり蕗の姑
入学式制服制帽まぶしくて
 ペダルを踏めばこころ軽やか

ジュニアの部の文部科学大臣賞は表合せ六句「三が日」の巻(指導・鈴木千惠子)。中学生の兄弟の両吟。

はがき待ちポストに通う三が日  
 ポッケの左右入れる年玉    
こち亀がずらりと並ぶ本棚に
 猫の足跡続く裏庭
ソーダ水月といっしょに一気飲み
 汗のにおいはクラスのにおい

午前の部の様子はYouTubeで同時配信された。限定公開なので事前に上富田町と日本連句協会のホームページにURLが掲載される。大会に参加できなかった方も楽しめたようだ。上富田町市ノ瀬の春日神社では毎年10月に奉納芝居が行われ、江戸時代中期から続いている伝統あるものらしい。歌舞伎のようなものかと思っていたが、大会当日上演された「置泥(おきどろ)」は落語のネタをアレンジしたもので、最後の方で「和歌山県の連句を育てる会」の会長も役者として登場、会場を湧かせていた。
昼食のあと午後の部は連句の実作。リアルの座が9座、リモートの座が1座で、計48名の参加。コロナ禍で会えなかった方々とも久しぶりに対面して連句を巻くことができた。Zoomを使ったリモートの座の方も、会場にパソコン2台を設置して、リモートの参加者と連絡をとった。実作の進行はリモート連句の参加者だけで行ったが、会場の連衆とリモートの連衆とが一座を組むハイブリッド連句も十分可能かと思った。

11月1日
熊野古道をひとりで歩く。タクシーで稲葉根王子まで行き、そこからバスで牛馬童子口まで。山道を登って箸折峠に着く。かねて憧れの牛馬童子と対面することができた。思っていたより小さな石仏で、左右に並んでいる馬と牛にまたがっているユニークな造型である。ここからは下りになり近露の里に出る。この日のコースのなかでは牛馬童子口から近露までが熊野古道らしい雰囲気があった。近露には民宿があり、中辺路を全部歩くなら、ここで一泊するのがよさそうだ。入ってみたいと思う喫茶店もあった。ここからの道はアスファルトが多く、歩いていてもそれほど楽しくない。楠山登り口から再び古道らしくなり、継桜王子まで行く。境内の野中一方杉は見事なものだ。ここで古道からリタイアしてバス道に下り、バスで本宮まで。途中、湯の峰温泉や川湯温泉を通過。川湯温泉には数十年前に宿泊したことがあるが、そのときの旅館が窓から見えた。
本宮のひとつ手前の大斎原でバスを降りる。一昨日とは別の入り口から大斎原に入る。再びここに来たのはいまひとつ納得できない気持ちがあったからで、聖地の雰囲気を感じとれるかどうか試してみたかった。けれども、参拝所の前の芝生のところで寝転んで話している若者の群れがいて、神聖な雰囲気は一昨日以上になかった。超越的なものに無縁な人間がいることは、それはそれで仕方のないことだ。河原の方におりてしばらく流れを見ていた。

11月3日
「`21きょうと川柳大会」に参加するため、ラボール京都へ。久しぶりの川柳の大会になる。
事前投句(雑詠)112人、一人2句投句だから224句を四人の選者が共選する。高得点句の一部を紹介する。

そうよねと話を聞いてくれたパン  新保芳男
弟がアベノマスクをつけている   福尾圭司
七割は風で有言不実行      斉尾くにこ
アリバイを程よく寝かす冷蔵庫   中林典子
赤い紐引けば口角上がります  長谷川久美子
熟さないトマトのように黙り込む  上西延子
オルゴールひらけば津波注意報   高橋レニ
傾けたワイン半音ずれている    矢沢和女
尻尾だけ揺れる弓張り月の猫    藤本鈴菜
風鈴も静かになって多数決     亀井明
バスを待つ指の形を変えながら  富山やよい
情報はそこまで湯切りさっとする  木戸利枝

当日の課題は「メニュー(蟹口和枝選)」「だます(岩根彰子選)」「手紙(ひとり静選)」「喉(笠嶋恵美子選)」「働く(藤山竜骨選)」。抜句数は平抜きが50句、秀句2句、特選1句の計53句。私の句はあまり抜けなかったが、久し振りに川柳大会の雰囲気を味わうことができた。川柳の句会は「題」という共通の土俵で腕を競い合うもので、自作が選者の好みに合う・合わないということはあるが、そこをねじ込んででも選者に取らせるだけの句を出すのが作者の力量である。選者の方も自分の好みの範囲で句を取る人もいれば、バランスよくさまざまな句を取る人もいる。句を読みあげる披講の仕方にも上手・下手があり、取った句には賛成できないが披講は上手だったり、選は納得できるが披講がイマイチだったりする。石部明は選も披講もすぐれていたなあと改めて思った。
会場での立ち話でウェブ句会「ゆに」の話を聞いた。芳賀博子のブログで立ち上げの案内を読んだことがあり気になっていたが、30数名の会員が集まったという。ゆに公式サイトもできていて、句会も行われているようだ。11月の会員作品から紹介しておく。

踏まれ邪鬼あの日の蝶を恋しがる   山崎夫美子
女子大の門をくぐると冥王星      朝倉晴美
今が大事ゴールポストの右狙い    海野エリー
還暦の顔がなんだかカマドウマ  おおさわほてる
右手前に引けば鬱に戻る予感      岡谷 樹
狂わない時計を捨てに花野まで    笠嶋恵美子
落葉松の林抜ければ短詩型      川田由紀子
鎖骨から上は本音を語らない      菊池 京
呼応するように誤読をしてしまう   斉尾くにこ
林檎の皮のいつまでつづくバス通り  澤野優美子
少し向こうへ誠実な線を引く      重森恒雄
くるしみの中に一筋ある梨よ      千春
バッグにはスマホ、ハンカチ、秋銀河  西田雅子
頬杖を伝染し合ってはラフランス    芳賀博子

2021年10月29日金曜日

現代川柳クロニクル2005年~2011年

ゼロ年代後半の出来事としては「セレクション柳人」(邑書林)の刊行が挙げられる。従来の川柳句集は自費出版や結社内で配付されることが多く、全20冊規模のシリーズとして書店の店頭に並ぶことはなかった。「セレクション歌人」「セレクション俳人」と並んで「セレクション柳人」が刊行されたことに意味があり、ISBNも付いていて一般読者への流通が可能となった。句集の出版が最終目的ではなく、そのあとどのように読者に届けるかということが意識されるようになったのは画期的であった。

2005年に入って訃報が続いた。2月27日、石森騎久夫没(90歳)。4月24日、橘高薫風没(79歳)、5月7日 高橋古啓没。 石森騎久夫は名古屋の川柳グループ「創」の代表。『空間表現の世界』(1999年、葉文館出版)の「あとがき」には次のように書かれている。「かねがね私は、川柳が名実共に短詩型文学の一翼を担える高さに行き着くためには、豊かな『文学性志向』を強く押し進めなければと思いつづけています。従って作品の読み方も、その視点に立って、作者の思い、感動の空間的表現の完成度を重視しています」
橘高薫風については、この時評(20011年4月15日)で論じているのでご覧いただきたい。
高橋古啓は「点鐘の会」で親しく接した人で、彼女は代表作を問われたときに「私がこれから書く作品が代表作だ」と言って句集を残さなかった。「グループ明暗」25号(2005年9月)掲載の「高橋古啓作品抄」から。
 逢いたさは薬師如来の副作用  高橋古啓
 かくも長き痙攣闘魚の終幕
 みねうちで倒せるならば抜きなさい
5月に『渡辺隆夫集』『樋口由起子集』が刊行されて「セレクション柳人」がスタートした。以下、6月に『石田柊馬集』、7月に『小池正博集』、10月に『前田一石集』『櫟田礼文集』、11月に『野沢省悟集』、12月に『広瀬ちえみ集』『田中博造集』『畑美樹集』『細川不凍集』と続く。
9月15日、丸山進句集『アルバトロス』(風媒社)。
 中年のお知らせですと葉書くる  丸山進
 父帰る多肉植物ぶら下げて
 生きてればティッシュを呉れる人がいる
9月21日、石曾根民郎没(95歳)。松本市在住で印刷業を営み、川柳「しなの」の発行のほか各種の川柳書の印刷によって川柳界を支えた。句集『山彦』(1970年、しなの川柳社)から。
 山近しわが身のうへを守るごと  石曾根民郎
 蝶はわが影のいとしさから狂ひ
 一枚の構図鴉を動かせず
9月23日、「川柳学」創刊号。堺利彦「中村冨二と『鴉』の時代」など。

2006年3月11日、アウィーナ大阪にて「セレクション柳人」発刊記念川柳大会が開催された。第一部『セレクション柳人』句集の読み。コメンテイターは『渡辺隆夫集』『畑美樹集』を小池正博、『樋口由起子集』を吉澤久良、『石田柊馬集』を飯田良祐、『小池正博集』『広瀬ちえみ集』を野口裕、『前田一石集』を石田柊馬、『櫟田礼文集』を樋口由紀子、『野沢省悟集』を広瀬ちえみ、『田中博造集』を堺利彦、『赤松ますみ集』を畑美樹、『筒井祥文集』を渡辺隆夫、『細川不凍集』を石部明、というようにそれまで発行された13句集の一気読みを試みている。第二部の句会の選者は浪越靖政、古俣麻子、なかはられいこ、墨作二郎、石部明。
10月10日、田口麦彦編著『現代女流川柳鑑賞事典』(三省堂)。田口は『現代川柳必携』(2001年9月)、『現代川柳鑑賞事典』(2004年1月)、『新現代川柳必携』(2014年9月)を三省堂から出している。

2007年4月1日、青森の野沢省悟が「触光」を創刊。終刊した「双眸」を発展させたもの。
3月30日、川柳発祥250年記念出版として、尾藤三柳監修、尾藤一泉編『川柳総合大事典第三巻・用語編』が雄山閣から出版される。続いて8月31日に尾藤三柳監修、尾藤一泉・堺利彦編『第一巻・人物編』が刊行されたが、それ以後他の巻は出ていない。
10月、現代川柳「隗」(山崎蒼平)が41号で終刊。
11月25日、佐藤みさ子句集『呼びにゆく』(あざみエージェント)。
 さびしくはないか味方に囲まれて  佐藤みさ子
 たすけてくださいと自分を呼びにゆく
 正確に立つと私は曲がっている

2008年4月12日、石部明はバックストロークの大会とは別に、第一回BSおかやま川柳大会を開催(BSはバックストローク)。石部明のスピーチは「あなたの意見で川柳は変わる」。以後2011年4月の第4回まで続く。
10月12日、『番傘川柳百年史』(番傘川柳本社)。

2009年1月、川柳結社「ふらすこてん」創立。前年12月の解散した「川柳倶楽部パーセント」を発展的継承したもの。
4月30日、小池正博・樋口由紀子編著『セレクション柳論』(邑書林)。「セレクション歌論」「セレクション俳論」が出ないのに柳論が刊行されたのは、短歌・俳句に比べて川柳では評論が少ないので、収録するにあたっての取捨選択が容易だったからかもしれない。
9月5日、佐藤美文著『川柳は語る激動の戦後』(新葉館)。
11月10日、田口麦彦著『フォト川柳への誘い』(飯塚書店)。
11月25日 小池正博「川柳・雑俳と俳句」(『俳句教養講座第三巻・俳句の広がり』角川学芸出版所収)。

2010年7月20日、大岡信・田口麦彦編『ハンセン病文学全集9俳句・川柳』。
10月、「詩のボクシング」で川柳人のくんじろうが全国チャンピオンに。

2011年2月10日、渡辺隆夫句集『魚命魚辞』(邑書林)。3月10日、小池正博句集『水牛の余波』(邑書林)。二句集の発行を受けて、7月17日に『魚命魚辞』『水牛の余波』批評会がアウィーナ大阪で開催された。
3月14日、新家完司著『川柳の理論と実践』(新葉館)。
4月11日、樋口由紀子著『川柳×薔薇』(ふらんす堂)。
6月10日 田口麦彦著『アート川柳への誘い』(飯塚書店)。
9月17日、「バックストロークin名古屋」開催。テーマは「川柳が文芸になるとき」。司会・小池正博。パネラー・荻原裕幸、樋口由紀子・畑美樹・湊圭史(現・湊圭伍)。
11月25日、「バックストローク」36号で終刊。

すでにテン年代の2011年に入っているが、ゼロ年代の現代川柳の流れは「バックストローク」の終刊をもって一区切りとすると理解してのことである。こうして見てみると、川柳の世界で何も起こらなかったわけではなく、さまざまな動きがあったことがわかる。ただそれが一般の読者に十分伝わらなかったのは事実である。川柳の発信力が高まり、川柳書の出版を引き受ける出版社も徐々に増えてきている。これらのゼロ年代の試みを受けて、次のテン年代の現代川柳の冒険がはじまってゆくことになる。

追記 BSおかやま川柳大会は「バックストローク」の終刊後、2012年4月14日に「FielB BSおかやま句会」の主催で第五回が開催された。

2021年10月23日土曜日

現代川柳クロニクル2000~2004

川柳の世界が句会・大会を中心に回っているということは、その時その場にいなければ何も分からないということなので、句会・大会の参加者には発表誌が届けられるが、その範囲を越えて情報が届くことはほとんどない。一種のタコツボ型、ガラパゴス化の世界なのであって、口の悪い中村冨二は糠味噌桶のなかで漬物をこね回しているようなものだと言った。近年、現代川柳の句集も書店に並ぶようになってきて、活字情報に接することも以前に比べれば容易になったが、川柳の世界全体を見渡すパースペクティヴはなかなか持ちにくい。誰がどこでどんな句を書いているのか、その全体像を把握することなど誰にもできないだろう。
当面の問題はこの十年間の現代川柳の動向がどのようなものだったのかということだが、その前にゼロ年代がどうだったかのかが検証されなければならない。テン年代の現代川柳はゼロ年代を継承・発展させて生まれてきたものだからである。『はじめまして現代川柳』では第一章を「現代川柳の諸相」、第二章を「現代川柳の展開」としているが、第一章が90年代からゼロ年代にかけての動き、第二章がゼロ年代からテン年代にかけての動きというイメージである。もちろん個々の作者の川柳歴は截然と区切れるものではなく、新しいジェネレーションが次々に生れてきたわけでもないので、境界線は混沌としていて図式化するのが困難だ。
とりあえずゼロ年代に何があったのか、今回は事実の確認から始めてみたい。データ収集のあまり面白味のない作業になりそうだが、書いておかないと消えてしまう部分でもある。

現代川柳においてゼロ年代のスタートを告げたのは、2000年7月30日に出版された『現代川柳の精鋭たち 28人集』(北宋社)である。「21世紀へ」という副題が付いているから新世紀への意識がうかがえる。巻頭に岡井省二の句が掲げられている。タイトルは「ミナカテルラ」。「天動なら頭のぺこぺこさはつてみい」ではじまる五句である。また「川柳讃」という文で「俳句、川柳。それは即諧謔祝祭としての宇宙詩。存在詩」と書いているから、曼陀羅(南方熊楠にひきつけて言えば南方曼陀羅)が岡井省二の頭の中にあったのかもしれない。収録されているのは石田柊馬・石部明から渡辺隆夫までの28人・各100句で、全2800句のアンソロジーである。解説は荻原裕幸、堀本吟。編集は樋口由紀子、大井恒行。当時としては珍しく書店の店頭で手に入る川柳本であり、本書の与えた影響は大きい。
ゼロ年代に入る前年1999年には北川絢一郎(82歳)、大石鶴子没(92歳)、定金冬二没(85歳)、寺尾俊平没(74歳)など現代川柳に一時代を画した作者たちが亡くなった。新たな動きとして、たとえば京都では1999年10月、坂根寛哉・田中博造たちが川柳黎明社設立。2000年12月には村井見也子を中心に「川柳 凜」が創刊されている。

2001年に入り、2月1日に高知の「川柳木馬ぐるーぷ」によって『現代川柳の群像』(上下二巻)が刊行された。「川柳木馬」に連載中だった「昭和2桁生れの作家群像」をまとめたもの。上下巻合わせて52名の作者の作品(「作者のことば」と作品60句)に加え、作品論・作家論をそれぞれ2名ずつ執筆している。
「現代川柳点鐘の会」からは2000年6月に句集『龍灯鬼』(墨作二郎)、2001年2月に『紅牙』(本多洋子)と『伐折蘿』(墨作二郎)が発行されている。
4月15日、ホテル・アウィーナ大阪で「川柳ジャンクション2001」が開催された。第一部の鼎談「川柳の立っている場所」は『現代川柳の精鋭たち』をめぐって、荻原裕幸・藤原龍一郎・堀本吟がパネラーをつとめた。第二部は句会で、課題「白い」(大井恒行・石田柊馬共選)、「壊す」(正岡豊・石部明共選)、「羽根」(島一木・金築雨学共選)。第三部の座談会「川柳の現在と21世紀の展望」は司会・荻原裕幸、パネラーは倉本朝世・なかはられいこ・樋口由紀子・広瀬ちえみの四名だった。
なかはられいこは倉富洋子と4月10日「WE ARE!」を創刊。4月20日『脱衣場のアリス』(北冬社)を上梓。「WE ARE」2号は8月に、3号は12月に発行されたが、特に3号に掲載された「ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ」は現在でも語り草になっている。(「WE ARE!」は2002年10月の5号で中断。)
5月27日、「川柳マガジン」創刊(新葉館)
6月30日、『新世紀の現代川柳20人集』(北宋社)刊行。『現代川柳の精鋭たち』の続編という位置づけで、巻頭に桑野晶子の「これからの川柳は」。20人各100句のあと、山崎蒼平と荻原裕幸の解説。編集は山﨑蒼平と野沢省悟。
7月3日・岩村憲治没(62歳)、11月26日・本間美千子没(63歳)。没後『岩村憲治川柳集』(2004年3月13日)、『本間美千子川柳集』(2005年2月1日)が発行されているので、ここで紹介しておきたい。
  ぼくら逃亡 海がなければ海創る  岩村憲治
  遠い国のあかい血を見たうたにした 本間美千子

2002年に入り、2月1日筒井祥文が「川柳倶楽部パーセント」創刊。
2月28日、石部明句集『遊魔系』(詩遊社)。石部に句集発行を決意させたものは「川柳ジャンクション」のシンポジウムだったようだ。「川柳に大きなうねりの来る予感。シンポジウムに応えるための何か行動を起こす必要があったし、批評を求めての発刊は今が好機とも考えた」(あとがき)
  靴屋きてわが体内に棲むという  石部明
川柳黎明社からは句集が続々発行される。5月『森本夷一郎川柳作品集』、6月『坂根寛哉川柳作品集』7月『田中博造川柳作品集』と『片野智恵子川柳作品集』、10月『井出節川柳作品集』。
  使わないハンカチがあるあねいもと  坂根寛哉
  六月の象がさみしくふりかえる    田中博造
  しがらみを脱いで渡ればまばゆい海峡 片野智恵子
  シンデレラの秘部より落ちた柘榴石  井出節
8月15日、渡辺隆夫句集『亀れおん』(北宋社)。
  還暦の男に初潮小豆めし    渡辺隆夫
8月23日、石田柊馬句集『ポテトサラダ』
  姉さんはいま蘭鋳を揚げてます 石田柊馬
川柳誌としては、浪越靖政が8月に「水脈」を創刊。この年7月に終刊した飯尾麻佐子の「あんぐる」の後継誌である。7月1日、赤松ますみが「川柳文学コロキュウム」を創刊。2000年8月に亡くなった波部白洋(69歳)の「川柳文学」を受け継ぐもの。
11月6日、堺利彦『川柳解体新書』(新葉館)発行。20世紀思想の流れを「実体から関係へ」ととらえ、「〈川柳のまなざし〉はこうした相対主義思想の遙か以前から〈実体〉を突き崩し、ものごとを〈関係〉として捉えていた」というクオリティの高い川柳論となっている。
12月20日、『風 十四字詩作品集』(新葉館)発行。佐藤美文の川柳誌「風」は十四字(短句、七七句)に力を入れている。十四字は「武玉川調」とも呼ばれ、五七五と並ぶもうひとつの定型である。
  手品の鳩でたましいがない  かわたやつで
  ドミノ倒しへ誰が裏切る   佐藤美文
  無精卵でも孵る未来図    瀧正治
  雨を濃くして鶏頭の紅    田中白牧

2003年1月「バックストローク」創刊。発行人・石部明、編集人・畑美樹。「私たちは川柳を刷新する」(巻頭言「形式の自由を求めて」石部明)。「バックストローク」は雑誌の発行だけではなく、シンポジウムをともなう大会を各地で開く。同年9月14日には「バックストロークin京都」を開催。テーマは「川柳にあらわれる悪意について」、パネラーは石田柊馬・筒井祥文・樋口由紀子・広瀬ちえみ・松本仁。以後、2005年5月21日「バックストロークin東京」(テーマ「軽薄について」)、2007年5月26日「バックストロークin仙台」(川柳にあらわれる「虚」について)、2009年9月19日「バックストロークin大阪」(「私」のいる川柳/「私」のいない川柳)、2011年9月17日「バックストロークin名古屋」(川柳が文芸になるとき)と隔年に開催された。
1月3日、定金冬二句集『一老人』(詩遊社)。
  一老人 交尾の姿勢ならできる  定金冬二
2月1日、『目ん玉』曲線立歩。曲線立歩は新興川柳の時期から句作を続けている川柳歴の長い作者であるが、句集発行後亡くなった。
  北ばかり指して磁石の死に切れず 曲線立歩
12月6日に「WE ARE 」川柳大会が東京のアルカディア市ヶ谷で開催される。午前中にフリマ、午後に川柳大会という一日がかりのイベントで、川柳大会のかたちとしてはおもしろい試みだった。 

2004年2月29日、『川柳の群像』(集英社)。東野大八著、田辺聖子監修。東野は2001年7月に87歳で亡くなっているが、本書は「川柳塔」に連載された文章をまとめたもので、明治・大正・昭和の川柳作家100人を解説している。
10月27日、渡部可奈子没(66歳)。12月4日、谷口光穂没(90歳)。

長くなるのでこのへんでひとまず終わりにして、続きは次の機会に。