2023年2月3日金曜日

松林尚志の仕事

松林尚志(まつばやし・しょうし)とは直接会ったことはないが、彼の書いた文章は折に触れて読んできた。川柳に関しては、渡辺隆夫の第三句集『かめれおん』(北宋社、2002年)の序が思い浮かぶ。松林はこんなふうに書いている。
「私は以前、といっても昭和四十年のことであるから四十年近い昔であるが、『川柳しなの』という雑誌に、石曽根民郎氏に頼まれ『現代川柳雑感』という文章を書いたことがある。何冊かお借りした句集には時実新子、河野春三、片柳哲郎、佐藤正敏氏らの句集があった。私には現代川柳の水準の高さにおおおいに学ぶところがあったのだが、一部の作品が俳句と同じ発想、同じ水準に来ていることを実感した。それは共通の詩を求めることの当然の結果といえるが、そこには川柳の本来持つ風刺やうがちが自己に向けられることからくる、自虐的傾向とそれ故の暗さや深刻さが気になり、そのことに懸念を表明した」
それに対して渡辺隆夫の川柳はどのようなものか。松林は「現代川柳と現代俳句はある面ではほとんど交叉している。しかし『亀れおん』では逆に現代俳句と競う位置から遠ざかり、かつての川柳の持った逞しい転合精神を復活させようとしている。渡辺氏はどうやら本来的川柳の在り方からの出直しを企んでいるようだ」と見ている。
渡辺隆夫の川柳をどう評価するかは「私川柳」や「現代俳句」に対してどのようなスタンスをとるかという問題とからみあっている。また「現代川柳」と「狂句」との関係にも歴史的な経緯がある。松林の見方は、「現代川柳は俳句の真似をしないで川柳本来の在り方に戻るべきだ」という俗論とは次元を異にするが、困ったことに、そのような俗論を唱える論者が「いいね」と評価するのが渡辺隆夫であることだ。私自身の渡辺隆夫論については「渡辺隆夫の孤独」(「MANO」12号)に書いたことがある。
松林は「序」の最後でこんなふうに書いている。「私が渡辺氏の今後に期待するのは、他者に向けられた毒の刃が自己にも向けられることである。諷刺でもたんなる野次馬ではなく、加害者に対する怒り、憎しみ、呪詛としての毒がなければならない」
ここには実作上の微妙な問題があって、自己に向けられる毒は諷刺の力を弱めるのではないかということだ。他者や社会を批判しつつ自己の内部の葛藤も表現しきる、両立させるのは至難の業だろう。

連句に関連して言えば、松林の『日本の韻律 五音と七音の詩学』(花神社、1996年)は連句人にとっても重要である。連句界では短句・七七句の下の七音について、4+3のリズムはよくないと言われている。四三(しさん)の禁である。芭蕉の連句には短句に四三のリズムは一句もないと言うのだが、それは近代以前の話。短歌においては齋藤茂吉の「短歌に於ける四三調の結句」によって四三調の禁から自由になり、現代短歌においては意識もされなくなった。松林の本は連句における四三調の問題を考えるときに必読の一冊である。

『俳句に憑かれた人たち』(沖積舎、2010年)は現代俳句を彩る47人の作家像をまとめたもの。私はその中で現代川柳とも関係の深い津久井理一と野田誠に注目している。
津久井理一は50冊近い「私版・短詩型文学全書」の出版、個人誌「八幡船」(ばはんせん)の発行などで、現代川柳の世界とも交流があった。松林は次のように書いている。
「理一は昭和三十八年六月、個人誌『八幡船』を発足させる。『八幡船』創刊号には野田誠が『鏡部落』を載せ、重信や八田木枯が句を寄せている。『八幡船』を持つことで理一は自らの意図を誌面に反映させつつ作家を発掘し、人脈を広げることが可能になった。私版・短詩型文学全書の第一集が出たのは四十一年二月で、阿部青鞋が最初である。次いで、野田誠、東川紀志男、瀧春一、渡邊白泉、大原テルカズと続く。紀志男、テルカズという関西、関東の最も過激な前衛を取り上げているところにも、理一の反骨精神がよく示されていると思う」
「私版・短詩型文学全書」は俳句篇のほかに川柳篇と一行詩篇があり、川柳篇として『河野春三集』『福島真澄集』『時実新子集』『草刈蒼之助集』が出ている。『山村祐集』が川柳篇ではなくて一行詩篇として発行されたことが当時の川柳界で物議をかもした。「短詩型の広場」ということが言われ、俳句と川柳の違いはジャンルの違いではなくて、エコールの違いだというエコール論が唱えられたのもこの頃である。津久井理一の句から。

ながきながき饂飩を食ひぬ特高と   津久井理一
ストへストへ七階にして螺旋階尽きる
しら髪のさらりと黒い海がある
毛野の地を日本と思ふすみれ濃し

あと、野田誠の句も紹介しておく。「永遠は」の句は私のなかでは優れた川柳作品として記憶されている。

永遠はアルミニウムでありすぎる    野田誠
ひろしまと書けばすなわちその文字燃ゆ
ことば積む はげしく零へ 近づけて
午後曇天わがこめかみの角砂糖

松林の俳句評論としては『子規の俳句・虚子の俳句』(花神社、2002年)、『桃青から芭蕉へ―詩人の誕生―』(鳥影社、2012年)が挙げられる。
前者の巻頭評論「子規―俳句の出発」では俳句と連句について次のように述べられている。
「子規のいうように連句では付句の展開を見る限り変化が生命なのであって、子規はその変化を非文学と見做したのであった。子規は文学に個の表現の一貫性をみていたから、他者による恣意的な変化を文学とは見做せなかったのである。しかし、文学を発想とは別の観点から、つまり完結した作品そのものとしてみると、変化していくところに微妙な味わいがあればそれはそれで文学として面白いのである」
後者『桃青から芭蕉へ』は芭蕉が談林から脱却していく過程を『桃青門弟独吟二十歌仙』から『虚栗』への歩みのなかにたどっている。

最後に、松林は和歌についても『和歌と王朝・勅撰集のドラマを追う』(鳥影社、2015年)を上梓している。『新古今和歌集』の巻頭歌は摂政太政大臣・藤原良経だが、彼の謎の急死など『新古今和歌集』成立の周辺を探った「藤原良経と後鳥羽院・実朝」、南北朝時代の流浪の歌びとの姿を描いた「宗良親王私記」など興味深い論考が収録されている。
松林尚志の俳人としての業績について私は詳しくないが、評論については『古典と正統』以外はあらかた手元に置いている。著者から贈呈していただいた本も多いが、礼状もださないまま時が過ぎてしまった。改めて読み直してみると、短詩型文学に対する視野の広さに基づいた優れたお仕事だと思う。

2023年1月27日金曜日

別所真紀子『風曜日』(深夜叢書社)

1月22日
朝日新聞朝刊「短歌時評」に山田航の「いま、ネット短歌史」が掲載されている。同人誌「かばん」12月号の特集「ネット短歌の歩き方」について触れているが、「かばん」の特集については本時評の12月25日でも言及したことがある。山田は「ネットはもはや社会的インフラである。ネット短歌も死後になった現在だからこそ、あらためてネット短歌史を振り返ろうという企画だろう」「ネットメディアと短歌の関係の研究は、まだ始まったばかりだ」と述べている。
現代川柳の場合はネット句会がまだ始まったばかりで、2022年に顕在化した感がある。今後どのように展開してゆくのか未知数の部分もあるが、チェックしておく必要がありそうだ。

1月×日
温泉が好きである。 昨年は連句集『現代連句集Ⅳ』(日本連句協会)の編集と私の第三句集『海亀のテント』(書肆侃侃房)の発行にエネルギーを費やした。疲労回復には温泉につかるのが一番だ。
草津温泉と伊香保温泉に行くことにした。テレビでよく取り上げられる草津温泉の湯畑の夜間ライトアップと昼間の雪景色を堪能。温泉が「湯水のように」という形容さながら湧き出ている。裏草津と西の河原公園も散策して、次は伊香保石段街へ。ここには伊香保を愛した徳冨蘆花記念文学館がある。蘆花の『順礼紀行』(中公文庫)から。
「今年三月の初め、或る日伊香保の山に雪を踏みて赤城の夕ばえを眺めし時、ふと基督の足跡を聖地に踏みてみたく、かつトルストイ翁の顔見たくなり、山を下りて用意もそこそこ順礼の途に上りぬ」
この旅で蘆花はエルサレムを訪れ、ヤスナヤ・ポリヤーナでトルストイに会っている。もう一冊、蘆花の『謀叛論』(岩波文庫)から引用しておこう。
「諸君、我々は生きねばならぬ、生きるためには常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して」

1月×日
別所真紀子の作品集『風曜日』(深夜叢書社)を読む。「句詩付合」「二行詩による半歌仙の試み」「俳句」「連句」の四章から成る多面的な付合文芸の作品集である。
まず「二行詩」から紹介する。俳諧研究誌「解纜」に掲載された作品で、俳句と別所の詩とのコラボレーションになっている。たとえば「筑摩川」という作品。

筑摩川春行水や鮫の髄   其角

 断ち割られた頭蓋骨を
 おんなは籠に入れていた

 まっかに泡だつ半分の口がうたう
 ころしたのね ころしたのね
 
 そうよ お酒で煮てあげるわ
 おんなはうっとりつぶやいた

其角には「草の戸に我は蓼くふほたる哉」「詩あきんど年を貪る酒債哉」「いなづまやきのふは東けふは西」「切られたる夢は誠か蚤の跡」「十五から酒を呑み出てけふの月」などの有名句があるが、掲出の「筑摩川春行(く)水や鮫の髄」は信濃の筑摩川(千曲川)一帯の地形を鮫にたとえて、そのなかを流れる春の雪解け水を鮫の髄と表現した、いわゆる「見立て」の句。別所はこの句の「鮫の髄」からまったく別のイメージを展開させている。
別所真紀子は詩人・連句人であると同時に『芭蕉にひらかれた俳諧の女性史』『江戸おんな歳時記』などの俳諧女性史の第一人者で、五十嵐浜藻を主人公にした歴史小説の書き手でもある。其角については『詩あきんど其角』という小説も書いている。
現代連句の世界では眞鍋天魚(呉夫)、村野夏生、別所真紀子などの東京義仲寺連句会のメンバーの作品がひとつのエポックを画するもので、本書の「連句」の章から別所・村野の両吟歌仙「鈴玲瓏」のウラの部分を紹介しておく。

いるか定食くらふ流亡の民われは  夏生
 サマルカンドの月凍るなり    真紀
青無限ハッブル膨張宇宙論
 蜂の巣見つけたる一大事
あどけなき老女を捨てに花の奥
 湖のおぼろに魂鎮まれる

『風曜日』というタイトルは画家で詩人の佐伯義郎による。佐伯には詩集『風曜日』(1980年)がある。「句詩付合」からもう一篇「蝶飛ぶや」を引用して、本書の紹介を終わりたい。

蝶飛ぶや此世に望みないやうに   一茶

 はる という初々しい名の少女は
 地平の天際をかろやかに駈けて消えた
 青いスカアトをひろげて ひるがえして

 アナクシビア・モルフォ 密林の美神
 きらめく青いスカアトのような鱗翅を
 展げて 展げたまま 永遠に 刺されて

1月×日
「川柳北田辺」128号。巻頭の「放蕩言」で、くんじろうが次のように書いている。
「昔、筒井祥文と『川柳倶楽部・パーセント』を立ち上げたとき、密に『川柳の梁山泊』を目指そう、大勢の漫画家が集った『ときわ荘』にしたいと酒を飲みながら語り合ったものだ」

カンガルーを追う中華鍋振りながら   井上一筒
6Bの雲丹をどなたか貸してくれ   くんじろう
鉛筆と消しゴムほどの仲でなし      森茂俊
仙洞御所とは長い廊下で繋がれる   笠嶋恵美子
阿弖流為の叫びシベリア寒気団    宮井いずみ
乱世でござるキティちゃん見え隠れ  酒井かがり

「らくだ忌」第2回川柳大会が3月18日にラボール京都で開催される。兼題と選者は次の通り。「泡立つ」(湊圭伍)、「二周半」(暮田真名)、「生い立ち」(真島久美子)、「無い袖」(八上桐子)、「ぶらり」(新家完司)、「雑詠」(くんじろう)。SNSやネット句会もあれば、座の文芸としてのリアルな句会にこだわっているところもある。それぞれの場が活性化してゆくことが望まれる。

2023年1月20日金曜日

文学フリマ京都7

1月15日(日)に「文学フリマ京都7」がみやこメッセで開催された。京都の文学フリマもすでに7回目になる。主催者の発表では出店者・一般来場者あわせて2424名の参加者があり、うち出店者は約615名だったという。
「川柳スパイラル」からも出店し、川柳句集のほかに連句関係の『現代連句集Ⅳ』も販売した。久し振りにお目にかかる方やはじめて川柳のブースを訪れた方ともお話しができてよかった。今回は文フリ当日手に入れた冊子を紹介していきたい。

「西瓜」第7号は江戸雪をはじめ15人の歌人が集う同人誌。
笹川諒「白く複雑な街」は最初に詞書があって次のように書かれている。

こころに白い街を広げながら暮らしている。
白さと複雑さがたびたび同義であることは、優しいことだと思う。

デイリードリーマー 学んだ知識から致命的なひとつを引くのが得意  笹川諒
もし過去に戻るとしたらあの夜に英詩の訳の課題はしない
みなそれぞれに芸術を砥ぐこの白い街の夕べはすべてあなた

三田三郎「ZOZO臓」から。

単に酒が管を通過するだけなのに酔いという脳の自意識過剰   三田三郎
内臓で野球チームを作ったら肝臓はきっと2番セカンド
肝臓を連れ戻したら説教する「辛いときこそ逃げちゃいけない」

三田と笹川の「ぱんたれい」3号が3月には出るそうなので楽しみだ。
もう少し「西瓜」の作品を紹介しておく。

サンドイッチに何を挟むか聞きたくて話が途切れるのを待っていた  嶋田さくらこ
風の音飛行機の音 何の音だろうね答えが欲しいのじゃなく    とみいえひろこ
岬まで行こうと歩きだすきみは岬に胸があるように行く       江戸雪
永遠など気持ちが悪い寝転んで喉から奥へ流れる鼻血        虫武一俊
これ以上モラトリアムをこじらせてどうする蟬の抜け殻を踏む    土岐友浩

次に「ぬばたま」7号より。

駆け上る必要はない階段も駆け上がり これ から どうしよう?  乾遥香
話してもオタク友達相手にはあなたを推しと呼ばないでいる     大橋なぎ咲

「ぬばたま」は1996年生まれによる短歌同人誌。同人は現在25~26歳。「ぬばたま世代のリアル」という特集が組まれている。「短歌の友だちいる?」「賞のことどう思ってる?」「結社楽しい?」「あなたの中での総合誌の位置づけは?」「ポリティカル・コレクトネスとその周辺について、ひとこと。数年前の歌壇と比較して何か変わった感じする?」などの質問に同人とゲストの髙良真実が答えている。「短歌ブーム」についてどう思う?という質問には私も興味があるので、書きぬいておく。「なんでブームなんだろうね。純粋読者が増えたのか、他ジャンルの文芸の人たちが短歌を買いはじめたのか、両方?」「もう10年位言われてませんか?」「あんまりブーム感じてない」「SNS(特にツイッター)に合うからかな~」「ブームでたくさん短歌に関する本が出るのはうれしいが、質が保証されないものもあるので最低限は維持されてほしい」「短歌botのフォロワー数の増加を見て、ほんとにブームなんだなと思いました」など様々な見方がある。

俳誌「翻車魚」6号。巻頭に細村星一郎・白野・奥村俊哉による「リアルタイム共作」として俳句10句が掲載されている。次のような作品。

人型兵は朧の猿にしか撃てない
文脈になかった化粧水を買う
三日前なら馬だった桃源郷

Googleドキュメントを利用し、三人の意志で10句連作を完成させたという。まず「猿」「化粧水」「三日」などの単語をドキュメント上の一枚のシートに書き込む。共作者がフレーズを加え、一句が出来上がっていく。「化粧水」に対して「文脈に沿って化粧水」というフレーズがある時点では付いていたが、最終的には掲出句のかたちで三人が合意。「三日」の場合は「三日前なら馬だった」というフレーズに共作者のひとりが「桃源郷」の語を書き込み合意される。プロセスはもっと複雑なようだが、共同制作における連句の三句の渡りや天狗俳諧とはまた違った試みである。
高山れおな「『尾崎紅葉の百句』補遺」が掲載されているのに注目した。高山は『尾崎紅葉の百句』(ふらんす堂)を出したばかりだが、そこには紅葉のいろいろな傾向の句が収録されていて興味深い。

鯨寄る浜とよ人もたゞならず  尾崎紅葉
渾沌として元日の暮れにけり
星既に秋の眼を開きけり
二十世紀なり列国に御慶申す也

『百句』には「紅葉が俳句でめざしたもの」という解説が添えられているが、「翻車魚」の「補遺」ではでは紅葉の句について「新年の句が妙に充実している」「挨拶句が巧い」「女性に視線を向けた句が多い」という三点を挙げている。高山が「補遺」に挙げている句から。

瓦屋根波も静に初日かな    尾崎紅葉
過ぎがてに草摘み居るや小前垂
火を吹くや夜長の口のさびしさに
葱洗ふ女やひとり暮れ残る

最後に「翻車魚」掲載の佐藤文香「愛のほかに」から。

海を来てこの街を迂回する冬      佐藤文香
こゑで逢ふ真夏やこゑは消えるのに
Farmers market 蜂蜜がある愛のほかに

2023年1月13日金曜日

「文藝」2023春号

すでに鏡開きが済んでいるが、お餅の俳句を。

餅負うて豊旗雲の裾をゆく    橋閒石
梁に雪の重さの雑煮かな
ゆうぐれは不思議かな餅ふくれだし

一句目「豊旗雲」は瑞祥の雲。「わたつみの豊旗雲に入日さし今宵の月夜あきらけくこそ」万葉集の中大兄皇子の歌で有名(結句の読みは諸説ある)。「豊旗雲の裾」とは何だろう。二句目の「梁」は「うつばり」と読ませる。三句目、日常の状景が不思議に変化する。この三句は澁谷道のエッセイ集『あるいてきた』(紫薇の会、2005年)の巻頭の文章から。澁谷道といえば、次の句が彼女の俳句開眼の作品として知られる。

馬駆けて菜の花の黄を引伸ばす   澁谷道

彼女の俳句の師は平畑靜塔。この句を差し出したとき靜塔は「あなたは俳句開眼しましたね」と言ったそうだ。「このとき、著者は大阪女子医専の学生であった。西東三鬼や私が時に触れ教導していた同校の俳句会に出席していた頃の作品であり、『天狼』初期の遠星集にも入選したこの句は、はっきり記憶に残っている」(澁谷道第一句集『嬰』、平畑靜塔の序)
個人的に印象の深いのは次の句だ。

ままごとのやうなもてなし蟬羽月  澁谷道

さて、今回取り上げたいのは「文藝」2023春号の特集「批評」。瀬戸夏子と水上文の責任編集である。特集の「はじめに」で瀬戸夏子はこんなふうに書いている。
「もちろん、いま批評をやろうなんて、どうかしているのかもしれない。あまりのも批評が困難な時代だ」「けれど、『困難』だと感じるのはなぜだろう、とも思う。『困難』なのは《これまで》の批評でしかないんじゃないだろうか?」「完璧ではない批評はそれでも、いつでも《これまで》を見つめながら、それぞれの切実さでそれを相対化することで生きながらえてきたのではなかっただろうか?ならば勇気を持って、平凡に、大胆に、《これまで》を裏切りながら言うべきなんじゃないだろうか?」
瀬戸と水上の対談「なぜ、いま『批評』なのか」で水上は瀬戸の文章「誘惑のために」の次の部分に言及している。
「なぜ女の作品を評するのがこわいのか。盗まれたくないから、どれだけこき下ろしてもそこに薄皮一枚の肯定を挾まなければいけないと知っているからだ。その薄皮一枚のことをここで仮にシスターフッドと呼んでみようか?その薄皮一枚の肯定は批評のキレを奪い、その薄皮一枚の言い訳のためにレトリックは精彩を欠き、それを以ってわたしは生涯二流の批評家にしかなれないことを知らされる」
「文藝」2020年秋号に掲載された瀬戸のこの文章は高橋たか子の『誘惑者』について書いている。友人を三原山へと誘う『誘惑者』の主人公、夫の飲み物にヒ素を垂らすモーリヤックの『テレーズ・デスケール―』。矢川澄子、中島梓、森茉莉などのさまざまな人物の姿が揺曳する。
前述の瀬戸の文章を水上は次のように受け止めている。
「女性同士の関係はそこだけで完結できるはずなのに、なぜか外側の男性社会的なものに勝手に消費されたり、利用されたりしてしまう。だから『薄皮一枚の肯定』を挟まないといけない。男性同士の関係だったら挟まなくていいものが発生してしまい、『批評のキレ』を奪うことになる」
女性が女性の表現者について論じるときの困難さ。小説論だけではなくて、短詩型文学のの短歌、俳句、川柳ではどうなんだろう。
「文藝」の特集はまだ充分読みきれていないが、斎藤美奈子インタビュー「文学史の枠を再設定する」、大塚英志インタビュー「ロマン主義殺しと工学的な偽史」など、興味深い内容だ。齋藤美奈子はベテランらしく次のように言っている。
「私から見ても『今ごろ何言ってんのかな』と思うことは正直あります。そんなことは何十年も前から言ってたよって。だけど先行者がそれを言うのは反則なのね。だって、いま初めて考えて、発見して、自分の生き方を問い直そうとする人がいつの時代もいるわけじゃない?フェミニズムって個々の生き方にすごく関わっているし、そのぶん格闘も必要だから」
水上文の「シェイクスピアの妹など生まれはしない」はヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』の「ジェイクスピアの妹はおそらく若くして死んだだろう。当時の女性を取り巻く状況を鑑みるに、たとえ彼女は生まれたとしても一語たりとも書くことなく、無名のまま埋葬されるほかなかっただろう」を導入とする金井美恵子論。瀬戸夏子の「うつしかえされた悲劇」は瀬戸の偏愛する三島由紀夫『豊穣の海』論。ほかに、齋藤真理子の韓国文芸批評についての文章や西森路代の「批評が、私たちを一歩外に連れ出すものだとしたら」など、読みどころが満載である。

すでに旧聞に属するが、「川柳スパイラル」12号では〈「女性川柳」とはもう言わない」〉を特集した(2021年7月)。そのときは瀬戸夏子の短歌のほか歌人の川野芽生、乾遥香、牛尾今日子に川柳を書いてもらった。あと評論として髙良真実の「女性による短歌が周縁化されてきた歴史に抗して」、松本てふこ「俳句史を少しずつ書き換えながら、詠む」、小池正博「『女性川柳』とはもう言わない」を掲載した。この特集は外山一機が松本の論を取りあげたほかには特に注目されなかったが、現代川柳においてジェンダーの問題をとりあげた企画が皆無ではなかったことだけ言っておきたい。次に引用するのは「『女性川柳』とはもう言わない」の一節。

〈明治・大正・昭和前期まで「女性川柳」は男性視点で論じられてきたし、その際に男性川柳人が求めるものは「女の川柳」「恋愛」「抒情」「情念」などであった。人間の知情意のうち主として「情」に関わる部分であり、理知的な部分は副次的となる。当然そこから抜け落ちるものがあり、女性が自らの視点で女性川柳を考えるための場が要請されるのは必然だろう。こうして登場した川柳誌が飯尾マサ子(麻佐子)の「魚」(一九七八年十二月創刊)である〉
〈川柳には阿木津英も瀬戸夏子も髙良真実もいない。ジェンダー論から現代川柳が本格的に論じられるようになるのはこれからのことである〉

2023年1月6日金曜日

「江古田文学」特集・小栗判官のことなど

新年おめでとうございます。
今年も「週刊川柳時評」をよろしくお願いします。
まず、歳旦三つ物です。

歳時記の頁を繰れば初山河
 さあ召し上がれ福茶一服
NO WAR ロックの響き拡がりて

年末に届いた書籍・雑誌を読んでいる。
「江古田文学」111号の特集は小栗判官。「山椒太夫」や「信太妻」などと並んで有名な説経節の物語である。「信太妻」は葛葉狐の話で、かつて葛葉稲荷の前を通って毎日職場へ通勤していたことがある。「小栗判官」については、一昨年の和歌山の国民文化祭のときに熊野古道を歩き、湯の峰温泉のつぼ湯も見てきたので馴染がある。「江古田文学」の特集では、「小栗判官と照手姫・翻案朗読本」(翻案・上田薫)が収録されていて、熊野の場面は次のようになっている。

餓鬼阿弥殿を担いでいた道者は、湯壺の方に籠を降ろし、
「さあ、これが湯ノ峰温泉の湯壺でござる。これからこの餓鬼阿弥を湯壺にいれて、七七日の間、本復するのを待ちたいところだが、我らはこれから本宮、新宮を廻る道者であるからそれも叶うまい。これから先は、熊野権現様のご加護を祈り、湯守に預けていざ本宮に参ろうではないか」

餓鬼阿弥は病者となった小栗判官の姿である。さて、本誌には浅沼璞が「『をぐり絵巻』大和言葉の変奏—連歌ジャンルとの類似性を視野に」を執筆している。その中に寛正六年、朝倉敏景が杣山城を攻撃したときの陣中での連歌会のエピソードが出てくる。

朝風にもまれて落るかいて哉
 鶉に交る水鳥の声
沢沼のほとりかつかつ野となりて

発句の「かいて」は楓だが、敵の杣山城を守っているのが甲斐守祐徳なので甲斐手が掛けてある。朝倉勢によって楓が散るように敵が落城するということのようだ。さらに浅沼は一世紀後、三好長慶の連歌との類似についても言及している。

 芦間にまじる薄一村(「すすきにまじる芦の一むら」とする書もある)
古沼の浅き方より野となりて

花田清輝の「古沼抄」(『日本のルネッサンス人』)にもあるエピソードである。花田の文章は個人的には私が連句に関心をもつ根拠のひとつになっているので、この話題をもう少し続けると、吉村貞司の『桃山の人びと』では三好長慶の連歌会について次のように書かれている。
「三月五日、長慶は飯森城に弟冬康・連歌師牧宗養・里村紹巴などと連歌の会を開いていた。あたかもその時、弟三好義賢は岸和田城を討って出て、久米田に敵勢と激戦をまじえていた。長慶はその報を得ていたはずだ。しかし連歌をつづけた。そんなばかなことがあるものかという人もある。私も最初そう思った。私の頭には『太平記』の千早攻めがあり、長期にして無為に苦しむ包囲陣が、ひまつぶしに連歌を催したものぐらいにしか考えていなかった」
『常山紀談』では実休(義賢)討ち死にの報のあと連歌を止めて出陣したことになっている。それにしても、なぜ連歌なのか。吉村貞司は「彼らはいつ戦死するかわからない職業に従い、いつもおのれの死と対決していなければならなかった」「手段を問わず、おのれの存在を、運命を、意義づけるものにすがりつき、むさぼりつきたかった。それが禅であり芸術であり茶であり、花であった」と述べている。
「江古田文学」に戻ると、高橋実里の「自分自身に着地する—説経節『小栗判官』」や人形浄瑠璃猿八座公演「をぐり」の写真(撮影・笹川浩史)、ふじたあさや「御門から閻魔まで」(『小栗判官』に題材をとった『をぐり考』は1999年に熊野本宮大社の大斎原に野外舞台を組んで上演されたという)、三代目若松若太夫の語本「小栗判官一代記」などが掲載されていて、テクストと語り物、芸能とのリンクが総合的に見渡せる内容になっている。

川柳に話題を移すと、京都で発行されている川柳誌「凜」92号に村井見也子の「川柳三十年、この出会い」が掲載されている。京都の川柳界は1978年に「平安」が解散したあと、「新京都」「都大路」「京かがみ」の三つに分かれたが、「新京都」の北川絢一郎が亡くなったあと、村井見也子が「凜」を立ち上げた。村井は2018年に亡くなったが、今号に掲載されたのは村井が1994年9月に「京都新聞」に執筆した文章の再録である。村井が取り上げているのは次の四人の作者で、現在の川柳の傾向とは異なるところも多いが、先人の作品として知っておかなくてはならないと思われるので、紹介しておく。

百冊の本をまたいでなお飢えに  北川絢一郎
悲の面はたった一つで下りてくる 定金冬二

北川絢一郎は京都の革新川柳を牽引したひとり。北川絢一郎句集『泰山木』(1995年)から何句か抜き出してみよう。

庶民かな同心円をぬけられぬ      北川絢一郎
どの糸からもマリオネットは血を貰う
草いきれ一揆の性をもっている
川の向こうの影がときどき討ちにくる
灯を消せばきっと溺れるさかなたち

定金冬二は津山の出身。津山番傘川柳会を創立。富田林市に移住したあと、「一枚の会」を創立した。冬二の句集『無双』に寄せて北川絢一郎が次のようなエピソードを書いている。句会の帰途、いつもの喫茶店である女性川柳人が「どんなにしたら冬二先生みたいに川柳が上手になりますの…」と問いかけると、冬二は「それはなア、心にいっぱい悲しみを溜めてなアー」と言いかけて、あとの言葉が続かなかったというのだ。「悲の面はたった一つで下りてくる」は冬二の代表作で、確か津山に句碑が建てられている。

おんなとは哀しいときも何か提げ    定金冬二
穴は掘れた死体を一つ創らねば
にんげんのことばで折れている芒
折り鶴が翔ぶ青空が痛くなる

絢一郎・冬二に続いて、村井見也子は次の二人の女性川柳人の作品を引用している。

靴をそろえて償いが一つ済む   前田芙巳代
子を産まぬ約束で逢う雪しきり  森中惠美子

ここでは女性川柳人について述べる余裕はないが、時実新子とは異なる傾向の作者として、前田芙巳代、森中惠美子、村井見也子、渡部可奈子などがあげられるだろう。

付合文芸である連句(Linked Petry)も前句付をルーツとする川柳も言葉と言葉の関係性の世界である。今年も連句と川柳を両輪として表現活動をしていくつもりだが、断絶する言葉と人々を何がしかリンクすることができればいいなと思っている。

2022年12月25日日曜日

2022年回顧(連句篇)

年末に当たり、今年の連句界についても振り返っておきたい。
12月に日本連句協会創立40周年記念誌『現代連句集Ⅳ』が発行された。日本連句協会の前身である連句懇話会は1981年に創立。10年ごとに『現代連句集』を発行して、今回で4冊目になる。巻頭に「連句の愉しみ」(小津夜景)・「連句が好きだから」(堀田季何)のエッセイが二編。「日本連句協会の歩み」、座談会「現代連句の伝統と多様性」(小池正博・鈴木千惠子・宮川尚子・高松霞・門野優・山中たけを)のほか連句作品として「国民文化祭文部科学大臣賞等受賞作品」(第27回徳島~第36回和歌山)、各地の連句グループ作品84巻を収録している。
エッセイを寄稿している小津夜景は著書のあちこちで連句について触れている。小津と須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ』は連句の付け合いの呼吸で書かれているし、第二句集『花と夜盗』(書肆侃侃房)のうち「夢擬的月花的」(ゆめもどきてきつきはなてき)は連句の「月花(つきはな)の句」を一句立てにしたものである。月花の句は連句では春季扱いになる。

月を呑む花の廃墟を照らすため 夜景 
月と花比良の高ねを北にして  芭蕉

堀田季何は今年最も活躍した俳人のひとりだが、連句の心得もある。堀田の主宰する「楽園俳句会」は6月に冊子版を発行しているが、連句作品も掲載されている。この両人に限らず、連句に対する関心が広がりつつある。
「江古田文学」110号に浅沼璞が「『さんだらぼっち』にみる西鶴的方法」を書いている。『さんだらぼっち』は石ノ森章太郎の時代物漫画だが、西鶴のような俳諧(連句)的な方法が使われているという。そもそも西鶴が漫画的と言うこともできる。浅沼は連句以外のジャンルにおける連句的な要素を分析してゆく「連句への潜在的意欲」という方法をとっているが、小津や堀田のように連句への顕在的意欲を示す表現者がふえてきていることになる。

以下、各地の連句大会を紹介する。
3月20日に日本連句協会の総会と全国大会が両国の江戸東京博物館で開催された。リアルでの参加32名、リモートでの参加が24名というハイブリッド連句会となった。
4月29日、「第26回えひめ俵口全国連句大会」が松山の子規記念博物館で開催。愛媛県知事賞の歌仙「秋高し」の巻(高塚霞捌き)の名残りの表よりご紹介。

口髭に触れてかたびら雪の消え  徹心
 三代続く城の門番       忠史
香しき菓子を焼くのを趣味として 孝子
 南回りのけふのフライト    孝子
アメリカの株の上下にそはそはし 徹心
 桶屋儲かる仕組複雑     千惠子

6月12日、第二回全国リモート連句大会。(日本連句協会主催)
6月26日、第16回宮城県連句大会。コロナ禍の大会が中止になり、後日作品集が送付される。この大会は残念ながら今回で終了になるという。
7月27日~29日。徳島城博物館和室にて「夏休み子ども連句教室」が開催。一日目「俳句をつくろう」、二日目「長句に短句を付けよう」、三日目「句をつないでいこう」の三日間のプログラム。
9月11日、南砺市いなみ全国連句大会2022。
1993年に第一回大会が開催され、ほぼ4年ごとに回を重ね、今年で第八回を迎える。
富山県知事賞受賞の歌仙「冬夕焼」の巻の表六句。

かつてこのやうな恋あり冬夕焼  鈴木了斎
 慕情凍てつく文箱の底     杉本聰
除雪車の角曲がりゆく音消えて    了斎
 絡繰時計喇叭吹き出す       聰
月からの金糸銀糸に指からめ     了斎
 和紙に切り抜く芙蓉一輪      聰

10月は芭蕉にちなんんだイベントが続いた。芭蕉終焉の地・大阪では大阪天満宮の「浪速の芭蕉祭」。まず10月2日にリモートによるプレイベントを開催。浅沼璞と小池正博の対談のあとオン座六句と非懐紙の二座に分かれてリモート連句。一週間後の10月9日には大阪天満宮の梅香学院でリアル句会を開会。天満宮本殿参拝のあと、関西現俳協青年部長の久留島元をゲストに迎えての座談会と実作会。
伊賀上野では10月11日・12日に第76回芭蕉祭(伊賀上野)が開催された。
元禄七年(1694)、芭蕉の帰郷にあわせて、伊賀上野の門人たちが芭蕉実家の敷地に庵を建てる。芭蕉は8月15日に月見の会を催し、料理が振舞われた。芭蕉自筆の「月見の献立」が残っており、昨年、伊賀市に寄贈された。芭蕉祭の前日、10月11日の夜に「月見の献立歓迎会」がハイトピア伊賀で開催され、私も参加することができた。月見の献立にちなんだ料理が提供され、貴重な経験をする。
翌日の12日は俳聖殿の前で芭蕉祭の式典。連句の部では半歌仙「頓て死ぬ」の巻(梅村光明捌き)が特選になっており、その裏の一句目から六句目までを紹介する。

牧閉ざす馬柵遠くまでなだらかに   満璃
 逢へぬ日続き募るいとしさ     裕子
女子会のすぐ盛り上がる恋懺悔    光明
 ぐうたら亭主まづは槍玉      満璃
議員席スマホ居眠りここかしこ    裕子
 熱きおでんのコント大受け     光明

最後に、国文祭おきなわ(美ら島おきなわ文化祭2022)が沖縄県南城市を会場として開催された。10月29日吟行会。30日、南城市文化センターにて表彰式・実作会。一般の部、文部科学大臣賞は二十韻「大試験」の巻(富山県、杉本聰捌き)が受賞した。

大試験終えて少女の顔となる    宇野恭子
 たんぽぽの絮飛ばす道端     奥野美友紀
潮干狩りバケツそれぞれ手に提げて 北野眞知子
 母が伝授の結び三角       大島朋子

ジュニアの部・文部科学大臣賞は三つ物「かぜのしっぽ」(鈴木千惠子捌き)。

はるのかぜかぜにしっぽはどこにある  植田泰就
 にげられちゃったおたまじゃくしに  植田結衣
赤ちゃんの目が光ってるときかわいい    結衣

あと、ネットでは昨年スタートした季刊「連句新聞」が今年も春夏秋冬4号を発信。冊子版の特別編も準備中だという。
個人企画のイベントでは12月、東京アーツ&スペース本郷で高松霞による「連句の赤い糸」が開催。展示のほか連句ライブ、連句盆踊りが実施された。
座の文芸としての連句はコロナ禍の影響を受け苦境に立たされたが、リモート連句をはじめ工夫しながら進んできている。今後も連句は顕在的に・潜在的に続いていくことだろう。

2022年回顧(川柳篇)

年末になったので、一年間を振り返ってみたい。昨年の2021年回顧では川合大祐『スロー・リバー』、湊圭伍『そら耳のつづきを』、飯島章友『成長痛の月』を取りあげたが、ここでは今年刊行された川柳句集を中心に、2022年を回顧してみる。
まず、4月に暮田真名の『ふりょの星』(左右社)が発行された。挿画・吉田戦車、帯文・Dr.ハインリヒ。既成の川柳句集のイメージを打ち破る一冊だが、暮田はすでに川柳歴7年。現代詩歌文学館の朗読・トークイベントに出演、「ねむらない樹」6号、「文学界」2021年5月号、関西現俳協HPなどに寄稿するなど、若手川柳人として注目されていた。
暮田についてはこの時評でもそのつど触れてきたし、「OD寿司」は有名になったので、ここでは「県道のかたちになった犬がくる」について述べてみたい。すでに書いたこともあるが、「かたち」という言葉を使った句は川柳ではしばしば見かける。

指切りのかたちのままの灰がある  西秋忠兵衛
県道のかたちになった犬がくる   暮田真名

では、暮田のどこが新しいのだろうか。「県道が犬のかたちになった」「犬が県道のかたちになった」―言葉の世界では何とでも言えるが、「県道が犬のかたちになった」の方が多少理解しやすいのは、たとえば犬のかたちのビスケットのようにイメージしやすいからだ。「犬が県道のかたちになった」の方は飛躍感が大きく読者の理解を越える。県道と犬との新しい関係性が一句の中で成立している。
言葉と言葉の関係性に対する感覚は人によって異なるが、無関係な言葉を強引に結びつければそれでいいというわけではない。8月に開催された「川柳スパイラル」創刊5周年の集いで、暮田は「私は本当に川柳を作りたくて、今までに読んだ川柳が好きだから、その延長線上にあるものを書きたいという気持ちがある」と発言している。暮田の川柳が既成の川柳人にも受け入れられやすいのは、こういうベースがあるからだ。
『ふりょの星』の内容はもとより、流通の仕方も従来の川柳句集とは異なっている。書店の店頭販売や通販はもちろんだが、ヴィレッジバンガードに並んだことも話題になった。川柳句集といえば贈呈が中心で若干書店に並ぶこともあったが、出版社が営業・流通に尽力してくれるなどということは以前では想像もできなかった。暮田は「川柳句会こんとん」や川柳講座「あなたが誰でもかまわない川柳入門」などで川柳の裾野を広げる活動をしている。

5月には平岡直子『Ladies and』(左右社)が出た。「川柳スパイラル」創刊5周年の集いでは暮田と平岡の対談があったが、両人はこんなふうに語っている(「川柳スパイラル」16号)。

暮田 二冊の句集の印象なんですけれど、『ふりょの星』が取りこぼした層を『Ladies and』がしっかりとキャッチしてくれていると思っています。『ふりょの星』は見た目がポップすぎて、何だこれはと思われた人もあるでしょうし、取りあげられ方も従来の川柳句集とは違っていたと思います。
平岡 いい棲み分け、分業化ができた感じだよね。わたしは『ふりょの星』の外見がすごく好きで、好きなだけじゃなくて、こういう句集を見たのは初めてなのに、ああそうそう川柳ってこういうものだったよね、って、どこか「川柳の本来の姿」を見ているような気持ちにもなります。

平岡の句集評についてはすでに書いたことがあるが(「白鳥の流血と金色に泣く女の子」、「川柳スパイラル」15号)、改めて『Ladies and』を読み直してみると、批評性のある作品が目につく。批評性というのは諷刺や時代批判、政治批判も含めて広くカバーするときの言葉である。

いい水は人が飛び込んだら消える
木漏れ日のようね手首をねじりあげ
絶滅も指名手配も断った
むしゃくしゃしていた花ならなんでもよかった
九月尽でしたか警察呼びますよ

平岡の作品の批評性・諷刺性は『Ladies and』というタイトルのメッセージにもあらわれているが、川柳作品だけでなくて、最近の短歌作品にも顕在化しているように思われるが、それはもともと作者のなかにあったものなのだろう。

続いて6月に発行されたのが、なかはられいこ『くちびるにウエハース』(左右社)。
「鉄棒に片足かけるとき無敵」という句は川柳界ではよく知られているので、『脱衣場のアリス』に収録されているような気がしていたが、『アリス』以後の作品。私は『はじめまして現代川柳』の解説でなかはらについて「それまで演歌的な作品が多かった川柳の世界で、なかはらはポップス系川柳の書き手として登場した」と書いている。この句にも同じ傾向が見られるが、問題はなかはらの書き方がどのように進化していったかということだ。

鉄棒に片足かけるとき無敵
魚の腹ゆびで裂くとき岸田森

「~とき」のあとの着地点が後者では明らかに遠くまで飛んでいる。新しい関係性が通常結びつかない語と語の結びつきになっているのだ。人名を使うのは一種のテクニックでもある。キャリアの長い川柳人はそれなりに過去の川柳作品を読んでいるから、先行作品の発想と表現をどう乗り越えるかに苦心する。

電熱器にこっと笑うようにつき      椙元紋太
豆電球が(おやすみ、さくら)ぽっと点く なかはられいこ

この二句の発想には共通点があると思われるが、表現の仕方が進化・深化している。句集のタイトルにもなっている「空に満月くちびるにウエハース」。空の満月と身体性との取り合わせは驚くほどのことではないが、くちびるとウエハースの取り合わせに作者独自の感性がうかがえる。意味ではなくて感覚的な句である。

11月の文フリ東京でササキリユウイチ『馬場にオムライス』を手に入れた。

ふくろうの唾液で目指す不躾さ
ゆらめくものをゆらめきで突く

鳥には餌を丸のみするイメージがあるが、唾液もあるそうだ。けれど「ふくろうの唾液」とはふだん聞きなれない異化効果のある言葉だ。着地点は「不躾さ」。俳句なら季語を持ってきたりするところである。「ふくろう・唾液」と「不躾さ」の関係性のなかに作者の新鮮な感覚がある。
後者は短句(七七句)。川柳では武玉川調とか十四字とか呼ばれるが、暮田真名が愛用するので、若い世代にも浸透してきているようだ。ここでは「ゆらめく」「ゆらめき」という同語反復によって一句を成立させている。
この二句を見るだけでもササキリが現代川柳の技術をマスターしていることがうかがえる。問題はそこからどう新領域を切り開いていくかということだ。

腐った喉でささやく馬場にオムライス
問十二 豆電球で呵責せよ
椅子は椅子だったとしてもママが好き
必ずや無職の天使がやってくる
マダガスカルの治安を乱すな

「問十二 豆電球で呵責せよ」「必ずや無職の天使がやってくる」などは従来の感覚で理解できる作品。この作者独自の言語感覚は「馬場にオムライス」「マダガスカルの治安」にあるだろう。人名を使った川柳もおもしろいが、先行作品として川合大祐などが思い浮かぶ。

サマセット・モームが巨大化する梅雨 川合大祐
エラスムス背中の汗でもらい泣き   ササキリユウイチ

12月、小池正博句集『海亀のテント』(書肆侃侃房)刊行。
川柳句集が次々に発行されるので、キャリアの長い川柳人は自分の現在位置を句集で示す必要がある。感心してばかりもいられないのだ。それなりに長く川柳に関わっていると生まれてくる虚無感について、川上日車は『日車句集』の序で次のように書いている。「人生の果てに辿りついた私は、これでなにもすることはない。ただ、峻烈な世上の批判は、やがて一句も遺さず削ってくれるであろう」
今年読んだ川柳誌の中で印象に残ったのは佐藤みさ子と柳本々々の往復書簡「わたしって、なんですか?」(「What’s」2号)だが、佐藤みさ子の「わたし」がどのようなものなのかは「虚無感との闘い/裁縫箱」(「セレクション柳論」所収)を読めばよくわかる。

昨年から今年にかけて、現代川柳に関心をもつ人が増えたのは、ひとつは短歌界隈の表現者で川柳の実作をする人が現れたこと、もうひとつはネットやSNSを主な発表舞台とする表現者が目立つようになったことによる。個人で発信できるツールが増えたことによって、従来の結社・句会や新聞の川柳欄・同人誌などの紙媒体を中心とした川柳活動とは無縁なところで作品を発表することが可能になっている。
そういう状況が進んでいるのは短歌の世界で、「かばん」12月号の特集「ネット短歌の歩き方」が参考になる。荻原裕幸と東直子の対談が興味深いし、「ネット短歌の歩き方・ガイド」のコーナーでは、短歌の総合サイト、投稿サイト、Twitter、LINE、ツイキャス、Twitterスペース、YouTube、夏雲システム、note、ネットプリント、Zoomなどが紹介されている。川柳の世界でもネットを駆使する世代が今後増えていくのだろう。ネット川柳はリアルの句会で言葉を鍛えられる機会を飛び越して自由に自己表現ができるので、新鮮である反面危ういところもある。リアル句会では新人が次第に既成の川柳イメージにとらわれて面白味のない作品を量産するようになることもある。それぞれプラス・マイナスがあるだろう。どのような方法で川柳にかかわってゆくかは個人が決めることだが、現代川柳の世界が今後どのように進んでゆくのか、来年に向けてのさらなる展開を期待している。