伊那で発行されている川柳誌「旬」。
創刊はけっこう古くて1992年3月、この7月で206号を数える。
代表・丸山健三、編集・樹萄らき。
私自身はしばらく交流が途絶えていたが、昨年の「川柳カード」大会や今年の「川柳フリマ」などで「旬」のバックナンバーが配布され、関西でも読者が増えつつあるようだ。
さて、「旬」7月号を紹介すると、まず表紙裏に「相乗りをお願いされる観覧車」「知りあいらしい人と乗るジェットコースター」(大川博幸)の句がそれぞれ観覧車とジェットコースターのイラストに重なるかたちで描かれている。毎回、前号作品からピックアップしたものをイラスト入りで紹介されている。
続いて「せせらぎ」の欄で前号からの推奨句がピックアップされている。
同人作品は各10句。
特技などない方がいいかまわない 池上とき子
数ミリのズレに気づかぬふり二人 桑沢ひろみ
ひと呼吸ほうら世界とつながった 千春
唐突に首狩りに出て帰る道 川合大祐
音質を変えたいために風邪をひく 柳本々々
ようカラス君等の歴史強いねえ 樹萄らき
鳥もまた横切っている空のもと 小池孝一
病院はビジネスの顔しています 竹内美千代
本能のままに生きたいけれど眠い 大川博幸
愛の手を避けてあさがお伸びてゆく 丸山健三
千春の作品には「再生」の主題があり、回復のあと再び「世界」とつながってゆく喜びが感じられる。
川合大祐には作者の実体験とは次元の異なる「言語作品」を作りあげようという意識が顕著だ。「泳いだかトリケラトプスだった夏」など異なった時間・空間を一句のなかで重ねあわせる書き方がある一方、「檻がある町のラーメン屋の格子」など「檻」という川合のこだわり続けているテーマが詠まれてもいる。「川柳カード」11号に飯島章友が「ドラえもんは来なかった世代」として川合大祐論を書いているなど、川合はいま注目されている若手川柳人である。句集を出す予定があるそうだから、上梓が楽しみだ。
柳本々々はこのところ「啄木忌」「ベーダ―忌」など「忌日シリーズ」を続けている。今回は「カフカ忌」。俳句では忌日は季語となるが、川柳で季語ではない忌日を詠むとどうなるか、興味深い試みだ。忌日と何かの取り合わせというのではなくて、「カフカ」からの連想で自由に作品を作っている。「グリーンのよしだ・よしおが止まらない」という句もあって、カフカならぬ「よしだ・よしお」(誰なんだ?)という人名が使われていたりする。川合大祐は「旬」5月号で、柳本が柳俳混合のそしりを受けるリスクを冒してまで、なぜ「忌」にこだわるのか、という問題提起をしたうえで、意味のない(逆に言えば「無限に意味の可能性を秘めた」)言葉を起点とすることによって、「無限」へと解放すると述べている(このときの柳本作品のタイトルは「コンビニ忌」という偽季語だった)。
樹萄らきは啖呵を切るようなスタイルでフアンが多い。「杜人」250号誌上句会には「いま朝を連れてくるから待ってろよ」という句が掲載されていた。
丸山健三は10句の頭文字をつなげると一つの意味になる仕掛けになっていて、今回は「あさがおとなつのかぜ」。掲出句、「愛」と「あさがお」という言葉の出自はここから。折句ではないが、いろいろな作句法があるものだ。
同人作品以外に、6コマ漫画やエッセーなど、バラエティに富んだ誌面構成になっている。
最後に、今年の5月に伊那公民館のロビーに展示された「旬」の作品の写真が掲載。この展示は「川柳の仲間 旬」のブログにも写真が掲載されているので、検索すればご覧になることができる。
「旬」は同人作品の掲載と相互の交流を主として、地域に川柳を根付かせようという姿勢もうかがえる。川柳作品の読みについては、前号掲載作品を例会や次号で丁寧に読んでゆくというスタイルのようで、「私の一句推薦」や「ストリーム」の欄が充実している。川柳を楽しんでいることが誌面から伝わってきて、クローズドではないがオープンでもない、中間的な同人誌の在り方なのかなと思った。同人の中では川合大祐と柳本々々が「川柳スープレックス」に参加している。また、川合と樹萄は「裸木」(発行・いわさき楊子)で作品を見かける。伊那という地域に根ざしつつ、元気に川柳発信を続けているグループである。
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