2022年4月30日土曜日

川柳誌あれこれ

暮田真名句集『ふりょの星』(左右社)、4月28日発売になり、大阪では梅田蔦屋書店でサイン本が平積みされている。フェア「はじめての詩歌」もはじまっていて、川柳人からは暮田のほか、なかはられいこも参加している。『ふりょの星』については反響を見てから、改めて触れる機会があると思う。
今回は川柳誌を中心に管見に入った冊子を取りあげることにする。
「湖」は浅利猪一郎の編集発行で秋田県仙北市から出ているが、4月発行の14号には第14回「ふるさと川柳」(誌上句会)の結果が掲載されている。課題は「無」。全国から533名、1310句の投句があった。12人の選者により、入選1点、佳作2点、秀句3点を配点し、合計点で順位を決定する。上位5句を挙げておく。

9点 無になれば跳び越せそうな鉤括弧  梶田隆男
8点 どうしても無職と書かすアンケート 二藤閑歩
7点 埴輪から一度聴きたい無駄話    加納起代子
7点   不愛想な大工多弁な鉋屑      植田のりとし
7点  僕は無名何を焦っていたのだろ   石澤はる子

どの選者がどの句を選んでいるかが興味のあるところで、佳作・秀句で点数をかせぐ句もあれば、まんべんなく入選をとって高得点になる場合もある。ここでは丸山進選と小池正博選の秀句を見ておこう。

秀句(丸山進選)
友がきも兎小鮒も居ぬ故郷   近藤圭介
無愛想な大工多弁な鉋屑    植田のりとし
埴輪から一度聴きたい無駄話  加納起代子

秀句(小池正博選)
埴輪から一度聴きたい無駄話  加納起代子
点景になって舞台の袖に立つ  越智学哲
無作為の美だろう釉薬の流れ  藤子あられ

選者によって取る句が重なったり違ったりするのが共選のおもしろさである。句会は「題」という共通の土俵のなかで競い合うもので、否定論者もいるが川柳の特質のひとつだ。

2005年、丸山進を講師に迎えて発足した「おもしろ川柳会」が17年・200回を数え、記念誌『おもしろ川柳200回記念合同句集』が発行された。「200回分のドラマ」で青砥和子はこんなふうに書いている。「川柳は、人間の喜怒哀楽や森羅万象を自由に詠めるのですから、恐れず、自分の思いを五七五の十七音にしたためてみることです。ただここで気を付けることがあります。それは、人目を気にして、句が美談やスローガンになってしまうこと」

黙食はずっとしている倦怠期    浅見和彦
落ちていた一円硬貨あざだらけ   佐藤克己
焼き鳥の煙魔界に入ります     中川喜代子
なぜ戦うこんなきれいな星なのに  金原朱美子
今ならば竜馬は月へ行ったはず   真理猫子
グーを出す引き下がらないように出す 青砥和子
性格はアルカリ性の友ばかり    丸山進

巻末に丸山進の「思い出の川柳」という文章が収録されている。
「1996・8月 仕事は現役のシステム屋で、全国あちこちの顧客へ出張が多かった。新幹線の中、週刊誌(文春)をよく読んだ。川柳コーナーがあり、初めて入選したのが時実新子選の『いい人は悲劇の種を抱いている』だった。これで病みつきとなり、投稿を続け何度か入選した」
定年退職後、公民館や体育館で夜勤の業務を行うようになり、公民館の職員から川柳講座を依頼される。2005年5月、川柳講座「おもしろ川柳」のスタート。
川柳への入り口と川柳人のひとつの軌跡を示しているので、丸山進の場合を紹介してみた。

もう一誌、丸山進が関わっているのがフェニックス川柳会(瀬戸)。この4月で10年の節目を迎えるという。「川柳フェニックス」17号から。

コロナがハブでワクチンがマングース  北原おさ虫
輪廻待つ列にうっかり並んだの     長岡みゆき
透明になってやりたいことはない    稲垣康江
うっかりと三角なのに丸くなり     三好光明
梨・葡萄元のサイズに戻りたい     安藤なみ
獣だけ欲しがる土地は持っている    高橋ひろこ
月光を飲んで治した夢遊病       丸山進

数年前の句集だが、最近読む機会があった青田煙眉(青田川柳)の『牛のマンドリン』(2018年、あざみエージェント)から。

蟻一匹 美しい本だった 上った  青田川柳
蝶蝶の春 空気の布団が濡れる
馬が算盤をはじいて戦後の荷を下す
コーヒーの中で少女の時計が射たれた
一つの寝袋に黙って森が入ってます
牛のマンドリンを聞く騎兵―秋の胃
橋がかり少年螢になったまま
目が咲いた一生かけて咲きました

山村祐は「牛のマンドリン」の句をシュールレアリスムの現代川柳として評価した。
川柳新書「青田煙眉集」(1958年11月)で彼は「新しい実験を試みること、川柳を通して現代の危機を描くこと、この二つは私自身にとっても創作上大切なことなのです」と書いている。
根岸川柳は「連唱」という形式を発案し、青田はそれを普及させようとした。連唱は連句とは異なり、約束ごとにとらわれず、発句から挙句までほのかな連鎖をもって自由に展開したものだという。句数は決まっていないようである。次に挙げるのは青田煙眉作品で、「川柳新書」掲載の連唱「時計の裏」、19句のうち最初の6句である。

洗面器濡れない雲を摑まえる
 鼻の奥から古いフイルム
生生流転、犬好きの犬だった
 胎児を嗅げば金網がある
東条の掛算に両手でイコール
 棒の孤独は―影が冬です

2022年4月22日金曜日

「幻想の短歌」―「文學界」5月号

今月の短詩型界隈で最も話題になったのは、たぶん「文學界」5月号の特集「幻想の短歌」だろう。巻頭表現、我妻俊樹の「小鳥が読む文章」10首が掲載されている。

セロファンの春画の朝凪にのまれていなくなろうとしてたのかしら 我妻俊樹

堂園昌彦による幻想短歌アンソロジー80首、10人による短歌7首、批評やエッセイ、座談会など盛沢山な内容だが、大森静佳・川野芽生・平岡直子の座談会「幻想はあらがう」に注目した。この三人は『葛原妙子歌集』(書肆侃侃房)の「栞」に文章を書いている。葛原妙子は「幻視の歌人」と呼ばれているが、川野が「幻視者の瞼」という捉え方をしているのに対して、平岡が見慣れた景色(言葉)を見慣れない景色(言葉)に再構成することが葛原の「写生」であり、「幻視、といわれたら半分悔しいと思う」と書いていたのが気になっていた。今回の対談では文脈は異なるが、「この三人の中で、いちばん『幻想的』と言われるのは私だと思うんですけど、意外と私、幻想的ではないんですね」と川野が言っているのがおもしろかった。現実よりファンタジー・異界の方がリアルだというのが川野のスタンスだとすれば、現実に対する批評性もそこから生れてくるだろう。一方で、リアルな世界に対して独自な見方をすることで結果的に幻想につながっていく(読者にとって)のが平岡の短歌なのかなと思った。
平岡の紹介に初の川柳句集『Ladies and』(左右社)が5月下旬に刊行予定とある。また特集では暮田真名が我妻俊樹の短歌について書いている。暮田の句集『ふりょの星』も近日発行されることになっている。

前回紹介した『なしのたわむれ』だが、須藤岳史がヴィオラ・ダ・ガンバについて語っているところが興味深かったので書き留めておく。この楽器は18世紀の後半に姿を消してしまったのだが、20世紀になってから再発見された。忘れ去られたのはこの楽器が王や貴族に愛されていたので、フランス革命のときにアンシャン・レジームの象徴とみなされたことと、音楽の場が宮殿や貴族の邸宅からコンサートホールに移ったため、楽器が広い会場でもよく聞こえるものに改造されていったからだという。変化を続ける社会への対応を拒んで消えて行った楽器を、須藤は「敗者」ではなく「無冠の王のような楽器」と書いている。あとコロナ禍で演奏会がキャンセルになる状況について、演奏会がなくても音楽家は練習をするが、やはり本番がないと下手になるというところ。また、良い音は文脈のなかで決定されるというところ。文芸においてもいろいろな意味で関係性が重要な契機になるのだろう。

「川柳スパイラル」14号の特集「今井鴨平と現川連の時代」で「川柳現代」の11号・14号が手元にないと書いたところ、野沢省悟に送っていただいたので、両号に掲載されている作品を紹介しておく。牛尾絋二の柳俳誌時評にも注目した。

石と寝て石の奇蹟を五色に睡むる     横山三星子
銀の壺奴隷の卑屈さを耐える       定金冬二
〈私〉を綴じ込んで脹らんでゆくカルテ  柴崎柴舟
生きてきて 生きていて 屈辱の膝がしら 時実新子
波が空缶を洗いバカンスに嘔吐する    中島正行
防人歌虫の滅びて地の憂ひ        篠崎堅太郎

岡山の詩誌「ネビューラ」の代表・壺阪輝代はセレクション柳人『石部明集』(邑書林)で石部明論を書いている。同誌80号「ふるさとの在り処」で壺阪は石部の次の句に触れている。

空瓶の転がりゆくはわが故郷   石部明

この句について「石部明論」では次のように書かれていた。
「年を経るごとに、詰まっていたものが減っていき、ついに空っぽになっていくという現実。その虚しさに気づいた時、故郷が靄の中から浮かび上がってくる。そこへ向かって転がっていく空瓶は、作者自身に他ならない。この故郷は、生まれ育った故郷というよりも、生まれる前に棲んでいた故郷のように私には思える」
これに付け加えて壺阪は今号の「ネビューラ」で「この句に出会った時、私は自分の内面を見透かされているような衝撃を覚えた。『作者自身』の箇所を『私自身』に置きかえれば、この感想は、私自身に向かって言っている言葉なのだ」と言う。
壺阪が『石部明集』で取り上げていた他の句も紹介しておこう。

傘濡れて家霊のごとく畳まれる   石部明
折鶴のほどかれてゆく深夜かな
手を入れて水の形を整える
死顔の布をめくればまた吹雪

石部明について繰り返し語ることが必要だ。

2022年4月15日金曜日

小津夜景・須藤岳史『なしのたわむれ』―付合文芸としての往復書簡

紀野恵が編集している短歌誌「七曜」に紀野は「楽天生活」というタイトルで漢詩と短歌のコラボレーションを連載している。たとえば203号(2022年3月)では白居易の漢詩「早朝思退去」に次のような訳が付けられている。詩・白居易/歌・紀野恵&ハク(白猫)。

霜嚴月苦欲明天  しもはきびしく つきさへにがい
忽憶閑居思浩然  かつてのんびり 暮らしてゐたが
自問寒燈夜半起  さむくてくらい うちからおきる
何如暖被日高眠  もつとぬくぬく あさ寝がしたい
唯慙老病彼朝服  いいとしなのに 仕ごとを辞めず
莫慮飢寒計俸錢  もつと欲しいと かねをかぞへる
隨有隨無且歸去  もういいだらう もういいかげん
擬求豐足是何年  いまがまんぞく するときなんだ

漢詩は七言律詩だが、それぞれの漢句に対応するような短歌が八首掲載されている。最初の「月」の歌と最後の「満足」を紹介しておこう。

あかときの月が苦しい照らさないで照らさないでと眠る鴨たち
故郷には何んにも無いんだ満ち足りたそらが包んでゐるだけだつた

歌の作者は紀野恵&ハク(白猫)ということになっている。手の込んだ試みで、まず漢詩と現代語訳の取り合わせがある。漢詩の訳としては、井伏鱒二の『厄除け詩集』(人生足別離・さよならだけが人生だ)などが思い浮かぶが、紀野はさらに短歌を取り合わせることによって重層化させている。短歌だけを独立させて読むこともできるが、発想の起点になった漢詩と重ねて読むと複雑な味わいとなるようだ。

小津夜景・須藤岳史の往復書簡『なしのたわむれ』(素粒社)が好評だ。小津はフランス・ニース在住の俳人・エッセイスト、須藤はオランダ・ハーグ在住の古楽器奏者。この二人による書簡のやりとりが24通収められている。ⅠとⅡに分かれ、Ⅰの第1信から第12信までは小津の書簡が前で須藤が後、Ⅱの第13信から第24信までは須藤が前で小津が後というように前後が交代している。連句の歌仙では両吟の場合、途中で長句・短句が入れ替わる「あさり場」というのがある。前句と付句の順が交代するように、書簡の順も交代するのだと思った。小津はこれまでも連句の方法について語っていて、本書にも連句についての言及があるが、それは後で触れることにする。
第1信は小津の手紙である。空と海の話のあとに、紀野恵の短歌が引用されている。

ことりと秋の麦酒をおくときにおもへよ銀の条がある空  紀野恵

「銀の条(すじ)」とは悲しみに目もくれない鳥のようにからっぽの空を飛んだものだけがのこす存在の架空の傷跡、だと小津は言う。
第2信は須藤岳史の手紙。須藤はエミリー・ディキンソンの詩や葛原妙子の短歌について触れている。

晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて  葛原妙子

前の手紙に触発されながら、その連想によって自らの思索を深めてゆく。この往復書簡は何だか付け句のやりとりに似ている。そのことに小津は自覚的で、第7信に連句のことが出てくる。芭蕉七部集の歌仙「市中は」の巻。そして小津が冬泉や羊我堂と巻いた歌仙「宝船」。「おわりに」(小津夜景)には〈連載が始まってすぐ「この往復書簡は『対話』ではなく、連句の付けと転じによる『響き合い』の作法に則ったほうがよさそうだ」と気づき、ちょっとだけ軌道修正されました〉とも述べられている。この人は意識的な表現者である。
その二人の「付けと転じ」「響き合い」については、実際に本書をお読みいただきたいが、付けと転じは書簡のやり取りだけではなくて、それぞれの書簡の内部にもうかがえる。
書名にもなっている第3信「なしのたわむれ」ではワインや梨酒の話から梨を詠んだ次の狂歌が引用されている。

梨花一枝あめよりむまき御肴は類もなしの花の白あへ   平秩東作

『狂歌若菜集』に掲載されていて、梨の白和えを肴に酒を飲んだときの作品。白居易の「梨花一枝春雨を帯びたり」を踏まえたうえで、梨の白和えの方が類ないという。梨は「ありのみ」とも呼ばれるから、連想は存在と非在についての考察へ、さらにマルグリット・デュラスの「私は一日中海をながめているような人間じゃないわ」という発言につながってゆく。まさに連句の「三句の渡り」のようだなと思い、勝手に付合に変換してみた。

酒肴には梨の白和えいかがです
 あるのですかと風のおもかげ
一日中海を見ているわけじゃない

自己の内部における連想のつながりと、自己と他者のあいだの詩想の受け渡し。往復書簡も一種の付合文芸なのだなと思った。「連句への潜在的意欲」を唱えたのは浅沼璞だったが、連句的発想はさまざまなジャンルや場面で潜在的に、顕在的にあらわれてくるもののようだ。

和漢連句という形式がある。和句と漢句のコラボで、押韻などのルールもあるが、説明は省略して、『第七回浪速の芭蕉祭献詠連句入選作品集』(平成25年)から和漢行半歌仙「たてよこに」の巻の裏の部分を紹介しておきたい。

惜春に塵界の人懐かしく   赤田玖實子
同床異夢もアバンチュールよ 鵜飼佐知子
  妻 推 測 夫 嘘   木村 ふう
  小 面 化 般 若   赤坂 恒子
  佳 酒 注 墓 石   梅村 光明
  秋 涼 訪 古 瓦     玖實子

2022年4月10日日曜日

堀田季何『人類の午後』

この句集については本欄の1月7日でも少し触れたが、そのときは句集の全体像について述べる余裕がなかった。というより、テーマが大きすぎて私には扱いかねたと言った方がよい。いまウクライナで戦争がはじまって、この句集がいっそうリアルで重要なものになったように思われる。すぐれた句集は予言的である。
『人類の午後』は前奏・Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・後奏の五章に分かれ、Ⅰは雪月花、Ⅱは各種季題、Ⅲは四季の句を収録している。前奏ではナチや戦争、テロなどが詠まれており、後奏では現代日本の日常性にひそむ危機意識が詠まれている。旧字・旧かな使用。まず前奏から紹介しよう。巻頭句の前に次の言葉が前書きのように置かれている。

リアリティとは、「ナチは私たち自身のやうに人閒である」といふことだ。(ハンナ・アーレント)

一九三八年一一月九日深夜
水晶の夜映寫機は砕けたか
息白く唄ふガス室までの距離

「水晶の夜」(クリスタル・ナハト)はドイツで起きた反ユダヤ主義の暴動で、シナゴーグなどの建物が破壊された。飛び散ったガラスの破片が月光にきらめいていたので、水晶の夜と呼ばれている。破壊されたものの中に映写機のレンズもあったのだろうか。現実の像を映す映写機の役割。この事件がひとつの転換点となって、ホロコーストへとつながってゆくことが第二句によって示されている。

和平より平和たふとし春遲遲と
戦爭と戦爭の閒の朧かな

後奏は「飽食終日」として次の句が掲載されている。

春の日の箸もて挾むハムの片

「片」には「ひら」とルビがふられている。前奏の戦争やテロに対して日常性を対置するには「食物」の素材がふさわしい。

惑星の夏カスピ海ヨーグルト
鷲摑みに林檎や手首捻れば捥げ
湯豆腐やひとりのときは肉いれて

前奏と後奏にはさまれた部分は時空を超えた世界の森羅万象が素材となっている。連句の歌仙一巻が36句でコスモロジーを表現するように、この句集一冊で人類の古今東西の歴史や文化をちりばめた構成になっている。
Ⅰに収録されている雪月花の句は次のようなものだ。

雪穴を犬跳ねまはる崩しつつ
雪女郎冷凍されて保管さる
語るべし月の怪力亂神を
龜ケ崎遮光器土偶花待てる

それぞれの連作の中から一句だけ抜いているのでわかりにくいかもしれないが、屈折した美意識が見られる。連作ひとつめの「雪」には「雪が溶けると、犬の糞を見ることになる」というイヌイットの諺が添えられ、ふたつめの連作には「雪女郎=人権なき者」とされている。「月」は死の意識と結びついており、「花」は青森で発掘された土偶の眼を通して捉えられる。花の句の前には『三冊子』(「白冊子」)の次の言葉が添えられている。

「花といふは櫻の事ながら都而春花をいふ」

「都而」は「すべて」。俳諧(連句)では「花」は桜のことであるが、「花」という言葉を使わなければ正花(花の座)にならない。逆に、梅・菊・牡丹など桜以外の花を下心に隠して「花」と詠んだ場合でも正花になる。堀田の次のような句は背後に何を隠しているのだろうか。高野ムツオが言うようにすべてが桜だとしても、それは何と変容されていることだろう。

花の樹を抱くどちらが先に死ぬ
花降るや死の灰ほどのしづけさに

では恋は? Ⅱのなかに「陽炎の中にて幼女漏しゐる」という句があり、恩田侑布子が「栞」で取り上げている。私は『犬筑波集』や川柳を連想する。

佐保姫の春立ちながら尿をして  山崎宗鑑
かげろうのなかのいもうと失禁す 石部明
陽炎の中にて幼女漏しゐる    堀田季何

「前奏」に戻ると、次のような句が収められている。

片陰にゐて處刑臺より見らる
ミサイル來る夕焼なれば美しき
息白く國籍を訊く手には銃
ぐちょぐちょにふつとぶからだこぞことし

1月7日の時評で私はこんなふうに書いている。 「この作者が相手取っているのは人類史全体ということだろう。古今東西の歴史や文化、政治経済などの人類の営みそのものがテーマなのだ。こういう試みは現代川柳で行われてもよいはずのテーマである。批評性こそ本来、川柳の得意とする領域であったはずだ。現代川柳はサタイア(諷刺)とポエジー(詩性)の両立を目指しているように思えるが、堀田の場合にはテーマは重くても表現は重くれに陥らず、俳諧性を失っていないところがやはり俳句なのだろう」
ここで次の二句を並べてみようか。

地球儀の日本赤し多喜二の忌  堀田季何
鶴彬以後安全な川柳あそび   渡辺隆夫

川柳の場合、社会的事件は時事句の中にあらわれてくる。ウクライナを詠んだ川柳も近ごろ散見されるが、最近の時事句ではコロナを詠んだ次の作品が印象的だった。

ええ時計してますやん株さん!!   中西軒わ(「川柳スパイラル」14号)

株屋のことではなくて私はオミクロン株のことだと受け取っている。ウイルスに対して「ええ時計してますやん」とおちょくってみせるのは一種の俳諧性であり、川柳精神である。
『人類の午後』にはこんな句もある。

とりあへず踏む何の繪かわからねど
風鈴の音また一人密告さる
秋深き隣の人が消えました

『人類の午後』を読み直してみて改めて感じたのは、この作者が俳諧の伝統を踏まえたうえで作品を書いているということだ。連句への造詣は随所にうかがえるし、重い現実と向かい合うとき俳諧精神が支えになる。『人類の午後』は俳諧精神が現実と切り結ぶところに生れた句集だろう。

2022年4月1日金曜日

ネット川柳とリアル句会の分断

4月に入った。久しぶりに角川『短歌』を買ったのは、4月号に掲載の平岡直子の短歌がお目当てである。

宝石より宝石箱がすきなこと一パーセントになってからだね  平岡直子

平岡の短歌にはときどきアフォリズム的なフレーズが現れる。作者にはそんなつもりがないかもしれないが、読む方がそう受け止めるのだ。「宝石」より「宝石箱」が好きという断言が一種の箴言を思わせる。
あと、特別企画として全国の大学短歌会が紹介されている。かつて筑紫磐井は若手俳人の登場に対して、「若手は甘やかされて育つ」と言ったことがあるが、そういう面はあるかもしれない。

「近づきたい だけど理解はされたくない」雨音だけが=のまま  山下塔矢
彼もまたオリーブオイルを選ぶから年齢詐称は今日でやめよう   永井さよ
生れる前のデビューアルバム聴き擦ってあたし神格飛び火しました 府田確
大きいコメダ 小さいコメダ どこにいてもそれなりに楽しくてくやしい 伊縫七海
近づいたら工業廃水だったこと をわざわざ書いて送る絵はがき  関寧花

この号、歌壇時評も興味深い。前田宏「世代間の分断とは何か」は価値観の多様化による世代間の分断について書いている。かつて篠弘は1993年版の『短歌年鑑』で次の三つの世代の分極について述べたという。

茂吉・白秋・空穂・文明らの影響を受けた戦前世代から戦中派の人たち
昭和30年代から現代短歌運動を目撃し、それを超えようとする試みを展開する人たち
俵万智以降のライトバース時代に出現し、口語文体によって時代の雰囲気を捉えようとする人たち

現代では戦前世代が減少して二区分になっているが、現在の分断は世代の違いによるのではなく、結社と非結社の間にあると前田は述べている。結社は年長組、非結社は年少組が多いので、世代間の分断のように見えるが、問題の本質は「結社という各世代を串刺しにする継承・教育システム」と「非結社という若手世代中心の自己教育システム」が併存しているところにあると前田は見ている。この対立は歌評方法にもあらわれていて、「作者の言葉選びや叙述の適否を評しながら作品世界を作者と読者で共同創造していこうとする」方法(読みを通じて一首を深化していこうとする価値観)と「そう書かれたんだからそう書くだけの理由があると理解しないといけない」という方法(一首を既に完成形と見て享受しようとする価値観)に分かれていく。
前田の分析が興味深かったのは、川柳にひきつけて考えると、ネット川柳と結社句会の川柳の分断を感じるからである。従来の川柳においてはそのような分断は見られなかった。ネットを駆使するような若い世代の川柳人が皆無だったからだ。ところが近年になってネットを主戦場とする表現者が増えてきて、リアルの川柳句会を経験しなくても自由に作品発表が可能となっている。既成の川柳界とは無縁のところで作品が書かれていて、互いに影響を与えることはないが、今後の推移を見まもっていきたい。

さて今回は、従来型の川柳誌をいくつか紹介しておく。
京都で隔月に発行されている「川柳草原」120号(2022年3月号)から会員作品。

排他的水域を横泳ぎする     河村啓子
ハッシュタグ星の話を聴きにいく みつ木もも花
激痛を伴うほどの嘘じゃない   岡谷樹
五本指の靴下それぞれの孤独   柳本恵子
発禁の詩歌がとぐろを巻いている 高橋蘭
かじかむ手ひたせと雪国の人の  徳山泰子
走るのに疲れ休むのにも疲れ   中野六助

次は同誌の句会作品。

百舌よ百舌それは私の薬指    酒井かがり
羽根つきぎょうざの羽根があるではないか 森田律子
人形のまま長い夢見続けて    岡谷樹
木の椅子に時が坐った跡がある  嶋澤喜八郎
傘立てに花子の冬が残されて   清水すみれ

「凜」89号から。

試されていたのは僕の方でした  こうだひでお
足音は次女久しぶりの廊下    辻嬉久子
愛想笑いの栓を閉め忘れた昨日  桑原伸吉
冷蔵庫の聖地にタマゴしまし顔  永峯八重
行間にウエストミンスターの鐘  中林典子
最後の一葉の夢 飛ぶ教室    里上京子
尖ってた頃の青くさい疲れ    笠嶋恵美子
こいびとのこゆびましろきすりりんご 内田真理子

「川柳北田辺」123号では中山奈々の川柳作品に注目。

火鉢から酢茎でてくるまで眠る    中山奈々
あかさたなはま病んでラーメン啜る
木星が見えるまでバターを塗った
通り魔と目されている舌シチュー
とろ箱を棺桶としてビスタチオ
いざなみのみこと愛用のしょう油

これだけ奔放な句だと、すでに句会の限界を超えているし、逆に句会(席題)だからこそ瞬発力を発揮して詠めた句だとも言える。

最後に、3月4日のこのコーナーで紹介した「蝶」の木村リュウジの作品が「LOTUS」49号にも掲載されているので紹介する。多行俳句である。

たなびくや    木村リュウジ
夢のたびらの
ゆかたびら

2022年3月26日土曜日

現代川柳クロニクル―2012年~2017年

この時評では「現代川柳クロニクル」と題してゼロ年代の現代川柳の動きを略述したことがある(2021年10月23日・29日)。その際、2011年9月の「バックストロークin名古屋」開催と11月の「バックストローク」36号の終刊で記述が終わっている。ゼロ年代の現代川柳の流れは2011年の「バックストローク」の終刊をもって一区切りとすると理解してのことである。次のテン年代の現代川柳について書かなくてはならないのだが、この時期については個人的な活動が中心となり、極私的な記述になることが避けられないので、ご了解いただきたい。

2012年は石部明が亡くなった年であり、喪失感とともに新しい動きがはじまった年でもある。
同年3月、仙台で大友逸星追悼句会が開催された。川柳杜人社発行の大友逸星遺句集『逸』から抜き出しておこう。

にんげんがややおもしろくなってきた  大友逸星
骨折の訳は言えない笑うから
アメリカのパンツを穿いて動けない
うっかりと握り返してしまったが
バス停をずらす誰も居ないので

4月14日「BSおかやま川柳大会」が岡山県天神山文化プラザで開催される。私は入院中の石部明の代選をした。「石部明さんの代選ということなので、明さんならどのような句を選ぶだろうと思いながら選句した。けれども、結局は自分なりの選をするしかない。その句の前で立ち止まり、なぜなんだろうと考えさせてくれるような〈読みのおもしろさ〉のある句を選んだ」というようなことを選後評で私は言っている。大会の翌日、病院に石部を見舞いにいったが、それが彼と話した最後となった。
「Field BSおかやま句会」23号から。

音声認証 ドアときどき壁或いは君  蟹口和枝
菜の花は悲鳴を映す準備です     小西瞬夏
風はまだリベルタンゴを暗譜中    内田真理子
徳利の首から下は皆女優       くんじろう
鳥の肝鳥のかたちにしてあげる    榊陽子

9月15日、「川柳カード創刊記念大会」が大阪・上本町の「たかつガーデン」で開催される。このとき「川柳カード」はまだ創刊されていない。創刊前に花火を打ち上げようという意図だったが、110名の参加があった。池田澄子と樋口由紀子の対談「素直じゃダメなのよ、疑うところからしか始まらない」11月発行の「川柳カード」創刊号にこの大会の記録が掲載されている。10月27日、石部明逝去。
2013年、3月発行の「川柳カード」2号は「石部明の軌跡」を特集。また4月20日には「石部明追悼川柳大会」が岡山県天神山文化プラザで開催された。
9月28日、第2回川柳カード大会。佐藤文香と樋口由紀子の対談「トレンディな俳句・ダサおもしろい川柳」。
2014年4月19日、「第3回木馬川柳大会(創立35周年記念大会)」が高知市で開催された。「ありえない十七音に逢えるかも」というテーマで、味元昭次と兼題「ゼロ」の共選をした。「川柳木馬」140・141合併号から。

ゼロの箱からふとん屋の声がする  樋口由紀子
ゼロじゃないまだ一本の松がある  藤本ゆたか
すずらんの頷くほどの自分探し   山本三香子
彗星だと言いはる筒状の冷気    内田万貴
午前中なら消印は海ですが     徳長怜子
帝国の版図を熱っぽく語る     古谷恭一
早送りしても私は紙吹雪      郷田みや

7月20日、「川柳ねじまき」創刊。

(せり、なずな)だれか呼ぶ声(ほとけのざ) なかはられいこ
敬老の日にいただいた電気椅子        丸山進
わたしたち海と秋とが欠けている       瀧村小奈生
歩いたことないリカちゃんのふくらはぎ    八上桐子

9月10日、『新現代川柳必携』(田口麦彦)発行。
「川柳カード叢書」として『ほぼむほん』(きゅういち)が9月に発行される。これに続き2015年1月に『実朝の首』(飯田良祐)、5月に『大阪のかたち』(久保田紺)が刊行。

ほぼむほんずわいのみそをすするなり きゅういち
経済産業省へ実朝の首持参する    飯田良祐
ぎゅっと押し付けて大阪のかたち   久保田紺

2015年5月 17日、大阪・上本町で「現代川柳ヒストリア」主催の「川柳フリマ」を開催。「文学フリマ」から刺激をうけて、川柳でもフリマができないかという試みである。「雑誌で見る現代川柳史」として、「鴉」「天馬」「鷹」「不死鳥」「馬」「川柳ジャーナル」「川柳現代」などの柳誌の展示と解説。ゲストに天野慶を迎えて対談「川柳をどう配信するか」。フリマの出店は7団体あり、瀬戸夏子と平岡直子の参加が大きな出来事だった。
9月12日、第3回川柳カード大会。柳本々々と小池正博の対談「現代川柳の可能性」。

2016年5月22日、第二回「川柳フリマ」開催。「句集でたどる現代川柳の歩み」の解説は石田柊馬。対談「短歌の虚構・川柳の虚構」のゲストは山田消児。出店は12グループ。
7月3日、第67回玉野市民川柳大会が開催される。男女共選の川柳句会で、全国から人が集まったが、この大会を最後に終了することになった。「川柳たまの」472号にはさまれた前田一石の挨拶文には次のように書かれている。
「玉野市民川柳大会は多くの川柳作家に可愛いがられ、親しまれ、また期待されてきましたが、この67回大会をもって終わらせて頂きます。参加された方々をはじめ、多くの仲間たちには誠に申し訳ないことですが、当玉野の会員の高齢化、減少は如何ともしがたく、ここ数年来の最大の問題点でありましたが、改善するに至りませんでした」
最後の大会の特選句を挙げておく。

「姿勢」新家完司選  車椅子押して姿勢を立て直す   畑佳余子
「姿勢」酒井かがり選 フィギュアの僕がおどけて少年A 北原照子
「化石」石田柊馬選  肉食系女子の化石に違いない   柴田夕起子
「化石」草地豊子選  出兵の父は化石になり帰還    原 修二
「太陽」きゅういち選 三回噛むとプチプッチとお日様  浜 純子
「太陽」長谷川博子選 太陽を今日は半分だけもらう   西村みなみ
「潜む」古谷恭一選  滝田ゆうわたしの路地に潜んでる 斉尾くにこ
「潜む」榊陽子選   潜むには大きな音を出すカバン  川添郁子
「高」 前田一石選  だらだらのばす七月の座高    中西軒わ

12月23日、墨作二郎没。91歳。

2017年3月、「川柳カード」14号で終刊。
5月6日、川柳トーク「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」(中野サンプラザ)開催。このときはじめて暮田真名に会った。
11月4日、「川柳杜人」70周年
11月「川柳スパイラル」創刊。

書かなかったことも多いが、「川柳スパイラル」創刊以後のことは現在進行形であり、これからのことに属する。

2022年3月18日金曜日

前句付と川柳味―石田柊馬の川柳論

近所の公園を歩いているとツグミの姿を見かけることが多くなった。けっこう何羽も見つけることができる。冬の間は単独行動をするようだが、北へ帰るときには群れになるので、そろそろ集まりだしているのだろう。もうすぐツグミの姿が見られなくなるはずで、季節は確実に進んでいる。

少年の見遣るは少女鳥雲に   中村草田男

この鳥雲はどの鳥のことだろうか。急に気になってきた。ツグミだろうか。季語が比喩的に使われているけれど、どの鳥を思い浮かべるかによってイメージが多少変わってくる。高橋和巳に「飛翔」という短編があり、一時期高校の教科書にも載っていた。この小説の鳥の群れはツグミだろうが、最後は霞網にかかって死滅する。壊滅してゆく学生運動と重なるイメージである。

今回は川柳のルーツである前句付について触れてみたいが、そういう気になったのは本を整理していて、雑誌のバックナンバーが出てきたからである。「翔臨」71号(2011年6月)に石田柊馬の「川柳味の変転」という文章が掲載されていて、興味深い内容になっている。石田はまず次のように述べている。

「川柳の性質は前句附けで出来上がった。俳諧でいわれる平句が川柳のポジションであり、前句附けでは、先に書かれた七七を受けて五七五を展開する受け身が、川柳味と書き方をつくった。『誹風柳多留』は、前句附けの書き手がうがちと省略を合せる遊戯感覚の書き方をいまに伝えている」

石田の本文では「前句附け」、私の文中では「前句付」という表記にしておく。俳諧と川柳の関係を史的にとらえる視野をもっていたのは前田雀郎だったが、現代川柳の作者のなかで、川柳を前句付と関連させてとらえたのは河野春三であった。春三は前句付に遡ることによって、「うがち」などの三要素とは異なる生活詩としての川柳の可能性を唱えた。石田柊馬も前句付から説き起こしており、川柳を俳諧の平句と位置付けている。「川柳性」という言葉を使うと、何が「川柳性」なのかむずかしい議論になるが、石田は「川柳味」という言葉を使っていて、古川柳から現代川柳にいたる川柳本来の持ち味というくらいのニュアンスだろう。その「川柳味」には「うがち」と「省略」のふたつが含まれると見ている。以下、彼のいうところを辿ってみよう。
石田はまず川柳味の場として「句会」を取りあげている。
「近代化を目指した明治の時代に、先達は前句附けの受動性から、近代的な能動性を求めた。野球でいえばキャッチャーからピッチャーに変わっても川柳が書けると判断した」
前句付を前句からの受動性と見れば、一句独立した川柳は能動性となる。それをキャッチャーからピッチャーへの変化に例えているのは川柳人らしいサービス精神だろう。
「今の眼で見れば、前句附けの質を題詠に引いたときに、前句附けでの飛躍、うがち、省略などが弱くなったと見えるが、前句附けの感覚を越えて、新しい共感性の文芸を一般化することが近代化の実践であったのだろう。題詠は、主に、問答体の書き方を川柳に定着させた。その代表的な場が句会であった」
川柳味の近代化に関しては、前句付から離れたとはいえ、明治の川柳には『柳多留』を思わせる発想と表現の名残りがあるとして、井上剣花坊と阪井久良岐の作品が挙げられている。では、剣花坊・久良岐以後の近代川柳はどうだろうか。
「近代川柳の佳作の多くは、題詠から離れた創作として書かれた」が、大方のレベルは「自己表出と共感性」の位相にとどまって、飽和状態になり、袋小路におちいったという。そして「川柳味」は題詠の方に現れていたと見る。また「川柳の日常詠は圧倒的に退屈なのだ」とも言い、退屈な川柳への批判として次のような句を挙げている。

舐めれば癒える傷 秋陽を占める犬たち  小泉十支尾
倒されて聴くこおろぎの研ぎすまし    時実新子
草いちめん脱走の快感をまてり      草刈蒼之助
首塚の木に鈴なりのあかるさや      福島真澄

その後に「詩性川柳」の時代がやってくる。「うがち」や「省略」より「私の思い」を上位に置く川柳が主流になる。

母系につながる一本の高い細い桐の木   河野春三
花を咲かせ 二秒ほど血をしたたらす   中村冨二
芒野の顔出し遊び何処まで行く      泉淳夫
水を汲む追っているのか追われてか    岩村憲治

川柳的な省略はほとんど見られなくなり、暗喩(メタファー)の追求が重んじられるようになる。象徴語への依存と暗喩の追及が川柳から省略を遠ざけたのだと石田は見ている。
そんな中で省略によって川柳味を取り戻そうとしている作者として樋口由紀子と筒井祥文が挙げられている。

一から百を数えるまではカレー味     樋口由紀子
良いことがあってベンツは裏返る     筒井祥文

以上、石田柊馬の2011年の時点での川柳観を見てきた。石田は「川柳性」の中核に「川柳味」があり、それが川柳の近代化や詩性川柳によって弱まっていると考えているようだ。「川柳味」を「うがち」と「省略」に限定すればそのような把握になるだろうが、限定的な「川柳味」よりも広義の「川柳性」にはもっと様々な要素が含まれる。「川柳の味」というようなものは確かに存在するし、私も「川柳味」を否定しないが、前句付や伝統川柳のなかだけに「川柳味」があるとも思わない。「詩性川柳」の行きづまりに関しては、行きづまったのは「私性川柳」であり、「詩性」と「私性」を分離することが必要だというのが私の立場である。川柳が前句付をルーツとすることから、前句あるいは題からの飛躍によって川柳の一句が成立するとすれば、現代川柳の詩的飛躍は川柳の本質や構造をふまえた正統的な方向だとも思っている。石田柊馬の「川柳味の変転」論を読み返してみて、いろいろ思うところがあったが、現在進行形の川柳の動向のなかで今それぞれの表現者がどのような位置にいるのか確認しておくことが重要だろう。