2016年5月13日金曜日

飯尾麻佐子と女性川柳

「水脈」42号(2016年4月)に浪越靖政が「追悼・飯尾麻佐子」を書いていて、彼女が昨年7月に亡くなっていたことを知った。私は彼女に直接会ったことはないが、このすぐれた女性川柳人について書き留めておきたい。
北海道で発行されている「水脈」は、飯尾麻佐子の系譜を受け継ぐ川柳誌である。浪越は次のように書いている。

〈 「水脈」は麻佐子さんが昭和53年に創刊した「魚」、平成8年創刊の「あんぐる」を引き継いで、平成14年に創刊したもので、麻佐子さんの存在がなかったら、私たちの今の活動はない。 〉

飯尾麻佐子は1926年、北海道・根室市生まれ。のちに札幌市に移住、このころ川上三太郎が北海道に来ることがあって、三太郎に師事、「川柳研究社」幹事となる。その後「川柳ジャーナル」「川柳公論」「川柳とaの会」などで活躍した。

以前、「バックストローク」24号(2008年10月)で「女性川柳の可能性」という小特集を企画したことがあって、一戸涼子が「女性川柳を越えて―飯尾麻佐子と「魚」―」を書いている。一戸は「魚」創刊のことを次のように述べている。

〈 「魚」創刊は麻佐子五十代初めの頃だったと思われる。川上三太郎の言葉「女性川柳という空地を開拓せよ!しかもこの開拓はわれわれ男性がいくらやあろうと思ってもやれないことなのだ」を引用し「現在女性川柳の大半が男性の側によって評価され育成されている。このことは決して悪いとは思わないが、女でなければ心の深部の起伏までは、わかり得ないのは当然である」だから「自らの視点で女性川柳というものを考えてみたい」と書かれている。このテーゼは以降何回も言葉を変えて随所に表れることになる。 〉

現在では想像しにくいことだが、川柳が男性中心だったころの話であり、「男性の側によって評価され育成される」女性川柳のなかにあって、女性による川柳誌「魚」を立ち上げたことは、飯尾麻佐子の先駆性を示すものだ。
ちなみに川柳誌「魚」は昨年の「現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」でも展示しておいた。
「魚」は若い女性川柳人に作品発表の場を与え、大きな刺激を与えた。

前掲の浪越靖政の文章に戻ると、「あんぐる」2号に麻佐子は次のような文章を書いている。

「自分の内部にひとつの世界がなければ、創作はできない」
「誰にも犯されない領域を持つことである。そのうえで、深層のイメージや時間・空間の影響などへ考えが進んでゆくことは、たのしいことである」
「やがて、死と生、愛と憎、部分と全体のように相対するものを、別々に見ないで、同時に二つのものを見る眼をもつことも大切になってくる」
「死というとき、同時にその対極の生を考えてみることが、内部世界の根底になければ、創作などできないのではないか」

「あんぐる」の頃には麻佐子は相模原市に移住していたが、やがて体調不良も重なり、「あんぐる」は16号で終刊する(2000年2月)。
飯尾麻佐子は明確な川柳観をもち、川柳発信への意志をもつ作家であった。
いま彼女の作品を読むとき、キーワードとなるのは「詩性」「女性」「北方性」「生と死」である。浪越の引用している句に何句か加えて10句抽出しておく。今ではもうこのような書き方をしなくなったところもあるだろうが、彼女の発信したメッセージは簡単に忘れ去られていいようなものではないと思っている。

空間を火の矢がよぎり みんな敵
北窓をひらく沙汰のあるごとく
夕ぐれの鴉一族 なまぐさし
もの書きの刃を研ぐ喉のうすあかり
弟のりんどう捜す 死後の原野
ふところに密告たまる 遠い韃靼
生きはぐれ楕円のなかに孵るもの
所在なく蛇の思想を売り歩く
北に鎌あり冬より早く捨てた耳
山頂を食べのこしたりマリンブルー

2016年5月6日金曜日

言語ゲームとしての川柳―兵頭全郎の世界

1.私のはそれじゃないです

兵頭全郎の第一句集『n≠0 PROTOTYPE』(私家本工房)が発行された。
タイトルをどう読むのか不明である。あえて読めないようなタイトルにしているのだろう。タイトル自体がすでに「意味」ではなくて「記号」だとアピールしている。
「プロトタイプ」という副題も、最初は言語学や哲学でいう「典型」という意味かと思って、ずいぶん皮肉なタイトルだなという気がしたが、「試作品」という意味だとすると今後量産されるべき作品が第二句集・第三句集というかたちで続いてゆくのかもしれない。
内容は「Singles」「妄読」「Units」「Essey」「Recent Works」の各章に分かれ、「Singles」「妄読」にはそれぞれpart1とpart2がある。
まず「Singles‐part1‐」から何句か紹介しよう。

どうせ煮られるなら視聴者参加型

「どうせ見られるなら」であれば意味が通りやすいが、「煮られるなら」となっている。だからといって「煮られるなら」に深い意味性を探っても、何も出てこない。料理番組などの文脈においてみても、あまりおもしろい読みにはならない。だから、この句はそのまま受け取るほかない。どうせなら視聴者参加型でいこうと呼びかけているのでもない。この句にはどんなアピールも意味もないのだ。

付箋を貼ると雲は雲でない

従来の川柳の書き方だと「付箋を貼ると雲は~になる」という形になる。ここでは「雲でない」とだけ言って「何になるか」を意図的に書いていない。
雲は雲であるはずだが、ある条件のもとでは雲は雲でなくなる。
言葉と物との関係は恣意的である。
条件を変えてみる。即ち、言葉を変えてみる。そうすれば、言葉と言葉の関係性によって、一句はさまざまな姿を見せるだろう。

手は打った。回るものみな博覧会

「手は打った」と「回るものみな博覧会」の間に飛躍がある。どんな手を打ったのか、回るものは博覧会以外にもあるのではないか。いろいろな疑問は無効にされている。読者の読みによってその間隙が埋まるというものでもない。一句として統一的な像を結ばないのだ。ただ無限に循環してゆくばかりである。「手は打った」→「回るものみな博覧会」→「手は打った」→「回るものみな博覧会」→「手は打った」…

流れとはひっきりなしの美少年

「AはBである」という川柳の問答体。
従来は答えの部分に「うがち」や「川柳眼」、「隠喩」や「イメージ」が置かれてきた。
けれども全郎の場合は隠喩でもなさそうだし、イメージだとしても納得できるような像を結びにくい。問答体のスタイルを借りてはいるが、何も問答などしていないのだ。

サクラ咲く時「もっと」って言うんです

「もっと」と言っているのは誰か。「もっと」どうしてほしいのか。他の言葉を言うときもあるのではないか。これらの問いは無効である。
受け入れるしかない断言性。
断言は川柳の書き方のひとつだが、従来の断言性はそこに川柳眼が感じられるものだった。作者独特の強烈な物の見方を表出することによって、読者を納得させてしまう力業があった。この句の場合はそのような強引さは感じられない。そう思わないなら別にかまわないよと言っているかのようだ。

数句読んだだけでも、全郎の川柳は従来の川柳とはずいぶん異質であることが分かる。従来の読みでは読みきれないものが多いのだ。
兵頭は自ら作成した「発刊記念フリペ」でこんなふうに言っている。

「世の中には
面白可笑しいとか
社会風刺や人生を語る
川柳が
たくさんありますが
私のはそれじゃないです」

滑稽とユーモア、諷刺や批評性、私性の表現―そのようなものをこれまで川柳は表現してきた。
けれども、兵頭全郎の川柳は従来の川柳の読み方を無効にする。
それでは、全郎の川柳は何を表現しようとしているのだろうか?

2.書きたいものは何もない

近代文学には自我の表現という面がある。自己表現とか自己表出とか言われる。
短詩型文学においては「私性」という言い方がされる。
「世界」を表現する場合でもそこに「私」のものの見方(川柳眼)が反映されるのだ。
けれども、ここに一人の川柳人が現れて、「私」なんて表現したくないと言い出したら、どのような事態になるだろうか。
全郎の川柳には意味もメッセージも「思い」もない。しかし、モティーフは存在する。
そのことは「連作」―「Unjts」の章を見るとわかりやすい。

美人画の額を湾曲する歌劇
頭蓋骨割る厳格な復元図
具現化と聞くや交互に疑義生ず
群生地 草原は下界の出口
外国語学部に並ぶ矯正具
軍議など芸事そっと午後の雨
月光は毬栗のどこまで探る
行列を擽るごきげんな雅楽
戯画丸く盗む大吟醸の瓶
寓話こそ迎合の待つ向う岸

この連作のタイトルは「濁」である。
「濁」という題詠だろうか。それとも「濁る」というテーマがどこかに隠されているのだろうか。
10句を眺めていると、妙に漢字が多いことに気づく。「濁」とは濁点とか濁音とかいうことかもしれない。たとえば「ガギグゲゴ」の音を多用して10句を作ってみる、というようなルールを課したとする。句頭の二字を漢字にするとか、句末の語をできるだけ漢字にするとか、所与の条件を増やせば作品はいろいろ変化する。
このような読み方で、全郎が仕掛けた言語ゲームをクリアーしたことになるのかどうか分からないが、少なくともやっかいな「心」などの入り込む余地はなさそうだ。
全郎の決定的な新しさは「書きたいことなど何もない」という自己表出衝動の不在にあり、にもかかわらず「川柳を書こう」というモティーフの存在するところにある。
川柳にもポストモダンの表現者が現れたのだ。

へとへとの蝶へとへとの蕾踏む   兵頭全郎

2016年4月22日金曜日

飯島章友の川柳

飯島章友は若手の川柳人のなかで今もっとも意欲的に活躍している一人である。
「バックストローク」会員をへて、現在「川柳カード」同人。2015年1月には柳本々々・川合大祐・江口ちかる・倉間しおりとブログ「川柳スープレックス」を立ち上げた。
飯島は「かばん」に所属する歌人でもあるから、彼を通じて川柳に興味をもつようになった歌人も多い。

「川柳カード」11号の特集「いま現代川柳を問い直す」で、飯島は「川合大祐を読む―ドラえもんは来なかった世代の句―」を書いている。
川合大祐は1974年生まれ。飯島は川合や飯島自身を「第二次ベビーブーム世代」であり、〈この世代は「ドラえもんは必ず来る」と大人たちから言われ続けたにもかかわらず、「ドラえもんは来なかった」世代なのである〉と書いている。そこから飯島は川合の川柳作品に「世界への懼れ」を読み取っている。

さて、「川柳カード」11号から飯島章友の同人作品を読んでみよう。

いまはむかし割れて砕けて散りしUFO
誰そ彼のあれはどなたの脳の皺

飯島作品の背後にはプレテクストの存在が感じられる。
「いまはむかし…」というのは説話の語り出しであるし、「割れて砕けて散りし」は源実朝の短歌「大海の磯もとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも」を連想させる。
古典や短歌のフレーズを使って詠みはじめながら、UFOにまでたどり着くという冒頭一句目となっている。
「黄昏」は「誰そ彼」に由来すると言われている。昔の村落共同体では誰もが顔見知りだった。けれども、夕暮れの時間帯に、ふと見知らぬものとすれ違うことがある。逢魔が時である。ここでは「誰そ彼」から「脳の皺」にまで行き着いている。人間の意識や記憶が脳の皺に還元されるのだとしたら、世界のすべての出来事は脳内で生成しているのかもしれない。

諸事情で荊棘線となる地平線
樹形図の果てが世界樹だったこと

「川柳カード」11号には小津夜景が「ことばの原型を思い出す午後」を寄稿していて、飯島の川柳作品を「私という質感/世界という質感」「変質と生命」「逼迫する時間性」「螺旋的起源へ」という観点から論じている。
小津は飯島の作品における「世界という質感」について、〈ぐにゃぐにゃ/ぐちゅぐちゅ〉〈変質の気配にじっと感覚をとぎすます語り手の息づかい〉を読み取っている。この見方を補助線として掲出作品を読めば、ここでも「地平線」が「荊棘線」に変質・変容する気配を読み取ることができるだろう。
「荊棘」はイバラのことで、キリストの「荊冠」などを連想させるが、ここでは「荊棘線」は有刺鉄線のことだろう。どんな事情があるのかはぼかされているが、「地平線」が棘のあるものに変容するのだ。
二句目。樹形図は、数学などでいろいろな場合について枝分かれした形で書いてゆく図。すべての場合を挙げてゆけば、それが全体として世界樹になってゆくというのだ。
「世界樹」という言い方は、たとえば北欧神話に登場する大樹ユグドラシルなどを連想させ、神話的宇宙的なスケールにつながってゆく。
ここでも「樹形図」が「世界樹」に変容してゆくさまが詠まれている。
飯島にとって図や線は固定し静止したものではなく、意識のなかでさまざまに変容する。

足を攣るジムノペディアの少年A

ジムノペディアはギリシア神話に出てくるデュオニュソスの祭のようだが、これは少年を裸にする祭であるらしい。ちょっとBLっぽい感じもする。

へそに頭を入れてまるっと消えました

「頭」には「ず」とルビが付いている。
小津は飯島の作品をDNAの二重螺旋のイメージと重ねているが、飯島は今号ではさらにウロボロスの蛇やメビウスの輪のように、「まるっと」消えてゆくものとして身体をとらえているようだ。

音叉鳴る饐えゆくもののにおいさせ
飛行船泣いて半濁音を生む

今号の飯島作品のうちで、この二句は従来の川柳の守備範囲に入ってくる作品だろう。
「共感」という点でいえば、比較的分かりやすいかも知れない。「抒情性」も感得できる。
けれども、共感されたり受け入れられたりすることにはある種の危険もともなっている。無意識のうちに従来の川柳概念の枠に収まっていってしまうからだ。だから、ここでは今まであまり見たことのない作品を中心に取り上げた。

小津夜景は飯島の作品を「語り手の知覚を拠り所として外界が言語化されてゆく」ものとしてとらえている。その場合の外界は、川合大祐の場合のように「世界への懼れ」として表現されるのではなく、より知的に処理されたうえで表現されているという気がする。
飯島は短歌と川柳というふたつの表現形式をもっている。
ひとつのジャンルの中で次第に完成してゆくような表現者もあるが、飯島のように二つのジャンルを見据えて作品を書いている表現者が今後どうなってゆくのかに私は関心を寄せている。複数の視点をもっていることで、既成の「川柳とはこういうものだ」というフレームにとらわれない表現の可能性が生まれるかもしれないからである。

2016年4月15日金曜日

「杜人」と「川柳カード」

3月27日に「日本連句協会」の全国大会が仙台で開催された。
この大会は例年、東京で開催されるのだが、それ以外の各地でも開催しようというので、2013年の大阪大会に続いて、今回は仙台で開催されることになった。
仙台の街は復興いちじるしく街並も美しい。そのことが逆に東北の他の地方はどうなのだろうと思わせる。仙台にゆく前に会津若松に立ち寄ったのだが、テレビでは福島県の「今日のシーベルト」の数値が地域ごとに毎日放送されていた。非日常が日常化されてしまうとしたら、それはそれでこわいことである。

仙台から大阪に戻ると「川柳杜人」249号が届いていた。
真っ先に佐藤みさ子の句を読む。

言い訳して歩く見知らぬ人々に   佐藤みさ子

言い訳にもいろいろある。家族に対する言い訳。恋人に対する言い訳。自分に対する言い訳。では、見知らぬ人々に言い訳するというのは、どういうことだろう?
言い訳などしない人が、言い訳ばかりしている人を批評的に眺めているのかというと、そうでもなさそうだ。
世間的な名誉を得ている人が内心では忸怩たる思いで生きているというのはよくあることだ。本来の自分ではない状態で暮らしているのだが、自分に対してはごまかせない。自分に向き合うのはこわいから、「見知らぬ人々」に対して言い訳するのかもしれない。

この指はほんとは何で出来てるの  佐藤みさ子

現実だけが本当の世界ではなく、もうひとつの世界がある。
現象の世界と本質の世界。世界は二通りに見える。
私たちは在りえたかもしれない本質の世界から、いま在る日常の世界に頽落している。
しかし、本当のことを言ってしまうと、世界がパックリ口をあけてその姿を現したりする。だから、それに気づかないふりをして、それを見なくてもいいように、いそがしく暮らしてゆく。
佐藤みさ子は本当のことを言う人である。こういう人に対して嘘をついても通用しないだろう。

「杜人」の「一句一遊」のコーナーでは、広瀬ちえみが次の句を取り上げている。

陰毛が生える 私を見捨てずに    久保田紺

この句について広瀬はこんなふうに書いている。

〈女性が「陰毛」ということばを使っている句を見たのは初めてだった。抗癌剤は全身の毛を奪う。陰毛を愛しいもの(喜び)として見ることができるまでの過酷な時間を思った。紺さんは丸裸の生命体として立っている。それを想像するとき、私は言うべきことばを失う。いのちと正面から向き合わなければならないとき、日常の何を取り、何を捨てるか突きつけられる。末期癌を告知されたとき、猛スピードで整理したという。それでも紺さんは川柳を手放さず「陰毛」さえも見つめて書いた。このことに泣けて仕方がなかった。でもほんとうを言うと、それから私はくすくす笑ったのよ、紺さん。捨てられなくて良かったねって〉

久保田紺の句と正面から向き合った受け止め方である。「くすくす笑った」というところに広瀬ちえみの川柳人としての正統性がある。
「川柳カード」11号にも「久保田紺 五十句」が掲載されていて、たまたま50句のなかに同句も収録されている。私は「杜人」と「川柳カード」がシンクロしたように感じた。
「川柳カード」、くんじろうの同人作品も久保田紺への追悼句になっている。追悼というより相聞と言ってもいいかもしれない。紺とくんじろうの句を並べておこう。

いけませんそこに触ると泣きますよ     紺
お酒持っていくからあんた泣きないな    くんじろう

ライオンの歯型のあるおしりが自慢     紺
噛まれたかも知れへんおいど痛いもん    くんじろう

『15歳の短歌・俳句・川柳③なやみと力』が発行されて、このシリーズが完結した。川柳の部分を担当した、なかはられいこの仕事に対して敬意を表したい。第三巻には次の句も収録されている。

わたしって何だろ水が洩れている    加藤久子
まだ来ない痛みを待っているような   佐藤みさ子

2016年3月18日金曜日

神戸の川柳と文学

3月10日は時実新子の命日である。その時期に合わせて「月の子忌 時実新子を読む」というイベントが3月5日、神戸文学館で開催された。主催は八上桐子と妹尾凛の二人による川柳ユニット「月兎(げっと)」。私は行けなかったが、参加者40人ほどでの充実したものだったようだ。神戸新聞NEXT(ネット記事)で当日の様子がうかがえる。
取り上げられたのは第一句集『新子』の時期(1960年~1964年)。
「当時の川柳界は岸本水府や椙元紋太ら『六大家』の時代。男社会の中で、人を恋う心を赤裸々に詠んだ新子川柳は、激しい批判と称賛を受けた」。その一方で「川柳の中では戯画化・女優化が進み、実生活との隔たりが広がっていった」。(八上桐子)
「句の題材にも家族にも、一対一の関係でより深く向き合っていったころ。喜怒哀楽では表現しきれぬ感情を見据えるうち、心の中に孤独を育てていったのだろう」(妹尾凛)
以上は神戸新聞の記事による。
昨年は1955年~1959年の作品が取り上げられていて、年に一度、新子作品の五年分を読み継いでゆくという持続的な計画のようだ。フリーペーパー「Reading新子」Vol.2から。

車輪ゆっくりと花嫁を轢いた      時実新子
向き合って兎のように食べている
切手の位置に切手を貼って狂えない
恋成れり四時には四時の汽車が出る
おそろしい音がする膝抱いており

神戸文学館では「昭和の川柳百人一句」の展示もおこなわれている。私が見にいったのは最終日の3月13日で、現在はもう展示が終わっている。
これは墨作二郎が所蔵していた「昭和の百人一句」を芳賀博子が譲り受け、神戸文学館での展示に至ったものである。「幻の句集」として新聞に紹介され、「船団」108号にも芳賀自身の文章が掲載されている。次の文章は芳賀の解説である。

〈句集が発行されたのは1981年(昭和56)。新潟の「柳都川柳社」主幹、大野風柳が地元の印刷会社の北都印刷(株)とタッグを組み、限定五百部で作った〉
〈まずは氏自身が百人を選考し、自選一句と揮毫を依頼。句には同じく新潟の川柳家にして三彩漆の無形文化財、二代目小野為郎が水彩画を添え、趣深い色紙に仕上げた〉

これが百枚展示されている。
昭和56年時点での現代川柳百人一句として資料価値があり、興味深い。

馬が嘶き花嫁が来て火口が赫い    泉淳夫
転がったとこに住みつく石一つ    大石鶴子
ふるさとを跨いで痩せた虹がたつ   柴田午朗
おもいおもいに元日が明け      下村梵
雪は愛白いまつりが降りてくる    墨作二郎
裏切りや蝶一片の彩となる      寺尾俊平
眼をとじると家鴨が今日も歩いてる  堀豊次
北風よ瞽女の花道だと言うか     水粉千翁

川柳の展示を見たあと、神戸ゆかりの文学者の常設展示を見たが、これが結構おもしろかった。神戸文学館には何度も行っているが、これまできちんと展示を見たことがなかったのだ。
堀辰雄は神戸とは直接関係はないが、竹中郁との交友から取り上げられている。

〈堀君の「旅の絵」という短篇の中の人物は私がモデルである。丁度今から十年前の若い日の私が、あの篇中で生きている。象の皮のような外套を着てベレ帽をかむって、そして、ホテルで下手な英語で交渉する。あの場面をよむと、その間の十ケ年は忽然と消えうせて、堀君も私も二十歳台の物好きな青年になってしまう。あの頃は、何でもかでもが面白くて仕様のない年頃であった。堀君を引っぱって明石の町に隠棲していたイナガキタルホを訪ねたりしたのもあの頃だった〉(竹中郁『消えゆく幻燈』)

イナガキタルホはもちろん稲垣足穂である。
ついでに、竹中郁の描く足穂の姿を紹介する。

〈彼は高等数学を語る。天文学を語る。男色を語る。鉛筆を語る。飛行船を語る。手品を語る。そして、ただ麻痺するためにのみ、滅茶苦茶にわけのわからぬ酒を飲む。そして醒めるとああ又この地球へ逆戻りかといった顔をしている〉

神戸ゆかりの文学者としては、他にも久坂葉子や十一谷義三郎、賀川豊彦、島尾敏雄など、たくさんいて語り尽くせない。

神戸の話題から離れるが、近ごろショックだったのは、ジュンク堂の千日前店が閉店になることである。この本屋さんでは随分調べ物をさせてもらったのに残念だ。
『15歳の短歌・俳句・川柳②生と夢』を買い求めた。
佐藤文香のエッセイ「あなたさえ本気なら」は必読。

靴紐を結ぶべく身を屈めれば全ての場所がスタートライン   山田航
鉄棒に片足かけるとき無敵      なかはられいこ
オネショしたことなどみんな卵とじ  広瀬ちえみ

私のイチオシの木村半文銭の句「紀元前二世紀ごろの咳もする」も収録されている。
次週3月25日の時評はお休みさせていただきます。

2016年3月11日金曜日

昨夜助けた石鹸―『井泉』68号

『井泉』68号(2016年3月)、招待作品として、きゅういちの「洗面器」15句が掲載されている。『井泉』は、春日井建の没後、2005年1月に創刊された短歌誌。編集発行人・竹村紀年子。招待作品に短歌・俳句・現代詩のほか川柳も掲載されることがあって、この時評でもこれまで何回か取り上げてきた。

方法が満たされている洗面器   きゅういち

「洗面器」という連作の一句目。
湯水ではなくて「方法」という抽象的なもので洗面器が満たされている。その結果、「洗面器」も抽象化され、比喩的な意味をもってくる。
「煮えたぎる鍋 方法はふたつある」(倉本朝世)という句がある。きゅういちの場合は方法は二つではなくて多数あるのだろう。

牛乳の膜を揺らして来る正午

来るのは誰(何)か。誰かが(何かが)やって来るのだろうが、「正午」がやって来るようにも読める。「牛乳の膜を揺らして」というのは牛乳缶をぶらさげて来るというより、何らかの状況を表現しているようだ。牛乳を飲もうとすると膜ができている。膜は飲むのにじゃまになるが、膜ができるところが牛乳らしいとも言える。誰かが(何かが)薄膜を揺らしてやって来るのだ。
攝津幸彦に「階段を濡らして昼が来てゐたり」という句があって、「昼」は女の名だという読みをした人があったことを思い出した。

名前呼ぶしばらくあって家鳴りする

振動で家が揺れる。地面が揺れるのだろうが、名前を呼んだあと、家鳴りがおこる。「家鳴り」とはポルターガイストのようなものだろうか。
「私」が誰かの名前を呼ぶのか、誰かに名前を呼ばれるのか。地霊のような無気味な存在。
川端康成の『山の音』では山の音が心理的な揺らぎの象徴となっている。

来世から再三文字化けのメール

怪異の句が続く。異界からのメールは文字化けしていて読めないが、本来はメッセージがあったはずである。それが「再三」くるのだから、不安感をあおる。削除してもメールは届くのだ。

昨夜助けた石鹸が立っていた

これはもう「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)のパロディだろう。
俳句史に残る名作と向き合う場合に、どのように表現したらいいか。きゅういちは「石鹸」を持ち出した。しかも、「昨夜助けた石鹸」である。
人を助けるというのは難しいものである。どこまでも助け続けることは不可能だし、助けたあとは自分で努力しなさいと突き放すのも中途半端だ。助けたのは石鹸である。風呂場か洗面台かわからないが、連作だとしたら洗面台かもしれない。石鹸が立ってこちらを見ていて、それが鏡に写っていたりする。滑稽にも思えるし、不条理とも受け取れる。

肉まんを潰し殉死をしてしまう

「肉まん」をつぶすという日常と「殉死」という厳粛な状況を結びつけてしまう。
乃木大将の殉死は漱石と鷗外にショックを与えた。
この句の場合、それほどの深刻さがないのは、「~をしてしまう」という文体のせいだろう。

心音の速いファミマのチキンをば

ファミマのフライドチキンはもう生きていないから心音がするはずはないのだ。単なる食物としてなら美味しく食べられるだろうが、そこに心音を聞きとってしまったら…さあ、あなたはどうするだろう。川柳は断言だという意見がある。また、未了性が川柳だという人もいる。この句では結末は読者に預けたままで、宙吊りになっている。
川柳の方法はいくつもあるのだ。狭い守備範囲を守って、その中で無難な句を書いていても仕方がない。きゅういちはいろいろな方法を駆使している。「ふらすこてん」44号ではこんな川柳を書いている。

玄武ゆく玉子パックを鞍にして      きゅういち
朱雀にいさんそこはソースとちゃいますか
「ま」のクチで座薬を待っている白虎

『井泉』68号では、リレー評論「現代に向き合う歌とは?」というテーマで、黒瀬珂瀾が「ほろびについて」という文章を書いていて、次のような歌が紹介されている。

君はあくまで塔として空港が草原になるまでを見ている    千種創一
虐殺を件で数えるさみしさにあんなに月は欠けていたっけ
映像がわるいおかげで虐殺の現場のそれが緋鯉にみえる
恐竜のように滅ぶのも悪くない 朝のシャワーを浴びつつしゃがむ
骨だった。駱駝の、だろうか。頂で楽器のように乾いていたな

これらは先ごろ歌評会のあった千種創一『砂丘律』から。

『井泉』は毎号、表紙に春日井建の絵が使われている。ここしばらく「笑い壺」の絵が使われている。種子のようなものが入った容器が「へへへ…」と笑っている図。春日井建のユーモア感覚がうかがえて楽しい。

『旬』204号(2016年3月)を読んでいて、宮本夢実が亡くなったことを知った。
10年くらい以前の『旬』のバックナンバーの中から紹介する。10句選ぼうと思ったが、いい句が多いのでその倍くらいになった。

掬われる金魚は人を選べない      宮本夢実
鍵ひとつあればいつでも蛇になる
幕間で変える表紙と裏表紙
弱い樹が先に切られる風の中
しくじってほどほどに揺れ大樹なり
ふるさとの空を見にゆく潜水艦
我がもの顔の風船がある腕の中
心ならずも落ちた穴からくる花信
人形の理屈を言わぬ膝頭
別れたいのでこっそりと烏賊になる
混沌の四月を背泳ぎでかわす
少年の指から漏れるアミノ酸
産道で最初に聴いたクラシック
咳をする造花だけには水をやる
背信の時刻表から遠ざかる
締まらぬ蛇口たためない鳥の羽
すぐ落ちる鳥で友達また増える
午後二時のうなじあたりにある沼だ
川になるアゲハに逢うと決めてから

「死」や「ほろび」について考えていると、石原吉郎の次の詩を何となく思い出した。

世界がほろびる日に
かぜをひくな
ビールスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ

2016年3月5日土曜日

瀬戸夏子症候群―不要なんだ君や僕の愛憎なんか

短歌の読み方、俳句の読み方、あるいは川柳の読み方というようなものがあるのだろうか。ひとつのジャンルに慣れ親しんでいると、そのジャンルの作品の読み方や書き方に染められてゆくものである。頻繁に繰り返される業界用語や評価基準などが習慣化されて自然に身についてゆく。結果としてジャンルの評価基準は制度化され、初心を失った作者はその基準に合致するような作品を無意識的に再生産してゆくようになる。そしてある日ふと疑問に思うのだ、こんなことでいいのだろうか?―短歌における「詩」、俳句における「詩」、川柳における「詩」が問われるのは、そのような局面においてである。

瀬戸夏子歌集『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)が上梓された。『そのなかに心臓をつくって住みなさい』につづく待望の第二歌集である。
巻頭ちかく、見開きの左頁に次の四つの選択肢が提示されている。

a. 友達になりたい。
b. 悪かった。おれが謝るよ。
c. 何をきいていてもむかしの恋人とプールのなかにいるようだ。
d. 君はお金持ちなんだね。

これらの選択肢の前頁には次の短歌が置かれている。

片手で星と握手することだ、片足がすっかりコカコーラの瓶のようになって

あなたはどれを選ぶだろう。素直にaだろうか。bくらいがいいんじゃないかな。すこし屈折してcだろうか。dだと俗物と思われはしないか。そもそも、この選択肢は何なんだ?前の短歌に対する選択肢とは全然ちがうのかもしれない。

瀬戸夏子は評価の難しい歌人である。
たとえば『誰にもわからない短歌入門』で三上春海はこんなふうに書いている。

〈「わからない歌」ということでしたら瀬戸さんの歌を外して語ることはできないでしょう。瀬戸さんは斉藤斎藤さんとあわせて現在もっとも「前衛」を体現している歌人だとわたしはおもっているのですが、そのようなひとの歌ですから当然「わからない」。でもすごいんです〉

『桜前線開架宣言』でも山田航は次のようにコメントしている。

〈瀬戸夏子は間違いなく現代短歌のなかでも特に重要な歌人のひとりなのだが、論じるのがきわめて難しい。なぜなら、「一首単位で表記する」という短歌の原則を打ち破るスタイルを取っているため、歌が引用しづらいからだ〉

今度の歌集は一首単位で読めるのだが、論じるのが難しいという点では変わりがない。
「短歌的喩」とか「上の句と下の句の関係性」とか、「韻律のうつくしさ」や「私性」など従来の鑑賞の仕方は瀬戸夏子の作品においてはいったん無効になる。
では、そこには何が表現されているのか。

わたしにかかった秘密のその隙に太陽へ執刀する花はさかりに
緯度を引く気持ちで宝石をたべて悲しむ人々を裏切るように所以を知らせる

瀬戸の短歌を難解にしているのは言葉の出所である。
ふつう、作品の創作過程というものは読んでいて何となく想像がつくものである。
突然出現した言葉であっても、それはその作品の中の別の言葉(連作の場合は隣接する別の短歌やテーマ)を契機として生まれたのだということが、うっすらと理解できたりする。
けれども瀬戸の短歌では、その言葉がどこから飛んできたのかが見えない。
多くの場合は日常的文脈を超越した「意味の関節外し」と捉えたり、補助線を引くことによって「見えない梯子」の在りどころを理解できたりする。けれども、瀬戸の作品はそういうものとも違うようだ。
結局、瀬戸夏子の短歌を読むときは、一行の詩として読むほかはないのである。

それはそれはチューリップの輪姦でした
心臓が売りものとなることをかたときも忘れずに いつかあなたの心臓を奪うだろう

短律と長律。
そういう分け方をすれば、短律は少なく、長律が大部分である。もちろん五七五七七の短歌形式で書かれている作品もある。短歌形式の韻律のさまざまなヴァリエーション。彼女の作品には短歌でありながら詩でもあるというパラドクシカルな魅力がある。
わからないところもあるけれど好きな歌。

再演よあなたにこの世は遠いから間違えて生まれた男の子に祝福を
突風にあなたはくずれて是と答え左手ばかりを性器に変えた
口を出さないでくれこれからのしゃぼん玉のなかにひらく無数の傘よ
おれの新聞をとってくれ りんごはいい りんごは体によくないからな
火星のプリンセスどんどんいなくなってく彼女の髪だけを切りたい
走ってく花のかたちの音楽で本名だなんてはしたないって
僕が行く、僕が行って、僕がはにかむ午前のあいだに現代になる
窓から感情がポテトチップスとして降ってくる 夜というよりも昼
北極の極ならそんなの埼玉の天使と東京の天使で話しあいなよ
晩節を汚すためにもそばにいてくれ他は正式な最後通告

「私は無罪で死刑になりたい」というタイトルの章について。
「罪なくして配所の月を見る」という言葉がある。罪人ではなく風流人として流刑地の月を見たいというのだろう。瀬戸は「流刑」ではもの足りなくて過激に「死刑」という言葉を使う。風流貴族の寝言など蹴とばす勢いである。

いいきかせて天国のほうへ不要なんだ君や僕の愛憎なんか
恋よりももっと次第に飢えていくきみはどんな遺書より素敵だ
きっときみから花の香りがしてくるだろう新幹線を滅ぼすころに

これらの歌は比較的分かりやすい。別に心配することもないのだが、瀬戸夏子の読者にとっての「愛唱歌」になる危険性があるかもしれない。瀬戸が読者を意識して書いているとは思えないが、頻出する「あなた」や「きみ」は誰を想定しているのだろう。

瀬戸夏子の『かわいい海とかわいくない海 end.』を読んで言えるのはただひとつ。この歌集を読んだあとで他の歌人の歌を読むと、それらがひどく甘ったるいものに感じられてしまうということだ。どうやら瀬戸夏子症候群に罹患してしまったようだ。