2024年12月28日土曜日

2024年回顧(川柳)

毎年この時期になると一年を振り返る文章を書いているが、川柳界全体を見渡して展望するのは情報収集上の困難があることだし、特に今年は従来に比べて現代川柳が話題に上ることが増えてきたので、管見に入った限られたものについて思いつくままに書きとめておきたい。
現代川柳が対外的に話題になったケースとして、まず「BRUTUS」1008号(2024年6月1日)が「一行だけで」という特集を組んでいる。「明日のための言葉300」と銘うって短歌・詩・俳句・川柳・歌詞などから言葉が選出されている。川柳では次のような作品が掲載されている。

春を待つ鬼を 瓦礫に探さねば  墨作二郎
お別れに光の缶詰を開ける    松岡瑞枝
うつくしいとこにいたはったらええわ 久保田紺
鉄棒に片足かけるとき無敵    なかはられいこ
できるようになってできないようになる 佐藤みさ子
紀元前二世紀ごろの咳もする   木村半文銭

まつりぺきん編集の『川柳EXPO2024』(発行・川柳EXPO制作委員会)も川柳界隈では評判になった。これは投稿連作川柳アンソロジーで、2023年の『川柳EXPO』に続く第二集になる。ひとり20句の投句で68名、1360句の川柳作品が収録されている。

日記には「トロイメライ事故」と記す   笹川諒
こえ、発しないで、ののしり、口づけて  林やは
きれいな目してるナマコがきてくれた   森砂季
蟹死んですべてのモナド光射せ      川合大祐
針が振れだしたらそらの肉離れ      蔭一郎

来年は『川柳EXPO2025』も予定されていて、二分冊になるという。現在作品募集中。
「川柳スパイラル」は今年3冊が発行され、20号が特集「川柳を見つけて」、21号が「現代川柳Q&A」、22号が「現代川柳と短詩」。「川柳を見つけて」は2023年11月19日に開催された『ふりょの星』『馬場にオムライス』批評会の記録。その際、川柳についての基本的知識があまり浸透していないように感じたので、21号「現代川柳Q&A」では問答形式でまとめてみた。22号「現代川柳と短詩」は現代川柳史の視点から現代川柳と短詩との関係を略述した。また22号では、まつりぺきんが『川柳EXPO』について書き、西脇祥貴が太代祐一の川柳と林やはの『90‘S』を取り上げている。
太代祐一は第9回攝津幸彦記念賞の准賞を受賞し、「豈」67号に作品が掲載されている。

飛行機は森だった見抜けなかった  太代祐一
野蛮だね大縄跳びの目的地
片恋が林檎だなんて静電気

現代詩に目を移すと、水城鉄茶は現代詩と川柳を書く表現者だが、第一詩集『ジャキジャキ』(思潮社)が発行された。「魚の口」から。

それでおれはみなさんに言います
今日は突風が吹く
馬の魚はすぐ乾くでしょう
雨にもかかわらず おれたちの高熱
本物の太陽を知っている 震えたりしないし
脂ぎっている 宣言する魚は宣言する
宣言する馬の強靭な脚!
暴れる舌のおれの腕はホチキス
爛れる寿司の拍手をナイフで獲得する
別荘になっていく!

詩の一部分だけを抜き出すのは意味がないかもしれないが、抒情詩ではなく、ひとつの連がひとつのイメージ表現するという書き方でもなく、屹立したイメージを与える一行一行が次々に繰り出されるスピード感が心地よい。
水城は「川柳スパイラル」に12号から17号まで投句している。17号の会員欄から。

シーマンのままで面接してしまう  水城鉄茶
親からも止められているハッキング
レックウザからメイリオのメール来た

一行の屹立性は川柳にも通じるところがあるのだろう。『ジャキジャキ』、「彼方へ」の一節。

鳩が思考を絶して歩いている
鳩が共感を絶して歩いている
鳩が戦争を絶して歩いている
鳩がただ歩いている

この四行の中で、川柳人であれば三行を捨て、一句に賭けることになるはずだ。
複数の形式を実作する表現者は従来もいたが、その多くは俳句と短歌、現代詩と短歌という組み合わせであった。最近はそこに川柳も加わるようになって、歌人の平岡直子が川柳句集『Ladies and』(左右社、2022年)を出したのが先駆的であった。今後、歌人や詩人が川柳句集を上梓する機会が増えていくことが希望的に予測される。川柳、特に現代川柳の可能性が認識されるようになってきたのだろう。
川柳プロパーの動きでは、2021年6月にウェブ句会として立ち上げられた「ゆに」が6月に紙媒体の冊子『ゆにアンソロ』(発行人・芳賀博子)を出している。リモート句会での作品をある時点に紙媒体で発行するという、ひとつのパターンかと思う。

退却をさせにくる馬蹄形磁石   岩田多佳子
身に覚えないのに水が漏れている 笠嶋恵美子
くるぶしのこなゆき二十歳のほうれん草 河野潤々
モナリザの後で穴を掘っている  重森恒雄
雨脚をつかめば握りかえす雨   西田雅子
革命に火をつけられぬ缶ビール  橋元デジタル
地上絵は未完 戻ってくるはずだ 芳賀博子

「川柳カモミール」はオンラインで川柳を発信する場として「川柳アンジェリカ」の名で再出発している(代表・笹田かなえ)。ウェブ句会のほか冊子も発行されている。

本能寺の煙に今もむせている    金瀬達雄
卵割る 卵は痛くないでしょうか  笹田かなえ
どの指の蜜語をふさぐクラリネット 澤野優美子
打ち明けはサマルカンドの古書店で 四ッ屋いずみ
かなったら歯形の記憶ごと沈む   藤田めぐみ

既成の川柳社では、川柳塔社が『川柳雑誌・川柳塔100年の記録』を発行。100年の履歴、座右の句、著作一覧など資料的価値が高い。
「水脈」(編集発行人・浪越靖政)が現在68号まで発行されているが、来年の70号で終刊が決まっている。現代川柳の一翼を担っていた川柳誌だけに惜しまれる。
京都の「凛」はこのほど100号を迎えた。川柳誌を持続するのは大変な作業だということが分かるだけに、その労力に敬意を表したい。
10月以降の郵送料の値上げは川柳誌に大きな打撃となっている。「川柳スパイラル」の場合も郵送料を節約するために、句会などでできるだけ手渡しするようにしている。青森の「おかじょうき」は紙の雑誌を廃止して、デジタルだけにするという。こういうかたちも増えていくのだろう。
短歌誌「かばん」12月号は特集「私家版歌集・歌書」を掲載している。牛隆佑の「私家版歌集はより深く潜る」では、三国志の天下三分になぞらえて、歌集を「商業出版歌集」「短歌出版歌集」「私家版歌集」に分けている。「商業出版歌集」は多くの読者に購読されることを目指す歌集、「短歌出版歌集」は主として歌壇や歌人からの評価を求めて出版する歌集、「私家版歌集」は「売れる・読まれる」より作者の価値観・欲求に基づいて制作される歌集、ということのようだ。
川柳の場合は自費出版・私家版が主だったので、短歌のような選択肢は少ないが、今後いろいろなかたちで川柳句集が発行されていく気配が感じられる。
リアル句会とネット句会の関係も多彩になってきている。
リアル句会を主とする川柳人
ネット句会を主とする川柳人
リアル句会を主とするが、ネット句会も取り入れて活動する川柳人
ネット句会を主とするが、リアル句会にも参加するハイブリッド型の川柳人
表現者各個人の資質や信条にしたがって、それぞれの作品発表形態があってよいと思われるが、少数の読者に刺さる句が書ければそれでよいのか、句集というかたちで世に問う方がよいのかの判断は必要だろう。
来年もさまざまな川柳句集やアンソロジーが出ることだろうが、過渡期の混沌とした状況の中からどのような作品が生まれてゆくのか楽しみである。

0 件のコメント:

コメントを投稿