2023年9月15日金曜日

『川柳EXPO』と文フリ大阪

しばらく時評を休んでいるあいだに、ネット川柳の動きが加速している。
7月に発行した「川柳スパイラル」18号では「ネット川柳の歩き方」を特集した。この分野に詳しい西脇祥貴による労作で、Twitter(現在はXになっているが)、オンライン句会、オンライン講座、スペース、ツイキャス、川柳ユニットなどに渡って、目配りの効いたものになっている。
18号の編集後記には「伝統的な作品と新しい傾向の作品をお風呂を混ぜるように混ぜる」「上層の熱い湯と下層の冷たい水。別に混ぜる必要もないのだが、現代川柳においても従来の川柳と2020年代の川柳を交差させてみたい」というようなことが書かれている。よく考えてみると、このような発想自体がすでに時代遅れのもので、今のお風呂は給湯器から均質な温度のお湯が自動的に出てくるのだ。
8月に入って、まつりぺきんによって『川柳EXPO』が発行された。これは投稿連作川柳アンソロジーの企画で、「何人かが集まり、句単体ではない連作(あるいは群作)という形で、しかも参加費無料で参加できるアンソロジー誌という場で、世に問うてみる」というものだ。5月末にネットで募集され、締切までの1か月間で投句者51名、各20句だから1020句の川柳作品が集まった。ぺきん自身の作品もプラスされて52名のアンソロジーとなっている。参加者にはネットを主な発表舞台としている表現者だけではなく、ベテラン・中堅の川柳人も混じっており、ネット川柳というだけではなく、偏りはあるものの現代川柳を展望するのに便利な一冊となっている。
9月10日に「文学フリマ大阪11」が開催され、『川柳EXPO』のブースが出店。買い求める人も多く、『川柳EXPO』の企画が作者・読者のニーズにかなったものだったことがうかがえる。ネットでの反響もnoteやツイキャスなどで出ている。この勢いはしばらく続きそうだ。
さて、文フリ大阪で手に入れた本と冊子を紹介しておきたい。
まず、牛隆佑の歌集『鳥の跡、洞の音』。彼は結社・同人誌に所属せずに活動を続けているが、それにもかかわらず存在感を発揮している稀有の歌人だ。その第一歌集。

蛇口から落ちずに残る水滴が少し膨らむ ここで叫べよ    牛隆佑
鮫が鮫をやがて人間が人間を食べたのだろう いろとりどりの
心を持つ生卵なら割れながらすみませんもうしわけありません
一番が二番を二番が三番を組み伏せて世界は昼下がり
ありがとう水が流れてきてくれて多目的用小さな海に
とりにくはこんなに寒い冷蔵庫で風邪をひいたりしないのだろう
かなしみの券売機なら一万円紙幣をやろう吐き出せばいい

私が牛隆佑の存在を意識したのは2014年の「大阪短歌チョップ」のときだったが、「ふくろう会議」や「葉ねかべ」の活動でも注目される。文フリで会えばいつも挨拶してくれるので、明るい人かと思っていたが、歌集のあとがきを読むと別の面が見えてくる。表現者であるかぎり、誰でも心の深層にいろいろな思いをもっているものだ。八上桐子、門脇篤史、西尾勝彦が「栞」を書いている。
『川柳EXPO』にも参加している林やは。文フリにも出店していて、詩集『春はひかり』を手に入れる。詩の部分的引用は意味がないかもしれないが、印象に残ったところをいくつかご紹介する。

分子が結合するよりさきに、ぼくたちの概念が、美しいものをしって、ふくれる。どうか眠りから醒めてしまっても、これをはじけないように、神聖としてしまえる、しゅんかんに、とじこめてしまいたい。だって、失いたいさ。失いたい、ものが、あるのだ、もの。(「ルア・ルーナ」)

水面にあこがれていただけで、すばらしいといわれた。あなたは、それだけで、必要とされていた。ここで、あなたは、だれよりも守られて、あたたかくしていて、いつかはひとりになる。意味もなく、産まれてきて、はずかしいよ、もう、産むしかない。(「羊水の詩」)

可憐であればあるほど、肉質で、
きみの、春は、現世、(「羊水の春」)

現代詩を書く人で川柳にも関心のある人が、栫伸太郎や水城鉄茶など、ちらほらと現れてきている。
多賀盛剛の第一歌集『幸せな日々』。第二回「ナナロク社 あたらしい歌集選考会」で岡野大嗣に選ばれたのを機に同社から発行された。多賀の短歌は「MITASASA」のゲスト作品で読んだことがあるし、「川柳スパイラル」15号に川柳を寄稿してもらっている。また連句でも何度か同座したことがある。多賀の作品はひらかな表記の口語短歌でと関西弁の使用が特徴だ。句読点の表記は元歌のまま。

めのまえに、にじいろのしんごうきがあって、いろのかずだけずっとまってた、 多賀盛剛
うちゅうからは、どこみてもうちゅうで、ゆめからはどこみてもゆめやった、
あんごうかしたことばを、そのままこえにだして、そのときのうごきが、あたらしいいみになった、
あめの ひは あしもとが すべるので あめを たくさん のんで みんな おもくなりました
このまちはおもたくて、ここからずっとうごかないから、わたしはずっとこのまちにいる。

さて、9月23日に「川柳スパイラル」大阪句会が上本町・たかつガーデンで開催される。ゲストに橋爪志保を迎えて彼女の短歌と川柳について、また「川柳スパイラル」18号の特集「ネット短歌の歩き方」と『川柳EXPO』の作者と作品についてなど、ホットな話題で意見交換ができることと思う。

淀川は広いな鴨川とは全然ちがうなほとんど琵琶湖じゃないか  橋爪志保『地上絵』
くろねこの対義語は盛り塩だろう  橋爪志保「ねこ川柳botの軌跡」(ネットプリント)

「文学界」10月号の巻頭に暮田真名の10句が掲載されたり、「アンソロジスト」vol.6(田畑書店)の特集《川柳アンソロジー みずうみ》(監修・永山裕美、川柳作品各20句・なかはられいこ・芳賀博子・八上桐子・北村幸子・佐藤みさ子、解説・樋口由紀子)など、現代川柳の動きを目にする機会が増えてきている。

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