2021年11月26日金曜日

ポスト現代川柳―「川柳スパイラル」13号

「文学界」12月号、巻頭のグラビアページに平岡直子の短歌10首が掲載されている。「パラパラ漫画」というタイトルで、岡田舞子の写真とのコラボになっている。

花ひとつひとつの裏に小さな装置 踏切を待つあいだだけ  平岡直子
努力家を自称する全方向に全方向に落ち葉が降るの

平岡は『短い髪も長い髪も炎』(本阿弥書店)を上梓して今もっとも注目される歌人のひとりだが、彼女の短歌はすでに第一歌集以後の新たな展開を見せつつあるようだ。

ネットプリント「当たり」21号から、大橋なぎ咲の短歌。

混沌と出会ってはじまる私たちただの同級生じゃなくなる  大橋なぎ咲
姫といない知らない間の王子 女学校で王子が王子に恋をすること

女子校の感覚は私にはわからないところもあるが、「混沌」は『荘子』の有名な一節であるし、暮田真名が新たに立ち上げたネット句会の名でもある。先日発行された「ぬばたま」6号は大橋なぎ咲の特集。また大橋は「川柳スパイラル」13号に〈暮田真名と「当たり」の裏話〉を執筆している。「当たり」21号の暮田真名の川柳から。

万難を排してさびれだす港   暮田真名
眼福がつまって墨が流れない
町おこしに使った舌は草むらへ

「川柳スパイラル」13号の特集は「ポスト現代川柳の作者たち」。特集の前にゲスト作品を紹介しておこう。

捻子吹いて踏みだせ下戸のファランクス  しまもと莱浮

しまもと莱浮は熊本在住の若手川柳人。Zone川柳句会を運営している。「連れんこらるばい早よほー洗わんば」という方言作品や「瞑っていよう(註)で埋めて」のような句もあり、多彩な表現になっている。掲出句の「ファランクス」は古代ギリシアの歩兵などが槍をもって進撃する密集隊形。トロイ戦争などの映画のシーンで見かけることがある。下戸が隊形を組んで進んでゆくというのもおもしろい。

吐瀉物を舐める地球のデトックス    二三川練

二三川連は短歌では『惑星ジンタ』(新鋭短歌シリーズ、書肆侃侃房)の作者。

うつくしい島とほろびた島それをつなぐ白くて小さいカヌー 二三川練

連句の心得もあり、川柳も書く人なので、今回ゲスト作品を依頼した。掲出句の「デトックス」は有害物質を排出する解毒。ほかに「一万の眼鏡に落ちてくる宇宙」「花冷の犬の卵を茹でておく」など。

次に同人作品から各1句ご紹介。浪越靖政は今号お休み。

今ここを封じた雪が手に溶ける  飯島章友
拒めば拒むほど皮膚を産むはず  湊圭伍
妄想の雀が蓋をしていない    川合大祐
木菟とやたら目が合う観覧車   一戸涼子
完璧に病んで模様になってます   石田柊馬
追いかけて島のかたちになっている 畑美樹
言霊をスプーン一杯静かに湯   悠とし子
構造上夜霧は店になりません   兵頭全郎
言いさしのまばゆさあるいはただの人 清水かおり

さて特集の「ポスト現代川柳の作者たち」では、川合大祐、湊圭伍、飯島章友、暮田真名の四人を取りあげている。
『はじめまして現代川柳』のあと、川合大祐の動きは早く、今年の4月には句集『リバー・ワールド』(書肆侃侃房)を出している。「川柳スパイラル」では柳本々々、畑美樹の文章のほか、「小遊星」のコーナーに飯島章友と川合の対談が掲載されている。
柳本は『リバー・ワールド』の編集にも協力していて、まずこの句集の「圧倒的な過剰さ」に注目している。「この過剰さは、ソフト面、内容面だけではありません。大事なのは、かたち、ハードとしても現れているということです」と柳本は述べている。1001句収録のぶ厚い句集なのだ。「ことばをとおして何かを語る、のではなくて、ことばをとおしてことばそのものを語る、のが川柳なのではないか」など、柳本の川柳観も語られている。また、畑美樹は「川柳の仲間 旬」の初期から川合のことを知っていて、〈予見〉というキーワードを使って川合の川柳を語っている。川合と飯島の対談は、まあ読んでみてください。
湊圭伍『そら耳のつづきを』(書肆侃侃房)については、正岡豊が寄稿している。「勾玉のつづきを」というタイトルで、〈私は「そら耳」に対して「勾玉」を思ってみたりした〉〈短詩型の一作品というのは、ひとによっては「御守り」のようなものとして抱きかかえられるように愛されることがある〉という一節は句集の書評を越えて魅力的。石部明、石田柊馬以降をどう書くか、なお「以降」を書いていかなければばらない、というのも現代川柳についてよく知っている正岡ならではの視点だ。
飯島章友『成長痛の月』(素粒社)については「かばん」の久真八志が「上向きの蛇口の空を渡る」を書いている。飯島の作品は多彩で、いろいろな方向性をもっているが、飯島の作家性について、久真が飯島の川柳と次の短歌を並べて引用しているのは興味深い。

上向きにすれば蛇口は夏の季語  飯島章友
しろがねの洗眼蛇口を全開にして夏の空あらふ少年 光森裕樹
水飲み場の蛇口をすべて上向きにしたまま空が濡れるのを待つ 山田航

暮田真名については、この時評でもその都度取り上げてきたし、現在いろいろな試みをしている最中なので、暮田の表現活動がまとまったかたちをとったときに改めて論じてみたい。

瀬戸夏子編『はつなつみずうみ分光器』(左右社)は「現代短歌クロニクル」の副題にある通り、2000年以降の歌集のアンソロジーで、ゼロ年代とテン年代の短歌シーンが分かるようになっている。またコラムの欄で瀬戸は「ニューウェーブ」と「ポストニューウェーブ」について書いている。川柳では残念ながら短歌のようなエコールの明確な展開は見られないが、現代川柳の新しい展開を感じさせる作品がぼつぼつ生まれてきているようだ。

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