短歌ムック「ねむらない樹」6号に第三回笹井宏之賞が発表されている。大賞は乾遙香「夢のあとさき」。全50首のうち3首紹介する。
飛ばされた帽子を帽子を飛ばされた人とわたしで追いかけました 乾遙香
わたしとの無言の時間に耐えかねた男の子がかけてくれる音楽
わたしがいたことしか覚えていないというその夢のわたしに任せよう
「わたしがいつか短歌で賞をもらうことがあるなら、それは笹井宏之賞だろうと第一回から信じていました」と作者は〈受賞の言葉〉に書いている。「わたし」と相手との関係性が「わたし」の側から詠まれている。私性と恋と夢。幽玄や余情を現代的に詠もうとすれば、こんなふうになるのかなとあらぬことを思った。
「ねむらない樹」の特集はほかに黒瀬珂瀾、現代川柳の衝撃、アンケート2020年の収穫、『林檎貫通式』を読む、と内容満載。特集3「現代川柳の衝撃」では
樋口由起子「短歌読者のための現代川柳案内 五七五のせかい」
川合大祐・暮田真名・柳本々々・飯島章友・正岡豊・初谷むい(それぞれ川柳5句と短歌5首)
座談会「現代川柳は命綱なしのポエジー」(小池正博・瀬戸夏子・なかはられいこ)
という内容になっている。
「川柳は命綱がなくポエジーだけで生きている」(瀬戸夏子)とか「川柳は上達するのか?」(暮田真名)とか、言ってくれるじゃないのという発言が随所に見られる。
「短歌人」2月号に笹川諒が「現代川柳が面白い」を書いていて、『はじめまして現代川柳』のことが紹介されている。笹川は「私が現代川柳に興味を持ったのは、笹井宏之さんのブログ『些細』がきっかけだった」という。2008年6月26日の記事で「『うがち』や『おかしみ』だけではない現代詩にも負けないようなポエジーにあふれた現代川柳たくさんあるのになあ」と笹井宏之が書いているそうだ。
口開けば鳥が飛び出すから黙る なかはられいこ
どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない 笹井宏之
笹川諒はこの二つを並べて紹介したあと、「笹井さんの歌の上の句が、川柳としても成立することに気がついた」という。とっても興味深い。
このところ管見に入ったなかで出色の川柳作品を書いているのが我妻俊樹である。
歌人で怪談作家でもある我妻はもともと巧みな川柳を書いていて、私の手元には『眩しすぎる星を減らしてくれ』という冊子がある。2018年5月「川柳スパイラル東京句会」に彼を招いたときに作ってもらった百句を収録。
沿線のところどころにある気絶 我妻俊樹
おにいさん絶滅前に光ろうか
その後も我妻の川柳はときどき読んでいたが、このたびネットプリント「ウマとヒマワリ12」で彼の作品をまとめて読むことができた。現代川柳の作者の句と比べても遜色がない作品が並んでいる。
書き順を忘れられない町がある 我妻俊樹
あなたにもランプの芯があるはずだ
玉虫と決めたらずっとそうしてる
八階の野菊売り場が荒らされた
「ウマとヒマワリ12」では平岡直子が俳句を書いている。平岡も上質の川柳の書き手であるが、一年前の「ウマとヒマワリ7」の特別対談ではこんなふうに言っていた。
「川柳だったら短歌とは別ファイルではありつつ同じアカウント内で作れるけど、俳句は無理。俳句も慣れてくると短歌と並行して作ることはできるけど、それは単に切り替えが早くなるだけで、同一アカウントとして作れるようになる日は来ないと思う」
短歌と川柳は同一アカウントのなかの別ファイル
短歌と俳句はアカウントが違う
という捉え方である。
もうひとつ、ネットプリント「砕氷船」もおもしろい試みをしている。暮田真名(川柳人)・斉藤志保(俳人)・榊原紘(歌人)のユニットだが「砕氷船」第二号では暮田が俳句を、斉藤が短歌を、榊原が川柳を書いている。ここでは暮田の俳句と「ウマとヒマワリ」の平岡の俳句を並べてみたい。
冬麗それなら鰐を飼うといい 暮田真名(「砕氷船」)
鶴以外すべて逆さの文字になる 暮田真名
寒椿わたしが銃を構えたか 平岡直子(「ウマとヒマワリ」)
冬の滝ゆえきらめいてかまわない 平岡直子
暮田は俳句を書いても自然に川柳になっているし、平岡は俳句の季語に近づきつつ独自の感覚を出していて刺激的だ。
「ねむらない樹」6号の対談でなかはられいこが語っているように、川柳人と歌人との交流は「ラエティティア」以来、一部で続けられてきた。
いま短歌と川柳の交流は新しいステージに入ったようだ。かつて「ジャンルの越境」が言われたことがあったが、「越境」というのは自分のフィールドを守ったうえで、他のジャンルにも手を出してみるというニュアンスがある。もちろん自分のフィールドは大切にしなければならないが、現在はジャンルの定義にこだわるのではなくて、実作を通じて形式の違いを語ることのできる作者が増えてきている。「ねむらない樹」の座談会の最後でなかはられいこは川柳について「荒らされるほど実っていないので、開墾しにきてください。短歌の人たちにも一緒に鍬持ってもらって、耕していけたらいいなと思っています」と言っている。
ほんとうにそんなふうになったら、おもしろいね。
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