3月10日は時実新子の命日である。その時期に合わせて「月の子忌 時実新子を読む」というイベントが3月5日、神戸文学館で開催された。主催は八上桐子と妹尾凛の二人による川柳ユニット「月兎(げっと)」。私は行けなかったが、参加者40人ほどでの充実したものだったようだ。神戸新聞NEXT(ネット記事)で当日の様子がうかがえる。
取り上げられたのは第一句集『新子』の時期(1960年~1964年)。
「当時の川柳界は岸本水府や椙元紋太ら『六大家』の時代。男社会の中で、人を恋う心を赤裸々に詠んだ新子川柳は、激しい批判と称賛を受けた」。その一方で「川柳の中では戯画化・女優化が進み、実生活との隔たりが広がっていった」。(八上桐子)
「句の題材にも家族にも、一対一の関係でより深く向き合っていったころ。喜怒哀楽では表現しきれぬ感情を見据えるうち、心の中に孤独を育てていったのだろう」(妹尾凛)
以上は神戸新聞の記事による。
昨年は1955年~1959年の作品が取り上げられていて、年に一度、新子作品の五年分を読み継いでゆくという持続的な計画のようだ。フリーペーパー「Reading新子」Vol.2から。
車輪ゆっくりと花嫁を轢いた 時実新子
向き合って兎のように食べている
切手の位置に切手を貼って狂えない
恋成れり四時には四時の汽車が出る
おそろしい音がする膝抱いており
神戸文学館では「昭和の川柳百人一句」の展示もおこなわれている。私が見にいったのは最終日の3月13日で、現在はもう展示が終わっている。
これは墨作二郎が所蔵していた「昭和の百人一句」を芳賀博子が譲り受け、神戸文学館での展示に至ったものである。「幻の句集」として新聞に紹介され、「船団」108号にも芳賀自身の文章が掲載されている。次の文章は芳賀の解説である。
〈句集が発行されたのは1981年(昭和56)。新潟の「柳都川柳社」主幹、大野風柳が地元の印刷会社の北都印刷(株)とタッグを組み、限定五百部で作った〉
〈まずは氏自身が百人を選考し、自選一句と揮毫を依頼。句には同じく新潟の川柳家にして三彩漆の無形文化財、二代目小野為郎が水彩画を添え、趣深い色紙に仕上げた〉
これが百枚展示されている。
昭和56年時点での現代川柳百人一句として資料価値があり、興味深い。
馬が嘶き花嫁が来て火口が赫い 泉淳夫
転がったとこに住みつく石一つ 大石鶴子
ふるさとを跨いで痩せた虹がたつ 柴田午朗
おもいおもいに元日が明け 下村梵
雪は愛白いまつりが降りてくる 墨作二郎
裏切りや蝶一片の彩となる 寺尾俊平
眼をとじると家鴨が今日も歩いてる 堀豊次
北風よ瞽女の花道だと言うか 水粉千翁
川柳の展示を見たあと、神戸ゆかりの文学者の常設展示を見たが、これが結構おもしろかった。神戸文学館には何度も行っているが、これまできちんと展示を見たことがなかったのだ。
堀辰雄は神戸とは直接関係はないが、竹中郁との交友から取り上げられている。
〈堀君の「旅の絵」という短篇の中の人物は私がモデルである。丁度今から十年前の若い日の私が、あの篇中で生きている。象の皮のような外套を着てベレ帽をかむって、そして、ホテルで下手な英語で交渉する。あの場面をよむと、その間の十ケ年は忽然と消えうせて、堀君も私も二十歳台の物好きな青年になってしまう。あの頃は、何でもかでもが面白くて仕様のない年頃であった。堀君を引っぱって明石の町に隠棲していたイナガキタルホを訪ねたりしたのもあの頃だった〉(竹中郁『消えゆく幻燈』)
イナガキタルホはもちろん稲垣足穂である。
ついでに、竹中郁の描く足穂の姿を紹介する。
〈彼は高等数学を語る。天文学を語る。男色を語る。鉛筆を語る。飛行船を語る。手品を語る。そして、ただ麻痺するためにのみ、滅茶苦茶にわけのわからぬ酒を飲む。そして醒めるとああ又この地球へ逆戻りかといった顔をしている〉
神戸ゆかりの文学者としては、他にも久坂葉子や十一谷義三郎、賀川豊彦、島尾敏雄など、たくさんいて語り尽くせない。
神戸の話題から離れるが、近ごろショックだったのは、ジュンク堂の千日前店が閉店になることである。この本屋さんでは随分調べ物をさせてもらったのに残念だ。
『15歳の短歌・俳句・川柳②生と夢』を買い求めた。
佐藤文香のエッセイ「あなたさえ本気なら」は必読。
靴紐を結ぶべく身を屈めれば全ての場所がスタートライン 山田航
鉄棒に片足かけるとき無敵 なかはられいこ
オネショしたことなどみんな卵とじ 広瀬ちえみ
私のイチオシの木村半文銭の句「紀元前二世紀ごろの咳もする」も収録されている。
次週3月25日の時評はお休みさせていただきます。
2016年3月18日金曜日
2016年3月11日金曜日
昨夜助けた石鹸―『井泉』68号
『井泉』68号(2016年3月)、招待作品として、きゅういちの「洗面器」15句が掲載されている。『井泉』は、春日井建の没後、2005年1月に創刊された短歌誌。編集発行人・竹村紀年子。招待作品に短歌・俳句・現代詩のほか川柳も掲載されることがあって、この時評でもこれまで何回か取り上げてきた。
方法が満たされている洗面器 きゅういち
「洗面器」という連作の一句目。
湯水ではなくて「方法」という抽象的なもので洗面器が満たされている。その結果、「洗面器」も抽象化され、比喩的な意味をもってくる。
「煮えたぎる鍋 方法はふたつある」(倉本朝世)という句がある。きゅういちの場合は方法は二つではなくて多数あるのだろう。
牛乳の膜を揺らして来る正午
来るのは誰(何)か。誰かが(何かが)やって来るのだろうが、「正午」がやって来るようにも読める。「牛乳の膜を揺らして」というのは牛乳缶をぶらさげて来るというより、何らかの状況を表現しているようだ。牛乳を飲もうとすると膜ができている。膜は飲むのにじゃまになるが、膜ができるところが牛乳らしいとも言える。誰かが(何かが)薄膜を揺らしてやって来るのだ。
攝津幸彦に「階段を濡らして昼が来てゐたり」という句があって、「昼」は女の名だという読みをした人があったことを思い出した。
名前呼ぶしばらくあって家鳴りする
振動で家が揺れる。地面が揺れるのだろうが、名前を呼んだあと、家鳴りがおこる。「家鳴り」とはポルターガイストのようなものだろうか。
「私」が誰かの名前を呼ぶのか、誰かに名前を呼ばれるのか。地霊のような無気味な存在。
川端康成の『山の音』では山の音が心理的な揺らぎの象徴となっている。
来世から再三文字化けのメール
怪異の句が続く。異界からのメールは文字化けしていて読めないが、本来はメッセージがあったはずである。それが「再三」くるのだから、不安感をあおる。削除してもメールは届くのだ。
昨夜助けた石鹸が立っていた
これはもう「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)のパロディだろう。
俳句史に残る名作と向き合う場合に、どのように表現したらいいか。きゅういちは「石鹸」を持ち出した。しかも、「昨夜助けた石鹸」である。
人を助けるというのは難しいものである。どこまでも助け続けることは不可能だし、助けたあとは自分で努力しなさいと突き放すのも中途半端だ。助けたのは石鹸である。風呂場か洗面台かわからないが、連作だとしたら洗面台かもしれない。石鹸が立ってこちらを見ていて、それが鏡に写っていたりする。滑稽にも思えるし、不条理とも受け取れる。
肉まんを潰し殉死をしてしまう
「肉まん」をつぶすという日常と「殉死」という厳粛な状況を結びつけてしまう。
乃木大将の殉死は漱石と鷗外にショックを与えた。
この句の場合、それほどの深刻さがないのは、「~をしてしまう」という文体のせいだろう。
心音の速いファミマのチキンをば
ファミマのフライドチキンはもう生きていないから心音がするはずはないのだ。単なる食物としてなら美味しく食べられるだろうが、そこに心音を聞きとってしまったら…さあ、あなたはどうするだろう。川柳は断言だという意見がある。また、未了性が川柳だという人もいる。この句では結末は読者に預けたままで、宙吊りになっている。
川柳の方法はいくつもあるのだ。狭い守備範囲を守って、その中で無難な句を書いていても仕方がない。きゅういちはいろいろな方法を駆使している。「ふらすこてん」44号ではこんな川柳を書いている。
玄武ゆく玉子パックを鞍にして きゅういち
朱雀にいさんそこはソースとちゃいますか
「ま」のクチで座薬を待っている白虎
『井泉』68号では、リレー評論「現代に向き合う歌とは?」というテーマで、黒瀬珂瀾が「ほろびについて」という文章を書いていて、次のような歌が紹介されている。
君はあくまで塔として空港が草原になるまでを見ている 千種創一
虐殺を件で数えるさみしさにあんなに月は欠けていたっけ
映像がわるいおかげで虐殺の現場のそれが緋鯉にみえる
恐竜のように滅ぶのも悪くない 朝のシャワーを浴びつつしゃがむ
骨だった。駱駝の、だろうか。頂で楽器のように乾いていたな
これらは先ごろ歌評会のあった千種創一『砂丘律』から。
『井泉』は毎号、表紙に春日井建の絵が使われている。ここしばらく「笑い壺」の絵が使われている。種子のようなものが入った容器が「へへへ…」と笑っている図。春日井建のユーモア感覚がうかがえて楽しい。
『旬』204号(2016年3月)を読んでいて、宮本夢実が亡くなったことを知った。
10年くらい以前の『旬』のバックナンバーの中から紹介する。10句選ぼうと思ったが、いい句が多いのでその倍くらいになった。
掬われる金魚は人を選べない 宮本夢実
鍵ひとつあればいつでも蛇になる
幕間で変える表紙と裏表紙
弱い樹が先に切られる風の中
しくじってほどほどに揺れ大樹なり
ふるさとの空を見にゆく潜水艦
我がもの顔の風船がある腕の中
心ならずも落ちた穴からくる花信
人形の理屈を言わぬ膝頭
別れたいのでこっそりと烏賊になる
混沌の四月を背泳ぎでかわす
少年の指から漏れるアミノ酸
産道で最初に聴いたクラシック
咳をする造花だけには水をやる
背信の時刻表から遠ざかる
締まらぬ蛇口たためない鳥の羽
すぐ落ちる鳥で友達また増える
午後二時のうなじあたりにある沼だ
川になるアゲハに逢うと決めてから
「死」や「ほろび」について考えていると、石原吉郎の次の詩を何となく思い出した。
世界がほろびる日に
かぜをひくな
ビールスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ
方法が満たされている洗面器 きゅういち
「洗面器」という連作の一句目。
湯水ではなくて「方法」という抽象的なもので洗面器が満たされている。その結果、「洗面器」も抽象化され、比喩的な意味をもってくる。
「煮えたぎる鍋 方法はふたつある」(倉本朝世)という句がある。きゅういちの場合は方法は二つではなくて多数あるのだろう。
牛乳の膜を揺らして来る正午
来るのは誰(何)か。誰かが(何かが)やって来るのだろうが、「正午」がやって来るようにも読める。「牛乳の膜を揺らして」というのは牛乳缶をぶらさげて来るというより、何らかの状況を表現しているようだ。牛乳を飲もうとすると膜ができている。膜は飲むのにじゃまになるが、膜ができるところが牛乳らしいとも言える。誰かが(何かが)薄膜を揺らしてやって来るのだ。
攝津幸彦に「階段を濡らして昼が来てゐたり」という句があって、「昼」は女の名だという読みをした人があったことを思い出した。
名前呼ぶしばらくあって家鳴りする
振動で家が揺れる。地面が揺れるのだろうが、名前を呼んだあと、家鳴りがおこる。「家鳴り」とはポルターガイストのようなものだろうか。
「私」が誰かの名前を呼ぶのか、誰かに名前を呼ばれるのか。地霊のような無気味な存在。
川端康成の『山の音』では山の音が心理的な揺らぎの象徴となっている。
来世から再三文字化けのメール
怪異の句が続く。異界からのメールは文字化けしていて読めないが、本来はメッセージがあったはずである。それが「再三」くるのだから、不安感をあおる。削除してもメールは届くのだ。
昨夜助けた石鹸が立っていた
これはもう「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)のパロディだろう。
俳句史に残る名作と向き合う場合に、どのように表現したらいいか。きゅういちは「石鹸」を持ち出した。しかも、「昨夜助けた石鹸」である。
人を助けるというのは難しいものである。どこまでも助け続けることは不可能だし、助けたあとは自分で努力しなさいと突き放すのも中途半端だ。助けたのは石鹸である。風呂場か洗面台かわからないが、連作だとしたら洗面台かもしれない。石鹸が立ってこちらを見ていて、それが鏡に写っていたりする。滑稽にも思えるし、不条理とも受け取れる。
肉まんを潰し殉死をしてしまう
「肉まん」をつぶすという日常と「殉死」という厳粛な状況を結びつけてしまう。
乃木大将の殉死は漱石と鷗外にショックを与えた。
この句の場合、それほどの深刻さがないのは、「~をしてしまう」という文体のせいだろう。
心音の速いファミマのチキンをば
ファミマのフライドチキンはもう生きていないから心音がするはずはないのだ。単なる食物としてなら美味しく食べられるだろうが、そこに心音を聞きとってしまったら…さあ、あなたはどうするだろう。川柳は断言だという意見がある。また、未了性が川柳だという人もいる。この句では結末は読者に預けたままで、宙吊りになっている。
川柳の方法はいくつもあるのだ。狭い守備範囲を守って、その中で無難な句を書いていても仕方がない。きゅういちはいろいろな方法を駆使している。「ふらすこてん」44号ではこんな川柳を書いている。
玄武ゆく玉子パックを鞍にして きゅういち
朱雀にいさんそこはソースとちゃいますか
「ま」のクチで座薬を待っている白虎
『井泉』68号では、リレー評論「現代に向き合う歌とは?」というテーマで、黒瀬珂瀾が「ほろびについて」という文章を書いていて、次のような歌が紹介されている。
君はあくまで塔として空港が草原になるまでを見ている 千種創一
虐殺を件で数えるさみしさにあんなに月は欠けていたっけ
映像がわるいおかげで虐殺の現場のそれが緋鯉にみえる
恐竜のように滅ぶのも悪くない 朝のシャワーを浴びつつしゃがむ
骨だった。駱駝の、だろうか。頂で楽器のように乾いていたな
これらは先ごろ歌評会のあった千種創一『砂丘律』から。
『井泉』は毎号、表紙に春日井建の絵が使われている。ここしばらく「笑い壺」の絵が使われている。種子のようなものが入った容器が「へへへ…」と笑っている図。春日井建のユーモア感覚がうかがえて楽しい。
『旬』204号(2016年3月)を読んでいて、宮本夢実が亡くなったことを知った。
10年くらい以前の『旬』のバックナンバーの中から紹介する。10句選ぼうと思ったが、いい句が多いのでその倍くらいになった。
掬われる金魚は人を選べない 宮本夢実
鍵ひとつあればいつでも蛇になる
幕間で変える表紙と裏表紙
弱い樹が先に切られる風の中
しくじってほどほどに揺れ大樹なり
ふるさとの空を見にゆく潜水艦
我がもの顔の風船がある腕の中
心ならずも落ちた穴からくる花信
人形の理屈を言わぬ膝頭
別れたいのでこっそりと烏賊になる
混沌の四月を背泳ぎでかわす
少年の指から漏れるアミノ酸
産道で最初に聴いたクラシック
咳をする造花だけには水をやる
背信の時刻表から遠ざかる
締まらぬ蛇口たためない鳥の羽
すぐ落ちる鳥で友達また増える
午後二時のうなじあたりにある沼だ
川になるアゲハに逢うと決めてから
「死」や「ほろび」について考えていると、石原吉郎の次の詩を何となく思い出した。
世界がほろびる日に
かぜをひくな
ビールスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ
2016年3月5日土曜日
瀬戸夏子症候群―不要なんだ君や僕の愛憎なんか
短歌の読み方、俳句の読み方、あるいは川柳の読み方というようなものがあるのだろうか。ひとつのジャンルに慣れ親しんでいると、そのジャンルの作品の読み方や書き方に染められてゆくものである。頻繁に繰り返される業界用語や評価基準などが習慣化されて自然に身についてゆく。結果としてジャンルの評価基準は制度化され、初心を失った作者はその基準に合致するような作品を無意識的に再生産してゆくようになる。そしてある日ふと疑問に思うのだ、こんなことでいいのだろうか?―短歌における「詩」、俳句における「詩」、川柳における「詩」が問われるのは、そのような局面においてである。
瀬戸夏子歌集『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)が上梓された。『そのなかに心臓をつくって住みなさい』につづく待望の第二歌集である。
巻頭ちかく、見開きの左頁に次の四つの選択肢が提示されている。
a. 友達になりたい。
b. 悪かった。おれが謝るよ。
c. 何をきいていてもむかしの恋人とプールのなかにいるようだ。
d. 君はお金持ちなんだね。
これらの選択肢の前頁には次の短歌が置かれている。
片手で星と握手することだ、片足がすっかりコカコーラの瓶のようになって
あなたはどれを選ぶだろう。素直にaだろうか。bくらいがいいんじゃないかな。すこし屈折してcだろうか。dだと俗物と思われはしないか。そもそも、この選択肢は何なんだ?前の短歌に対する選択肢とは全然ちがうのかもしれない。
瀬戸夏子は評価の難しい歌人である。
たとえば『誰にもわからない短歌入門』で三上春海はこんなふうに書いている。
〈「わからない歌」ということでしたら瀬戸さんの歌を外して語ることはできないでしょう。瀬戸さんは斉藤斎藤さんとあわせて現在もっとも「前衛」を体現している歌人だとわたしはおもっているのですが、そのようなひとの歌ですから当然「わからない」。でもすごいんです〉
『桜前線開架宣言』でも山田航は次のようにコメントしている。
〈瀬戸夏子は間違いなく現代短歌のなかでも特に重要な歌人のひとりなのだが、論じるのがきわめて難しい。なぜなら、「一首単位で表記する」という短歌の原則を打ち破るスタイルを取っているため、歌が引用しづらいからだ〉
今度の歌集は一首単位で読めるのだが、論じるのが難しいという点では変わりがない。
「短歌的喩」とか「上の句と下の句の関係性」とか、「韻律のうつくしさ」や「私性」など従来の鑑賞の仕方は瀬戸夏子の作品においてはいったん無効になる。
では、そこには何が表現されているのか。
わたしにかかった秘密のその隙に太陽へ執刀する花はさかりに
緯度を引く気持ちで宝石をたべて悲しむ人々を裏切るように所以を知らせる
瀬戸の短歌を難解にしているのは言葉の出所である。
ふつう、作品の創作過程というものは読んでいて何となく想像がつくものである。
突然出現した言葉であっても、それはその作品の中の別の言葉(連作の場合は隣接する別の短歌やテーマ)を契機として生まれたのだということが、うっすらと理解できたりする。
けれども瀬戸の短歌では、その言葉がどこから飛んできたのかが見えない。
多くの場合は日常的文脈を超越した「意味の関節外し」と捉えたり、補助線を引くことによって「見えない梯子」の在りどころを理解できたりする。けれども、瀬戸の作品はそういうものとも違うようだ。
結局、瀬戸夏子の短歌を読むときは、一行の詩として読むほかはないのである。
それはそれはチューリップの輪姦でした
心臓が売りものとなることをかたときも忘れずに いつかあなたの心臓を奪うだろう
短律と長律。
そういう分け方をすれば、短律は少なく、長律が大部分である。もちろん五七五七七の短歌形式で書かれている作品もある。短歌形式の韻律のさまざまなヴァリエーション。彼女の作品には短歌でありながら詩でもあるというパラドクシカルな魅力がある。
わからないところもあるけれど好きな歌。
再演よあなたにこの世は遠いから間違えて生まれた男の子に祝福を
突風にあなたはくずれて是と答え左手ばかりを性器に変えた
口を出さないでくれこれからのしゃぼん玉のなかにひらく無数の傘よ
おれの新聞をとってくれ りんごはいい りんごは体によくないからな
火星のプリンセスどんどんいなくなってく彼女の髪だけを切りたい
走ってく花のかたちの音楽で本名だなんてはしたないって
僕が行く、僕が行って、僕がはにかむ午前のあいだに現代になる
窓から感情がポテトチップスとして降ってくる 夜というよりも昼
北極の極ならそんなの埼玉の天使と東京の天使で話しあいなよ
晩節を汚すためにもそばにいてくれ他は正式な最後通告
「私は無罪で死刑になりたい」というタイトルの章について。
「罪なくして配所の月を見る」という言葉がある。罪人ではなく風流人として流刑地の月を見たいというのだろう。瀬戸は「流刑」ではもの足りなくて過激に「死刑」という言葉を使う。風流貴族の寝言など蹴とばす勢いである。
いいきかせて天国のほうへ不要なんだ君や僕の愛憎なんか
恋よりももっと次第に飢えていくきみはどんな遺書より素敵だ
きっときみから花の香りがしてくるだろう新幹線を滅ぼすころに
これらの歌は比較的分かりやすい。別に心配することもないのだが、瀬戸夏子の読者にとっての「愛唱歌」になる危険性があるかもしれない。瀬戸が読者を意識して書いているとは思えないが、頻出する「あなた」や「きみ」は誰を想定しているのだろう。
瀬戸夏子の『かわいい海とかわいくない海 end.』を読んで言えるのはただひとつ。この歌集を読んだあとで他の歌人の歌を読むと、それらがひどく甘ったるいものに感じられてしまうということだ。どうやら瀬戸夏子症候群に罹患してしまったようだ。
瀬戸夏子歌集『かわいい海とかわいくない海 end.』(書肆侃侃房)が上梓された。『そのなかに心臓をつくって住みなさい』につづく待望の第二歌集である。
巻頭ちかく、見開きの左頁に次の四つの選択肢が提示されている。
a. 友達になりたい。
b. 悪かった。おれが謝るよ。
c. 何をきいていてもむかしの恋人とプールのなかにいるようだ。
d. 君はお金持ちなんだね。
これらの選択肢の前頁には次の短歌が置かれている。
片手で星と握手することだ、片足がすっかりコカコーラの瓶のようになって
あなたはどれを選ぶだろう。素直にaだろうか。bくらいがいいんじゃないかな。すこし屈折してcだろうか。dだと俗物と思われはしないか。そもそも、この選択肢は何なんだ?前の短歌に対する選択肢とは全然ちがうのかもしれない。
瀬戸夏子は評価の難しい歌人である。
たとえば『誰にもわからない短歌入門』で三上春海はこんなふうに書いている。
〈「わからない歌」ということでしたら瀬戸さんの歌を外して語ることはできないでしょう。瀬戸さんは斉藤斎藤さんとあわせて現在もっとも「前衛」を体現している歌人だとわたしはおもっているのですが、そのようなひとの歌ですから当然「わからない」。でもすごいんです〉
『桜前線開架宣言』でも山田航は次のようにコメントしている。
〈瀬戸夏子は間違いなく現代短歌のなかでも特に重要な歌人のひとりなのだが、論じるのがきわめて難しい。なぜなら、「一首単位で表記する」という短歌の原則を打ち破るスタイルを取っているため、歌が引用しづらいからだ〉
今度の歌集は一首単位で読めるのだが、論じるのが難しいという点では変わりがない。
「短歌的喩」とか「上の句と下の句の関係性」とか、「韻律のうつくしさ」や「私性」など従来の鑑賞の仕方は瀬戸夏子の作品においてはいったん無効になる。
では、そこには何が表現されているのか。
わたしにかかった秘密のその隙に太陽へ執刀する花はさかりに
緯度を引く気持ちで宝石をたべて悲しむ人々を裏切るように所以を知らせる
瀬戸の短歌を難解にしているのは言葉の出所である。
ふつう、作品の創作過程というものは読んでいて何となく想像がつくものである。
突然出現した言葉であっても、それはその作品の中の別の言葉(連作の場合は隣接する別の短歌やテーマ)を契機として生まれたのだということが、うっすらと理解できたりする。
けれども瀬戸の短歌では、その言葉がどこから飛んできたのかが見えない。
多くの場合は日常的文脈を超越した「意味の関節外し」と捉えたり、補助線を引くことによって「見えない梯子」の在りどころを理解できたりする。けれども、瀬戸の作品はそういうものとも違うようだ。
結局、瀬戸夏子の短歌を読むときは、一行の詩として読むほかはないのである。
それはそれはチューリップの輪姦でした
心臓が売りものとなることをかたときも忘れずに いつかあなたの心臓を奪うだろう
短律と長律。
そういう分け方をすれば、短律は少なく、長律が大部分である。もちろん五七五七七の短歌形式で書かれている作品もある。短歌形式の韻律のさまざまなヴァリエーション。彼女の作品には短歌でありながら詩でもあるというパラドクシカルな魅力がある。
わからないところもあるけれど好きな歌。
再演よあなたにこの世は遠いから間違えて生まれた男の子に祝福を
突風にあなたはくずれて是と答え左手ばかりを性器に変えた
口を出さないでくれこれからのしゃぼん玉のなかにひらく無数の傘よ
おれの新聞をとってくれ りんごはいい りんごは体によくないからな
火星のプリンセスどんどんいなくなってく彼女の髪だけを切りたい
走ってく花のかたちの音楽で本名だなんてはしたないって
僕が行く、僕が行って、僕がはにかむ午前のあいだに現代になる
窓から感情がポテトチップスとして降ってくる 夜というよりも昼
北極の極ならそんなの埼玉の天使と東京の天使で話しあいなよ
晩節を汚すためにもそばにいてくれ他は正式な最後通告
「私は無罪で死刑になりたい」というタイトルの章について。
「罪なくして配所の月を見る」という言葉がある。罪人ではなく風流人として流刑地の月を見たいというのだろう。瀬戸は「流刑」ではもの足りなくて過激に「死刑」という言葉を使う。風流貴族の寝言など蹴とばす勢いである。
いいきかせて天国のほうへ不要なんだ君や僕の愛憎なんか
恋よりももっと次第に飢えていくきみはどんな遺書より素敵だ
きっときみから花の香りがしてくるだろう新幹線を滅ぼすころに
これらの歌は比較的分かりやすい。別に心配することもないのだが、瀬戸夏子の読者にとっての「愛唱歌」になる危険性があるかもしれない。瀬戸が読者を意識して書いているとは思えないが、頻出する「あなた」や「きみ」は誰を想定しているのだろう。
瀬戸夏子の『かわいい海とかわいくない海 end.』を読んで言えるのはただひとつ。この歌集を読んだあとで他の歌人の歌を読むと、それらがひどく甘ったるいものに感じられてしまうということだ。どうやら瀬戸夏子症候群に罹患してしまったようだ。
2016年2月26日金曜日
『15歳の短歌・俳句・川柳』
現代俳句協会青年部主催の勉強会で昨年来、新興俳句が連続して取り上げられてきた。
2015年9月に高屋窓秋、10月に渡邊白泉、11月に三橋敏雄、12月に西東三鬼、そして2016年2月は富澤赤黄男。
私は聴きに行けなかったが、久留島元から富澤赤黄男についてのレジュメをもらった。
赤黄男の「クロノスの舌」の「蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない」は有名だが、俳句と川柳について次の一節がある。
「現代俳句と現代川柳の混淆―これは重大なことである。
このことについて、批評家も作家も全然触れようとしない。
―これはまた重大なことである。
俳句の真の秩序が見失われてゐる証左であらう」
赤黄男の問題意識をひとつの契機として私も「俳句と川柳」について随分考えてきたが、これは常に繰り返されるテーマなのだろう。
赤黄男の句に見られる一字空けは現代川柳でも多用される。混淆の出発点は「旗艦」にあるようだ。
「船団」107号(2015年12月)の特集は「昭和後期の俳人たち」だった。「昭和後期」という括り方は耳慣れないものだ。筑紫磐井・仁平勝・坪内稔典の三人が座談会を行っている。
筑紫が取り上げているのは相馬遷子・阿部完市・最晩年の高浜虚子である。
ねぱーるはとても祭で花むしろ 阿部完市
そして筑紫はこんなふうに発言している。
「今、阿部完市の俳句をみるとどこか最近の若い作家に影響が出ているような気がしないでもない。要するに意味でもないし、メッセージでもないし、遊びのようでもあるんだけれど、それだけにとどまらない何か詠みたいものがある」
一昨年、「蝶俳句会」から発行された『昭和の俳句を読もう』という冊子は、54人の俳人の各30句を抄出し、かんたんなコメントをのせたもので、私もよく利用させてもらっている。その中から阿部完市の句をもう少し引用する。
ローソクもってみんなはなれてゆきむほん 阿部完市
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり
にもつは絵馬風の品川すぎている
木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど
地名の使い方など興味深く思われる。
「船団」の対談に戻ると、坪内は「平成の今の時代は俳句史的な考え方というのが元気がないと思います」と言っている。俳句でもそうなのか。川柳の世界でも川柳史へのリスペクトはまったく感じられない。私が「現代川柳ヒストリア」を立ち上げた理由のひとつがそこにある。
『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳』(ゆまに書房)の第1巻「愛と恋」が刊行された。
短歌の選と解説は黒瀬珂瀾、俳句は佐藤文香、川柳はなかはられいこが担当している。
短歌・俳句・川柳の作品が一冊のアンソロジーの中で同居しているのは画期的なことだ。
川柳からは30句掲載されていて、鶴彬や岸本水府などの評価の定まった作品から現在ただいま書かれている最新の作品までが網羅されている。そのうちのいくつかを紹介する。
お別れに光の缶詰を開ける 松岡瑞枝
あのひとをめくれば雨だれがきれい 畑美樹
よいにおいふたりで嘘をついたとき 久保田紺
非常口の緑の人と森へゆく なかはられいこ
くちづけのさんねんさきをみているか 渡辺和尾
わたしたち海と秋とが欠けている 瀧村小奈生
永遠と書くゆうぐれもかりうども 清水かおり
たてがみを失ってからまた逢おう 小池正博
「たてがみを…」は柳本々々が取り上げてから比較的知られるようになった句。初出は「WE ARE!」4号(2002年5月)だから、なかはられいことも縁の深い句である。
ドラえもんの青を探しにゆきませんか 石田柊馬
君はセカイの外へ帰省し無色の町 福田若之
それぞれの作品に選者による解説と作者のプロフィールが付いていて読みやすい。
石田柊馬の川柳と福田若之の俳句が見開きページの左右に掲載されている光景は、ちょっと感慨深いものがある。
第二巻「生と夢」も刊行されているはずだが、私はまだ見ていない。第三巻「なやみと力」は3月下旬に刊行予定。どんな句が掲載されるのか楽しみである。
2015年9月に高屋窓秋、10月に渡邊白泉、11月に三橋敏雄、12月に西東三鬼、そして2016年2月は富澤赤黄男。
私は聴きに行けなかったが、久留島元から富澤赤黄男についてのレジュメをもらった。
赤黄男の「クロノスの舌」の「蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない」は有名だが、俳句と川柳について次の一節がある。
「現代俳句と現代川柳の混淆―これは重大なことである。
このことについて、批評家も作家も全然触れようとしない。
―これはまた重大なことである。
俳句の真の秩序が見失われてゐる証左であらう」
赤黄男の問題意識をひとつの契機として私も「俳句と川柳」について随分考えてきたが、これは常に繰り返されるテーマなのだろう。
赤黄男の句に見られる一字空けは現代川柳でも多用される。混淆の出発点は「旗艦」にあるようだ。
「船団」107号(2015年12月)の特集は「昭和後期の俳人たち」だった。「昭和後期」という括り方は耳慣れないものだ。筑紫磐井・仁平勝・坪内稔典の三人が座談会を行っている。
筑紫が取り上げているのは相馬遷子・阿部完市・最晩年の高浜虚子である。
ねぱーるはとても祭で花むしろ 阿部完市
そして筑紫はこんなふうに発言している。
「今、阿部完市の俳句をみるとどこか最近の若い作家に影響が出ているような気がしないでもない。要するに意味でもないし、メッセージでもないし、遊びのようでもあるんだけれど、それだけにとどまらない何か詠みたいものがある」
一昨年、「蝶俳句会」から発行された『昭和の俳句を読もう』という冊子は、54人の俳人の各30句を抄出し、かんたんなコメントをのせたもので、私もよく利用させてもらっている。その中から阿部完市の句をもう少し引用する。
ローソクもってみんなはなれてゆきむほん 阿部完市
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり
にもつは絵馬風の品川すぎている
木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど
地名の使い方など興味深く思われる。
「船団」の対談に戻ると、坪内は「平成の今の時代は俳句史的な考え方というのが元気がないと思います」と言っている。俳句でもそうなのか。川柳の世界でも川柳史へのリスペクトはまったく感じられない。私が「現代川柳ヒストリア」を立ち上げた理由のひとつがそこにある。
『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳』(ゆまに書房)の第1巻「愛と恋」が刊行された。
短歌の選と解説は黒瀬珂瀾、俳句は佐藤文香、川柳はなかはられいこが担当している。
短歌・俳句・川柳の作品が一冊のアンソロジーの中で同居しているのは画期的なことだ。
川柳からは30句掲載されていて、鶴彬や岸本水府などの評価の定まった作品から現在ただいま書かれている最新の作品までが網羅されている。そのうちのいくつかを紹介する。
お別れに光の缶詰を開ける 松岡瑞枝
あのひとをめくれば雨だれがきれい 畑美樹
よいにおいふたりで嘘をついたとき 久保田紺
非常口の緑の人と森へゆく なかはられいこ
くちづけのさんねんさきをみているか 渡辺和尾
わたしたち海と秋とが欠けている 瀧村小奈生
永遠と書くゆうぐれもかりうども 清水かおり
たてがみを失ってからまた逢おう 小池正博
「たてがみを…」は柳本々々が取り上げてから比較的知られるようになった句。初出は「WE ARE!」4号(2002年5月)だから、なかはられいことも縁の深い句である。
ドラえもんの青を探しにゆきませんか 石田柊馬
君はセカイの外へ帰省し無色の町 福田若之
それぞれの作品に選者による解説と作者のプロフィールが付いていて読みやすい。
石田柊馬の川柳と福田若之の俳句が見開きページの左右に掲載されている光景は、ちょっと感慨深いものがある。
第二巻「生と夢」も刊行されているはずだが、私はまだ見ていない。第三巻「なやみと力」は3月下旬に刊行予定。どんな句が掲載されるのか楽しみである。
2016年2月19日金曜日
「オルガン」4号のことなど
「オルガン」は2015年4月創刊。生駒大祐、田島健一、鴇田智哉、福田若之、宮本佳世乃の5人による季刊俳誌で、いま4号が出ている。毎号、同人作品と座談会で構成される。
ゴスロリ少女財布に溜め息が白い 福田若之
火事跡に階段の蠢いてゐる 宮本佳世乃
水鳥や眠りのつひの眩しさの 生駒大祐
滝凍てて夜な夜な途方もない配膳 田島健一
ぬるい膝からつはぶきの場所へ出る 鴇田智哉
4号の座談会のテーマは「震災と俳句」。宮本佳世乃からの質問状「あなたは震災句についてどう思いますか、また、どのように関わっていますか」について5人で話し合っている。その内容は深めてゆけば、時評や評論のテーマになるようないくつもの問題性を含んでいる。
興味深かったのは鴇田が引用している高木佳子の文章(「現代詩手帖」2013年5月)。
いわき市在住の歌人である高木に電話をかけてきた人がいて、「今は仮設住宅にお住まいで?」と訊いたという。高木の住んでいるのは高台で津波被害にあっていないし、線量も低かったのだ。電話をかけてきた人は「じゃあ、普通に暮らしていらっしゃる?」と怪訝そうだったという。その人のなかには「被災歌人」という構図が出来上がっていたのだ。
この話を紹介したあとで鴇田はこんなふうに言う。
「この高木さんみたいに、そう相手から期待されると、期待に応えなきゃ悪いとか、応えられなくてすみませんみたいな、変な感情が生じてしまうこともある」「文字として書かれている俳句とか短歌そのものは変わらないのに、添えられている地名で何かが変わる。そこで変わっていいの?っていう疑問もあるんだよね」
地名や作者名によってテクストの読みがずいぶん変わってしまうことは震災作品でなくても経験するところである。
読者の問題について、田島はこんなふうに言っている。
「読者にとっては、自分がわかる枠組みのなかで俳句を読みたいっていうのはあるよね。読み手が『この句はよくないです』って言った場合には、『自分が期待していない言葉がここにある(あるいは、ない)』、っていうことでしょ」
あと、次のような発言も記憶に残った。
「僕は、脆弱な言葉と脆弱でない言葉があると思っていました。時事的な言葉は脆弱で、桜みたいな言葉は強固だと。それが、そうじゃない場合もありうるってことですね」(生駒大祐)
「ある言葉を詠まないっていうあり方は、裏返して言えば、スマホを詠んだら何でも新しい句だと思っているあり方と、そう変わらないんじゃないかって。スタンスは違っても、じゃあそこで書かれるべきものは何なんだ、って問題はどっちにしろ残るよね」(田島健一)
『点鐘雑唱』は「現代川柳・点鐘の会」(墨作二郎)が毎年発行しているアンソロジーで、その年の「点鐘」誌掲載作品と点鐘勉強会作品から抽出している。2015年版は昨年一年間の作品をまとめたもの。その中からいくつか紹介する。
自己主張の導火線が錆ついている 阿部桜子
あなたの夢を一度も見ないカタツムリ 石川重尾
遠慮するなと誕生日がやってくる 一階八斗醁
地球儀のどこもかしこも蛸足配線 笠嶋恵美子
弟がちくわの役を降ろされる 北村幸子
鉄砲を担ぐと積乱雲になる 進藤一車
旅ひとり手稲の雪を見ているか(桑野晶子の死) 墨作二郎
戦争が出来る憲法の裏メニュー 瀧正治
「聞き耳」はこちらと象の後ずさり 平賀胤寿
重なって重なってから枯れる 前田芙巳代
咳すれば山頭火よりパブロン 渡辺隆夫
死ぬ前に鞠子の宿のとろろ汁 渡辺隆夫
「第20回杉野十佐一賞」が発表されている。
詳細は「おかじょうき」のホームページを見ていただくとして、高得点句を何句か紹介する。
毎週金曜 息の発売日 佐久間裕子
息止めて止めて止めて止めて欅 瀧村小奈生
六条御息所的今夜 笹田かなえ
テラってギガってナノらない息なんだ 中西亜
すうはあすうはあなめらかにくさる 宮沢青
印象的だったのは広瀬ちえみの選評である。
「川柳は現在行き交っていることばに左右されていると思った」
「固有名詞を使うときはその言葉自体がすでに抱えている背景を一句のなかで料理しなければならないことを強く意識するべきだと私は思う」
「俳句には季語(時間の積み重ねがある)があるが、それと固有名詞とはちがう。川柳で使われる固有名詞はどちらかといえば作者の生きている現在を呼吸している。しかし一句のなかにピタリと嵌まったときは大きな力を持つのが固有名詞である。川柳におけることばの流通を良くも悪くも考えさせられた」
俳句や川柳における「作者」「読者」「ことば」の問題は、実作と連動するさまざまな局面で深められてゆきつつある。
ゴスロリ少女財布に溜め息が白い 福田若之
火事跡に階段の蠢いてゐる 宮本佳世乃
水鳥や眠りのつひの眩しさの 生駒大祐
滝凍てて夜な夜な途方もない配膳 田島健一
ぬるい膝からつはぶきの場所へ出る 鴇田智哉
4号の座談会のテーマは「震災と俳句」。宮本佳世乃からの質問状「あなたは震災句についてどう思いますか、また、どのように関わっていますか」について5人で話し合っている。その内容は深めてゆけば、時評や評論のテーマになるようないくつもの問題性を含んでいる。
興味深かったのは鴇田が引用している高木佳子の文章(「現代詩手帖」2013年5月)。
いわき市在住の歌人である高木に電話をかけてきた人がいて、「今は仮設住宅にお住まいで?」と訊いたという。高木の住んでいるのは高台で津波被害にあっていないし、線量も低かったのだ。電話をかけてきた人は「じゃあ、普通に暮らしていらっしゃる?」と怪訝そうだったという。その人のなかには「被災歌人」という構図が出来上がっていたのだ。
この話を紹介したあとで鴇田はこんなふうに言う。
「この高木さんみたいに、そう相手から期待されると、期待に応えなきゃ悪いとか、応えられなくてすみませんみたいな、変な感情が生じてしまうこともある」「文字として書かれている俳句とか短歌そのものは変わらないのに、添えられている地名で何かが変わる。そこで変わっていいの?っていう疑問もあるんだよね」
地名や作者名によってテクストの読みがずいぶん変わってしまうことは震災作品でなくても経験するところである。
読者の問題について、田島はこんなふうに言っている。
「読者にとっては、自分がわかる枠組みのなかで俳句を読みたいっていうのはあるよね。読み手が『この句はよくないです』って言った場合には、『自分が期待していない言葉がここにある(あるいは、ない)』、っていうことでしょ」
あと、次のような発言も記憶に残った。
「僕は、脆弱な言葉と脆弱でない言葉があると思っていました。時事的な言葉は脆弱で、桜みたいな言葉は強固だと。それが、そうじゃない場合もありうるってことですね」(生駒大祐)
「ある言葉を詠まないっていうあり方は、裏返して言えば、スマホを詠んだら何でも新しい句だと思っているあり方と、そう変わらないんじゃないかって。スタンスは違っても、じゃあそこで書かれるべきものは何なんだ、って問題はどっちにしろ残るよね」(田島健一)
『点鐘雑唱』は「現代川柳・点鐘の会」(墨作二郎)が毎年発行しているアンソロジーで、その年の「点鐘」誌掲載作品と点鐘勉強会作品から抽出している。2015年版は昨年一年間の作品をまとめたもの。その中からいくつか紹介する。
自己主張の導火線が錆ついている 阿部桜子
あなたの夢を一度も見ないカタツムリ 石川重尾
遠慮するなと誕生日がやってくる 一階八斗醁
地球儀のどこもかしこも蛸足配線 笠嶋恵美子
弟がちくわの役を降ろされる 北村幸子
鉄砲を担ぐと積乱雲になる 進藤一車
旅ひとり手稲の雪を見ているか(桑野晶子の死) 墨作二郎
戦争が出来る憲法の裏メニュー 瀧正治
「聞き耳」はこちらと象の後ずさり 平賀胤寿
重なって重なってから枯れる 前田芙巳代
咳すれば山頭火よりパブロン 渡辺隆夫
死ぬ前に鞠子の宿のとろろ汁 渡辺隆夫
「第20回杉野十佐一賞」が発表されている。
詳細は「おかじょうき」のホームページを見ていただくとして、高得点句を何句か紹介する。
毎週金曜 息の発売日 佐久間裕子
息止めて止めて止めて止めて欅 瀧村小奈生
六条御息所的今夜 笹田かなえ
テラってギガってナノらない息なんだ 中西亜
すうはあすうはあなめらかにくさる 宮沢青
印象的だったのは広瀬ちえみの選評である。
「川柳は現在行き交っていることばに左右されていると思った」
「固有名詞を使うときはその言葉自体がすでに抱えている背景を一句のなかで料理しなければならないことを強く意識するべきだと私は思う」
「俳句には季語(時間の積み重ねがある)があるが、それと固有名詞とはちがう。川柳で使われる固有名詞はどちらかといえば作者の生きている現在を呼吸している。しかし一句のなかにピタリと嵌まったときは大きな力を持つのが固有名詞である。川柳におけることばの流通を良くも悪くも考えさせられた」
俳句や川柳における「作者」「読者」「ことば」の問題は、実作と連動するさまざまな局面で深められてゆきつつある。
2016年2月12日金曜日
「発信の時代」をめぐって
5月22日に大阪・上本町で開催する「第二回現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」、今年のホームページが出来ているので、ご覧いただければ幸いである。出店の申し込みも受付中。「川柳フリマ」と名のっているが、川柳関係に限定されるのではなく、短歌・俳句・現代詩のどのジャンルの出店も歓迎。ジャンル閉鎖的ではなく、参加者相互交流の場をつくりたいと思っている。「ヒストリア」の面では、川柳句集を何冊か展示する。昨年も展示した川柳鴉組の合同句集『鴉』のほか『中村冨二千句集』、定金冬二句集『無双』、松本芳味句集『難破船』などを陳列。対談ではゲストに山田消児さんをお迎えする。山田さんは惜しまれつつ終刊した「Es」同人。「短歌の虚構、川柳の虚構」をめぐっておもしろいお話が聞けることだろう。昨年同様、投句もできるので、よろしければ投句フォームからどうぞ。
http://senryu17.web.fc2.com/main-2016-01.html
川柳関係のネットでは「川柳スープレックス」が元気である。
メンバーは飯島章友・柳本々々・川合大祐・江口ちかる・倉間しおりの五人。
飯島章友は「スープレックス」1月15日で「川柳カード」10号を紹介したあと、「川柳は発信の時代に入った」と述べている。
「こういうと語弊があるかも知れないけれど、短歌界では有望な書き手にターゲットを絞って仕事を依頼し、歌壇を牽引していく存在に育てようという働きが自然に存在している気がする。人気稼業のタレントじゃねえんだから……、というご意見もあるかも知れない。でも、有能な人材を見出して活躍の場をもうけていくことは、どんな業界でも必要なこと。川柳の世界とて例外ではないとわたしは考える。その意味で昨年、柳本々々さんと榊陽子さんがネット上や各柳誌、フリーペーパーなどで話題になったのを振り返ると、川柳はいい方向に進んでいると感じる。川柳は発信の時代に入った」
これまで川柳における発信と受信はうまく対応していなかった。
昨年9月の「第三回川柳カード大会」で柳本々々と対談したときにもそのことは話題になった。川柳に関心をもった人がもっと川柳作品を読みたいと思ったときに、その入り口が見当たらないという問題である。柳本はこんなふうに語っている。
「たとえば、加藤久子さんの句集の句に高校生が反応したりすることがあるんですよ。さきほども言いましたが、現代川柳は「死」に敏感だから、三十代・二十代を越えて十代にすっと伝わる場合もあると思うんです。ただ、伝わったあとにどうすることもできないという現状があって、加藤さんの句集をどうやったら読めるのかと聞かれても、答えられないんですよ。伝わるかどうかも大事なんですけれど、伝わったあとにそういう空間が準備されているかどうかということが大事だと思っています」
私もこれは早急に何とかしなければいけないと思いながら便々と日が過ぎていくばかりだったが、最近になって柳本自身が「BLOG俳句新空間」36号(2月5日)でその入り口を作っているのに出あった。〈【短詩時評 十二時限目】〈遭遇〉するための現代川柳入門 飯島章友×柳本々々-きょう川柳を始めたいあなたの為に-〉である。この企画について柳本はこんなふうに言っている。
「それでですね、きょうは飯島章友さんをゲストにお招きして、たとえば〈きょう〉こんなふうに〈いきなり〉現代川柳に〈遭遇〉できないかということを飯島さんにお話をうかがいながら模索してみたいと思うんです。〈川柳をまったく知らないひと〉があるひとつのかたちをとおして〈現代川柳をせっかちなかたちでも いいから輪郭だけでもつかめるようにすることができないか〉というのが今回の記事の趣旨です。うまくいくかどうかはわかりませんが、ひとつやってみる価値 があるような気がするんですね」
この問題意識は飯島も共有していて、飯島はこんなふうに問いかけている。
「ところで、自分も少し柳本さんにお訊きしたいことがありますが、よろしいでしょうか? というのも、なかはられいこさんの話をしながら思い出したこと があるんです。自分は2003年になかはらさんらを通じて短詩としての川柳を知るに至ったあと、自分に合った川柳誌を見つけようと思って、インターネット で気になる川柳作家を検索したり、川柳アンソロジーを買ってみたりしたんです。ところが、どうも自分は手際が悪くてなかなか見つけることができませんでし た。柳本さんは自分に適した川柳誌なり川柳グループにたどりつくにはどういった方法がいちばんいいと思いますか?」
以下は柳本の答え。
「私は現代川柳を知ったのが、倉阪鬼一郎さんの『怖い俳句』(幻冬舎新書、2012年)という新書だったんですよ。この本、すごくおもしろい本でして、ほとんどが俳句なんですが、「自由律と現代川柳」という章があって川柳も紹介されているんですね。(中略)
で、これを読んだときに、これはなんだかおもしろい、なんだか自分が今まで知らなかった世界がここにはあると思って、ネットで検索したわけです。(中略)
ありふれた言い方になるけれど、たぶんいまいちばん現代川柳を手軽に知るためには、《気になった川柳作家がいたらともかく一度検索!》なのかもしれませ ん。そうするとかならず、だれかが紹介しています(誰かのことが気になるっていうことは、誰かももう気にしているっていうことです)。そうするとその川柳 作家に似た作風の川柳もそこで紹介されていたりします。すると、芋づる式に現代川柳の〈りんかく〉がわかってくる。そういうふうに、句集やアンソロジーを 〈買う〉というスタイルではなく(なかなか簡単には手に入らない現状もあるので)、自分でさがしながら、自分の分節や感性で現代川柳の《じぶんだけのアンソロジー》をつくっていく。それも最初の段階ではありなのかなあっておもいます」
あと、この記事には手に入りやすい川柳書や川柳句集も紹介されている。川柳への入り口として、行き届いたものになっている。
「スープレックス」はメンバーの個別活動も盛んで、川合大祐は週刊俳句459号(2月7日)に、「檻=容器」10句を発表している。
私がこの10句に一種の感動を覚えるのは、それが「 」という記号を用いた気のきいた表現などではなく、定型に対する川合の問題意識が反映していると感じるからだ。ぐにゃりとした不定形の現実に向かい合うには定型しかない。ここには川合の初心があると思う。
http://senryu17.web.fc2.com/main-2016-01.html
川柳関係のネットでは「川柳スープレックス」が元気である。
メンバーは飯島章友・柳本々々・川合大祐・江口ちかる・倉間しおりの五人。
飯島章友は「スープレックス」1月15日で「川柳カード」10号を紹介したあと、「川柳は発信の時代に入った」と述べている。
「こういうと語弊があるかも知れないけれど、短歌界では有望な書き手にターゲットを絞って仕事を依頼し、歌壇を牽引していく存在に育てようという働きが自然に存在している気がする。人気稼業のタレントじゃねえんだから……、というご意見もあるかも知れない。でも、有能な人材を見出して活躍の場をもうけていくことは、どんな業界でも必要なこと。川柳の世界とて例外ではないとわたしは考える。その意味で昨年、柳本々々さんと榊陽子さんがネット上や各柳誌、フリーペーパーなどで話題になったのを振り返ると、川柳はいい方向に進んでいると感じる。川柳は発信の時代に入った」
これまで川柳における発信と受信はうまく対応していなかった。
昨年9月の「第三回川柳カード大会」で柳本々々と対談したときにもそのことは話題になった。川柳に関心をもった人がもっと川柳作品を読みたいと思ったときに、その入り口が見当たらないという問題である。柳本はこんなふうに語っている。
「たとえば、加藤久子さんの句集の句に高校生が反応したりすることがあるんですよ。さきほども言いましたが、現代川柳は「死」に敏感だから、三十代・二十代を越えて十代にすっと伝わる場合もあると思うんです。ただ、伝わったあとにどうすることもできないという現状があって、加藤さんの句集をどうやったら読めるのかと聞かれても、答えられないんですよ。伝わるかどうかも大事なんですけれど、伝わったあとにそういう空間が準備されているかどうかということが大事だと思っています」
私もこれは早急に何とかしなければいけないと思いながら便々と日が過ぎていくばかりだったが、最近になって柳本自身が「BLOG俳句新空間」36号(2月5日)でその入り口を作っているのに出あった。〈【短詩時評 十二時限目】〈遭遇〉するための現代川柳入門 飯島章友×柳本々々-きょう川柳を始めたいあなたの為に-〉である。この企画について柳本はこんなふうに言っている。
「それでですね、きょうは飯島章友さんをゲストにお招きして、たとえば〈きょう〉こんなふうに〈いきなり〉現代川柳に〈遭遇〉できないかということを飯島さんにお話をうかがいながら模索してみたいと思うんです。〈川柳をまったく知らないひと〉があるひとつのかたちをとおして〈現代川柳をせっかちなかたちでも いいから輪郭だけでもつかめるようにすることができないか〉というのが今回の記事の趣旨です。うまくいくかどうかはわかりませんが、ひとつやってみる価値 があるような気がするんですね」
この問題意識は飯島も共有していて、飯島はこんなふうに問いかけている。
「ところで、自分も少し柳本さんにお訊きしたいことがありますが、よろしいでしょうか? というのも、なかはられいこさんの話をしながら思い出したこと があるんです。自分は2003年になかはらさんらを通じて短詩としての川柳を知るに至ったあと、自分に合った川柳誌を見つけようと思って、インターネット で気になる川柳作家を検索したり、川柳アンソロジーを買ってみたりしたんです。ところが、どうも自分は手際が悪くてなかなか見つけることができませんでし た。柳本さんは自分に適した川柳誌なり川柳グループにたどりつくにはどういった方法がいちばんいいと思いますか?」
以下は柳本の答え。
「私は現代川柳を知ったのが、倉阪鬼一郎さんの『怖い俳句』(幻冬舎新書、2012年)という新書だったんですよ。この本、すごくおもしろい本でして、ほとんどが俳句なんですが、「自由律と現代川柳」という章があって川柳も紹介されているんですね。(中略)
で、これを読んだときに、これはなんだかおもしろい、なんだか自分が今まで知らなかった世界がここにはあると思って、ネットで検索したわけです。(中略)
ありふれた言い方になるけれど、たぶんいまいちばん現代川柳を手軽に知るためには、《気になった川柳作家がいたらともかく一度検索!》なのかもしれませ ん。そうするとかならず、だれかが紹介しています(誰かのことが気になるっていうことは、誰かももう気にしているっていうことです)。そうするとその川柳 作家に似た作風の川柳もそこで紹介されていたりします。すると、芋づる式に現代川柳の〈りんかく〉がわかってくる。そういうふうに、句集やアンソロジーを 〈買う〉というスタイルではなく(なかなか簡単には手に入らない現状もあるので)、自分でさがしながら、自分の分節や感性で現代川柳の《じぶんだけのアンソロジー》をつくっていく。それも最初の段階ではありなのかなあっておもいます」
あと、この記事には手に入りやすい川柳書や川柳句集も紹介されている。川柳への入り口として、行き届いたものになっている。
「スープレックス」はメンバーの個別活動も盛んで、川合大祐は週刊俳句459号(2月7日)に、「檻=容器」10句を発表している。
私がこの10句に一種の感動を覚えるのは、それが「 」という記号を用いた気のきいた表現などではなく、定型に対する川合の問題意識が反映していると感じるからだ。ぐにゃりとした不定形の現実に向かい合うには定型しかない。ここには川合の初心があると思う。
2016年2月5日金曜日
久保田紺の五冊の句集
私の手元に久保田紺の五冊の句集がある。
一冊目は『銀色の楽園』(2008年9月、あざみエージェント)。100句収録。
ありがとうと言ったらさようならになる
ちいさくてかわいいそしておそろしい
背中からなにか出ようとしています
呼びに来たひとにふわりとついてゆく
これとは別に題名のない句集が三冊ある。
それぞれ表紙が青色・赤色・白色でタイトル・あとがきなど一切なく、句だけが収録されている。私の調べたところでは、青色には2005年以後の句、赤色には2007年10月~2008年5月の句、白色には2009年までの句がそれぞれ収録されている。句集ができた経緯については、「杜人」228号の「ここからの景色」に久保田自身の文章が掲載されている。
この次は貴方を産みたいと思う
狂わされ私正しく動き出す
濡れている 私の左君の右
攻めてくる無垢なうさぎの顔をして
笑ってしまった 許していないのに
眠れない夜は羊を丸刈りに (以上、青色から)
渡したいものがあるのとおびきだす
あなただけが好きよあなたといるときは
マニュアルを読んでるうちに故障する
古本の同じところで泣いている
歩く鳥のほうに分類されている
いなくなったらいなくなったでこわいひと
さあ歩きましょうねと首輪つけられる (以上、赤色から)
錆びてゆく 雨に打たれるのが好きで
おさかなをたべているのにおよげない
会わないように会わないように帰りつく
お取り寄せしたら知らない人が来る
脱ぐまでは正義の味方だった人
散りましょう うしろに列ができている (以上、白色から)
最後に『大阪のかたち』(2015年5月、川柳カード叢書)。
久保田紺と「川柳カード」との関係について、句集の「あとがき」には次のように書かれている。
〈長年住み慣れた家を出て辿り着いた所は、「川柳カード大会」会場から徒歩3分のところ。それがどんなに幸運なことか、私はまだ知りませんでした。すべてのものの手放し方ばかり考えていた私は、思いがけず新しい場所を得、仲間と出会いました〉
こうして久保田紺は「川柳カード」大会や合評会に参加するようになり、そのつながりから「川柳・北田辺」にも毎回参加するようになった。
銅像になっても笛を吹いている
キリンでいるキリン閉園時間まで
うつくしいとこにいたはったらええわ
海はまだか海に出たくはないけれど
あいされていたのかな背中に付箋
着ぐるみの中では笑わなくていい
鉄人に勝とう大きなパー出して
いけませんそこに触ると泣きますよ
私は久保田紺の恋句が好きだ。句集の解説には「案外といっては語弊があるが、久保田紺には恋句が多い」と書いて、彼女には叱られたけれど。
私は40代の彼女を知らない。たぶん久保田紺にはいろいろな面があって、私の知っているのはほんの一面にすぎないだろう。ただの「いい人」であったら、こんな句が書けるはずもない。
私たちは日常生活の些事に追われて暮らしているが、自分の「いのち」に向き合ったときに、どうでもいいこととそうでないことはきっぱりと分けられる。どうでもいいことは、はっきりどうでもいいのだ。私が彼女から学んだのは、そういうことである。
「川柳性」とは何か。ひとことで言うのはむつかしいが、久保田紺の作品にはまぎれもない川柳性が感じられる。すぐれた川柳人だった。
一冊目は『銀色の楽園』(2008年9月、あざみエージェント)。100句収録。
ありがとうと言ったらさようならになる
ちいさくてかわいいそしておそろしい
背中からなにか出ようとしています
呼びに来たひとにふわりとついてゆく
これとは別に題名のない句集が三冊ある。
それぞれ表紙が青色・赤色・白色でタイトル・あとがきなど一切なく、句だけが収録されている。私の調べたところでは、青色には2005年以後の句、赤色には2007年10月~2008年5月の句、白色には2009年までの句がそれぞれ収録されている。句集ができた経緯については、「杜人」228号の「ここからの景色」に久保田自身の文章が掲載されている。
この次は貴方を産みたいと思う
狂わされ私正しく動き出す
濡れている 私の左君の右
攻めてくる無垢なうさぎの顔をして
笑ってしまった 許していないのに
眠れない夜は羊を丸刈りに (以上、青色から)
渡したいものがあるのとおびきだす
あなただけが好きよあなたといるときは
マニュアルを読んでるうちに故障する
古本の同じところで泣いている
歩く鳥のほうに分類されている
いなくなったらいなくなったでこわいひと
さあ歩きましょうねと首輪つけられる (以上、赤色から)
錆びてゆく 雨に打たれるのが好きで
おさかなをたべているのにおよげない
会わないように会わないように帰りつく
お取り寄せしたら知らない人が来る
脱ぐまでは正義の味方だった人
散りましょう うしろに列ができている (以上、白色から)
最後に『大阪のかたち』(2015年5月、川柳カード叢書)。
久保田紺と「川柳カード」との関係について、句集の「あとがき」には次のように書かれている。
〈長年住み慣れた家を出て辿り着いた所は、「川柳カード大会」会場から徒歩3分のところ。それがどんなに幸運なことか、私はまだ知りませんでした。すべてのものの手放し方ばかり考えていた私は、思いがけず新しい場所を得、仲間と出会いました〉
こうして久保田紺は「川柳カード」大会や合評会に参加するようになり、そのつながりから「川柳・北田辺」にも毎回参加するようになった。
銅像になっても笛を吹いている
キリンでいるキリン閉園時間まで
うつくしいとこにいたはったらええわ
海はまだか海に出たくはないけれど
あいされていたのかな背中に付箋
着ぐるみの中では笑わなくていい
鉄人に勝とう大きなパー出して
いけませんそこに触ると泣きますよ
私は久保田紺の恋句が好きだ。句集の解説には「案外といっては語弊があるが、久保田紺には恋句が多い」と書いて、彼女には叱られたけれど。
私は40代の彼女を知らない。たぶん久保田紺にはいろいろな面があって、私の知っているのはほんの一面にすぎないだろう。ただの「いい人」であったら、こんな句が書けるはずもない。
私たちは日常生活の些事に追われて暮らしているが、自分の「いのち」に向き合ったときに、どうでもいいこととそうでないことはきっぱりと分けられる。どうでもいいことは、はっきりどうでもいいのだ。私が彼女から学んだのは、そういうことである。
「川柳性」とは何か。ひとことで言うのはむつかしいが、久保田紺の作品にはまぎれもない川柳性が感じられる。すぐれた川柳人だった。
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