2025年12月27日土曜日

2025年回顧(川柳篇)

2010年にこの時評をはじめたときは、時評の対象となるような川柳作品、川柳句集、イベントなどが少なくて苦労したが、近年は川柳の句集が多く出るようになって、逆にそのスピードに追いつかない。管見に入ったものだけになるが、今年の主な出来事を振り返っておきたい。
今年、川柳のフィールドで最も発信力が強かったのが暮田真名である。9月に発行されたエッセイ『死んでいるのに、おしゃべりしている』(柏書房)は依然、話題になっているし、このところ暮田の名を文芸誌などで見かけない月はない。まず「文学界」11月号の特集「あなたはAIと何を話していますか」にエッセイ「ねりちゃんとひとりきり」を書いている。「すばる」11月号のシンポジウムには川柳側のパネリストとして神野紗希、堀田季何らと参加。このシンポジウムは詩歌文学館で開催されたものの記録で、ユーチューブでも期間限定で視聴することができる。あと「芸術新潮」12月号にも「GOAT」とのコラボで名前が出ている。
ここで取り上げておきたいのは「鱗kokera川柳賞」についてである。先日、第1回鱗kokera川柳賞が発表され、暮田真名・なかはられいこ・平岡直子による審査結果が公開された。 大賞は伊野こうの「口からアスパラガス」、暮田真名賞は島崎の「地上波」、なかはられいこ賞は八上桐子「きのう」、平岡直子賞は野に咲くお花「わたしのワンピース」である。

共通の話題が手術台の上      島崎
股ぐらをひらいてひろいひろい昼  八上桐子
楽しいな。わたしお荷物だったから 野に咲くお花

「文学界」2026年1月号に水城鉄茶が詩「ストレスとスイング」とエッセイを発表している。水城はいま現代詩に注力しているようだが、彼の詩行のなかには川柳としても読める要素が含まれていると思う。
今年は川柳句集の発行も続いた。管見に入ったものだけ挙げておく。兵頭全郎『白騎士』(私家本工房、1月)、西田雅子『そらいろの空』(ふらんす堂、3月)、川合大祐『ザ・ブック・オブ・ザ・リバー』(書肆侃侃房、5月)、宮井いずみ『理数系のティーポット』(青磁社、8月)。また、投稿連作アンソロジーとして『川柳EXPO 2025』の存在も見逃せない。

白騎士の匂い黙ってくれたまえ     兵頭全郎
雨ばかり降る窓の位置かえてみる    西田雅子
フーダニットの針が挿さってゆく水風船 川合大祐
理恵ちゃんが捨てたんだって熱帯魚   宮井いずみ

歌集も三冊挙げておきたい。山中千瀬『死なない猫を継ぐ』(典典堂、1月)、上川涼子『水と自由』(現代短歌社、8月)、笹川諒『眠りの市場にて』(書肆侃侃房、8月)。山中には川柳も作った時期があり、歌集にも収録されている。

宇宙服を脱がないでここは夜じゃない部屋じゃない物語を続けて 山中千瀬
どの言葉を捨てたか捨てたから言えない            山中千瀬
目をひらき夢の廃墟となるからだ 夢にからだの性別がない   上川涼子
ココシュカの《風の花嫁》を飾るだろう死後の白くて無音の部屋に 笹川諒

川柳の評論集では『LPの森/道化師からの伝言』(石田柊馬作品集、書肆侃侃房、4月)がもっと読まれてもいいと思っている。石田は現代川柳を牽引してきたひとりで、彼の仕事の上に立って、現代川柳をさらに展開させていく必要があるからだ。
 キャラクターだから支流も本流も  石田柊馬
 その森にLP廻っておりますか
瀬戸夏子は石田柊馬作品集の帯に「含羞のダンディズムに導かれてわたしたちは現代川柳の真髄を知ることになる」とメッセージを書いている。瀬戸が「女人短歌」についてまとめた一書が『をとめよ素晴らしき人生を得よ』(柏書房、8月)。

早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ  葛原妙子

「水脈」が終刊になり、現代川柳の時代が終わりつつあり、2020年代後半はこれまでとは違った光景が見られるようになるかも知れない。かつて私は句会・大会で消費され消えてゆく川柳を「蕩尽の文芸」と呼んだことがあった。句会だけでなく、ネット句会でも同様の現象が起きているが、日々生産されるおびただしい数の中から記憶にのこる川柳作品が現れるのを待ちたいと思う。

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