2024年8月11日日曜日

吉松澄子の川柳

「川柳スパイラル」21号に吉松澄子は次の8句を投句している。「青」の連作である。

青くなるユーモアだけを持ち歩く
試作品だったそれでも青だった
魔がさしてブルーに光るバイオリン
こわいなあ青い時間がふくらんで
アダージョになれば青だとわかります
裏切りの青はきれいな仮分数
自由律ですから青空が続く
スズメ来て本当らしくなってきた

8句をそろえるのにはいろいろなやり方があるが、吉松は連作に仕立てることが多い。連作はテーマや言葉に統一性があるから書きやすい面もあるが、単調になると読者が飽きてしまうというリスクがある。吉松の句はベテランらしく、一句一句に独自性があり、互いに効果を打ち消してしまうことがない。「青くなるユーモア」とは何だろう。「赤くなるユーモア」があるのか。試作品が青というのはプラス・イメージなのか。自由律と青空の取り合わせなど、それぞれの句に読みどころがある。
「川柳スパイラル」20号の連作のテーマは「りんご」だった。

林檎することにしたのでよろしくね
秘めごとのひとつやふたつアップルパイ
不機嫌なりんご深読みしたんだね
訳ありリンゴなのに言わずにいてごめん
告白をしますアップルティーだから

林檎・りんご・リンゴという表記の書き分けのほか、アップルパイ・アップルティーなど素材の幅を広げている。川柳の基本文体である口語を用いているのも読みやすい。
次のような作り方もある(6号)。

きれいごと並べて遊びたいような
アネモネのモネのあたりを飛ぶような
ざっくりと言えばラ・フランスのような
ハーメルンの笛が誘いにきたような
読みさしのページを閉じているような
カスタネットは星屑食べているような
夕顔の進むつもりはないような
痛点に鳥の切手を貼るような

「~ような」という課題を設定して、そこに自由なイメージを繰り広げている。川柳でも安易な比喩は失敗しやすいのだが、吉松の句は安心して読めるし、また読んでいて楽しい。技術の裏付けがあるからだろう。
ここまで題詠や文体に注目してきたが、川柳性のある句も書かれている。

水色だけでいい水色だけがいい  (19号)
いい人のふりを何度もしましたね (19号)
ほんとうだから嘘っぽく話そうね (16号)
輪唱がずれていくさがはじまった (13号)
あともどりもうできなくて常温で (12号)
ねむるときねむるちからがあるような(12号)
さみしくて明るいものを消しにゆく (10号)
自由席にそそのかされているらしい (9号)
こじらせるそんなつもりはない再会 (3号)
噴水の意見どうでもいいけれど  (2号)

以下、「川柳スパイラル」に発表された吉松の句を任意に抜き出しておく。

奇跡など信じたころの春の虹 
春嵐ことばはもろいものですね
秋うららラストスパートだよみんな 
くちびるをとんがらかしてふゆふゆふゆ 
逢いましょう空の記憶のあるうちに
一人称単数うつくしい時間
誰のものですか鎖骨がうつくしい
モザイクは不思議な色になりたがる
心中をしようかなんてソーダ水
セクシーな海藻サラダなればこそ
偏差値の高そうな法蓮草だよ
葛切りの予備はあるからさようなら

生活者としての季節感の句もあるし、時間の推移のなかで浮かんでは消える思いを書いた句もある。いろいろな書き方のできる作者だが、どの作品も口語文体を基本として端正な言葉によって書かれている。私も吉松の句から学ぶことが多かった。

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