2022年2月18日金曜日

「川柳ねじまき」と「川柳木馬」

最近では川柳のネット句会も増えてきて、暮田真名の「ぺら句会」、湊圭伍の「海馬川柳句会」、川柳スープレックスの「七七句会」など、あちこちで開催されている。昨年の夏には「川柳ねじまき」による「十七人の選者による十七題のネット句会」が開催された。「ねじまき句会」十七周年を記念したもので、123名の参加者、1996句の投句があったという。その選考会の記録が「川柳ねじまき」8号に掲載されているので紹介する。大賞は次の句である。

七ってさたまに突風混ざるよね  尾崎良仁

討論では次のような発言がある。
「非常に感性がいいなという気がします」
「この句はすごく突破力のある句だと思いました。耳で聞いてすぐわかるんだけれども、意味はすぐにはわからない。意味はわからないんだけれども何だかおもしろい」
「わりと意味性を外した句が多いと思いましたが、世の中でやっている普通のつくり方でつくった意味性のある句の中にかなりいい句が多いなと思ったので、何となく意味を飛ばすという句には目がいかなかったですね」
「場には、飛ばすという場とロジカルにつくる場があって、ロジカルな句の中にもいい句がいっぱいあるじゃないかと最近思うんですよ」
「川柳を読んでいて、ちっとも突飛なことじゃないんだけど、そこから新しい切り口っていうか、今まで自分が意識してなかったこととか、どっかにあったけどまだ言葉にしてなかったことが見えてくるとうれしい気持ちになりますよね」

いろいろな川柳観が交錯していて興味深い。「感性」「突破力」「意味性」「飛ばすこととロジカルなこと」「新しい切り口」など、評価の基準はさまざまである。「普通のつくり方」「一般的なつくり方」というのも時代や集団によって変わってくるものだし、意味性のある句が良い場合もあれば詩的飛躍の句がおもしろい場合もある。川柳の書き方は作者によって異なるし、同じ作者でも場合によって異なることもあるが、読み手の方はそれぞれの書き方のなかで成功しているか失敗しているかを判断することになるのだろう。
大賞句以外の作品について、既成の構文を使う場合はよほど新しさが感じられないといただけないという意見や、十七音の中で何かを対比させるときに、構文は有効なんじゃないかという意見があった。固有名詞に関しては「俳句で言う季語のようなもの」と捉えているという発言もあり、突っ込んだ議論がなされていることがうかがえる。

封開ける時にハサミは嗚咽した   尾崎良仁

次に同人の作品も紹介しておく。あと、連句作品として二十韻「梅二月」の巻が掲載されている。

撫でてやる日本列島きゅーと鳴く   なかはられいこ
あふれない水でいましょう いよう  瀧村小奈生
S席で立ち上がる半跏思惟像     中川喜代子
こしあんになっても空を忘れない   米山明日歌
たましいはなべてすずしいえびかずら 八上桐子
ナスカより星降る音の生中継     青砥和子
しばらくはチラシを食べる空家の戸  安藤なみ
せせらぎの大きな青にむせている   妹尾凛
コンビニで四時間遊ぶのも辛い    丸山進
変身するときは背中から割れる    岡谷樹
大仏の研究室から来た扉       二村典子
息継ぎにうっかり浮いて掬われる   猫田千恵子

「川柳木馬」171号、巻頭で内田万貴が高知県立文学館で開催された「生誕150年幸徳秋水展」について書いている。秋水は四万十市に生れた社会主義者で「平民新聞」を創刊、大逆事件で処刑された。高知は自由民権運動の盛んな土地で、「間島パルチザンの歌」で有名なプロレタリア詩人・槙村浩もここで生れている。連句関係では寺田寅彦のゆかりの地で、寺田寅彦記念館もある。文学・思想の面でも興味深い土地柄である。
「川柳木馬」同人作品から紹介しよう。

牛乳をこぼして猫を呼んでいる     古谷恭一
舌足らず自分をしゃぶるハーモニカ   大野美恵
貉藻も咲いたことだし許してあげる   萩原良子
深呼吸ひとつであらかたが開く     内田万貴
英国史薔薇の名札を見て怒る      畑山弘
百均で「これはいくら」と訊いている  小野善江
玉手箱売る自販機があるらしい     森乃鈴
昨日から肉感のある広辞苑       清水かおり
やあ!なんて言ってみたけどあれは誰? 山下和代
過ぎたこと木の裂けることありやなしや 岡林裕子
浜木綿の痛みほどではないけれど    立花末美
最低賃金の下っ腹を喰う        田久保亜蘭
ネバネバしてる 勇気とか感動とか   高橋由美

高橋由美が10年ぶりに本誌に復帰していることに注目した。

集めてみたよ でも君の蛍じゃなかった  高橋由美
君のパスワード 僕の設計図に見える

君と僕の関係性はさまざまで、求めていたような「君の蛍」ではなかったと失望することもあれば、君のパスワードと僕の設計図が重なって見える場合(幻影にすぎないとしても)もある。一時期の「木馬」誌で「君」「僕」などの人称代名詞が多用されていて、その代表的な作者が高橋由美だった。作風は10年前と基本的にはかわっていないようだが、今後の作品の展開が楽しみだ。

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