青森県八戸市で発行されている川柳誌「カモミール」(発行人・笹田かなえ)のことは創刊号のときに紹介したが、このほど第三号が発行された。三浦潤子・守田啓子・細川静・滋野さち・笹田かなえの各20句に吟行の記録が付く。また、一句評を羽村美和子と飯島章友が書いている。結社ではなく、数人のグループによる川柳の発信として注目され、いま川柳の世界でどのような作品が書かれているかを知る手がかりとなる。以下、五つの観点から紹介してみたい。
1 私性の表現
夏の私はスイカとキミで出来ている 三浦潤子
私のふちにご注意こわれます 守田啓子
僕が子宮にいたころの話だよ 細川静
ベンガラ塗って下さい 私の骨らしく 滋野さち
わたしにはりんごをくれるひとがいる 笹田かなえ
「私性川柳」という言い方がいまどのような範囲で使われているか分からないが、「私」の表現はかつて現代川柳の一角を占めていた。作者の生活や人生の直接的表白として重視されていたのである。ただ、「私」の表現といってもそのカバーする領域は広いから、日常生活の一場面における感慨からはじまり、病気や貧困などの深刻な苦悩の表現、心の深部へ向かう探求、「虚構の私」を用いた作品に至るまで、さまざまなレベルが考えられる。掲出の作品が従来の境涯句としての「私」をどのように乗り越えているかが読みどころだろう。
一人称の「私」や「僕」が頻出するのは現代川柳の特徴のひとつだが、「私」にもさまざまなニュアンスがある。作者自身と重なるような私小説的「私」は本誌ではもはや見られない。
2 ペアの思想
樹木希林と内田裕也とまぜご飯 三浦潤子
枝垂れ桜だからセクハラじゃないから 守田啓子
抱いていたのは女だったか火蛾だったか 細川静
名月やレトルトですかナマですか 滋野さち
カラスウリ熟れたか指狐泣いたか 笹田かなえ
AとBという二つのものが対になっている表現も現代川柳ではよく見られる。これを私は「ペアの思想」と呼んでいる。何と何をペアにするか。また、「AですかBですか」という川柳ではよく使用される文体をどのように崩してゆくのか。そういう観点か読むと「AだからBじゃないから」という文体には新鮮味があった。いずれにしてもAとBの取り合わせに飛躍感がないとおもしろくなくなる。
3 批評性
文民統制出来ても怖いミルクチョコ 滋野さち
てぶくろ買いにシリアに行ったままの子は
王子の陰謀油まみれで漏れてくる
五人の中でもっとも批評性のある作者が滋野さちだ。ここでいう「批評性」とは「社会性」ということで、時事川柳の文芸性をどのように維持するかという課題に向き合うことになる。鶴彬の名を挙げるまでもなく、社会性は川柳の本道のひとつだ。
滋野は「川柳スパイラル」6号のゲスト作品でも、次のような作品を発表している。
まっさきに巧言令色と叫ぶ 滋野さち
恩赦かな車の傷が治っている
爆買いのステルス一機竜宮へ
4 ことば遊び
ヤリイカまいかユリイカの川上弘美 守田啓子
リンゴゴリララジオここからは侵入禁止 守田啓子
これがこぶしのこぶしなんだというこぶし 笹田かなえ
いささかのいさかいあって午後の坂 笹田かなえ
従来の現代川柳では「狂句の否定」の歴史から「ことば遊び」が忌避されてきたが、最近では言葉のおもしろさを主とする作品も書かれるようになった。
語頭韻や脚韻、尻取りなどは雑俳の手法だが、これを遊戯的なものとして排除することは、逆に川柳を痩せたものにしてしまうことになる。
三句目は漢字を使って書くと「これが辛夷の拳なんだという小節」とでもなるのだろうか。
5 詩的飛躍の現在
飛びますか摺ますか 冬 守田啓子
スサノヲノミコト重機のアーム 夏 笹田かなえ
ひんやりと桃の果肉が喉へ そして 三浦潤子
ヒトになる途中で産まれたの あたし 三浦潤子
一字あけの部分に飛躍があるはずである。守田の句の「冬」は二字あけ、笹田の句の「夏」は一字あけとなっている。守田は空白部分の距離感を視覚化したいのだろう。
三浦の句の「そして」「あたし」のような書き方も川柳ではよく見かける。題詠で「そして」とか「きっと」とかいうような題が出ることもある。ただ、こういう書き方が思わせぶりであったり、問いにたいする答えであったり、季節の状況説明であったりすると、それが効果的かどうかは疑問だ。
私はこういう一字あけには否定的である。
マヨネーズの逆立ち もうちょっと生きる 三浦潤子
この一字あけが成功しているかどうかは微妙だ。
「マヨネーズの逆立ち」という物に即して「もうちょっと生きる」という思いを陳べていて、両者がぴったり重なるところが共感されたり、もの足りなかったりする。意地悪な読者には多少のズレがあったほうがおもしろい。
詩的飛躍は一字あけなしでも表現できるはずである。
青空の痛み外反母趾の青 守田啓子
この夜の向こうに鶴の恩返し 笹田かなえ
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