四ッ谷龍の編集発行している「むしめがね」26号が届いた。田中裕明をめぐる論考と横井也有についての講演が収録されていて、100ページに及ぶ充実した内容になっている。ここでは也有と連句の方を紹介しよう。
横井也有は俳文『鶉衣』で知られる江戸時代、名古屋の俳人。「百蟲譜」などが有名である。『連句年鑑』(令和7年版)に四ッ谷龍は「横井也有と連句」を寄稿している。連句の座でよく巻かれるのは歌仙(36句形式)で、時間のないときは半歌仙(18句形式)となるが、美濃派では短歌行(24句形式)が使われ、国民文化祭岐阜でも短歌行が募集された。横井也有は美濃派の俳諧文化圏にいたようだが、二十八宿(28句形式)を創始した。四ツ谷の評論ではその理由をこんなふうに紹介している(也有の原文の現代語訳)。
「即興で連句を巻く場合、歌仙は句数が多いのが面倒くさがられるので、最近では短歌行の新形式が導入され、少人数の集いには役立っている。ただそれでも、短歌行では月や花を詠み季を当てはめるのに追われて、好句ができにくいという難点がある。そこで春と秋は二句で捨てる新ルールも行われているという。これは、三句連続の雑の句を作れるようにするためであろう。しかるに、二十八宿は春秋三句という古来のルールを守ったままで、雑を四句多く詠めるのである」
「それだけではなく、短歌行は表に月が出ないのが残念である。表に月が入らず、裏に月と花を押し込めるよりも、裏には花の美があるのだから、五句目の月は表としたほうが、月と花をじっくり賞玩する本来の意図に叶うのではないか。二十八宿では表は六句にして月を入れて歌仙同様とする。裏は八句で、裏に月がないのは百韻形式の四の折に例が見られるから問題ない」
短歌行はオモテ4句・ウラ8句・名残りのオモテ8句・名残りのウラ4句で二花二月。二十八宿は6句・8句・8句・6句で二花二月。短歌行ではオモテに月がでないので、二十八宿ではオモテ6句にして月を出している。
次は二十八宿の実作。オモテ六句のみ引用する。
夢も見じ鹿聞までは肱枕 也有
月も居待を過て遅き夜 三止
こゝろなき竿稲舟に指捨て 也陪
さてもわらぢに道はこねたり 文樵
元服の顔に商人見そこなひ 三止
朝日に簾掛る西側 也有
『鶉衣』についても触れられている。也有には出版の意図はなかったが、大田南畝(蜀山人)が写本を目にして、その面白さに驚き、蔦屋重三郎のところに持ち込んで刊行したということだ。
2025年6月14日に愛西市佐織公民館で横井也有顕彰会主催のイベントがあり、四ッ谷龍が講演をした。「むしめがね」に掲載されているのはその記録である。四ツ谷はまず横井也有伝説から語りはじめている。現代語訳で引用する(原文・饗庭篁村)。
「隠棲した知雨亭からは東に美しい山なみが見えるので、それを眺める窓を設けたのだが、ふだんはこの窓に錠をおろしていた。人からその理由を聞かれると也有はほほえみながら『どんなにうまいものでも毎日食べていれば飽きる。美しい景色も同様で、あまり目が慣れてしまうと面白くなくなるので、たまにしか窓を開けて眺めないのだ』と答えたという」
この話を枕として、坪内逍遥、尾崎紅葉、川上眉山、永井荷風、落合太郎、石川淳、司馬遼太郎、杉本秀太郎、高遠弘美と也有を愛した文人たちのことが語られる。詳細は「むしめがね」誌をご覧いただきたいが、四ツ谷はこれらの文人たちを、明治の小説家たちとフランス文学者たちの大きく二通りに分けているのは興味深い。
講演記録の最後のページに『連句年鑑』(令和7年版)の宣伝まで掲載していただいているのはありがたい。『連句年鑑』は残部僅少だが、日本連句協会のホームページからも購入申し込みいただける。
昨年11月8日には横井也有顕彰会の主催で春日井・多治見方面のバス旅行があり、地元のボランティアによる内津村の歴史や神社についての説明もあったようだ。
夢も見じ鹿聞までは肱枕 也有
ひえびえと枕の中を瀬音かな 龍
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