かねて発行を待ちかねていた「ぱんたれい」3号が届いた。三田三郎の川柳30句が掲載されている。
全日本喧嘩協会専務理事 三田三郎
甲は乙の罪を見逃すことにする
彗星です将来の夢は衝突です
ビギナーズラックで泣けた赤ん坊
流木を抱いて体重計に乗る
30句全部紹介したいところだが、5句だけにしておく。
「川柳スパイラル」17号の巻頭言で私は次のように書いている。
「近年一種の川柳ブームが起こったのには二つの流れがある。ひとつは歌人のなかに現代川柳の実作をはじめる人が現れたこと、もうひとつはSNSを通じて川柳が発信されるケースが増えたことである。即ち、短歌経由とネット経由で現代川柳の実作品が目に触れるようになってきたことになる」
「ぱんたれい」は短歌誌だが、現代川柳にも理解がある雑誌のひとつだ。三田三郎も笹川諒も川柳を書くが、今回の三田の「酸性雨」30句は本格的な川柳作品として通用するものになっている。誰でもたまたま成功した一句または数句の川柳を書いてしまう可能性がある。けれども30句そろえると、そこに作者の実力がはっきりと表われてくることになるからだ。
今回の三田の作品は30句通して退屈させない。政治用語、法廷用語、身体用語などのさまざまな言葉を使いながら作者独自の発想を打ち出している。「流木」は川柳ではよく用いられるが(「濁流は太古に発し流木の刑」河野春三)、三田は流木といっしょに体重計に乗ってしまった。諧謔はこの作者の持ち味であり、作品の川柳性もそこにある。
「ぱんたれい」3号には歌人のほかに佐藤文香の俳句も掲載されていて、短詩型文学への総合誌的な編集がうかがえて共感できる。川柳人では榊陽子が「界面ロマン」10句を寄稿している。
西暦に絶対服従しちゃいや(な)よ 榊陽子
「西暦に絶対服従しちゃいやよ」「西暦に絶対服従しちゃいなよ」という二重テクストなのだろう。川柳人は相反する二通りの発想をすることがある。一つの事象にたいして複数の物の見方をすることによって世界は相対化される。「右半身」と言えば「左半身」が連想されるし、「上層」を表現することによって逆に「下層」が言外に立ち現れてくる。けれども表現としては二つのうちどちらかを選んで断言しなければならないのだが、この句では二重テクストとして提示している。実験的な書き方だけれど、どちらかに断言するのが川柳本来の書き方とも言える。
同誌の特集1は歌集『鬼と踊る』『水の聖歌隊』を読む。本号の核となる部分だが、これは本誌をお読みいただくことにして、ここでは特集2「MITASASA注目の歌人 金川宏」について紹介しておきたい。金川の新作「午後からのこと」30首から。
猫の骨が透けてみえるようなひかりで組み立ててみる午後からのこと 金川宏
死んでからも木の葉のように吹き溜まる音譜よそんなに鳴らされたいか
我をぬげば梨の花が散る ああこれが最後の扉かもしれないね
三首目「我」には「セルフ」のルビが付いている。
金川は第一歌集『火の麒麟』(1983年)、第二歌集『天球図譜』(1988年)のあと作歌を中断。2018年に30年ぶりに第三歌集『揺れる水のカノン』(書肆侃侃房)を上梓した。三歌集からは笹川と三田が選んだ10首がそれぞれ掲載されている。
火を帯ぶる麒麟となりて黄昏へなだれゆかむを天涯の秋 『火の麒麟』
雪の夜の書庫へ返せばくらぐらとほのほあげゐむ天球図譜は 『天球図譜』
たづねきてひと夜舞へ舞へかたつむり雨を病む樹も風病む鳥も 『揺れる水のカノン』
笹川や三田が将来を嘱望されている若手歌人であるのに対して、金川宏は歌歴が長く、しかも中断をはさみながら再出発をしているから、短歌をめぐるさまざまな経験をしているはずだ。現実と言葉の関係について、金川は次のように書いている。
「現実世界と言葉の世界は、繋がり合うように見えながら、根本的なところで位相を異にするのではないか。言葉には言葉の世界がある。ましてや短歌という特殊な音律空間それ自体が、現実とは切り結びえないものではないのか、と。四十年という時を経ても、この葛藤は続いている」
私性や作品の背後にある作者の人間像が問われる短歌界のなかで強い葛藤があったことがうかがえる。そして金川は次のように言うのだ。「私にとって短歌とは、限られた存在のなかで許される唯一の遊戯と装飾、ものに喩えるなら楽器、それもどんな弾き方もできるポリフォニックな仮想された楽器」。
持続することは大変なエネルギーを必要とする。「午後からのこと」とは暗示的なタイトルだ。現在、第四歌集を準備中というから、それがどのような音を響かせるのか、楽しみに待ちたい。
あと、管見に入った歌集・川柳誌などを紹介しておく。
土井礼一郎歌集『義弟全史』(短歌研究社)は門外漢の私にもおもしろく読めた。
貝殻を拾えばそれですむものを考え中と答えてしまう
脱ぐ靴を並べる床に暗がりの娯楽がすでに始まっている
人間が口から花を吐くさまを見たいと言ってこんなとこまで
君のこと嫌いといえば君は問う ままごと、日本、みかんは好きか
川柳誌からも紹介しておこう。「What`s」4号から。
BBQひとりふたりと減っていく 浪越靖政
両足が底に着いたら教えてね 加藤久子
海中で海の話をしましょうか 妹尾凛
死んでしまった親とこのごろ和解する 佐藤みさ子
黙り続けてつまらぬ人になってきた 鈴木せつ子
できますか自分の水を替えること 高橋かづき
冷凍の虹はいつからあったのか 広瀬ちえみ
新家完司『良い川柳から学ぶ 秀句の条件』(新葉館出版)。「一読明快」とか「平明で深みのある句」とかいう伝統川柳の考え方をベースにしながら、そこから一歩抜け出す工夫について述べている。
無い筈はないひきだしを持ってこい 西田当百
メリケン粉つけても海老はまだ動く 高橋散二
外すたび的は小さくなってゆく 米山明日歌
りんごに生れてメロンになりたがる 田久保亜蘭
コサージュの位置がなかなか決まらない 安黒登貴枝
だれも見なかった桜も散りました 井上一筒
雑巾にされていきいきするタオル くんじろう
物欲が極彩色になっている 鈴木かこ
カニカマと言われなければ解らない 森茂俊
はじまりもおわりも勾玉のかたち 八上桐子
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