2022年12月3日土曜日

八上桐子の「夜」

11月×日
昨年11月に京都の連句人に誘われて柚子の里に行った。保津峡近くの水尾は柚子発祥の地とも言われ、この季節には一帯に柚子が実っている。気持ちのよいところだったので、今年も連句の会に参加させてもらうことにした。料理屋が数件あり、宿泊はできないが柚子風呂に入ってリフレッシュしたあと、鶏スキを食べながら連句を巻く。近くに清和天皇社があり、神さびたところだった。清和天皇は陽成天皇に譲位したあと、出家して畿内巡幸。水尾に隠棲し、31歳で崩御。柚子の里では雲海も見られるという。

11月×日
日本現代詩歌文学館の館報「詩歌の森」が届く。暮田真名の「三十一文字の川柳?」を読む。このタイトルはどういう意味だろうと思っていたが、読んでみて話の筋道が少し理解できた。
「川柳スパイラル」東京句会(2018年5月)のトークで我妻俊樹は「短歌は上の句と下の句の二部構成で、二つあるということは往復するような感覚がありますから、行って戻ってくるところに自我が生じるのが短歌だと感じます。そういうこと抜きに、引き返さず抜けるというのが私が川柳を作るときの感覚なんです」「短歌は引き返すけれど、川柳は引き返さないで通り抜ける」「もっと川柳のような短歌を作りたい」と述べている(「川柳スパイラル」3号)。
暮田はこの発言を念頭に置きながら、笹井宏之の短歌に触れている。

ぱりぱりとお味噌汁まで噛んでいる平年並みの氷河期らしい   笹井宏之
この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

暮田は前者を「引き返している」歌、後者を「通り抜けている」歌としている。後者では上の句の作中主体と下の句の作中主体は別の人間という解釈である。「三十一文字の川柳」とは微妙な表現だが、短歌から川柳へという暮田の道筋が何となく納得できる。

11月×日
「川柳木馬」173・174合併号が届く。作家群像は八上桐子。ここ二年あまりの作品から60句が掲載され、暮田真名と西原天気の作品論が付いている。

花の夜を平すちいさい木の楽器  八上桐子
三つ編みのうしろへ伸びてゆく廊下
桔梗剪る鋏が夜も切ってしまう
噴水を夜の子どもが降りてくる
増えすぎた鳩を空へと敷きつめる
Kokoro kokoro こぼしつづける鳩
たましいはなべてすずしいえびかずら
うたいましょうこれを夜だと言うのなら

『はじめまして現代川柳』の解説で私は八上の句に表れる「水」と「闇」(夜)のペアについて、「清浄な水の世界は背後に闇をかかえることによって屈折したものになる。水は闇を中和する存在でもあるし、水の背後にちらりと見える闇は、日常を破綻させないように適度にコントロールされている」と分かったようなことを書いているが、夜のモティーフは更に多彩に展開されている。注目されるのは私性から出発した八上が「こころ」や「たましい」にまで表現領域を拡げていることだ。

Kokoro kokoro こぼしつづける鳩
たましいはなべてすずしいえびかずら

前者では鳩のオノマトペに重ねられているし、後者のひらかな表記の句は今回の60句のなかで最も印象に残る作品となっている。八上は「作者のことば」として、若い世代の川柳人が続々と現れている状況にふれ、自己の「現在位置」を確かめたい、という意味のことを書いている。先行世代の川柳人はそれぞれの現在位置を示す用意が必要だろう。

11月×日
「里」205号を読む。叶裕の文章で「屍派」が10月に解散したことを知る。特集は「U-50が読む句集『広島』」。昭和30年に発行された合同句集『広島』が大量500冊発見されたニュースは他の俳誌でも取り上げられているが、アンダー50歳の俳人がこの句集について述べている。堀田季何の文章に引用されている句から紹介しておこう。

屍の中の吾子の屍を護り汗だになし
みどり児は乳房を垂るる血を吸へり
蟬鳴くな正信ちゃんを思い出す
廃墟すぎて蜻蛉の群を眺めやる

『広島』には専門俳人の句も収録されている。「広島や卵食ふ時口ひらく」(西東三鬼)は有名である。「里」には川嶋ぱんだ選の百句も掲載されている。

11月×日
「オルガン」31号を読む。

じきにコスモス古く古びていく僕らだ  福田若之
立ちすくむ秋多羅葉がすべて見る    宮本佳世乃
蛇轢かれ菊の姿となりにけり      田島健一
芋の葉が含み笑ひのかほをする     鴇田智哉

福田若之と鴇田智哉の〈往復書簡「主体」について〉も掲載されている。その中で引用されている「約束の寒の土筆を煮て下さい」(川端茅舎)が印象に残る。他に宮本佳世乃と浅沼璞の両吟・オン座六句「古き沼」の巻。またゲスト作品に宮崎莉々香の俳句が載っており、久しぶりに彼女の作品を読むことができて嬉しかった。

鶏頭は生命体に囲まれる  宮﨑莉々香
芒も群れのなまあぱや群れながらぱや
わたくしを出てぽろんぽはからすうり
柿に心をあなたは家で届かない

11月×日
「外出」8号を読む。

憐れむべき髪の多さと思いつつ自分の髪を押さえていたり   花山周子
ちがふと答へるのも差別のやうでだまつてゐるがだまるのも罪 染野太朗
グラタンは一夜を冷えて壊れたりかたちのなかのもの壊れたり 内山晶太
刑事ドラマのなかで刑事はひざまずきわたしのことを知りたいという 平岡直子

それぞれエッセイを書いていて、花山周子「振動」、平岡直子「ゴジラ」、内山晶太「ハレー彗星」、染野太朗「J-POP Review:ミセスマーメイド」。

海外の竜が炎を吐いていて 停止 そのずっと手前の酢の物  平岡直子

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