2018年4月6日金曜日

六条御息所的今夜(笹田かなえ)

4月4日に春の散歩会が開催され、京都御苑の吟行と句会に26名が参加した。
この集まりは旧・点鐘散歩会が解散したあと、中野六助・徳永政二・笠嶋恵美子・本多洋子が中心となって春と秋に開催されている。京都御苑の紅枝垂れ桜が満開で、京都御所の一般公開もはじまっていて、王朝文化の雰囲気を楽しむことができた。

青森から笹田かなえと守田啓子が参加した。この二人は「川柳作家ベストコレクション」(新葉館)から句集を出したところなので、少し紹介してみたい。

六条御息所的今夜     笹田かなえ

六条御息所は『源氏物語』に登場する光源氏の年上の恋人である高貴な女性である。
このよく知られている人名に「~的今夜」を続けて、現在の心情を表現している。喚起力の強い作品である。作者自身、句集の顔となる作品として選んでいる。
この句が題詠であると言えば、川柳に馴染のない人は驚くであろうか。「夜」という題だったかなと思って調べてみると、「息」という題だった。第20回杉野土佐一賞応募作品。
創作過程を想像してみると、「息」という題から作者は「六条御息所」を思い浮かべた。この発想はなかなか凄い。題はテーマや素材であるが、作句の出発点でもある。ここからどこまで発想を飛躍させることができるか。さらに作者はこれに「~的今夜」を付けることによって古典世界を現代化してみせた。六条御息所のような心の奥深くコントロールできない嫉妬や恨みは誰でも多かれ少なかれ経験するものである。
この句を秀逸に選んだ広瀬ちえみは選評で次のように書いている。

〈 「息」という題をはずしてやりたくなったのが本心。「ろくじょうのみやすんどころてきこんや」のうち「てきこんや」だけが作者のことばだ。しかしやられたなと思った。六条御息所の激しさがこの現代に生き生きと出現していると感じた。そして表記が漢字だけという作者の知的なことば遊び感覚が成功していると思う。六条御息所が好きだという女性が多いという。それは、嫉妬深くも知性も身分もあり毅然としており、(男性が苦手とする)六条御息所の存在が物語をおもしろくしているからである。あきられ訪ねても来やしない今夜。「的」が笑わせてくれる。六条御息所がユーモアになるなんて今日の今日まで知らなかったなあ。六条御息所にむける作者の視線に余裕が感じられる。 〉

人名を使った作品はたくさん書かれているが、作者は「~的今夜」で川柳にしているのだ。「~的」という言葉は川柳で見かけることもあるが、この句では効果的に使われている。
題詠として読むと「息」とは離れすぎているという問題や批判もあるかもしれない。けれども、こうして句集に収録されると、題詠の痕跡は消え、一個の独立した作品として読者の前に立ち現われてくるのである。

わたし、ずっとずっとの「っ」です よろしくね!  守田啓子

口語を生かした川柳である。
川柳は発生の当初から口語発想・口語文体である。文語から口語に移行した俳句とはその点で異なる。現代川柳の、特に女性川柳人の作品に口語を生かしたものが多く見られる。
言葉や文字そのものを素材に使う川柳は既視感があるが、促音の「っ」をクローズアップしたこの句は新鮮でおもしろい。
「よろしくね!」まで言うのは言い過ぎだと感じる向きもあるかも知れないが、そこまで言ってしまうのが川柳だろう。〈ずっとの「っ」です〉と言われても何のことか分からないような気もするし、どういう人なのか何となく分かるような気もする。明るさが伝わるので、ルサンチマンではない川柳にも魅力がある。

笹田と守田は昨年5月に「川柳カモミール」第1号を発行した。メンバーはこの二人のほかに三浦潤子・滋野さち・横澤あや子など。結社ではなく、川柳を書いたり読んだり吟行や句会をする数名のグループによる活動である。
「カモミール」のようなやり方はこれからの川柳のひとつのモデルになると思う。結社や大グループを否定するものではないが、少数のグループによる自由で小回りのきく川柳活動は川柳の活性化の方向性として重要である。現在は地域や生活圏を越えて、さまざまな人とつながる手段がいろいろあるから、県や地域性にこだわらないネットワークがどんどん広がってゆけばいいと思っている。

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