2011年6月3日金曜日

田口麦彦は発信する

田口麦彦の新著『アート川柳への誘い』(飯塚書店)が発行された。
川柳×アート×コラムのコラボレーションである。
川柳人にとって活字だけの句集も意味はあるが、一般読者にとっては写真や絵入りの本の方が親しみやすい。田口の前著『フォト川柳への誘い』は川柳×写真×コラムの「フォト川柳」だった。今回はさらに広げて絵画・写真・切り絵・書などを含めた「アート川柳」となっている。
本書には52篇が収録されているが、そのうちの3篇を紹介しよう。

いわしは天へ 金子みすゞにつづく道

清水寺の襖絵「大漁」と取り合わせている。中島潔という独学の画家である。画壇には属さず、清水寺の襖絵46枚を5年間かかって完成させた。どこかで見たことあるように思ったが、昨年5月にNHKの「クローズアップ現代」で取り上げられたという。イワシの大群の中に一人立つ少女は金子みすゞでもあり、画家自身でもある。印象的な絵だ。

昭和史のかなたにハート置き忘れ

渡辺隆夫句集『魚命魚辞』を紹介している。隆夫の句集はこの時評でも取り上げたことがある。田口が引用しているのは次のような句。

 魚命魚辞 また勅語かと朕びびる
 あのころは若く明るい杉葉子
 派遣切りプツリ夜桜お七にも
 テポドンに紅の豚ぶちかまし

田口がこれらの句に反応したことは「昭和」というキーワードによって理解できる。世代的なものもあるだろうが、たぶん二人とも「昭和」とは何だったのかと問いかけているのだろう。

575この水深がぼくに合う

『ハンセン病文学全集』を紹介している。「ハンセン病文学全集」全10巻(皓星社)は2010年7月に刊行された「俳句・川柳」編によって完結した。1980年代半ばに企画され、2002年に刊行が始まってからの長い道のりである。「俳句・川柳」編では田口麦彦が川柳の選と解説を担当した。収録された約4000句は1940年から2003年までに発表された作品群。
「週刊川柳時評」でも昨年の10大ニュースのひとつとして取り上げたことがある。
田口麦彦の著作の中でも重要な仕事のひとつである。

 療園の舗装路焼場へも通じもういいかい骨になってもまあだだよ  中山秋夫
                 邑久光明園(2007年没)
 陣痛の呻きも知らぬ病葉よ  
 波キララ 私もキララ 死もキララ   辻村みつ子 長島愛生園 句集『海鳴り』

田口麦彦は熊本県川柳協会の会長で、「川柳噴煙吟社」副主幹。
現在80歳であるが、川柳とそれに関連したコラムやエッセイ、評論など、これまで約30冊の出版物を出している。そのうちのいくつかを紹介すると、事典形式のアンソロジーとして普及しているのは、三省堂から出ている『現代川柳必携』『現代川柳鑑賞事典』『現代女流川柳鑑賞事典』であろう。『必携』は現代川柳の秀句7000句をテーマ別に分類して収録したもの。『鑑賞事典』は現代川柳人250名の鑑賞一句に各人の代表句10句を添える。『女流川柳鑑賞事典』は女流に特化したものである。

『穴埋め川柳練習帳』(飯塚書店)は穴埋めによって川柳に親しめるようにしている。
川柳入門書として便利なので、私も高校生に川柳を教える際に利用している。次に挙げるのはその一部で、( )に漢字一字が入る(解答は最後に掲載しておく)。

① ( )は瞬間ほうれん草の茹でかげん    畑美樹
② 盆踊り姉の( )( )を踏み続け      峯裕見子
③ 想い出のひと多くみな( )のなか     石曽根民郎
④ 飛行機の昇る角度は( )に似る      時実新子
⑤ 都会の夜 セロリは母の( )に似たり   橘高薫風
⑥ ズンタズンタと( )が戦争から帰る    墨作二郎
⑦ ( )一つ写しても小津安二郎       高橋散二
⑧ ( )を反らすたびにあやめの咲きにけり  大西泰世
⑨ 女さまざま猫の( )を皆持てり      麻生葭乃
⑩ 滅ぶもの美しければ( )へ出る      村井見也子

『地球を読む―川柳的発想のススメ』(飯塚書店)は、地球が直面する諸問題を「川柳」の視点から問いかける。その中に次の一句がある。

津波の町の揃ふ命日

現代の作品ではない。寛延3年(1750年)、慶紀逸によって編集された『武玉川』初篇の短句(七七句)である。「自然と人間とのかかわりを、この一句ほど客観的にとらえたフレーズはないのではないか」と田口は言う。本書の発行は2008年。東日本大震災より以前に発行されている。

あと、私が特に利用価値が高いと思ったのは、『時事川柳入門』(飯塚書店)である。
「いまを写す―現在性」「意見を言う―批評性」「歴史に残す―記録性」の三点から時事川柳をとらえている。本書の刊行は1995年だから、湾岸戦争、阪神大震災や地下鉄サリン事件などが例句として取り上げられている。

書物を通じて一般読書界に川柳を発信しようという志向をもった川柳人は、川柳界では少数派である。さまざまな切り口で川柳を発信し続ける田口麦彦の存在は貴重である。

穴埋め川柳解答
①愛 ②尻尾 ③月 ④恋 ⑤香 ⑥鴨 ⑦雲 ⑧身 ⑨頭 ⑩沖

0 件のコメント:

コメントを投稿