2021年7月17日土曜日

「井泉」創刊100号記念号と「西瓜」創刊号

この欄でもときどき取り上げている短歌誌「井泉」の創刊100号記念号が発行された。「井泉」は春日井建の中部短歌会の系譜を継ぐ雑誌で、春日井の没後2005年1月創刊。表紙絵に春日井の描いた絵を使っているのも楽しめる。短歌誌だけれど、招待作品のコーナーに短歌だけではなく、俳句・川柳・現代詩などの作品が掲載され、短詩型文学を見渡す視野のある編集である。また、特集テーマやリレー評論はいま短歌で何が問題となっているのかを知るのに役立つ。
100号記念テーマ評論として、【短歌の今を考える―二〇一〇年以降】が掲げられていて、坂井修一、花山周子、山崎聡子、江村彩、佐藤晶、彦坂美喜子の6人が執筆している。
2001年には東日本大震災があり、2019年にはCOVID‐19が出現するなど2010年代は災厄が起こるとともに様々な矛盾が噴出する時代となった。坂井修一の「滅びの道」は現代歌人協会賞の受賞作(第一歌集)をあげながら、この時代にどんな短歌が作られてきたかをたどっている。全部は挙げられないが、いくつかの作品を引用しておく。歌集名は省略。

左手首に包帯巻きつつ思い出すここから生まれた折鶴の数   野口あや子
入水後に助けてくれた人たちは「寒い」と話す 夜の浜辺で  鳥居
空中をしずみてゆけるさくらばなひいふうみいよいつ無に還る 内山晶太
防空壕に潜む兵らを引き摺りだすごとくにバグは発見される  山田航
飲食ののち風浅き道ゆけばこの身はさかなの柩であった    大森静佳
蜂蜜はパンの起伏を流れゆき飼い主よりも疾く老いる犬    服部真理子
カサンドラの詞さみしゑ凍月のひかりは地(つち)へ落ちつづけたり 川野芽生
きもちよく隙間を見せてあじさいの枯れつつ立てり明日もわたし 北山あさひ

坂井は菱川善男の次の言葉を引用している。
「塚本邦雄が現代短歌に与えた決定的影響は何であったのか。歌人が風流隠士のたぐいではなく、世界に滅亡を宣告する預言者にほかならぬことを、身をもって実証したところにある」
そしてこの言葉を踏まえながら、坂井は次のように結論づけている。
「短歌の今は、その近未来は、滅びの予感とともにある。それもかつて塚本邦雄が予言したような華々しいものではなく、日常感覚と平板な思惟のもとで」 明るさは滅びの姿なのであろうか、という太宰治の言葉を思い出すが、坂井の引用している短歌はペシミスティックな傾向のもので、現代短歌にはそれ以外の傾向もあるはずだが、文明の滅亡というようなスケールの視点で坂井が現代を捉えているのは興味深い。

花山周子の「平岡直子の作品とのとても個人的な夜の話」は、一人の作者にしぼって話をすすめている。「平岡直子の作品について私が何かを考えはじめていたのは二〇一一年三月十一日の夜のことだ」…震災の日である。その翌日は同人誌「町」の読書会が予定されていて花山は平岡の歌についてパネラーを割り当てられていた。読書会は中止となったが、レジュメには次の歌を引用していたという。

さっかーのことも羽音と言う夜に拾った石を袖で磨いて  平岡直子

「瀕死の文体」「瀕死は死んでいるわけではない」「まるで辛うじて生き延びようとしているような悲痛さ」と花山は書いている。

海沿いできみと花火を待ちながら生き延び方について話した 平岡直子
どの朝も夜もこうして風を受けあなたの髪が伸びますように
わたしたちの避難訓練は動物園のなかで手ぶらで待ち合わせること

「今にも消滅しそうなかすかなもののために平岡さんはこの世界の無意識の回路をピンセットで緻密に繋ぐ。繋いで空間をつくりだす」と花山は書いている。
坂井の文明史的視点と花山の個人的視点。他の論者については「井泉」本誌を読んでいただきたい。

もう一冊紹介したいのは、「西瓜」創刊号(発行・江戸雪)。発行の経緯について具体的には書かれていないが、関西の歌人が多いけれど、自由な集まりなのだろう。曾根毅、岩尾淳子、染野太朗、門脇篤史、とみいえひろこ、野田かおり、三田三郎、嶋田さくらこ、安田茜、楠誓英、鈴木晴香、土岐友浩、笹川諒、江戸雪。なかなかおもしろいメンバーである。「外出」「ぱんたれい」など結社や所属とは異なる自由な個としての結びつきが短歌では見られるが、「西瓜」はこれまでのグループ誌よりやや人数が多いので、今後どのように進んでいくのか注目される。

念力で壁が崩れてゆく都市の絶叫と降りしきる硝子片  曾根毅
それからのふた月ぼくはなんどでもきみを謝らせたきみがこはれても 染野太朗
背の穴をあけっぱなしで寝ているの 穴をとじたら死ぬの、助かるの とみいえひろこ
酔っ払いに脱ぎ捨てられた靴のくせに前衛的な立ち方をするな 三田三郎
西瓜割りしない季節の長いことずっと目隠しをしてるのに   鈴木晴香
西瓜なら食べれば種が出るでしょうアップデートでアプリが増える 土岐友浩
春霖よ未完のものが薄れゆく気配にいつも書名がほしい    笹川諒
母はもう父には逢えぬしゃらんしゃらん私があえないよりも逢えない 江戸雪

特集は「笹川諒歌集『水の聖歌隊』を読む」。土岐友浩の書評と同人による一首鑑賞が付いている。

椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって  笹川諒

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