残暑のはずなのに真夏日が続き、だらだらと過ごす毎日だが、瀬戸夏子の歌集『ずぶ濡れのクリスマスツリーを』が届き、緊張感が走った。『そのなかに心臓をつくって住みなさい』『かわいい海とかわいくない海』に続く第三歌集である。正岡豊の『四月の魚』が現代短歌クラシックスの一冊として発行されるなど、このところ短歌から目が離せない。
瀬戸の歌集のタイトルになっているのは次の短歌である。
ずぶ濡れのクリスマスツリーは目を覚ましツリーの心に目隠しをする
「クリスマスツリー」といえば、第一歌集の次の歌を私はよく覚えている。
あんた、怒ってるとき、見えてるよ、神経がクリスマスツリーみたいで
この神経がひりひりするような歌と比べて、こんどのクリスマスツリーは少し抒情的になったかな、と思った。この一首に限っての話だが。いずれにしても真夏にクリスマスツリーの歌を読むのはおもしろい。
瀬戸夏子の短歌は歌人よりも現代詩人に評判がよいようだ。もちろんコアなファンは短歌にもいるのだが、瀬戸の短歌は通常の短歌の作り方とは違う。一行詩ではなくて多行詩の発想のような気がする。前後の文脈とは別のところから言葉が飛んでくるのだ。
瀬戸の言語感覚でおもしろいと思ったのは、「海でできた薔薇」「真新しい追従」「呼吸の新月」「双子のための鬼門」「荷風のための初恋」「女身の川端康成」などのフレーズ。「獅子と苺との鍵」なんて手術台の上のミシンとこうもり傘の出会いみたいだ。歌集のなかで一番気に入ったのは次の歌。
天の首絞める両手がふとゆるみ片恋以外は平家に非ず
「平家でなければ人に非ず」を屈折させて展開している。「片恋以外は平家に非ず」とは魅力的な呟きである。
なずな、恋、紫野いき標野いき途中でパン屋の娘と出会う
「なすな恋」は「保名狂乱」のさわりだし、「紫野行き標野行き」は言うまでもない。このズリ落とし方はけっこう好き。
瀬戸は柏書房のWEBマガジンの連載「そしてあなたたちはいなくなった」も好調だし、着実に仕事を進めている。
それにしてもこの歌集、水色の紙にピンクの活字とは老眼の身にとって読むのがつらい。がんばって読めという作者の声が聞こえる。
時評の更新、次はいつになるか分からないので、川柳のことも書いておきたい。
パンの耳揚げて話はまだ続く 西川富恵
生玉子ひとつだけでは多すぎる 大野美恵
氷菓ひとくち躰は混みあっている 清水かおり
「川柳木馬」165号から。
西川富恵の川柳歴は長い。川柳をはじめたのが1974年。「川柳木馬」の創立同人である。その西川の現在の境地、平明で深みのある句。
大野美恵、ひとつだけなら「少なすぎる」だろうと思わせるところからこの句の読みはスタートする。「ひとつでは多すぎる」ではなくて、「ひとつだけでは多すぎる」というところにニュアンスが生まれる。
清水かおり、氷菓をひとくち食べてみる経験は誰にでもあるが、「躰は混みあっている」という感覚は独自なものだ。物を摂取することで、体内にあるさまざまなものの存在が混みあって意識される。「体」が「躰」として感じられる。
とびきりの笑顔でエッシャー渡される 潤子
右手からまだ離れないものがある 守田啓子
誰が死んでも海岸線は美しい 細川静
諦めたのは二十四歳の窯変 滋野さち
らせん堂古書店に入る片かげり 笹田かなえ
「カモミール」4号から。
一句目、エッシャーの版画は迷宮のような世界を表現していて人気がある。川柳の題材にもしばしば使われるから新鮮さはない。だからこの句の価値は「とびきりの笑顔」にある。迷宮の世界に笑顔で誘いこむのは一種の悪意だろう。この笑顔が曲者なのだ。
二句目、「離れないもの」って何ですか?と突っ込みを入れたくなる。左手からは離れていったのだろうか。右と左に意味を読み取ろうとすると、たとえば右利きの人にとって右手は現実にかかわり、左手は夢や理想にかかわるというような対立軸が想定される。けれども、この句はそういうことを言っているのではないだろう。
三句目、一読明快。
四句目、窯変天目という茶碗がある。茶碗に窯変が生まれたように、二十四歳の時に何かがあって人生が変わったのだろう。
五句目、とある街の片隅に古書店があって、店名を「らせん堂」という。店主は老人でもよいが、文学好きの青年だとしておこう。
不安10粒サハラ砂漠で砂になる 四ツ屋いずみ
呑み込んで赤い卵を産みつける 西山奈津実
散り急ぐ桜ウイルス見すぎたか 斎藤はる香
二メートル離れて好きとか嫌いとか 浪越靖政
苔むした兄から先は考えぬ 一戸涼子
「水脈」55号から。
サハラ砂漠に砂があるのは当然だが、サハラ砂漠で不安が砂になったと言っている。砂と不安はすでに見分けがつかない。
二句目、何を呑み込んだのか。呑み込んで産みつけるまでのプロセス。
ウイルスを詠んだ二句。アプローチの違い。
一戸涼子は完成度の高い句を書いている。快心の一句ではないか。
例えば、女の自分に慣れてきた 千春
このたび発行された千春の作品集『てとてと』(私家本工房)から。
ジェンダーにまつわる自分との違和感。
自己を客観視できるようになったとも言えるし、慣れてきたことがいいのかとも思われる。
川柳におけるジェンダーの問題を考えるときに、欠かせない作品になるかも知れない。
2020年8月28日金曜日
2020年8月1日土曜日
リモート連句体験記
「大阪連句懇話会」は2012年2月にスタート。関西を中心とする連句グループである。大阪・上本町の「たかつガーデン」を会場とし、今年4月に第30回を開催する予定だったが、コロナ禍で中止となった。6月になって少し状況が落ち着いたので7月に再開する予定だったのが、第二波が来たので集まれる者だけ座の連句、自宅で自粛したい者はリモート連句の二本立てで計画していた。さらに状況が悪化し、座の連句はあきらめて、在宅のままリモート連句をやろうということになった。
テレワークやリモートワーク、オンライン飲み会などが言われるなかで、インターネットにそれほど強くない私などにはハードルが高い。以前からパソコンにZOOMを入れるよう勧められていたが、いよいよお尻に火がついた。
ZOOMのホームページは何度か見ていたが、文字の説明だけでは分かりにくいところもある。手っ取り早くユーチューブを検索して、その説明を参照しながらダウンロードをすると思ったより簡単にできた。
当日は、「日本連句協会」の「リモート連句推進メンバー」の門野優に主催者になってもらった。事前にURLがメールで届くので、クリックすれば自然にZOOMの画面に入ることができる。ZOOMの入っている末端(パソコン・スマホ)とメールが届く末端が別の場合は、ミーティングIDとパスコードを入力すればよい。 私自身の課題としては、ZOOMでパワーポイントを使った説明ができるようになること。これは2月のときに予告していた「俳諧博物誌」のうち、野鳥俳句の話をするのに、パワポなら鳥の写真もスライドに上げることができるので、急遽作ってみた。
山谷春潮(やまや・しゅんちょう)の『野鳥歳時記』は野鳥俳句の名著といわれている。彼は「日本野鳥の会」の創設者・中西悟堂に師事、俳句では水原秋桜子の門下。そんな関係で秋桜子も中西悟堂と交流があり、「馬酔木探鳥会」というのを行っていた。秋桜子も鳥には詳しい。野鳥についてはこの時評(4月10日)でも少し触れたことがある。
「鴨」は冬の季語だが、マガモ・コガモなど渡り鳥(冬鳥)の場合で、「夏鴨」はカルガモのことだという話をした。夏鴨は別名「軽鳬」(かる)とも言い、大和の「軽ケ池」にちなむそうである。歳時記(十七季)では「軽鳬の子」(かるのこ、三夏)というかたちで出ているが、カルガモの親子の姿をとらえた季語だろう。私もカルガモの親子(カルガモのお引越し)を近所の槙尾川で二度見たことがある。あと、漢字で書くと紛らわしいものに「鳬」(けり、三夏)がいて、これば別の鳥。
パワーポイントも無事に使うことができて、私の話は30分で切り上げ、連句の実作会に。捌きは門野さんにお願いした。 句案はチャットを利用する。チャットをクリックすると右側にチャットの画面が出てくる。付句を書き込み、Enterを押すと自分の付句が表示される。参加者全員に表示されるが、捌き手だけに届くようにすることもできるので、投票で発句を選ぶときなどに便利だ。 画面共有はワードやテクストなども使えるので、捌き手が付句の進行を全員にわかるように画面表示してゆく。このときに捌きと書記(執筆)の役割分担が必要だが、今回ははじめての人が多く、捌き一人に負担をかけてしまった。次回からは役割分担ができると思う。
午後1時スタートで(連句実作は1時半から)、午後4時半終了の予定だったが、半歌仙を巻きあげると午後6時近くになった。慣れれば時間短縮できるはずだ。 あと、参加者が多いときは、ZOOMのなかでいくつかの部屋に分けることができるので、そのやり方をリハーサル。自分の部屋の練衆とは会話できるが、別の部屋の画面は映らない。困ったときはヘルプを押せば、主催者が移動してきてくれる仕組みである。 連句会が終了して何人かの方は退出。残った有志でオンライン飲み会を30分ほど。これ、一度やってみたかったんですね。夕食の支度もあるのに引き留めてごめんなさい。
さて、「猫蓑通信」112号に掲載された「リモート連句の可能性」で、山中たけをがリモート連句の利点を五つ挙げている。
①インターネットとビデオ通話のできる端末があれば、どこでも連句ができる。
②自宅から出られない連句人が実作に戻るきっかけになる。
③離れた地方や海外の人とも連句ができる。
④文音に比べれば実際の座に近く、即興性、座の反応なども見られる。
⑤コロナ禍のいま、STAY HOMEでも小さな旅のような体験ができ、心を自由にするきっかけになる。
よいことばかりのようだが、山中は課題も5点挙げている。
①一般参加にはインターネットとビデオ通話のできる端末が必要。
②捌きのほかに書記(執筆)が必要。 ③捌きや書記にはアプリの知識が必要。
④顔を突き合わせての実作に比べれば情報量は少ない。
⑤捌きの進行する会話以外に雑談するにはコツが必要。
①はパソコン、スマホどちらでも可能だが、カメラとマイクが内臓されていないデスクトップのパソコンの場合は外付けが必要になる。ノートパソコンはおおむね内臓されているのでそのまま使える。ZOOMは無料と有料があるが、主催者以外の一般参加者は無料で十分。主催者が有料に入っていれば、一般参加者は40分を過ぎてもそのまま続けることができる。
②は捌きが一人で行うこともできるが、負担が大きくなるので、捌きと書記の役割分担が望まれる。
③はチャットや画面共有のやり方をはじめ、質問やトラブルが生じたときにZOOMに習熟している人がいれば安心できる。
④は実際の座と比べると伝わる内容量は落ちるが、従来の手紙・メール・ツイッターなどに比べると顔の映像と音声があるだけに情報量は多くなる。
⑤は参加者が一斉に喋ると混乱するので、発言のタイミングがむずかしく、話したいことがあっても発言を控えてしまうケースが生じる。捌き手が適宜参加者に質問したり発言を要請したりするほか、参加者が話したいときは最初に「××さん~」と呼びかけてから話しかける配慮も必要。 いずれも一、二度体験すればクリアーできると思われる。
コロナが怖くて外出できない高齢者にとってリモート連句は100%安全である。
また人数制限のある大会・連句会の場合でも、実際の座のほかにリモート連句を併用すれば遠方の人も参加可能。たとえばリモートに20人の参加者があれば5人ずつ4座に分けることができる。50人なら10座。それぞれに捌き手と書記が必要。
前掲の「猫蓑通信」で山中は「転んでもただでは起きずに、コロナ禍のピンチをチャンスに変えて」と呼びかけている。外出を自粛しているが連句からは離れたくないと思っていらっしゃる方はチャレンジしてみてください。
ZOOMのホームページは何度か見ていたが、文字の説明だけでは分かりにくいところもある。手っ取り早くユーチューブを検索して、その説明を参照しながらダウンロードをすると思ったより簡単にできた。
当日は、「日本連句協会」の「リモート連句推進メンバー」の門野優に主催者になってもらった。事前にURLがメールで届くので、クリックすれば自然にZOOMの画面に入ることができる。ZOOMの入っている末端(パソコン・スマホ)とメールが届く末端が別の場合は、ミーティングIDとパスコードを入力すればよい。 私自身の課題としては、ZOOMでパワーポイントを使った説明ができるようになること。これは2月のときに予告していた「俳諧博物誌」のうち、野鳥俳句の話をするのに、パワポなら鳥の写真もスライドに上げることができるので、急遽作ってみた。
山谷春潮(やまや・しゅんちょう)の『野鳥歳時記』は野鳥俳句の名著といわれている。彼は「日本野鳥の会」の創設者・中西悟堂に師事、俳句では水原秋桜子の門下。そんな関係で秋桜子も中西悟堂と交流があり、「馬酔木探鳥会」というのを行っていた。秋桜子も鳥には詳しい。野鳥についてはこの時評(4月10日)でも少し触れたことがある。
「鴨」は冬の季語だが、マガモ・コガモなど渡り鳥(冬鳥)の場合で、「夏鴨」はカルガモのことだという話をした。夏鴨は別名「軽鳬」(かる)とも言い、大和の「軽ケ池」にちなむそうである。歳時記(十七季)では「軽鳬の子」(かるのこ、三夏)というかたちで出ているが、カルガモの親子の姿をとらえた季語だろう。私もカルガモの親子(カルガモのお引越し)を近所の槙尾川で二度見たことがある。あと、漢字で書くと紛らわしいものに「鳬」(けり、三夏)がいて、これば別の鳥。
パワーポイントも無事に使うことができて、私の話は30分で切り上げ、連句の実作会に。捌きは門野さんにお願いした。 句案はチャットを利用する。チャットをクリックすると右側にチャットの画面が出てくる。付句を書き込み、Enterを押すと自分の付句が表示される。参加者全員に表示されるが、捌き手だけに届くようにすることもできるので、投票で発句を選ぶときなどに便利だ。 画面共有はワードやテクストなども使えるので、捌き手が付句の進行を全員にわかるように画面表示してゆく。このときに捌きと書記(執筆)の役割分担が必要だが、今回ははじめての人が多く、捌き一人に負担をかけてしまった。次回からは役割分担ができると思う。
午後1時スタートで(連句実作は1時半から)、午後4時半終了の予定だったが、半歌仙を巻きあげると午後6時近くになった。慣れれば時間短縮できるはずだ。 あと、参加者が多いときは、ZOOMのなかでいくつかの部屋に分けることができるので、そのやり方をリハーサル。自分の部屋の練衆とは会話できるが、別の部屋の画面は映らない。困ったときはヘルプを押せば、主催者が移動してきてくれる仕組みである。 連句会が終了して何人かの方は退出。残った有志でオンライン飲み会を30分ほど。これ、一度やってみたかったんですね。夕食の支度もあるのに引き留めてごめんなさい。
さて、「猫蓑通信」112号に掲載された「リモート連句の可能性」で、山中たけをがリモート連句の利点を五つ挙げている。
①インターネットとビデオ通話のできる端末があれば、どこでも連句ができる。
②自宅から出られない連句人が実作に戻るきっかけになる。
③離れた地方や海外の人とも連句ができる。
④文音に比べれば実際の座に近く、即興性、座の反応なども見られる。
⑤コロナ禍のいま、STAY HOMEでも小さな旅のような体験ができ、心を自由にするきっかけになる。
よいことばかりのようだが、山中は課題も5点挙げている。
①一般参加にはインターネットとビデオ通話のできる端末が必要。
②捌きのほかに書記(執筆)が必要。 ③捌きや書記にはアプリの知識が必要。
④顔を突き合わせての実作に比べれば情報量は少ない。
⑤捌きの進行する会話以外に雑談するにはコツが必要。
①はパソコン、スマホどちらでも可能だが、カメラとマイクが内臓されていないデスクトップのパソコンの場合は外付けが必要になる。ノートパソコンはおおむね内臓されているのでそのまま使える。ZOOMは無料と有料があるが、主催者以外の一般参加者は無料で十分。主催者が有料に入っていれば、一般参加者は40分を過ぎてもそのまま続けることができる。
②は捌きが一人で行うこともできるが、負担が大きくなるので、捌きと書記の役割分担が望まれる。
③はチャットや画面共有のやり方をはじめ、質問やトラブルが生じたときにZOOMに習熟している人がいれば安心できる。
④は実際の座と比べると伝わる内容量は落ちるが、従来の手紙・メール・ツイッターなどに比べると顔の映像と音声があるだけに情報量は多くなる。
⑤は参加者が一斉に喋ると混乱するので、発言のタイミングがむずかしく、話したいことがあっても発言を控えてしまうケースが生じる。捌き手が適宜参加者に質問したり発言を要請したりするほか、参加者が話したいときは最初に「××さん~」と呼びかけてから話しかける配慮も必要。 いずれも一、二度体験すればクリアーできると思われる。
コロナが怖くて外出できない高齢者にとってリモート連句は100%安全である。
また人数制限のある大会・連句会の場合でも、実際の座のほかにリモート連句を併用すれば遠方の人も参加可能。たとえばリモートに20人の参加者があれば5人ずつ4座に分けることができる。50人なら10座。それぞれに捌き手と書記が必要。
前掲の「猫蓑通信」で山中は「転んでもただでは起きずに、コロナ禍のピンチをチャンスに変えて」と呼びかけている。外出を自粛しているが連句からは離れたくないと思っていらっしゃる方はチャレンジしてみてください。