―希望というものはあるともいえないし、ないともいえない。それは地上にできる道のようなものだ。歩くひとが多くなればそれが道になるのだ。(魯迅「故郷」)
年末12月26日に「第四回俳句Gathering」に参加した。懇親会で黒岩徳将がコミック『あかぼし俳句帖』(原作・有間しのぶ、作画・奥山直、小学館)の話をしていたので、さっそく読んでみた。
窓際族の編集者・明星(あかぼし)がふと興味をもった俳句の世界に入ってゆくというストーリーだが、居酒屋で出会った若い女性俳人に明星はこんなふうに言う。
「表現なんて目立てばいいんだからなんでもありでいいんでしょう?最初から五七五だの季語だの、しちめんどくさいこと決めるから、堅苦しいんですよねぇ。川柳にしちゃえば楽なのに」
それに対する女性俳人の答え。
「明星さんは、楽器は演奏されますか?いきなり指の位置も音譜も知らずに弾けましたか?やみくもにかき鳴らしても音は出ますけど、それは音楽じゃありませんよね?」「まぁ、どのジャンルでも初心者ほど浅い知識で先達を小馬鹿にするみたいですけど」「ついでに言うとふまじめで季語がないのが川柳、という認識も間違いです。あちらも造詣の深い文学です。揶揄する前に句集か川柳集の一つでもお読みになれば?」
川柳に対しても見識のあるひとがコミックを書いていることを心強く思った。
「杜人」248号の特集「川柳はお好きですか?―ジャンルを行き交う人々―」に飯島章友・柳本々々・水本石華の三人が執筆している。飯島は短歌(「かばん」)・川柳(「川柳カード」「川柳スープレックス」)の両形式で作品を発表している。水本は連句界では佛渕健悟(雀羅)として高名な存在である。ここでは特に柳本の文章を取り上げるが、「わたしがあなたを好きな五つの理由―或いはヴァルター・ベンヤミンと竹井紫乙」というタイトルで柳本は川柳を好きでいることの理由を五つ挙げている。その二番目が「希望」である。
「なぜ、川柳は希望の形態にちかいのか。
それは、定型というメディアを介して川柳が表現を提出するからである。
定型は、饒舌をゆるさない。したがって語り手には背景や文脈を用意する隙がない。ということは、読み手が背景や文脈を用意するのだ。
だからこそ、川柳は、どのような〈読み〉の可能性をも引き起こす。そのような読みの多様性こそが、わたしは〈希望〉だと思う。読みのアナーキズムこそが、希望の形式なのだとわたしは思いたい」
柳本のいう〈読み〉は従来の〈作者論的読み〉とは異なって、明らかに〈読者論的読み〉である。〈作者の死〉が言われて久しいが、川柳の世界では〈作者〉は今でも〈作品〉の後ろに貼りついている。川柳でも〈作品の多義性〉が言われたこともあるが、あまり議論が深められることもなく現在に至っている。けれども、柳本は文脈(コンテクスト)を用意するのは作者ではなくて読者だと言い切り、読みの多様性(別の言い方をすれば「未了性」)を一気に希望につなげている。これはけっこう衝撃的なことなのだ。
ここで、「杜人」の文章からは離れるが、「希望」と並んで「勇気」についての柳本の発言に触れておきたい。
大井恒行はブログ「日日彼是」(2015年12月13日)で「川柳カード」10号を取り上げ、柳本々々の次の発言を引用したあと、「そこには現代俳人が忘れて久しい問いが新たな表現をもって存在しているようにさえ思えた」と述べている。
「別に川柳によって救われる必要もないと思うのですが、川柳というのは勇気をくれると思うのですよ。それはなぜかというと、川柳はすごく不健全で〈健やかな不健全さ〉〈不健全な強さ〉を持っていると思います。私は寺山修司の俳句が好きだったんですよ。寺山修司もけっこう不健全な内容だと思いますが、おもしろさを感じます。そういう不健全さが自分を救ってくれました。幾つになっても不健全でいられる文芸ってあまりないと思うんです。それは定型が救ってくれていると思うんです。定型が饒舌を許さない。不健全は小説だと不健全すぎることになりますが、定型だと健やかさがありながら不健全でいられる」
この部分は対談をしていて私も強く印象に残ったところである。
私は川柳批評というものは川柳を活性化すべきものだと思っているから、川柳の現状に対してむやみに否定的言辞を弄することを好まない。だから柳本との対談においても「元気のでる前向きの発言」を期待していて、事前にそういうリクエストもしたのである。
ここでも柳本は「定型が饒舌を許さない」と言っている。「希望」も「勇気」も「不健全」もその根拠は「定型」にあるということだろうか。
川柳テクストに対する柳本の読みは、個々のテクストを読むだけではなくて「川柳」そのものの本質にまっすぐにつながってゆくところが特徴的である。作品論がそのまま川柳論に直結するのだ。独自の定型論として大きく実現するのが楽しみである。
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