2012年11月16日金曜日

バーチャル・シンガー「初音ミク」登場

11月13日(火)
江田浩司歌集『まくらことばうた』(北冬社)を読む。いろは順に配列され、666首が収録されている。666とは何やら黙示録的ではないか。枕詞といえば塚本邦雄の「春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状」を思い出すが、江田の枕詞はすべて初句に置かれている。
「い」ではじまる歌から5首紹介する。

いはばしる淡海の人は燃えたたす微笑の果てに咲く凍み明かり   江田浩司
いはそそく垂水の岩の月光に酔ひ酔ひて寒きパトス燃え立つ
いなみのの否といひつつ父の夜に光の肉やのどぼとけ燃ゆ
いもがいへに雪降れ降らば性愛のランプ渦まく二人なるらむ
いすくはしくぢらの眼あをくして夢かがやかす夢の栖ぞ

あまり聞きなれない枕詞の方が逆に印象が強いような気がする。

11月14日(水)
桂米團治独演会を聞きに心斎橋へ出かける。「心ブラ」という言葉は今でもあるのだろうか。久しぶりに心斎橋を散策する。大丸心斎橋劇場へは初めて行くが、寄席ではないので演芸場の浮き浮きした雰囲気とは少し勝手がちがう。
米團治は「稽古屋」「一文笛」「口入屋」の三席を語った。米朝が若いときに作ったという「一文笛」が特によかった。
米朝が桂米團治と正岡容に師事したことはよく知られている。小米朝が米團治を襲名したのも当然だろう。
私が以前から興味を持っているのは正岡容(まさおか・いるる)の方である。
正岡容は川柳とも関係があって、「川柳祭」という市販雑誌を創刊している。昭和21年11月から昭和24年まで27冊が刊行されたらしい。執筆陣が豪華で、徳川夢声・古川緑波・村松梢風・獅子文六などが参加した。私はこの雑誌の実物をまだ見たことがないが、ネットの古書などでも販売しているようなので、いつか手に入れたい。

「旧東京の市井に生育した私にとって、生涯このふるさとの伝統文明に萌芽した以外の文学を作製することは、困難であろう。私が宝暦の昔、南浅草の町役人柄井八右衛門に拠って創始された川柳と云う市井詩に、絶ちがたき親愛の情をおぼえるのも亦、全く同様の理由に他ならない」(正岡容『川柳の味い方と作り方』昭和23年)

打ち出しの太鼓聞えぬ真打はまだ二三度やりたけれども   正岡容
おもひ皆かなふ春の灯点りけり

後者の句碑が東京・下谷の玉泉寺にある。「バックストロークin東京」の翌日、私はこの句碑を見るために玉泉寺に足を運んだことを思い出す。

11月15日(木)
「きぬうら」という川柳誌がある。知多半島の半田市で発行されていて、発行人は浅利猪一郎。「ごんぎつねの郷」全国誌上川柳大会を毎年開催しており、今年は第5回。「きぬうら」347号はその発表誌である。「虫」という題で、印象に残った句を5句だけご紹介。

方丈記ですね うすばかげろうですね     吉岡とみえ
合い言葉はトーキョー 蟻とキリギリス    高瀬霜石
六列にならぶ蟻ならば 怖い         いわさき楊子
グレゴール・ザムザの朝がごろりと落ちている 阪本きりり
つまらないおとなになっていった虫      大嶋都嗣子

私は新美南吉(にいみ・なんきち)の「ごんぎつね」が大好きなのだが、来年は南吉生誕百年記念になるという。

11月16日(金)
短歌誌「井泉」48号(11月1日発行)の巻頭・招待作品に兵頭全郎の川柳作品15句が掲載されている。全郎は「ふらすこてん」「Leaf」のほか「川柳カード」にも同人参加、若手川柳人として多忙な日々を送っている。「ヴォイス/ノイズ」というタイトルで、最初の5句を紹介すると…

初音ミクに耳があるとか自由とか    兵頭全郎
鈴虫が電話に出ないままふける
知っている限りの唄を異を熱を
立ち上がると爆音の闇 しらす干し
効果音だけが歩いていく芝生

最初に「音」というテーマ設定があり、そこから作品を書いていくやり方だから、読者にとっては読みのとっかかりがないかも知れない。共感・感情移入がしにくいのだ。こういう書き方は少数の読者にしか理解されないことは、私も経験上よく知っている。言葉をひとり歩きさせる書き方で、どれだけ作品に説得力を持たせることができるだろうか。
「初音ミク」はバーチャル・シンガーである。現実の歌手ではなくて、コンピュータが作り出したキャラクターなのだ。これを最初の句に据えたということは、全句が意味や思いではなくて、実体のない言葉の世界で構築されていることを示している。実体がなく言葉だけで一句を成立させるためには、言葉の切れ味や力をさらにレベル・アップさせなければならない。
愛読している喜多昭夫の「ガールズ・ポエトリーの現在」、今号は「guca」と取り上げている。「guca」は太田ユリ、佐藤文香、石原ユキオの三名による期間限定短詩系女子ユニット(ちなみにユキオも女子)。4号を発行して、2年間の活動に終止符が打たれた。
喜多の文章は太田、佐藤に比べて石原についての紹介がやや少ないので、石原の句集『俳句ホステス』(電子書籍)から少し引用しておく。

初夢のガメラが母を噛み潰す    石原ユキオ
靴下に幼女を詰めている聖夜
ぶさいくに百年午睡してやろう

「井泉」は来年3月で50号を迎える。50号企画が楽しみである。

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