吉田秀和が死んだ。5月27日逝去、98歳。
吉田秀和は私の最も信頼する批評家のひとりである。
たとえば、相撲解説と批評との関係。かつて神風や玉の海は、土俵上での一瞬の勝負を簡潔な言葉で即座に解説してみせたものであった。吉田は彼らの解説から批評の要諦を学んだという。即興の鮮やかな言語化。
ホロヴィッツが来日したとき、吉田はその演奏をあまり評価しなかった。そのことがホロヴィッツの耳にも入っていて、彼が次に来日したとき、今度の演奏をあのYoshidaとかいう男はどう評価しているかと周囲に尋ねたという。二度目の演奏会は気合の入ったもので、吉田も高く評価したようだ。真の批評は芸術に影響を与えることができるということ。
『主題と変奏』に収録されている「ロベルト・シューマン論」を引用するつもりだったのに、いくら書架を探しても見つからないのである。
6月に入った。
いろいろ送っていただいた諸誌を逍遥してみたい。
ノーベル文学賞を受賞したトランストロンメルについては以前に紹介したことがあるが、詩誌「ア・テンポ」41号では、トランストロンメルの俳句を発句にして自由律二十韻「悲しみのゴンドラ」を巻いている。最初の4句だけ紹介する。
高圧線の幾すじ
凍れる国に絃を張る
音楽圏の北の涯 T・トランストロンメル(冬)
悲しみのゴンドラ神の留守 梅村光明 (冬)
棚に置くには多すぎるスパイスの瓶 木村ふう (雑)
来し方行く末が詰まっている 上田真而子 (雑)
歌誌「井泉」は巻頭の招待作品に岡村知昭の俳句を掲載。岡村は『俳コレ』にも百句を出していて活躍中の俳人である。
きさらぎに飽きて郵便ポストなり 岡村知昭
忌まわしき土蔵へ羽化を誘うべし
白衣へのできぬ約束うるう年
喜多昭夫の連載「ガールズポエトリーの現在」では、〈「制服」という装置」〉というタイトルで文月悠光の新しさについて述べている。喜多が引用しているのは「適切な世界の適切ならざる私」の一節である。
「ブレザーもスカートも私にとっては不適切。姿見に投げ込まれたまとまりが、組み立ての肩肘を緩め、ほつれていく。配られた目を覗きこめば、どれも相違している。そこで初めて、一つ一つの衣を脱ぎ、メリヤスをときほぐしていく。
それは、適切な世界の適切ならざる私の適切かつ必然的行動」
こういう一節を読むとつい根岸川柳の「踊ってるのでないメリヤス脱いでるの」を並べてみたくなるのは川柳人の悪い癖である。文月は「現代詩手帖」6月号に「現代詩手帖賞」を受賞したときのことを書いている。ちなみに「現代詩手帖」の書評では関悦史が『澁谷道集成』(蛇笏賞受賞)を取り上げている。
六月の死が貫きし夜着の嵩 澁谷道
六月は盲縞着てなぜか急く
あと「井泉」では岡嶋憲治が「評伝 春日井建」を連載していて43回になる。今号は建の母・政子の死について書かれている。春日井建晩年の、読者にとっても読むのがつらい時期である。
さて、川柳誌では「触光」27号。
第二回高田寄生木賞が発表されていて、大賞を山川舞句が受賞している。
怒怒怒怒怒 怒怒怒怒怒怒怒 怒怒と海 山川舞句
真中の七つの「怒」が反転しているが、パソコンではうまく出ない。
選者が選んだ特選句だけ次に挙げておく。
木本朱夏特選 母だった記憶が欠けていく夕陽 滋野さち
梅崎流青特選 少しずつ石に戻ってゆく羅漢 平井美智子
樋口由紀子特選 月を観ている忘れられたパンツ 小暮健一
渡辺隆夫特選 怒怒怒怒怒 怒怒怒怒怒怒怒 怒怒と海 山川舞句
野沢省悟特選 とりあえず立っているのは台所 みのべ柳子
六月に入り、光と影のくっきりと際立つ夏がやって来ようとしている。批評意欲をかきたてるような川柳作品がどんどん生まれてほしい。
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