2011年11月11日金曜日

「豈」52号における「ジャンルの越境」

「ジャンル越境時代」と言われて久しいが、ジャンルの垣根というものは今も厳然として存在する。個々の作家が作品を書く場合の根拠としてジャンルとか形式が背後にあることがやはり有効なのであろう。
音楽ではかつて「クロスオーバー」という言葉があった。ジャンルの存在を前提として、それを乗り越えようという発想である。やがて「フュージョン」という言葉が出来て、垣根を溶かして融合させようという発想になった。だが、「ジャズ」が「フュージョン」になることによって、本来のジャズらしさが失われていったという見方をすると、ジャンルの融合はジャンルの解体・変質につながってゆく。石田柊馬が一時よく言っていた「川柳が川柳であるところの川柳性」が見失われ、川柳が終焉するという文脈はここから出てくる。
ジャンルはそれを支えている人間の量と質によって優位が決まるという考え方もできる。英語の優位はそれを語る人間の量によって保障され、日本語を語る人間が減少してゆくことで日本文芸は衰退することになる。日本の短詩型文学の世界において、俳句・短歌がジャンルのヘゲモニーを握っているのは、量的保証があるためだとも言える。
「他者」という言葉を使えば、文芸にとっての他者とは他ジャンルの作品ということになるだろう。俳句にとっての短歌・川柳。川柳にとっての狂句・俳句。自由詩にとっての定型詩・短歌・俳句…等々。
これらの文芸諸ジャンルが上位・下位のヒエラルキーではなくて、正面から向き合うような状況がいま少しずつ生まれてきている。

「―俳句空間― 豈」52号の特集「ジャンルの越境」は、『超新撰21』や「詩客」ホームページの開設などを踏まえた企画であろう。本誌巻頭の「新鋭招待作家」には、生駒大祐・冨田拓也などと並んで清水かおりや種田スガルの作品が掲載されている。

夢削ぎの刑かな林檎剥くように    清水かおり
手に入るものなら日盛り空の腕
過呼吸の嘴細烏は見ないふり

「詩客」を運営している森川雅美は「三詩型交流の現場から」で次のように書いている。

「今までの詩歌の多くの雑誌やウェブマガジンは、一つの詩型に特化するか、いくつかの詩型が載っていても、一つの詩型に重点が置かれていた。しかし『詩客』では同じページに、三詩型の作品の表示が並んでいて、クリックすると見られるようになっている。『短歌』『俳句』『自由詩』の表記はあるので、まったく並行というわけにはいかないが、他と比べると境界の壁は低い」

ここに「川柳」がなぜないのだというクレームはもう無用である。森川の視野に「川柳」はきちんと入っているし、「詩客」のホームページにも実質的に川柳人が参加していることはすでにみなさんがご存じのことだろう。

さて、谷口慎也は「内なる越境」で次のように書いている。
「確かに、俳柳それぞれの作品がクロスオーバーする領域というものがある。またそこはこのふたつのジャンルにとって豊かな可能性を暗示する場所でもある。だがその領域から俳柳を超えた何かを、例えば新しいジャンルの成立などを夢みるとすれば、それはしょせんかなわぬ夢と言うしかない。俳柳それぞれの書き手が一句を成そうとするとき、その発想の内的契機は、同時的にそれぞれの領域を背負ってしまうからだ」
こうして谷口は「越境」について「内なる越境」(ジャンル内の越境)という観点から、「本流」に対峙する「反流」というとらえ方をしている。
また、谷口が種田スガルの句になつかしさとともに苦い感情をもったと述べていることも興味深い。かつて山村祐の「短詩」が長音派と短音派に分裂して拡散していったことをふまえての発言である。ちょうど本誌には「新鋭招待作家」として種田スガルの作品が掲載されている。

顔のない世界で遠い過去を生きる       種田スガル
摘み木の上から眺める格差の最果て
暖かい鳥かごの中 無下にする才能の孤独

これを「短詩」誌に掲載された作品と比べてみる。「短詩」は1966年9月創刊、1970年3月休刊。山村祐によって43冊刊行されている。

告白のあとのブランコに朝顔が巻いている    道上大作
石神逆光に目覚め千年目の欠伸         谷口慎也
吊輪ぶらさげ夕陽の中を帰る類人猿       吉田健治
ふはは どこまでを道化おおせる 骨の笛    石津恵造

私は何も種田の作品が先行作品の繰り返しだと言っているのではない。若い表現者は自己の実感と言葉に基づいて表現する権利をもっている。それが表現史のうえでどのような意味をもつかは後の話である。

また、関悦史は「越境に関する断章」で次のように書いている。

「『超新撰21』におけるジャンルの越境は、川柳や自由律俳句をアンソロジーに同列に取り込むことにより、有季定型俳句を読むのと同じ目でそれらの作品を読ませようとする、いささか強引ともいえる誘い込みだった」
「越境して他のジャンルに移ってしまうのではなく、いわば有季定型に対して脱中心化をしかけようという挑発であり、外よりも、俳句というジャンルの内側へと主に注意が向いたアクション。脱領土化の浮遊ではなく、周辺領域の再属領化による撹乱」

関の認識は谷口の指摘と対応している。

『超新撰21』にも『詩客』にもまったく触れずに、恩田侑布子は「鷹女と短歌とロックンロール」で三橋鷹女にとっての短歌からの影響、特に若山牧水の影響を「眼のなき魚」の例をあげて論じている。いまこれに川柳における「眼のなき魚」の作例を私が付け加えて三作品を並べると、次のようになる。

海底に眼のなき魚の棲むといふ眼のない魚の恋しかりけり   若山牧水『路上』
颱風の底ひ眼のなき魚が棲む                鷹女『向日葵』
眼のない魚となり海の底へと思ふ              中島紫痴郎

「ジャンルの越境」とは実際、大変なエネルギーのいることである。それは他者と向き合うことであり、ひるがえって自己を問われることでもある。短詩型文学のヒエラルキーの中で自足しているなら問題はないが、広い視野から短詩型文学の表現史を見渡そうとすると、形式の恩寵に安住できない事態に直面せざるをえないだろう。幸いなことに、ジャンルのヘゲモニーを越えて、作品自体と誠実に向き合うような読み手が俳句のフィールドにおいても増えてきているのだ。それに応えうるような川柳作品が書かれることがますます望まれるのである。

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