俳句甲子園について私はよく知らなかったのだが、今年は「川柳カード」の大会に佐藤文香を招いたり、「大阪連句懇話会」に久留島元に来てもらって俳句甲子園の話を聞いたりしたことがあって、けっこう関心が高まった。『第16回俳句甲子園公式作品集』が11月1日に発行されたので、さっそく注文して読んでみた。昨年の『第15回俳句甲子園公式作品集』が創刊号で、今年のは第2号ということになるらしい。全国大会だけでなくて、地方大会の作品も全作品が掲載されていて、このイベントの全貌がわかるものになっている。大会参戦記・大会観戦記もあって、200ページを越える立派なもの。発行は「NPO法人俳句甲子園実行委員会」。
夕焼けや千年後には鳥の国 青本柚紀
今回の最優秀賞を受賞した作品である。
優秀賞作品・入選作品からもピックアップして紹介する。
はちすから鳥が生まれてきたやうな 日下部太亮
親指を血はよく流れ天の川 吉井一希
太陽に指先触るるバタフライ 下楠絵里
花は葉に指は風切羽となる 西田龍史
原稿は白紙でみんみんが近い 河田将英
乱暴な私ゼリーのような君 尾上緋奈子
バカとだけ手紙に書いて雲の峰 皆越笑夢
言うまでもなく、これらはすべて高校生の作品である。「夕焼」「蓮」「指」「ゼリー」「紙」が兼題だったようだ。
巻頭言「俳句甲子園との出会い」で日野裕史(第16回俳句甲子園実行委員長)が次のように書いている。
〈俳句甲子園の歴史は俳句文化を軽んじているという非難や、誹謗中傷との戦いの歴史でもありました。「俳都松山」と謳われるほど多くの俳人を輩出し、俳句が盛んでありながら閉鎖的なこの街で、俳句甲子園が受け入れられるようになるには長い年月と、実行委員会の先輩方の地道な活動が必要でした。大会が始まって間もないころは仕事の合間を縫って愛媛県内のすべての高校を訪問し、大会参加のお願いをして廻ったり、地元の俳人に審査員の協力要請をしても誰も応じてもらえず、逆に松山の恥とまで非難されたこともあったそうです〉
9月に「川柳カード」の大会で佐藤文香の話を聞いたときに、俳句甲子園のようなイベントがあって、若い俳人が育っていることにずいぶん羨ましい思いをしたのだが、俳句甲子園が広く認知されて軌道にのるまでには、夏井いつきや松山青年会議所のメンバーの言うに言われぬ苦労があったわけである。
実際の運営はどのように行なわれているのだろうか。
黒岩徳将の「一般ボランティアの活動」がその一端を伝えている。
「俳句甲子園はOBOGスタッフだけでなく、多くの一般ボランティアの方に支えられています。」
「一般ボランティアとは、毎年春頃から募集され、大会一日目に活動するスタッフのことで、学校担当とタイムキーパーの二種類があります。学校担当は主に選手を誘導したり、試合中に短冊をめくったり、その日一日担当チームをサポートします。選手の入退場でプラカードを持っているのも、この学校担当スタッフです。タイムキーパーはストップウォッチで試合中の時間を計り、選手や観客にディベートの残り時間を伝える重要な役割をします」
この作品集に収録されている地方大会の記録にも旧知の名前がスタッフ欄に散見され、いかに多くの俳句を愛好する人たちがこのイベントにボランティアとして関わっているかがわかる。
「関西の俳縁」として「関西俳句会ふらここ」の対談が掲載されているのにも注目した。
黒岩徳将は「関西俳句会ふらここ」の運営もしている。関東では主な大学ごとに俳句会があるようだが、関西では単独の大学だけでは俳句会が成立しにくいようで、大学生や10代・20代の俳人や俳句甲子園のOB・OGを中心に「ふらここ」の活動をしている。通常の句会のほか、みんなで裁判を傍聴したあとに行われた「裁判句会」や、会議室が借りられなかったのでセンターの調理室を借りて焼きそばを作りながら行われた「料理句会」など、なんだか楽しそうだ。
関西発の俳句イベントとして、「俳句Gathering Vol.2」が12月21日(土)に神戸の生田神社会館で開催される。昨年に続く第2回目であるが、若手俳人だけでなく俳句に関心のある若い世代の人たちが集うエネルギーあふれる場として生成発展してゆくことを期待したい。
http://ameblo.jp/haigather/
2013年11月29日金曜日
2013年11月22日金曜日
突進せよ生たまご―松永千秋の川柳
短歌誌「井泉」54号(2013年11月)に、招待作品として松永千秋の「遊ばない」15句が掲載されている。他ジャンルの雑誌に川柳作品が掲載される機会が増えてきているが、「井泉」は以前から川柳に対して好意的である。
松永千秋は「川柳カード」の同人であり、彼女の作品は『現代川柳の精鋭たち』や『セレクション柳人18松永千秋集』などで読むことができる。
魂の半分ほどは売りやすし 松永千秋
私をきれいに洗うグレゴリオ聖歌
さくらさくらこの世は眠くなるところ
泡立草のはるか遠くのアッシリア
愛唱している句がいくつも思い浮かぶ。
松永千秋にまつわる次のエピソードを私はこれまで何度か引用したことがある。
川柳の大会で特選を取った作者は表彰のために前に出てゆく。喜びや誇らしさの表情で登壇する人が多いのだが、松永千秋は恥ずかしそうに迷惑そうに表彰状を受け取ると、そそくさと席に戻ってしまうというのだ。私ははじめて千秋に会ったときに、あまりにもこの話の通りであることにびっくりした。
さて、今回の『井泉』掲載作品は川柳人・松永千秋の実力を充分に発揮したものと思われるので、作品を紹介しながらコメントを付けてみることにしたい。
非常警報ひまわり一万本開く
非常警報に驚いて、ひまわりが1万本開いたのだろうか。
ひまわりが1万本咲いたので非常警報が出たのだろうか。
それとも、ひまわりが1万本咲いたことが自然の発した非常警報なのであろうか。
そういう因果関係と受け取ると作品がつまらなくなる。
斎藤茂吉の短歌に「たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり」(『赤光』)というのがある。いわゆる茂吉難解歌のひとつで、戦いが上海で起こることと鳳仙花が紅く散ることに何の関係があるのかとよく問題にされる。
茂吉の歌は連句人にとって難解なところはひとつもない。
短歌の上の句と下の句との関係は、連句の発句と脇句のようなものである。戦争の句に対して花の句を付けるのは何も特別なことではない。
松永の作品はそういう議論も不必要でシンプルなものである。ぱあっと1万本の花が開いたイメージを楽しめばいいのだと思う。
パンドラの箱から洩れてくる洩れてくる
私は「ひまわり一万本」に喩を読みとらなかったが、この句には何かの意味を読みたくなる。「パンドラの箱」は意味性の強い言葉だし、「洩れてくる」の主語も意図的に隠されている。
パンドラの箱を開けたのはエピメテウスである。兄のプロメテウスが箱の中に閉じ込めておいたあらゆる厄災が世界中に飛び散った。その中には放射能も混じっていただろう。そういえばエピメテウスは「後から考える人」という意味だった。
太宰治に『パンドラの匣』という小説があって、映画化もされた。
「健康道場」と呼ばれる結核療養所で少年たちは次のように声をかけあう。
「やっとるか」
「やっとるぞ」
「がんばれよ」
「ようし来た」
そういえば、パンドラの箱には「希望」なんてものも入っていたそうだ。
カーテンを閉めろ鳥を鳴かせるな
夜を鳴かせろと宣う闇の王
読者はこの二句をセットとして読むことができる。
「鳴かせるな」「鳴かせろ」というのは正反対の表現だが、全く別のことを言っているようでもない。
北原白秋の短歌に「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕べ」(『桐の花』)がある。鳥は家の外で鳴いているのか、家の中の鳥籠で鳴いているのか、などとよく問題になる。
掲出句でも鳥は室内にいるとも受け取れるし、戸外にいるとも取れる。
室内に鳥がいるのだとすると、鳥は闇に怯えて鳴いているのだろう。家人はカーテンを閉めて闇の力を遮断しようとするが、闇の力は浸透してくる。
壁に向かって突進をせよ生たまご
松永千秋の発想がよく表れている。
壁に向かって突進すれば卵は割れてしまうが、それでもいいのだ。
「南瓜よおまえ噴火してもいいんだよ」という句が千秋にあるのを思い出す。
掲出句は「南瓜よ」よりもっと激情的である。
母さんだよと青鷺がやって来る
母さんは絶えずたゆまず毛繕い
母さんが青鷺の姿でやってきた。子どもたちはどう挨拶すればいいだろうか。
それはきっと本当の母さんなのだろうが、どこか違和感がある。
絶えず毛繕いをしている母さんも人の姿ではないようだ。
母さんは絶えずたゆまず毛繕い
おとうともあにも羊でつまらない
今度はこの二句をセットにしてみる。
弟も兄も羊だという。
それでは毛繕いしている母さんは何だろう。
おとうともあにも羊でつまらない
ライオンだからだれとも遊ばない
羊が相手ではつまらないとしても、ライオンならおもしろいかというとそうでもない。
ライオンは羊と遊んでもよいだろうし、他のライオンと遊ぶこともできるだろうが、ここでは誰とも遊ばないと言っている。孤独なのか矜持なのか何だかわからないが、だれとも遊ばないという意志がある。「ライオンだから」という理由は、後付けしたような感じがある。
これらの句は一種の家族詠かも知れないが、通常の家族詠からは逸脱している。
家族を動物にたとえた比喩表現というのでもないだろう。
「遊ばない」15句は最後に次の句で終わっている。
あの世からこの世にやってきて ドボン 松永千秋
松永千秋は「川柳カード」の同人であり、彼女の作品は『現代川柳の精鋭たち』や『セレクション柳人18松永千秋集』などで読むことができる。
魂の半分ほどは売りやすし 松永千秋
私をきれいに洗うグレゴリオ聖歌
さくらさくらこの世は眠くなるところ
泡立草のはるか遠くのアッシリア
愛唱している句がいくつも思い浮かぶ。
松永千秋にまつわる次のエピソードを私はこれまで何度か引用したことがある。
川柳の大会で特選を取った作者は表彰のために前に出てゆく。喜びや誇らしさの表情で登壇する人が多いのだが、松永千秋は恥ずかしそうに迷惑そうに表彰状を受け取ると、そそくさと席に戻ってしまうというのだ。私ははじめて千秋に会ったときに、あまりにもこの話の通りであることにびっくりした。
さて、今回の『井泉』掲載作品は川柳人・松永千秋の実力を充分に発揮したものと思われるので、作品を紹介しながらコメントを付けてみることにしたい。
非常警報ひまわり一万本開く
非常警報に驚いて、ひまわりが1万本開いたのだろうか。
ひまわりが1万本咲いたので非常警報が出たのだろうか。
それとも、ひまわりが1万本咲いたことが自然の発した非常警報なのであろうか。
そういう因果関係と受け取ると作品がつまらなくなる。
斎藤茂吉の短歌に「たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり」(『赤光』)というのがある。いわゆる茂吉難解歌のひとつで、戦いが上海で起こることと鳳仙花が紅く散ることに何の関係があるのかとよく問題にされる。
茂吉の歌は連句人にとって難解なところはひとつもない。
短歌の上の句と下の句との関係は、連句の発句と脇句のようなものである。戦争の句に対して花の句を付けるのは何も特別なことではない。
松永の作品はそういう議論も不必要でシンプルなものである。ぱあっと1万本の花が開いたイメージを楽しめばいいのだと思う。
パンドラの箱から洩れてくる洩れてくる
私は「ひまわり一万本」に喩を読みとらなかったが、この句には何かの意味を読みたくなる。「パンドラの箱」は意味性の強い言葉だし、「洩れてくる」の主語も意図的に隠されている。
パンドラの箱を開けたのはエピメテウスである。兄のプロメテウスが箱の中に閉じ込めておいたあらゆる厄災が世界中に飛び散った。その中には放射能も混じっていただろう。そういえばエピメテウスは「後から考える人」という意味だった。
太宰治に『パンドラの匣』という小説があって、映画化もされた。
「健康道場」と呼ばれる結核療養所で少年たちは次のように声をかけあう。
「やっとるか」
「やっとるぞ」
「がんばれよ」
「ようし来た」
そういえば、パンドラの箱には「希望」なんてものも入っていたそうだ。
カーテンを閉めろ鳥を鳴かせるな
夜を鳴かせろと宣う闇の王
読者はこの二句をセットとして読むことができる。
「鳴かせるな」「鳴かせろ」というのは正反対の表現だが、全く別のことを言っているようでもない。
北原白秋の短歌に「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕べ」(『桐の花』)がある。鳥は家の外で鳴いているのか、家の中の鳥籠で鳴いているのか、などとよく問題になる。
掲出句でも鳥は室内にいるとも受け取れるし、戸外にいるとも取れる。
室内に鳥がいるのだとすると、鳥は闇に怯えて鳴いているのだろう。家人はカーテンを閉めて闇の力を遮断しようとするが、闇の力は浸透してくる。
壁に向かって突進をせよ生たまご
松永千秋の発想がよく表れている。
壁に向かって突進すれば卵は割れてしまうが、それでもいいのだ。
「南瓜よおまえ噴火してもいいんだよ」という句が千秋にあるのを思い出す。
掲出句は「南瓜よ」よりもっと激情的である。
母さんだよと青鷺がやって来る
母さんは絶えずたゆまず毛繕い
母さんが青鷺の姿でやってきた。子どもたちはどう挨拶すればいいだろうか。
それはきっと本当の母さんなのだろうが、どこか違和感がある。
絶えず毛繕いをしている母さんも人の姿ではないようだ。
母さんは絶えずたゆまず毛繕い
おとうともあにも羊でつまらない
今度はこの二句をセットにしてみる。
弟も兄も羊だという。
それでは毛繕いしている母さんは何だろう。
おとうともあにも羊でつまらない
ライオンだからだれとも遊ばない
羊が相手ではつまらないとしても、ライオンならおもしろいかというとそうでもない。
ライオンは羊と遊んでもよいだろうし、他のライオンと遊ぶこともできるだろうが、ここでは誰とも遊ばないと言っている。孤独なのか矜持なのか何だかわからないが、だれとも遊ばないという意志がある。「ライオンだから」という理由は、後付けしたような感じがある。
これらの句は一種の家族詠かも知れないが、通常の家族詠からは逸脱している。
家族を動物にたとえた比喩表現というのでもないだろう。
「遊ばない」15句は最後に次の句で終わっている。
あの世からこの世にやってきて ドボン 松永千秋
2013年11月15日金曜日
文楽11月公演「伊賀越道中双六」
国立文楽劇場で「伊賀越道中双六」を見た。東京では9月に国立劇場で上演されたもの。「奥州安達原」「妹背山婦女庭訓」などで知られる近松半二の最後の作品と言われている。文楽でも歌舞伎でも「沼津」の段だけが上演されることが多いが、通し狂言となるのは大阪では約20年ぶりである。前回の平成4年4月のときも見た記憶があって、「通しで見るとこういう話だったのか」と思った。今回見たのは第一部(鶴が岡の段~沼津・千本松原の段)だけである。
大序「鶴が岡の段」は20年前には省略されていたので、今回はよくわかった。
和田志津馬は八幡宮の警護役の最中にもかかわらず、傾城瀬川と逢引をし、酒まで飲んで失態を演じる。和田家に伝わる名刀を狙う沢井股五郎のはかりごとによるものだ。とはいえ、志津馬というのは意志の弱い青年である。酒と女。志津馬とはこういう人物だったのか。「忠臣蔵」の勘平が「色にふけったばっかりに」と嘆くのと同じパターンで、良く言えば青春性なのであろう。
日本三大仇討というのがあって、渡辺数馬(「伊賀越」では和田志津馬)が荒木又衛門(唐木政右衛門)の助太刀によって河合又五郎(沢井股五郎)を伊賀の「鍵屋の辻」で討った「伊賀越の敵討」は有名らしい。幕府の禁制があって人形浄瑠璃では史実をそのまま書けないので、「後太平記」の時代に設定し、室町時代の話にしている。いわゆる「世界」を定めるのである(「世界」と「趣向」については『セレクション柳論』をお手元にお持ちの方は鈴木純一の「一寸先へ切りかくるなり」を参照されたい)。
「和田行家屋敷の段」で沢井股五郎は志津馬の父を殺害する。続く「円覚寺の段」では、沢井は従兄弟の沢井城五郎にかくまわれるが、ここで二つの陣営の対立がはっきりする。城五郎は足利将軍家直属の家臣である昵懇衆、殺害された和田行家は上杉家の家老だった。江戸時代の史実でいえば旗本と大名との対立となる。二つの陣営・立場にいる人々が義理のためにそれぞれ股五郎・志津馬に味方することになるので、股五郎方の人々がすべて悪人という単純な構図ではない。
「唐木政右衛門屋敷の段」は、いま郡山藩に仕えている政右衛門の屋敷が舞台である。
お谷は和田行家の娘で志津馬の姉であるが、政右衛門と駆け落ちしたために行家から勘当されている。そのような恋女房のお谷を政右衛門は突然離縁し、しかも、今夜は後妻を迎える準備をしている。
政右衛門はなぜお谷を離縁するのであろうか。
お谷の親代わりである五右衛門が抗議にやってきたのに対して、政右衛門は離縁の理由を「飽きました」と言い放つ。
これには何か訳があるに違いないと思って観客は舞台を見ている。
歌舞伎でも文楽でも「実は…」というパターンが基本構造である。表面で行なわれていることには必ず裏があり、登場人物の言動には隠された意図がある。「肚(はら)」に何かがあるのだが、それを表面に見せてはいけないのだ。そういう約束で芝居が成立していて、この二重構造が観劇の楽しみでもあるのだ。
近松半二の時代になると観客はすでに単純な構成では納得しなくなっていた。芝居の作者は捻ったり捩じったり様々な趣向をこらして「実は…」の世界を仕立てあげたのである。
何度かこの演目を見ている観客であっても興味をもって観劇することができるのは、その二重性を知りつつも眼前に繰り広げられる光景に感情移入できるからだ。
花嫁はお谷の妹・おのちであった。勘当されたお谷の父親は唐木政右衛門にとって赤の他人であって、このままでは仇打ちに参加できない。正式の婿となってはじめて舅・和田行家の敵討ができるのである。
川柳もまた近世文学の土壌の上に成立している。
「一読明快」などという川柳観がいかに浅いものであるかが分かるだろう。
『柳多留』初編の巻頭句を引用してみよう。
五番目は同じ作でも江戸産れ
改めて引用するのも気がひけるくらい有名な句である。
果たしてこの句がわかりやすいだろうか。
何が五番目なのか、江戸産れとはどういうことなのか。読者の予備知識や謎解きを前提として作られている句である。当時、「六阿弥陀詣で」というものがあり、行基作といわれる阿弥陀像を拝するためにお彼岸の時期に六つの寺を巡礼した。他の五寺は江戸の郊外にあったが、五番目の常楽院だけが江戸府内にあった。江戸人にはそれがすぐわかったのだろう。
ここでは一句を読むスピードと一句を理解するスピードに差が生まれる。一読明快とは一句を読むと同時に一句が理解できるということである。「読み」即「理解」なのである。けれども、一句を理解するためにはその句の前で立ち止まることが必要だろう。一句が喚起するものは時間をかけて読むことによってはじめて立ち上がってくるような、そういう作品もあるだろう。
短歌誌「井泉」54号のリレー評論のテーマは〈作品の「読み」について考える〉である。
島田幸典は「書かれぬものを読む、ということ」の冒頭で次のように述べている。
「歌は短い。散文的な情報量はごく限られている。にもかかわらず、われわれは歌会や雑誌の月旦、評論その他において、一首について饒舌に語る。語ることができる。
それは情報として明示的なかたちでは表出されない部分を読むからである。勿論、的を外した深読みは興ざめだが、それでも歌を読むことには、書かれたことを手掛かりとして、そこから書かれぬことを、すなわち(含み)を掬いとる作業を伴う」
また、同じテーマについて加藤ユウ子は「わかるのにわからないは深い」という文章を書いていて、次の三首が引用されている。
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり 正岡子規
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり 斎藤茂吉
おじさんは西友よりずっと小さくて裏口に自転車をとめている 永井祐
これらの歌について加藤はこんなふうに言うのだ。
「三首とも、言葉で写生されたことが、あまりに当たり前の些細なことだから、かえって詩を探そうとすると戸惑いを感じる。しかし、わかるのにわからないと言う読みの屈折が、歌の世界に深く踏み込みたいという読みのエネルギーに変わるから不思議だ。こういう読みのエネルギーが何か深いものを捉まえた時が最高だ。わかるのにわからないは深いのだ、愉しい感慨だ」
先週このコーナーに書いた「わかる」「わからない」「つまらない」「おもしろい」の基準と関連して興味深い指摘だと受け止めた。文脈は異なるが、「わかるのにわからない」とは川柳でいわれる「平明で深みのある句」と似たようなことを言っているのかと思う。
大序「鶴が岡の段」は20年前には省略されていたので、今回はよくわかった。
和田志津馬は八幡宮の警護役の最中にもかかわらず、傾城瀬川と逢引をし、酒まで飲んで失態を演じる。和田家に伝わる名刀を狙う沢井股五郎のはかりごとによるものだ。とはいえ、志津馬というのは意志の弱い青年である。酒と女。志津馬とはこういう人物だったのか。「忠臣蔵」の勘平が「色にふけったばっかりに」と嘆くのと同じパターンで、良く言えば青春性なのであろう。
日本三大仇討というのがあって、渡辺数馬(「伊賀越」では和田志津馬)が荒木又衛門(唐木政右衛門)の助太刀によって河合又五郎(沢井股五郎)を伊賀の「鍵屋の辻」で討った「伊賀越の敵討」は有名らしい。幕府の禁制があって人形浄瑠璃では史実をそのまま書けないので、「後太平記」の時代に設定し、室町時代の話にしている。いわゆる「世界」を定めるのである(「世界」と「趣向」については『セレクション柳論』をお手元にお持ちの方は鈴木純一の「一寸先へ切りかくるなり」を参照されたい)。
「和田行家屋敷の段」で沢井股五郎は志津馬の父を殺害する。続く「円覚寺の段」では、沢井は従兄弟の沢井城五郎にかくまわれるが、ここで二つの陣営の対立がはっきりする。城五郎は足利将軍家直属の家臣である昵懇衆、殺害された和田行家は上杉家の家老だった。江戸時代の史実でいえば旗本と大名との対立となる。二つの陣営・立場にいる人々が義理のためにそれぞれ股五郎・志津馬に味方することになるので、股五郎方の人々がすべて悪人という単純な構図ではない。
「唐木政右衛門屋敷の段」は、いま郡山藩に仕えている政右衛門の屋敷が舞台である。
お谷は和田行家の娘で志津馬の姉であるが、政右衛門と駆け落ちしたために行家から勘当されている。そのような恋女房のお谷を政右衛門は突然離縁し、しかも、今夜は後妻を迎える準備をしている。
政右衛門はなぜお谷を離縁するのであろうか。
お谷の親代わりである五右衛門が抗議にやってきたのに対して、政右衛門は離縁の理由を「飽きました」と言い放つ。
これには何か訳があるに違いないと思って観客は舞台を見ている。
歌舞伎でも文楽でも「実は…」というパターンが基本構造である。表面で行なわれていることには必ず裏があり、登場人物の言動には隠された意図がある。「肚(はら)」に何かがあるのだが、それを表面に見せてはいけないのだ。そういう約束で芝居が成立していて、この二重構造が観劇の楽しみでもあるのだ。
近松半二の時代になると観客はすでに単純な構成では納得しなくなっていた。芝居の作者は捻ったり捩じったり様々な趣向をこらして「実は…」の世界を仕立てあげたのである。
何度かこの演目を見ている観客であっても興味をもって観劇することができるのは、その二重性を知りつつも眼前に繰り広げられる光景に感情移入できるからだ。
花嫁はお谷の妹・おのちであった。勘当されたお谷の父親は唐木政右衛門にとって赤の他人であって、このままでは仇打ちに参加できない。正式の婿となってはじめて舅・和田行家の敵討ができるのである。
川柳もまた近世文学の土壌の上に成立している。
「一読明快」などという川柳観がいかに浅いものであるかが分かるだろう。
『柳多留』初編の巻頭句を引用してみよう。
五番目は同じ作でも江戸産れ
改めて引用するのも気がひけるくらい有名な句である。
果たしてこの句がわかりやすいだろうか。
何が五番目なのか、江戸産れとはどういうことなのか。読者の予備知識や謎解きを前提として作られている句である。当時、「六阿弥陀詣で」というものがあり、行基作といわれる阿弥陀像を拝するためにお彼岸の時期に六つの寺を巡礼した。他の五寺は江戸の郊外にあったが、五番目の常楽院だけが江戸府内にあった。江戸人にはそれがすぐわかったのだろう。
ここでは一句を読むスピードと一句を理解するスピードに差が生まれる。一読明快とは一句を読むと同時に一句が理解できるということである。「読み」即「理解」なのである。けれども、一句を理解するためにはその句の前で立ち止まることが必要だろう。一句が喚起するものは時間をかけて読むことによってはじめて立ち上がってくるような、そういう作品もあるだろう。
短歌誌「井泉」54号のリレー評論のテーマは〈作品の「読み」について考える〉である。
島田幸典は「書かれぬものを読む、ということ」の冒頭で次のように述べている。
「歌は短い。散文的な情報量はごく限られている。にもかかわらず、われわれは歌会や雑誌の月旦、評論その他において、一首について饒舌に語る。語ることができる。
それは情報として明示的なかたちでは表出されない部分を読むからである。勿論、的を外した深読みは興ざめだが、それでも歌を読むことには、書かれたことを手掛かりとして、そこから書かれぬことを、すなわち(含み)を掬いとる作業を伴う」
また、同じテーマについて加藤ユウ子は「わかるのにわからないは深い」という文章を書いていて、次の三首が引用されている。
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり 正岡子規
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり 斎藤茂吉
おじさんは西友よりずっと小さくて裏口に自転車をとめている 永井祐
これらの歌について加藤はこんなふうに言うのだ。
「三首とも、言葉で写生されたことが、あまりに当たり前の些細なことだから、かえって詩を探そうとすると戸惑いを感じる。しかし、わかるのにわからないと言う読みの屈折が、歌の世界に深く踏み込みたいという読みのエネルギーに変わるから不思議だ。こういう読みのエネルギーが何か深いものを捉まえた時が最高だ。わかるのにわからないは深いのだ、愉しい感慨だ」
先週このコーナーに書いた「わかる」「わからない」「つまらない」「おもしろい」の基準と関連して興味深い指摘だと受け止めた。文脈は異なるが、「わかるのにわからない」とは川柳でいわれる「平明で深みのある句」と似たようなことを言っているのかと思う。
2013年11月8日金曜日
解らないけれどおもしろい
「川柳木馬」138号(2013・秋)の「木馬座鑑賞」、堺利彦が8ページにわたって作品評〈解らないけれど「面白い」〉を書いている。
堺は「解るけれどつまらない」「解らないけれど面白い」の二つを対比しながら、「木馬座」(同人作品)を取り上げてゆく。たとえば次のように(それぞれ、上の句が解る句、下の句が面白い句である)。
ふる里の仁淀ブルーが湧いてくる 河添一葉
海底のワカメになっていくわたし
「清流で有名な仁淀川の透明なブルーは、きっと素晴らしいのでしょうね。そのお気持ちはよく解りますが、その事実以上の広がりは残念ながら僕には湧いてきません」
「前掲句に引き替え、この句はとても〈面白い〉持ち味が出ています。かつての明治期の新傾向川柳の〈眼のない魚となり海の底へとも思ふ 中島紫痴郎〉のような深刻な捉え方を軽やかに超えて、現代人の〈浮遊感〉が見事なまでに表現されていると感心しました」
目くばせの果ては唇セロテープ 桑名知華子
鬼灯になるピーマンの計画書
「〈喩〉を駆使した表現は、これまで川柳が開拓した貴重な財産ですが、もう一味、味付けをする工夫を重ねるとまた別の相貌が表れてきて面白みが増すのではないかと思われます」
「ひそかに『鬼灯』になってやるぞという目論見は、誰にも知られないような自分一人のひそかなプランを温めているわけですが、その『計画書』の中身が読み手にとってあれこれと想像する楽しみが残されていて、ついついひとり笑いしてしまうのです」
堺の文章を私なりに敷衍すると、句評の基準には次の4パターンがあることになる。
①解るけれどつまらない
②解っておもしろい
③解らなくてつまらない
④解らないけれどおもしろい
ここで問題となるのは①と②の差、③と④の差はどこにあるのかということである。
もちろんこれには〈読者側の問題〉があるだろう。
〈解る〉〈解らない〉という範囲は読者によって異なる。誰にでも解る句というものがあるかも知れないが、川柳が十七音の形式である以上、ある種の省略がおこなわれるのは避けられないことであり、使われている言葉や素材に対する理解も読者の経験や年齢によって異なる。また、川柳作品を読み慣れている読者と、一般的に文芸を愛好している読者とでは受け止め方が違うことも考えられる。ここではそういう問題は保留にして一般的に考えてみたい。
まず、①と②について検討してみよう。
①はどのような句なのかについて、堺は「説明句」(単なる説明に終始している句)、「報告句」(事実や情景の報告だけで終わっている句)、「道句」(倫理臭がぷんぷんしている句)、「新鮮味のない文体の句」などを挙げている。
これまで川柳は〈一読明快〉などと言われ、誰にでもよく意味が分かるように作るべきだと言われてきた。けれども、それは〈解ること〉が自己目的なのではなくて、何を解るか・どのように解るかということが問題なのだろう。
もうタイトルは忘れてしまったが、チェーホフの短編に次のような人物が登場する。彼の言うことは誰でも知っていることばかりで、独自の意見とか新しい見方などは何一つ言わないので、周囲の人間はうんざりして、彼の言葉に耳を傾けようとしないのである。
よく解るけれど退屈な川柳を読むたびに私はチェーホフの短編を思い出し、こんなふうに心の中で呟くことにしている。
「雨の降る日は天気が悪い」
それでは、②解っておもしろいというのはどのような場合だろうか。
「ふらすこてん」30号に筒井祥文が『番傘一万句集』より抜粋をしている。たとえば、次のような作品である。
ネット裏打ちたいような球がくる 天明
ボクサーになれと育てた親はなし 散二
大阪をまだ歩く気の登山服 波濤
びわ湖からモロコ一匹釣りあげる 散二
日帰りの客を見おろす泊り客 黙平
主人が世話になりましてと憎み合い 純生
たとえばのたとえからして腹がたち 狂雨
素人に貸すのこぎりはないという 甲馬
内科でもかまうものかと担ぎ込み 由紀彦
6俵を321と積み上げる 日本村
これらの句は現在読んでも私にはおもしろく感じられる。
ユーモアであったり、川柳眼を感じさせたり、ほんのちょっとしたプラスαなのだけれど、これはおもしろいと感じさせる何かがこれらの句にはある。「平明で深みのある句」とは川柳の理想だろうが、「深み」というより「浅み」とでも言うべき、深刻にならないおもしろさがあるように感じる。
ただ微妙なのは所謂「あるある句」である。
うん、そんなことがあるあると納得するような句は「膝ポン川柳」と呼ばれる。
①のレベルの句を②だと受け取ってしまうことはしばしばあるので、読みや選句能力を鍛えてゆくことが必要となる。
最後に③と④の違いについて検討してみよう。
堺が④「解らないけど面白い」の例として挙げているのが次の句である。「 」は堺の句評である。
遠近法 どきどきしてると線になる 高橋由美
「今回のテーマ『解らないけど面白い』にぴったりの句。どこが『面白い』のかということは、なかなかうまく説明はできませんが、『どきどきしてると線になる』という表現が、この句全体の一句が、不安感を抱え込んでいる現実の生活と密着感があって、言外に立ち上がってくる一つの物語を表徴していると思うのです」
おばあさんがこねこねすると面子が揃う 内田万貴
「今号の『解らないけど面白い』のテーマの最後を飾るのに会い相応しい内田万貴さんの句です」
さて、③「解らなくてつまらない」と④「解らないけどおもしろい」の違いはどこにあるのだろうか。これが最大の難問であって、このような問いを立ててしまったことを正直に言って私は後悔している。
ただ、読み手の心理から言えば、句を読むときのスピードが多少これに関係しているかも知れない。
①「解るけれどつまらない句」に対して読者は即座につまらない句として読み捨てる。
②「解っておもしろい句」に対して読者は即座におもしろい句として印象にとどめる。
「解らない句」に対して読者はその句の前で「立ち止まる」。その句には何かがあるのかもしれないが、さしあたり自分には解らない。読者はこれまでのさまざまな読句経験に照らしあわせて、その句についてあらゆる角度からアプローチを試みるだろう。けれども、ついにその句が自分にとって無縁なものと感じられるとき③「解らなくてつまらない句」となり、何らかの魅力を感じるとき④「解らないけれどおもしろい句」となる。とりあえず、そんなふうに言っておこう。
堺は「解るけれどつまらない」「解らないけれど面白い」の二つを対比しながら、「木馬座」(同人作品)を取り上げてゆく。たとえば次のように(それぞれ、上の句が解る句、下の句が面白い句である)。
ふる里の仁淀ブルーが湧いてくる 河添一葉
海底のワカメになっていくわたし
「清流で有名な仁淀川の透明なブルーは、きっと素晴らしいのでしょうね。そのお気持ちはよく解りますが、その事実以上の広がりは残念ながら僕には湧いてきません」
「前掲句に引き替え、この句はとても〈面白い〉持ち味が出ています。かつての明治期の新傾向川柳の〈眼のない魚となり海の底へとも思ふ 中島紫痴郎〉のような深刻な捉え方を軽やかに超えて、現代人の〈浮遊感〉が見事なまでに表現されていると感心しました」
目くばせの果ては唇セロテープ 桑名知華子
鬼灯になるピーマンの計画書
「〈喩〉を駆使した表現は、これまで川柳が開拓した貴重な財産ですが、もう一味、味付けをする工夫を重ねるとまた別の相貌が表れてきて面白みが増すのではないかと思われます」
「ひそかに『鬼灯』になってやるぞという目論見は、誰にも知られないような自分一人のひそかなプランを温めているわけですが、その『計画書』の中身が読み手にとってあれこれと想像する楽しみが残されていて、ついついひとり笑いしてしまうのです」
堺の文章を私なりに敷衍すると、句評の基準には次の4パターンがあることになる。
①解るけれどつまらない
②解っておもしろい
③解らなくてつまらない
④解らないけれどおもしろい
ここで問題となるのは①と②の差、③と④の差はどこにあるのかということである。
もちろんこれには〈読者側の問題〉があるだろう。
〈解る〉〈解らない〉という範囲は読者によって異なる。誰にでも解る句というものがあるかも知れないが、川柳が十七音の形式である以上、ある種の省略がおこなわれるのは避けられないことであり、使われている言葉や素材に対する理解も読者の経験や年齢によって異なる。また、川柳作品を読み慣れている読者と、一般的に文芸を愛好している読者とでは受け止め方が違うことも考えられる。ここではそういう問題は保留にして一般的に考えてみたい。
まず、①と②について検討してみよう。
①はどのような句なのかについて、堺は「説明句」(単なる説明に終始している句)、「報告句」(事実や情景の報告だけで終わっている句)、「道句」(倫理臭がぷんぷんしている句)、「新鮮味のない文体の句」などを挙げている。
これまで川柳は〈一読明快〉などと言われ、誰にでもよく意味が分かるように作るべきだと言われてきた。けれども、それは〈解ること〉が自己目的なのではなくて、何を解るか・どのように解るかということが問題なのだろう。
もうタイトルは忘れてしまったが、チェーホフの短編に次のような人物が登場する。彼の言うことは誰でも知っていることばかりで、独自の意見とか新しい見方などは何一つ言わないので、周囲の人間はうんざりして、彼の言葉に耳を傾けようとしないのである。
よく解るけれど退屈な川柳を読むたびに私はチェーホフの短編を思い出し、こんなふうに心の中で呟くことにしている。
「雨の降る日は天気が悪い」
それでは、②解っておもしろいというのはどのような場合だろうか。
「ふらすこてん」30号に筒井祥文が『番傘一万句集』より抜粋をしている。たとえば、次のような作品である。
ネット裏打ちたいような球がくる 天明
ボクサーになれと育てた親はなし 散二
大阪をまだ歩く気の登山服 波濤
びわ湖からモロコ一匹釣りあげる 散二
日帰りの客を見おろす泊り客 黙平
主人が世話になりましてと憎み合い 純生
たとえばのたとえからして腹がたち 狂雨
素人に貸すのこぎりはないという 甲馬
内科でもかまうものかと担ぎ込み 由紀彦
6俵を321と積み上げる 日本村
これらの句は現在読んでも私にはおもしろく感じられる。
ユーモアであったり、川柳眼を感じさせたり、ほんのちょっとしたプラスαなのだけれど、これはおもしろいと感じさせる何かがこれらの句にはある。「平明で深みのある句」とは川柳の理想だろうが、「深み」というより「浅み」とでも言うべき、深刻にならないおもしろさがあるように感じる。
ただ微妙なのは所謂「あるある句」である。
うん、そんなことがあるあると納得するような句は「膝ポン川柳」と呼ばれる。
①のレベルの句を②だと受け取ってしまうことはしばしばあるので、読みや選句能力を鍛えてゆくことが必要となる。
最後に③と④の違いについて検討してみよう。
堺が④「解らないけど面白い」の例として挙げているのが次の句である。「 」は堺の句評である。
遠近法 どきどきしてると線になる 高橋由美
「今回のテーマ『解らないけど面白い』にぴったりの句。どこが『面白い』のかということは、なかなかうまく説明はできませんが、『どきどきしてると線になる』という表現が、この句全体の一句が、不安感を抱え込んでいる現実の生活と密着感があって、言外に立ち上がってくる一つの物語を表徴していると思うのです」
おばあさんがこねこねすると面子が揃う 内田万貴
「今号の『解らないけど面白い』のテーマの最後を飾るのに会い相応しい内田万貴さんの句です」
さて、③「解らなくてつまらない」と④「解らないけどおもしろい」の違いはどこにあるのだろうか。これが最大の難問であって、このような問いを立ててしまったことを正直に言って私は後悔している。
ただ、読み手の心理から言えば、句を読むときのスピードが多少これに関係しているかも知れない。
①「解るけれどつまらない句」に対して読者は即座につまらない句として読み捨てる。
②「解っておもしろい句」に対して読者は即座におもしろい句として印象にとどめる。
「解らない句」に対して読者はその句の前で「立ち止まる」。その句には何かがあるのかもしれないが、さしあたり自分には解らない。読者はこれまでのさまざまな読句経験に照らしあわせて、その句についてあらゆる角度からアプローチを試みるだろう。けれども、ついにその句が自分にとって無縁なものと感じられるとき③「解らなくてつまらない句」となり、何らかの魅力を感じるとき④「解らないけれどおもしろい句」となる。とりあえず、そんなふうに言っておこう。
2013年11月1日金曜日
「川柳・遊魔系」句会―石部明没後1年に寄せて
10月27日(日)に大阪市立総合生涯学習センターで「川柳・遊魔系」という句会が開催された。石部が亡くなったのは昨年の10月27日、『遊魔系』は石部明の第二句集である。この句集名を冠した句会となったのは、石部が亡くなって丸一年が経過したこの日を選んだ、石部のことを忘れない川柳人たちによる集いであったからに他ならない。
句会は二部にわかれ、第一部は「『遊魔系』に見る無頼の生き方」(報告者・小池正博)、第二部は句会であった。句会は兼題が3題、席題が2題。参加者は19名という小句会だったが、それぞれの題の秀句について1時間ほどの議論する時間がとれたのは逆に幸いだったかもしれない。作句・選句・選評のうち、川柳の句会では選評に時間をとることが少ない。晩年の石部は「BSfield」の句会で選評に力を入れていたと聞いている。
ここでは第一部について報告しておこう。
小池は「川柳カード」2号に掲載された「石部明50句」をもとに、石部の作品を「現実との違和」「もうひとつの世界」「帰ってから」の三つに分けて語った。
①現実との違和
バスが来るまでのぼんやりした殺意
現実との違和は人を表現に向かわせることが多い。
日常生活を送りながら、なぜ自分はここにいるのだろうと感じることがある。それは出勤の途中であったり、家事をしながらであったり、知人に囲まれながらであったりする。眼の前の現実が唯一の現実であると思われないとき、ひとは虚構の世界に踏み込んでゆく。
「殺意」とは意味の強い言葉である。バスを待っている間にふと感じる凶暴な感情。特定の誰かに向けられたものというより、漠然とした不満足の気分。
この句を書いたとき、石部はひとつの手ごたえを感じたことだろう。善意やモラルを表層的に詠むのではなくて、日常の底に隠れていてふだんは表に出さないものをあえて表現してみせること。そこに彼の川柳の出発点があったのだろう。
水掻きのある手がふっと春の空
春の空にふっと変なものが見える。
水掻きのある手だから両生類の手だろう。見えるはずのないそのようなものが見えるというのは幻視だが、別世界への入り口がぽっかり開いたのだ。
仏の相好のひとつに水掻きがあるが、ここでは西方浄土を幻視したのではないだろう。神や天使などの神聖なものではなく、水掻きのある手は異物であり、おぞましいものである。そんなものが見えてしまうのだ。
雑踏のひとり振り向き滝を吐く
雑踏を歩いているとき、私たちは「孤独な群衆」という感じを深くする。
ところが、ここではその一人が不意に振り向いて滝を吐いた。
滝は喩ではなくて本当に滝を吐いたと受け取る方がおもしろい。滝は俳句では夏の季語だが、この句では季語ではなく、メタファーでもなく、実際に滝を吐いたのである。
それを見た人々の反応を私は次の二通りに想像してみる。
人々はいま見た光景に対して何ごともなかったように無表情にそのまま歩みを続けた。
人々は連鎖反応的にそれぞれ自らの内部にある滝を次々に吐きはじめた。
私にとって石部の作品のなかでいちばん好きな句である。
②もうひとつの世界
栓抜きを探しにいって帰らない
この世界の現実に違和感をかかえて生きている人間はふと別の世界に行ってしまうことがある。『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』などのファンタジーでも繰り返し描かれているところだ。異界への通路は『アリス』では兎の穴であり、『ナルニア』ではタンスの奥である。
石部の作品ではどこかへ行って帰らない人物がしばしば描かれる。
何か大きな目的があってどこかへ行ってしまうのではなく、「栓抜き」という日常的なものを探しにゆくことが、そのまま別の世界へ消えてしまうことにつながるところが、いっそう不安感をかきたてる。
鏡から花粉まみれの父帰る
梔子となり人知れず帰郷する
異界へいった者がもう一度現実に帰ってくることはとても困難である。行くことより帰ることの方が難しいのだ。M・エンデの『果てしない物語』でも帰ってくることの困難さがひとつのテーマになっている。
鏡の世界から帰って来た父は花粉まみれになっている。鏡の世界で何があったのだろう。
ヒトの姿では帰ってこられずに別の姿で帰ってくる場合もある。周囲の人は彼が帰ってきたことに気づかない。
岬には身元引受人ひとり
日常生活に戻るためには「身元引受人」を必要とする場合もある。
岬というのは境界線にある場所である。二つの世界を行き来する出入り口になりうる場である。そういう所に身元引受人が住んでいるのだ。
③帰ってから
舌が出て鏡の舌と見つめあう
別世界(彼岸)からこの世界(此岸)に帰ってきた人にはこの世界がどう見えるのだろうか。たぶん世界は二重の存在として見えるのではないだろうか。
鏡の中の世界と鏡の外の世界。左右反対になっているとしても、見えているのは同じような像である。こちらの世界で舌を出すと、あちらの世界でも舌を出す。しかし、「舌が出て」という表現は、自分が舌を出すのではなくて、どこか別のところから不意に舌が出てきたような妙な感じがする。
オルガンとすすきになって殴りあう
この句を現実の光景と受け取ると、オルガンとすすきは殴りあうことができないだろう。
それでは何らかの隠喩と読めばよいのだろうか。
この句でも世界は二重になっている。殴り合っているのはやはりヒトとヒトだろう。けれども、それがもうひとつの世界ではオルガンとすすきの姿になっているのだ。
唯一の現実ではなく、さまざまな見え方をする世界がある。帰郷者には世界がそのように見えるのである。
石部明の作品はいろいろな読み方ができるが、当日はこのような読み方をしてみた。ただ、石部の句が単なる言葉だけで構築されているにしては妙に生々しさや説得力があるので、そこにはやはり彼の実人生が反映されているのだと感じる。若き日の石部が故郷を離れてどのような経験をしたのかは承知していないし、具体的な個々の体験は作品を読むときには不必要であるが、仮に私は石部の人生を「無頼」と呼んでみたのである。石部明は強靭な生活者であると同時に優れた川柳人でもあるという二重の存在であった。
川柳作品が川柳界を越えた外部の読者に読まれるとすれば、それは詩として、文学作品として読まれるほかはないだろう。石部明の作品は読むに値するし、私たちはこれからも石部の作品のことを語り継いでゆくことが必要だと思っている。
句会は二部にわかれ、第一部は「『遊魔系』に見る無頼の生き方」(報告者・小池正博)、第二部は句会であった。句会は兼題が3題、席題が2題。参加者は19名という小句会だったが、それぞれの題の秀句について1時間ほどの議論する時間がとれたのは逆に幸いだったかもしれない。作句・選句・選評のうち、川柳の句会では選評に時間をとることが少ない。晩年の石部は「BSfield」の句会で選評に力を入れていたと聞いている。
ここでは第一部について報告しておこう。
小池は「川柳カード」2号に掲載された「石部明50句」をもとに、石部の作品を「現実との違和」「もうひとつの世界」「帰ってから」の三つに分けて語った。
①現実との違和
バスが来るまでのぼんやりした殺意
現実との違和は人を表現に向かわせることが多い。
日常生活を送りながら、なぜ自分はここにいるのだろうと感じることがある。それは出勤の途中であったり、家事をしながらであったり、知人に囲まれながらであったりする。眼の前の現実が唯一の現実であると思われないとき、ひとは虚構の世界に踏み込んでゆく。
「殺意」とは意味の強い言葉である。バスを待っている間にふと感じる凶暴な感情。特定の誰かに向けられたものというより、漠然とした不満足の気分。
この句を書いたとき、石部はひとつの手ごたえを感じたことだろう。善意やモラルを表層的に詠むのではなくて、日常の底に隠れていてふだんは表に出さないものをあえて表現してみせること。そこに彼の川柳の出発点があったのだろう。
水掻きのある手がふっと春の空
春の空にふっと変なものが見える。
水掻きのある手だから両生類の手だろう。見えるはずのないそのようなものが見えるというのは幻視だが、別世界への入り口がぽっかり開いたのだ。
仏の相好のひとつに水掻きがあるが、ここでは西方浄土を幻視したのではないだろう。神や天使などの神聖なものではなく、水掻きのある手は異物であり、おぞましいものである。そんなものが見えてしまうのだ。
雑踏のひとり振り向き滝を吐く
雑踏を歩いているとき、私たちは「孤独な群衆」という感じを深くする。
ところが、ここではその一人が不意に振り向いて滝を吐いた。
滝は喩ではなくて本当に滝を吐いたと受け取る方がおもしろい。滝は俳句では夏の季語だが、この句では季語ではなく、メタファーでもなく、実際に滝を吐いたのである。
それを見た人々の反応を私は次の二通りに想像してみる。
人々はいま見た光景に対して何ごともなかったように無表情にそのまま歩みを続けた。
人々は連鎖反応的にそれぞれ自らの内部にある滝を次々に吐きはじめた。
私にとって石部の作品のなかでいちばん好きな句である。
②もうひとつの世界
栓抜きを探しにいって帰らない
この世界の現実に違和感をかかえて生きている人間はふと別の世界に行ってしまうことがある。『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』などのファンタジーでも繰り返し描かれているところだ。異界への通路は『アリス』では兎の穴であり、『ナルニア』ではタンスの奥である。
石部の作品ではどこかへ行って帰らない人物がしばしば描かれる。
何か大きな目的があってどこかへ行ってしまうのではなく、「栓抜き」という日常的なものを探しにゆくことが、そのまま別の世界へ消えてしまうことにつながるところが、いっそう不安感をかきたてる。
鏡から花粉まみれの父帰る
梔子となり人知れず帰郷する
異界へいった者がもう一度現実に帰ってくることはとても困難である。行くことより帰ることの方が難しいのだ。M・エンデの『果てしない物語』でも帰ってくることの困難さがひとつのテーマになっている。
鏡の世界から帰って来た父は花粉まみれになっている。鏡の世界で何があったのだろう。
ヒトの姿では帰ってこられずに別の姿で帰ってくる場合もある。周囲の人は彼が帰ってきたことに気づかない。
岬には身元引受人ひとり
日常生活に戻るためには「身元引受人」を必要とする場合もある。
岬というのは境界線にある場所である。二つの世界を行き来する出入り口になりうる場である。そういう所に身元引受人が住んでいるのだ。
③帰ってから
舌が出て鏡の舌と見つめあう
別世界(彼岸)からこの世界(此岸)に帰ってきた人にはこの世界がどう見えるのだろうか。たぶん世界は二重の存在として見えるのではないだろうか。
鏡の中の世界と鏡の外の世界。左右反対になっているとしても、見えているのは同じような像である。こちらの世界で舌を出すと、あちらの世界でも舌を出す。しかし、「舌が出て」という表現は、自分が舌を出すのではなくて、どこか別のところから不意に舌が出てきたような妙な感じがする。
オルガンとすすきになって殴りあう
この句を現実の光景と受け取ると、オルガンとすすきは殴りあうことができないだろう。
それでは何らかの隠喩と読めばよいのだろうか。
この句でも世界は二重になっている。殴り合っているのはやはりヒトとヒトだろう。けれども、それがもうひとつの世界ではオルガンとすすきの姿になっているのだ。
唯一の現実ではなく、さまざまな見え方をする世界がある。帰郷者には世界がそのように見えるのである。
石部明の作品はいろいろな読み方ができるが、当日はこのような読み方をしてみた。ただ、石部の句が単なる言葉だけで構築されているにしては妙に生々しさや説得力があるので、そこにはやはり彼の実人生が反映されているのだと感じる。若き日の石部が故郷を離れてどのような経験をしたのかは承知していないし、具体的な個々の体験は作品を読むときには不必要であるが、仮に私は石部の人生を「無頼」と呼んでみたのである。石部明は強靭な生活者であると同時に優れた川柳人でもあるという二重の存在であった。
川柳作品が川柳界を越えた外部の読者に読まれるとすれば、それは詩として、文学作品として読まれるほかはないだろう。石部明の作品は読むに値するし、私たちはこれからも石部の作品のことを語り継いでゆくことが必要だと思っている。